二度目のTS転生でVtuberになりまして 作:くろうさぎ
――私立星祥学園・学生寮。
そろそろ登校しようかと自室を出たとき、不意に私は隣人の様子が気になった。
そう言えば朝食の時、食堂で見掛けなかったけど、寝坊でもしているのだろうか?
だとしたら珍しい。
何せ、隣人の水無月先輩は、〝星祥の黒薔薇〟なんて呼ばれている孤高の女傑だ。
そういうポカをやらかすタイプには見えなかったんだけど。
「………」
少し悩んだ後、私はインターホンを押した。
余計なお世話よ、とにべもなく切り捨てられる様がありありと浮かんだが、『あの人』とくりそつだと思うと放っておけなかった。
名字もそっくりだし、名前に至っては実質一致してるようなもんだし。
「先輩、起きてますか? 先輩」
……反応なし。
んー、やっぱり寝坊なのかな?
や、先に出掛けたという可能性もあるか。
一応鍵が掛かってるか確認を……って空いてるな。
ってことは、寝坊でファイナルアンサー?
ファイナルアンサー。
「失礼しますね」
その後も二度三度と呼び掛けても反応は無かった。
このまま立ち往生するのも何だし、とりあえず確認だけでもしておこうと静かに扉を開ける。
うわ、すっごい緊張する。
先輩の、それも特に親交のない相手の部屋を覗くのだから当たり前だ。
例え善意であろうと非常識という自覚もある。
それでもこんな愚行に及ぶのは、やはり水無月先輩が『あの人』と重なるからだろう。
ゴクリと固唾を飲み、恐る恐る部屋の中を窺う。
「あ」
案の定と言うべきか、そこには先輩の姿があった。
但しベッドの上ではなく、L字型デスクに突っ伏すように眠りこけている。
絵になるなぁ。
美少女というのは、どうしてただ寝ているだけでも芸術点が高いのか。
長い睫毛。長身で、出るとこ出て締まるとこ締まってるモデル顔負けの抜群のプロポーションに、鴉の濡れ羽色のようにしっとり艶やかな黒の長髪。
サラサラなロングストレートが机とかひじ掛けを経由して、散らばるように流れ落ちる絵って良いよね……。
私は毛先が若干ウェーブが掛かってるからなぁ。
残念ながらアレは完璧なロングストレートからしか得られない栄養なのだ。
って、見惚れてる場合じゃないなーい!
「先輩、起きてください。もう朝ですよ。先輩」
肩を揺さぶる。
しかし、水無月先輩の反応は芳しくなく、軽く身じろぎするだけに終わった。
もうちょい強めに揺さぶろうかな?
そんなことを考えていると、机に置かれているモニターに目が行った。
意外。水無月先輩ってばデュアルモニターなんだ。
モニターの映像を見遣り、私の視線は片方のモニターに釘付けになった。
「モンブレじゃん。あっ」
素の口調が出てしまい、慌てて口を抑える。
良かった、誰も聞いてなくて。
一応、余所じゃ丁寧な言葉遣いの清楚なゆるふわ系お嬢様でやってるからね。
正直面倒臭いけど、上流階級に生まれた手前、迂闊に曝け出すわけにはいかないのだ。
昔みたいに、ありのまま話せたら楽なんだけどなー。
でもそうするのは申し訳ないと言うか。
親としても、私のような異端が生まれてくるとは思いも寄らなかっただろうし。
そのことを考えたら、迂闊に素なんて曝け出せるわけがない。
個人的に、この可愛さ極振りの面で男みたいに喋り出したり、胡坐をかくのは解釈違いだしね。
上流階級のお嬢様なら尚更。
やんなっちゃうね。
昔が恋しくなった私は、気が付けば机に置いているコントローラーを握っていた。
「モンブレとか懐かしいなぁ。ポータブルとか何百時間プレイした事やら。まあ一番プレイしたのは断トツでフロンティアなんだけどね」
さっきの戒めは何処へやら。
完全に思考はゲームへと傾いており、自然と昔の口調に戻ってしまっていた。
寝落ちした水無月先輩の代わりにハントする気満々である。
「うわ、グラフィックもすっごい進化してるなぁ。え? なに見切り大乱舞って。武器のギミックも進化してるんだ。あ、でも穿竜棍とマグネッツスパイクは無いんだね。スリザリィンにマイナス50点」
メニュー画面に記載されていた武器の説明書を読み、軽くザコモンスターを相手に試し切りをしてから、いざ大型モンスターの狩猟へ。
相変わらずBGMも良いなぁ。って、何このイケメンモンスター!?
っぱモンブレしか勝たん。勝たんしかモンブレ。
「マジで何もかもが進化してるなぁ。そりゃそっか。前々世の私が死んでからもう十五年が経ってるんだもんなあ。PS7って何ぞ。ワープ進化しとるやんけ」
まずはモンスターの動きを観察。
回復薬ガン飲みのゾンビアタックも構わないが、十五年……や、前世も入れたら三十二年振りのモンブレなのだ。
じっくり遊びたい。
それに水無月先輩のデータだしね。
ハチミツください。
尻尾切って役目でしょ。
絶対☆裏切りヌルヌル!
このネタまだ分かる人いるのかしら?
「はー、我ながら奇妙な人生だよねぇ。トラックにダイレクトアタックされたと思ったら異世界にTS転生してさぁ。童貞のままオニャノコになった男の気持ちがキミに分かる? え? どうせ生涯使い道無かっただろって? 風俗に行く度胸もない終身名誉童帝が? はっはっは――ころちゅ」
テメェの動きは大体読めたんだよ古のフロンティア民舐めんなフォラァ!
モンスターのAIを誘導しながら的確にカウンターを決めていく。
ひとぉつ、ふたぁーつ、みっつー、よっつー。
ほっほっほ、どうやらゲームの腕は錆び付いてないようですねえ。
「……女になると大変だよ。月一で体調不良になるし、試しに可愛く着飾ってみたら勘違いした男が沸いて出るし。追い払ったら逆切れするし。女になるのがこんなにしんどいなんて思いも寄らなかったなぁ」
男だった頃が懐かしい。
良いよな、男は。四六時中バカで元気なんだもん。
女性への理解度がゼロだったあの頃の自分を『だからモテないんじゃボケェ!』とぶん殴ってやりたい。
まあ、もう死んで灰に還ったから殴る身体なんて何処にも無いんですけどね!
ウケる~。――笑いごとじゃないが???
「転生先も大分カオスだったよなぁ。ディストピア一直線の世界観で、当たり前のように人が死んで……初陣は十四の時だったかなぁ。その初陣で同期は皆死んで」
私も彼らの後を追う一歩手前だった。
そんな絶体絶命なところを救ってくれたのが『あの人』だった。
ちらりと寝落ち中の水無月先輩を見遣る。
……本当にそっくりだこと。
もし目の色が深紅だったら完全に同一人物だ。
「まあ最終的に災厄の元凶と実質相討ちになったんだから良しとするか。まさかまーた転生するとは思わなかったけど。しかもまたまた女! おティヌティヌを返せ!」
おんおんと泣き言を零しながら攻撃を重ねていくと、モンスターの咆哮が迸った。
荒い息を吐き、動きが跳ね上がる。
「おこ? おこなの? そうだよね、自分の攻撃は掠りもしないのに相手の攻撃はバカスカ当たるんだもん。可哀想でしゅね~、悔しいでちゅか~? 何で負けるのか死ぬまでに考えといてください。そしたら来世は何かが見えるはずです。かっこ体験談かっことじる」
ひょいひょいとモンスターの攻撃を次々と躱す。
即座に、カウンター! バチコーン!
「は~、やっぱモンブレって楽しいなぁ。二十四時間ぶっ通しも余裕ですわ。元の世界に転生できたのは良かったけど、今度はお嬢様だから色々大変なんだよなぁ」
成績を落とすわけにはいかないし、色んなレッスンも受けないとだし、楽しくも何ともないパーティに参加しなきゃならないし、苦労話には枚挙に暇がないほどだ。
金持ちの家に生まれたいとかほざいてた前々世の自分をぶん殴ってやりたい。
何で幼少期からガッチガチなスケジュールを組まれにゃならんのか。
中流階級がいっっっっちゃん楽よ!
「清楚なゆるふわ系お嬢様のロールプレイキツいよぉ。 男子たちの態度露骨すぎてキツいよぉ。家柄的に政略結婚とかも普通にありそうなんだよなぁ。TS物は好きだったけど精神的BLはNGだよぉ。かと言って萌え系四コマでガチ百合キャラはムリィ。オニャノコたちがキャッキャウフフとほのぼのしてる姿が見たいのであって、そこにガチを持ってくるのは解釈違い也~。…………何の話をしてるんだ、私」
ンンン、拙僧は正気に戻りましたゾ!
正気に戻ったついでにトドメの見切り大乱舞! 超! エキサイティン!
「よっし、完全勝利! 私は謙虚な人間だから逆鱗だけで良いよ。……鱗、甲殻、鱗。ん~――ゴミ!」
「ん……っ」
適当に周囲を散策しながら狩りの余韻に浸っていると、水無月先輩に反応があった。
長い睫毛が揺れ、ゆっくりと目蓋が開いていく。
吐息を一つ。
徐に上半身を起こし、伸びをしながら大きな欠伸を零した。
そこで私と水無月先輩の目が合った。
「おはようございます、先輩。ノックしても反応が無かったので、不躾ではありますが中に入らせて頂きました」
素早く猫を被り、申し訳なさそうにしながら丁寧な挨拶をする。
今だ夢心地にあるようでぼんやりと虚ろな瞳をこちらに向けていた水無月先輩だったが、意識が覚醒するに連れて表情が強張っていった。
「あの、先ぱ――」
私が何かを言うよりも先に、水無月先輩はモニターに飛び付いた。
ゲームを映したモニターとは違うモニターだ。
「う、嘘……!?」
水無月先輩の愕然とした声。
そのモニターでは、読み切れないほどに大量の言葉が下から上へと滝のように流れていた。
あれ、どっかで見た事あるような……。
「あ――貴女、変な事言わなかった?」
平静を装うような問い。
だけど節々には明らかな動揺が見え隠れしていた。
「……変な事ですか?」
「そうよ。例えば私の名前とか、貴女の名前とか。そういう個人情報よ」
「いえ、個人を特定するような事は零してないと思いますが」
それのどこが変な事なんだろうと思いながら返答する。
少なくとも私がゲームしながら零したアレに比べれば全然だと思うが。
自分でもあんなに独り言が淀みなく溢れるとは思わなかった。
よっぽど鬱憤が溜まってたんだろうなー。
「そう、なら良かったわ……」
水無月先輩は、肩の荷が降りたように安堵の息をついた。
「えと、どうしていきなりそんな事を?」
すると水無月先輩は逡巡した後に一歩横にズレ、睨めっこしていたモニターを見るように促した。
改めてモニターを見ると、そこに映っていたのは誰もが知っている有名な配信サイトだった。
そのサイトが今流しているのは、隣のモニターと全く同じもの。
ほぼ同じタイミングで報酬画面に突入し、そこに並ぶ報酬も完全に一致していた。
右に設えられたコメント欄は非常に賑やかで『うわ、おもっきり声が変わった!』やら『別人で草』やら『は? 声良すぎやろ』やら『今まで聞いたきた中で一番好きかもしらん』やら『やっと起きたか』やら『こーれ事務所からのお呼び出し確定です』やら『切り抜きが熱くなるな』やら『トレンド一位おめでとう』など様々だ。
嫌な予感が背筋を伝い、改めて机の上に置いてある物を見た。
デュアルモニター。ゲーム機。マイク。
あれは……キャプチャーボードだったか?
ッスゥー……。
えーと…………。
………………つまり。
これは……………………まさか?
自分の言動を思い返した私は、ダラダラと滝のような汗を流しながらモニターを指差した。
水無月先輩は居た堪れない表情で頷く。
「配信中、だったのよ」
「――――」
ッスゥー……。
――終わった!!!!!