二度目のTS転生でVtuberになりまして 作:くろうさぎ
――あの時の絶望を、未来永劫忘れない。
あの時の悪夢を、毎日のように見続ける。
世界を崩壊へ導く元凶を打ち倒し、ようやく世界が平和になると思った。
ようやく戦いのない世界が訪れるのだと歓喜した。
もうあの子が、あの子たちが傷付く必要のない――笑顔に満ちた日常に戻れるのだと。
何度挫折したか分からない。
何度も何度も残酷な現実に打ちのめされた果てに最愛の存在とすれ違い、道を違え、刃を交えた事さえあった。
辛くて、苦しくて、哀しくて。
ただ摩耗しながら刀を振るい、屍山血河の地獄を作り出すだけの日々。
それでも歩き続けたのは、歩き続けることができたのは。
心の奥底に沈めた思い出が、あまりにも温かく、眩しく、幸福に満ちていたから。
かつてをいつかに――。
そして、いつかをこの手にするために。
陽炎のような希望を頼りに、先行きの見えない闇を進み続けた。
だけど、そんな日々ももう終わる。
闇は晴れた。
願いは成就した。
数え切れないほど間違えたけど、それでも確かに未来を掴んだのだ。
だから帰ろう。
私たちがずっと夢見た、かつての光に満ちた世界へ。
――そう思っていたのに。
やっぱり世界は残酷だった。
災厄の存在が置き土産とばかりに遺したチカラ。
それが暴走すれば、今度こそ世界は滅んでしまう。
だから私たちは決意した。
頷き合い、飛翔する。
例え我が身が犠牲になろうとも、それを抑え込む覚悟を。
結局、願いは叶わなかった。
後悔はある。
怒りも、哀しみも、嘆きも。
またこの子たちに手料理を振る舞い、その笑顔を見たかったのに。
だけど恐怖は無かった。
死にたくはない。またあの日常に戻りたい。
でも、この子たちと一緒に死ねるのなら、それでも良いと思った。
ハッピーエンドには程遠いけど、バッドエンドでも無いはずだから。
だけどあの子だけは、その結末を認めなかった。
「――ごめん。カグヤ先輩、リーシャ」
そう囁くと同時に彼女は、私たちのフライトユニットを破壊した。
飛行魔術があるから飛ぶことには問題ない。
しかしメインスラスターを失った私たちがあの子に追いすがれるわけもなく。
懸命に叫ぶ私たちに、あの子は申し訳なさそうに笑った。
「ほら、私って転生者で、二人の倍近く生きてるつもりだからさ。そんな私としては、二人を死なせるのは違うかなって」
確信したように続ける。
「うん、やっぱり二人は生きるべき」
だから――バイバイ。
そう手を振ってあの子は彼方へ飛翔する。
なんで。どうして。止めて。行かないで。
お願いだから置いて行かないで。
そんな叫びは虚空に消え、彼方で光が爆ぜた。
慟哭が喉を引き裂く。
あの子は還って来なかった。
ずっと運命に翻弄され続けた少女は、救うと決めたはずの少女は、肉片一つ残さず散っていった。
世界は救われた。
人々は守られた。
戦いは終わった。
もう二度と刀を握る必要はなくなり、平穏が訪れた。
だけどあの子はいない。
私が取り戻したかった日常は、二度と手の届かない場所に消えた。
二度とあの子の笑顔を見ることは叶わない。
二度とあの子が私の手料理を美味しそうに食べることは叶わない。
二度とあの子が隣を歩くことは叶わない。
そんな現実に私が耐えられるはずがなかった。
死にたかった。
死にたくて死にたくて仕方なかった。
だけど死ねなかった。
だってそんなことをすれば、他でもない彼女の想いが無駄になってしまうから。
それだけは。
それだけは。
――アリアちゃん。ねえ、アリアちゃん。
どうしてあんなことをしたの?
私は貴女と一緒に死ねるのなら、それで良かったのよ?
貴女を失った私の気持ちは、貴女を犠牲に生き残った私の気持ちはどうなるの?
生きろなんて呪いだけを刻み込んで。
生きていれば、いつか傷が癒えると思ったの?
私にとっての貴女が、そんなちっぽけな存在だと本当に思ってたの?
――アリアちゃん。アリアちゃん。
お願い、答えて。
◇◆◇
水無月先輩――カグヤ先輩による衝撃の告白からどれほど経ったのだろう。
時間感覚を手放すほどの強い衝撃だった。
固い床に押し付けられた背中からの救難信号で我に返った私は、カグヤ先輩の泣き声が収まったときを見計らい、彼女の背中を優しく叩いた。
すんすんと鼻を啜りながら身体を起こし、馬乗りになったカグヤ先輩を見上げ、苦笑する。
「カグヤ先輩、ごめんだけど、そろそろ起きてほしいかな。さすがに背中が」
「ん」
少し鼻が詰まった声で返事をして、カグヤ先輩はゆっくりと横に退いた。
ようやく痺れるような痛みから解放され、緩く息を吐く。
場所をリビングのソファーに移せば、早速とばかりにカグヤ先輩が抱き着いてきた。
「カグヤ先輩」
「……お願い。もう少しだけ」
背中に回ったカグヤ先輩の手が、くしゃりと私の制服を掴んだのが分かった。
私の胸へと耳が押し当てられる。
そのまま目を閉じ、私という存在を確認するかのように心臓の音に聞き入っていた。
カグヤ先輩との最後を思い出した私は、好きにさせることにした。
この人の手を払い除ける権利は、今の私にはないはずだから。
「でも驚いた。まさか水無月先輩がカグヤ先輩だったなんて」
カグヤ先輩の頭を撫でながら呟く。
「……似てなかった?」
その呟きを拾い上げたカグヤ先輩は、まだ涙の気配が残る声で尋ねる。
「ううん、凄く似てた。二人を重ねちゃうくらい」
「じゃあ、どうして……」
カグヤ先輩が胸元から顔を上げ、視線が重なった。
「
私はそう苦笑して続ける。
「それに私の知ってるカグヤ先輩と全然性格が違ってたし」
私が知るムツキ・カグヤは心優しい女性だった。
いつも穏やかな微笑みを浮かべ、とにかく人の世話を焼きたがる皆のお姉さん。
所作の一つ一つが洗練されており、絵に描いたような大和撫子である。
対して水無月先輩はその真逆。
無口・無表情・無感動。
黒薔薇と称されるほどに冷たく、群れることを嫌う孤高の一匹狼だ。
例え見た目や名前が一致していたとしても、別人と思うのは仕方ないことだろう。
そもそも片方は異世界の人だし。
「そ、それは……」
カグヤ先輩は罰が悪そうに顔を逸らす。
恥ずかしそうに頬を染め、ゴニョゴニョと何かしらを呟いている。
「それを言うならアリアちゃんだって別人だったじゃない。あの配信が無かったら全然気付けなかったのよ」
「ふぐぅ」
今度は私が顔を逸らす番だった。
し、仕方ないんよ。
ほら、私って転生者だから、普通の子どもとして産まれてあげられなかった身として、ワガママに生きるのは申し訳ないし……。
そんな行き違いが可笑しくて、私たちはくすりと笑った。
あ、ちなみにカグヤ先輩の『アリアちゃん』呼びは、今の私がアリアだからではなく、前世での愛称がアリアだったからだ。
アルフェリア。略してアリア。
そう、前世の愛称が今生の名前なのである。
怖くない?
「妙な話だよね。こんな近くにいたのに」
「本当。アリアちゃんを探すために始めた配信活動だったけど、まさかあんな方法で見つかるだなんて」
カグヤ先輩は首を傾け、ポスッと私の肩に頭を乗せた。
「私を探すため?」
「そうよ」
ほら、とカグヤ先輩がスマホを見せてくる。
画面に映っているのは、世界的に有名な配信サイトだった。
「何々……ムツキ・カグヤ。パラレルアークに所属する……Vtuber!? カグヤ先輩が!?」
「し、仕方ないじゃないっ。私だって色々悩んだんだけど、これが一番確実だって」
うわ、アバターがおもっきり前世のカグヤ先輩じゃん! なっつ!
というか、すっごいヌルヌル動いてるな!?
今どきのVtuberって、こんなアニメみたいにリアリティのある質感でヌルヌル動くの!?
「はー、びっくり。でも、確かにコレなら私も反応してたかも。……まあ全然気付かなかったのですが」
と言うか、そんなのあり?
ロールプレイ完璧じゃん。
だってありのままなんだもん。
素がロールプレイなんだもん。
あ、だからVtuberなのか。
よく考えたら異世界からの転生者なんて適正しかないもんね。
「私はともかく、パラレルアークは結構有名なはずなんだけど」
「ご覧の通り、かなり猫を被ってたから、そっちサブカルには手が出し辛かったんだ」
「そうだったのね」
寮に入れて本当に良かった。
環のおかげでゲームもできるような環境になったし。
やっぱ持つべき者は、ゲーマーの友よ!
「それにしても、まさかカグヤ先輩も転生者になるなんて、もしかして私の影響だったりするのかな?」
あまりにも出来過ぎた展開に、ついそんな憶測を口にしてしまう。
転生者が私以外にもいるだなんて思いも寄らなかった。
しかも相手はもっとも信頼を置く戦友の一人。
一体どんな偶然が起きれば、こんな奇跡に派生すると言うのか。
仮に私のせいだとして、転生菌とか言われたら泣くよ?
私と近しい間柄を築いた相手を転生させる細菌。
厄介とか言うレベルじゃねえ!
「そうね。そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわ」
「まだまだ心眼が足らなかったかぁ」
「どう見るかよ」
まさかの返しに絶句する。
カ、カグヤ先輩が語録使いに! ネットミームに穢されちゃった!
絶対リスナーたちの入れ知恵でしょ! あまりの衝撃に散体しそう。
「転生の方法は簡単よ。『魔法』を使ったの」
「!」
魔法。
言葉にすると、それこそファンタジー系ならもっともポピュラーな単語だが、私たちの前世じゃ少しばかり意味合いが異なる。
ヴィンヘイムには『魔術』と『魔法』の二つの異能があった。
魔術は魔力をエネルギーに、『術式』という『プログラム』を用いて、物理法則を便宜的に書き換える技法であり、ヴィンヘイムにおいて最も主流な技術体系として認知されている。
要するに科学技術みたいなものだ。
もしくは魔科学?
対する魔法は、ごく一部の者にしか扱えず、その存在をも秘匿された本物の異能。
魔術が空を飛んだり、火や水を操ったり、ビームを放ったりするのなら、魔法は物理法則を超越し、事象そのものに干渉する。
例えば時間を止めたり、空間を操ったり。
要するにチートなのだ、魔法は。
そんな魔法のチカラを使えば、確かに異世界に転生することも――
「え? そんなまで出来たの?」
「ええ。魂を異世界に飛ばすだけなら、そう難しい話じゃなかったみたいよ。アリアちゃんが元々転生者だったのが上手く働いたらしくてね。その繋がりを追えば、どうとでもなったらしいわ。……さすがにアリアちゃんがどこに転生したのかは特定できなかったみたいだけど」
こっわ。魔法こっわ。
こんなんチーターや!
チートだったわ。
「じゃあ、さっきの言葉の意味は……」
「そうよ、アリアちゃん。私たちは、アリアちゃんともう一度会うために転生したの」
「――――、」
決然たる態度からの言葉に、私は何も言えなくなった。
言葉を失った私に、カグヤ先輩は語り掛ける。
「ねえ、アリアちゃん。アリアちゃんはどうして……」
だけど、そこから続きは中々出て来なかった。
目線は行ったり来たり、口も開閉を繰り返している。
言うか言わないか逡巡してるのが見て取れた。
「――ううん、何でもないわ」
やがてカグヤ先輩はかぶりを振った。
気まずかった私も「そっか」としか返せず、沈黙が場を支配する。
そんな沈黙を破るようにカグヤ先輩のスマホが鳴った。
「ごめんなさい。少し席を外すわ」
「……うん」
カグヤ先輩が玄関の方へ消えていく。
一人残った私はひっそりと溜め息をついた。
用意した緑茶を飲む気にもなれず、ボーっと虚空を見上げる。
嬉しさが三割、申し訳なさが七割だ。
私のしたことは、間違ってたんだろう。
自己犠牲なんて知人友人からすれば、はた迷惑この上ない所業だ。
自分にとっての最善と相手にとっての最善は、時と場合と立場により、いくらでも変化するのだから。
そんなことは分かってる。
でも。
だけど。
それでもやっぱり、二人には生きていてほしかった。
私とは違い、正しく年若い少女たちの未来は、守られるべきだと思ったのだ。
例え私のしたことが間違っていたとしても。
大好きな人たちに生きていてほしいという思いが、間違いなわけがないのだから。
だからこそ、転生という手段を取ったカグヤ先輩の選択が、ちょっぴり複雑だった。
もちろん、原因たる私にそれを口にする資格は無いけれど。
きっとたくさん傷付いたんだろう。
だから電話を終え、「お待たせ」と戻ってきたカグヤ先輩に、
「カグヤ先輩、友だちは選んだ方が良いよ」
「あら、そんなのお互い様よ」
突然の切り出しだったのに、余裕のある笑みと共に、当たり前のように返された。
振り向こうとしたが、それよりも早くカグヤ先輩がソファー越しに後ろから抱き着いてきた。
「わざわざ世界を超えて、転生してまで貴女に会いに来たんだもの。こんな重たくて面倒臭くて執念深い女、他にいないわよ?」
そう言えばそうだったな、と思い出す。
カグヤ先輩はこういう人だった。
穏やかで、優しくて、控えめで、献身的で、努力家で。
まさに大和撫子を体現したような完璧超人で。
そして――ものすっっご~~~~~~~~~~く! 重い。
何せ、一時は私のために世界すら敵に回した女の子だ。
振り切れた時の行動力は、斜め上どころか世界の裏側に空間跳躍するレベルで凄まじい。
そんな人に喪失の悲劇を味合わせてしまったのだ。
こうなるのは当然の帰結だったのかもしれない。
「残念だけどもう手遅れ」
ギュッと抱きしめる力が強くなった。
温かな吐息が首筋を撫でる。
「例えどんな事があったとしても、もう二度と離してなんてあげないんだから」
窓ガラスに映り込んだカグヤ先輩の笑みは艶然としており、眩暈がするほどの色香を湛えていた。
ドキッと心臓の鼓動が早くなったのが分かり、そんな自分に乾いた笑みを浮かべるのだった。
蜘蛛の糸に絡め取られた獲物って、こんな気分だったのかなぁ。
それから暫し、お互いの気持ちに整理が付いた頃。
カグヤ先輩がこんな提案をしてきた。
「ねえ、アリアちゃん」
――Vtuberにならない?