「銘ちゃん」
アイスコーヒーをストローで啜っていると、私の名を呼ぶ声がする
今となってはもう聞き慣れたその声、ストローから口を離して声が聞こえた方向を見る
「どうかしました?月島さん」
「もう、まりなで良いって言ってるでしょ」
そう言いながらこちらに近づいてくるのは月島まりなさん
今私がいるライブハウス、『CiRCLE』のスタッフだ
年齢は詳しく知らないけど、本人曰く成人はしてるらしい
「蘭ちゃん達、あともう少しで出てくるって」
「そうですか…御親切に教えてもらってありがとうございます」
そう頭を下げると、「別に良いって」と言って対面に座ってくる月島さん
友希那達や蘭達なとがここで練習してる間、こうやって暇を持て余している私に、こうやって話しかけてきてくれる人
他にも色々とやる事がある筈なのに、申し訳なくなる
このアイスコーヒーたって、月島さんの奢りだ
「そういえば銘ちゃん、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「?なんでしょうか」
そう言うと私の後ろにあるベースが入ったケースに目を向ける月島さん
「銘ちゃんってここに来る時ベース持ってきてるけど、銘ちゃんって音楽できるの?」
そういえば何時も持ってくるだけでここで出した事は一度もないなと思い出す
そもそもバンドも組んでない私が持ってることが、おかしいのかもしれないけど
「…まぁ弾くだけなら出来ますよ、興味はあるんで」
ただ、と区切って
「それが演奏というものなのかと言われるとまた別の話ですけど」
私の言葉に首を傾げる月島さん
その反応を見て、やっぱ言葉だけじゃ難しいんだなと思いながら、残っていたアイスコーヒーを飲み干す
「…良かったら弾いてみましょうか?多分言葉だけじゃよく分からないでしょうから」
「…じゃあ、お願いしちゃおうかな?」
言葉より、実際に聴いてもらった方がいい
そう言う月島さんに、アイスコーヒーご馳走様でしたと言って立ち上がる
とはいえここでやるわけにもいかないし、何処でやろうかなと思っていると
「あ、蘭ちゃん達は銘ちゃんも含めて予約してるから、蘭ちゃん達の所でやっても大丈夫だよ」
「…そうですか」
…何で私の名前も含めて書いているのかは、分からないけど
蘭達が練習している部屋に入れば、練習は終わったのか後片付けに入ろうとしているところだった
それにしても蘭達が着ているライブ衣装は、いつ見ても違うけど似合ってるなぁと思う
私なんかには、とても似合わない
「銘?どうかしたのか?」
入ってきた私にそう声を掛けてくる巴
蘭達も私が来たことを不思議に思っているのか、首を傾げている
「私が銘ちゃんってベース弾いてくれないってお願いしたんだ、銘ちゃんってベース持ってるけどここじゃ弾かないからね?」
月島さんがそう言うと納得したような顔をする蘭達
それと同時になんとも言えない顔をするのは、私の音楽という名の何かを知っているから
「まぁ直ぐに終わるから…ちょっと失礼」
そう言ってベースを取り出して蘭達の間を縫い、弾く準備をする
弾く曲は…まぁ、あれでいいか
「じゃあ」
「…ん、終わり」
そう言って蘭達と月島さんがいる方向を見る
やはりと言うべきか、なんとも言えない表情をしている
まぁ、仕方ない
「まりなさん、どうでした?」
「うーん…何というか…音程とかテンポは凄かったんだけど…力がない?っていうのかな、そんな感じがしたね…厳しいこと言うけど…演奏ではなかったかな」
蘭の質問にそう答える月島さん
やはり、月島さんも同じ意見
というより、友希那達を始めとした人達も同じ意見だし
「まりなさんもやっぱりそう思いますか」
「あれ?ということは蘭ちゃん達も?」
その月島さんの言葉に頷くことで返す蘭
月島さんが言う通り、私の音楽には力がない
どんな曲を弾いても、聞いている人には物足りなさというかそういう事を感じさせてしまう
「音程とかテンポとかは全て完璧なのに、何でそんなに力がないのよ」
と、初めて聞いたチュチュには言われたものだ
「というか銘ちゃん、なんで『g◯t wiid』知ってるの?」
「まぁ…父親に当たる人間に刺された後に引き取った親戚に当たる人間の息子が爆音で流してるのが部屋に微かに聞こえてきてましたからね、それで覚えました」
あまりにも爆音で流してたから近所トラブルが耐えなかったみたいですがね、と月島さんの質問にベースをケースに直しながらそう答える
首輪や手錠をされて自由がなかったあの頃
殴られ蹴られされなかった数少ない日は、その音楽を耳に入れながら痛みに耐えていたものだ
汚い大声で歌ってることが、多かったけど
それと近所トラブルが起きた後、いつも以上に殴る蹴るが激しかった時は、筋違いとは言え近所を恨んだものだ
そんな自分が、嫌だった
「…ごめん」
そう思っていると、月島さんが謝ってくる
チラリと視線を向ければ、蘭達や月島さんまで暗い顔をしている
何でなのか、良く分からない
常識を持ってる人なら、分かるのかな
「そ、そう言えば銘ちゃんって、何時ベース買ったの?」
何か良く分からなくて暗い雰囲気のまま蘭達が使っていた部屋を出て、後片付けしている蘭達を受け付け付近にある椅子に座って待っていると、月島さんがそんな事を聞いてくる
「確か…四、五ヶ月前ですね、友希那達や蘭達が演奏してるの見て、やってみたいなぁって…元々、興味がありましたし」
やってみたいなぁっていうか、同じ物を持ちたいなっていう、下らない理由だったけど
その事を友希那達に話したら、驚いていた
特にリサなんかは、号泣してたし
それから友希那達経由で話が広がっていったのか、次の休みの日には一緒に買いに行こうってなって
何が良いかって聞かれたから、ベースって答えた
リサが弾いてるのが凄かったし、レイの家で触らせてもらったから、何となくで
その後は、リサとモカ、それにレイの三人で買いに行って
三人で私に合いそうなのを選んでくれたのが、今あるベースだ
ベースのクリーニングのやり方やメンテナンスのやり方も、細かく教えてくれた
お金を払おうとしたけど、三人にプレゼントって理由で断られた
「そうなんだ…じゃあ、大切なんだね」
「そうですね…初めて貰ったプレゼントですし」
そうでなくても三人が選んでくれたものだから、大切にするけど
そんな事を月島さん達と話していると、片付けが終わったのか、蘭達が受付に戻って来る
「まりなさん、ありがとうございました」
「あ、お疲れー!どうだった?」
そう言って受け付けに戻る月島さんを見送る
…私の音楽には、力がない
私自身に力をつけようと思ってない事もあるだろうし、やり方がわからないから
だから、友希那達や蘭達が羨ましい…こんな事、思う事がおかしいんだろうけど
「銘、帰るよ」
そんな事を考えていると、月島さんとのやり取りが終わったのか、蘭達が私の方へ来ていた
今日は、蘭の家でご飯を食べるんだった
誰かと食べるご飯は、美味しい
「分かった」
そう言って、ベースが入ったケースを肩に掛けて、立ち上がる
それと同時に月島さんの方へ頭を下げる
「アイスコーヒー、ご馳走様でした」
「気にしなくって良いって!銘ちゃんも大事なお客さんなんだから!勿論、そうじゃなくてもね?」
「ありがとうございました、それじゃあ、これで」
そう言ってもう一度頭を下げると、手をひらひらとさせる月島さん
蘭達も次々にお礼を言っているのを聞きながら、『CiRCLE』を後にした
やっぱり、誰かと食べるご飯は美味しかった
「…あのクソアマァ…」
「殺してやる」
土谷銘の音楽
テンポ、音程など全てが完璧
だが、力がない
聞いた人間には、物足りなさやこれじゃないという思いを抱かせる
親戚という名の関係の人間
両方とも無期懲役が下った
子供は児童養護施設に引き取られたが、行方不明になった
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