~半年前。千葉県立総武高校~
ベストプレイス。今日もひとりで美味しい昼飯だ。
春先とはいえ、この時期はまだ肌寒い。でも、他に身の置き場もないボッチとしては、寒空の下、寂しく「おひとり様」をするしかない。修学旅行以来、奉仕部のふたりとは埋め難い距離ができてしまった。部室にも居づらくなった。全部自分のせいだ。別に大したことじゃない。また昔に戻っただけ。なのに胸で渦巻くこの感情は何だ・・・
「お迎えに上がりました。比企谷八幡提督」
真っ昼間から黄昏てカレーパンを齧っていると、すぐ脇で響く凜とした声。なにやら微かに甘い香りもする。
「はい?」
思わず疑問形で返事をしてしまってから、声のした方を見ると、そこには静かに佇む美人なお姉さん。ずいぶんと大人びた雰囲気・・・3年生か?でもこんな美少女の知り合い、覚えがないが。あ、もともとろくに知り合いなんていなかったわ。泣ける。
特徴的なサイドテールにすらりと伸びた背筋。黒いニーソックスと胸当て。青い短袴は目の遣り場に困る微妙な丈。手にはいかにも使い慣れた感じの長い弓。そして背中には矢筒と来たもんだ。はて?うちの学校、弓道部ってあったかな・・・
まぁ、これはあれだ。人違いってやつ。自分かと思って返事したら完全スルー、みたいな?確信と共に背後を振り返る。あれ?誰もいない・・・もう一度頭を巡らすと、なおも真っ直ぐこちらを見詰める弓道お姉さん。力強いその眼差しに、不審げな色が混じる。
「あの・・・比企谷八幡さん、よね?」
ヒキガヤハチマン・・・お姉さんは確かにそう言った。やっぱ俺、ですかね・・・?
そこで初めてしっかりと眼が合う。ん?これは・・・
「か、加賀しゃん?」
思わず口にしてしまい、しかもいきなり噛んだ。しかしお姉さんはそれを笑うでもなく、ハッとして居ずまいを正すと、
「はい。改めまして、正規空母加賀です。お迎えに上がりました、提督」
なんか綺麗な海軍式の敬礼まで決めちゃってますけど、この人。まさか本物の艦娘とか言わないよね?
「で、何かご用ですか」
一応、用件だけは聞いてみる。
「急なお話で申し訳ありません。あなたに提督適性が認められましたので、私がお迎えに参りました。これより某鎮守府にて艦隊指揮に入って頂きます」
およそ加賀さんらしくない長台詞を言うと、再び凜とした表情で見詰めてくる。どうやらこれが彼女のデフォルト顔らしい。
しかし・・・
いきなり提督で鎮守府着任とか、加賀さんが迎えに来るとか、色々と痛すぎる展開だ。それに「某鎮守府」って、いかにも怪しすぎるだろ、それ。中2病でも提督したい・・・んな訳ないでしょ!いまの平和で自堕落な高校生活、食らいついたら離さないワ~!
(中略)
深海棲艦との戦争は長く続いている。幸いにして、日常生活に不便は生じていないが、この平穏が艦娘たちの活躍や犠牲によって支えられていることを、俺は知っていた。なぜなら、何を隠そう、俺は彼女らを題材にした「艦隊これくしょん」の隠れファンであるからだ。
て言うか、それってもう隠せてないよね・・・
え?どうして堂々とファンであることを名乗らないかだって?察してくれ。ベッドの下に隠しておいた総天然色刷りの「艦娘型録永久保存版」が妹の小町にバレた時、あいつが見せた蔑みの眼差しを。
いや、俺は何も悪くない。あれは艦娘大国日本の男子として、必携のバイブルである!ただ、表紙が「ぜかまし」と「リベッチオ」の大破グラフィックだったのがいけないんだ。ちょっとは考えろよ、大本営!
「うわ・・・ゴミいちゃん、さすがにこれは小町的に超ポイント低いよ・・・」
思春期真っ盛りの妹には、あの神々しい重要資料が有害指定図書に見えたんだろう。解せぬ。いまも脳内リフレインする妹の低い声。いかん、また変な汗が出てきたわ。
現実逃避したヒキガヤハチマンが意識を飛ばしていた間も、加賀さんは律儀に待っていた。だが残念だったな、加賀よ。遠路遥々ご苦労だったが、こんな胡散臭い話にうかうかと乗せられるような俺じゃない。
・・・疲れてるな、こりゃ。思った以上に
いま俺は、誰もいない空間に向かって独り言を言ってるんですね分かります。銀河の片隅で黒歴史がまた1ページ。高2にもなって、まだ中2病かよ・・・
自分でツッコミを入れると、一度状況をリセットすることにした。またの名を戦略的撤退とも言う。今日はこのまま帰って「劇場版艦これ一七式盤」でも見よう。
しかし、昇降口へと踵を返した先にいたのは、亜麻色の髪の乙女だった。
【次回予告】いろはすは可愛い。いろはすはあざとい。だからこそ魅力的。だからこそ小悪魔的。嘘を言うな!猜疑に満ちた瞳がせせら笑う。お前も、お前も、お前も!リア充なんてみんな爆散してしまえ!
第3話:那珂ちゃんじゃありません!