「こちらです、提督」
運転手を務める艦娘の言葉で、我に返る。手元の資料から目線を上げると、窓の外には煉瓦造りの建物が広がっていた。どうやら目的地に着いたらしい。
「ありがとう」
澄んだ声で応えてからドアを開け、俺はスカートの裾を捌きながら車を降りた。潮風に靡く長い黒髪を押さえつつ、改めて目の前にそびえ立つ建物を見上げる。
「ここが横須賀鎮守府なのね・・・」
と、正門脇に佇む眼鏡を掛けた艦娘。早速の連合艦隊旗艦による出迎えイベントだ。伏し目がちで表情にも翳があるようだが、この状況下では致し方あるまい。妙な既視感を覚えるのは、やはり艦これのやり過ぎか。先ずは彼女を攻略して味方に付けるのだ。
「お待ちしておりました。私は筆頭秘書か・・・」
「宜しくねっ!大淀さん!」
「は?・・・はい・・・」
し、しまった!第一印象が肝心なのに、つい興奮して先走っちまった!相手に被せて喋るなんて感じ悪過ぎだろ。こういう時、女子へのフォローは迅速かつ丁寧に、がモットー。ソースは小町だから間違いないはず。たぶん、Maybe.
「遮ってしまってごめんなさい。これからの日々を思うとさすがに気分が高揚し・・・じゃなくって、とにかく貴女の優秀さは常々聞き及んでいるわ」
「!?」
華が咲いたような笑顔を浮かべ、砕けた口調でさり気なくフレンドリーさをアピールする。焦って少し加賀さんが混じってしまったが、取り敢えず怒ってはいないよな、大淀さん?
何やら顔を赤らめ俯いてしまった彼女を見詰めていると、
「も、申し訳ありません!どうぞこちらへ・・・」
ハッとしたように再起動して歩き出す大淀。明らかに挙動不審だが、俺と違ってどこか可愛らしく映るのはなぜ?
「気にしないで。案内お願いするわね」
気さくに応じながら、俺たちは鎮守府の門を潜ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
・・・さて、どうやら誰もツッコミを入れてくれないようだから、敢えて自分で言おう。
どうしてこうなった?
気付けば俺は転生していた。やっと加賀さん転生(夢オチ)から帰還したと思ったら、またである。しかも今度の落ち着き先は、よりにもよって我が奉仕部部長、雪ノ下雪乃。なんで俺の転生先は、こうも面倒くさいヤツばかりなんだろう?甲作戦一択の無理ゲーじゃないですか。
泣ける。
「ん・・・」
意識が覚醒した時、俺は部室でひとり、本を読んでいた。傍らには、静かに湯気を立てる紅茶ポット。ほぅ、これが俗に言う八×雪ルートか・・・(事実誤認)
「邪魔するぞ」
「先生、入る時はノックを」
俺、ゆきのんになります。祝!深夜アニメ化決定。ってかだからちょっと待って!そんなの絶対無理!だってコイツ、友達居ないし読書好きだし成績良いしいつも昼飯ひとりで食べてるし・・・
あれ、俺と結構似てね?まさか転生先として最適だったとか?しかしTS黒髪美少女に成れるのはいいとして、これまで積み上げてきた我が提督業スキルはどうなるのです?
だがしかし、入って来た平塚先生の頭上に漂うものを見て、思わず俺は我を忘れて叫んでいた。もちろん、実際に叫んだのは雪ノ下だったが。
「あら、こんなところに妖精さんが?!」
どうやら、こちらの世界線でも深海棲艦との戦いは続いているようだ。つまり、俺の艦これ知識を活かせる余地があるってこと。何たるご都合主義。
そして不用意な一言は、巨大なブーメランとなって跳ね返ってきた。
「なっ!?き、君は妖精が見えるのかねっ?!」
「あんっ!」
いてててていっ!何すんのよこの暴力教師?!
鬼気迫る様子で喰い付いて来た独身顧問に華奢な肩を掴まれ、思わずエッチな悲鳴が漏れる。雪×平キマシタワ~!とかって誰得よ?いや、実はかなり潜在的需要はありそうだし、むしろお願いしたいまである。ゲホゲホ!
「す、済まない雪ノ下。つい自分を抑えきれず・・・その、い、痛かったか」
「え、えぇ、少し・・・」
動揺を隠せないイケメン女教師と、自らの肩を抱いて蹲る可憐な女生徒。何このエロゲー。ここ学校だよね?いま俺は何を見せられているのです?
因みに後で分かったことだが、提督適性者を輩出した部の顧問には、大本営から法外な特別手当が支給されるそうだ。まぁ、そうなるな。ん?じゃあ俺の時も・・・いゃあ、笑いが止まりませんな平塚先生。嫁入り準備資金ばかりが増えて肝心のお相手は・・・グシャ!(トリプルゲージ破壊)
で、あとは優秀な
はっ!これはもしかして、超定番のブラ鎮立て直しストーリー待ったなし?!(歓喜)人間不信に陥った彼女たちを鮮やかな手腕で救い、その信頼を勝ち得てついでに制海権奪還とか、胸が熱いな!
これまで山ほど読んできた艦これ二次小説を地で行く展開に、思わず拳を握ったまでは良かったのだが・・・
「慎ましいな・・・」
何が、とは敢えて言わないが、
そう、たとえあのゆきのんとて、お風呂もトイレも着替えも必要なのだ。お風呂もトイレも着替えも。大事なことだから2回言ったぜ。要するにだ、お肌や髪の毛のお手入れから着衣の選定まで、諸々
まぁ、止まない雨はないし、消えない違和感もない。そしてやはり、ないものはない・・・(真実)
「そしてこちらが出撃カタパルトになります」
「素晴らしいわ。アニメ版と同じ造りなのね♪」
「は?」
「な、何でもないわ。次に行きましょう」
長々と回想に浸っていた俺は、思わず素で返事をしてしまい、慌ててキャラを取り繕った。ふぅ、ゆきのんやるのもひと苦労だぜ。
俺はいま、大淀の案内で基地内の各施設を巡っている。ブラック鎮守府再建のためには、鉄則の行動パターンだろう。途中で主要メンバーの艦娘に遭えたらなお宜し。さっきの大淀みたいに初対面で彼女たちの心を掴み、味方へ引き込むのだ。
え?ボッチの専業主夫志望にそんな芸当は無理だろうって?いやいや、これまでどんだけブラ鎮ジャンルを読破して来たと思ってる?二次小説好きは伊達じゃないぜ。どんな状況にも、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するまでだ。(E敗北確定)
それに、いくら働きたくない俺でも、艦娘が関わるなら話は別。ましてや今の俺はゆきのん(外見のみ)なのだ。怠惰な雪ノ下雪乃なんて、ぽいぽい言わない夕立みたいなもんだろ。何なら二十四時間働けるまである。限定イベントではいつも徹夜だったし。あ、でもそれじゃ結局ブラックのままじゃん・・・
やっぱ泣ける。
道中では、敵意のこもった視線を向けてくる子や、遠巻きに暗い目で見つめる子、更には即座に逃げ出す子など、前任者の所業が垣間見えるシーンの連続だった。これは立て直し甲斐のある惨状だな。ボス艦は誰だ?
食堂では覇気のない艦娘たちが黙々と経口燃料を摂る傍らで、間宮さんや伊良湖ちゃんは怯えた表情で立ち尽くし、工廠では明石と相棒の夕張が、満足に装備開発すら許されない現状に絶望の眼差しを浮かべている。
あ艦これ、まさしく絵に描いたようなブラック鎮守府だわ、ここ。それにしてもいつも思うのだが、よくこれで戦線維持出来てるわな。普通ならとっくに人類D敗北だろ。
と、不意に行く手を阻む艦娘がひとり。
「てめえが新しい提督か?」
いきなり殺気に満ちた目で睨み付けてくる隻眼娘。キタコレ!ブラック鎮守府モノでは定番だよな。露骨に突っかかってくるコイツを陥とせれば、後々の展開が楽になること間違い無し。所謂装甲破砕ギミックですね。(違う)
「天龍さん!止めなさい!」
「いいのよ、構わないわ」
諫めようとする大淀を制し、俺は前に出た。この場の対応如何で今後の提督ライフが決まるのだ。さぁ、行くわよ瑞鶴!はい、翔鶴姉!(一人二役 CV:野水伊織)
こらそこ!笑うとこじゃない!艦娘のCVは基本兼任が前提なんだよ。あやねるを見ろ!あとボッチの脳内妄想力を舐めるなよ?
・・・と無駄に力説する俺を捨て置き、雪ノ下提督が始動する。さて、いざお手並み拝見といきますか。
「天龍型軽巡洋艦1番艦、天龍さん。無茶な大破進撃命令で、僚艦の龍田さんを失ったそうね」
「!!」
開口一番トラウマを抉られ、目を見開く世界水準の軽巡。やっぱ容赦無いわ、ゆきのん。
「提督に怨みがあるのでしょう?なら私を好きにしてくれて構わないわ」
ち、ちょっと、なに言ってんですかコイツ?
「でも、貴女の滾る想いを私の中に
「?」
待て待て待て!この
「それに同性として、貴女たちが前任提督から受けた苦しみは分かっているつもりよ」
「な!?ど、同性、だと?」
驚愕する天龍。居合わせた他の艦娘たちも固唾をのんで事態を見守っている。あ、ここがブラ鎮立て直しの決め所なんですね分かります。
「けっ!巫山戯たこと抜かしやがって!どうせお前も俺たちを兵器か化け物だと思ってるんだろうが!」
激しく言い募る彼女へ、静かに言葉を返す。
「いいえ、貴女たち艦娘は繊細で美しく、崇高な使命のために命を懸けて戦っている女の子よ。だからこそ、同じ人として、女性として心を寄せているの」
「なっ・・・?」
「私はこの鎮守府を変えたい・・・いいえ、本来あるべき姿に戻したいの。貴女たちが誇りを持って戦える場所に」
一度言葉を切り、辺りを見渡す。フム、取り敢えず掴みは充分か。
「でも、いきなり私を信用できるわけないわよね。だから先ず、貴女たちの想いを受け止めるわ」
これもう、薄い本ルート決定だよね。ゆきのんとなったハチマンの
「私はいつでも
で、そろそろ画面に謎の光が走るんですね残念です。
「ほ、本当に良いんだな?あとでヒイヒイ喘いでも知らねえぜ?」
探るような上目遣いで天龍が吠える。
いやちょい待て。だから何する気なのです天龍さん?若干顔が赤くなってるし、なんか眼がギラついてるんですけど。はっ!そ、そうだ!
一縷の望みをかけて振り返った先では、
「ゆ、雪×天キマシタワ〜!!愚腐腐腐・・・」
鼻血を噴き出しながら倒れ込む大淀。海老名さんかよ・・・
結局、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
横須賀鎮守府 提督私室。
「ん・・・」
ゆきのんの性能を堪能・・・ゲフンゲフン、確認した俺は、ベッドの上で脱力していた。仮にも提督たる身。常在戦場、いかなる時も
そして乱れた着衣を整えようと、半身を起こしたその時、
「う、うそ・・・!?」
夜の
確かにいつでもウェルカムとは言ったけど、よもや夜の演習中に艦娘の奇襲を受けるとは。この八幡、慢心しました。いやだからちょっと待って!艦娘も
「わ、私の顔に、何かついていて?」
もちろん、そんな苦し紛れの一言で輪廻の零が解き放たれるはずもなく。
「やっぱり一航戦そっくりの提督なんて・・・この、変態!!」
最期に俺が見たのは、和弓を構えたツインテールの空母娘と、真っ直ぐ落ちて来る250kg爆弾だった。
・・・てか、着任初日でブラック鎮守府再建失敗ってのも、なかなかにレアケースだよな・・・(泣)
次回予告:ゆきのん提督の憂鬱(後編)