側面銃座の窓から見えたのは、例の鮫の頭みたいな
「そんな・・・ここは味方の制空権下なのに・・・」
小さく呟く加賀さん。トイレは無事済んだようだ・・・いや、そんなこと言ってる場合じゃない。深海戦闘機相手にこんな鈍重な飛行艇じゃ、ひとたまりもないだろう。着任前に爆散とか、洒落にもならん。
「な、何か武装は無いのか?」
確か二式大艇には、防御用の7.7㍉機銃が装備されていたはずだ。俺に扱えるかどうかは別の話だが。
「いえ、この機は輸送機型の晴空です。武装はないわ」
早速、詰みかよ・・・
呆然とする俺を尻目に、梱包されていた艤装の固定を解き始める加賀さん。やっぱりこうなると、緊急時の落ち着きが違う。これが常在戦場というヤツか。手際よく胸当てを着け、弓懸をはめると、パラシュートを背負う。
ん?パラ・・・?何か見慣れない出で立ちだが。改二丙降下猟兵仕様、とか?IF改造もここまでくると、さすがになぁ・・・
長弓を掴み、こちらを振り返るパラシュート加賀さん。そんな格好でも様になっている。やっぱ美人は得だな。
「提督、出撃命令を!」
「へ?」
提督って誰だ?あ、俺だ。間抜けな返事をしてから、慌てて付け加える。
「で、でもどうやって戦うんだ?」
「落下傘降下します。着水後に航空戦へ移行するわ」
はぁ?空母娘がパラシュートで降りる・・・?!窓越しに見える雲の位置からして、かなりの高度だぞ。ってか何より、海面に着くまで敵機が黙って見ているはずがない。わざわざ標的になるようなもんだ。
「貴方を無事着任させることが、私に与えられた任務です。ご両親や妹さんにも誓ったのだから」
「いや、そんな問題じゃないだろ・・・」
狼狽える俺に、彼女は続ける。
「それに、飛行艇よりは正規空母の方が獲物の
「なっ!・・・ま、まさか・・・!!」
つまり、彼女は囮になると言っているのだ。はじめから、そのつもりで・・・
「さあ、ご命令を!私は
胴体側面の搭乗口に手を掛けた加賀さんが急かす。ご命令って・・・要するに、彼女へ「沈め」と命じることだ。そんなの、俺に出来る訳がない。なんでって、ついさっきまで学校で昼飯のカレーパン食べてたんだぜ。無理ゲーにも程があるわ・・・
と、その時、閃光と共に轟音が響き、機体が大きく揺れた。弾みでよろめいた加賀さんを抱き止める。これがホントのよろめき婦人・・・
「第1エンジン被弾!」
飛行妖精さんの叫び声。このままじゃ、海の藻屑ルートまっしぐらだ。ヤバいですヤバいです超ヤバいですせんぱい!てか、あんまり動揺しすぎて口調が一色みたくなっちゃったよ・・・その時、浮き足立つ俺の視線が彼女の矢筒を捉えた。
・・・そうか!
国語だけは学年3位を誇る俺の頭に、電球が灯る。
「加賀さん!迎撃機は出せないのか?」
「無理です。こんな狭い機内では射出姿勢も安定しませんし、そもそも向かい風でなければ発艦できないわ」
なるほど・・・つまり、横方向への発艦は無理なのか。なら・・・
「妖精さん!風上に向かって飛んでくれ!」
「がってん承知の助!」(飛行妖精)
見上げると、上部銃座へ繋がる梯子がある。迷わずよじ登り、風防ガラスを開いた。当然ながら機銃架は空っぽだ。強風が吹き付けるが構っている暇はない。大きく旋回した敵機は、再び近付いてくる。ひい、ふう、みい・・・1個小隊か。もはや待ったなしのタイミングだ。
「提督!何を?!」
後から顔を出した加賀さんが怒鳴る。風切り音が凄くて、こうしないと何も聞こえないのだ。
「ここから弓を引けるか?!」
負けじと怒鳴り返す。機首方向に矢を射れば、向かい風に乗れるはずだ。
「・・・!」
状況を察した加賀さんは、すぐさま身を乗り出し矢を番える。さすが歴戦の強者、判断が早い。でもって、邪魔なだけで役に立たない俺は、そそくさと銃座から降りようとしたんだが・・・
「提督!お願いがあります!」
さて、どうしてこうなった?
銃座の上に立ち、弓を構えた加賀さんの腰に、俺は後ろから両腕を回して抱き付いていた。日本が世界に誇る正規空母のお尻が、目の前にある。柔らかい。あといい匂いがする。もう、自分でも何を言ってるのか分からない。が、敢えて言おう、
正射必中を期す加賀さんの姿勢を安定させるため、俺は彼女の身体を支えていたのだ。断じてそれ以外の理由などない・・・と思う、たぶん、Maybe・・・
「提督!ご命令を!」
「て、敵戦闘機を撃墜してくれ!」(なぜに懇願?)
「了解!」
噛みそうになりながら、初めての指示を出す。抱き付いた彼女の背中越しに、散開した深海戦闘機の姿が見える。もう一撃喰らったらアウトだろう。そして・・・
「一航戦加賀、直掩隊発艦!」
凛とした声に乗せて、必殺の矢が放たれる。放射状に広がった炎は飴色の零戦となり、その20㍉機銃がすれ違いざまに深海戦闘機を火の玉へと変えた。一瞬遅れて、爆発音が辺りの空気を震わせる。
「す、スゲェ・・・」
ポカーンとアホ面を晒す俺へ、事も無げに加賀さんが言う。
「みんな、優秀な子たちですから」
ひと仕事終えた零戦は、そのまま飛行艇の左右を固める。鎮守府まで護衛してくれるつもりなんだろう・・・と、急にみんな揃って主翼を振り始めた。どうした?飛行機酔いか?
「友軍機への合図です。赤城さんの烈風改二だわ。彩雲もいる。救援に来てくれたようね」
どうやら、助けが来たらしい。
雲間から現れたいくつもの機影に、屈託のない笑顔を見せる加賀さん。
・・・なんだよ、そんな顔も出来るんじゃねえか。
その時、胸の中に生まれた感情は、すぐには説明がつかないものだった。それは、加賀さんをあんな笑顔にさせる赤城さんとやらへの嫉妬なのか、それともその笑顔を引き出すことが出来ない自分への苛立ちか・・・
そこまで考えて、危うく俺は踏みとどまった。
おっと、危ない危ない・・・まだ顔見知りにすらなっていないのに、いったい加賀さんの何を知っているって言うんだ?他人と積極的に関わる気もないくせに、もう彼女のことを分かったつもりか?救い難い野郎だな、比企谷八幡。また間違えるところだったわ・・・
救援の友軍機が、二式飛行艇を囲むように編隊を組んだ。もう、大丈夫だろう。
「見事でした。提督の指揮・・・」
微かに頬を染めながら、瞳に陶然とした色を浮かべる加賀さん。どこから見ても恋する乙女の図だか、俺は勘違いなどしない。この世界に本物なんて無いのだから。
「いや・・・俺は何もしていない。実際に戦ったのは加賀さんだろ・・・」
「提督・・・」
彼女の声が、僅かに湿り気を帯びる。
「その・・・いつまでそうしているつもりなのかしら?」
「ほぇ?」
言われて初めて気付く。まだ加賀さんに抱き付いたままだったことに。てか、実は半分腰が抜けていたんだが。
「す、すまん・・・」
慌てふためきながら、豊かな腰に別れを告げる。ってだからそういう表現はやめろって!あと、残念だなんて微塵も思ってないからね?
「あ・・・別にそのままでも・・・」ボソッ
「ん?何か言ったか?」
俺の問い掛けを加賀さんはスルーした。大人だ。話題を変えるように、友軍機の群れへと視線を逸らす。まぁ、いいか・・・
なにやら妙な雰囲気になったところで、思い出したように付け加える加賀さん。
「あの彩雲には
それを早く言えっ!!
その後、晴れて鎮守府に到着した俺が「着任前からセクハラに励む変態提督」という称号を賜ったことは、言うまでもない・・・(泣)
【次回予告】硝煙と爆音に彩られた、ここは南方の最前線。八幡が持つボッチの匂いに誘われて、危険な乙女たちが集まって来る。
第6話:知り合いが艦娘になりまして