「おはようございます、提督」
予鈴を聞きながら執務室へ入った俺に、ひと足早く来ていた加賀さんと大淀が敬礼する。南方特有の湿気と日差しのなか、場違いに響くチャイムの音。
そう、ここショートランド前進鎮守府では、日課にあわせて学校用のチャイムを鳴らしていた。その下で走り回るセーラー服の艦娘たちを見ると、一瞬どこかの中学校かと勘違いしてしまいそうだ。
まぁ、リア充が充満する教室へ向かうのも、艦娘たちが待ち構える提督執務室へ入るのも、俺にとって大した違いはない。どちらも無理ゲーだ。強いて変わったことと言えば、こっちでは通学、いや出勤時間がゼロになったことぐらいか。
なんせ、俺が寝起きする私室は執務室の隣だからな。これで、朝っぱらからワンコを助けて車に轢かれる心配はなくなった訳だ。あのイベントはいい加減勘弁してほしい。マジで。
『Re:出勤時間ゼロから始める鎮守府生活』
と、素早くアイコンタクトをとり、こちらに向き直る加賀さんと大淀。ん?朝から何か嫌な予感。
「提督、特別演習の許可を」
「お、おぅ・・・?」(俺はぜかましか?)
特別、の意味もよく考えずに承諾する。
ここでの俺は、基本、何もしないのをモットーにしていた。働きたくないハチマンにとっては、理想的な職場環境だ。これまで上手く行っていたものを、わざわざ後入りの新米提督がいじり壊す必要など、ない。それは彼女たちにとって、迷惑以外の何物でもないだろう。嗚呼!なんて完璧な理論武装!(自賛)
「沖合いに仮想敵艦隊が展開しています。彼女たちを突破し、帰還して下さい。演習だからといって気を抜かないように」
整列した新規着任の艦娘たちを前に、大淀が手短かに説明する。双眼鏡を覗くと、水平線上に敵役の艦娘が見えた。つまり、模擬戦か。新入りの力量を測る意味合いがあるのだろう。
「提督、ひと言お願いします」
促されて、仕方なく前に出るが、気の効いた言葉なんて出てくるはずもなく・・・
「み、みんにゃ安全第一で戻ってくるように」
噛んだ!そして締まりのない俺の訓示を合図に、特別演習が始まった。
「では、出撃!」
着任したばかりの艦娘たちが一斉に出撃してゆく。留美・・・じゃなかった、朝潮型駆逐艦朝潮がちらりとこちらを振り返る。不安げなその瞳に俺の方が心配になるが、まぁ演習なんだから危険は無いだろう・・・
何かおかしい。
着任早々の模擬戦闘。さっきからずっと疑問を感じていた私は、艦隊の最後尾で様子を伺っていた。いま私たちは、沖合いで待ち構える仮想敵艦隊へ向かって進んでいるところだ。
「フッ・・・世界標準の力、見せてやるぜ!」
やたらと自信満々なのは、天龍さん。色々と目立っているので、初対面ながら印象に残っている艦娘だ。とっても強そうだけど、あれでホントに新人なのかな・・・
「あの・・・いったいどうなっているのでしょうか?」
気弱な感じでそう言うのは、軽巡洋艦の神通さん、だったかな?
「知らないわよ!新入りだからって馬鹿にして!あのクソ提督!」
さっきから一番口が悪いのは、私と同じ駆逐艦の曙さん。そんなやり取りを聞きながら、ふと、これまでの日々が甦る。
あの夏の林間学校で、はちまんに出会い、私の毎日は変わった。ずっと続くと思っていた絶望的な時間は終わり、少しずつだけど状況は良くなり始めていた・・・と思う。私へのいじめは止み、このまま中学校に上がれば全て上手くいくんじゃないかと、淡い期待も抱いていたのに・・・
卒業式を間近に控えたある日、ダイホンエイの人がやって来て、私は艦娘にスカウトされてしまった。適性が高いとか何とか褒められて、3ヶ月の基礎訓練を経て最終試験に合格した私は、初めての『改装』を受けた。普通の人間から艦娘になるのが、この第零次改装。以後、練度が上がるにつれ第一次、第二次と改装を重ねてゆくものだと教えられた。いまだにどういうことなのか、ピンとこないけど。
「工作艦の明石です。これを被ってドックに入って」
綺麗なお姉さんから手渡されたのは・・・こ、これって、ナーヴギアじゃないよね?
湧き上がる不安を抑え、言われた通りにすると、
「はい、じゃあ始めますね。リンクスタートって言ってもらえる?」
そのまんまじゃん!!
「大丈夫よ、ログアウト不能のデスゲームとかじゃないから」
「!!?」
言葉を返す前に、ドックの扉は閉まっていた。
目覚めると改装は無事終わっていた。そして私の中には、駆逐艦朝潮の記憶が・・・後は遥々輸送機に乗せられて、着いた先が最前線のここ、ショートランド基地だった。
だけどまさか、あのはちまんが司令官だなんて!あんまり嬉しすぎて抱き付いちゃった。頭も撫でてもらえたし。ただ、他の先輩艦娘の目があったから直ぐに離れたけれど、ちょっと遅かったみたい・・・
嫉妬、やっかみ、侮蔑・・・偉そうに構えている先輩方からお馴染みの感情が滲み出て来るのが、手に取るように分かった。こう言った些細なきっかけが、たちまち陰惨ないじめに発展する。艦娘だって元々人間なんだから、この辺りは学校と同じだろう。結局、何処に行っても気は休まらないよ。
それにしてもはちまん、クリスマスイベントの後、急に姿を見なくなったから心配してあげてたのに・・・真っ白な提督服に眼鏡までかけて、凄く格好良くなってたからビックリしちゃった。これからは毎日会えるかな。えへへ・・・
「フッ・・・来やがったぜ・・・」
刀を構えた天龍さんの声に、私は我に返った。見ると、敵艦隊の姿はずいぶんと大きくなっている。得体の知れない違和感が一段と大きくなってきた。
演習自体は艦娘養成学校で何度もやったことがあるし、どうせ新入りの私たちが勝てる訳がない。それにたとえ袋だたきに遭ったとしても、模擬弾のペイントまみれにされる程度のものだ。何も心配することはないはず。それなのに、どうしてこんなに胸騒ぎが止まらないの?
「どうせ空砲だ!目一杯ぶちこんでやるぜ!」
威勢のいい天龍さんに釣られて、他のみんなも主砲を構える。一瞬、波切り音が小さくなったような気がした。
「止まって!!」
頭に響く声。初めて聞く声だったけれど、私はそれが誰なのか
「・・・!!」
私が咄嗟に主機を逆回転させたのと、相手が発砲したのは、ほぼ同時だった・・・
次回予告:かつて祖国のために戦った軍艦の、これは生まれ変わった姿。変わらぬ想いを柔らかな少女の身体に包んで、ひとりの艦娘がいま、目を覚ます・・・
第8話:特別演習(中編)