VRMMO経済をぶっ壊します!〜だめだよお姉ちゃん金卵をそんな使い方しちゃ〜   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第18話「丁々発止ネゴシエーション」

 交易品を山積みしたラクダを伴って街の交易所に入った<ナインライブズ>一行は、丁重なもてなしを受けた。

 

 最初は個人の商人たちが行列を作っている小口の窓口に通されたのだが、事務員に海産物200億ディール分を運んできたと告げたところ、様子が変わった。

 丁寧だが不愛想な対応をしていたNPC事務員は、打って変わって手もみせんばかりの低姿勢で彼女たちを交易所の奥の間へ案内してきたのである。

 

 

(まるでリアルの銀行みたいね)

 

 

 そんなところまで再現する運営に、エコ猫は少し呆れてしまう。

 現実の銀行でも、億単位の金が動く取引の場合は窓口で対応されることはない。奥の応接室に通されて支社長クラスが応対してくれるか、向こうから来てくれるかのどちらかだ。

 エコ猫たちが通されたのも、豪華な装飾が施された立派な応接室だった。無数の蝋燭が載せられた煌びやかなシャンデリアに、十人ほどが座れそうなふかふかのソファー。宝石が埋め込まれたテーブルに、金細工の燭台が載せられている。壁には宝石細工のタペストリーや絵画が飾られていた。全体的にアラビアンなデザインで、『千夜一夜物語』に出てくるスルタンが暮らしていそうな豪奢さだ。

 

 

(エキゾチックではあるけど、ちょっと成金趣味すぎて下品だな……)

 

 

 そんなことを考えているエコ猫に、ソファーの後ろに並んだクランメンバーがおずおずと声をかける。

 

 

「あ、あの……マスター。私たちここにいていいんです? 少々場違いなのでは……」

 

 

 低レベルの商人キャラでしかない彼らは、自分たちが本来足を踏み入れていいような場所ではないと思っているようだ。

 しかしエコ猫は首を横に振り、平然と応える。

 

 

「いや、いいよ。むしろここにいて、ちゃんと見ててね。これも後学だから」

 

「は、はあ……」

 

(君たちにもいずれこういう場所で商売してもらうことになるんだからさ)

 

 

 そんなことを胸の内で呟きながら、エコ猫は出された琥珀色のハーブティーに口を付ける。

 ここにいるクランメンバーたちは、いずれ大商いができるように育て上げるつもりだ。PKたちに倒されたので何人か欠員が出てはいるが、現在クランに所属している商人は中核メンバーとして育成する。できるかどうかではない、そうなってもらわないと困る。

 しかし今の彼らにそう告げたところで委縮させるだけなので、口にはしなかった。

 

 

「やあやあどうも、お待たせして申し訳ございません。交易所長でございます。」

 

 

 時間を置いて奥の扉から入室してきた片眼鏡のNPC商人に、エコ猫はにっこりと微笑みを返す。

 さあ、楽しい楽しいミニゲームの時間だ。

 

 

 

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「いやあ残念です、せっかく遠いところから運んできていただいて申し訳ない。実は海産物は冒険者の皆さんがたくさん運んできてくれているので、だぶついているのですよ。ですからあまり高値は付けられそうにないのです」

 

「おやおや。それは知りませんでした。ではおいくらでの買い取りをご希望で?」

 

「そうですなあ。先に貴方様はいかほど見積もっていらっしゃるかお聞きしても?」

 

「ここに至るまでの道のりはとても険しく、盗賊に襲われて4人の仲間が命を落としました。それほどの苦労をしてきたのです。彼らの無念と献身に報いるためにも1000億でいかがです」

 

「1000億! ああ、貴方様はこの黄金都市の人間に干からびて死ねとおっしゃいますか! とてもとても、そんな金額はお出しできません。300億といったところでしょう」

 

「おや、それはおかしいな。海産物はだぶついているのですよね? 余剰があるなら干からびて死ぬようなことはないでしょう」

 

「ははは、言葉の綾でございますよ。ともかく、現在の在庫を鑑みるとそこまでの高値はつけられませんなあ。310億でいかがです?」

 

 

 所長の言葉を受けたエコ猫は、アイテムボックスから“天眼の算盤”を引っ張り出すと、楽しそうにじゃらじゃらと鳴らした。

 

 

「海産物の在庫が余っているかどうか、私に知るすべがないとお思いで?」

 

「おっとこれはしたり。面白いものをお持ちでいらっしゃる。勉強いたしましょう、400億」

 

「それだけですか? 黄金都市の交易所長ともあろう方が、相場をわかっていらっしゃらない? 実のところアサイラムの海産物は私が買い占めてしまいまして。この機会を逃したら、いつ次に大量搬入できるかわかりませんよ?」

 

「ほっほっほ、私どもとて相場は存じておりますとも。もちろんアサイラムの相場も。どうやら向こうにもまだまだ在庫はあるようですぞ?」

 

「なるほど、これは私の不勉強でした。では勉強しまして900億」

 

「もう一声欲しいですな。450億」

 

「ふふふ!」

 

「ははは!」

 

 

 交渉の席についたエコ猫と所長が実に楽しそうに丁々発止のやり取りをしているのを、クランメンバーたちはぽかんとして見守っていた。中にはメモを持ち出して、やり取りの記録をつけている勉強熱心な者たちもいる。この子らは伸びるだろう。

 

 VRMMO『ケインズガルド・オンライン』の特色のひとつに、NPC商人とのリアルな交渉を楽しめるというものがある。このゲームでは一部のNPCに高度な人格AIが搭載されており、交渉によって取引を有利に進めることができるのだ。

 もちろんそんなの面倒だという人や口下手な人には、交渉をスキップして機械的に処理することも可能だが、交渉に成功すると格段に有利な条件で取引できる。

 

 NPC商人の取引難易度は街によってまちまちだが、中でもこの黄金都市シェヘラザードは難易度が高い。平気で足元を見てくるし、場合によってはウソをついて騙そうとしてくる。

 スタッフがSNSで呟いた情報によると、これはイスラム圏の商習慣を再現しているそうだ。向こうでは店が高値をふっかけ、客が値引きするというのが古くから行われている。むしろそれが店と客の間のコミュニケーションなのだ。ただし、西欧化が進んだ現在では、高級店やチェーン店では定価での取引が行われるようになっているが。

 

 中世ファンタジーを舞台にしたこのゲームでは伝統ある商取引を再現しており、そういった交渉が好きな人にはたまらないものとなっている。たとえばエコ猫がそうだ。時折牙を剥き出して獰猛に笑いながら、真剣勝負のようなやりとりを楽しんでいる。

 

 

「私は他の街に持ち込むこともできますよ? 850億」

 

「いやはや、この砂漠は危険ですよ。今からよそに持ち込むなんて到底お勧めできません。お仲間を失われたばかりなのでしょう? 500億」

 

「確かにそうですね。ただし私は砂漠を安全にできる手段を持っています。安全になった道を通り、多くの商人がこの都市に交易品を持ち込むとすれば、ここで私に支援するのは得策と言えますよ」

 

「ほう? お聞かせいただきましょうか。どのように安全にされるというので?」

 

「簡単なことです。砂漠の盗賊ども……PKクランを根絶やしにするのですよ」

 

「これはこれは。しかし、貴方にそんなことができるとは到底思えません。できもしないことを口にされるものではありませんよ」

 

「そうですか? 私はできると思っていますよ。たとえばこの街に至るまでに襲ってきた<天麩羅騎士団(テンプラナイツ)>。私にお任せいただければ、彼らを一夜にして砂漠から追い出してみせましょう」

 

「ふうむ……」

 

 

 片眼鏡を光らせながら、所長は蓄えられた顎髭を揉んだ。

 

 

「彼らも我々にとっては上客なのですよ。交易品を持ち込むのが商人なのか盗賊なのか、それは我々にとっては関係がない」

 

「いいえ、大違いのはずです。盗賊を恐れてこの都市に交易ができない商人もいる。盗賊がいなくなれば、交易量が増える。それはこの都市に大きな恵みをもたらします」

 

「確かにその通りですな。……いいでしょう、それができるのなら勉強しても構いません。ですが実績を見せていただかなくては。<天麩羅騎士団>の討伐をなされるといううえで、おいくらをご希望ですかな?」

 

「750億」

 

「いいでしょう。彼らの討伐料を含めるということで、750億で手を打ちましょう。しかし彼らを討伐できなかった場合は違約金として300億を徴収します。差し引きで450億が売却額ということになりますが、よろしいですかな?」

 

「ええ、承知しました。決済は明日でお願いします。良い取引にしましょうね」

 

 

 エコ猫と所長はにこやかに笑いながら、がしっと握手を交わした。

 

 そんな2人を、クランメンバーたちはどうするつもりなんだこれ……と真っ青な顔で見つめている。

 勉強になるならないではない。話の着地点としてめちゃくちゃだ。なんで交易品の搬入がPKクラン討伐になってしまうのか。一体どうやって始末をつけるのか、誰もが頭を抱えるばかりだった。

 

 ただカズハだけがうとうとと寝ぼけまなこで船をこぎ、ラブラビはそんな彼女に膝枕しておっとりと微笑んでいた。

 

 

 

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 ラクダから下ろした交易品を交易所に預け、この日は解散となった。

 不安そうな視線を送ってくるクランメンバーたちに、エコ猫はケラケラと陽気な笑みを浮かべる。

 

 

「なーに、大丈夫大丈夫。なんとかなるって」

 

「なんとかって……」

 

「そうそう、なんとかなるさ! ケセラ・セラだよ諸君!」

 

 

 にゅっとその辺から生えてきたシルクハットの怪しい魔導士に、クランメンバーたちは胡乱気な視線を送る。

 

 

「……クロードさん、どこ行ってたんです? ルーターを倒したあたりからいなくなってましたよね」

 

「いやあ、なんかすっごいお腹下しちゃってさあ。思わずログアウトしてトイレの住人になってたよね。みんな無事に黄金都市にたどり着いたようでよかったよかった!」

 

「良くないですよ! 傭兵ですよね!? ちゃんと仕事してくださいよ!!」

 

「しかし出物腫物ところ選ばずって言うしさーあ? 君たちだって突然ぽんぽペインすることあるじゃん?」

 

 

 生真面目なクラン員とやいのやいのと口論しているクロードを一瞥して、エコ猫は小さく笑う。そしてぽんぽんと肉球を打ち鳴らして全員に解散を命じた。また明日!

 

 

 

 

 ある者は疲れてログアウトして、またある者は夜の黄金都市の観光に。またある者は商魂たくましく夜市で出物を覗きに行った。

 カズハはログアウトして、ウーバーでテイクアウトした晩御飯を食べに行っている。

 

 エコ猫はラブラビを伴って宿屋に入り、テーブルに座ってふうーと溜息を吐いた。

 片目を閉じてぽんぽんと肩を叩き、ぐったりと椅子にもたれ込んでいる。

 

 

「いやー疲れた疲れた。私って口下手だからさ、NPC相手とはいえああいうやりとりは気疲れすごいよね」

 

「随分と楽しんでいらっしゃいましたよ」

 

「まあ、楽しかったよ。8時間の旅の果てにするこっちゃなかったかもだけど。ラブラビも疲れたでしょ?」

 

「ふふっ。カズハ様が甘えてくださったので、随分癒されましたとも」

 

「そう? ならいいんだけど」

 

 

 そこまで口にして、エコ猫は閉じていた片目を開き、手にした金貨をラブラビに向けて弾く。

 ラブラビにキャッチされたその金貨は、表面に髑髏(どくろ)、裏面にカタール(アラビア短剣)が彫られていた。

 どこの商業圏でも流通していない、硬貨としての意味を成さないコイン。

 しかしそれは、ある特定のクランにのみ通じる“符牒(ふちょう)”であった。

 

 

「せっかく癒されたところ申し訳ないけど、もうひと働きしてもらう。口利きを頼みたい」

 

「ご用件は?」

 

 

 いつになく冷たい気配を猫目に浮かべるエコ猫に、ラブラビは常通りのおっとりした口調で返す。愛らしいハートが描かれたエプロンに両手を添えて、静かにエコ猫の言葉を待っていた。

 

 

「<天麩羅騎士団>は滅ぼさなきゃいけなくなった。明日の朝までにこの砂漠から奴らの存在を抹消してほしい」

 

「ご依頼の理由は?」

 

「先の交渉で聞いての通り。彼らの討伐が今回の商談の条件だ。でも、遅かれ早かれ彼らには消えてもらわなきゃとは思っていた。これからの砂漠に、彼らは必要ない。黄金都市をより活性化させるために、盗賊には消えてもらう」

 

 

 エコ猫の言葉を目を細めて聞いていたラブラビは、ゆっくりと首を横に振った。

 

 

「それではお受けできませんね」

 

「ダメ?」

 

「貴女はご存じのはずですよ。彼ら<暗剣殺>は依頼によってのみ人誅を行うPKクラン。しかし(とが)もない者に決して刃を振るうことはありません。“怨みを晴らす”。ただその一点のみによって、彼らは己の刃に正当性を見出しています」

 

「ああ、そっか。そうだったね」

 

 

 エコ猫は小さく溜息を吐くと、軽く頭を掻いた。

 そして言いづらそうに口ごもってから、観念したように口を開く。

 

 

「奴らはカズハに悲しい想いをさせた。私はあいつらを許しておけない。この砂漠から奴らがいた痕跡を、欠片も残さず消してほしい」

 

「ご予算は」

 

「150億。全額明日払い」

 

 

 ラブラビはエプロンの前に両手を添え、深々と頭を下げた。

 エプロンに描かれたハートが、両手に隠されて一瞬切り裂かれたようにエコ猫の瞳に映る。

 

 

「承りました。吉報をお待ちください」

 

 

 

≪ラブラビがログアウトしました≫

 

 

 

 がらんと1人きりになった居室で、エコ猫は深く溜息を吐いた。

 

 

「……あんまりこういうの流儀じゃないんだけど、仕方ないか」

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