VRMMO経済をぶっ壊します!〜だめだよお姉ちゃん金卵をそんな使い方しちゃ〜   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第7話「PKクラン解体ショー」

「エコ猫ォォォォォォ!! どこ行きやがったあああああッッッ!!」

 

 

 真っ赤に染まった顔に羅刹の形相を浮かべて、ドサンピンが抜刀した大斧をやたらめったら振り回す。

 名前はド三品(サンピン)でも、そこはPKクランのマスターを務める男だ。その戦闘力は上級の戦闘クラン員にも匹敵し、脆弱な商人クラスにスキルが命中すれば一撃で葬れるほどだ。現状まったく当たってないけど。

 

 

「落ち着け、ドサンピン!」

 

「誰がドサンピンだオラァ!!」

 

「お前が自分で付けたんだろ!?」

 

「そうだったな!! ……なんで俺はこんな名前つけたんだ!?」

 

 

 ボケッツに声を掛けられて冷静さを取り戻したドサンピンが、我に返り過ぎて自分のキャラネームに驚愕の声を上げる。ぶっちゃけ酒飲みながらノリで決めた!

 

 

「いいかドサンピン、ハイドクロークで移動できる距離なんてたかが知れてる! 追いかけて仕留めればいいだけだ! 戦闘力ならこっちが圧倒的に上回ってるんだからよ!」

 

「そうか……そうだな! おいお前ら、あいつらを探せ!」

 

 

 ドサンピンはそう部下たちに声を掛けるが、既に部下たちはヒャッハーと興奮の声を上げながら手あたり次第に暴れ始めていた。

 なにしろマスターであるドサンピンが最初に武器を抜いて暴れてしまったのだから仕方ない。

 

 

「うひょー! 刈り取り放題だぜぇぇぇぇ! こいつ金もアイテムたんまり持ってやがる!!」

 

「ひいっ!?」

 

 

 血に狂ったPKクランの1人が、“本舗”を名乗った店主に武器を突き付ける。

 

 

「や、やめてください! これは全財産をはたいて買ったアイテムなんです! これがなくなったら私は……お、お金でしたら少しお渡しできます!」

 

「ふーん、いくらだ?」

 

「い、1割か2割なら……」

 

「奪えば全部ゥ!!!」

 

 

 言うが早いかクラン員が商人をざくーーーっと始末!

 大量にその場に落ちた金とアイテムに、PKたちは我先に飛びついた。

 

 

「ヒャッハー! こいつマジでたんまりもってやがるぜ! 奪え! 殺せーー!!」

 

「ずるいぞ、俺にも分けろ!」

 

「拾え拾え、早い者勝ちだ!」

 

「おい、俺が殺したんだ! 全部俺のもんだぞ! どけ!!」

 

「チッ……統制がとれねえ!」

 

 

 ドサンピンが歯噛みする横を、ハイドクロークで姿を消したエコ猫たちがささっと走り抜ける。

 エコ猫はリスポーン地点に送られて薄くなっていく商人の遺体を、ちらりと横目で見た。

 

 

(だからハイドクロークを買えって忠告してあげたのに)

 

 

 とはいえ買わなかったのは彼らの選択だ。あまつさえ彼らはエコ猫を馬鹿にさえした。エコ猫が巻き込んだのは事実だが、そもそも嘘を吐いてエコ猫の商売を真似ようとしなければこんなことに巻き込まれることもなかった。

 だからこれは彼らの自己責任で、自業自得。

 

 エコ猫はそうして痛む良心に蓋をして、可哀想な商人たちの悲鳴の中をひた走った。

 

 

「ま、待って……! このゴールデンエッグだけは許して……! これがウチのクランの唯一の資産! 失ったらウチは破産! ストレスで溢れる胃酸、口にできない最後の晩餐!」

 

「それが一番欲しいんだよぉ! 寄越せやオラァ!!」

 

「メーン!?」

 

 

 ごめん、可哀想だけどさすがに笑いそうになった。

 

 

 そしてある程度走ったところで、ハイドクロークの効果が切れる。

 

 

「マスター! いました、あっちに向かって逃げてますぜ!!」

 

「でかした! おいお前ら、追うぞ! ついてこい! ……いつまで死体漁ってんだボケが!!」

 

 

 小銭を拾おうとしゃがみこんでいた部下の頭を、ボケッツが大斧で跳ね飛ばした。グロ規制がかかっているので実際に首が落ちたわけではないが、クリティカルヒットを受けた部下はその場で即死。ナムサン!

 ごくりと唾を呑んだ部下たちは、慌てて立ち上がると<ナインライブズ>を追って走り出す。

 

 

「オラッ走れ走れ! ぐずぐずしてる奴は俺がブッ殺すぞ!!」

 

「ひいいいいいっ!!」

 

 

 死に物狂いになった数十人のPKたちが、大急ぎでエコ猫たちを追跡する。

 

 

 

「ひ、ひええええええええっ!」

 

「わ、私は関係ないんです! 売り子をしてただけなんですううう!!」

 

「馬鹿言ってないで走った走った! 捕まったら身ぐるみ剥がれちゃうわよ!」

 

「ひいーーーーーっ! 一介の商人にはこんな商売ハードすぎますーーっ!!」

 

 

 レッカやクロード、クラン員の商人たちと一緒に走りながら、エコ猫は密かに笑った。

 ああ、楽しい! このゲームを始めてからいろいろやったけど、今が一番楽しい!

 判断が合ってるかどうかは一切不明、出たとこ任せで出鱈目で、一歩間違えれば奈落の底へ真っ逆さま! だけどとってもスリリング!

 いいじゃん、面白いじゃん、愉快じゃん! こういうゲームを求めてたのよ私は!

 

 エコ猫たちは金丼さんの出現エリアを抜けて、グレイシア大渓谷へと逃げてゆく。入り口に広大な森林があり、その先には凶悪な飛行モンスターたちがひしめく大峡谷。高レベル帯の戦闘クランでもなければ生きては帰れぬ死のエリアだ。

 

 

「マスター! 奴ら、グレイシアの方へ向かいますぜ!」

 

「へっ、森の中に隠れる気か? それとも渓谷のモンスターでトレインする気か? こっちを甘く見過ぎだ、ガチガチの戦闘ビルドは商人や雑魚傭兵よりずっと脚が速いんだぜ!! この分なら森へ入る前に捕まえられるなぁ!!」

 

 

 そう言ってボケッツはほくそ笑んだ。

 

 

 

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 そして、実際その通りになった。

 

 

「残念だったなあ。もう少しで森に逃げ込めたものをよぉ」

 

 

 肩に担いだ大斧の柄をしごきながら、ニヤニヤとボケッツがいやらしい笑みを浮かべる。

 

 

「ケジメとして全員ぶっ殺してやる、身ぐるみ全部置いてけや。もちろん舐めたことした詫びとして、今後ゴールデンエッグは全部いただくぜ。いや、もういっそテイムした奴ごと全員ウチで面倒見てやるわ。ゴールデンエッグはタダでいただき、お前らは肉盾としてコキ使ってやるよ! ギャハハハハハハ!!」

 

 

 勝ち誇って気持ちよさそうに笑うドサンピンに、エコ猫は感心した顔を向けた。

 

 

「すごいね、ロールプレイとはいえそこまで三下丸だしなこと言えるなんて。それともリアルでも日常的にそんなバカなこと口にしてるの? お母さんとお父さん泣いてない? 他人事だけどちょっと心配になっちゃった」

 

「アアン!? 状況わかってねえのかぁ!?」

 

 

 森の前で追いつかれた<ナインライブズ>は、数十人のPKたちと向かい合っている。銃や弓で武装したPKたちは、少しでも身動きしたら撃つ!とばかりに<ナインライブズ>を狙っていた。

 

 

「動くなよぉ? ハイドクロークを使って森に逃げるのももうナシだ。大人しく両手を挙げて投降しな。少しでも怪しい動きをしたらブッ殺すぜ。もっとも、遅かれ早かれ殺しちまうけどなぁ、ヒャハハハハハ!!」

 

「ま、いいけどね」

 

 

 両手を上げたエコ猫が目配せすると、レッカやクロード、商人たちが彼女にならって両手を上げる。

 

 

「ようし。……そうだな。おい、金丼のテイマーってのを今からここに呼べや! そいつの目の前でお前らをハチの巣にしてやれば、今後大人しくゴールドエッグを差し出す気になるだろうからなあ! イヒヒヒヒッ」

 

「……趣味が悪いねえ」

 

 

 エコ猫は淡々とした口調のまま、小さく呟く。

 しかしその猫目はキュッと引き絞られ、縦長の瞳孔が開いていた。

 

 

「さあ! 呼びな!!」

 

「……呼ぶのはいいけど、その前に3つ良いことを教えてあげる」

 

「あん? 命乞いかぁ?」

 

「ま、聞きなよ。ひとつ、ハイドクロークっていうのは確かに金丼さん相手に使うものじゃない。でも、待ち狩りだととても有用なんだ」

 

「ああ? だからなんだよ」

 

「ふたつ。ハイドクロークは今日とてもよく売れた。そうだね、100個くらいは売れたんじゃないかな」

 

「へっ! その売り上げ全部俺たちがもらってやるよぉ!!」

 

「みっつ」

 

 

 エコ猫は静かに右手をおろすと、銃を撃つような仕草でドサンピンを指差した。

 

 

「ここが君たちの墓場だ」

 

 

 バサッ!!!!!

 

 

 その瞬間、森の木々の間から無数の布が翻る音が響くと同時に、完全武装の冒険者たちが雄叫びを上げながらPKたちへと突撃を仕掛けた!

 その数は十人や数十人ではない、そう、100人以上!

 森の中にハイドクロークで潜んでいた100人以上の冒険者たちが、隠密を解いて一斉にPKたちに向かって突撃していく!!

 

 

「ハイド……クロークだとぉ……!」

 

「な、なんだこいつらは!?」

 

「ぴ……PKKクラン!? <守護獣の牙(ガーディアン・ファング)>だッ!! <守護獣の牙>のゴリミットがいるッ!!」

 

「あっちにいるのは<We can fly!!>のヨッシャカッシャだッ!? ほ、他にもPKKクランの連中がウヨウヨして……! な、なんでこんなところに……!!」

 

「う、撃て! 撃てーーーーッ!!」

 

 

 PKクランは慌てて構えていた銃や矢を冒険者たちに向かって発射する。あらかじめいつでも撃てるようにしていただけあって、矢弾はすぐに冒険者たちを射殺さんと殺到する。

 しかし、PKたちが銃や弓を構えていたように、冒険者たちも森の中で臨戦態勢を整えていたのだ。そう、囮が獲物を引っ張ってきたら、いつでも襲い掛かれるように。これは“待ち狩り”だ!

 

 

「ウインドポーションを焚け! 矢避け状態を維持しろッ!!」

 

「【ウインドバリア】展開ッ!!」

 

 

 冒険者たちが走りながらアイテムや魔法を使用すると、矢や弾丸は彼らを避けるように明後日の方向へと飛んでいく。

 先頭を切って獲物に向かってひた走りながら、ゴリラ型獣人とリザードマンは顔を見合わせてニヤリと笑った。

 

 

「どうやら我々は彼らの中では有名人のようだぞ、ヨッシャ君」

 

「へへっ、悪くないね。それなら今日からもっと有名になれそうだな、ゴリミット!」

 

 

 ゴリラ氏が跳躍し、咆哮を挙げながら剛腕を振り回すと、PKたちが数人まとめて吹き飛ばされる!

 リザードマンが大きな曲刀を振り回すと、切り裂かれたPKたちが次々に炎に包まれ、絶叫を上げながら身悶えする!

 

 先ほどサクラの真似事をやっていたプレイヤーとは思えないその動き。

 <守護獣の牙>の神官戦士ゴリミットと、<We can fly!!>の魔法剣士ヨッシャカッシャ。高レベルの戦闘クランとしての顔も持つ、PKKクランきってのエースたちがそこにいた。

 

 

「な、なんなんだ!? どうしてPKKクランどもがここにッ!? エコ猫が雇ったのか!? そんな資金力が零細商人クランごときにあるわけが……まさか、ゴールデンエッグを餌にッ!!」

 

 

 襲い来る冒険者たちの刃を受け止め、かわしながらボケッツが悲鳴じみた叫びを上げる。

 

 

「……わからないの?」

 

 

 エコ猫はそんな彼に、呆れかえった顔で淡々と告げた。

 

 

()()()だよ。確かに私は彼らに声をかけた。でも、別に報酬を提示して雇ったわけじゃない。そんなものがなくても、彼らは君たちを始末したくて仕方なかったんだよ」

 

「覚えてるか、ボケッツ……!」

 

 

 冒険者たちの1人が、憎悪に満ちた瞳でボケッツを睨む。その口からは憤怒のあまり青い火が噴き上がりそうだった。

 

 

「俺は貴様たちに囲まれて、身ぐるみを剥がれた! おかげで俺がいた商人クランは期日までに金を用意できず、不渡りを出して解散したんだッ……!! 貴様らのせいでな!!」

 

「お前たちに集団でじわじわと嬲り殺しにされた恐怖、忘れてねえぞッ!! あのときお前たちは笑ってたな……。今度は俺が笑う番だッ!」

 

「隣のクランが戦争に入ったとき、どさくさに紛れて援軍の俺たちのクランの拠点を襲ったよなぁ! しかも直後に隣のクランとは和解しやがって! 最初から俺たちのクランを狙って、隣のクランと談合して戦争をしたことなんてとっくにバレてんだよ!!」

 

 

 ここに集まったのは生業(なりわい)としてPKを狩るPKKだけではなかった。

 PKクラン<シャイニングゼロ>と<レッドクロス団>に個人的に恨みを持つ者たちが、エコ猫の呼びかけに応じて集結していたのだ。

 

 

「君らは少々やりすぎた。金丼の狩場で横取りを狙われているプレイヤーたちからも、我々に討伐依頼が来ていたしな」

 

「戦闘力だけは高いPKクランだ、こっちもそれなりの傷は覚悟しなきゃいけなかったが……。ここまで数を集めてくれるってんなら話は別よ」

 

 

 ゴリミットとヨッシャカッシャに続いて、PKKクランのメンバーたちがPKたちの命を刈り取ろうとそれぞれの得物を構える。

 

 

「ち……ちくしょおおおおおおおッ!!」

 

「こ、殺せッ!! 全員返り討ちにしてやれッ! PKの意地を見せろーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 そしてしばしの時間が過ぎ……。

 

 

 最後まで抵抗していたドサンピンが、恨みを晴らさんと意気を見せた復讐者たちに四方から刃を差し込まれてその場に倒れ伏した。

 

 

「く……くそぉ……こんな……こんな雑魚どもに……っ」

 

 

 装備品を含めた所持品をすべてその場にドロップして、ドサンピンの姿がみるみるかき消えていく。

 

 

「……バカだなあ。せめて“黒”ゾーンの森に逃げ込んでから倒されれば、装備品まではドロップしなくて済んだのに。私を“赤”ゾーンで仕留めて身ぐるみを剥ぐことに拘って、最後まで誘い込まれたことに気付かなかったんだね」

 

「PKクランの本能と言えるね。とはいえ、それはPKKクランも同じだが……。明日は我が身かもしれん、自戒せねばな」

 

「ふん、恨みを買わなきゃいいのさ。ま、殺し殺されやってりゃ恨みはどうしたって買うけどよ」

 

 

 エコ猫の呟きに、ゴリミットとヨッシャカッシャが応える。

 PKKクランのエースたちの声は、少ししんみりとしていた。

 

 

「これで<シャイニングゼロ>と<レッドクロス団>は終わりだな。装備品は予備があるだろうが、ここまでコケにされたうえで全滅の憂き目に遭えば、もはやメンツが立たん。こういうクランは、弱者だと判断したマスターを容赦なく見放すものだ」

 

「……ちっ、だがボケッツの装備品がどこにも転がってねえぜ。あいつどさくさに紛れて逃げやがったか」

 

「ふうむ。捜索隊を出して追うか?」

 

「いえ、もう十分でしょう。どのみちここまでやられて逃げたとなれば、メンツは立たないでしょうしね」

 

 

 エコ猫は2人に深々と頭を下げる。

 

 

「ご協力ありがとうございます。おかげで奴らを始末できました。前から金丼さんのドロップを横取りしようと狙われていて、大変迷惑していたので」

 

「いや、助かったのはこちらも同じだ。君が頭数を集めてくれたから討伐に踏み切れた。PKKクランだけじゃこうも楽勝とはいかなかったろう」

 

「それはマジな。よくもまあ、短時間で100人も集めきれたもんだぜ」

 

 

 PKKたちの言葉に、商人はチェシャ猫のように笑った。

 

 

「それはそうですよ。戦士の武器が棍棒や曲刀であるように、商人の武器は横のつながりです。コネで人を集めて、カネで準備を整えれば、もう勝負はゴングが鳴った時点で決まっているんですよ」

 

「……おっかねえ女だぜ」

 

「オカネだけにな」

 

 

 ゴリラァ! そんなんでシメられると思ってんのか、ゴリラァ!!

 

 

 

 

 

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 深い森の中を、残党が逃げる。

 

 ボケッツはひいひいと悲鳴とも荒い息ともつかない声を上げながら、ひたすらに渓谷に向かってひとり逃げ続けていた。

 

 ログアウトはまだできない。

 戦闘モードに入っているうちは、ログアウト処理をシステムに拒否されてしまう。ログアウトさえできれば、リスポーン地点にワープできるのに。そうしたら部下たちを集めて、もう一度お礼参りしてやれる。俺はまだ負けてない。そうだ、逃げてはいるけど、倒されていない。だからメンツはギリギリまだ立っている。だから部下たちも俺の言うことを聞くはずだ。そうしたらあいつら全員殺してやる。

 

 

「こ、殺して、殺してやるッ! 俺にこんな惨めな思いをさせた奴は、殺すッ! 殺してやるんだッッ!! 身の程をッ! 教えてやるッ!!」

 

 

 そうだ、殺してやる。殺してやるんだ。逃げのびて、殺してやる。

 ああ、だから、なのに、なんで、どうして。

 

 

 戦闘モードが終わらない。

 

 

 誰かが、敵意を持つ誰かが、俺を見ている。

 俺を殺そうと、ずっと追いかけてきている。

 だが、どこに? 背後を見ても、横を見ても、誰も見つからない。

 どこにも気配はないのに、どうして。

 

 

「だ……誰だ! どこにいる!? 俺を、俺を見てる奴ッ! 出てこいッ! 殺してやる、殺してやるぞッ! はやく出てこい! 出てこいってんだよぉッ!!」

 

 

 ボケッツはぶんぶんと手あたり次第に大斧を振り回す。恐怖に引き攣った顔で、荒い息を吐き、凶器を周囲の木々に向ける。その表情はもはや錯乱しかけていた。

 

 

「あっ……」

 

 

 振り回した大斧が、一際大きな樹の幹に食い込み、汗ばんだ手から外れた。

 ボケッツは樹の幹に脚を掛け、斧を引っ張ろうと必死で力を籠める。

 

 そうして、彼は墓穴を掘った。

 

 

 丸腰になった彼の背後に、1人の少女が出現する。

 まるで突然その場に現れたかのように音もなく。

 真っ黒なゴシックドレスに身を包んだ、美しい銀髪を持つ神秘的な少女だった。

 

 

「――【狩人の外套】」

 

「……ッ!?」

 

 

 それはテイマークラスのスキル。

 筋力は貧弱で、敏捷性はのろく、耐久性は脆弱。

 そんなおよそ戦闘力というものを持ち合わせていないテイマークラスが、敵から身を守るために習得できるスキル。

 森林などの自然環境の中においてのみ発動できる、アクションしない限り移動距離に関係なく透明化し、足音と気配を消す隠密スキルだった。

 

 

「な……なんだ、テメエは!? どこから現れた!?」

 

「ずっと後ろにいたよ」

 

「……そうか、テイマーか!? ってことはお前が……へへっ、運が向いてきやがった! 俺はまだ終わってねえんだッ! おい、俺と一緒にきやがれッ!! これで、これで俺は億万長者だ! ヒャハハハハッ!!」

 

 

 下卑た笑みを浮かべて近づこうとする男に、カズハは溜息を吐いた。

 

 

「だから人間は嫌い。根性が汚いし、頭も悪い」

 

「ああん!? なんだとガキが!! もう一度言ってみろや!!」

 

「頭が悪い。だってほら……誘い込まれたことに、また気づいてないものね」

 

 

 そう、()()()は言った。

 ここには姉が実況動画のために浮かべたドローンがいない。

 だからステルスネームにスキルポイントを割かなくていいし……。

 金色の巨竜は、誰にも見られない。

 

 

 ドレス姿の少女の影からずるりと現われた、見上げんばかりの家ほどもある巨竜は。

 その顎をぽかりと大きく拡げて、彼を見下ろしていた。

 

 

「ドンちゃん、やっていいよ」

 

 

 

 ――――――――カッ。

 

 

 

 金色の光が、森林の一角ごと男を蒸発させた。

 

 

 後には何も残ることなく。

 ただ静かな森林が、すべてを包み隠していた。

 




【ステルスネーム】

名前隠しのコモンスキル。
効果発動中は、発動者の名前を知っているプレイヤー以外にその名前が表示されなくなる。音声・テキストを問わず非表示になり、筆談で伝えることも不可能。

常時発動が可能だが、スキルポイントへの負担が大きいので、発動中は戦闘力が大きくダウンすることは必至。

本来はアサシンクラスが名前を隠すために使用することを想定されており、そのバランスどりのための仕様だと思われる。決して知らない人に見られていると常時テンパってパニックに陥るような照れ屋さんのためのスキルではない。
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