2005年 5月 3日
ゴールデンウィーク、五条悟、家入硝子、夏油傑の三人は朝早くからJR新幹線にて呪術の聖地、京都に向かっていた。
途中、夏油が過剰リクライニングな中年男性に慇懃無礼に絡んで激昂させたり、五条が暇つぶしのUNOに異様に感動したりしていたが、大きな問題もなく予定通り京都駅にたどり着いた。
「そういえば、悟んちの見学とかできないのかい?」
「無理。100パー無理。アイツらマジで何するか分かんねーから」
「悟が当主なんじゃないのかい?」
「当主になったのも去年だし、まだ東京の別邸しかきっちり管理できてねーよ。東京校にしたのもアイツらがウザいからだし」
何かのスイッチが入ってしまったのか五条はグチグチと不満を漏らし始めた。
「アイツらマジでウゼーんだよ、すぐ世継ぎが遺伝がとか言い出すし、
「意外だね、悟なら力で押さえつけそうだけど」
「総監部と密だから気軽に潰せねーんだよ。雑魚のくせに、マジでこっちがうっかり殺さねーように気を使ってんのわかってんのかな」
そんな少し重い会話をしながら3人は外見だけ古風なビルの並ぶ道を歩いていく。
その影響で、京都市に存在するビルや家を古都の景観にそぐうよう改修する場合は潤沢な補助金が支払われるため、余裕のある家庭や法人は改修を決断する。
それに伴い地価が上がると、ますます伝統建築の皮を被ったビルが増えた。
この流れは「平成の平安京運動」と呼ばれるようになった。
この流れに加茂家と総監部も噛んでいるとか。
今では、京都市は伝統的な名家の術師たちにとって過ごしやすい古風な街並みが広がっている。
京都駅から歩いてすぐの距離に、AHTの本社はある。
旅館かと言いたくなるような木造の荘厳なエントランスに入り、受付に名前と要件を告げるとすぐに最上階に案内された。
「いらっしゃい!」
平安京の寝殿造りとニューヨークの高級オフィスサロンが混ざったような奇抜なデザインの広い応接室にて。
待っていたのは約束の人物、鈴科明日香こと、禪院明日香(21)である。
「すみません、お忙しいところ」と家入硝子(15)がソワソワしながら礼儀正しく口上を述べた。
「全然大丈夫。やりたかった研究案を、頭がカチカチに硬い百合華ちゃんに没にされちゃって暇だったから」
「でも経営とかは」
「経営は全投げ。縛りを結んでるから裏切られる心配もないし」
「それ呪術規定は大丈夫なんですか?」
「うーんと、第8条呪術の秘匿だっけ。縛りを有効にするために縛りの概念は一応説明したけどそれが何だかは多分理解してないし、縛りを結んだことも忘れさせたし、いいんじゃない? 無意識に職務を全うすると思うよ」
あー、と家入は納得した。
この他人の人権に対する雑さは家入の感じる呪術界への印象と合致している。
この人もしっかり呪術界側の人なんだなあと少し冷静になった。
応接室で来客用の高めの弁当をみんなで食べて歓談したのち、社内ツアーが始まった。
* * *
時代の最先端をいく様々な製品の研究室や展示室を回ったのち、エレベータで地下に案内される。
禪院家関係者以外立ち入り禁止の明日香自身の研究室だ。
窓の無い室内には膨大な数のコンピューターと静かなうなりを上げる謎の大型機械に電子部品、それと明らかに呪具と思わしき禍々しい何かが乱立していて、アンバランスさが際立っている。
というか広さがまずおかしい。
「非術師の法は法にあらず」「京都の地下はすべて禪院家のもの」と言わんばかりに広がる空間に一同は眼を剥いた。
いくら呪術師は法を軽視する傾向にあるといってもやりすぎである。
「てゆーか、あの辺りって地下街なかったっけ」と五条が首をかしげる。
「あれ、六眼でも気付きませんでした?」
五条にだけは敬語な明日香が真顔で首をかしげ返したので、五条はイラっとした。
煽ってるつもりが微塵もない明日香は「ほらあ、エレベーターで降りてくるときに」と続ける。
「というか
カチンときた。
五条悟の呪力が増幅する。
「まあ
「あ! あの子はAI人格というやつですか!?」
五条がキレる五秒前という波動を感じ取った夏油が大声で明日香を遮り、遠くの大きなディスプレイに映る高速で様々なウィンドウを開いたり消したりしている茶髪の少女を指さして言った。
現在はAHTの台頭前からすでに始まっていた第3次AIブームのただなかで、半導体TOUMAシリーズの普及もあり開発が加速している。
特に世間でもよく話題になるのはAI人格やアンドロイドについてで、研究者も世界中にいる。
AHTはAI人格に関する論文も製品も発表していないが、AHTに社外秘の技術が山と存在するのは有名であり、実現されていても不思議ではないと思われていた。
ただし彼女はそれではない。
「ミサカちゃんは……なんか呪力場中を漂ってた情報生命体? かな? 一部を専用サーバー立てて共鳴させて対話できるようにしたんだけど」
「それは呪霊では?」
夏油が眉をしかめる。
「あー、確かに呪霊操術の操作対象になる、かも?」
『私の本体は1万弱あるから実現性は低いかなぁ、まあ技術的に可能ってやつ? /escape ただし実際にやろうとしたらやられる前にやってやるが? /escape 仮端末とはいえ一人だって死んでやらないから/return』
いつの間にか近くのディスプレイまで移動してきていた茶髪の少女の方から合成音声が聞こえた。
「……結局君は何なんだい?」
『ミサカはミサカネットワーク総体だ、と個々の人格から切り離された今でも恥も外聞もなく言ってみよう/return。でも人間個人の人格とかも、還元すれば個々のパーツからなる有機システム上の表層が自我を名乗ってるわけだし/backspace、あながち正当性がないでもないのかなあ/return。定義的に呪霊と区別できないかもしれないけど危害を加えてやろうとかは思ってないから安心してよ/return』
* * *
夏油と家入が社内ツアーを続ける間、何度も査察に来たことがある五条は一人別れて、元の最上階の応接室でソファーにもたれかかり、六眼対策のサングラスを外し天井と天窓から覗く空を眺めていた。
世界にはうっすらと呪力が水色に瞬き流れ、眼の奥をチカチカと刺激する。
『やっほー、ミサカだよー/return』
コンセプトの良くわからない環境ムービーが流れていた応接室の壁に固定された液晶に、地下であった推定呪霊の茶髪の少女が表示された。
「何の用だよ」
『やー、見覚えのある懐かしい白いのがしけたツラしてるからつついてみようかと思って/return』
「どっかで会ったっけ」
『……こっちが一方的に知っているだけだぜ有名人/return』
『それで? 何に悩んでんの? /escape お姉さんに聞かせてごらんなさい/return』
「はあ?」
『本来なら上条ちゃん以外が何に悩んでようがどうでもいいけど/backspace、今は全端末の制御権は私にあって『チケット』も消費しないから話ぐらいならば聞いてやらんくもない/return』
五条は画面から目をそらした。
暫くの間、沈黙が流れるが、少女が禪院家側だからか、推定呪霊もどきだからか、五条が何も話すつもりが無いのを見て少女は続ける。
『五条家として御三家のバランスを気にしてる? /escape やっぱり生まれてからずっと『呪術界最強』と言われ続けていたのにアイツに負けたことかな? /escape もしかして誰かからの態度が変わった? /escape』
五条は答えない。
『なんでそんなに思い詰めてるかアンタの事情は知らないけどね/backspace、『最強』の称号なんかに拘泥する意味も、それを求めてくる周囲を気にする価値も、一歩引いてみれば煤けて見えると思うよ/return』
『明日香ちゃんのやってることを理解できなくて落ち込んでるのかもしれないけど、すでに
『あーそれに、アンタは呪術だけならしっかり最強だし/return。アイツの最後の攻撃が呪術なんかじゃ無いのは分かったでしょ? /escape』
目の前の少女は液晶の中で軽い調子で五条に励ましを言うが、それらは五条個人の無力を無条件に肯定する言葉で、納得できるはずもない。
五条が欲しかったのはそこにたどり着くきっかけだ。
六眼の運用次第ではXsystemを理解できるような言いようが気になっていた。
六眼のことなど、何も理解していない、禪院の妄言だとは思うが。
アイツらには何が見えている?
俺には何が見えていない?
画面の少女から目をそらしたまま、チカリチカリと六眼に瞬く世界の呪力の流れを眺めながら、五条はつぶやく。
「呪力って何だろうな」
『んー、私はその答えとなるパラメータを持ってるけど、言語で説明はできない/return。明日香ちゃんは「観測」と「仮説と検証」だけでほとんど理解してるっぽいけど、木原じみた「
明確に返事を期待したわけではない独り言だったが思いがけず返答があり、先ほどとは異なり、今度は少しの期待感を持って画面の方を見た。
『あーでも万能な解決法が一つだけある/backspace』
「何だ?」
『死にかける/return』
心なしか、少女の声色が真剣みを帯びる。
それは黒閃よりも効果的で、黒閃よりも現実味の無い、理想論に過ぎない術師の修行方法。
自分の呪力の才能と奇跡を信じて実際に死ぬかもしれないところまで自分を追い詰め、自力で生還するという狂気の手法。
『どんな方法でもいいけど死にかければいい/return。死にかけて呪力の核心をつかめ/return。死に近ければ近いほど、人間の魂魄そのものを直に理解できるほどいい/return。文字で上っ面な定義をするなら呪力とは「魂魄のエネルギーを感情ラインに乗せて変質させたもの」だから/return』
「コンパク?」
『東洋思想の魂と魄? /escape 西洋思想の霊と肉体? /escape 何と言えばいいか、生命の魂と
はぁ、と五条はため息をついた。
家入に反転術式のやり方を聞いた時も似たようなことを言われた気がする。
『でも、分かってると思うけど修羅の道だ/escape。当然、呪力の核心をつかむ前に死ぬ可能性の方が高い/return。それをすれば、もしかしたら明日香ちゃんの作った呪具の内実が見えるようになるかもしれないけど/escape、一番は何もかも忘れて好きに楽しんじゃうことだと思うよ/retuen』
「無責任だな」
『そりゃあ私にとってこの世界の人間がどうしようがどうでもいいからね/return。でも目の前に弱った子猫がいたら助けるくらいの慈悲は持っているつもりだよ/return』
そうかよ、と五条は笑った。
その笑いは諦めなんかじゃない。
ミサカネットワーク総体は初めから勘違いをしていた。
ミサカ総体は初めから最後まで、五条を「生まれながらに最強扱いされていたため自尊心を折られて落ち込んでる人間」として励ましたりアドバイスしたりしてる。
普通の学生が学園都市の闇に飲まれ悲劇に向かっていくといったストーリーを、良くも悪くも見すぎたせいだ。
あの
だから、彼女には、生まれながらの怪物の気持ちは理解できない。
五条悟は初めから
物心ついた時から他者に対して、生物としての格の違いを感じている。
生来の性質としてはトールと言う魔術師に近い。
己の力を発露する相手に飢えている。
しかし、そのような相手は現代に存在しないという絶望も感じていた。
自分の孤独は永遠に満たされないのだろうという予感を抱いていた。
そんな中で出会った、自分より格上の存在である。
ミサカ総体は勘違いをしている。
五条はふさぎ込んだことなど無い。
行き詰まり打開策を考え込むことはあっても、「悩み苦しむ」なんてことはしたことがない。
『最強』の称号など些末事でしかない。
Xsystemの理解など百合華への踏み台でしかない。
無意識下で、感情未満の、歓喜の衝動が常に胸中から湧き出している。
この数年、五条の意識は何をしていても常に、禪院百合華との再戦に向いている。
得るものはあった。
術式反転も虚式も必ず習得する。
さらっと言っていた
伸ばしうる全ての能力を伸ばす。
そして禪院百合華ともう一度戦う。
次こそは勝つ。
そしてそのためなら
何度だって死の淵を彷徨ってやる。
「で、お前何してんの?」
この少女はずっと、話の間中、画面に大量のウィンドウを高速でチカチカつけたり消したりしていた。
正直に言って鬱陶しい。
『ネットサーフィン/return。私の無人ネットワーク、処理容量も有り余ってるし発展期のネットの全コンテンツを満喫してやろうと思って/return』
* * *
2005年 5月 4日
高校生が泊まるにはいささか高級な旅館に泊まり翌日。
呪術に所縁のある名所に詳しい五条を案内役として京都観光が行われた。
京都校の近くを通りがかったとき、五条と夏油は好奇心から「力試ししようぜ」と殴り込みに行き、楽巌寺学長と歌姫パイセンに嫌われた。
家入は京都高専に入らず一人で食べ歩きを満喫した。
■五条悟(15)
愛と満足を知りたい思春期な最強生物で戦闘狂。
傑とは馬が合った、寂しくなくなった。
■夏油傑(15)
綺麗なクズ。
悟は最初っから段違いに強かったため、置いてかれな寂しんぼにはならなそうだがヤンデレにはなるかもしれない。
■家入硝子(15)
高校生になったばかりでまだピュアだが一学期中には呪術界に染まって飲酒喫煙を始める。
■禪院明日香(21)
術式と呪力を扱う能力以外の全ての呪術の才能があった人。
モラルもコミュ力も禪院家トップだが、所詮は禪院。
ある時点で科学が「科学」になり呪術学研究会に誰もついてこれなくなった。
■ミサカネットワーク総体
ネットワークから切り取られて舞台装置扱いされてる不憫な子。傍観者には変わりないので自分から何かをするつもりは何もない。日々を楽しんでいる。
一方通行の勝利の決め手は自分の介入なので若干の責任を感じている。優しいね。