第1話 暗躍(一) 第n回呪術学研究会
1997年 12月 21日
犠牲と流血の第一回呪術学研究会から約二年が過ぎた頃。
雪の真冬。
京都市内、禪院家の最奥にて。
「天元だな」
開口一番、禪院家の王たる真っ白な幼女(8)は資料を見ながら吐き捨てた。
「やっぱ、だよねぇ」
自称博士枠担当こと禪院明日香(14)は資料を机の上に投げ出してグデっと机上に倒れ伏した。
「関東、東北、琉球、蝦夷と、全て朝廷の支配下に入った時期と術師および呪力痕跡の出現時期が完全一致、しかも何の無精か結界が張られていない八丈島以南には呪霊および呪術の痕跡なしって、完全に真っ黒じゃん」
眼の前にあるのは次期当主権限で行われた日本各地の地質調査である。
時々届くサンプルを分析し呪術の起源について考察を続けていたところ、思わぬ事実が浮かび上がって来た形だ。
ちなみに今月の初旬まで京都市ではCOP3が開かれ、安全性の担保に禪院家の人員も多く駆り出されたため、通常業務と合わせて慌ただしく、呪術学研究会はひと月ぶりの開催となる。
その間にそこまで仕事のなかった明日香が分析を進め、今回の資料を作成した。
「ただ完全一致とも言えないのがなァ、特に二世紀ごろに福岡から関東まで少しずつ呪具が発見されてる」
「そりゃあ完全に無かったらそもそも天元ってどこから来たのって話じゃん。加茂家と五条家の祖先は建国前から天皇家に従っていたって言うし、呪力を扱える能力者みたいなのは太古からいたっていうことでしょ。今以上にマイノリティだろうけど」
資料を放り投げてブラックコーヒーをすすり始めた百合華に、明日香は起き上がると肘をついてペラペラと資料を見返しながら返事をした。
資料には正倉院やその他の皇室が管理する施設で保存されていた古代の呪具なども記してある。
殆どが奈良時代以降のものだが、いくつかはそれ以前のもので、特に二世紀後半に作られた武器が多い。
おおよそ倭国大乱の時期だ。
「で、この正の呪力の塊の謎の推定5000年前鋳造の青銅器には触れる? 調べれば調べるほど意味分かんないんだけど」
「あ? 単に交易品を呪具化したとかじゃねェのか?」
「やー最初から呪術目的で作られてるっぽい? 芻霊呪法とか双子札とかみたいに、何かに働きかける呪術に近い。少なくとも現代の儀式でなんとなく飾りに使ってるのは間違いというのはわかる。加茂と五条は何も言わないの?」
「とにかく今は人員が足りねェ、天元の結界について調べるのが先だな」
「なんで術師は理論研究をしないのかね、自分たちが何をしてるか気にならないのかな。そのうち絶対非術師の研究者も巻き込んでやる」
* * *
1998年 1月 12日
「浴ってあるよね。手っ取り早く武器を呪具化したいときに生きた呪霊の肉に漬けるやつ」
「あるなァ」
「つまりあれな訳だよ、天元の結界は」
年が明けて皇室関連の儀式ラッシュも終わり、最初の呪術学研究会にて。
最初だけ参加していた直哉は研究経緯の説明の段階で何処かに行ってしまった。やはり一人で修行してるほうが性に合っているらしい。最近中学生くらいの理数の内容までは理解できてきた超越幼女な翠と喜愛の2人もそっちだ。
「術師の補助? とかの役割で全国に張られている結界で、本来空気中ですぐに霧散するはずの呪力が滞留してしまっている。そんな環境で年単位で生まれ育った人間は、呪具ならぬ呪人間となる」
「それが術師か」
「というより今の日本人そのものだね。死の間際でもないのに、常に魂から生命力、それも負の感情で変質したものだけを垂れ流している。そんなもの無くても、どうしようもなく負の生命力の精製の才能があった人々はいたはずだけど、絶対にこんな規模じゃない」
明日香は、雰囲気にそぐわない洋風のクッション付き椅子の背もたれから顔を上げ、引っ張ってきたホワイトボードにまとめた根拠を総括して、そう語った。
ここ数年、呪術界に平安をもたらす方法をずっと考えてきたが、ここに来て天元の結界をどうにかすれば数世代以内に呪霊が消滅する可能性が出てきた。
いや、海外にも発生自体はするので完全に消えてなくなりはしないだろうが、数十年に一度の周期だ。
スッと、明日香から笑みが消える。
「天元、消そうか」
「……いや、眼の前に銀行強盗がいるからって躊躇なく殺すようなやつはそいつらと同じクソ野郎だ」
「更生や改心の機会や人権の原理原則の話をしたいんだろうけど、相手は1000年生きた怪物だし、資料を見る限り反省してやり方を変えるなんてするような生き物だとは思えない。っていうか天元が介入した事件なんてほとんど無い、例え平安京の惨状がどれほど酷くてもだ。あいつは確かに術師の味方みたいに語られるから話せば通じそうだと思うかもしれない。けど、もし百歩譲って術師に優しかったとしても、どんなに良くたって術師だけの味方だ。純粋に術師が増えて喜んでいるだけのやつだ」
「……」
それだけは白い怪物には受け入れられない。思考を占めるのツンツン頭の少年のこと。彼なら絶対に、どんな悪だろうと諦めない。
因みにだが、こう言う明日香は人権やら原理原則やらの意義を欠片も理解していない。
「だとしても、話す前から諦めてんじゃねェよ」
「……いいよ、何にせよ天元排除の日までにやることは変わらないから。決行までに、天元を"祓"ったほうがいい理由を積み重ねて、認めさせる」
一瞬だけ険悪になった雰囲気は明日香が引いたことで解消された。
気を取り直すように、明日香は笑みを取り戻し、立ち上がり、ホワイトボード用のペンを取った。
「じゃあやるべきことを纏めようか」
①天元の結界の排除。十中八九それに伴う天元の討伐。
「ア゛ァ?」
「いや今はいいから。どっちにしろ天元との戦闘は対策必須だし」
「……そりゃァな」
「二個目」
②天元の討伐に成功した場合の呪術界・日本政府への対応。
「これは……どうしたらいいのかな?」
「……」
「とりあえず3つ目」
③結界が消滅した場合の、呪霊が根絶するまでの術師の弱体化に対する継続的な支援。
「これは、呪具作りまくればいいから私の得意分野かも」
明日香が満足げに頷く。
「これで3つか。他にある?」
「いや、これでいい。……前回の天元の同化は何年だ?」
「たしか永正三年の卯月だったから、えっと、1506年5月ごろ?」
「伝承がブラフじゃなければ次は500年後の2006年か」
「あと9年だね」
そこが期限だな、と元の世界は学園都市統括理事長をやっていた『人間』は目を閉じる。
暗部も内戦も大戦もくぐり抜けてきた。
政治も戦争も得意だ。
「よし」
百合華は目を開けた。
「あ、決まった?」
「あァ」
「明日香、起業しろ」