一方通行六歳転生(呪術廻戦)   作:木原レイリ

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とあるは閃光みたいな悲劇
呪術はねっとりとした悲劇


第8話 玉折(下) 夏油傑の話

 2007年 8月

 

 五条悟が高専を去って、一年が過ぎた。

 

 

 名目上は改革を外部から見守るとのことだったが、事実上の独立宣言だ。

 並の術師なら一笑に付される言い訳だろう。

 例え加茂が言ったとしても、そんな勝手な言い分があるかとすぐに鎮圧されるような暴挙だ。

 

 だが、発言者はあの五条悟だ。

 

 当局とて特級クラスの戦力を複数保有しているが、五条悟と正面戦争となればきっと被害は凄まじいことになるだろう。

 つまり、僅かでも論理に妥当性があり致命的に損害を与える主張でない限り、五条悟は放置される傾向にある。悟もそれをわかっていたのだろう。今回も、「まぁ北九州の治安の責任を自分から負ってくれるなら別にいいよね、期限付きだし」と宮内庁幹部たちが諦めた形だ。

 

 禪院明日香は嬉々として『五条悟嵌め殺し計画』*1なる計画書を作成していたようだが、実行されることはなかった。いや、風の噂ではその文書は重要機密扱いになると同時に、いざとなれば実行できるよう手配されているらしい。

 

 総監部は壊滅し、加茂は降伏し、五条は去った。旧体制と新体制の内戦は回避された。

 

 

 高専での生活も変わった。

 

 青少年の健全な育成とやらで、17才未満の学生だけでの任務遂行は禁止されたし、17才から18才の間の任務もかなり制限がついた。

 改革後しばらくして開発された呪力変換器(コンバータ)とやらのお陰で反転術式そのものの才能はあるが正の呪力が練れない人々が治療に参加するようになり、反転術式のアウトプットが可能な唯一の術師として酷使されていた家入も今では十分な勉学と睡眠、余暇の時間を取れるようになっている。

 常識的に考えれば妥当だろう。

 未成年を呪霊や呪詛師と戦わせて、朝から晩まで怪我人と向き合わせて、健全な教育ができるわけがない。

 

 だが、夏油にとっては今更だ。大抵の学生もそう思ったことだろう。

 入学時から数多の任務に駆り出されていたのに、突然それらが禁止された。とにかく何か意味のあることに没頭したい夏油にとってそれは単なるストレスでしかなかった。

 

「自分はすでに多くの経験を積んでいるから今更だ。禪院百合華や禪院直哉を初め、禪院家の中枢も未成年ばかりだろう」と局に直談判しに行けば、特例として前倒しで正規の呪術師として入局することになった。夏油は旧体制の教育を受けた、それも特級術師であり、加えて組織が移行期で制度がまだあやふやだったということが無理が通った理由だ。

 

 そうしてあの事件から一月後、夏油は再び戦いの現場に戻った。

 

 暫く離れていた呪術界の現場は、荒れていた。

 

 改革にあたり、すでに呪詛師として活動していた人々は禪院家で対処していたらしいが、匿名掲示板で不安を煽られたのか、クーデターで当局が崩壊したと勘違いしたのか、次から次へと野良の術師や関係者たちが訳の分からない事件を起こす。

 

 特に盤星教「時の器の会」が一番酷かった。

 

 ここは、例の理子ちゃんの暗殺依頼を掲示していた宗教団体だ。術師は1人もいない。

 だが、天元様を「星」と呼び妄信的に崇めていたため、天元様を殺したと断ずる局所属の術師を問答無用であらゆる手段で殺そうとしてくる。

 一般人だがその活動は呪術界側なので、局の人員でなんとかするしかない。

 

 ナイフや日本刀や密輸された銃など、通常兵器を使ってくる一般教徒は、1級以上の局員にとってはまだ脅威ではない。問題は呪具を手にした幹部たちだ。

 どこで入手したのか、街の一角を丸ごと呪いの地に変えてしまうような特級呪具を複数使ってきたのだ。

 危険な呪具を玩具のように振り回す非術師を止むなく呪い殺すという最悪の経験をした。

 

「ほんとにアイツラ、まるで猿じゃないですか」

 

 そう言ったのは補助監督の香織さんだ。

 反重力を操る術式を持つが、戦闘にあまり役に立たないため、補助監督になったらしい。

 肝心な時にミスをすることが多いそそっかしい人で、その度に何度も平身低頭謝ってくれるがあまり改善されたようには思えない。

 あと、彼女は普段はとても優しく親切ないい人なのだが、非術師のこととなると少し過激なところがある。

 

「呪術も使えない猿どもが金の力で呪術師の真似事をしようなんて、もう、一回滅ぼしちゃうべきなんですよ」

 

 彼女は局の車を運転しながら、愚痴を吐いた。

 前ならば諌めていたところだが、その時ばかりは何も言えず、そんな自分にショックを受けた。

 

 

 * * *

 

 

 昨年頻発した災害の影響もあったのだろう。

 ウジのように呪霊が湧いた。

 

 祓う。取り込む。祓う。取り込む。

 その繰り返し。

 

 みんなは知らない呪霊の味。

 吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしているような。

 

 誰のために?

 

 

 あの日からも、数多くの任務をこなした。

 人間と呪い合う事も珍しくない。

 

 術師もいた。

 非術師もいた。

 総監部の残党もいた。

 総監部の被害者もいた。

 重い過去のために武器を取った者もいた。

 傲慢と欲望のために暴れまわった者もいた。

 

 生きたまま捕らえることができた者もいた。

 この手で呪い殺した者もいた。

 

 私は術師として、持つ者として、人々を救う選択をしてきたはずだ。

 だけど、その先に何がある?

 

 

 

 ブレるな。術師としての責任を果たせ

 

 

 * * *

 

 

「なぁ。お前、どう考えても働きすぎだ」

 

 夏油は高専の廊下で体育教師である伏黒甚爾*2に絡まれた。

 彼は夜蛾学長に拾われてきた、天与呪縛のフィジカルギフテッドだ。

 非術師でありながら特級案件だろうと軽々こなす。五条悟との模擬戦にだって何度も勝利していた。だが金遣いはめちゃくちゃで、高専内ではチャイルドネグレクトをしていたヒモ男として有名だ。

 

「もう少し気楽に考えろよ」と甚爾は無視して歩き続けようとする夏油の肩に手を掛けた。

 

「国が未成年の任務を減らそうとしたのはまだ遊んでていい年齢だからだろ。恵まれたことだな。お前はバカ真面目に交渉して任務を続けてるが、それは本来お前の仕事じゃねえよ」

 

「……離して貰えませんか」

 

「何焦ってんだよ。国ってのは特級の1人や2人サボってても余裕で回ってく。つーかそんな小難しいことは白髪のガキとか腹黒白衣女が十分考えてんだ。俺らはもっと気楽にテキトーにやってればいいだろ」

 

「白髪のガキ……?」

 

「ん? あー違う違う、五条じゃなくて禪院の方だ。いや、そっちもだけどな」

 

 はぁ、とため息をついて、彼は「つまりアイツラが言いてぇのは」、と続けた。

 

「お前ら見たいなガキは全部大人に押し付けて、呑気に青春(バカ)やってるべきだってことだ」

 

 思考が真っ白になったのを感じた。

 この男は、何を言っているのか。

 パチンコに競馬に競輪と勝てもしないギャンブルに財産をつぎ込み、5歳の息子を放置しているような男が、自分を棚に上げて何を偉そうに語っているのか。

 この男が動くのは義務感からではなく金のためだ。

 気楽に? 呑気に? お前は気楽すぎるだろうが!!!

 

 バチンッ、と。思わず肩に置かれた手を勢いよく払い叫んだ。

 

「呪術も使えない猿が、私に指図するな!!!」

 

 瞬間、思考の表層に上がったこともない言葉が、口を突いて出た。

 

 自分が口にしたことにハッと気付いて、慌てて甚爾の方を見るが、彼は「へーへー術師様は大変だな」と去っていってしまった。

 

 呪術も使えない猿が。

 まるで香織さんの、いつも嫌ってる非術師への汚い悪態のようだった。

 

 心の中の大事な何かが。

 

 崩れた。

 

 * * *

 

「あ!」

 

 

「夏油さん!」

 

「灰原……」

 

「お疲れ様です!」

 

 セミのうるさい夏の日。

 高専の校舎の一画のベンチで休む夏油に、明るい声がかかる。

 現れたのは、術師一元気な後輩だった。

 

「なにか飲むか」

 

「ええ! 悪いですよ。じゃあコーラで」

 

「フフッ……」

 

 彼らは飲物を自販機から取り出し、一つのベンチに座る。

 

「明日の実習、結構遠出なんですよ」

 

「そうか。お土産頼むよ」

 

「了解です! 甘いのとしょっぱいの、どっちがいいですか?」

 

「……しょっぱいのかな」

 

「了解です!」

 

 灰原がおどけた声で敬礼した。

 

 夏油は目線を灰原から外して床に落とした。

 

「灰原、呪術師やっていけそうか、辛くないか」

 

 灰原は一瞬考えてから答えた。

 

「そーですね自分はあまり物事を深く考えない性質(たち)なので」

 

 灰原は、うーん、と考えてからニカッと笑って言った。

 

「自分にできることを精一杯やるのは、気持ちが良いです!」

 

「……! ……そうか、そうだな……」

 

 カツカツと近づいてくる足音がした。

 

「君が夏油君?」

 

 気づけば眼の前には、長身の金髪女性が立っていた。

 

「どんな女がタイプかな?」

 

 

「……どちら様ですか?」

 

「自分は、たくさん食べる子が好きです!」

 

「ほーう……?」

 

「灰原……」

 

 夏油は呆れたような視線を送る。

 

「大丈夫です! 悪い人じゃないですよ! 人を見る目には自信があります!」

 

「……私の隣に座っておいてか?」

 

「? はい!」

 

「アッハッハッハッハッハ、君、今のは皮肉だよ」

 

 

 

「失礼しまーす」と笑顔で去っていく灰原を見つめ、ドサッと九十九はベンチに座った。

 

「後輩? 素直で可愛いじゃないか」

 

「術師としてはもっと他人を疑うべきかと」

 

「で、夏油くんは答えてくれないのかい?」

 

「……本気にならない子ですね」

 

「わーお、君、なかなかやるねぇ」

 

「それで、……私の質問には答えてくれないんですか」

 

「特級術師、九十九由基って言えば分かるかな?」

 

「……っあなたが、……あの?」

 

「お、いいね。どの?」

 

「特級のくせに任務も受けず、海外をぷらぷらしてるロクデナシの」

 

「……私、高専ってきらーい」

 

 九十九は窓枠にグデっともたれかかった。

 が、すぐに起き上がった。

 

「冗談。でも高専と方針が合わなかったのは本当。ここの人たちがやっているのは対症療法。私がしたいのは原因療法。まぁ、だったんだけどね」

 

「原因療法?」

 

「呪霊を狩るんじゃなくて呪霊の生まれない世界を作ろうよ、ってこと。呪術界はずっと、呪霊を狩る方を選んでいた」

 

「でも」、と九十九は続ける。

 

「でも結局は、君らは別の道を選んだんだろう?」

 

「君ら?」

 

「君達、日本の呪術師だよ。天元の排除による、呪力からの脱却を選んだんだろう。試算では200年もすれば日本から準1級以下の呪霊は完全に一掃され、1級以上の出現もごく僅か、他国より僅かに多い程度になるという話だったね。呪力からの脱却は私も考えていたが、天元の排除はさすがの私も盲点だった。いや、これが天元の術式の影響なのかな? 先を越されたよ」

 

 九十九は清々しく笑っているが、夏油はそれらは初耳であった。

 

 呪霊はいなくなるのか。

 呪術師がこの苦しみを受けるのは、今だけのことなのか。

 それに、

 

 

 術師は絶滅するのか?

 

 

「呪力からの脱却の他にもう一つ、呪力のコントロールを覚えさせるという方法もあったんだけどね。最近は主にこっちを考えていたよ。知ってる? 術師からは呪いは生まれないんだよ。もちろん術師本人が死後呪霊に転じるのを除いてね」

 

「それは……、いつだったか香織さんから聞いたことがあります」

 

「へぇ、御三家の術師かい?」

 

「いえ、一般出の補助監督です」

 

「ふぅん、博識だね。いや、自分で導いたのかな。ぜひ、いつか話してみたいよ」

 

高専(ここ)か局のどちらかにはいると思いますよ」

 

「生憎、今はあまり時間がなくてね」

 

 と、そこまで話した時、天内と黒井が通りかかった。

 

「あ、夏油! と、えと、どちら様ですか?」

 

「はじめまして、私は黒井美里と申します」

 

「こちら特級術師の九十九由基さん……。元星漿体の天内理子と、元付き人の黒井です。天内はいま、高専に在籍してて……」

 

「へぇ、君が例の星漿体か。君にも会いたいと思ってたんだ」

 

 九十九は立ち上がると、はいこれ、と天内に小さな紙片を手渡した。

 

「これは?」

 

「私の連絡先だ。困ったら連絡してくれ。力になれるかは分からないが、元星漿体仲間のよしみで相談に乗るよ」

 

「あ、ありがとうございます! あの!」

 

「何だい?」

 

 

「し、仕事を紹介してください!」

 

 校舎の中にしばし静寂が流れる。

 その静けさはしばし続いたが、九十九のフッっと笑う音で、途切れた。

 

「アッハッハッハッハッハッ」

 

「笑い事じゃないんです。なんか流れで今年から高専で授業受けてるけど術師にも補助監督にもなりたくないし、かといって同化のために生きてたから将来の夢もないし」

 

「理子、そんなの気にしてたの? とりあえず呪術界が落ち着くまでセキュリティのしっかりした高専で暮らして、卒業してから決めるって話だったじゃない」

 

「なんか、このまま卒業までダラダラしてたら私、なんにもできなくなりそうで」

 

「私の家で暮せば? 旧家だからお金あるよ」

 

「それニートってやつじゃん!」

 

「駄目なの?」

 

「だめでしょ!」

 

 二人の会話に、九十九がクツクツと笑いながら口を挟んだ。

 

「もし良かったら、二人とも、私の手伝いをしてくれないかな。やりがいのある仕事だし、世界中を回れるよ?」

 

「いいんですか!」

 

「いいとも」

 

 それを聞き、夏油は驚く。

 

「もう原因療法とやらは終わったんじゃないんですか?」

 

「いや? 始まったばかりさ。呪霊の現象が止まるまで200年はかかる見込みだし、第一、完全にゼロになるわけじゃない。私は私で研究を続けるつもりだよ」

 

 * * *

 

「じゃぁね。天内君と黒井君は準備ができたら連絡してくれ」

 

 九十九はバイクに跨がり、ゆっくりと夏油らの前を流し始めた。

 

「これから、局に?」

 

「いや、福岡の五条くんを訪ねたらまたロッキーに戻るつもりだよ。仲間を待たせているからね」

 

 この人は体制が変わっても、行動を変えるつもりはないらしい。

 

「悟を?」

 

「何か伝えておくことでもあるのかな?」

 

 夏油は一瞬何かを言おうと口を開いたが、複雑そうな顔をして目を逸らした。

 

「いえ、……特に」

 

 * * *

 

「日下部さんが居なかったら2人とも死んでました」

 

 局の治療室から出てきた七海は開口一番そう言った。

 その顔から生気が抜け落ちている。

 日下部さんとは今回の任務の未成年監督者で、芦屋の『シン・陰流《改》』を用いる、術式が無いにも関わらず1級に手が届きかかっている稀有な術師だ。

 

「なんてことはない2級呪霊の討伐任務のはずだったのに。クソッ……」 

 

 今回、その日下部ですら重症を負い、刀を失った。

 半端な反転術式では治らない傷で、一月以上の入院は確実だろう。

 

「産土神信仰。あれは土地神でした。1級案件だ。学生に務まる任務じゃない」

 

 一番酷かった灰原もなんとか五体満足で帰還したらしいが、現在は出血多量で昏睡状態だ。

 ギリギリで七海を庇ったらしい。

 回復の目処はまだ立っていない。

 

「もう休め。任務は禪院家の人たちが引き継いだ」

 

「……もうあの人達だけで良くないですか」

 

 次の日、七海健人は高専を辞めた。

 

 * * *

 

 2007年 9月 初旬

 

「……術師の価値、非術師の価値。強者の義務、弱者の尊さ。そういった自分の術師の価値を成していたものが崩れ、何を拠り所にしたら良いか分からないんです。仲間の屍を積み上げて届いた先のゴールが200年後の平穏と術師の絶滅だというのなら、今私たちがここで苦しむ意味が酷く無価値に思えて仕方ない」

 

 都内のファミレス。

 眼の前で新作パフェを食べながら話を聞いてくれているのは、補助監督の香織さんだ。偶に相談に乗ってもらっている。別に役立つ明快な助言をくれる訳ではないが、いつだってこうして話を聞いてくれるし、彼女の明るさにはいつも助けられている。

 

「うーん、私には難しくてよく分からないですね。全員が猿になるよりは、全員が術師になるという解決のほうが好ましいなー、くらいしか。200年後なんて未来は想像できないし、そうするやり方も分からないですけど。でも少し疲れすぎてるんじゃないですか? そういうときにはいい考えは浮かばないものです。顔色も悪いですし。働きすぎだと思いますよ」

 

「……そうかも知れません。でも私は、ここでやめるわけにはいかない」

 

 香織さんは、困りましたね、と呟きながらタブレットを操作して、「あっ」と何かを見つけ画面をこちらに表示した。

 

「これはどうでしょう。都心から離れた山奥の任務です。気分転換がてら、少しのんびりしてきたらどうですか?」

 

 * * *

 

 2007年9月19日 午後9時ごろ

 

 とある秋の、不安定な天気の夜。

 地図にも乗らないような山奥の小村にて。

 

「……これは何ですか?」

 

「何とは? この2人が一連の事件の原因でしょう?」

 

「違います」

 

 山奥での丸2日に渡る任務を終え下山しようとしたところ、自宅を借りていた消防団所属の降谷清隆(43)とその母に引き止められ、村はずれの蔵に案内された。

 現在、夏油の前の座敷牢には、怯え抱き合う二人のボロボロの少女が監禁されている。

 

「この2人は頭がオカシイ。不思議な力で、村人を度々襲うのです!」

 

「事件の原因はもう私が取り除きました」

 

「私の孫もこの2人に殺されかけたことがあります!」

 

「それは、あっちが!」

 

「黙りなさい化け物め! あなたたちの親もそうだった!」

 

『もうだいじょうぶ』

 

「「え……」」

 

 呪霊を通して少女たちに話しかけると、夏油は振り向いてにっこり笑って言った。

 

「皆さん。一旦外に出ましょうか」

 

 * * *

 

 2007年 9月 20日 

 

 台風一過の快晴。爽快な朝。また一段、残暑が和らぎ、秋らしくなってきた頃。

 福岡県、太宰府天満宮近くの山頂の開けた空間に、伝統的な日本家屋と寺社が広がっていた。

 その広大な敷地の中をパタパタと元気よく走っていく少年がいる。

 

 ここは呪術高専福岡分校。

 

「ご~じょせ~ん!!」

 

 バァンと扉をふっとばす勢いで、彼は職員室に飛び込んだ。

 

「なんか、正門前でロリ2匹連れたみすぼらしい不審な男が入れろっつってんだけど」

 

「なんだよそれ。早く通報しろよ」

 

 キィ、と椅子を回転させ振り向いたのは福岡分校の学長にして太宰府守護、五条悟である。

 対峙した者の全てを射抜くような青い瞳が、真っ白な髪の奥できらきらと光っていた。

 仕事をしているのかと思いきや、その手でカチャカチャと弄んでいるのはペンやキーボードではなく、ただの知恵の輪だ。

 

「でもそいつ、ごじょせんの知り合いだって言ってんよ」

 

「僕にそんな素敵なお友達はいません」

 

「えっ、変質者仲間じゃないの?」

 

「君、後でマジビンタね」

 

 ヒェッ、と縮む少年を尻目に、五条は立ち上がり職員室を出た。

 後ろから追いかけるように、珍しく五条を心配する声がかかった。

 

「一応、気をつけてね」

 

「誰に言ってんだよ。僕、最強だよ? 道真公の化身だったとしても勝てるわ」

 

「でもごじょせん喋んなきゃ美形だし、そういう勘違いファンかもしんないじゃん」

 

「……」

 

 幼女から美青年まで、恐ろしくストライクゾーンの広いハーレム願望の変態ジジイの可能性が脳裏によぎり、ぞわっと鳥肌が立った。

 

 

 若干不安になりながら、広い敷地内を歩いて正門に向かう。

 

 この校舎は教育機関である以前に、術師の北九州での活動拠点、大陸からの外敵から武家と一体となり国を守る防衛砦、そして五条家の別邸としての役割が強かった。むしろ、五条家の施設の一つを高専に貸し出しているという形だ。そのため、少々道が入り組んでおり、正門まではいくつかの階段を下る必要がある。

 

 今は咲かない梅の並木の大階段を降り、数十メートルの石畳を進む。

 そして、立派な正門の外にその不審者たちが見えた瞬間、

 

 目を見開いた。

 

「悟〜」

 

 そこには困ったように笑う夏油がいた。

 制服はボロボロ、髪は台風の中を歩いてきたようにぐちゃぐちゃ。

 どういう経路で来たのか、海の上を何日か漂流したみたいな風貌だ。

 術師であることを示すバッジは破けて無くなっているし、トドメにどこで懐かれたのか、夏油の裾を握りしめる幼女2人を引き連れていた。

 

「久しいねえ」

 

「待ってめっちゃ面白いんだけど」

 

 

 

 

 * * *

 

宮内庁執行局より通達

 

 2007年9月19日に■■県■■市(旧■■村)で確認された呪殺・放火事件の重要参考人として、夏油特級術師の出頭を命ずる。

 

 

 * * *

 

 

太宰府守護にして五条家当主・五条悟より通達

 

 特級呪術師・夏油傑氏の報告によれば、旧■■村は村全体がカルト集団であり、江戸時代より村内の鍾乳洞にて祀られていた呪霊を利用した呪術テロが計画されていた。加えて呪霊操術を持つ同氏の殺害と呪霊の奪取も企図されていたらしい。同氏はそこで監禁・虐待をうけていた少女二人を保護、村で密かに伝承されてきた儀式呪術を用いて襲いかかってきた被疑者112名をやむなく処刑した。五条家はこの件によって同氏に正しい処分が下されないことを非常に憂慮しており、太宰府において一時的に保護する事とする。

 

 

 


 

 ◯おっちょこちょいな"香織さん"

 本名を虎杖香織という。

 ちょうど一年ほど前に交通事故にあって夫だけ死んだので、老いた義父と幼い息子に仕送りをするために働き始めたらしい。

 1番ひどいミスは廃村全体に展開された地蔵型の呪霊の生得領域に車で突っ込んだこと。本来は夏油だけ車から降りて徒歩で向かうはずだった。夏油は足手纏いの香織さんを守りながら戦った。あの時は死ぬかと思った、と夏油は今後何年も思い返すたびに冷や汗を流す。

 

 ◯『夏油はそれらは初耳であった。』

「香織さん、例の資料、夏油術師に共有しといてくれた?」

「はい! 新入局員用の書類と纏めて送っときました!」

「そう、ありがとう。ごめんね、新人に特級術師なんて厄介を押し付けてしまって」

「いえ、私から言い出したことですし。それに夏油さんはいい人ですし、面白い人ですよ?」

 

 ◯『山奥での丸2日に渡る任務を終え……』

 アニメ版の報告書(記述:補助監督 正金寺美里)を参照。

 あの哀れなおじさんの名前らしきものがあるのを初めて知った。 

 

 〇『道真公の化身だったとしても勝てるわ』

 道真公は宿儺より強いので普通に負けます。でもこのストーリーが終わる頃になると瞬殺できるようになるかも。あと二回ほど死にかけてもろて。

 ちなみにこの世界の道真様は『六眼』なしの『魂魄創術』ですね。大宰府に巣食っていた化け物、特級人工過呪精霊『飛梅』は多大な犠牲を払い室町時代にやっと討伐されました。平安以来の厄災でしたが、寝静まる元寇の船団にけしかけこれを撃退したりもしたので、恩恵もありました。

 そんな道真公が転生者だった場合はこちらから↓

 参考文献:『転生菅原道真「うちの梅から女の子が!!」』(鳩胸な鴨) 2024/07/26閲覧

 

 〇そして五条家の別邸としての役割が強かった

 何の因果か今や本邸に昇格した。

 

 ◯何故かボロボロな夏油

 思っていたよりも執行局の対応が早く、呪霊の中に潜り込み嵐の日本海に突っ込む羽目になった。特級相当の呪霊を3匹使い潰した。

 

 ◯『2007年9月19日に■■県■■市(旧■■村)で確認された……』

 偶然にも村に入ろうとしていた補助監督がその犯行を目撃したため、本来の事件発覚より4日早い。

 補助監督は下山し局本部に通報。すぐに捕縛部隊が出動し周辺で指名手配が発令された。更に遅れて禪院直哉までが投入されたが、結局、夏油傑は見つからなかった。

 局に戻った補助監督は、「私が彼の異変に気づいてあげていれば」と悔しげに顔を歪めていた。なぜ夜中に山奥の村に向かったかについて、合流地点に関する資料をうっかり共有し忘れたから、と説明している。

 この件とは全くの無関係だが、後日、設備点検の折に秘匿死刑者用の死体置き場の鍵が壊れているのが発見され、その日のうちに修繕された。

 

 ◯黒も白にする五条悟

 傑が来てくれて嬉しい。

 なんで太宰府まで来ることにしたのか聞いてみたら、「この子達を安心して預けられるし、悟になら殺されてもいいかと思って」などと宣ったのでぶん殴った。

 

 ◯備考:描写されていない禪院直毘人

 京都市内のアニメーション製作所でアニメ業界始まって以来のコマ打ちセンスと描画速度を誇る神作画戦闘シーンの巨匠『妖怪コマ打ちジジイ』として畏敬を集めている。24fpsに並々ならぬこだわりを持つ。

 

 ◯調整のお知らせ

 過去の投稿の醜いところを直したりしてます。

 あそこはひどいみたいなのがあったら言ってください。

 

 〇次回から乙骨編です。

*1
衛星兵器から地殻貫通級の呪力砲とともに破邪の弾丸を装備した一方通行(アクセラレータ)を射出し、五条悟が状況を理解するまでにその無下限呪術を乱しそのまま蒸発させる。そんな計画を実行するつもりはさらさら無いが、念の為、そう、念の為に『おりひめ2号』の建造は許可された。

「俺を射出する必要がどこにある?」とは禪院家当主の言だが、ロマンの一言で返された。

カバーストーリー『異常気象:福岡に出現した太陽柱(サンピラー)』も製作されたが、無理があるだろうと関係者からツッコミの嵐。

*2
恵の育児環境について高専関係者から抗議の山だったので再婚した。恵は寮からそこに引っ越したため、一応抗議は止んだ。ただし実態は相手方の娘である津美紀が1人で世話をしている。

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