『夜空の彼方』   作:Mr.DANGER

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2031年は忙殺されて光の速さで過ぎ、今は2032年6~8月頃


第二話「運命の子猫」中編

そうして始まった沙希との練習。

 

最初は飛び方の基本を言葉で伝え、沙希の理解が進むにつれて一緒に飛ぶようにもなった。

 

練習で沙希と一緒に飛ぶようになってからは、お互いが考えていることに対する理解を深めてより円滑な指導に繋げるためにと、陸でも一緒にいる時間を取るようになった。

 

 

イリーナが組み立てた基礎練習メニューで沙希と一緒に吐くほどシゴかれたり、練習でレベルアップした技術に合わせて最終目標に近づけるための新たな練習メニューを3人で考えたり、根を詰めがちな2人を休ませるために何かと理由を付けて買い物や外出へ引っ張り出したり……と。とても濃厚な中学1年生の1年間だった。

 

 

2年生に上がってからやることは大して変わらず、基礎練習で速度と動作の精度を磨き、沙希の熟練度に合わせて"動きの型"を作り上げていくために3人で試行錯誤している。

 

 

そんな練習漬けの毎日を過ごす8月中旬のとある日。

 

「それでは先週連絡しておいた通り、今日はスカイスポーツ選手が対象の安全教室へ向かいマス」

「はい、イリーナ」

『了解』

 

 

というわけでやってきたアヴァロンのプライベートビーチ。

 

俺は安全教室のために海パンに着替えて砂浜に出ていた。

 

「お待たせシマシタ」

「着替え、終わった」

 

『ああ、先にストレッチは始めてるよ』

 

言いつつ振り返ると――

 

沙希はライムグリーンに猫の意匠がプリントされたスポーティな雰囲気のビキニ。

デフォルメされた猫の顔だけじゃなく、肉球のデザインも混ざってるのがポイントと力説していた。沙希は本当に猫が好きだな……確かにかわいい。

 

イリーナは……肩のフリルが可愛らしい黒のサマードレスに、黒地に白いフリルのついた日傘。

 

『沙希もイリーナもよく似合ってるな。けど、イリーナは水着じゃないのか?』

「アリガトウゴザイマス♡ ワタシは飛びませんカラ、コレで良いんデス」

「……」

 

イリーナを褒めると、少し大げさに気取ったようにふわり、ゆらりとドレスと傘を揺らしてこちらへウィンクしてきた。本当によく似合っているし、こういう魅せ方にも手馴れているものである。とてもかわいい。

 

(沙希は……よく似合ってる、って言った瞬間、ほんの少し嬉しそうな表情に見えた気がしたけど……見返してみてもイリーナの方を見て難しい表情をしてるし、気のせい、か?)

 

眼福なれど今日の本筋とは関係ない、可愛い乙女たちの可愛らしい恰好についてのコメントはそこそこにしておいて、安全教室のために準備運動を再開する。

 

 

「待たせてしまったようでごめんなさい!機材の準備は整ったから安全教室を始めるわね!」

 

俺と沙希の準備運動がちょうど終わる頃に色々な荷物をもって走ってきた女性は、俺が初めてアヴァロン社のグラシュを受け取った時にも色々と解説をしてくれたグラシュ開発部のお姉さんだった。

赤髪ショートで説明好き、世話焼きで頼りになるみんなの姉貴分として社内でも広く知られ、安全教室を開くためのインストラクターとしての資格も持っているという万能ぶりの兵衛 奈々さん。

彼女は白いフリルのビキニで登場した。

 

「うん、準備運動も終わってるようね。それじゃあ……って毎年の事だから知ってるとは思うけど、一応義務だから説明していくわよ」

 

「「『お願いします』」」

 

グラシュの安全性・信頼性が今より低かった頃の名残で今日まで続いている、グラシュが不意に停止し落下した際の着水訓練。

 

「……本当は絶対に、絶対に、絶っっ対に、そんなこと起こさないように設計しなくちゃいけないの。でも、機械である以上はどんなに堅牢な造りにしてどんなにセーフティを掛けても、"絶対故障しない"なんてことは無いから」

 

「その時、最後に君たちの命を守れるのは君たち自身。技術が発達したからそんな事故なんて起こらないだろう、なんて思わずに"万が一の事態が起こった時は実際に体を守らなくちゃいけない"って考えながら今日の安全教室を受けて欲しいの」

 

『はい』

「…………はい」

「………………」

 

沙希は一泊遅れて返事をしたが、表情も声も硬く、イリーナも黙ったまま険しい表情をしている。

……あまり大きなニュースにはなっていなかったから詳しくは覚えていないが、もしかして、数年前にアヴァロン社で起こったグラシュテスト中の死亡事故というのは、2人にも関係が――?

 

「それじゃあ、翼くんからやってもらおうかしら?」

 

――今考えていても仕方ないか。以前奈々さんに聞いた時ははぐらかされてしまったが、またその内知る機会もあるだろう。

今は、さっき奈々さんが言った通り安全教室を真剣に受けなければ。

 

『……はい。用意は出来ています』

 

水深が腰くらいまでのポイント奈々さんが待機し、そこから少し離れた位置で指示された通りに海上2mほどまで浮き上がり停止する。

奈々さんが解除コードを入力して合図をくれるので、後は俺のタイミングで『フォール』と唱えて落下する。

 

足を閉じ、両手で股間を護り、ガチガチに固まらない程度に程よく首と肩に力を入れて、前後に倒れて行ったり、首や頭を水面で打ってむち打ちになったりしないように備える。

 

『フォール!』

 

ドポン!と音が鳴り、足の裏が少しビリつく衝撃が来た以外は特に問題なく着水できた。

 

「よし、大丈夫ね。上出来よ、翼くん!次は沙希ちゃんの番!」

 

「はい、行きます……フォール」

 

沙希は毎年の事だから慣れているのだろう。久々にやった俺よりもスムーズに着水姿勢を取って落下コマンドを唱えた。

 

……のだが。

 

ッパッシャーン!!

 

「『沙希!!?』」

 

「沙希ちゃん、大丈夫!?」

 

想像していたよりも結構大きな水しぶきが前に飛んだ。

 

テントの方で見ていたイリーナもこちらへ駆け寄って来ようとして、途中で足を止めた。

 

「……ん?あ、沙希……?あ。あー、翼、沙希は――」

 

――イリーナにしては珍しく、非常に歯切れの悪い口調で何かを言いかけていた気がするが、今は沙希を救護するのが優先だと考え、俺はそのまま沙希の元へ向かう。

 

『沙希、大丈夫か!?……奈々さん、何があったんです?』

 

「……いえ、着水姿勢自体は問題なかったわ。水しぶきが大きかったのは個人差の問題ね」

 

奈々さんがとても複雑そうな顔をしている。

 

沙希は痛みを堪えているのか、涙目で頬や耳まで赤くなっている。

 

「…………いたい」

 

個人差でああも大きい水しぶきとここまでの痛がり具合になるんだろうか、と俺は首をひねった。

が、沙希がゆるゆると腕を動かして胸の下側を抑えたことで全ての疑問が解け、俺が駆け寄る直前にイリーナが掛けようとした言葉の意味と、奈々さんの険しい表情の理由が分かった。

 

「………………去年まで、こんなこと、なかったのに」

 

奈々さんの表情が虚無になった。

皆の姉貴分である奈々さんだが、その胸は平坦であらせられるのだ。

 

「翼くん?何か、失礼なこと、考えたり……してないかしらぁ?」

 

『い、いえ何も!!沙希が怪我してなくて本当に良かったなぁと思ってホッとしてただけです!!』

 

 

と。途中で多少のトラブル(?)はあったもののその後の繰り返し練習では沙希も上手く着水姿勢を取れるようになり、全体を通して大きな問題はなく安全教室は終わったのだった。

 

 

 

余談だが、翌年から沙希の安全教室用として下面に衝撃吸収パッドの付いた水着が用意されることになった(そもそも今年買った水着も来年には既にキツかった)(奈々さんの表情はまた消えた)

なんやかんや言いつつ、虚無の表情をしつつも沙希が怪我をしないようにと色々開発してくれる奈々さんたちには本当に頭が上がらない。

 




?「かなりまな板だよコレ!」
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