M.O.エルフがいるのは間違っているだろうか 作:アパオシャ
半ば無理やりベルを連れダンジョンに向かおうとしたのだが、たまたま出くわしたギルド職員に見つかり、リーシャは冒険者として登録することとなった。
登録が終わった瞬間、踵を返し外に向かおうとするリーシャの肩をその職員ことエイナがつかむと、ベルの顔が引きつった。
彼女は担当の冒険者に徹底的な教育を、有無を言わさずに施すことが有名で恐れられており、当然のごとくベルもその一人である。
ベルはその知識のおかげで助かったことが何度かあり今となっては感謝しているものの、二度と御免というのが正直な感想である。
そうしてエイナはリーシャを個室に押し込むと、いつの間にか用意していたたくさんの資料を抱え後に続いた。
「えっ?はぁ?ちょっ…」
と、ろくに反応もできずに部屋に押し込まれた彼女に周囲の人間から憐憫の視線が向けられたが、巻き込まれてはたまらないと、そそくさとその扉から離れていく。
今日の探索は無理かな。そう思いギルドに設置してあるベンチに腰を下ろしたベルだったが、数分もしないうちに扉が開き、リーシャとエイナが出てきた。
フードを整えながら出てきたリーシャの顔は悪だくみが成功したかのようないい笑顔で、それとは対照的にエイナの顔色は悪かった。
顔が青いうえに、脂汗が顔中に広がっており、窓から差し込む光を反射してこれまたひどいありさまとなっている。比較的熱い季節ゆえか薄着の制服は汗で張り付き、体のラインを強調しているのにもかかわらず、一切の色っぽさを感じさせない。
そんな様子の彼女たちに思わず声をかけようとしたが、「あの、」と声を出した瞬間にリーシャの笑みが深くなり、そしてエイナはあからさまにそっぽを向いたため触れてはいけない雰囲気を感じ取ったベルはその先を告げることはなかった。
「じゃ、じゃあ、無茶だけはしないでくださいね」
エイナが震える唇を慎重に動かし、何とかそう伝えると、リーシャはホームを飛び出したときと同じく、ベルの手を取ってホームから出ていき、その姿が見えなくなったエイナは緊張が解けて思わずその場に座り込んでしまったが、普段の彼女からは思いもよらない彼女の様子に手を貸す者は現れても、何が起こったのかを聴くことは誰にもできなかった。
ダンジョンに入り少し進んだが、いまだこれといった出来事は起こっていない。リーシャは不整地を進むことに慣れているのか、疲れた様子を一切見せず先導しているベルに追従し、その道中にモンスターと遭遇することはなかった。
こういった事態はそこまで珍しくなく、他の冒険者が進む際に道中のモンスターを駆逐することがままある。そのまま順調に5層に到達したところで、ようやくモンスターと遭遇する。コボルトというオオカミを無理やり人型にしたような見た目のモンスターで、群れで行動する性質の通り、5体ほどのコボルトが二人の前に現れた。
ベルは向かってくるコボルトに気づくと素早く武器のナイフを取り出し迎撃すべく突撃する。リーシャに経験を積ませるのが先達としての役割だとわかってはいるものの、自身も新人冒険者の域を出ていないため、各自頑張るという結果となってしまった。
「人為変態」
リーシャがそうつぶやくと、発動条件たる呪文の詠唱が行われたことにより練られた魔力が、彼女の体内にある免疫寛容臓に作用する。
彼女の体を構成している細胞が高速で破壊され、それと並行する形で他生物の細胞が再生されていく。この一連の流れを繰り返すと変態が完了する。
その様々な生物の特徴を発現させたその体はそのほとんどが衣服によって隠されているものの、体の各所の形が普通のエルフからは変化していることがわかる。
彼女が放ったこぶしはコボルトの頭部を粉砕した。頭部だった何かはグロテスクなミンチとなることはなく、命が尽きたモンスターの例に漏れず灰となって霧散する。
残された胴体も同じく魔石を残し灰になり霧散するがそれが目隠しとなり、もう一体のコボルトが彼女に飛び掛かり、その牙を彼女の腕に突き立てる。
耐久のステータスがI0のLV1では皮膚を容易に突き破り決して無視できないケガを負わせるのだが、彼女の腕に突き刺さることはなく、硬いものに思いきりかみついたとき特有の響くような痛みがコボルトを襲い、そのせいでコボルトは明らかに動揺していた。
油断して一撃を食らってしまったものの一切のダメージを受けなかった彼女は腕を掲げコボルトの胴体に隙を作ると、その胸に向かってこぶしを振りぬく。
そのこぶしは容易にその胸を貫通し、モンスターの生命の源たる魔石を粉砕しその体を灰に還した。
2体のコボルトを処理したリーシャは残りのコボルトを探したところ、ちょうど最後の一体を倒し終えたベルの姿を確認した。
特にけがもなく戦闘が終わり、転がっている4つの魔石を回収しようと二人がかがんだその瞬間、魔法の効果で強化された聴覚によってリーシャはこちらに迫りつつある規則的な物音を認識した。
「ベル、前方から足音が二つ聞こえてくる…いや、まだ増える」
その言葉にベルもリーシャと同じく前方の通路を見ると、暗闇から本来この階層にいるはずのない大柄の、牛を無理やり人型にしたようなモンスターのミノタウロスの大群が姿を見せる。
体力の消費を考慮していないペースで疾走していたモンスターたちはリーシャ達を発見すると、その視線に殺意を宿しこちらに向かってくる。
「うわあああぁぁぁ!!」
先頭を走るミノタウロスの突進を横に跳んで回避することに成功した二人だが、左右の通路に分かれる形で分断されてしまった。
そのまま言葉を交わすことも叶わないまま逃げる羽目となってしまった。モンスターは冒険者の都合に合わせてくれたりはしないのだ。
叫びながら逃げ去っていくベルが遠ざかっていくのを感じつつリーシャはミノタウロスに向き直る。幸い、突進を躱されたミノタウロスの一部が壁に激突しダウンしたらしく、ここに来たのは2体だけであった。
リーシャに向かって振るわれた拳はリーシャの腕に当たった。
(ダメージはない、甲殻に損傷もない。掴まれさえしなければ問題ない!)
モンスターの一撃を受け切った彼女の拳は、拳を振り切ったことで隙だらけとなったミノタウロスの胸に命中するが、コボルトの時のように貫通することはなかった。
(体格差が大きくてまともに入らない!だがダメージは通る!)
リーシャの拳はミノタウロスを殺しきることはなかったものの確実にダメージを与えており、その影響で膝をついている。追撃で隙を晒したミノタウロスの頭部に拳を叩き込み、脳を致命的に破壊されたミノタウロスは死亡しその体を灰と化すが、いまだ1体のミノタウロスは健在で、腕を掴まれ、持ち上げられてしまった。
(まずい、捕まった!)
リーシャはこの状況に思わず顔をしかめる。
硬い甲殻に包まれているため握られている部分は全く痛まないものの、逃げるとこができなくなってしまった。腕を掴まれた場合は腕を一部の甲殻類などが持っている自切の能力で掴まれた腕を捨てることで脱出できるのだが、現在服ごと掴まれているため腕を切り離しても意味がない。いくらミノタウロスの攻撃で彼女を覆う甲殻を突破できないとはいえ、その甲殻で覆えない関節部分は比較的脆く、関節をへし折られてはたまらない。
(まずいぞ、どうする!?)
こういったピンチの状況に慣れていないリーシャは有効な対応をできずにいた。空いたほうの手でミノタウロスを殴り続けるが、持ち上げられている状況では踏ん張ることがかなわず大したダメージになっていない。
そうして互いに効果の薄い殴りあいをしていると、ミノタウロスの胸から足が飛び出してきた。
ようやく腕を解放されたリーシャが見たのは、付着した灰を払う狼人の青年だった。
なぜか、あのエイナさんが碌な教育もなくダンジョンに向かうことを許可したのか。それはその場にいた人以外にはわからない。何かしらの圧力でも働いたのか。