鈍色の正義   作:クロウト

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5刃 : 君臨

 

 

「 ...シズさん、一緒にブルムンドに戻りません? 」

 

法術士(ソーサラー)の少女___、エレンがシズに語り掛ける。あの日から一夜明け、肉の奪い合い騒動もようやく三人の腹に肉が大量に詰め込まれた事で終戦を向かい、夜が明けた今。リムルが開拓・発展を続けている魔物の街で、冒険者たちは帰還の準備を進めていたのだった。

 

「 ...え? 」

 

エレンがそう語り掛けた対象が、自分だと認識したシズは呆気に取られたような顔で思わず聞き返すようにそう言い返してしまった。すると、今度は淋しそうな顔をしたエレンがまた口を開く。

 

「 此処でさよならなんて、寂しいですぅ.... 」

 

どうやらエレンは、この旅が最後だと語っていたシズがこのまま離れて行くのを引き留めたいらしい。三日、四日と短い期間だけ旅をしたものの、彼等とシズとの交友関係は共に苦難を乗り越えた仲同士で深くなっており、特にエレンはシズに対して良く懐いていたことからこのまま別れてしまうのはエレンにとっても寂寥の念が有るのだろう。

 

「 .....あなた達は良い冒険者だよ。

 一緒に冒険できたら、どれほど楽しいだろうと思う。 」

 

シズはエレンのその提案に対して、濁すかのようか言葉で返した。彼女のその顔には笑みは無く。エレンと同じくして、シズもきっと仲間が良いと思わせてくれたエレンたちとは離れたく無いのだろう。だが、シズにはたとえ離れることが決定していたとしても成さなければいけない事がそこにはあった。

 

「 _だったら! 」

 

エレンは満面の笑みをしながらシズの方へと向き直る。だが、シズのその反応は、エレンが望んでいた物では無く。彼女のその顔は苦渋を噛み締めたかのような。そんな、行けたくても行けないような思いが伝わって来る表情を浮かべており。

 

「 ここまで旅が出来て、やっぱり仲間って良いと思えた。

 最後の旅が、あなたたちとで、本当に良かった。 」

 

シズは自らを蝕む焔が刻一刻と自身の命の果てにまで手が届きかけているのを知っていた。そしてその焔がいずれは自分という存在を灰塵に帰してしまう事も、己が一番良く知っていた。知っていたからこそ、エレンたちとはもうこれ以上旅をすることをしないという選択肢を取った。

それは、仲間の良さや人の温かみを知ったシズにとってはかなり苦渋の選択であった。

 

「 シズさん......最後って..... 」

 

「 ___....もう何十年も生きててね、見た目ほど若くないから。 」

 

虚言__、シズは自身に宿る呪いを、エレンに知られないように。最初で最後の嘘を吐く。不安そうに語りかけるエレンを宥めるかのように、シズのその顔には笑みが浮かんでいる。この内に秘められたる焔を知るのは自分だけで良い、誰かを巻き込んで自分の命を終わらせることは出来ない。という彼女の何処までも底が見えないような優しさ故の、淡く苦い嘘だった。

 

「 え_...、あ、なんだ冗談かぁ。驚かさないでよもぉ〜! 」

 

エレンは 、シズの嘘に安堵し、茶化すかのように笑いながらシズにそう語り掛けた。シズが"最後の旅"と知った時には、エレンの心内には

シズが居なくなってしまうかもしれない___、という不安が過ったものの、シズの優しい嘘により。エレンのその不安は緩やかに溶かされていくのだった。

 


 

「 お、来た来た。 」

 

エレンとシズが、支度を終わらせ天幕から出ると其処には村長リグルドの肩に乗っているリムルと、リグルド息子のリグル。そしてエレンとシズの旅仲間で有る、重戦士(ファイター)のカバルと盗賊(シーフ)のギド、そしてリムルの隣に立っているジャスが彼女らを迎え出たのだった。

 

「 ...待ちくたびれたでやんすよ、 」

 

「 ったく、女が支度が遅いからな 。 」

 

カバルとギドがそう言いつつも、二人には特に咎める様子も無く。その顔に仄かな笑みを浮かばせるだけだった。エレンもいつもの様な明るい声で二人の元に駆け寄って行く。シズは、三人がそうやって朝から軽口を言い合うような様子を見れば、仮面を被ったその顔の奥に僅かな笑みを綻ばせている事だろう。彼女の身に蝕む焔が無ければ、彼女の身に呪いが降り掛からなければ、きっとあの3人の中に自分が居たのだろうと

もう見る事が出来ない景色を幻視する。然し、シズは誰にも知られない自分だけにしか知り得ないその毒を胸に、彼等との別れを最期に自分のこの旅を終わらせ、紅蓮と己の命に別れを告げる____、そうなって行く、"筈だった。"

 

 

 

 

 

 

 

「 __ッ !!! 」

 

シズの足取りが止まる、同時にその仮面越しに浮かべた笑みも消え去り、声を発することも。手がわずかに動くことも無く、シズは操り人形の糸がプツリと途切れてしまったかのように、その場に立ち尽くしてしまう。穏やかに別れるはずだった、カバルたちの顔に一点の曇りが立ち込める。そしてシズのその異変にいち早く気付いたエレンは、シズの方へと向き直り。怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「 ...シズさん? 」

 

エレンは、シズに降りかかった異変の正体に気づかなかった。否、此処に居る誰でさえもシズに起こり得たその異変を知らなかった。知る由すら無かった。それは、シズが長らくの間。自らの間で秘匿し続けていた唯一の機密であり、それはカバルたちにも教えることは無かった。だが、今この瞬間___、彼女を覆い隠していた焔のヴェールが剥がされる事になる。

 

「 う......ぅぐっ... 、そんな...もう_____。 」

 

シズの苦悶の声が響き渡る、身体は崩れ落ち。表情は仮面で隠されて見えないが、その顔が決して良い顔では無いこと、そして彼女が必死に自分に襲いかかっている"ナニカ"に対して踠きながらその苦しみから逃れようとしていることはその異変を見れば、想像に難くはなかった。

 

「 おい、どうした!? 」

 

エレンの次に、その異変を察知したカバルが声を張り上げる。しかし、その声は肝心な彼女には聞こえる事は無く。彼女に降ろされた苦しみと逃れられない死の帷によって、この場に居る者には、彼女を救う事は決して叶わなかった。そして、刻一刻と迫り来る彼女の"呪い"は既に彼女の許容量の限界をとうに超えてしまっており_____。

 

うぐっ....うぐぁあああああッ!!

 

呪いは彼女の身体を突き破り、その身を生贄とし呪詛と苦しみ、寂寥を纏い顕現しようとしていた。彼女の背負っていたその呪いは長く苦しみ続けてた彼女の力そのものであり、劫火に包まれた紅蓮が彼女の有りし日の惨劇をなぞるかの様に、今まで燃やし尽くされた側の少女が。その身の焔に呑まれて行き、今度は"焼きつくす側"と成るのだ。

 

ピシリ

 

シズが苦痛に打ち震えた瞬間、まるで彼女が人では無くなったことを指し示すかのように。彼女を隠していた素顔に紅蓮の鮮やかな色をした罅が入り出す。罅が入れ込まれた後、先程まで雲一つ無いような晴天をしていた大森林の空に暗雲が立ち込める。そしてその暗雲の帳が晴れた空を包み込むにはそう時間はかからず、その場は既に薄暗い雰囲気を放って行く。彼女の仮面に漏れ出す紅蓮の力は徐々にその力を増幅させて行き、暴走した力は軈て此方にへと牙を剥き出して行き_____。

 

ドガァンッ!!!!!

 

爆裂、その刹那。彼女を中心とした巨大な火柱が暗雲を貫き、凄まじい轟音と共に辺りに響き渡った。その爆発は想像以上のモノであり、その余りにも大きすぎた火柱による余波は容易に此方を吹き飛ばすようなモノだった。悪魔は瞬時に自身に生えている両刃を自身の前に持っていきクロスガードを組み、その爆破に備える。そして悪魔に襲いかかったその焔の熱により自身の着ていた漆黒のトレンチコートに焦げ跡が幾つも刻まれるが、その刹那の爆破により悪魔本人に損傷を与えることは無く

結果的に周囲に灰色の霧のような煙と未だ燃え盛る炎が生まれるだけで済んだのだった。

 

「 おい、大丈夫か?! 」

 

リムルも、その予想外の展開に驚きを隠せて居ない様子であり。他の者もその爆破による衝撃で座り込んでいたり、しゃがんでいる体勢を取っている者が多かった。唯一、咄嗟に最前列に躍り出た悪魔が仁王立ちで

焔の爆発による更なる追撃が無いかと立っており、その両刃には煤一つ無い金属の淡く鈍い光が放たれている。

 

「 何だよコレ!危険手当て、上乗せして貰うぜ....!!! 」

 

「 __クソ、面倒な事になって来やがったぜ ... 」

 

カバルの言葉に続き、悪魔もその様子を見れば。その異形の顔の表情は変えられないものの、声色からするに厄介ごとに巻き込まれ困惑している様子が見受けられる。___ そして、シズを取り巻いていたその焔はその煌めきを増していき、軈てその焔はその炎の渦中に居た彼女を映し出す、しかし彼女はもう既に"人間としての器"が壊れているのか、外れた仮面から顕になった彼女の顔は、雪のような白肌に持っていた何処までも吸い込まれそうな漆黒の瞳はもうそこには無く、有るのは彼女の中に眠る焔を指し示すような、紅く劫火の色に染め上げられた眼窩のみがそこにはあった。

 

「 シズ_、"シズエ・イザワ" !?!? 」

 

カバルが、人間では無くなった焔に纏われたシズを見れば。何かを思い出したかのように彼女の名前を反芻する。だがカバルが口に出したその名前、シズのフルネームは悪魔やリムルには馴染みが深いような日本で使われている名字とそっくりで有り。カバルのその言葉に、ギドとエレンも驚きを示すかのようにその目を見開いた。

 

「 シズエ・イザワってあの___、"爆炎の支配者"か!? 」

 

「 50年前ぐらいに活躍したって言う、ギルドの英雄よね!?

 __....シズさんが... ? 」

 

爆炎の支配者__、確かにその名に恥じぬ程、彼女の周りには全てを焼き尽くさんとしている殺意を纏ったかのような劫火が取り巻きのように渦を描くかのように畝っている。そして、英雄と言われても可笑しく無い様な"人間では無い程の強さ"が其処には有る。しかし、結局シズが爆炎の支配者だと言われたる所以で有る、その焔は皮肉なことに彼女にとっては呪いであり、また彼女が彼女だとたらしめる為の力なのだった

 

「 リグル、リグルドっ!皆を避難させろ!! 」

 

「 しかし......。 」

 

「 命令だッ!それとランガを呼んで来い!! 」

 

 

リムルはその異常事態にいち早く対応する為、冷静に頭を回させて行き

リグルドとリグルに向けて命令を放つ。シズの暴走した力は、軈て彼女自身の身体を依代にしようと先程まで紅蓮滾るように燃えていた焔の柱は段々と彼女の身体にへと収束して行き、彼女を包み込むような繭のような形へと変貌して行く。そこからシズの姿は完全に見えなくなり、彼女の落とした仮面だけが地面に転がっており。その焔に囚われる時に見せた、シズの流した涙は無慈悲に炎の熱により蒸発されてしまったのだった_____。そして、彼女の焔の力、宿していた呪いが再び消える時。そこに浮かんでいるのは、もはや。シズでは無い、彼女の胸に宿っていた[精霊]の身姿が、彼等の眼窩には映っていた。

 

ウガァアアアアアッ!!!!!!

 

その化け物の姿は、シズの姿もその面影でさえも無くなっていた。頭部には燃え滾るような焔が髪の毛のように唸っており、此方を見据える紅蓮の眼は自分が強者だと言わんばかりに彼らを見下している。巨大な大男のような体躯に持ち合わせた褐色肌は化け物が人の皮を被ったナニカであることを証明しており、化け物がその口から雄叫びを上げた時。周囲の地面を抉り取るような衝撃波が全方位に放たれたのだ。

 

「 ___チィッ !! 」

 

悪魔はその衝撃波を自身の両刃を楯代わりとしたガードで自身の身体に生傷が刻まれることは無く、ことなきを得る。しかし、カバル率いる冒険者チームはその衝撃波に対して、エレンが咄嗟に緑色に光り輝く魔法の障壁を展開__、が。その障壁はその衝撃波により破壊されてしまい彼らに向かって土煙が舞い上がって行く。

 

「 炎の精霊_...イフリート !!! 。 」

 

 「 間違いないでやす.......シズさんは...... 」

 

「 あ、あんなのどうやっても勝てないんですけどぉ!? 」

 

イフリートと呼ばれたその精霊は、周囲に巨大な火柱を三本召喚し、同時に自分の周りに赤く燃えるような皮膚を持った火炎蜥蜴(サラマンダー)が召喚される。数匹の火炎蜥蜴(サラマンダー)はイフリートに付き従うかのようにその場に漂っており、その一匹一匹がそれなりの強さを持っている事が見て分かるだろう。

 

「 無理でやす......あっしらは、ここで死ぬんでやす........。

 短い人生だったでやんすね ..... 」

 

イフリートの圧倒的な強さ、それに加え彼の周りに滾る地獄の業火を目の当たりにしたギドは諦観を覚える。だが、それは人間が目の前に圧倒的な存在を見た時に覚える恐怖や畏怖の感情に近しい物だろう。自身の死を覚悟せざるを得ないような状況下で、恐怖を覚えるのも致し方ないことなのだろう。だが、それでも___、人間は足掻く、踠き続ける。

目の前に居るのは、恐らく自身が邂逅して来たどの化け物よりも化け物の存在。然し、其処に眠るのは"焔に呑まれた自分たちの仲間"で有るが為に、その剣を引き抜くのだ。

 

「 畜生 !!! 、せっかく作ったばかりだって言うのに! 」

 

リムルの作り上げた魔物の街がイフリートの召喚した火炎蜥蜴(サラマンダー)による火の粉によって、天幕たちが燃やし尽くされてしまう。そしてその焔は、たちまちリムルたちを取り囲む炎の障壁を作り上げて行き、一瞬で逃げ道を無くしてしまう程の強烈な火が生まれたのだった。

 

「 お前たちもさっさと逃げろ!!! 」

 

リムルはイフリートを目の前にし、未だに逃げの姿勢を見せようとも感じさせないようにしているカバル達に退却を提案する。逃げ道が無くなったとしても、最悪の場合でもリムルの従者で有るランガを呼び出せば

カバル達だけでも逃げ出せることは可能なのだ___、然しカバル達が次に出した回答はその提案に肯定を示すことは無く....。

 

「 そんな訳にはいかねぇよ!! 」

 

カバルの背負っていた鞘から両手剣が引き抜かれ、その刃の金属光が焔の光によって煌めきがより一層強くなり、刃先が向かう先はイフリートへと迷いなく向けられていた。そしてカバルに続いて、ギド、エレンも諦観から奮起するかのように各々が使っているで有ろう得物を構える。

 

「 あの人がなんで殺意を剥き出しにしてんのか知らねーが___... 」

 

「 オレ達の仲間でやすよ.... !!!! 」

 

「 ほっとけないわ!! 」

 

 

彼らの眼にはもはや、恐怖の感情すら無く。イフリートから嘗ての仲間を救い出す為だけに彼らはその命を投げ打ち、大きな賭けに出たのだ。

リムルもその彼らの言葉に対して、反対を示すことは無く。悪魔もまた、彼らの言葉に反応するかの様に自身の両刃をリムル達を見下しているかのような視線を向けているイフリートに向けてその刃先を突きつけながら、臨戦態勢を取る___。

 

「 他人の為に、命を投げ出せる奴等...か、あんな正義見せつけられちゃ

 悪モンはあの精霊さんってトコか_____。 」

 

悪魔はイフリートに向かって一歩踏み出す。リムルも退却では無く、迎撃を選んだカバルたちに用心するようにと言葉を掛けた後、リムルも悪魔と一緒にイフリートを見据える。二人が焔の精霊を見つめている中でも、焔の精霊は尚も彼等を見下していた。

 

「 _ 良い仲間に恵まれたな、シズさんは。 」

 

「 ...嗚呼、全くだ。あの人が羨ましいぜ.... 」

 

リムルと悪魔は 、そんな会話を交わしながら焔の精霊に呑まれてしまったシズの身を案じていた。爆炎の支配者たる彼女が、あの精霊の中に眠っている。それを助けようと死ぬ可能性を考慮せずに勇気を示したその仲間達、シズがあの焔の中で何を思い、馳せているのか。少なくとも、彼女があの中で悶え苦しんでいるのは事実だろう。

 

「 良し、行くぞジャス!あのイフリートとやらをぶっ飛ばして_! 」

 

正義の悪魔はカバル達の正義に惹かれ、シズの誠実な心を救い出す為。

リムルは未だ炎の中で苦しみ続けている彼女を救い出す為に。地獄の業火にへと自らを燃やして行く。彼らの心内には一点の後悔すら無く、有るのは彼女を苦しみ続けた焔に対する憤怒と、シズを一刻も早く救い出したいという慈悲の感情のみ。

 

「 シズさんを救い出すぞ_____ !!!!! 」

 

そして "誰かを救い出す戦い"の開戦の狼煙がたった今、打ち上げられて行くのだった。

 

 

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