泣き虫サクラが幻想入り   作:夢中さん

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Vol.1

 

 

 

 

 

それは実に平凡な、貧しくも幸せな二人の親子であった。

 

二人でならやっていける、そんな強い信頼感に結ばれた二人。

 

母と子…………子は母の笑顔を知らなかった。

 

 

そこに、ある男が現れた。

 

 

明らかに恵まれた、富豪らしい風貌と容姿。

 

どんな面倒事も全て金でねじ伏せるような、威容。

 

 

「この街を案内してもらえないかな?」

 

 

その男は、母にアプローチをした。

 

それからは早かった。

 

恵まれた生活を、豪華なプレゼントを、食事を、男は一方的に差し出し続ける。

 

そう、一方的───母からの愛は一切受け取らなかった。

 

プレゼントも、言葉も、何もかも。

 

増え続ける愛、増え続ける愛……………

 

なのに、母は子に一切見せてこなかった"初めての笑顔"をさらけ出していたのだ。

 

幸せになってゆく………一方で、何処へ向かっているのか子は分からなかった。

 

そしてある日、男は衝撃的な言葉を口にした。

 

 

 

「二人の新居だ。暮らしてくれるね」

 

「二人…………?」

 

「二人に、幸せに暮らして欲しいんだ」

 

「お別れって、こと…………」

 

「これを………親子二人、遊んで暮らせる」

 

 

膨大な金の詰まったケースを差し出し、男は去る。

 

子は男が去った悲しみは無く、ただ貧しかった生活がこれで終わることへの喜びしか無かった。

 

"笑顔"で母に向かって喜んだ。

 

「ママッ、見てッッ!!」

 

 

 

グチャッッッ

 

 

 

潰れる眼。

 

舞う血飛沫。

 

耐え難い屈辱と、哀しみの隙間に打ち込まれる"笑顔"は、母をこれでもかと云うほど侮辱した。

 

 

「笑うな~~~~~~~~~ッッ!!!」

 

「ママッ、痛いッッ、痛いよママッッ」

 

「何処にいるのママッ、ママッッ!!」

 

「!…………うぅッ!」

 

 

気付けば、母は抱き締めていた。

 

どうしてこんな事をしたのか自分でも理解し難く、ただ安心させなければと、子を抱き締めた。

 

それから、スグのこと………

 

 

 

「……………」

 

 

 

待ち続けた。

 

扉の前で椅子に座り、呆然と、母は待った。

 

あの大金が意味するのは決別であることを理解しながらも、待つしかなかった。

 

それでも、待つという時間は、果てしなく長いもの。

 

「(ママが、壊れてゆくッッ)」

 

目が見えなくなっても、それを確かに認識していた。

 

微動だにせず、椅子に座り続ける母。

 

彼女の顔に、笑顔が浮かばなくなってしまっていた。

 

 

───ボクがママを支えなきゃッッ

 

 

昔から運動神経に自信はあった。

何の変哲もない逆立ち。

 

ところがすぐにぽてっと倒れてしまう。

その時、ママは確かに小さくふふっと笑った。

 

「(わ、笑ったッッ)」

 

最早、視力を失ったことなど彼にはどうでも良く、ただ強さを見せ続けた。

 

ママを安心させる為、強さを見せ続ける。

 

哀しむ自分を、弱い自分を見せてはいけない。

 

強い自分を見せ続けるのだ。

 

 

「どうだいママ、すごいだろ!!」

 

 

開かれぬドアの前が、彼のジムだった。

 

永い時を、絶え間ない時の中を、涙を見せぬまま強さを魅せた。

 

 

───永い時の果て。

 

 

美しかった母にも老いが訪れ、この世を去ったその時。

 

彼は完成していた。

 

そう、彼は何も果たせなかった。

 

母の願いを何も果たせず、ただ強い自分を見せただけ。

 

無念の母をただ、見過ごしただけ───そう。

 

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

 

 

強き肉体と引き換えに───母と涙を失った。

 

 

 

 

 

 

 

嗚呼…………誰か、誰か私を哭かせてくれ。

 

それだけが望み、それだけが夢。

 

その残虐性、その異常性、その強さから、人々は彼をこう呼び始めた。

 

人呼んで───

 

 

 

泣き虫クライベイビー・ サクラ

 

 

 

涙を求める稀有なる男。

 

そして誰も彼を哭かせることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サクラ……………なァ……何か言ってくれェッッッ」

 

「…………君の手が 温かい」

 

ある日、その悲願は叶う。

 

辺鄙なリング、辺鄙な畳の上で二人は哭く。

 

全てを満たしてくれた友との別れが、悲しかった……………

 

 

 

ベキッッッ

 

 

 

二人の泣き声が、空虚な空間に鳴り響く。

 

永い永い時は、野望を果たしたことで終わりを告げ、そして母に逢いに行く為、次の遠い世界へと旅立った…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い夢を"見ている"。

 

オモチャも、食べ物も、欲しかったものがなんでもある。

 

そしてママもいる、真っ白な理想の世界。

 

彼は子供の姿で永遠の時を過ごし、幸せに暮らしていた。

 

「ママ………タツミはね、ボクのたった一人の友達なんだ」

 

「そうなのね」

 

「沢山遊んでもらった。沢山、泣かせてもらったんだ」

 

「………ごめんね」

 

「謝らないで。ママは謝っちゃダメだよ」

 

「本当に、優しい子ね」

 

にこにこと笑みを浮かべると、彼は側転、或いはバク転など様々な躍動をして見せる。

 

それは体操選手を唖然とさせるような体の連動、それを全盲でもしてのけてしまうだろう天才性。

 

夢の世界ならば、尚更自由自在であった。

 

「どうだいママ!また上手になったんだ!」

 

「ふふ、すごいすごい」

 

「へへ、こんなんだって!!」

 

逆立ちの状態から小指を抜かし、次に薬指、次に───を繰り返し、最後には親指のみで逆立ちをし始める。

 

更には片腕のみでバランスを保ち、逆立ち腕立て。

 

「連続で100回もらくちんさ!」

 

「つよいのね、サクラは」

 

「強いなんてもんじゃないさ!ボクは誰にも負けない!」

 

「へぇ……ならどうして貴方はここにいるの?」

 

「…………タツミだけさ。ボクを哭かせてくれたのは。それにママと逢いたかったんだもん……」

 

「でも負けちゃない!勝とうと思えばいつだって!!」

 

「クスクス、負け惜しみ」

 

「うそじゃないやい!なんなら今ここで───」

 

 

 

 

ぐにゃぁぁぁぁッッッ

 

 

 

 

天井に、突如として現れた異空間。

 

真っ白だった空間が、歪む、歪み、捻れる。

 

そしてギョロリと、無数の目玉が彼を見つめた。

 

 

「あ、あぁっ、あぁッッ……………!」

 

オモチャが、食べ物が───ママが天井に食べられてゆく。

 

ガチンッッ、ガチンッッ、と歯を鳴らし、口の中へ吸い込まれてゆく。

 

「やめて………やめて…………また失ったら、僕は、僕は…………!!」

 

「───ママッッッ!!」

 

確かに掴んだ、ママの手。

ママも確かに彼の手を握った。

 

間に合った───思わず笑顔を浮かべたその時。

 

 

「笑うな~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!」

 

 

豹変したママが、あの時の顔でそう叫ぶ。

 

 

真っ白だった空間は、瞬く間に真っ黒に染まる。

ゲラゲラと笑う天井の口に、吸い込まれてゆくママ。

彼は呆然と天井を見つめ、口を僅かに開く。

 

「「「笑うな~~~~~~~~~~~ッッ!!!」」」

 

ママの声で天井の口は叫び続ける。

キャハハと、ゲラゲラと、笑いながら口は叫ぶ。

サクラはその天井を見つめながら、呟いた。

 

 

 

殺すよ キミは

 

 

 

思えば、彼は抱いたことが無かったかもしれない。

これほど象徴的な怒りを抱いたことは。

 

友が送り届けてくれた夢の世界を消し去られた、泣き虫サクラ。

暗黒の、深い暗闇の中、彼は隙間に落ちる。

 

涙をかなぐり奪い去っていった者に向けた、明確な怨念を持って───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────…………………ん」

 

 

パッ、と景色が開く。

夜ではない、真っ暗な不思議な空。

やや霧のようなものがふわふわと空間に浮いている。

 

仰向けに寝転がっているサクラは上体を起こした。

 

そして驚く、己の体と魂が繋がっていることに。

 

胸に手を当てると、どくん、どくんと勇ましく心臓が鳴り響いているのが分かる。

 

体は身長、体重、全てが生前のものと同一。

素っ裸の体なのに、何故か眼鏡だけが瞳にかけられている。

 

 

サクラは困惑していた。

 

 

何故、生きている。

そして此処は一体何処なのか。

 

聡明なサクラの頭脳であっても、今この現象については疑問符を浮かべるしかなかった。

 

あまりにも、幻想的な出来事だったからだ。

 

「………………階、段」

 

辺りを見渡してみると、そこには数多の灯篭によって灯された、長い長い階段が立ちはだかっていた。

 

数える気さえ起こらない、階段の羅列。

それに真っ直ぐではなく、ぐちゃぐちゃな道のり。

しかし到達する位置は間違いなく、上にはあった。

 

 

何故全盲の彼が階段の正体を認識しているのか。

 

 

風───ほのかに揺れる風が、縦に、横に、小刻みに移動している。

 

そんなあまりに些細な、聞くにも値しない音色。

サクラには聞こえ、サクラには判っていた。

 

地に足をつけ、立ち上がると、無意識のままその階段を登っていた。

 

きっと先程のは夢なのだろう。

そしてこれは、悪い夢の途中なのだろう。

きっとこの階段を登りきれば、オモチャも自転車も、食べ物も、ママいる。

 

そう信じてやまず、そう考えてやまず、歩んだ。

 

「………」

 

「…………………」

 

「……………………………………ママ」

 

夢じゃない。そんなことは分かっていた。

 

きっと"彼女"に連れ去られてしまったんだと、そして此処は彼女によって私も連れ去られてしまったんだろうと。

 

顔を歪め、泣き顔を作るも、その瞳から涙は流れなかった。

 

もう生前に、彼の涙は乾ききってしまったようだ。

 

 

「…………………ふむ」

 

 

一度、階段を登りながら、考えてみる。

自分は今何なのか、此処は何処なのか。

 

泣き虫サクラ、生前の姿形、頭脳で思考する。

 

 

「…………」

 

 

結果的には、何も分からなかった。

見えない目を補う為、身体のことは知り尽くしている。

 

解剖学、医学、心理学………学び尽くしていた。

 

そんな彼にも分からない、そんな彼にも辿り着けない超常現象的な、何か。

ただ一つ、仮説的なものは浮かび上がった。

 

 

輪廻転生

 

 

人は死に至り、新しい生命に生まれ変わると云う考え。

その輪廻は永遠のように繰り返され、終わることは無い。

 

ある意味残酷で、ある意味救済的な言い伝え。

 

しかし同じ生命に生まれ変わることはない。

同じ肉体、同じ魂、同じ記憶。

それらを引き継いでの転生など有り得ないことは、サクラも十分に認識していた。

 

そしてママとの夢は、サクラ自身にも解読不可能なものだった。

 

いずれにしろ彼は確実に死んでいる。

そして生きて、この謎の地に立っている。

 

ここまで不可解なことは未経験。

ただ最終的な考察は、あのモンスターによって連れ去られたという、誰にでも考えつくような憶測だけだった。

 

「何故、私は生きている………何故、此処にいる………」

 

ブツブツと一人呟き、階段を登る。

あと何段登れば頂上に辿り着くのか、ふと見上げてみると、意外にもすぐそこだった。

 

 

 

そして何かが見えた。

 

 

 

ふわり、ふわり、漂う白い煙。

 

それはこちらに落ちてくるかと思いきや、登り切った先の頂上に立ち尽くす、人型の何かに向かって落下した。

 

 

人型の何かは、恐らくは、冷たい視線で見下ろしていた。

 

 

「此処は冥界………亡霊達の住まうところ………」

 

「妖怪よ。即刻、現界へ引き返すが良い」

 

 

彼女は果てしなく白く、白く、透き通るかのような存在感だった。

 

全盲の彼にとって、彼女の姿はあまりにも見えずらかった。

 

 

「此処は、何処だろう。キミは、何処だろう」

 

「………その下らない質問に答えねばならないのか」

 

「そう……教えてほしい」

 

「気持ち悪い………下着も履かず、汚らわしい………冥土の土産に教えてやろう」

 

 

「此処は幻想郷、そして冥界。私の名前は魂魄妖夢」

 

「こんぱく、ようむ…………───それはそれは、素敵な名だね」

 

 

不気味に笑みを浮かべ、眼鏡をつまむ。

そして自らの名を名乗る、此処、幻想郷で。

 

 

 

「サクラ。人呼んで泣き虫サクラ」

 

 

 

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