泣き虫サクラが幻想入り   作:夢中さん

2 / 8
Vol.2

 

 

 

 

 

「サクラ。人呼んで泣き虫サクラ」

 

「泣き虫………サクラ?」

 

魂魄妖夢と名乗る少女は、目を丸くさせるや否や、ぷっと吹き出し笑う。

 

対してサクラもまた、にこにこと笑みを浮かべていた。

 

「何が泣き虫だ。それにサクラだと?"ふざけた名"の妖怪だ」

 

「………」

 

 

にこにこにこ………にこにこ………にこ………に………

 

簡単なキッカケだった。

名前をバカにされたという、人生で一度や二度ありそうな出来事。

 

彼に悪口を放つ者など一人もいなかった。

故に馬鹿にされたことなど一度もなかった。

 

途端に笑みが消えた───

 

「妖怪風情が名を侮辱されて怒るのか。やはり、知性も理性も欠片もない、妖怪だな」

 

「………人間」

 

「なに?」

 

「私は人間ですよ。ミス ヨウム」

 

また笑顔を浮かべ始め、そう主張するサクラ。

気にするところはそこかと疑問に思うも、人間であるという言葉に疑心した。

 

「貴様のような人間がいるものか」

 

「何を言うのかね。頭、腕、脚、鼻、口、生殖器、全てが揃っている。人間の雄、そのものですよ」

 

「人に似た妖怪、とでも言えばいいのか」

 

「ふむ………君は少し喋り過ぎるね」

 

ドスンッ───階段を登り、近付いてゆく。

妖夢は少し驚いたような顔を作るも、決してその場から動かず待ち受ける。

 

間もなくして彼は階段を登りきる。

魂魄妖夢の遥か頭上にて、サクラは笑うが、妖夢の表情には常時、冷静沈着な澄んだ瞳を忍ばせていた。

 

「やはりそう…………貴様のような男はいつも、その無駄に発達した体躯を信じてやまず、不用意に間合いに踏み込んでしまう」

 

「クスクス…………まだ振るっていないじゃないですか。そのソードを」

 

「はぁ………お先にどうぞ」

 

ため息をつくと、そう言いながら剣を握る。

先手は譲ってやろう、しかしその直後、確実に斬る。

彼女の瞳にはその意志が、信念が宿り燃えていた。

 

サクラはこりこりと頭を掻き、彼女の耳元に手を近付ける。

親指と中指を、丁寧にくっつけながら…………

 

 

 

ベチィィィィィッッ

 

 

 

指パッチン、別名フィンガースナップ。

親指の付け根に勢いよく中指を打ち付けることで、薬指と小指の間に溜まっていた空気が一気に放出。

関節の音が鳴っているんじゃ、と勘違いしがちだが、事実は異なり、実際はただの拍手とほぼ同じ原理なのである。

 

空気を弾いて音を出す、それを拍手よりもコンパクトに行使しているというだけだ。

 

それを魂魄妖夢の耳元で行う。それ自体は大したことではない。

だが重大なのは、それを行う者がサクラであるということだ。

 

「ッヅア…………?!!」

 

チカチカチカと脳が弾ける感覚。

それはまさに地獄だった。

鼓膜を激しく揺らし、今にも突き破るかの如く、音の嵐が暴れ廻る。

 

サクラのフィンガースナップは嘗て、プロレスリング全域の観客の耳を塞がせた代物。

最早一種の兵器にまで成りおおせたその音の爆発を、無慈悲にも耳元で炸裂させた。

 

「ワァ~~~オ。未だ正気を保っていますね」

 

「勇敢な剣士です。しかし愚か者だ」

 

「…………おや、聞こえていませんか?少し待ちましょう」

 

「~~~~~~~~~~~~~~~ッッ」

 

無意識だった───溢れ出る涙、掠れた声、右耳を両手で塞ぐ愚行。

震える両脚、唇…………身体の異常を隠すため、愚かにも耐える。

 

油断したでは済まされない先手は、妖夢を空前の状態異常へ陥らせた。

 

「グッ………ッ………き、さまッッ!!!」

 

荒々しい、それでいて強烈な一閃。

剣を腰で抜き、腰で振るう。

結果編み出される斬撃は、形容するならそれは───宮本武蔵、そのものだった。

 

 

 

プシィッッ

 

 

サクラの正中線にかけて、なぞるように噴き出す血しぶき。

浅手とはいえ、サクラの表情を確かに驚かせた。

 

ピキッ、という音が聞こえた。

かけていた眼鏡が一刀両断され、地に落ちたのだ。

 

「ぬぅう…………おのれ………覚悟しろッ!ようか…………」

 

「い…………な……………………な、なん………!」

 

妖夢は目にしてしまった。いや、目にすることができなかった。

眼鏡によって隠されていた男の目、そこに在るはずの眼。

 

真っ暗な穴だったのだ。

奥に何も見えない、深淵のような穴。

 

つーーーっと、妖夢の頬を汗が流れる。

 

今の今まで、何も見えていなかったというのか、暗闇の中、階段を容易に登り、あまつさえ私の斬撃を浅手まで避けたというのか。

信じ難い現実、許し難い己の怠慢。

 

現実と想像が幾度となく頭の中を駆け巡り、軈ては彼女は剣を、慎重にそして素早く。

鞘へと戻していった。

 

 

「私の負けだ」

 

 

ぷるぷると拳を握り締め、そう告白する。

顔にも不満が現れながら、彼女は自然と敗北を宣言していた。

しかしサクラは、はて、と首を傾げる。

 

「負け、とは」

 

「………頭が冷えた…………いえ、冷えました」

 

「その身のこなし。その対応に、私の今までの所作言動を振り返り、比べました」

 

「愚か者でした。私の方が遥かに」

 

「補足すると、今のは勝負ではない」

 

「君が一方的に遊びたがった、そして私は付き合った。それだけのことです」

 

落ちた眼鏡を拾い上げ、微笑みながらこう言った。

 

 

「勝負とは、無事に済むものではありませんよ。ミス ヨウム」

 

「!…………肝に銘じましょう」

 

 

ふぅ、と軽く息を吐く妖夢は、ひとまず己の失態を洗い流さねばと口を開く。

 

「話も聞かず、無礼を働いたこと、お詫び申し上げます」

 

「どうか手当てのほどを…………」

 

寧ろこれくらいのことしか出来ない為、断られてしまえば、彼女はただの悪名な門番に成り果ててしまうだろう。

本当の自分を隠し、強い自分を演じてしまった。

 

すると、サクラはくつくつと肩を揺らした。

 

「それは素晴らしい。しかし二つ、お伝えします」

 

「私は人間です」

 

「………信じましょう」

 

「そして二つ…………君は私の名を侮辱した」

 

「!」

 

刹那、得体の知れない寒気が妖夢の全身を襲う。

その大きな要因となったのは、穏やかであった表情が今、無へと変わったからだ。

真っ暗な目で、確かに彼女を睨みつけていたからだ。

 

「くッ」

 

剣を握る、その時だった。

 

 

「しかし───遅すぎたッッ」

 

 

袈裟に斬り込まれん、妖夢の刀身。

───ハズだった、刃。

 

加速前に握られる刃は、妖夢の顔へ押し付けられ、共に目玉のないサクラの邪悪な笑みが現れた。

 

 

「そう、遅すぎたのです。貴方は」

 

「ひ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………こ、こは……………」

 

気が付くと、そこは階段を登った先にある地面であった。

上体を起こし見回すと、あの男が何かを見つめながら呆然と立ち尽くしていた。

 

自分が一体何をされたのか、何が起きたのか、思い出せなかった。

しかし不思議なことに痛みはどこにもない、ただ気を失っていただけのようだ。

くんっ、と立ち上がり、あの男の元へ向かう。

 

「ヨウム」

 

「!………はい」

 

気配を消していたのに気付かれた。

盲目の人間はそれ以外の五感が鋭くなると聞いたことはあったが、このレベルは聞いたことがないと妖夢は唾を飲み下す。

 

「此処は桜が咲いているのだね」

 

「は、はい」

 

「なんて綺麗なんだろう…………これは、前世では拝めなかった………」

 

「そう、でしたか」

 

「…………あの、巨大な生命は?どうやら枯れてしまっているようですね」

 

サクラが指さすのは、周囲の木々とは比べ物にならないほどの、巨大な樹木であった。

何か強大な、強い気配が秘められているような気がした。

 

妖夢もその樹木に視線をやり、答える。

 

「あれは西行妖です」

 

「サイギョウ、アヤカシ」

 

「はい、私も詳しくは知りませんが、多くの人間の精気を吸った妖怪桜です。今は封印され、春になっても花が咲くことはありません」

 

「昔、あの西行妖に春を集め、花を咲かせようと目論みましたが、失敗に終わりました」

 

「それは残念ですね。恐らくは、私が見る最上級の美しさと言えましょうに」

 

「……先程から、貴方の理解の範疇には及ばない会話をしていると思うのですが」

 

「理解はしていませんよ。ただし、知りはしました」

 

「はぁ………変な人間ですね」

 

溜息をつくと、何故か嬉しそうに笑みを浮かべるサクラ。

悪い人ではなさそうだが、やはり正直、気色悪くはあった妖夢は、その姿に苦笑していた。

 

「取り敢えず、手当てするのでこちらへ」

 

「お気遣い感謝します。ヨウム」

 

灯篭と桜の木々が連なる長い一本道を、二人は歩き続ける。

サクラはその景色に恍惚としていた。

 

自分の顔に落ちる桜の花びらが、こんなにも愛おしいとは。

子供のように掌に花びらを集め、笑みを浮かべるサクラの姿はまさに子供で、先導していた妖夢は違和感を感じながらも、少し口角を上げていた。

 

「着きましたよ。此処は白玉楼。私の主が住まう屋敷です。と言っても、見えないので分かりませんか」

 

「ほぅ、慕う主がいるのですか。屋敷に関しては、確かに曖昧です」

 

「えぇ、多分、勝手に上がらせて大丈夫だと思うので、どうぞ」

 

「……君は優しいですね」

 

「!……手当てしたら、すぐ顕界へ戻しますからね。貴方が何故此処にいるのかも、後でお聞きしますから」

 

さっさと屋敷の中に入る彼女の顔は、少し赤らんで見えた。

指示通りついて行き、門を潜り、縁側を歩く。

 

サクラは彼女の背後を、もとい背中を見つめていた。

 

先程のちょっとした触れ合い、それは彼女の力量を図るのには十分過ぎた。

彼女は所謂、達人と呼ばれる域に達していよう。

 

剣さばきも、肉体も、どれも素晴らしい逸材。

しかし何とも、その心の甘さが露呈しているようにサクラは見えた。

 

ガラッと襖を開くと、そこは広間。

座布団を敷き、サクラを座らせると、此処で待っていて下さいと伝え、また何処かへ去って行った。

 

「…………歩みも良い、空気も良い、彼女はエクセレントだ」

 

「良い哭き声が出せそうな予感がする」

 

「………」

 

「……………私は一日に凡そ人間の20倍ものカロリーを摂取しなければなりません。でなければ肉体が弱り果ててしまう」

 

「貴方は私の何百倍なのでしょうね」

 

己の背後に忽然と立ち尽くす、何か。

何か、と云う表現はこれから幾度となく使用することになる。

それはサクラですらもが、未だ"見つけれない"相手だからだ。

 

それは、桜のような女性だった。

 

この冥界と呼ばれる世界を、全てこの人型の存在に集約したかのような、そんな存在感。

 

全てを飲み込み、喰らい尽くすかのような、暴食感。

なのにあまりに色気のない、透き通るかのような透明感。

 

サクラがその存在に気がついたのは、足音などの情報からでは無い。

恐らくは素人ですら見抜けるような、その空間の違和感だけだった。

 

 

「…………あらぁ、お客さんかしら?」

 

「恐いね」

 

「えぇ~?」

 

その女性らしき声は、何やら妖艶な笑みを浮かべているようだった。

そして彼もまた、初めての経験、出逢いに胸を踊らせていた。

 

「何も分からない。貴方の姿が」

 

「それは見ていないからではなくて?」

 

「見ているよ。最早直視さえしている。だが分からないのです」

 

「どんな肉体で、どんな顔で、どんな髪で、どんな姿か、何一つ分からないのですよ」

 

「貴方、生きていますか?」

 

徐ろに、サクラは振り返り、その女性の声の方へ体を向ける。

その女性は何やら鼻歌でも歌うような、優しい笑い声を発している。

 

何と恐い、何と恐ろしいことかと、サクラは畏怖していた。

 

最早、その顔から笑みが消えてしまっていた。

そう、眼前の女性はまるで、否、亡霊そのものだったのだ。

 

 

「あれ、幽々子様。此処にいたんですか」

 

 

襖から現れた妖夢は治療具を手に部屋へと入った。

そして妖夢は目にする、汗ひたたる、男の姿を。

 

「ヨウム。彼女が君の主かな」

 

「え、あ、はい。見ての通り楽観的な……あぁすみません、見えないんですもんね」

 

申し訳なさそうに笑いながら、妖夢は正座に腰を下ろす。

ガタガタと震え始めてしまっているサクラの方をちらりと見て、妖夢は何処か優越感にでも浸るような顔を作る。

 

「妖夢。このお方は?」

 

「先程、冥界に迷い込んだようで……侵入者と勘繰った私が少し暴挙に……」

 

「あぁ、だからこんなに血だらけなのね。あと、貴方服は?色々見え隠れしてしまってるけれど。クスクス」

 

「あ……えぇ、はい、何故か着ていないようです」

 

「ふふ、そうなの。あと、そう怖気なくていいのよ。何もする気はないから」

 

 

何もする気はない?

 

 

とんでもないッッ

 

 

サクラは心から怯えきっていた。

姿も見えない、何一つ情報が読み取れない。

 

姿分からぬ者など、生涯誰一人存在しなかったのだ。

その初体験、そしてこの、全身を覆う果てのない寒気。

 

己など、ものの一瞬で死に至らせてしまうと確信出来るようなこの雰囲気。

 

人間ではない。サクラは今、断言させた。

 

 

「………素晴らしい……うぅ………アリガトウ………」

 

「?……サクラ………さん?どうしたんですか?」

 

 

そして同時に、果てしなく嬉しかった。

自分を哭かす者など、生涯誰一人居ないだろうと考え、いや確信さえしていた。

 

たとえいたとしても、それはきっと長い闘いの果て、最高の幕締めの後に訪れるものだと思っていた。

 

ところがどうだろう、それがどうだろう。

 

 

赤子のように、簡単に捻り潰してくれよう、相手が存在していた。

 

サクラは嬉しがった、何とも嬉しがった。

だから姿が見たく、妖夢に問いかけた。

 

「ヨウム。彼女の名前は………」

 

「へ?あ、西行寺幽々子、様です。その、亡霊です」

 

「そう、西行寺幽々子。亡霊よ」

 

「サイギョウジ、ユユコ………うん、イイ名前です」

 

「ユユコ。貴方の体を、触らせてくれませんか?」

 

「ブッ」

 

妖夢は思わず吹き出し、何を言ってるんだこの人はと焦りを顕にさせる。

 

しかしその一方で西行寺幽々子と名乗る女性は、彼の存在しない瞳を見た時に既に理解していた。

 

私の姿が見たい、本当にただそれだけなのね、と。

 

 

「えぇ、いいわよ~」

 

「ゆ、幽々子様っ!!……くっ、やはりこの男、私が斬り伏せ」

 

 

さわっ───既に彼の手は幽々子の腕に触れていた。

あーーーッ!!と驚愕する、と思いきや、妖夢は彼が触れた途端、安心してしまった。

 

その触れ方、指先の指紋のみで、まるで空気越しになぞるかのように触れる姿は、痴漢などでは到底無いこと。

 

彼の瞳は存在せず、幽々子の姿を知りたがること。

その一瞬で理解してしまい、押し黙ってしまった。

 

「あぁ………すごい………ユユコ………触れる度に、君の体が割り出されてゆく」

 

「腕………なるほど………脚………なるほど………」

 

「腹部……うん、背筋………うん、うん………首、顔………髪……………嗚呼」

 

「ユユコ、次で貴方の姿が完璧に分かります」

 

「眼を………触らせてくれるかね」

 

「どうぞ~」

 

くんっと顔を近づける幽々子に、サクラは子供のように笑い、親指で彼女の目玉に触れる。

入念に、痛めぬよう、優しく、それでいて強く。

 

数十秒、触り続け、ようやく指を目玉から離す。

サクラは深く、深く溜息をつき、小さく笑みを作る。

 

「ユユコ。君は何と美しいのでしょう」

 

「あら、お世辞かしらぁ」

 

「いいえ。貴方は私が想う二番目に美しい女性です。いえ、外見だけでいえば、貴方は史上最も美しい女性と言えましょう」

 

「三番目はヨウムですね」

 

「え、あ、そうですか?………て、一番じゃないんですか。幽々子様は」

 

「えぇ、一番は私のママです」

「ママ………あ、へー、確かに……一番ですね、お母さんは」

 

苦笑いを余儀なくされる妖夢ではあるが、サクラは満足そうに口にする。

 

「母親に勝る女性は存在しません」

 

「!……その通りですね。って、忘れてた!手当てしますから、動かないでくださいね。畳に血がついちゃう………」

 

颯爽と治療に取り掛かろうとする妖夢を見もせず、サクラは幽々子を真っ直ぐに見つめていた。

 

今は全てが分かる、彼女の姿形が。

より恐ろしさが増し、より美しさが増し、より透明感が増した。

 

 

なんということだろう、私の生涯が触れもしない。

 

 

遠い世界の住人に、サクラは絶望にも似た感情を初めて抱いた。

 

「えー、と、貴方のお名前は?」

 

「サクラ。泣き虫サクラ」

 

「クライベイビー………それはあだ名か何か?」

 

「いえ、最早私の名です。名字と思ってくれれば結構」

 

「なるほどねぇ。分かったわ、サクラちゃん」

 

ふふふ、と優しく微笑む姿はまるで母親のそれだった。

なんという温もり、包容感、彼女は根っからの母親気質である。

 

ゆったりとした声色、ゆったりとした姿、サクラの目からはある意味心地よくさえあった。

 

「ユユコ」

 

「ん?」

 

「私は、生きた人間なのでしょうか」

 

「あら───貴方、半人半霊なのね」

 

「はっ!!?」

 

治療中の妖夢が飛び上がる。

 

「何を驚いているの?まさか気付いていなかったの?」

 

「え、いや、なら半霊は何処に……」

 

「別に半霊は必ず具現化する訳じゃないわよ。サクラちゃんの体の中に、ちゃんと半霊の部分が潜んでる」

「え、じゃ、じゃあ………サクラさんと私は、同種……?」

 

「そういうことになるわね~。どういう経緯かは分からないけど~」

 

妖夢は見上げ、その呆けた顔を見つめる。

 

この筋肉妖怪モドキが、私と同種………?

少し考えたくなかった為、半霊を一度抱きしめた。

 

 

「それが半霊、かね?」

 

「あ、はい…………一応私なので、変なことしないでくださいね」

 

「ふむ……ユユコ。私は人間だったハズですが、半人半霊とは?」

 

「う~ん、貴方の場合はちょっと特殊かもしれないわね」

 

「妖夢は先天性のものだけど……貴方は後天性ね」

 

「一度死に至り、何か強い想いが貴方を所謂、幽霊として形作り、中途半端なところで、何の因果か幻想郷に迷い込んじゃったみたいね」

 

「地縛霊のような、精霊のような、悪霊のような………なんだか不安定」

 

「でも大部分が人間だから、あんまり気にする必要ないと思うわよ」

 

「ほっほっ、何と愉快な。幻想的ですね」

 

あまりにファンタジー過ぎる理論に、サクラは笑うしかないといった模様。

しかし信じるしかあるまい、なぜなら彼は既に死んでしまっているのだから。

 

「はぁ~………何だか可笑しな出逢いをしてしまいました」

 

包帯を巻き終え、溜息をつく。

凄く面倒なことになりそうな予感がすると、この巨人を横目に思うが、考えてみれば同種と出会うのは初めてだった。

 

あまり邪険にするのは良くないかと、一度真剣に、彼と付き合って見ることにした。

 

「えぇっと、色々サクラさんも聞きたいことありますよね。えっと………サクラさんは何処からいらしたんですか?」

 

「………ママの所」

 

「ママのところ………って?」

 

「長い……話すと、長いですよ。ヨウム」

 

妖夢は視線を上や斜め下やらに泳がせ、軈て首を縦に振った。

彼を知るには、彼から聞くのが一番早い。

 

そして彼は話し出す、彼の生い立ち、その全てを。

 

 

「あれは………私が五歳程の頃…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅっ……………うぅ~~~…………!!」

 

「おや、泣いていますね。ヨウム」

 

「うぅ、うるさいですよ!ただ………うぅ……!」

 

彼の語彙力は、詩人並だった。

彼の生きてきた頃の経験は、まるで絵にして漫画として掲載するように二人に伝えられた。

 

妖夢は決して堅くない、そして素は誰よりも心優しい。

 

彼の生きてきた思い出を、欠片残さず知り得た妖夢は、期せずして涙が零れ落ちていた。

 

「ママと会うには、私が行くしかなかった」

 

「命を落としても………逢いたかったんですね……っ」

 

「……羨ましいな。君は」

 

「えっ………?」

 

「泣けることは、素晴らしい。私には涙腺が無いからね」

 

「あ、あれ、でも、泣けたんですよね………?」

 

「そうです。あの日だけは、泣けたのです。科学的には証明出来ないとしても、私は泣いたのです」

 

「三日三晩、十日十晩、泣き続けた」

 

「排泄することは何事も気持ちいい………汗も、排尿も、射精も、哭くことも………最高に気持ちがいい」

 

「君はそれを常日頃経験出来ている。素晴らしいことです」

 

「…………はい、サクラさん」

 

妖夢はようやく、スッキリとした勇ましい笑みを魅せた。

その笑顔にサクラは目を丸くさせる。

 

今の状態ならば、きっと私は哭ける。

 

サクラは確信した。

やはりこの少女もまた恐ろしく強いと。

 

「壮絶な人生を歩んできたようだけど……その夢の話が気になるわね」

 

「大きな目玉のモンスター……うーん、心当たりしかないわね~」

 

「知っているのですか?ユユコ」

 

「えぇ、でも貴方、それを知ってどうするの?」

 

「殺したい」

 

「へっ?」

 

妖夢はピクっと肩を揺らし、困惑させる。

妖夢自身、そのモンスターには心覚えがあった。

そしてそれが一体どんな存在なのかも。

 

 

「やめておきなさい。殺されちゃうわよ~?」

 

 

いつもの調子でそう言う幽々子、サクラもまた変わらぬ調子で口を開く。

 

「何を持ってそのような?」

 

「う~ん、もしかしたら違うかもしれないけれど、八割がたはそうだと思うから、教えておくわね」

 

「何も出来ずに死ぬわ。望むべくは、彼女に気に入られること、ただそれだけ」

 

「それは出来ません」

 

「どうして?」

 

「私はねユユコ。聞いた通り、勝ちたいと思った事がなかった。寧ろ哭くこと、即ち敗北を望んでいた」

 

「───今は無い」

 

濃厚な、殺気。

どろりとした、ぬめりとした、色黒い殺気。

 

笑みが消えてそれが露呈してしまった。

 

妖夢と幽々子は彼にしか持たない独特な殺気に、震えを成した。

 

「最早逆です。哭きたくない。彼女には、泣きたくないのです」

 

「勝つのではない、殺すのです」

 

「それも乱暴に、荒々しく、欲望のままに」

 

「………………それは、夢物語ねぇ」

 

薄く笑みを広げ、尚も否定する。

それほどまでの怪物ということ、この巨漢を前にして尚、到底届き得ないと断言する水準。

 

恐らくは幽々子並みか、或いはそれ以上か。

 

「ではもし、その彼女に重大な理由があったとしたら?」

 

「全てが元通りになるのなら考慮します。全てがね」

 

「そう…………少なくとも、私は気に入ったわ、貴方のこと」

 

「だから色々、手伝ってあげるわ。協力するかは別として、ね」

 

「それはそれは、頼もしい」

 

西行寺幽々子のバック、なんと強力な武器なことか。

気まぐれなことは多いが、それほどサクラを魅力的に思えたのだろう。

 

「一つ、お二人にお願いします」

 

「何かしら?」

 

「私を顕界とやらに連れて行ってはくれませんか?見聞を広めたい」

 

「それくらいなら造作もないけど、今日は此処に留まりなさい」

 

「そんな恰好してたら、すぐ博麗の巫女に退治されちゃうわ」

 

「ミコ、ハクレイ………」

 

そういえば、ずっと裸だったことを忘れていた。

露出狂の趣味はないため、それもそうだと首を縦に振ったサクラであった。

 

 

 

「(夢の世界…………ねぇ………)」

 

 

 

話の節々に感じる違和感を感じながらも、幽々子はサクラにそそられていた。

 

こんな人間そうはいない、否、彼たった一人だけだろう。

 

是非欲しい、そして是非見たい、彼が何を"しでかすか"を。

 

 

 

 

 

 

 

 

それより、合う服あったかしら、と彼女は困りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。