泣き虫サクラが幻想入り   作:夢中さん

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Vol.3

 

 

 

 

 

 

「き、着れますか?一応一番大きいものなんですけど………」

 

部屋に案内し、特に大きい着物を渡したものの、胸と腰のあたりがみちみちと悲鳴を上げている。

 

身長二mをゆうに超え、体重も百越えのサクラにとっては、一般人のサイズではやはり心もとなかったようだ。

 

「私の衣服はオーダーメイドでしたからね。仕方ありません」

 

「そうですか……でもここには着物しか………あっ、作務衣ならもしかしたら……」

 

「よし、物は試しです!では」

 

駆け足で襖の奥へ飛び出す妖夢を、サクラは子供でも見るかのような笑みでいた。

 

あの鬼気迫る雰囲気が、いつの間にか子猫へと変貌していた。

 

「あの子、きっと嬉しいのねぇ。こんな形とはいえ、同種がいたことに」

 

「おや、ユユコ」

 

縁側からの襖から、幽々子はそう言いながら現れる。

同じ空間に位置してなければ、やはり彼女の存在は気付くことは出来なかった。

 

「私も幸運でした。ヨウム、そしてユユコ。この二名に出逢えたことが何よりの幸運です」

 

「嬉しいこと言うのね。けど、明日には顕界へ行くのでしょう?」

 

「えぇ、私は別段この場所に長居したい訳ではありません」

 

「そうね。でも、顕界は危険がいっぱいよ~」

 

「ハハ、そうですか」

 

「一応、目指しておいた方が良いところを教えるわね」

 

「要らない。与えるだけの愛は要りません」

 

「!………余計なお世話だったかしら」

 

「………こうしましょう。目指すべき場所ではなく"絶対に行ってはならない場所"を教えてください」

 

「そして、私は貴方の望みを何でも叶えます」

 

「これで愛は成り立ちます」

 

「………あくまで公平に。一方的なのはイヤ……紳士なのねぇ」

 

サクラは意図を読み取ってくれた幽々子にニコニコと微笑む。

やはり彼女は彼と相性が良かった。

 

死を望む者と、死を与えられる者。

雰囲気、目的、全ての相性が合致していた。

 

 

「で……絶対に行ってはならない場所は………そうねぇ……」

 

「…………月は………うーん………博麗神社ね」

 

「ハクレイ、またですか」

 

「いい?巫女には呉々も気をつけて。場合によっては、最も最悪な"封印"という目に遭うことになるわ」

 

「死ぬことも、生きることも許されない。塩漬けにされる」

 

「貴方にとって最も避けたい事態であることは確かでしょう?」

 

幽々子の声色がゆるやかなものから、真剣味を帯びたものへ変化したことから、その言葉の真面目さが伺える。

 

巫女には気をつけろ。

 

この言葉をサクラは神経にまで刻み込んだ。

 

 

「しかし、意思疎通が出来ない訳ではあるまいね?」

「勿論、ある程度話だって聞くでしょうが、彼女にとって貴方は、紛れもない"妖怪"か"悪霊"そのものなの」

 

「あの巫女に余計な感情は無いと思いなさい。彼女の物差しで、貴方の命運が決まるから」

 

「私にとって最悪の相性ということですか」

 

 

幽々子の瞳はいつになく真剣なものなのに対し、サクラは変わらず口角を吊り上げている。

 

そこでサクラは、一つの質問を投げかけてみる。

それは単なる興味と策士からだった。

 

 

 

「私が巫女を封印することが出来る可能性は?」

 

「ッ!?………ぷっ、あっはっはっはっ!!」

 

 

涙を浮かばせ、扇子で熱くなる顔を扇ぐ。

 

暫く一人で笑い、暫くした後にその笑いは治まった。

 

本当に、なんて面白い人間なのと。

こんな人間、絶対に失ってなるものかと。

 

西行寺幽々子の膨れ上がる妖力は、空気へと伝う。

殺意、殺気、死力、あらゆる彼女の真髄が黒い闇となって体を覆う。

 

殺意そのものを具現化した存在を前に、サクラは今一度、恐怖していた。

 

「あら、ごめんなさいねぇ。つい………うん、そうね、そう出来たら良いわね」

 

「可能性はぁ………うん、15%くらいかしら~」

 

「君は10%も無いです」

 

「クスクス……で、何でも願いを叶えてくれるって約束だけど」

 

「……あまり無茶はしないでね」

 

「───お待たせしました!あっ、幽々子様!」

 

怪しげに微笑む幽々子の背後から、妖夢がピシャンと襖を開けた。

途端に普通の笑みに戻し、立ち上がる。

 

「じゃあ、お願いね妖夢。ご飯、待ってるわ」

 

「あ、はい~…………はぁ、確かサクラさんも良く食べられるんですよね」

 

そのまま何処かへ去ってゆく幽々子を見送り、部屋は妖夢と二人きりとなる。

その問いの通り、彼は嘗てハチミツのガムシロップを何杯も摂取するという狂気沙汰なまでのカロリー摂取を行っていた。

 

普通の食事では、一体幾ら食せば良いのだろうか。

 

 

「はい、しかし不思議なことに、体が生前よりカロリーを求めていないようです。何故だろう、ヨウム」

 

「あぁ、多分それも半人半霊の影響だと思います。幽霊にご飯は必要無いので。でも半分人間なので、不必要という訳ではないですよ」

 

「便利なものですね」

 

「あはは。あっ、作務衣持ってきたので、どうぞ!」

 

かなり大きめな作務衣を手渡される。

手触りでその感触を馴染ませ、情報を読み取ってゆく。

 

 

「あ、その………自分で着れますか?」

 

「えぇ、問題ないですよ。ヨウム」

 

「あ、なら、出てますね!」

 

 

逃げるように襖の奥へ行く妖夢に、サクラは小さく首を傾げた。

 

既に私の全裸を目にしているのに、何を恥ずかしがる必要が?

 

それなりに論理思考なサクラの頭脳では、彼女の行動原理を理解出来なかったようだ。

 

 

バサッッ

 

 

そして作務衣を容易く身に纏う。

ベースの白色に桜吹雪の舞う絵柄。

これが彼の幻想郷での、ノーマルウェアーである。

 

「やや女性物ですが、ステキな柄です。サイズも良い。ヨウム!このキモノはグレートです!」

 

「あっ、ホントです?入りますね~…………わっ!やっばりサクラさんに桜は合いますね!」

 

手を合わせ、着せ替え人形でも遊ぶかのように喜ぶ妖夢に、サクラもまた明るく笑う。

 

「ヨウム。先刻の威容がまるで嘘のようですね」

 

「あ、あれは侵入者だと私が勘違いしてたからで……」

 

「アレは止めておいた良いですね。今の状態の方が呼吸も足付きも素晴らしい」

 

「そ、そうなんですか。分かりました、気をつけます」

 

みょん、と眉間に皺を寄せ、正座に座る。

 

見えていないのに、この人は見えている人の見えないところまで見えている。

 

最早憧憬にまで値する、ある種の観察力?に驚嘆させていた。

 

 

「あの、サクラさん」

 

「はい」

 

「明日に顕界へ向かわれるとのことですが、案内のほどは」

 

「ふむ………哭きたく、死にたく、殺したく」

 

「そして、楽しみたく、もある」

 

 

きょとん、とする妖夢を前に、立ち上がり襖を開く。

 

サクラが桜を眺める姿をただ見つめ、話を聞いた。

 

 

「私はね、前世ではそこそこ有名でしたよ。チャンプとして、ボスとして、それなりに頂きを眺めてきた」

 

「故に拝んだことがなかったのです。本当に私より強い者に」

 

「先程お話した、マコトタツミ。彼は前世で見てきた誰よりもファンタスティックでした」

 

「しかし、最中に終わらせることは出来たのです」

 

「幕締めに悩んでいた私の思惑を察し、タツミは激闘の果て私に勝利した」

 

「折れた腕で裸締め。君に出来るかな?」

 

 

ゴクッ、と唾を飲み込む妖夢は、背後で密かに首を横に振った。

正気の沙汰ではない、勝利への執念が桁違い過ぎるのだ。

 

 

「そう、彼には私に勝つ素質があった。しかし、単純な戦力で私に勝ったかと問われればそうではない」

 

「これを負け犬の遠吠えと捉えるかはヨウム次第ですが、私は出逢ったことが無かった。そう、此処に来るまではね」

 

「………だからもっと見てみたい、と」

 

 

にこっ、と振り返りながら微笑むサクラは、そっと西行妖に視線を向ける。

 

妖夢も視線を移し、サクラの想いを耳にする。

 

 

「あのモンスターには強い怨念と、感謝の念を抱いています」

 

「此処を去り、またママの元に帰れたのなら、その怨念はきっと綺麗になくなるでしょう」

 

「そして残るのは、感謝の気持ちだけです」

 

 

「……そうですか………なんだか、サクラさんって優しい人なんですね」

 

「優しい……?」

 

「はい。あんなに犯人に対して怒っていらしたのに、結果は誰も不幸にならないことを望んでる」

 

 

目を丸くさせ、妖夢を見ると、彼女もまた優しい笑みで彼を見つめていた。

 

私が優しい───残忍で、凶悪で、最悪と言われた私が優しい。

 

初めて言われたが故に、その言葉の反響は大きく、サクラは数秒混乱していた。

 

 

 

「今まで他人の気持ちなど、考えたことがなかった」

 

「ただ一人……ママの気持ちだけを………あっ」

 

 

 

人の気持ちを考えること。

ママだけではない。

ママと、タツミもそうだ。

タツミも、ウォーケンだってそうだ。

 

彼が"友達"と認識していた者の気持ちは、考えたことがある。

 

しかしその数があまりに儚く、そしてサクラ自身が認識していなかった。

 

自分が優しいと言われて、初めて気付く。

 

彼は自分にも心があり、ただ無闇に惨殺を行い、そして不幸を願うような"極悪人"ではないということを。

 

 

「お母さんを笑わせる為に、子供の頃のサクラさんは沢山強さを見せ続けた」

 

「それは間違いなく、優しさですよ」

 

「お母さんが亡くなって、少し忘れてただけなんですよ」

 

 

泣き虫サクラは優しい。

そんな言葉、彼の耳にも聞こえたことがなかった。

 

どうして?───残忍な姿しか見せてこなかったからだ。

 

願いを果たし、ママに出逢い、子供の頃の気持ちが蘇ったのだ。

彼は極悪人などではない。

 

 

泣き虫サクラは優しい。

 

 

 

「……………しかし、私は哭く為ならば、いつでも残酷になれます。それは空想に過ぎません」

 

「そうですかね?サクラさんは優しい人だと思いますよ。事実、私には優しいじゃないですか?」

 

「………………………もし君が真剣勝負を望めば、私は決して情けなどかけません。絶対に。心などない」

 

「真剣勝負ですもん。お願いするとしたら、ほんのお手合わせ程度です」

 

「……………賛同はしません。君が私を優しいというのなら、そう思っておけばいい。必ず後悔します」

 

「ふふ、素直じゃないですね」

 

 

ムスッ、と口をへの字にさせるサクラ。

そんな姿に少し可愛げを感じたのは妖夢ただ一人。

 

縁側に腰かけ、二人は他愛もない会話をしていた。

 

何の食べ物が好きなのか、何が得意なのか、何が秘密なのか。

そうして時間を過ごしていると、お腹を空かせた幽々子がそろそろと近寄った。

 

早くご飯が食べたいわ。そうとだけ悲しげな顔で言い続ける彼女の姿は、母性とは反対な子供のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッドモーニング、ヨウム」

 

「あ、おはようございます。サクラさん」

 

朝、とはいえ、常に冥界は空が真っ暗なので、朝か夜かはあまり分からない。

 

ただ漠然とした朝感を頼りに、サクラを眠りから覚めさせた。

 

庭を箒ではらっていた妖夢に朝の挨拶をし、また笑みを浮かべ続けた。

 

 

「多忙でしたのに、良く早く起きれましたね」

 

「多忙だったのは貴方達のせいですっ。何回おかわりしたら気が済むんですか……」

 

「ハハハ、暫く何も食べていなかったもので。懐かしさすら感じるほどにね」

 

「はいはい、でしたら、早く準備しておいてくださいね」

 

「今日は顕界に行くんですから」

 

 

サクラは笑みを濃くさせる。

実に楽しみ、実に興味深い、実に胸躍る。

 

 

彼の思い描く幻想郷とは、魑魅魍魎に神々達!!!

 

 

「とは言っても、準備するものがありません」

 

「………それもそうですね。では、私も準備しますね」

 

 

 

清い笑みを見せると、妖夢は箒をしまい、屋敷の中へと入ってゆく。

その姿を見送り、彼は縁側に腰を下ろす。

 

何一つ変わらぬ景色なのに、朝の感覚がする。

前が見えなくとも、そこに何があるか、彼には分かる。

 

 

「………………………隙間………?」

 

 

ポツン、とそこには何も無かった。

真っ暗な空間に、そこには無があった。

 

気配が、無い。

 

意識が、無い。

 

空間が、無い。

 

 

視線の奥、いや、門の前にある、その隙間。

何も見えない中、何も見えない部分がある。

 

これは何なんだ?初めて見る物体だ。

 

見つめていると、意識がぼんやりと、まるで眠りにでもつくかのよう、安らかに───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえる、聴こえる、きこえる。

 

鳥の声が、風の音が、葉の音が。

 

心地よい空間で寝転がり、サクラは空を見つめていた。

 

何が起こったのか検討がつかないが、一つだけ分かるのは、今耳にしている情報だけで、此処が冥界とは異なる地であること。

 

 

此処が所謂、顕界である可能性が高いということ。

 

 

むくりと上体を起こし、辺りを見渡す。

葉の音が目立つ、此処はどうやら"森"らしい。

 

土───風───葉───花───岩───川───

 

どれも素晴らしい自然の数多である。

鳥の音も心地が良い。

 

そんな中、サクラはただ耳に手を添えた。

 

 

 

 

 

オオォォォォォォォッッ

 

 

 

 

幻想郷にて、泣き虫サクラは音を聞く。

その聴覚、常人の数百倍にも勝る。

 

 

コッ───チッ───サァ───ザザッ───ひたっ

 

 

「見つけたーーーーーーーーッッ!!!」

 

 

ドカッ、ズカッ、地面を力強く踏み鳴らし歩み始める。

木々を避け、岩を乗り越え、森を突き進む。

 

そしてその桜の木々に囲まれた、小さな空間には───

 

 

「だ、誰?」

 

 

長い金髪に、赤いラインの入った白いワンピース、揃いのとんがり帽。

 

彼女の名前は"リリーホワイト"。

春が来たことを伝える程度の能力を持つ。

 

何の因果かその時、彼女は今、桜でも春でもない。

 

 

「ナイストゥーミーチュー。ミス スプリング」

 

 

サクラを呼びかけてしまった…………。

 

 

 

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