泣き虫サクラが幻想入り   作:夢中さん

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Vol.4

 

 

 

 

 

 

 

リリーホワイト、種族は妖精、又の名を春告精。

 

彼女の日々はいつもが、春を告げること一色に染められる。

春ですよと、分かりきっていることを態々告げ続けるのだ。

 

それは彼女の概念が"春"であるからだ。

 

妖精とはその概念が擬人化し、自意識を持った存在。

だから完全に春という概念が消失しない限り、彼女と云う妖精は決して死に至ることがないのだ。

 

つまるところ彼女は春の子と言っていい。

 

春が生み出した奇跡、春を最も愛す存在…………

 

 

「は、はるですよー…………」

 

 

さて、サクラは愛せるのか。

震えた声でそう春を告げるリリーホワイトだが、目上の怪物はニコニコと、平然と言葉を発した。

 

「貴方の名前はハルですか?」

 

「あっ、ち、ちがいますっ………リリー、ホワイトですー……」

 

 

両手をバタバタと振り、本当の名を名乗る。

それを聞くと、男は小さく頷いた。

 

「リリーホワイト。何ともユーモアなネーミングです」

 

「あ、ありがとうございますー………妖怪さん?」

 

「妖怪ではありません。人間です。そして名はサクラ。泣き虫サクラです」

 

「!───サクラ!サクラさん!とっても素敵なお名前です~!」

 

何ともゆったりとした、ほんわかとした雰囲気の声色と、太陽のような笑顔でそう言うリリーに、サクラは思わずニカッと笑う。

 

「本当ですか?ミス リリーホワイト」

 

「リリーでいいですー!桜は私もとっても大好きなんですー!なので、サクラさんともとっても仲良く出来そうなのです~!」

 

「それは願ってもない。私も君の雰囲気にはとても親近感を覚えます」

 

眼鏡をつまみ、じっと顔を近付けリリーを見つめる。

互いにニコニコと笑みを浮かべていると、サクラはそっと手を差し伸べた。

 

それをキョトンとして見つめると、ハッとさせその思惑を理解する。

 

なんの躊躇も無く、彼女はその手を握った。

 

 

「曰く、私はガイライニンらしく。よろしければご案内を」

 

「はい!もちろんです~~!」

 

 

温かい、愛らしさのようなものを胸に抱いた。

 

それは彼にとり、初めての体験だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇリリー、此処は何という名称なのかな?」

 

「此処は魔法の森です~!妖怪や妖精が沢山いるところです~!」

 

二人は手を繋いだまま、森の中を閑歩していた。

その姿はまるで父子………祖父と孫娘である。

 

「魔法の森………妖精………妖怪…………フフ、愉快な」

 

「ところで君は妖精、かね」

 

「はい~!春告精です~!」

 

彼女の背中から生える、大きな羽。

透明な、色彩豊かな、何処までも飛び立てそうな立派な羽。

 

羽による風の変化、空気の淀み、それらの情報が彼女の背後に、その巨大な羽の存在を認識させた。

 

 

「う~ん、そうですかそうですか。君は何とも愛らしいですね」

 

「んふっ、いひっ、くすぐったいです~~~!」

 

 

その頭を優しく撫でてみると、彼女は嬉しそうに反応した。

そんな様子に彼は口を開け、喜んでいると、ふとそんな自分の表情の変化に疑問を抱いた。

 

私は今、何をしているのだろう、と。

 

 

「リリー、これがもしかしたら、優しさなのでしょうか?」

 

「?……サクラさんは会ってからずっと優しい人ですー!」

 

「!!!…………そう、ですか。そうですか………リリー」

 

「はい?」

 

「…………君はもしかしたら………いえ……何でもありません」

 

「?………はい!」

 

 

咄嗟に口を閉ざすと、その淫らな考えを消し去り、また前を見た。

リリーは首を傾げ、見上げながらサクラの顔を見ていた。

リリーから見えるその顔は、どうしてか哀しげなものだった。

 

 

「………リリーはここで何をしていたのかね」

 

「あ、私は春を告げに来ましたー!」

 

「………それだけ?」

 

「はい!それだけですー!それが私の役目です~!」

 

「う~~~ん、君は純粋で良い子です。つい尽くしたくなります」

 

「えへへー、ありがとうございます~!」

 

サクラのその言葉は、冗談ではなかった。

母親は生前、彼に何も与えず、子でありながら彼は母親に与え続けたのだ。

 

強さを、与え続けたのだ。

 

故に直接何かを貰ったりなど、生きていた頃は皆無に等しかった。

 

そして夢の世界で、貰えなかったものが全てを与えられ、想う。

 

 

もしも私に子が出来たら、沢山愛してあげよう、と。

そして私も沢山、愛を頂こう、と。

 

 

「決めました。リリー、私と"お友達"になりませんか?」

 

「!……と、友達」

 

「えぇ、不満ですか?」

 

 

ぶんぶんと首を横に振り、きらきらとした瞳で見つめた。

 

 

「友達!私っ、こんな性格なので、友達が少ないんですー!」

 

「是非サクラさんと友達になりたいのですーー!!」

 

「それでは決まりです。今から、リリーホワイトは私のお友達です」

 

「やったのです~~!!大ちゃん達以外の友達が出来たのです~~!」

 

 

淡白とした雰囲気でそう言ったサクラだが、彼自身、初めて緊張していた。

 

今まで友達になろうなど、言ったことがなかった。

 

つまりこれは、自ら望んだ正式な友達。

恐らくは泣き虫サクラの、初めての友達───。

 

 

「クス………嬉しいものですね。友達が出来るということは」

 

「ママに会って尚、与えてくれなかったモノです」

 

「ふんふんふーん♪…………あっ!見えてきたのです~!」

 

 

リリーが指をさした先には、カマクラのような氷の家があった。

ひんやりとした冷気に、そこらの空気一帯が変化したのが肌身に感じる。

 

流石は幻想郷、建造物までも奇天烈不思議。

 

 

「あそこに私の友達が住んでるのですー!」

 

「ふむ、しかし中に誰もいないようです」

 

「へ?………あれ、ホントですー。何処に行ったんでしょう……?」

 

 

氷の扉を開き、中を覗くと、そこにはガランとした内装が広がっていた。

サクラもまた部屋の中を覗くと、意外にも質素で、氷のベッドや椅子やタンスやテーブルや、何処にでもありそうな家具達が全て氷になっていた。

 

ほぉ~~~ッ、と口を開けると、リリーはクスクスと笑った。

 

 

「サクラさんは外来人ですから、珍しいかもしれないですね~!」

 

「えぇ。ところで、君の友達はとても氷が好きなのですね」

 

「はい~!氷も好きなのですが、何よりあの子は───」

 

 

さわっ───短い毛髪が、浮き立つ。

冷気が、闘気が、彼の背後にて膨れ上がる。

 

瞬時に踵を返すと、そこにいたのは、"氷の結晶"だった。

 

 

「やいやいやい!!そこのでっかいの!!勝手にあたいの家を覗くんじゃないわよっ!!」

 

「よ、ようかい………??」

 

 

氷の結晶!!!───の背後で、ひっそりとくっつく緑の髪色の少女。

 

そんな二人がサクラの前にいでたち、対峙した。

 

 

「て、あれ?リリーじゃん。何してんの こんなとこで」

 

「二人とも違うのですよー!サクラさんは人間ですし、私の友達なのですよーー!」

 

「と、友達?リリーちゃんと………この人が?」

 

緑髪の少女が体を出し、首を傾げる。

対する氷の結晶は、水色の髪色と勇ましい気迫を感じられる。

 

しかしどちらも、所詮は可愛らしい子供の顔だった。

 

 

「グッドイブニング。マイネームイズ クライベイビー・サクラ」

 

 

ボウアンドスクレープを披露し、右手を差し伸べる。

紳士に、何の気狂いなく、サクラは挨拶をしたのだ。

 

するとその氷の結晶は、疑問符を何個も浮かばせ、腕を組む。

 

「まよねーずくらいたい?ぐっどいぶ…………?」

 

「え、英語だよ"チルノ"ちゃん。前一緒に勉強したやつだよぉ……!」

 

「あー……えーびーしーでー……のやつか!」

 

「合ってるけど………え、えっとね、この人は自己紹介してるんだよ、きっと。ですよね!名前は……サクラさん?」

 

代わりにその少女が問うと、サクラはふふふと不敵に笑う。

この子は中々育ちが良さそうだと、顔付きから何となく悟った。

 

「えー、と………マイネームイズ "大妖精"………ハーネームイズ "チルノ"………!」

 

「………Nice to meet you, Daiyousei and Cirno. If you can speak English, I'd like to speak to you in English too, what do you think?」

 

「え、へ?あ…………い、イエース……!!」

 

「………ふっ、くっ、くっくっくっ………!」

 

肩をくつくつと揺らし、小さく笑い始めるサクラ。

大妖精と名乗る少女はそんな笑う彼を前に、カーッと顔を赤くさせた。

 

「いえ、すみません。つい意地悪をしてしまいました」

 

「あ、日本語………あのっ、さっきのは何ておっしゃられたんですか?」

 

「ん?……"こんにちは大妖精とチルノ。英語が喋れるのなら私も英語で話したいのですが、如何かな?"とね」

 

「なるほど……べ、勉強になりますっ!」

 

「ふふ、勤勉な子だ。そして、チルノだったね」

 

頭からしゅーっ、と湯気を出し、先程の英語の羅列に混乱してしまった様子のチルノ。

 

「ナニヲイッテルカゼンゼンワカンナイゾーーー………」

 

「ち、チルノちゃん!しっかりして!この人の名前はサクラさん!日本語も喋れるから大丈夫だよ!」

 

「んへー?………なんだ、そうなの?」

 

一歩、前へ踏み出るチルノ。

その一歩先には、サクラの屈強な肉体が佇んでいた。

 

「やいサクラとやら!さいきょーのあたいにひれ伏すがいいーー!!」

 

「勇敢ですね チルノ。しかし───君では哭けない」

 

 

哭けない、その言葉の意味を解する知能はチルノには無かったが『君では』という語句に対しては意味を持たせていた。

 

そして自動変換された言葉は、君では勝てない、だった。

 

 

「───震え上がるがいい!!パーフェクトフリーズッッ」

 

 

 

キンッッ

 

 

 

凍る、確かに凍った。

しかしその対象はあろうことか、大妖精であった。

 

「───もーっ!チルノちゃんのバカ~~~!!!」

 

「あれー?おかしいなぁ…………」

 

何とか氷が溶けるも、当然怒る大妖精。

 

気にせず手をグーパーとさせるチルノであるが、目前のサクラは今の現象に興味が尽きなかったようだ。

 

「チルノ!!今のは君の力かッ!!」

 

「え?そ、そう!!あたいに逆らったらこうなるってことよっ!!」

 

「ワンダフォーー!!君は氷を操れるのだねッ!!アハハッ!!」

 

「ふ、ふふん!!あたいにしか出来ないんだぞ!!」

 

人差し指で鼻の下を擦り、自慢げにするチルノだが、リリーと大妖精はその異様な光景に動揺していた。

 

氷の能力を大絶賛する大男と、それに自慢げにするチルノ。

 

兎にも角にも、不穏な空気は消え去った。

 

 

「チルノ!君のような力を持つ子が他にもいるのかね!!」

 

「え?あー、うん。でもあたいが一番さいきょーよ!!」

 

「確かに最強ですっ!使い手によりますが」

 

「そっ、そんなに褒めたって何も出ないわよっ!!」

 

 

褒めているのかは定かでは無いが、彼は間違いなく憧れていた。

 

変幻自在、己の意のままに氷を操るそのさまは、サクラの子供心を激しく揺さぶった。

 

 

「そ、そこまで言うなら、弟子にしてやってもいいわ!」

 

「………Certainly sir」

 

 

胸に手を当て、跪く。

あの泣き虫サクラが忠誠を示している。

 

あの泣き虫サクラと知らずとも、大妖精とリリーは驚愕を余儀なくされていた。

 

理由は無論、その忠誠を誓った相手は誰であろう、チルノであったからだ。

 

 

弟子を取るのは初めてだったチルノの顔には、きらきらと満面の笑みが広がっていた。

 

そしてサクラの表情には、不敵な笑みが小さく拡がっていた。

 

「何言ってるか分かんないけど、おっけーってことだよね!」

 

「イエス、"マスターチルノ"」

 

「ますたー………マスター!!いひひっ、よーっし!それじゃあ今日からお前はあたいの弟子だ!サクラ!!ついてこいっ!!」

 

「うふふっ、了解しました」

 

完全服従、屈服した男の姿に、リリー達は呆然としていた。

そして心の中で叫ぶ、電流、走る。

 

 

 

ち、チルノに弟子入り~~~~~~ッッ!!?

 

 

 

「ま、まま待ってください!なんか、えっと、い、色々変ですよ、今…………」

 

「何が変なのかね?リリー」

 

「だ、だって………良いんですか?そんな簡単に……」

 

「そ、そうですよ。幾ら人間だからって、チルノちゃんに弟子入りなんて………」

 

 

そう言う大妖精に、リリーは何度も頷いた。

 

確かにそこらの妖精と比べれば強力ではあるし、人間にだって弾幕勝負となれば相手にすらなりはしない。

 

しかしチルノが師匠の器かどうかは、誰しもが知るところ。

そんな器では、到底ない───。

 

 

「そうでしょうか?」

 

「「へ?」」

 

「勇気がある。優しさもある。強さもある───」

 

「よりどりみどりです。私には無いもの、それら以外にも彼女は持っています」

 

「学びたいと感じた。それで十分です」

 

「分かってるじゃんサクラー!」

 

 

ポカン、とさせた後、二人は口角を吊り上げ頷いた。

 

 

「確かにチルノちゃんはとっても良い子です~!お弟子さんになるのも良いかもしれないですー!」

 

「ま、まぁ、それでチルノちゃんが嬉しいなら………」

 

「ご理解ありがとう」

 

「はい………あ、あのー、そういえば、サクラさんって一体……?」

 

名前は聞いたものの、彼の身の内のことは何一つ知らされていない大妖精とチルノ。

 

上機嫌でいたチルノもはっとさせ、サクラを見上げた。

 

「おや、名前だけでは事足りませんでしたか」

 

「えと、どうしてリリーちゃんと一緒なんですか?あと、人間が此処にいたら危ないですよ?弾幕も使えないのに……」

 

「私は外来人でして、気付けば此処にいました」

 

「外来人!?じゃ、じゃあ早く"霊夢さん"のところに行かなきゃ!」

 

「レ、イ、ム」

 

カタコトでその名を呟く。

焦りを露にさせる大妖精の代わりに、リリーが穏やかに説明した。

 

「博麗神社という所にいる巫女さんです~。外来人の方は、その人のところで元の世界に戻してもらうんですよ~」

 

「ワァ~~~ォ。しかし焦ることはありません。私は暫しこの地に留まります」

 

「へ?」

 

「此処に興味が湧いたのです。少々道草を食ってから向かうのも悪くは無いでしょう?」

 

ズイ、と三人に強大な顔面を近付ける。

 

ギョッとさせる少女三人だが、泣き虫サクラの師匠、チルノは嬉しそうに同意した。

 

「折角あたいの弟子になったんだもん!すぐ帰っちゃったらつまんないわよ!」

 

「それもそうですし、私もサクラさんのこともっと知りたいのです~!」

 

「えー、ほんとに大丈夫かなぁ………」

 

やや怪訝そうにしている大妖精を目にすると、こうしましょう、と人差し指を突き出した。

 

「私が英語を教えてあげます」

 

「え?」

 

「此処で扱うとは思えませんが、勉強にはよろしいでしょう」

 

「………じゃ、じゃあ………」

 

照れ照れと、小さく笑みを作り頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、ですか」

 

「そうです!サクラさんくらい頭の良い人が、人里っていうところにいるんです」

 

チルノの家の中へと入り、談笑もそこそこに暫くすると、大妖精がそんなことを言った。

 

それは先生と呼ばれる人物の説明であった。

 

話を聞く限り、知的そうな人物であるが、正直なところ大した興味は無かった。

 

「その先生が私に何の関係が?」

 

「あ、その、良かったらそこで英語を教えてもらえないかな………って」

 

「つまり、私も先生になれと」

 

「ま、まぁ………暫く此処にいるつもりなら、きっと人里は安全で長居できますよ!」

 

「寝床であれば何処でも構いません。それに本音を伝えると、その人里とやらに興味があまりありません。異郷の地にて、同種との邂逅は萎えそうです」

 

「???…………そう、ですか…………」

 

 

大妖精は理解も不十分に、変なもやもやが消えずのままそう呟く。

可哀想だとは思わなかった。

サクラは優しくても、お人好しではなかったからだ。

 

例えるなら、子供を可愛いとは思っても、育てたいとは思わない、そんな所だ。

 

 

「暇だから人里行くぞッ!サクラっ!!」

 

「イエス。ユア・マジェスティ」

 

「ほんと何なんですか、この人………」

 

「サクラさんは単純なのです~」

 

 

暇だから人里に行く───氷を操る彼女が暇潰しに至る場所。

 

是非見てみたい、もしかしたら、とてつもない出逢いの連続がそこであるやもしれない。

 

 

 

桜の作務衣をなびかせて、いざ人里へ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、"妖怪退治"が終わってから馬鹿みたいに平和になりましたね」

 

「ん~、相当数蹴散らしたんだ。もうアイツらが人里襲うことはねぇだろうよ」

 

 

そこは分厚い木の外壁によって形作られた、集落。

外壁には松明が備えられ、辺りを照らしている。

そして入口には二人の男が刃を潜ませ佇んでいた。

 

一人は二十代後半と言った若さの男であり、それなりの長身と鍛え上げられた筋肉、そして一目を集めるその美貌は、その集落の女性陣を恍惚とさせる。

 

しかし女癖は悪く、その上自信過剰である。

 

二人目は60前半の白髪の男、元切り裂き魔である。

ある事情から改心し、こうして門番に励んでいるが、そのざんばらな髪と、相手を見透かすかのような細い瞳は、彼の性悪さを証明していた。

 

「あんときはつっかれたなぁ…………」

 

「そりゃ殆どの妖怪を己龍さん、アンタがやっちゃたからでしょう」

 

「お前も良くやってたよ。これなら、あの領域も遠くねぇかもな」

 

「あの領域?」

 

「あぁ、いるだろ、色々……」

 

「……………いやぁ、たまんないっすね。己龍さん」

 

へらへらと笑いながら、それが有象無象とは全く異なる者たちの存在であると悟る。

首を横に振ると、小さなため息が自然と漏れた。

 

「剣術、或いは武術………こと格闘技ってんなら、勝てますよ、俺らなら」

 

「バカ………それ『同士』の話だろうが。格闘技やってくれねぇから次元が違うんだ」

 

「へへ、その通り…………で、己龍さん」

 

「あん?」

 

「あれ、どうします?」

 

己龍は愛弟子の視線を追うように視界を動かすと、そこに見えたのは───

 

 

 

ドクンッッッッッ

 

 

 

呼吸が自然と揺れ震え、それは全身へと行き渡る。

明らかに普通ではない彼を、男は気付かぬままでいた。

 

 

「妖怪っすかね?けどいやに豪勢な服着てるなぁ…………」

 

「どうします?とりあえず退治しましょっか」

 

「バカッッッ」

 

「えっ?」

 

 

斬ってきた───そう、斬りも斬ったり。

故に感じ取れてしまったことがある。

 

眼前から歩むそれは、そこらの妖怪とは訳が違うって。

 

 

「いいか…………ゆっくりだ、ゆっくり、下がるんだ」

 

「は?何言ってんすか?俺ら門番でしょうが」

 

「良いからッ、黙って言うこと聞け青二才ッ」

 

「…………嫌だね」

 

「あッッ」

 

 

一歩踏み込めば、大きな肉壁が広がって───目線を少し上げれば、漆黒の眼鏡がキラリと光り輝いた。

互いに目線を合わせたまま動かずにいるが、片や嬉しそうにニコニコと笑みを広げていた。

 

その間、門の奥の観衆たちが二人の様子に気が付き始め、門番 対 妖怪 にざわついた。

 

 

「あれっ、大輝さんじゃない?前に妖怪が侵入した時に闘ってたっ」

 

「今日門番だったんだ~。やっぱり背も大きくてかっこいい~!」

 

「でも大輝くんの前にいるの……………妖怪?」

 

「うわぁ………なんかでかい…………でも一匹なら大輝さんで十分よね」

 

「うん、せっかくだし見てこーよ」

 

「いやよ、変なのついたらどうするの?」

 

「大丈夫だよ。大輝さんの剣術は綺麗で有名だから」

 

 

彼を自慢げに語る女性は、首を傾げる友人に説明する。

 

 

「急所突きが得意らしくてね、どんな妖怪でも一撃で倒しちゃうの。前の妖怪退治の時、私見てたんだけど、なんか惚れ惚れしちゃったっていうか」

 

「ふ~ん、じゃあちょっと見ていこうかな、あんまりこういう機会もないし…………」

 

「ね───『妖怪退治』楽しみ~~」

 

 

人間が妖怪を見る目は、まさにそのまま、妖怪に対する目。

 

瞳の無い彼にも、その瞳を差し向けられていることがひしひしと伝わってきた。

 

妖怪退治ともくされ、今や退治目前かとされた、人里へとやってきた泣き虫サクラ。

この状況を前に、どう行動を起こすのか。

 

 

人間とは個体差が顕著ですHumans have significant individual differences

 

「なに?」

 

 

妖怪から発された言語に、瞬時に英語であると判断出来なかったのか、大輝は呆然とさせる。

 

サクラは門の奥にいる人間達を眺めながら言い続ける。

 

 

「The true value of a person is not in their brains or physical strength. It is their heart that defines them.」

 

「That power is terrifying. At times, it can be a great force that can bridge a huge gap in military strength.」

 

 

 

 

「You have nothing」

 

 

 

 

「うおっ!!?」

 

 

邪悪な笑みで、眼鏡をつまみ、漸く瞳をちらりと見せた。

 

そこからは何も見えなかった、何も見えず、大輝は一歩後ろへ下がったのだ。

 

何も見えぬことは恐ろしく、未知なるモノの前に怖気ていた。

 

 

───と思えば、その魔の手はゆらりと下から潜り込んだ。

 

 

「これはこれはすみません。怖がらせてしまったかね」

 

「~~~~~~~~ッ」

 

ポンっ、と肩に手を置きそう伝えた、だけなのにも関わらず、彼はその掌から重厚な意思を感じ取った。

 

早くそこを退きなさい、と。

 

 

「動くな。動いたら速攻切り落とす」

 

 

いつの間にか、サクラの首筋にはキラリと刃が光っていた。

そこまで間合いに入り込むことが出来たのは、彼の得意技が気配を消すことにこそあった。

 

彼が切り裂き魔だった頃、斬り殺されたことに気が付いた者は誰一人としていなかった。

 

「いけない」

 

「なに?」

 

「それではいけない───脅迫だけではッッ」

 

 

自ら、刀に首を近付ける。

つーっと赤い液体が流れるも、サクラは何故か鬼のような形相で己龍に訴えかけた。

 

 

「さぁッ、今ですッッ、私を徐々に、ゆっくりと痛めつけるのですッッ」

 

「痛みだけでは無いッッ。言葉ですッッッ。さぁ吐きなさい私に対しッッ」

 

 

 

「絶望的なまでの罵りッッ、嘲笑いなさいッッッ」

 

 

 

門の奥の人間達は、口を抑え、ただ唖然と。

 

門番の二人はその言葉を前に、何も出来ず、ただ立ち尽くしているだけだった。

 

 

「……………行使する意志が無いのであれば、刃を止めてはいけない」

 

「今の貴方がたに、この刀を持つ資格はありませんねぇ」

 

 

ガチャッ───無意識に刀を落とした二人は、当然のように門の奥へ入ろうとするサクラを見つめていた。

 

動かない両脚に苛立つこともなく、ただ小刻みに吐く吐息を耳に、立ち止まってしまっていた。

 

 

「───待て」

 

「ん?」

 

 

 

彼の前に立ちはだかったのは、意外なほどに小さな女性であった。

 

特徴的な帽子に、青色の長い髪、生真面目そうな顔つき。

 

お世辞にも絶世の美女とはいえないが、憧れの"教師"にも似た雰囲気を醸し出している、その女性。

 

そのタイプに立ちはだかれたことは、生涯一つもなく。

これから浴びせられる言葉を前に、笑みがはち切れんばかりに広がった。

 

 

「このまま中へ入れると思っているのか?門の前に戻るんだ」

 

「何と勇敢な女性だ。お名前は?」

 

「………意思疎通が出来るんだな」

 

腕を組み、此処は絶対に通さぬという強い意志を、サクラに真正面から告げた。

 

 

「慧音。私は上白沢慧音という」

 

 

 

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