泣き虫サクラが幻想入り   作:夢中さん

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vol.5

 

 

 

 

 

 

「ケイネ…………良い名前です」

 

「それはどうもありがとう。さっ、門の前に戻るんだ」

 

彼は常時、笑みを浮かべるばかりで、決してその場から動こうとはしない。

慧音の眉間に皺が寄り始め、彼の前へと歩んでゆく。

 

すると、手首をぐっと掴み、サクラを引き連れた。

 

「!………私のウェイトを軽々と………君も人ではありませんね」

 

「貴様も人とは到底思えんが……………よし、出たな」

 

門の前へと移動し、二人は向かい合う。

大の男どころではない巨漢と、いたって見た目は平凡な女性。

 

勝負にもなりはしない、そもそものウェイト差が比較にならない。

二倍程度の体重差ならば、技が絶つ。

 

しかし三倍以上となれば、技が絶たれる。

 

二人の体重差は三倍、どころではない。

しかしその常識を覆してくれるのが幻想郷、そうだろう。

 

そうでなくては、そうであろう、そうこなくては。

 

サクラは期待で胸がいっぱいなまま、手を、差し伸べた。

何のつもりだと当然首を傾げる慧音であるが、眼前の笑顔は想像以上に純粋無垢なものだった。

 

この笑みは、子供たちのそれと酷似していた。

 

仕方ない。

そんな程度の気持ちで、慧音はその手を握り返したのだった───

 

 

 

ミリッッッ

 

 

 

握手かと思えば、それは異なる、手四つと呼ばれるものだった。

熊の取っ組み合いのよう、互いに指を絡め合い、握り合う。

 

力の、握力という名の力の試し合いである。

 

すぐにでもへし曲がってしまいそうな白い腕が、完成された超肉体の一部である両腕と張り合っている。

 

───束の間、すぐに異変は訪れる。

 

「(……………強いな)」

 

慧音の表情がやや険しくなり、汗も一粒流れゆく。

少しばかり想像以上の握力、というより腕力に驚いていた。

 

そして決して離さぬ手と、歪み続けるその笑みに、慧音は顔を苦いものへとさせ───頭突く。

 

 

「!」

 

 

カペッ───という生々しい音が鳴り響く。

それはまるで岩石、否、黒曜石にも比肩し得る代物。

 

そして鼻の奥深くに、痛みの束が一斉に爆発する。

 

この世界に来て初めて、痛いと思い、顔を歪めさせた。

手も無意識に緩まり、彼女との遊戯が終わりを告げる。

 

 

「すまない。思っていたより強くてな」

 

「いいえ。素晴らしい判断力です」

 

 

鼻を塞ぎ、勢い良く鼻血を噴き出す。

体勢を崩しながらも、何とか直立を保ち、サクラは何やら満足そうにしていた。

 

「満足か?」

 

「はい、君はとてもパワフルな女性です。それに聡明です。彼女らが憧憬するのも頷ける」

 

「彼女ら?………はっ、なんだ。知り合いだったのか、お前たち」

 

サクラの後ろから妖精三人が歩いてくる姿に、慧音は強ばっていた顔や体をふと緩めさせた。

 

チルノ達はサクラに、数分此処で待っているようにと、草むらの中で言いつけられていた。

 

理由は勿論聞いたが、その答えは"ご挨拶を少し"のみだった。

 

 

「サクラー?お前何してたんだー??」

 

「はい、ケイネに少しご挨拶を」

 

「慧音先生おはようございます!」

 

「おはようなのですー」

 

「あぁ、おはよう、三人とも。で、このサクラさん?とはどういう関係だ?」

 

 

腕を組み問いかけると、大妖精が真っ先に口を開いた。

 

「サクラさんは外来人なんです。たまたま魔法の森で会って仲良くなって………それと、サクラさんはとっても頭が良いんです!」

 

「ほう……頭が良いと」

 

「はい!英語も日本語もペラペラですし、色んなことを沢山知ってるんです!」

 

「………それは良いが、外来人とは驚きだ」

「失礼だが、妖怪だと思ったぞ。それも相当厄介なな。サクラよ」

 

くつくつと肩を揺らし、いつになく笑うサクラ。

 

此処で会話も何だから、と慧音は漸く門の内側へ招き入れた。

 

妖精三人を目にした途端にこの変わりよう、相当信頼されているのだと分かる。

 

にしてもだ───門の内側に入った瞬間に怯え始める人間達の姿と来たら────

 

 

 

「ハッハッハッハッハッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は慧音宅、何の変哲もない唯の家。

 

人ではないとはいえ、女性一人の家に大の男を連れ込むなど、正気の沙汰であろうか。

 

怪訝そうに慧音を見つめるサクラは、そんな何処と無い違和感を感じていた。

 

そわそわ、ではないが、彼は今、落ち着くと言うには心許無い状態だった。

 

「さて…………単刀直入に聞くが、何者だ?」

 

座布団一枚を下に、二人は対面する。

 

慧音からの問いにサクラは正座になりながら答える。

 

「涙を求める哀れな子………そして復讐願う厄い者……でしょうか?クスクス」

 

「抽象的すぎる。もっと簡潔に」

 

「………………アメリカンの外来人ですよ、ケイネ」

 

「どうやってここに?」

 

「ママを連れ去られました。だから私は此処にいる」

 

「ママ?…………ということは、黙って帰る訳にはいかないということか?」

 

「Sure………もっと言うのなら、報復を願います」

 

「長い時を経て繋がった私とママの絆………それを一時でも壊した彼女には報復を受けてもらわなければなりません」

 

慧音は親指を顎に当て、考え込んだ。

 

いずれにしろ、これは少し厄介な事になりそうだと勘繰り始めていた。

 

「目星は付いているのか?彼女、と呼んでいたが」

 

「目玉のみを視認しています。性別はただの勘です」

 

「目玉?………あぁ、そういうことか…………念の為、伝えておくが………死んでしまうやもしれんぞ?」

 

「死んでも追います」

 

 

泣き虫サクラに目をつけられるということ。

 

それがどういうことか、彼の姿形を想像してみるだけで身の毛もよだつのは言うまでもない。

 

何処へ行っても、何処へ隠れても無駄であること。

 

そして捕まれば、死、以上のあらゆる苦しみを味合わせられること。

 

そんなイメージを容易に抱かせる姿をしているサクラを前にし、慧音は余裕綽々といった風情で言い放った。

 

しかし彼は返すのだ、死んでも取り戻すと。

 

歪んだ愛ほど恐いもの、強いものはない。

 

 

「…………取り敢えず、大体は承知したつもりだ。そこでこれからのことを相談したいんだが」

 

「お前はこれから、どうしたい?」

 

「言うまでもなく、旅に出ます。此処で呑気にティータイムを楽しむ訳にはいきません」

 

「なるほど。行く宛はあるのか?………無いだろうな」

 

黙りなサクラに慧音は溜息をつく。

 

余程外で負け無しだったのだろうなと、世間知らずというか、井の中の蛙というか、悪い意味での怖いもの知らずな男に呆れていた。

 

「呆れてますね、ケイネ 」

 

「当たり前だ。お前此処が一体どういう所かまだ知らないだろう」

 

「ノー。既に知っています。最も恐ろしく、愛らしき存在を」

 

「だからもう恐れません。恐れる気がしません」

 

「それが傲慢だと言っている。それが誰かは知らないが、確実に後悔することになるぞ」

 

「だからと言ってはなんだが、お前のお母さんのことについては私の方で探ってみるから、暫くは此処に留ま」

 

ひたっ、と慧音の口を抑える。

 

ポカンとさせると、目の前の男はやけに明るく笑っていた。

 

 

「心優しく、そして無限のような愛を持つ貴方に教えましょう」

 

「ママは一度も愛されることなく死んでいきました」

 

「正直なところ、当然のように、さも真の愛の如く身勝手に振り撒く貴方が憎い」

 

「しかし危機から私を救おうとしているのは分かる」

 

「まずはそうですね。貴方に一つ聞きたい」

 

 

にたぁぁぁ────無邪気なような、邪悪なような、不気味極まりない笑みの彼はこう聞いた。

 

 

「───ここらで脅威を謳っている者は誰ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、みんな揃ったな~。これから授業を始める」

 

 

人里には何やら、人と妖精で構成された小さな学び舎、寺子屋があるとか。

 

足し算引き算、読み書き、行うのはせいぜい小学生程度の範囲だ。

 

無論、設備も予算も乏しい限りだが、曰くその日、初めての"ALT"が来たのだとか。

 

「───前に、今日は最近、外の世界からやってきた外国人の先生を紹介する」

「ミスターサクラ!どうぞ中へ」

 

がやがや………子供達は期待で胸がいっぱいだった。

 

本で読んだことがあったのだ。

外の世界には日本人、アメリカ人、韓国人、中国人、色々な人種が存在すると。

 

そして外国人として最もイメージしやすかったのは、アメリカ人だった。

 

瞳の色は色とりどり、髪は金髪、シュッとした輪郭!!!

 

 

「ハローエブリワン。マイネームイズ"サクラ"………ナイストゥーミッチュー!」

 

 

「「「…………」」」

 

 

 

色んな意味で愕然を余儀なくされていた。

 

え?これ外国人?化け物じゃなくて?

 

そんな混乱が交錯する最中、慧音は気にせず話を続けた。

 

「これからみんなと共に授業を受けるから、みんな積極的に仲良くなるように」

 

「「「は、はーい………」」」

 

胸に残り続ける莫大な不安、子供達はその異様過ぎる姿に脅えてしまっていた。

 

そんな状態で授業へと進む───がしかし。

 

 

 

「み、みすたーさくら!でぃす、わ、わっつどぅー?ぷれい………?」

 

「フフ、8と7は15です。おや、ならば8と8は?」

 

「あっ、16!」

 

「ピンポンっ!コングラッチュレーション、ナツキ」

 

「へ、へへ………せんきゅーみすたーさくら………」

 

 

 

意外と怖くないと知ったのか、そのやり取りをキッカケにあちこちと呼ばれるようになった。

 

サクラはただ無垢に子供達への学習に微笑んでいた。

 

しかし、何故彼が旅に出ず此処に留まり、あまつさえ教師などしているのか。

 

それは新しく出来た大切な友人との、約束だったからだ。

 

「ダイヨウセイは既にかけ算ですか」

 

「あ、はい。慧音先生がもう良いだろうって!」

 

「確かにキミはここで頭一つ抜けてますね」

 

「えへへ、そんなことないですよ~」

 

照れ照れと顔を赤くする大妖精。

 

そして今ようやく、ふと疑問に思ったことがあった。

 

 

「あのー、どうしてずっと眼鏡をかけているんですか?」

 

 

にこにこと、純粋無垢にそう伝えられた。

 

「良かったら、サクラさんの目をちゃんと見てみたいです」

 

「おやおや、では失礼して───」

 

「ミスターサクラ!こっちこっち!」

 

「おっと、お呼ばれしてしまいました。またの機会に」

 

「あ、はい!どうぞ!」

 

眼鏡をつまみ、外そうとした間際に呼ばれてしまい、そちらに向かう。

 

サクラは嬉しんでいた。

 

まともな友達は殆どいなかったが、今はこうして自分を愛してくれる友達が両手では数えられないほどいる。

 

孤独であり続けた彼に、一瞬の安らぎを与えたもうた。

 

 

「───君達に一つ、告白しましょう」

 

 

授業は美術、とは言ってもお絵描きの時間のようなものだ。

 

お題は鳥、皆の思うがままに描きなぐる最中、彼は一人キャンパススタンドに立てかけている白紙に向かって筆を操った。

 

ペタ、ペタ、と筆がなめらかな音を鳴らす。

 

 

「私に視力はありません」

 

「え………?」

 

「君達の姿形は、実際にはこの暗闇の中に隠されたままなのです」

 

「じゃ、じゃあ………今、描いてる絵って………」

 

「わ、私か………?」

 

 

キャンパスの中にあるのは、瞳を閉じているとはいえ、上白沢慧音であることが皆の目から見ても分かった。

 

何故、眼が見えないのに、こんなにも精巧な絵が描けるのか。

 

 

「慧音から得た情報は声、手、額のみです」

 

「しかし私からすればそれは、十分過ぎる程の"光"です」

 

「詳細は省きますが、既に私は彼女の身長、体重、顔面共に脳内で構成出来ています」

 

「え、で、でも、じゃあどうして色が分かるんですか?眼が見えないのに、まるで知ってるみたいに色を使いこなしてますけど………」

 

「ワァ~~~ォ」

 

 

絵の具を一つ手に取り、くんっと鼻から息を吸う。

 

その色は赤、どうして匂いなんて嗅ぐのか、とその瞬間。

 

 

「硫化カドミウム………カドミウムレッド」

 

「酸化コバルトはコバルトブルー」

 

「炭と墨汁の香り………カーボンブラック」

 

「「「……………」」」

 

 

科学塗料の匂いを分析し記憶させ、色の判別を行う匠技は、無駄な説明をするまでもなく皆に直接理解させていた。

 

眼が見えることを全く不利と思わず、他の機能で賄う、それ以上の効果を引き出しているのだ。

 

泣き虫サクラの能力、それは"眼が見えない"ことにこそある。

 

 

「いやはや………驚いたな。色の判別もだが、何より、眼が見えない状態でどうしてここまで私の体を………」

 

「体を?……………はっ!」

 

「ここまでです。これが、今私が検知出来ているケイネの姿です」

 

「「「おぉ~~~………!」」」

 

 

鼻を伸ばす男子生徒と、豊満なその胸を羨ましく思う女子生徒。

 

眼や膝や、所々欠けてはいるものの、肝心の"隠す"べく部分が描かれてしまっていた。

 

それは胸だけで飽き足らず、自然と視線は下へ下へと───。

 

 

「やァーーーーッッ!!?やめろやめろッッ!!見るなお前たちッッ!!」

 

「「「えーーーっ」」」

 

「今から私がこの絵を見たと感じた奴から宿題を10倍にするッッ」

 

「「「えーーーーーッ!!!」」」

 

「えーじゃないっ!!早く後ろを向けバカモノッッ」

 

 

割り込むや否や、恫喝で子供達を離し、その絵をさっさと手に取り背中に隠す。

 

珍しく顔を真っ赤にさせる慧音の姿は、子供達から見ても爽快だった。

 

「はぁ…………お前なァ………っ!」

 

「おや、怒っているのですか?」

 

「おふざけも度が過ぎると頭が飛ぶぞ」

 

「それはそれは、恐ろしい。これからは控えましょう」

 

また深く溜息をつき、一旦廊下へと出る。

 

そして今一度、その絵を前にする。

 

 

「………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、ケイネ、遅かったですね。私の絵は何処へ?」

 

「悪いが捨てた」

 

「辛辣ですね。傑作でしたのに」

 

「…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、慧音?いる?」

 

 

ある者が慧音の家へと慣れた仕草で入り込む。

 

戸を開くが、物音もしない為、この家には居ないと悟る。

 

 

「寺子屋か…………ん?」

 

「タンスの上に何か……………っと」

 

「…………あー、アイツ、絵上手かったんだな………」

 

「あー……………いや、見なかったことにしよう………」

 

 

絶対に見てはいけないものを見た、白髪の少女であった。

 

 

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