泣き虫サクラが幻想入り   作:夢中さん

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Vol.6

 

 

 

 

 

 

 

時は昼食。

 

しかし皆食事を忘れていた。

 

サクラの絵は大好評で子供たちはこぞって自分の絵を描かせようとしていたのだ。

 

勿論、服は着ているものを頼んだ。

 

そして彼は驚きを隠せずにいた。

 

自分に寄り付く人なんて、誰一人いなかったのに………

 

こんな僕に、こんな子達が、嬉しそうに、期待して………

 

───彼はその時決めたのだ。

 

この子たちは、私の宝物。

 

触れ合った時間こそ短いものの、自分に恐れをなさず純粋に触れ合ってくれる存在は唯一無二だった。

 

 

「………おや?ケイネ。彼女はもしや」

 

「ん?あぁ………彼女も、目が見えないんだ」

 

「おやおやまぁまぁ」

 

 

ずいッ、と彼女の元へ歩いてゆく。

 

彼女からはまだ一言も声をかけられていなかった。

 

それは恐らく、彼女は勇敢に見えて、誰よりも臆病な性格だったからだ。

 

 

「な、なにさ………」

 

 

鼻頭に絆創膏を付け、髪はさっぱりとしたショートヘアー。

 

やや吊り目でありながら、可愛らしい顔立ちである。

 

「スポーツが好きそうですね」

 

「え?い、いや、別に………」

 

「放課後、よくベースボールをしているそうですね。ポジションは?」

 

「………か、監督」

 

「でもキミが本当にやりたいのはピッチャーです」

 

「!………なんでそんなこと分かるのさ」

 

腰を下ろし、彼女の右肩を優しく握る。

 

それから腕全体を揉まれ、少し気持ちが良かった。

 

「隠れて腕立てをしてますね」

 

「!……なんで」

 

「良い筋肉の付き方です」

 

「ほ、ほんとっ」

 

「えぇ本当ですよ」

 

微笑みながら、さすりと顔を撫でる。

 

やや驚いたものの、その掌の感触に、警戒心は一気に解けていった。

 

「お名前は?」

 

「い、イナホ」

 

「イナホ、今私はキミの姿を見ています」

 

「キミも私の姿を見なさい」

 

「どうやって………アンタと違って、私は何も分からないんだ」

 

「ここが私の顔です」

 

少女の手を握り、自分の顔に触れさせる。

 

皺が凄く、少しザラついていて、でも分かるのは笑っていること。

 

 

「凄い顔してるんだね。おじいちゃんじゃん」

 

「ふふ、キミは綺麗な顔をしているね」

 

「!…………うるさい」

 

 

不満そうにそう言うも、嬉しさを隠しきれず、右の口角だけが吊り上がってしまっている。

 

嗚呼、何と愛らしい同士な事よ。

 

幻想の地にて、通常の人間では面白味に欠けるとタカをくくっていたが、その考えは覆された。

 

目が見えない故に、自分を最初から恐れなかった唯一の子供。

 

そして今のこのやり取りが、サクラにとって彼女が"宝石"と成っていた。

 

それほど、大事な物に成り上がったということだ。

 

 

「ね、ねぇ」

 

「はい?」

 

「アンタもさ、目が見えないんでしょ?」

 

「えぇ、キミと同じです」

 

「………で、でもさっ、私よりずっと自由じゃん!その、サクラにとっては見えてるも同然なんでしょ?」

 

「………ふむ」

 

「じゃあ……さ、お、教えてよ。私もサクラみたいになれれば、さ」

 

「それは無理でしょうね」

 

 

思わず呆然とさせると、顎をすりすりと指でなぞったサクラは口にする。

 

 

「キミには体を自由に動かす為の耳と神経が無い。そもそもが話をした程度で身に付けられるほど甘いものではありません」

 

「そんなのッ………やってみなきゃ、分かんないじゃん」

 

「いいえ、分かります。数時間で挫折するのが目に見えます」

 

「可能性は0.1パーセントもありません。断言しましょう」

 

「キミに光は訪れません」

 

 

人差し指を突き立て、ニコッとそう告げるや否や、少女はその手を叩き落とし、そっぽを向いた。

 

すると一気に子供たちからの非難の視線が集まってくるのを感じた。

 

「そこまで言うことないじゃん!」

 

「イナホちゃん可哀想だよ!謝ってミスターサクラ!」

 

「そうだよ!謝って!!」

 

性格故に、男子含めて友情深かった彼女には、大勢の味方がついていた。

 

その様子を不安そうに大妖精達はただ見てしまっていた。

 

「謝る…………」

 

サクラには何故謝る必要があるのか分からなかった。

 

嘘を付けば悪いことは分かるが、本当のことを伝えて無駄な時間の浪費を抑えたことの何がいけなかったのか。

 

考えに考え、思考していると、ふと妖夢の顔が浮かび上がった。

 

『それは間違いなく、優しさですよ』

 

子供の戯言程度にしか考えようとしていなかったが、改めるべきかもしれない。

 

普通の人間が想う優しさに、今私が発した言葉は無いと。

 

そして"同士であることを願う"ことでは無いと。

 

本当の優しさとは、極限的に言うなれば、"叶える"こと。

 

この子の望みを叶え、希望になってあげること。

 

 

「………そうか………これが優しさ………想うだけでは心許ないですが、叶える力があれば……」

 

「……イナホ、謝りましょう」

 

「…………」

 

「………ごめんなさい、イナホ」

 

 

正座に直し、その言葉に替えて言うと、イナホはぶっと笑い出し、振り返った。

 

 

「大の大人が情けないね。いいよ、許したげる」

 

「そうですか、良かった」

 

「な、なんかあっさりしてるなぁ………」

 

「えぇ、少しばかり、寂しいのです」

 

「へ?寂しい?」

 

 

そう、サクラは少し寂しかったのだ。

許しを得たことで、与えなくてはならないものがあった。

 

さようなら同士よ、しかしキミが幸せならば、それで良い。

 

サクラが首の後ろに手を置いた、その刹那、少女の首に得体の知れない衝撃が突き刺さる。

 

痛くはないが、吃驚してしまった為、目を閉ざしてしまった。

 

 

「な、なに?…………あ、あれ………眩し………」

 

 

ガタッと皆は立ち上がり、彼女の前に押し寄せる。

 

少女はとてつもない眩しさに目を閉ざしたままだったが、慧音が眼前に座り、顔をこちらに向かせた。

 

「今、眩しいと言ったか?」

 

「え?あ………なんか、目閉じてるのに、真っ白なんだけど………」

 

「…………なぁ、イナホよ」

 

「あ、はい」

 

「…………………目を、開けてみなさい」

 

眩しさを押し込め、ギュッと瞑っていた瞳を、そうっと和らげ開けてみる。

 

また初めて見えた景色があった。

 

否、今まで黒しか色を知らなかった彼女にとり、今見えている初めての景色は幾千にも及んでいた。

 

赤も青も、友達の顔も姿も、今は全部見えている。

 

 

「み…………………ん……な………

 

 

呆然とした表情から、段々と歪んでゆく輪郭。

 

男も泣かせる彼女の勇ましい性格は、涙を許さなかった。

 

そうして強い自分を演じていたが、その演技は光を得たことにより、存在意義を無くしていた───。

 

 

「眼球が残っていたことが幸いでしたね、イナホ」

 

「サク、ラ…………これ、どういうこと…………?」

 

「貴方に光をギフトしました。さて、如何かな?私の知らない景色は」

 

「…………あり………がと………う」

 

「ありが………とぅ…………っっ」

 

 

初めて見える景色に混乱しながらも、少女は自分のすべきことや感情に従った。

 

事も無げに与えられた光は、胸が張り裂けるほどの、少女が一番に欲しかった"プレゼント"だった───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしたんだ?あの時」

子供たちが野球に勤しむ姿を前に、二人はあの事について話していた。

 

首の後ろら辺に指を突き、ものの一瞬で全盲の呪いを解いてしまった妙技、否、絶技。

 

怪訝そうに問うと、日差しに照らされたサクラの顔は答えた。

 

「私しか知りません。人体を知り尽くした私にしかね」

 

「人体を…………知り尽くした?」

 

「視神経を司るツボを刺激した………と言っても、医学界にも公表されていない代物です。私のみぞ知る部位です」

 

「ほぅ………では自分自身にもそのツボとやらを打てば良いのでは?」

 

「それが出来れば既にやっています」

 

「そ、そうか。しかし………何とまぁ、その柄で名医とはな」

 

人体を知り尽くしたとは、無論医学にも精通すると言える。

 

サクラに取り、医療機器さえあれば、治せない病気など無いに等しかった。

 

故に、彼はその完璧な肉体と、完璧な"理"を操る事が出来た。

 

 

「コレで多少は"信頼"されるでしょうか?」

 

「ん?人里の者達にか?なんだ、他人の評価が気になるのか」

 

「私はねケイネ。今まで友達など取るに足らぬ存在だと思っていたよ。しかし彼らに出逢ってその考えは覆されたのです」

 

「人の気持ちを考える。そんな普通の考えを、願いを果たしてから、想えるようになったのです」

 

「私は此処で、或いは"普通"に成れるのやもしれません」

 

「そう、なりたいのか?」

 

「……………少なくとも、狂気よりはマシでしょうね」

 

クスクス、と笑うサクラを横目に、再度目前の子供たちの方へと向いた。

 

宝石たちが色鮮やかに、十人十色に、光り輝いている。

 

 

「良いじゃないか。友達作り。応援するぞ」

 

「…………当初はそんな目的では無かったのですが、それも面白いかもしれませんね」

 

 

目で───球を見て───握って───狙いを定め。

 

補給具へ向かい、真っ直ぐに投げつける。

 

そんな人には当たり前の行為が、少女に満面の笑みを張り付けさせた。

 

 

 

「よっしゃァ~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

 

念願叶ったり、ストライク、バッターアウト───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿を紹介され、今日は此処で一夜を明かす。

 

それなりに綺麗な部屋、旅館でよく見る風景である。

 

窓際の椅子に腰を下ろし、一息つく。

 

ミシミシと悲鳴を上げる椅子だが、何とかサクラの体を支えていた。

 

そして今日、一日の思い出を振り返ってみた。

 

妖精たちとの出逢い、慧音との出逢い、宝物たちの出逢い。

 

今日だけで膨大な出会いを果たしてしまった。

 

これは明日が楽しみだと、絶世の星空と夜月の光を浴びながら、まるで修学旅行前夜のような心待ちで眠りにつこうとしていた。

 

 

「………………………」

 

「…………………誰かが、泣いている」

 

「……………傷付いている。深く、癒えぬ傷です」

 

 

気が付けば、夜の里へと足を運んでいた。

 

睡眠前の良いスパイスになるかと、気軽な気持ちで出歩いたサクラの目の前に、予想だにしない、想像を絶する光景が立ち現れた。

 

 

暗闇の中、それは一人歩きしていたのだ。

 

 

力無く、ふら、ふら、とよろつき、両手に何かを握っている。

 

小さな少女のようにも見え、不自然だった。

 

────小さな少女の正体は、イナホそのものだった。

 

 

「おや、イナホ。こんな時間にお散歩ですか?ママとパパが心配しますよ」

 

「さぁ、手を。一緒に帰りましょう」

 

 

手を差し伸べると、彼女は何も言わぬまま、確かに手を開いた。

 

だがその瞬間、サクラの脳天に電撃が走る。

 

手を開いたその中に───眼球が乗っていた。

 

 

「え」

 

「さ、く、ら…………ひかりを………あり、がとう」

 

 

満面の笑みでそう言う、眼球の無い瞳から血と涙を流す少女。

 

そして糸が切れたよう、サクラに倒れかかり、その体を受け止める。

 

体は酷く冷たく青ざめ、血を吸われたかのように、貧血状態だった。

 

サクラは口を開け、唖然とイナホを見つめていた。

 

 

「何処に行ったんだ………こんな夜に…………イナホ!イナホーーーッ!!」

 

「あ、貴方、アレ…………」

 

「イナホ!!………イナ、ホ…………?」

 

 

いつの間にか家から姿を消した子供を探す為、近所の人々と協力し人里内を探し回っていた。

 

そして道の真ん中で見つけたのは"妖怪に目を潰された我が子の姿"。

 

 

「貴様ァァッッッ!!!」

 

 

拳を握り、顔面を殴りつける。

 

子供から手が離され、父はすぐに抱きかかえ奪い返した。

 

「そ、そんな、目が………」

 

「どうして………今日、ようやく見えるようになったのに………ッッ」

 

「ふざけるなッッ」

 

「くたばれ妖怪ッッ!!」

 

「出ていけェーーーッ!!!」

 

「クソ妖怪がッッッ」

 

サクラに石を投げつけ、浴びせる罵詈雑言。

 

その騒音に人は続々と集まり、小石の量は増え続ける一方だった。

 

その間、サクラの少女の首元に残された何かを思い浮かべていた。

 

まるで犬歯で噛み付かれたような、二つの穴を。

 

 

『ここらで脅威を謳っている者は誰ですか?』

 

『…………紅魔館。霧の湖を越えた先にある、赤い館に住まう者達だ』

 

『その館の当主は"吸血鬼"。人間では手も届かぬ、完全な上位種族だよ』

 

 

思い出す、ある会話。

 

行き着く、結論。

 

 

「くたばれこの野郎ッッ───お、わッッ!?」

 

「キャァァァァァッッ!!!」

 

「どうしましたか?私の顔に何か………」

 

 

眼鏡が小石に弾かれ、明かされるその瞳。

 

眼球ごと取り除かれた異様な風貌は、集団行動に歯止めが聞かなくなっていた人々の動きをピタリと止めた。

 

眼鏡を拾い、かけ直し、人里の門へと歩んでゆく。

 

その歩を止める者は現れず、握っていた小石は掌の中へ隠し包んでいた。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

───この感情は何なのだろう。

 

───笑顔を見せることが出来ない、猛り狂うこの感覚は?

 

───いずれにしろだ。

 

───この感情は、この事象は、この正体は。

 

───不愉快だ……………

 

 

 

実に不愉快だッッッッッ

 

 

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