泣き虫サクラが幻想入り   作:夢中さん

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Vol.7

 

 

 

 

 

 

「くぅ………………くぅ………………」

 

とある赤い舘の門前には、ある女性が真正面に佇んでいた。

 

長い脚、緑色のチャイナドレス、赤い髪、どれをとっても見て分かる中国さ。

 

そして中国由来、伝統継がれる武術、"中国拳法の象徴"が彼女そのものだった。

 

間合いに踏み込む生命体は、事前に"気配"が伝えてくれる。

 

 

ハシッッ

 

 

周囲を舞う蝶々を指でつまみ取り、睡眠渦中であった意識を一瞬で呼び覚ました。

 

口角を上げ、ふふ、とその蝶々を見て微笑んだ。

 

心優しき中国拳法家、兼門番、紅美鈴である。

 

 

「おや………すみません、ただの蝶でしたか」

 

 

バタッ

 

 

「?…………いやに暴れますね」

 

 

バタバタバタッッ

 

バババババッッッ

 

ビリッッッ

 

 

「!?」

 

 

嫌に暴れる、を超え、異常事態の域に達していた。

 

その余り、自ら羽を引きちぎり、地面に本体を落とすという、普通では考えられないような事象。

 

赤い舘の門番は、戦慄していた。

 

感じていた───膨大な氣が、こちらへ歩んでくる。

 

一歩一歩に巨大な重量感を備え、更にその上その肉体は、最短距離を持って向かってくる。

 

並み居る木々を押し退け、漂う濃霧にものともせず、真っ直ぐにこの館を目指してやってくる。

 

無意識に唾を飲み込んでしまっていた。

 

その実力は如何ほどかは分からない、がしかし、来ると分かる何かが明らかな敵意を持って向かってくる感覚は、誰であろうとゾッとする。

 

そして今、目の前までやってきた。

 

 

「止まりなさい。それ以上踏み込めば、此処、紅魔館の門番の名にかけて、実力で排除します」

 

「…………呼吸器の位置から察するに、身長は172cm」

 

「……はい?」

 

 

突然、独り言のように呟いた言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

だが次第に、段々と、その言葉の意味を理解し始めた。

 

 

───ザッ

 

 

「良いリズム感だ。シューズと地面のスレ音から判断するに体重は55、いや56kg」

 

「(一瞥で…………当てた……………?)」

 

 

彼女は今、嫌な予感を感じつつあった。

 

一つの可能性、超人的な聴覚でのみ判断するとは、即ち。

 

 

「左右の歩幅───音に表れる重心から分かるファイティングポーズは………」

 

 

 

こんなところかッッッ

 

 

 

「見えていない……………?」

 

 

構えていた構えを、ゆるりと解きながら呟く。

 

目が見えていない、それを踏まえた上で男が発した言動が一体どういうことか、分からぬ訳では無かった。

 

盲目の状態で、聴覚のみで身長から体重、そして構えまで割り当てられた。

 

間違いなく、眼前にいるのは人間ではない。

 

そして恐らくは、それなりの強敵───。

 

 

「力の流れは意図的、練り上げられている───見えた!!!」

 

良きファイターです

 

 

バッッ

 

 

突如、館のある窓へ視線を移す。

 

刹那────

 

 

 

見つけたーーーーーーーーッッ!!!

 

 

 

ザァァァァァァァァ…………!!!

 

 

木が、気が、館が、空気が、震え揺れ動く。

 

門番の女性は汗を噴き出しながら思う。

 

恐らくはそれなりの強敵?───馬鹿を言え。

 

これから相対するのは、私が今までに出逢ったことのないタイプ。

 

弾幕勝負ではない、格闘勝負で闘わなければならない相手。

 

これは油断すれば、私も無事ではすまないだろう………。

 

門番は今、門番として、武闘家として、扱うことのなかった積み上げてきた武術の解放を望む。

 

見つけた───男の奇声が、開始の狼煙と成った。

 

 

 

「捕まえたーーーーッ!!!捕まえたーーーーッ!!!」

 

「!?」

 

 

 

肩で風を切り、大地を踏み抜くかの如く大股で接近。

 

支離滅裂な言動で歩み寄るその姿は、怪物という他なかった。

 

間合いに踏み込んだ時、美鈴は最大のリーチを誇る右上段回し蹴りを繰り出した。

 

その蹴りは深々と顔面へ突き刺さる───かと思いきや、それは凄まじい勢いで空を切った。

 

その風切り音は蹴りの威力の膨大さを物語っていたが、当たらなければ意味も無いのは事実。

 

して、サクラは何処へ?

 

真ん前───蹴りを透かし、蹴り足が地に至らぬ前に現れた。

 

 

ガシッ

 

 

「捕まえた」

 

「!………」

 

 

蹴り足ごと美鈴の上半身をホールドし、文字通り捕まえる。

 

血の気が引く感覚が全身を覆い、次の瞬間。

 

 

グワァァッ

 

 

本来、相手の後ろへ回り込んだ状態から背後へ放り投げる投げ技はバックドロップと呼ぶ。

 

しかしサクラが敢行したそれは、互いに面が向かい合った状態でのバックドロップ。

 

つまるところ、紅美鈴の部位着地点は、脳天不可避。

 

 

 

「ほっ!」

 

「……………ふむ」

 

 

 

五点着地というものを知っているだろうか。

 

自衛隊がパラシュート降下の際、多用されていた着地法。

 

脚のみで衝撃を受けては無論、骨は粉々に砕け散る。

 

しかし脚先から膝へ、体全体をひねりながら落下することで、衝撃が五箇所に分散される高等技術。

 

本来は脚から迎えるが、今宵、紅美鈴が見せたのは手先からである。

 

手から肘、肘から肩、そして体全体を捻り、凡そ十数階のマンションからの落下に比肩しようバックドロップが、逆立ち五点着地によって無力化されたのだ。

 

腹に巻きついた腕は、ひねる行為によって解かれた。

 

そのまま地に脚を付け、ひゅらりと何やら柔軟性のある構えに変換される。

 

左手を差し出すよう前に、合わせて半身、膝は柔らかく、右手は蛇のよう後ろから獲物を見つめるように。

 

それは太極拳、と呼ばれる名称の構えの一種であった。

 

「すぅ…………」

 

健康体操のような一面もある太極拳だが、その実、極めれば至高の域に達すると云われる正当な武。

 

しかしその核心を得れる者は数少ない。

 

内に秘められし"氣"を練り上げ、操れるようになれるのには、数十年の時を有する。

 

人は体を鍛える外功を極めようとするが、この道を辿る者は内功を極める。

 

そしてそれは外功よりも、遥かに困難な鍛錬なのである。

 

───美鈴はその氣を操れる。

 

何故ならば紅美鈴の能力は、気を使う程度の能力だから。

 

 

「さぁ、何処からでも、いつでも」

 

「───グレートです、ガーディアン。キミならば泣けるやも。しかし今は邪魔だ」

 

「ならば、力ずくで退かしてみればよろしい。私は門番ですので、邪魔はお手の」

 

 

ふわっ

 

 

話を遮り、眼鏡が眼前に迫る。

 

不意打ち?何とも策のない───弾いてしまった。

 

弾いた瞬間に紅美鈴は悟る。

 

眼球が抉られた両目と不気味に笑う顔を目の前にし、悟る。

 

嗚~呼、やっちゃった………と。

 

 

ガキッッ

 

 

それは実に一瞬の出来事だった。

 

流れるように美鈴の背後へ回り込むついで、その首を華麗に捻り回した。

 

ほぼ180度捻転した顔面に加える、アッパーカット。

 

美鈴の瞳から、簡単に光を奪い去ってしまった。

 

「環境故か、実戦経験が足りませんね」

 

そして膝を崩す彼女の前で、サクラは両腕を広げ、夜空を見上げる。

 

 

「嗚呼………素敵な夜です………静かで、優しくて…………」

 

「…………うん、戻ってきた。彼女を殺し、ようやく生前の私を思い出してきた………」

 

「私は、こんな"人間"だった」

 

 

力尽きる美鈴を見下ろし、顔面を歪ませる。

 

そして笑う、ハハハハハッ、と高らかに。

 

そして通る、紅魔館への道筋を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

館の中は酷く、酷く赤かった。

 

真っ赤の真っ赤、真っ赤っか。

 

何処もかしこも、血塗られたように赤い、否、紅い。

 

高級感溢れるような、古風感溢れるような、不思議な内装。

 

しかしサクラからすれば古臭かろうが清潔だろうが、似たようなもの。

 

嗅ぐ景色と、聞く景色で視界を作る為、実際に目で見える景色が脳内にトレースされている訳では無い。

 

ただ通れる道、扉、物体などの"型"は判別出来る。

 

その為、サクラから見える赤い舘は赤くなく、ただの館だった。

 

 

 

 

コッ………コッ…………コッ……………

 

 

 

 

何の変哲もない赤い廊下の奥から、足音が響く。

 

ゆったりと、やすらかに、高貴で、瀟洒な雰囲気を足音のみで感じさせる。

 

その足音だけで分かることがある。

 

運動神経、体重、靴の種類、性別───足音一つで明かされる相手の情報。

 

足先から足先へのリズム感と体重移動から分かる凄まじい運動神経と、48kgの体重、靴は革製のメイド靴、香る雌の匂い。

 

影になり見えずにいた全貌も、窓から差し込む月明かりに照らされ、顔から脚先まで全てが明かされた。

 

 

月のような女性だった。

 

 

そう、彼女は月のように白銀色の髪を揺らし、瞳は館の色にちなむよう紅く染まっていた。

 

美しい………サクラは此処に来て、誰をも凌ぐ"綺麗"に巡り会った。

 

そんな綺麗を、ぐちゃぐちゃにしてみたかった。

 

所謂、尊厳も気位も、何もかも骸と化す敗北の味。

 

 

「ようこそ、紅魔館へ」

 

 

メイドは麗しく、スカートの裾を摘み頭を下げた。

 

 

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