ぼくのかんがえたLEGENDSキュレム   作:己道丸

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大分前に思いついたポケモンLEGENDSシリーズの二次創作を形にしました。
オリジナル地方・キャラ・設定で進行するのでご注意ください。


ぼくのかんがえたLEGENDSキュレム 前編

「本当に燃えている。――あれがイッシュ地方か」

 

 少年はゆらめく地平線を見た。

 切り立つ峠の端、眼下に荒野と森と河がひしめくここで、あまりに煌々とした遠景を灰色の瞳に映す。

 日の出というにはあまりに広く、日没とするならどうしようもなく強い光の一線が延々と続いていた。

 炎。

 火のある地だ。

 これほど離れているのに熱を感じた気がして、少年は灰色の髪をかき分けて色白の額をぬぐった。

 

「そう。あの日から十余年、絶えない火ある」

 

 ややあって傍らの少女が答えた。

 黒髪を左右でおさげにした姿は幼げだ。なにかの文様を刻んだ衣装は粗く厚い布地で、小柄な体格には不釣り合いに見える。

 だが太く鍛えられた手足があることを少年は知っている。自分が息を切らして登ってきたここまでの山道を、少女は何食わぬ顔で踏破したのだから。

 少年は道案内の少女に問うた。

 

「ヒメジョオンはその日を知っているのか?」

「忘れた日ない、アイスマン」

 

 少女は頷いて言った。

 アイスマン。

 今の少年が持ちえる数少ないものを。

 

「夜、暗さ無いなった最初の日。地の果て焼く火、二匹の竜。火を吹く白と雷吐く黒」

 

 ふるり、と少女は震えた。

 青ざめた頬に汗が浮かんでいたが、それが運動によるものでないことは少年にも分かる。

 頬を伝った一筋は、彼女が当時の感情を失っていないのだとアイスマンに理解させる。

 畏れが刻まれている、と。

 

「レシラム。ゼクロム。……長老、そう呼んだ」

 

 ヒメジョオンの声は石を呑んだようなだった。

 

「かの地、今燃える地の王、従えてた獣」

 

 少女が息をつくのをアイスマンは待った。

 同時に、彼女が名を告げた獣のことを思う。この峠へ向かう前、街の人々からそれらのことを別の名前で聞かされていたから。

 この世界に息づく人以外の生き物。

 強い命と力で自然に棲む、時に牙を剝く恐ろしい獣。

 それらの名前は、

 

「……ポケットモンスター。その獣も、ポケモンの一種なのか?」

「そうさ」

 

 肯定された。

 だがそれはヒメジョオンのものではない。

 

「かつてイッシュの王が従えた強いポケモン。だが暴走したその二匹に俺たちは追い出され、このアシュ地方にいる」

 

 勢い振り向いたアイスマンは声の主を見た。

 峠の端とは反対側の林、草木をかき分けてやってくるのは、金髪をなでつけた長身の少年である。

 眼鏡越しの碧眼がらんらんとした輝きを放っている。シャツとスラックスが包む体は痩せぎすだが、丸々としたリュックを担ぐ姿に弱弱しさを見ることはできなかった。

 

「――イッシュ大火さ」

 

 いかにもにやりとした笑みを浮かべ、

 

「血筋にあぐらをかいたボンクラどものせいで起きた災害を、俺たちはそう呼んでいる」

「ロータス」

「よぉアイスマン。先生から借りたポケモンは元気か?」

 

 アイスマンは彼を知っていた。鷹揚に手を振った彼はおもむろにリュックを下ろし、その中身を探り始める。

 その様子にヒメジョオンは目つきを細め、

 

「先回りか、ロータス。盗み聞きか」

「まぁな、いきなり代表たちが呼び出したんだ、何もなかったらウソだろ」

「良くない行いだ」

「聞くな、何もするなとは言われてないぜ」

「それをしないが普通だからだ」

「いいじゃねぇの、こうして労いの品も持ってきたんだぜ」

 

 そう言ってロータスが取り出したのは小瓶だ。

 とろみのある液体が入っており、瓶に張り付けられた紙には“きずぐすり”の一文があった。

 

「血肉と皮があるなら大体効果てきめん、ロータスさん手製の傷薬だ。人はもちろん、ポケモンにだって効くんだぜ?」

 

 だから。

 そう含みのある目をして、

 

「出してみなよ、ポケモンをよ」

 

 獣が喉を鳴らすような声である。

 しかしアイスマンは、彼は賢しげに振る舞っても悪意で接する人間でないことをこれまでの日々で知っている。

 だから、

 

「ああ、頼むよ」

 

 腰に下げるそれらを手に取った。

 三つの球、木造りの加工品であった。

 上下二つの半球を繋ぎ合わせて造られたそれは、上半分が赤く塗られている。継ぎ目は金属の縁取りがあり、留め具でもって球体の形を保っている。

 

「おお、モンスターボールか」

「正しくはポケモンボールだ。捕獲済みだからな」

 

 覗き込むヒメジョオンをロータスは訂正する。

 それから肩をすくめて、

 

「悪いな、あんたの分用意できなくて。最近できたばかりの発明品でよ」

「……いや、私たちコレ頼らずとも、ともにあるポケモンいる」

「だがそれは、生涯に一匹かそこらだ」

 

 ロータスは胸を張った。

 

「モンスターボールでポケモンを捕獲すればその場で従えられる。画期的なんだぜ? だからあんただって興味あるんだろ?」

「それはそうだが」

「あんたんとこが皆そうなら話は早かったんだがな」

「…………」

 

 言われ、ヒメジョオンはしおれたようになる。

 それを見るアイスマンはどうしようもなく居心地の悪い気持ちになって、

 

「ヒメジョオン、もう出してもいいか?」

「……ん? あぁ、すまない」

 

 声をかけると、少女ははっとして一歩下がった。気を取り直した彼女の様子にこっそりと胸をなで下ろし、こちらも居住まいを正して、

 

「出てこい」

 

 軽い手つきでポケモンボールを投げた。

 ゆるやかに落ちるそれら。

 やがて地に着いた瞬間、球体は上下に分かれて光を放ち、内に秘めていたものどもを解放する。

 ポケモン。

 アイスマンが、ヒメジョオンが、ロータスが、そう呼んだ生き物を。

 

「けんっ」

「くぉ」

「……くぁ」

 

 三匹。

 三つのポケモンボールから一匹ずつ現れたのは、一抱えほどの小柄な生き物たちだった。

 

「かわいい」

「……まぁ、あくまで人が立ち向かえる程度のやつだからな」

 

 言いつつロータスはしゃがみ込み、三匹に手招きした。

 最初はきょろきょろとしていたポケモンたちだったが、ロータスに気付くと嬉々とした様子で寄っていく。

 その間に彼は小瓶を開けて薬液を指につけ、取り巻きとなった三匹の体へ順々に塗りつけていった。

 

「道中、そこそこ野生のポケモンとやりあったみたいだな」

 

 抱え上げた一匹に刻まれた傷へ的確に塗り付け、ロータスはつぶやく。くすぐったそうにするそのポケモンを、他の二匹は興味深そうな顔に見上げていた。

 それらを微笑ましい気分で眺めていると、ヒメジョオンが不意に口を開き、

 

「この子たち、名前は何と言ったか?」

「ん? ああ。赤いのがフォッコ、青いのがアシマリ、そして緑色がナエトルだよ」

「どの子もこの地では見たことない」

「そりゃ先生が世界各地を巡って集めたポケモンだからな」

 

 ロータスが答えた頃には、三匹の手当ては終わっていた。

 体力を回復させたポケモンたちはすっかり元気になり、転がるようにじゃれ合う。しかしアイスマンの視線に気づくと、我先にと足元に駆け寄ってきた。

 それはまるで幼子のような挙動で、

 

「随分なつかれたな」

「ここまで一緒にやってきたからな」

「言っとくが、先生がお前に託すのは一匹だけだぞ。三匹預けたのはあくまで試用期間なんだからな」

「分かってる」

 

 アイスマンは頷き、ポケモンボールを手に取った。

 三匹がそれぞれ入っていたボールで触れれば、光を放って彼らの体は球の中に吸い込まれる。小さいものの中に体を隠す、あらゆるポケモンが共通して持つ能力らしい。

 三匹がいずれも向けてきた信頼のまなざしに対し、こちらは一匹にしか応えられないことが心苦しい。

 堪えるために目をつぶり、再びロータスへと視線を向けて、

 

「ストロベリ博士は、……いや、代表たちはどういう意図があるんだ?」

「お前だってちょっとは想像できてるだろ?」

「だからロータスも動いたのか?」

「まぁな」

 

 ヒメジョオンの咎める視線に、ロータスは口笛を吹くばかりだ。

 その様子に彼女はますます視線の険を深めるので、さすがに居心地が悪くなったのか彼は咳払いして、

 

「細かいことはあいつに聞けよ」

 

 と、ここへ至る坂道に目を向けた。

 倣ってそちらを見ると、急な坂道をよろめきながら登ってくる人影がある。

 

「……うぅ……」

 

 華奢な少女だ。

 金髪と色白な肌にレースで縁取られた軽装のドレスは精緻で美しかったが、この山道に適しているようには見えなかった。

 さらけ出された二の腕やふとももからは隠しようもない汗がしとどに流れ落ちる。どう見ても、山道を行く体も服装も持ち合わせていないようだった。

 

「ぬ、ぐ」

 

 よろめきながら目の前まで来た彼女が息を整えるのに、どれほどの時間がかかっただろうか。

 やがて彼女はふくよかな胸を張って、

 

「――待たせたな!」

 

 それはやまびこになるほどの、いかにも尊大な声であった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 間。

 アイスマンは応えられなかった。ヒメジョオンもそうだ。ロータスだけが肩をすくめて笑っている。

 そんなこちらを不信に思ったのか、少女はおもむろに見渡して、ロータスを見つけて、

 

「……なぜ貴様がここにいる!!!」

「遅ぇよ、気付くのが」

 

 歯を剥いて詰め寄る少女に、ロータスは素知らぬ顔であった。

 

「やっぱりお偉いさんは村で待ってた方がいいんじゃないか?」

「このフラシータを侮辱するのか!」

 

 言うなり少女はこちらへ指を突きつけた。

 

「この男の監視だ! どうするか、どうなるか分かったものじゃないからな!」

「我が物顔か。アイスマンはお前らのものじゃないぞ」

「なんだと!? 我々がこの男を見つけたんだぞ!」

「その後の住居や生活面倒見てんのは俺たちだぞ」

「待て。アイスマン見つかったのはこの地。我々の同胞だ」

 

 ついにはヒメジョオンも踏み出して言い合いに口を出し、場の空気は一層固いものとなる。

 だがこのいがみ合いに意味はない。

 アイスマンはそう思っていた。

 

「オレはどこにも行かないよ。行くあてもない」

 

 途端、三人がこちらを見た。

 ヒメジョオンの申し訳なさそうな顔。

 ロータスのバツが悪そうな顔。

 そして彼女、フラシータの何か言いたげなあいまいな表情。

 眉を詰め、まごついたように唇を動かし、開いたかと思えば音もなく息をこぼすばかり。そんな様子を何度も繰り返してから前髪を掻き上げ、

 

「……見るべきものは見たな?」

 

 見上げる目でこちらをうかがい、呟いた。

 

「ああ」

「ならば戻るぞ。姉さ……プラズマ団代表が待っている」

「ゲイル団の代表もな。あの人を待たすのは良くない」

 

 今ばかりはロータスもフラシータに同調した。

 

「……アイスマン」

 

 二人のような言葉を持ち合わせていないのか、ヒメジョオンは沈んだ声を絞り出す。

 小柄な体をことさら小さくした彼女を安心させたくて、アイスマンは微笑みを向けた。

 気遣いは要らないと、そう思うからだ。

 

「帰ろう、街へ」

「……ああ」

 

 弱弱しく微笑んだヒメジョオンの手を引き、アイスマンは下り坂となった峠道へ向かう。ロータスもまた後に続いた。

 だが、フラシータだけは立ち止まっていた。

 貴人然とした背をこちらに向け、彼女が向き合うのは峠から見えるはるか遠くの景色だ。

 燃え盛る地平線。

 

「――帰り着いてみせるぞ」

 

 そんな呟きだけが、かすかに聞こえた。

 遠景を望む彼女がどんな表情を浮かべているのか、ここから見ることはできない。だがにじみ出る語気が、握りしめた拳とこわばる肩が、フラシータの激情を伝えてくるように思われた。

 

「……おい」

 

 ロータスにも聞こえたはずだ。

 彼も今度ばかりは軽口を言うそぶりはなく、フラシータの背に言葉を投げかける。

 

「――分かっている」

 

 彼女も短く答えて、ようやく踵を返した。

 その顔は頑なで、どうしようもなく悲しげだ。

 それでも進み始めた彼女を認め、アイスマンは一同の先頭に立って峠を後にした。

 

 

 

〇 〇 ○

 

 

 

「も、もどったぞ……。代表たちに、伝えて、くれ」

「了解しましたっ」

 

 相変わらず汗だくになったフラシータの指示で正門が開かれる。

 峠を下り野原を越えて門前に到着し、やはり最後に到着したフラシータが息を整えた頃には、太陽は大きく傾いていた。

 赤くなり始めた空の下、アイスマンは伸びる影の向こうにその場所を見る。

 街だ。

 堀の向こうで並び立つ丸太の壁、等間隔で配置される見張り番たち、それらに守られてようやく維持される、異邦人たちの小さな生活圏がそこにある。

 

「お帰りなさい、フラシータ代表」

「ああ、引き続き頼む」

 

 正門を開けた門番たちの敬礼を横切り、まっすぐ伸びる大通りを進んでいく。

 街の中央を渡る道に沿い、いくつもの家屋が並んでいる。それらは看板を掲げた店舗が中心で、軒先で商品を手に取る男女やたわむれる子供たちがいた。

 離れたところには畑があり、更に向こうには柵で囲まれたポケモンたちがいる。そして一日の労働を終えたのか、汗をぬぐう大人たちがやってくるのが見えた。

 

「何をしている。行くぞ」

「ああ」

 

 街で生きる人々の姿に、気がつけば立ち止まっていた。

 フラシータの呼びかけに頷いて大通りを進む。荷台が通ることも多いだけあって道幅は広い。行きかう住人の数も少なくなかった。

 その誰もが質素で使い込まれた服を着ていた。染みやしわ、つくろった縫い目は数知れず、だれもが日焼けした肌をしていて、泥のこびりついた顔もある。

 けれど、誰もが表情に懸命さを浮かべていた。

 今日や明日のために生きる人間特有の活力だ。余裕も豊かさもなかったが、それでも生きようとする決意を光る瞳かうかがえたのだ。

 ただ、それを自分は共有できない。

 それだけが惜しかった。

 

「おい、あれ」

「ああ……アイスマンだ」

 

 すれ違う人々が向けてくるのは恐れのまなざし。通り過ぎた後ろで聞こえるのは、声をひそめた彼らの会話。

 

「代表たちはどうしてあんな得体のしれない奴を……」

「よせよ、ここには流れ者しかいないだろ」

「でも不気味よ。――氷の中から見つかったなんて」

 

 振り返らずとも分かる。

 通り過ぎるほどに、向けられる不信や奇異の感情が積み重ねられていくことは。

 しかたのないことだ。彼らには余裕がない。

 眼前の日々を必死に生きるからこそ、部外者やことさらなリスクを避けたがる。当然のことだとアイスマンは思っていた。

 それでも、

 

「……気にするな、アイスマン」

「――ありがとう」

 

 声をかけてくれる相手が隣にいる。

 かたわらのヒメジョオンはただ前を見ている。臆するところのないその姿が嬉しくて、だからアイスマンも迷いなく進んでいけた。

 やがて一行は広場を過ぎ、目的の建物に到着する。

 時計台を有する庁舎だ。

 

「おー、お帰りなさい、みなさん」

 

 明らかに大きく高く建てられた建物は、威厳を強調する意図があるのだと一目で分かる。この街における役割の大きさを示す目的があるのだと。

 だが玄関前に立つ男にそういった厳かさは皆無であった。

 

「先生!」

「ストロベリ博士、出迎えか」

「研究室から見えたので。街の外はポケモンばかりの危険地帯、無事に帰ってこられるのは十分すごいことですよぉ」

 

 ロータスも見下ろす長身に伸び放題の髪を揺らし、うっすらとクマの浮かぶ目元を弓なりにした表情はほがらかだ。

 だが次に瞳が覗いた時、その蒼眼には抜け目ない鋭さが光る。

 

「ロータス君も助けになったようですねぇ」

「う」

 

 まなざしに射止められ、ロータスは顔を引きつらせる。ストロベリの微笑みが質を変えていたのはアイスマンにも分かっていた。

 威圧感の増す長身は、そびえ立つように後ずさるロータスと対峙する。

 

「君、私たちの話を盗み聞きしていたでしょう。その上、申し出もなく峠まで外出しましたね?」

 

 助けを乞うロータスの目に、しかしヒメジョオンとフラシータはそっぽを向くばかり。だがアイスマンは胸に憐みの情が湧き、彼に向かって踏み出した。

 

「あ、あの、博士」

 

 しかしどうかばったものか、言葉が続かない。

 思わず手が空気を練るような動きをして、それが面白かったのか、やおらにこちらを見たストロベリは笑みを深めた。

 

「大丈夫、叱ったりしませんよ。……今はね」

「今は」

 

 最後の一言に肩と首を落とすロータスであった。

 

「そんなことより」

 

 そこでフラシータがこちらを押しのけ進み出る。

 眉間を詰めた顔は苛立たしげで、

 

「代表たちは中にいるのか?」

「ん? ああそうですね、首を長くして君たちの戻りを待っていますよぉ」

「だったら立ち話している場合ではないだろう!」

「あはは、ごめんなさいねぇ」

 

 肩をいからせた少女の様子もどこ吹く風、ストロベリは残る三人を順繰りに見ていく。

 

「アイスマン君とヒメジョオン君、会議室に行ってください。ロータス君は私と一緒。今度は盗み聞きしちゃ駄目ですよぉ」

「……はい」

「大丈夫、ことのなりゆきはすぐに分かりますよぉ」

 

 ふらふらと千鳥足じみた足取りで玄関まで歩いたストロベリは、両開きの大きな扉を開けてこちらへ手招きする。

 そうしてから上、庁舎の上層を指さして、

 

「プラズマ団とゲイル団の代表が待っていますよぉ」

 

 

 

〇 〇 〇

 

 

 

「代表、アイスマン君たちをお連れしましたよぉ」

「ご苦労。仕事に戻りたまえ、ストロベリ博士」

 

 庁舎の上階、木造の廊下を進んだ先に扉がある。

 “会議室”のプレートが張られたそれをストロベリは叩き、返答を待ってからゆっくりと開いた。

 

「どうぞぉ」

「ありがとう」

 

 礼をしてアイスマンたちが入室すると、わずかに蝶番を軋ませて扉が閉められる。

 中は簡素な大部屋だった。両側の隅にはいくつかの椅子が並べられ、床には敷物が広がっている。窓はなく、扉は背後に一つだけ。機密性を意識しているのだと想像できた。

 そして正面には二つの長机があり、それぞれの向こうで男女が席についてこちらを見つめている。

 

「お帰りなさい、フラシータちゃん」

 

 片方の席に着く少女が微笑みながら声をかけてきた。鈴を鳴らすような清らかさである。

 しかし呼ばれたフラシータは顔を真っ赤にして、

 

「姉さんっ!」

 

 声は張り上げられ、歩く音は敷物越しでも響くほどであった。机に手をついて身を乗り出し、

 

「ここは会議室よ、公私は分けてっていつも言ってるのに!」

「うふふ、ごめんね、フラシータちゃん」

「もうっ」

 

 業を煮やしたフラシータは言葉も出ない。

 なのに当の相手はまるでかわいいものを見るような顔で彼女を見つめ、それからこちらへ視線を移した。

 

「貴方もお帰りなさい、アイスマンくん」

「はい。戻りました、アネモネ代表」

 

 アイスマンも頷いて答えた。

 アネモネ。

 この街を二分する組織、プラズマ団の代表をフラシータとともに務める少女だ。顔立ちは妹そっくりだが、浮かぶ表情は対比するかのように柔和であった。

 はじめて会った時からそうだ。きっとそうやって補いあっているのだろう、とアイスマンは思っている。

 

「……もういいかね、アネモネ代表」

 

 と、押し黙っていた男が口を開いた。

 着席するもう一人、口ひげをたくわえた壮年の紳士である。いかめしい顔立ちにはいくつものしわが刻まれていたが、肩幅のある体は老いを感じさせない。

 両の瞳は矢のような眼光を少女たちへ放ち、

 

「戻ったのなら着席したまえ、フラシータ代表。時間は有限だ」

「……分かっている!」

 

 石臼を曳くような声にフラシータは憎らしげな表情を返し、はねつける態度でアネモネの隣に腰を下ろした。

 一瞬で場の空気を引き締めた彼に、アイスマンも息を呑んで居住まいを正す。

 ベルガモット。

 プラズマ団と対を成す組織、ゲイル団を取り仕切る男だ。その眼光がこちらへ向けられれば、我知らずと背筋も伸びてしまう。

 

「見るべきものは見てきたかね、アイスマン」

「あ、ああ。イッシュ地方の火を見たよ、ベルガモット代表」

「結構」

 

 答えに小さく頷くと、今度は隣のヒメジョオンを見て、

 

「道案内ご苦労、ミズ・ヒメジョオン」

「ああ。苦もないことだ」

 

 彼女の返答は物怖じしない確かなものだった。

 その返事にもベルガモットは頷き、改めてフラシータたちへと面を向ける。

 

「では始めようか、プラズマ団代表のお二人」

「ええ、話し合いましょう、ゲイル団代表。――これからのことを」

 

 アネモネもまた臆することなく、彼の言葉を首肯した。

 




後半へ続く。
アイスマンというと「うたわれるもの」が出てくる世代です。
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