ポケットモンスター虹 ~Harmonized Green~   作:裏腹

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03.意地っ張り

『甘かった――』

 

 ミントは、険しい内心で反省を噛み締める。

 ピジョットはよくやってくれた。実際“オウムがえし”で“きょけんとつげき”を模倣するところまでは、完璧だった。

 問題は、それの切り所――そこに集約される。

 焦り過ぎた。

 あれは、確実に“きょけんとつげき”を先出しした方が負ける、そういう盤面だった。だからコスモスも、息を殺して待っていたのだろう。

 だが、それでも、あの圧力(プレッシャー)攻撃性(パワー)は、放置するには脅威であり過ぎた。

 むざむざ切らされたのだ。

 まず大技で圧をかけ、その火力を最大限誇示する行動……極論、先の初撃は当たろうが外れようが、どちらでもよかった。ただ「手早く倒さなきゃ」という思考を強要するだけでいい。それだけで、うんと動きやすくなる。

 寡黙さからなる、底知れなさ――コスモスは心理戦という盤外戦術を用いて、この一戦を制して見せた。

 

「意外と、心理戦(そういうの)もいけるくちなのね」

「認めます。あなたのポケモンは、強いです。それも、類稀なほどに。――けれどバトルで戦うのは、何も彼らだけではありません」

 

 物理的な接触を交えずとも。フィールドに参加していなくとも。

 

トレーナー(わたしたち)も、戦っています」

 

 育成では計画を考え、バトルでは指示を出し、普段は絆を深める。

 そうやって助け、助けられを繰り返す。

 ポケモンのフルパフォーマンスを引き出すのも、施されたトレーナーの報いであり、責務である、と。コスモスはそう言った。

 ミントは暫し間を置き、それを鼻で笑う。

 トレーナーとして十年以上生きてきて、こんな事を言われるだなんて思ってなかったから。

 

「ご立派な講釈と思えば、説教? 冗談キツいんだけど」

「…………」

「そんなわかりきったこと、今更得意げに語るんじゃないわよ」

 

 腰のホルダーから、サンダースとは違うモンスターボールが取り出された。

 遊撃手、竜殺しに続くそれは、考えうる中での万全な状態で、状況に投入される。

 

「自分が弱くて負けた事も。自分の間違いで負けた事も。それだけじゃない――この子たちを勝たせられなかった、自分の不甲斐なさ、情けなさも……全部、全部」

 

 ボールの解放と共に、爆ぜ散る光。

 その巨体はすぐにドスン、と足音を響かせ、己の存在を知らしめる。

 深緑の体毛。鋭い爪。曲線的でも、強烈なインパクト。

 

「――――私は、一度も忘れたことなんかないわよ」

 

 敗北の苦渋など、腐るほど舐めてきた。

「勝つわよ」待ち望まれたミントの三番手――“カビゴン”が、静かに発されたその決意を胸に、立ち上がる。

 

 

「ほう、カビゴンか」

「でも、なんだか雰囲気が違う。カビゴンといったら、もっとこう、かわいくて、ごはんを沢山食べて、いっぱい寝て……ゆるゆるなイメージがあるけど、あの子は……」

 

 シイカは、その険しい横顔のことを言っていた。カビゴン特有の、愛嬌のようなものはない。バトルだから、という点を差し引いても……あまりにも戦士の表情が、出来上がり過ぎている。

 

「それだけ、戦ってきたということだろう。勝つことに全部を懸けてきた――そういう顔だ」

 

 並大抵の覚悟じゃない。

 

「あの子、クチバシティの……」

 

 対戦経験のあるイリスは唯一、かつてのカビゴンの姿を知っているが、それとは似つかないもので。

 歩んできた道の険しさを思い知る。まるで――。

 

「別の子みたいだ」

 

 

突撃(ダッシュ)!」

「“つららばり”!」

 

 試合が動く。ミントの指さしで、カビゴンはセグレイブへ向けどしどしと猛ダッシュ。させまいとセグレイブも氷柱の連射で応戦する。が。

 

「効いてない!?」

「“あついしぼう”だ!」

 

 カビゴンの特性。全身を固める体脂肪により、炎や氷といった熱攻撃のダメージを軽減する。

 まるで砕ける薄氷――つららばりが弾かれる音は、そういう音。

 カビゴンは地響きを止めることなく、セグレイブへと至った。

 

「――……!」

「“10まんばりき”!」

「“げきりん”!」

 

 双方の、パワーを込めた一撃がぶつかり合う。

 震える大地と、駆け抜ける衝撃。会場はさらに白熱した。

 蒼黒(ドラゴン)のエネルギーを纏い、強化した肉体で暴れ回る“げきりん”と、全身の筋肉を活性化させ、フルパワーで猛攻撃を仕掛ける“10まんばりき”。

 二つの技に共通しているのは、小細工なしの物理技ということ。つまり。

 

「殴り合うつもりか!」

「いいぞー! どっちもやっちめぇーー!」

 

 パワータイプ同士の真っ向勝負。

 “きょけんとつげき”の予備動作を阻止したいミント、そしてそれを見越して乗るコスモス。ノーガードでのインファイトは必然であった。

 

『ゴオオオオォォォォォン!!』

『グレャアァァァァァァァァ!!』

 

 両手が組み合って生まれる至近距離。二体の怪獣は共に目をぎらつかせ、意地一つで吼え合う。

 譲れないのだ。

 止まれないのだ。

 ここで倒す。

 邪魔をするな。

 

「今よ」

 

 セグレイブがぶわ、と冷気を吹き出すと、カビゴンは身をのけぞらせる。

 

「(視界を潰された!?)」

「いくら鎧で身を守ろうと、目までは守ってくれない!」

「ッ、なめるなああーーーーッ!」

「くっ!」

 

 隙は与えない。咄嗟の頭突きがセグレイブの顔面を破壊する。

 装甲が割れ――軽度の脳震盪。

 

「“ヘビーボンバー”!!」

 

 好機。前進し、相手ごと連れ去る。

 

「セグレイブ!」

 

 起きる。濁る視界を戻し、フェンスと巨体でプレスされかかる状況に、待った。

 強く食い込ませた足の爪でブレーキをかけ、強烈なフックを一発。

 反撃のパンチは頚を曲げて回避、腕をすり抜け叩き込むもう一発。

 顎を打てば、一瞬で立場は逆転する。

 

「(まずい!)」

「後ろへ」

 

 投げ飛ばしなさい。皆まで言わなくとも、伝わっている。

 背負ったフェンスは、格好の武器となった。

 ぐるり。首を回し、身を回し、遠心力を味方に付けて。

 セグレイブは咆哮と共に、うん百キロの重さのカビゴンをフェンスへと盛大に叩きつけた。

 爆弾の炸裂とも間違えそうな轟音が放たれる。追いかけてきた塵煙が絡みついても、セグレイブだけは付き合わない。意味深に距離を取る、後ろ跳び。

 

「カビゴン! 今すぐそこから抜」

「遅い」

「――――!」

 

 さらなる追撃。これが最後。

 向けられた背中。光る鰭、その切っ先。

 

「“きょけんとつげき”」

 

 噴射される冷気――死刑宣告は、滞りなく。

 壁面に、さらに巨体がめり込んだ。脂肪すらも穿つ大剣が、惨い音を立てて獲物の終わりを告げる。

 

 

「……き……、決まったーーーーーーッ!!」

 

 

 晴れる煙。少しの沈黙を挟んで、会場が賑わう。

 “きょけんとつげき”は、疑う余地もないほどにカビゴンを貫いた。

 殴り合いでのパワー負け、そこからくらう“きょけんとつげき”――ミントサイドが、一番避けたかった展開が実現してしまった。

 

「……まだよ」

「の、ようですね」

 

 騒ぐのは、まだ早い。このミントの言葉は、決して譫言ではない。続けるコスモスがそれを証明する。

 カビゴンの腹部と、そこに至る背鰭の先端――その間に、数枚の羽毛が重なっていた。

 

「……守ってくれたのね、ありがとう」

 

 正体は、ピジョットが前のバトルの“フェザーダンス”で残していたもの。それが戦闘の風に巻き上げられ、最後の最後、技が極まる瞬間に入り込み、既のところで盾になった。

 偶然か、必然か。

 

「ですが、“それ”だけのこと」

 

 定かではないが、コスモスにとっては関係ない。何故なら。

 

「瀕死か、瀕死寸前か――この程度の違いよ」

 

 突き刺さったままの大剣が引き抜かれると、力なく俯せで倒れ込むカビゴン。その表情は、苦悶に満ち満ちていた。

 

「この状態から、何ができて?」

「えぇ、そうね……そうかも」

 

 虫の息で、何ができる。冷たくそう言い放つ。

 ミントは暫く黙った後、

 

「“ねむる”」

「……悪あがきを」

 

 出し抜けにとある技を指示。

 “ねむる”……睡眠で細胞を活性化させ、瞬間的に全快する技だ。

 カビゴンは拒むことなく寝返りを打ち、仰向けで入眠。ダメージを徐々に癒していく。

 寝息を立て、すっかり熟睡状態になった彼に、これ以上声が届く気配はない。

 

 

「なんだ? とち狂ったのか?」

「しーっ。ショーはまだ続いてる。最後まで何が起きるかわからないよ」

「にしたってだろ。素で眠るヤツがあるか……新米トレーナーでもやらねぇぞ」

 

 一般的に“ねむる”という技は強力な反面、敵前で無防備な状態を曝してしまう。

 故に、使用後はそのケアとして覚醒作用を持つ木の実“カゴのみ”を食べ、即座に起床するというのが定石だが――、一切の起きる素振りがない。ただただすうすう眠るだけ。

 

「ったく。せっかく乗ってきたのに、これじゃ興覚めだぜ。夢見心地のところをタコ殴りにされて終わりだ」

 

 アドニスは渋い表情で、腕を組んだまま溜息をついた。

 

 

「策が尽きたのなら、終わらせます」

 

 彼の言う通り、眠っているところを攻め落として決着。

 コスモスはためらいなく“げきりん”を唱えると、セグレイブへ目で合図する。

 オーラを帯びた氷竜が、足元の怪獣を見下ろす。

 

「(満足に、傷も塞がりきっていない)」

 

 本当に、終わりね。付け加えて、ゆっくりと挙手。

 これで終わり。終了。とどめ。

 

 

「――“ねごと”」

 

 

 本当に、何もなければ。

 

       ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

『ほら、ちゃんと食べる。強くなれないわよ』

 

 ――全部を出し切れば、悔いはない。

 誰だろう、そんなことを言ったのは。

 

『……もう! あんた達、いつまでシケた面してるわけ?』

 

 あの日。あの場所。カントーリーグの、決勝戦。

 僕は、僕らは、彼女のために、彼女から貰った分の『ありったけ』をぶつけた。

 

『トレーナーのあたしが気にしてないのに、あんた達だけしょげてるってどういうこと? これじゃ明日からのバトルもできないんだけど』

 

 それでも、僕らは勝つことができなかった。

 優しい人は「惜しかった」とか「あと一歩」なんて言ってくれる。けれどそんな言葉は、誤魔化しでしかなくて。何の意味もなくて。

 ほんとは一番要らないものだって、わかってた。

 

『ってか、たった一回負けただけ。あいつにはこれまでずっと勝ってた。単なるまぐれよ、まーぐーれ』

 

 ねえ、気にしてないなんて、嘘でしょ。

 

『次は絶対負けないんだから』

 

 その笑顔も、僕らを励まそうとして、一生懸命なだけでしょ。

 

『そう……次よ、次』

 

 誰よりも負けず嫌いで。

 

『もっと強くなる』

 

 人一倍、バトルのことを考えて。

 

『もっともっと、もーっと、強く、なって』

 

 僕らが寝ている時も、僕らのことを考えて――。

 

『――次は、絶対、いちばんに、なってやるんだから』

 

 悔しくないわけが、ないじゃないか。

 皆で焚き火を囲んで泣いた、あの日の夜。

 何かをしてなきゃ、責めてしまうから。僕らは口の中にめいっぱいの木の実を詰め込んだ。

 ただ考えるだけでは、苦しすぎるから。僕らはがむしゃらにごはんを食べた。

 それでも辛くて、結局我慢できなくて。僕らはぼろぼろ涙を溢していた。

 

       ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 ――あんな思いは、もういやだ。

 

『――ゴオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!』

 

 負けるのは、もうたくさんだ。

 

「――――!!?」

 

 突如、大地を裂かんばかりの叫びが木霊する。

 臓器まで突き刺されそうな、底からの地鳴り。びりびりと人々の本能に危険信号を送る凄まじさ。

 休んでいた鳥は一斉に飛び立ち、観衆はたまらず耳を塞いだ。

 

「ちょ、何、何、何!?」

「なんだってんだ!?」

「か、カビゴンが!」

 

 アルバの指が向く先……眠っていたはずのカビゴンが、真っ赤なオーラと共に、ゆらりと起き上がる。

 一体なんだ、何事だ。

 

「セグレイブ、構わないで!」

 

 得体の知れなさに悪寒を覚えたコスモスは、とどめを急かした。

 早急にげきりんのオーラを纏わせた腕を振り下ろすセグレイブ。だが――。

 

『ゴオオオオォォォォォッ!!』

『――ッ!』

 

 届かない。直後にドゴン、という墜落の音。

 打撃を与える寸前で片手に止められ、軽々と投げ飛ばされた。その間、約一秒。

 

「(何……!?)」

「壊しなさい」

 

 さらに一秒。

 

「目に映るもの、全部」

「――!」

 

 立ち直った視界。振りかぶるカビゴン。

「セグレイブ!」防いでと発したその声は、響き渡る鈍い音に殺された。

 空気も歪むストレートが見せる、ぼやけた天井。よろけた体躯。砕けた装甲(がんめん)

 されど暴力は続く。悶える時間も許さない。

 肉を掴む。爪が食い込む。

 大口を開ける。歯牙が輝く。

 

『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』

『グリャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!』

 

 そうして喰らい付いたのは、その背鰭(きょけん)だった。

 バキッ、ゴギッ、バキバキ――咬み付き、噛み締め、振り乱し、顎が生々しく骨を粉砕する。

 手足をばたつかせようが、首を捻って痛みに絶叫しようが、無駄。押さえつけられ、這いつくばるだけの者の抵抗に、どれだけの力があろう。

 いきり立った暴力に為すがまま犯されるその剣は、ひび割れ、いつしか見る影もないほどの疵物と化していた。

 野蛮、暴虐、原始的……喩え方は多様であろうが、檻から放たれた獣のように暴れて回る“これ”は、もはやカビゴンと呼べるかすらも怪しい。そこまでの次元に達している。

 

「暴走状態……」

「ソーリー。こうなったらもう、私の指示は聞かない。自分か相手のどちらかが倒れるまで、止まらないわ……自分の身は自分で守ってね」

「何をしたの」

「起こしただけよ、“もう一人の彼”を」

 

 コスモスは察する。この現象の根本が、技“ねごと”にあることを。

 

「だが、ただの“ねごと”じゃない」

「え、違うの?」

「当たり前だ。こんな恐ろしい技であってたまるか」

 

 眠っている最中に能動的に夢を見ることで、脳を半覚醒状態にし、指示不可能ながらも戦闘続行を可能とする。要約すれば、ある種の夢遊病に陥らせることで、ねむり状態のポケモンを守る手段――というのが、一般で認識されている“ねごと”の効果であるが。

 

「各ステータスの数値が計測不能? ……もしかして、能力が飛躍的に上がってるのか!?」

「赤いオーラは恐らく身体機能の活性化によって全身が発熱し、血液が蒸発しているんだろう」

「この凶暴性は? ……イリスさんは、知らないの?」

「……カビゴンが“ねごと”を覚えているところまでは、わかるよ。でも、あんな状態は初めて見た」

 

 ただ、間違いなく言えるのは。

 体力面、攻撃面、防御面、スピード面のどれを取っても、カビゴンは今この瞬間のミントの手持ちの中で、最強であるということ。最終兵器であるということ。

 

「普段は、温厚なんだけれどね。ある時を境に、眠っている間の戦闘で凶暴化するようになった――はっきりとした原因は知らない。大方、嫌な夢を見ているんでしょうけれど」

「戦友を苦しめて……傷付けてまで、勝利を得たいというのですか」

「馬鹿にしないで。カビゴン(このこ)も私も、みんな同じ場所を見てる。だから今、私たちはここにいる」

 

 強ければいい。

 ああ、最もだ。最もだろう。

 かつては自分も“そちら側”だったから。祖母から言われ続けたコスモスは、その言葉の重みを痛いほどに知っている。

 

「勝つために捨て続けていたら、最後には何も残らなくなる」

「勝利を掲げる一族がそれを言うの? 矛盾してるわよ」

「犠牲の果ての勝利など、誰も祝福しない」

「言ってなさい」

「言われなくても」

 

 そしてそれがいつかは仲間を、友を、果ては自分さえ滅ぼしてしまうことも――知っている。

 だから。まだ、間に合うから。今のうちに。

 

「あなたを、止めます」

 

 ばきん。漸く剣が折れた。それは刹那的なセグレイブ解放の合図。

 

「“げきりん”!」

 

 もう“きょけんとつげき”は使えない。そんなことは関係ない。

 尻尾で猛獣の頬を殴打。よろめく隙に立ち直る。それでも猛攻は収まらない。

 迸る闘争本能ひとつで、ひたすらに前進。後退などとうに脳裏で焼き切れたようで。

 

「お願い、耐えて!」

 

 ガードするも、知ったことではない。

 表皮が震える。骨格が軋む。筋がメリメリ唸ってる。

 拳を振り回して殴る、叩き付けて殴る、衝動の限り殴って、殴って、殴り続ける――。

 

「――今!」

 

 型もなければ規則もない、出鱈目な大振りパンチにクロスカウンター。

 合わせるのは容易。氷のようにしんと冷えた理性がそうさせる。

 しかし浅い。

 

「それでも!」

 

 乱打の再開は阻止して見せる。

 一が駄目なら二、二が駄目なら三、三が駄目なら四。

 理性による正確無比な回避と反撃が、本能に一方的な正拳を与え続ける。

 

『ゴオオオァァアッ!!』

 

 いい気になるな。そう叫んでいる。

 セグレイブは無理くり放たれた反撃(タックル)、“ヘビーボンバー”で吹っ飛び、地面を転げた。

 

「くっ……!」

 

 まるで倒れてくれない――。

 睡眠中は痛覚がない。

 痛覚がなければダメージを感じないし、ダメージを感じなければダウンしない。

 至極真っ当な理屈。簡単に理解できる。できるが、対処は全く簡単じゃない。

 

「止めるんじゃなかったの?」

 

 後の全てをカビゴンの自律行動に任せるミントは、指示や判断を挟まない分、状況がよく見える。

 片や傷を作りながらも、タフネスに物言わせまだまだ動き続ける戦闘マシン。対するセグレイブは、顔面の装甲に亀裂を作り、息も切れ切れにしている。

 何度殴られ、捻じ伏せられたかもわからないほどの生傷の数。満身創痍と呼ぶ他にない。

 

「仲間が大事なら、もう下げた方がいいわよ。きっとこの子は加減しない。これだけ立っていられるのも奇跡だった……もう十分でしょう」

「いいえ」

 

 コスモスは忠告を素気なく返した。

 残り体力も雲泥の差――それでも、コスモスの中にはあった。この状況を打破する策が。 

 一か八かの、賭けだけど。

 一呼吸おいて、目を閉じる。

 

「ごめんなさい。無理をさせるわ、セグレイブ」

 

 次に、ゆっくりと開眼。

 口にするのは、氷竜への謝罪と。

 

「それでも私は、ここで倒れたくないの。お願い――――力を貸して」

 

 仲間と掴む“本当の勝利”への、渇望。

 これ以上の言葉は要らなかった。セグレイブは真っ直ぐ合わせた瞳に光を灯し、カビゴンへと向き直る。

 

「……最後まで、ポケモンを信じます。勝つためじゃなく、あなたを止めるために」

「…………そう」

 

「馬鹿ね」――それが、最後の言葉だった。

 カビゴンは地を蹴とばし、重量を無視した速度で進撃する。

 向かう先は、肩で息する、威厳も失くしたずたぼろのドラゴン。

 破壊してやる。尾を引く赤色(せきしゃく)の眼光が、叫ぶ。

 死にぞこないが。熱気と共に漏れ出る咆哮が、宣う。

 怖じず、怯まず、狼狽えず。

 セグレイブはただ黙して、その砲弾にも似た猛獣を待ち受ける。

 

『10まんばりき』

 

 ダンプのような勢いで轢き潰す。カビゴンが選んだ技はそれだった。

 少しずつ遠くしていた輪郭が大きくなる。

 風が強くなる。

 熱が近くなる。

 傷が疼いて、たまらない。

 地響きが足に絡みつき、とうとう逃げる事すらできなくなった。

 

 決まる。

 

 決める。

 

 終わらせる。

 

 肉迫――――――。

 

 

「セグレイブ、“きょけんとつげき”」

 

 

 無音の中で。

 なまくらは最後の力を振り絞り、(にび)の閃きと化す。

「心許なかろう」纏わる光芒が結びつき、闇へ消えろとけだものの腹をぶち抜いた。

 

「――」

 

 吃驚するミントが見た光景――それは、足元に転がる折れた剣が、カビゴンを貫く光景。

 

「……間に合いましたか」

 

 ぶつかるかどうかの、瀬戸際で。

 セグレイブはカビゴンに折られた自分の背鰭を拾い上げ、渾身のエネルギーを込めて突きを放った。

 それは技へと昇華され、最後の“きょけんとつげき”として、目の前の猛獣を打倒したのだ。

 

「セグレイブ、カビゴン、両者戦闘不能」

 

 コスモスに言わせれば、発動の確証も、そも間に合う確信もなかったが――賭けに勝った。勝たせてくれた。それだけで十分だった。

 

「ありがとう――おつかれさま。ゆっくり、おやすみなさい」

 

 ジャッジを肯い、二人はもたれ合うそれぞれのポケモンをボールに戻す。

 

「褒めてあげる。こうなったあの子を止めたトレーナーは、今までいなかったから」

「何をしたというわけではありません。ただ、意地の張り合いで勝っただけのことです」

「そ。私は、意地なんて張ったつもりはないけど」

「たまには楽しいものですよ。こうやって思いの丈を吐き出しながら、バトルしてみるのも」

「“楽しさ”で勝てれば、それはおめでたい話ね」

 

 死闘の熱を冷ます間もなく、局面は次へと展開していく。

 

「意地とか、楽しいとか、誇りとか――正直、なんでもいいのよ」

 

 ミントが先程ぶりのエース“サンダース”を出せば、呼応するようにコスモスの相棒“カイリュー”が投入された。

 互いに互い、睨み合う最後の一匹。

 

「私はただ、勝つだけ」

 

 最強同士の戦いは、最終盤へ――。

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