「君には提督になってもらいたい」
「………え?」
その日、俺は突然『提督』になった。
突如深海から出現した『深海棲艦』達と、同じくして突如出現した今は亡き戦艦達が人の姿となった存在『艦娘』
人に仇なす深海棲艦達に対抗しうる唯一の存在である艦娘達にはさらに心強い味方がいた。それが『妖精』と呼ばれる小さな小さな少女達だ。
通常、妖精は人の目には見えない。
見えないのだが…ごく稀に見れる人間が現れる。
そんな人間は艦娘達と心を通わせることのできる存在として重宝されると同時に、艦娘の住む『鎮守府』へ配属されるのだ。
そして、鎮守府に着任した人間はこう呼ばれる。
『提督』
〜〜〜
俺がとある鎮守府に着任してから十年が立ったある日の事だった。
大本営に呼ばれ、俺を提督に任命してくれた元帥さんと顔を合わせることとなった。
「君はこの十年間で数々の輝かしい実績を上げ、在籍する艦娘達からも高い評価を受けている。 そんな君の力を見込んで頼みがある。君には一つの鎮守府に向かってほしい」
「待って下さい。既に自分は鎮守府を一つ持っています。それなのに何故また自分に…」
「うむ、実はな……その鎮守府はいわゆるブラック鎮守府だったんだ」
艦娘達の在籍する鎮守府だが、そこの最高責任者である提督の方針により、非常に劣悪な環境で働く鎮守府をブラック企業になぞらえて『ブラック鎮守府』と呼ぶのだ。
「……ッ! では、まずは艦娘達のメンタルケアを優先するべきでは?」
「そこの鎮守府は他の鎮守府との連携を行う上でも重要な位置にある。簡単に止めることが出来ないんだ。 それで、メンタルケアも含めての運行を君にお願いしているんだよ」
口で言うのは簡単ですが、それ結構大変だと思うんですけど。
……確かに、その鎮守府に在籍する艦娘の子達は可哀想だ。なんとかしてやりたい気持ちはある。
でも、今の俺は別の鎮守府で提督をしている。
そこの艦娘の子達の為にも、この話は断らせてもらう。
「ちなみに、君の推しの一人だとかいう
「行きます!!」
脊髄反射で言ってしまった…。
しまった、と心の中で叫んだが、もう遅い。
口から出た言葉を元帥の耳が聞き逃すはずもなく、元帥はニヤリと悪い笑顔を浮かばせた。
「頼んだよ。新任提督さん」
「あ、」
こうして俺の二度目の提督としての人生は始まった。
今となってはこの日の自分を助走をつけてぶん殴ってやりたい。
ちなみに、前の鎮守府の艦娘達は信頼できる他の提督に引き継ぐ事となった。
引き継いだ提督、及び仲良しの艦娘達からは一発ずつぶん殴られた。
ごめんなさい。
〜〜〜
それから三十日後──
「到着しました」
「ありがとうございます」
運転手の方にお礼を言い、カバン片手に車両から降りた。
差し込む太陽の光が眩しくて、不意に風が吹き抜けて気持ちいい。
「頑張って下さい。新しい提督さん」
「……がんばりますよ」
降り立った鎮守府は海の側に建てられていた。
ここが俺の新しい鎮守府なんだな…。
ほとんど自業自得とはいえ、新しく提督になってからの最初の一日目だ。
着任するまでの三十日間で全員の名前と顔位は頭に入れてきたけれど……内心、不安でいっぱいだ。
「とりあえず誰かいないのかな…」
この鎮守府には九人の艦娘が在籍していると聞いてる。
いつまでも立ち呆けていてもいけない。鎮守府の入口に向かって歩き出す。
「…なんか、道がボロボロだな。手入れとかされてないのかな」
穴ボコだらけの雑草まみれの汚い道路。
というか林道といってもいいくらいだろう。
ここまで汚いという事は、普段からあまりお客さんとかは来ないのかな?
前任の提督は何をしていたんだ?
仮にあまり使われなかったとしても、鎮守府の入口になる道ぐらいはしっかりと整備しておくものだろう。
「あ、見えてきた。……ん?誰か入口に立ってる?」
あれ?あの子は確か…。
「吹雪…」
あ、あああぁぁ!!!!!!!
俺の……!!俺の、推し!!
遠目からでも分かる。カワイイ!!
幼さの残る童顔と黒い髪。特に目立った特徴のない素朴な可愛さは逆に男を魅了する!
磨けば光る原石とはまさに彼女の為にある言葉だろう!
う〜ん、あの子を俺色に染めてやりたいなんて最低極まりないことを思ってしまうが、中々そう簡単にはいかんだろうな。
「あ……。えと、新しい司令官の方ですね。お、お迎えに向かえずに申し訳ありません。 前任の指示により、鎮守府より外へ出る事は禁止されておりましたので…」
推しの生声!!!
なんて透き通るような素朴で優しい声!
「あ、うん。気にしないで」
「すぐに門を開けます」
「あ、あぁ頼むよ」
元帥さんの指示でなるべく会話では敬語を使わないようにしている。
初対面の相手とはいえ彼女達は部下であり、俺は上司だ。
威厳を保つ為にもへり下ってはいけない、という事らしい。
「え、えっと外へ出ちゃいけない、というのは?お買い物とかはどうしてるの?」
「? いえ、何も買いに出かけません。私達には必要ないですから」
「え? いやそれは嘘でしょ?食事とかは?服とかは?どうやって確保してるの?」
「食事は私達には必要ないんです。食べて消化する事は出来るんですけど、エネルギーになる訳ではありません。 基本的には燃料とか弾薬です。服は同じものを何着か持ってるので、使い回しです」
えぇ……それは年頃の女の子にはかなり苦痛なんじゃ…?
「前任の司令官は厳しい方でしたから…」
彼女は…吹雪はそれを最後に口を閉じ、門を開くと鎮守府へと歓迎してくれた。
「舞鶴鎮守府にようこそ! 司令官!」
貼り付けたような笑顔で、吹雪はそう言った。
主人公である提督は、最初の鎮守府に十年在籍。
その後、現在の元ブラ鎮に着任します。