窓から僅かに朝日が差し込むまだ暗い鎮守府の廊下。
廊下を進んだ先にある【司令室】と書かれた部屋の前で一人の黒髪の少女が金髪の少女を必死に食い止めていた。
「ゆ、夕立…!!やっぱりやめようよ…!?」(小声
「ダメっぽい!!時雨が来なくても夕立は一人でも行くっぽい!」(小声
夕立と時雨は静かに言い争っていた。
現在の時刻はマルゴーマルマル(5時)
鎮守府の起床時刻は七時。
朝食は七時半(早朝遠征組は作り置きを各自)
まだまだ皆お眠の時間だ。幼い駆逐艦なんかは特に。
だというのに何故この二人は早起きしてまで司令室の前で言い争いを始めているのか?
それは……
「提督さんに落書きしてやるっぽい!」(小声
「や、やっぱりダメだよぉ…!!」(小声
なんとも可愛らしい理由だった。
時雨の制止を押し切って夕立は司令室の戸を開き、中へと侵入する。
時雨もまた夕立の服の裾を摘み、忍び足で中へと侵入する。ここまで来たなら最後まで付き合うつもりの模様。
「ぽいぃ〜…提督さんのお部屋はどこっぽい?」(小声
「た、多分あの部屋じゃないかな…?」(小声
時雨の指さす先には更にもう一つの扉があった。
他に部屋らしきものも見当たらないので、おそらくここだろう。
「ぽいぃ…提督さんったら秘密基地なんていつの間に」(小声
「夕立がいた頃からあったよ!」(小声
足音を気にした二人は自然とつま先立ちになり、ニヤニヤと楽しそうに笑顔を見せながら司令室の奥の扉に手をかける。
そこは確かに提督の私室だったようだ。部屋の中には一つの布団が敷かれており、その中で提督がスヤスヤと寝息を立てていた。
「ックスクス…‼︎提督さん寝てるっぽい寝てるっぽい…!」
「う、うん」(な、なんか髪が焦げてるような…?)
夕立はスカートのポケットからマーカーペンを二本取り出して時雨と自分で手に持った。
「水性だから大丈夫っぽい…!!」(小声
夕立達の悪巧みに気付かずに呑気に寝息を立てる提督の顔に近付き、夕立は提督の眉毛の間に太い線を入れて繋がりマユゲに書き換えた。
「ッププー!!提督さん変な顔っぽいぃ…!!」(小声
「ゆ、夕立ィ…!!」
と、口では言いつつも時雨もなんだか面白くてついつい笑ってしまう。
普段のおバカな姿からは想像もつかない優しそうで穏やかな寝顔なのに、眉毛は繋がっちゃってるなんて…なんだか可笑しいったらない。
「時雨も何か書くっぽい…!」(小声
「じゃ、じゃあちょっとだけ」(小声
時雨は遠慮して提督のほっぺに○マークを描いた。
「次は夕立〜!!」(小声
あ、まだ終わらないんだ。
朝起きた提督さんに怒られる前にやめておくんだよ?
そう思い夕立にもう今更かもしれないが、ストップをかけようとして…やっぱりやめた。
う〜ん。なんだか僕もやめようよ、と言いたくなくなってきちゃったや。
だって、こんなに笑ったの初めてかもしれないから。
昔の提督にだったらこんな事絶対に出来なかった。でも今の提督だったらきっと許してくれると思う。
根拠はない、でもそう思う。
きっと笑って許してくれるんだろうな、と一種の信頼がある。
どうして?
信頼できる夕立が彼に懐いているから?もちろんそれもあるだろうけど、やっぱりこの
夕立とまた巡り合わせてくれた。
美味しいご飯を食べさせてくれた。
僕達の鎮守府を元通りの姿にしてくれた。
この人がやって来てからまだ一ヶ月も立っていない。その短い期間だけでも、僕はこれだけ助けられて来た。
今までずっと言おうと思ってたのにタイミングがなくて言い出せなかったんだけれど…
提督が寝てる今のうちに言っちゃうね?
「ありがとう。提督」
それから……
その…ごめんね、提督。
時雨と夕立は起床の時間になる前に司令室から退散した。
その後、司令室から悲鳴が響き渡った。
〜〜〜
「夕立ィ!!!夕立はどこ行ったーーー!!!!」
「提督!?なんだその顔は!?」
「アハハハ!!また夕立ちゃんにやられたんですか!」
前鎮守府からの付き合いである赤城に爆笑されながら提督は夕立の名前を叫ぶ。
繋がりマユゲとネコのヒゲに丸メガネ。
口周りの濃いヒゲにバカの文字までおでこに書かれた提督が朝食の時間もお構いなしに鎮守府中を走り回っていた。
「夕立許さん!!今回はマジで許さん!!!」
「いいじゃありませんか。額の文字だけはそのまま残しておいて下さいね」
「神通まで俺の事バカっていうの!?」
「おバカさんなのは事実だと思いますが?」
「このバカの文字だけは絶対に消してやる!!」
提督はそのまま夕立ちゃんを探して走り出してしまった。
ほら、やっぱりおバカさんじゃないですか。
私が言った額の文字は
提督は気付いていなかった。
額にデカデカと書かれたバカの文字の横に、
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