〜医務室〜
舞鶴鎮守府の片隅に置かれた医務室で眠る緋色の髪の幼い艦娘を提督と神通は心配そうに見つめていた。
「かなり衰弱してるけど、命に別状はなさそうね」
加賀の診断を聞いて一気に力が抜けていく。
とにかく助けられたみたいで良かった。
「この子は…どうしてあんな所にいたのでしょうか」
「・・・」
〜〜〜
侵入者を告げる館内放送が流れ、艦娘達はすぐさま現場へと急行した。しかしそこにいたのは…。
『お、女の子…?』
一人の女の子がまるで打ち上げられたように砂浜に倒れ伏し、そのまま気を失っていた。
その肌には生傷が絶えず残っており、呼吸のたびに顔をしかめているように見える。内臓もやられている可能性が高い。
だが、その生傷は戦闘によるものではない。
殴られたり、鞭で打たれた時につくような傷だ。
ちょうど私達の身体にある前任に着けられた傷跡に、彼女のそれは酷似していた。
倒れて気を失う彼女にも容赦なく波は襲いかかってきたので、とりあえず彼女を安全な所まで引っ張り上げた武蔵は揺り動かして応答を求めた。
『おい!しっかりするんだ!!おい!?』
『う…、うぅ…ん』
『……息はあるわね』
『ど、どうしますか…武蔵さん?』
『私が決めれる事ではない。
今どうするかを決めるのはアイボ…い、いや提督だ』
武蔵は無線機を繋ぎ、すぐさま提督と連絡をとる。
少し遅れて提督が現場に急行した。
『敵はどこだ?
ここで何があった』
『妖精さんの発見した敵とは、彼女の事なのだそうだ』
武蔵は力無く壁にもたれかかる緋色の少女の肩を掴み、提督にその顔立ちがよく見えるように持ち上げた。
『海岸に倒れていた。
位置と状況から偶然流れ着いただけのようにも見える』
『意識は?』
『確認出来ない。
気を失っていると判断する』
その時、提督より少し遅れて到着した弥生が一歩進み、緋色の少女の姿を見るなり途端に血相を変えて近寄る。
『おい弥生!!そんな不用意に近付くな!!』
天龍の制止を振り切り、弥生は少女の顔を見るなり、途端に顔色を悪くしていく。
『……う…、卯月…!!』
弥生が不意につぶやく。
卯月って確か‥、弥生の姉妹艦か?
『弥生の知り合いか?』
『は、はい…。
卯月は、弥生とほぼ同時期に建造されたんです。
でも、前任の司令官が『駆逐艦はいらん!』と他の鎮守府に強制送還したと聞いて、それからずっと音信不通でした』
『元々はこの鎮守府の出身なのか?』
『はい。
といっても建造されてすぐに送還されましたから、武蔵さん達が知らなくても無理はないです』
彼女は艦娘なのか?
何故艦娘が鎮守府の土地の砂浜に倒れている?
それもこんな真夜中に?これほど消耗しきった姿で。
彼女の現在の立ち位置がまだ確定出来ない以上、敵側である可能性は捨てきれん。
ここで見捨てるには判断材料がもう少し欲しい。
『……ひとまず、卯月を救助する。医務室へ運ぶんだ』
『待ってくれアイボ…い、いや提督。
まだ彼女がどこから来たのかは分からない。
敵勢力のスパイの可能性も…』
『理解している。
確かに敵の勢力の可能性は否定出来ない。
だがその前に、武蔵。忘れるな。
俺達は弱者を殺す敵を殺したいのではない。
敵から弱者を守りたいのだ』
『ッ!!』
『この子は、俺達が守るべき弱い存在ではないのか?』
『……そうだな、
『これは命令だ、卯月…いや、漂流者を救助せよ』
提督の言葉に誰も言葉を挟まなかった。
歴戦の戦士としての、提督という肩書に恥じぬ堂々としたその姿を目の当たりにし、異論を挟むものなどいない。
(提督……カッコイイ…///)
神通はまた少し、彼に惚れ直した。
〜〜〜
そして時は戻り、医務室の一部屋で彼女 卯月は静かに目を覚ました。
「ぴょ…ぴょん…?
ここは…?」
「気がつきましたか」
ベッドに横たわる卯月の隣で一冊の本を読んでいた神通は優しく微笑み、コップに入れた水を卯月に手渡した。
「安心して下さい、毒なんかは入っていませんから」
「…あ、ありがとう…ございます」
「フフ、少し待ってて下さいね。
すぐに提督をお呼びします」
神通はもう一度微笑むと、無線を繋げて提督を呼び出した。
卯月はそれを緊張した面で見つめながら、恐る恐る水を飲む。
「提督が到着される前にいくつか説明しておきますね。
ここは舞鶴鎮守府の医務室です。
そしてあなたは鎮守府の領地内に含まれる砂浜で一人倒れていた所を保護されました」
「はい…。ご迷惑をおかけしましたぴょん…あ!
い、いや…おかけしました」
「迷惑だなんて…(むしろ提督のあんなにもかっこいいお姿を見られたのですからグッジョブと言いたいのですが)
他にも聞きたい事はあるかもしれませんが、それは提督が到着してからでお願いします」
「はい…。うーちゃん…あ!いや…う、卯月も司令官にお話したいです…」
なんだか…闇は深そうですね。
少し遅れて、医務室へ提督が到着した。
〜〜〜
〜神通視点〜
「初めまして。俺が舞鶴鎮守府の提督だ」
「う、卯月です。
許可なく鎮守府に侵入してしまい、申し訳ありません」
部屋に入ってきた提督は軍帽を被り、普段の優しい表情からは想像出来ない鋭い目つきと提督の威厳ある佇まいをしていました。
執務中の真面目モードを見ている私でさえも思わず怯んでしまいそうなほど強い威圧感が提督から感じられました。
卯月さんは軍服を着ている提督の姿を確認すると、慌てて上半身を起こして敬礼をした。
提督もそれに合わせて敬礼を返すと、すぐ楽な姿勢にさせる。
私はすぐに立ち上がって、部屋の隅の方で待機を始めました。
提督は私が座っていた椅子に腰かけると卯月さんの表情が緊張からか、一際固くなる。
怖がらせてしまっているかもしれませんが、今はそれを気にしてる場合ではない。
「領土へ侵入した自覚はあるようだな。
早速聞くが、お前はどこからやってきた?」
「大湊警備府です。
うーちゃ…あ、いや卯月は大湊警備府に在籍してます」
「大湊から使いが来るという連絡はない。
どこか近くで海戦でも行われていたのか?」
「いえ…卯月は大湊から舞鶴めがけて一直線で来ました。
敵と交戦はしていません」
交戦はしていない?
では何故それほど衰弱しきっているの?
私はてっきり近海で一戦交えた後、力尽きた末に運良くここに流れ着いたものかと。
「では連絡もなく、侵入した訳は?
その傷は?何があったのだ?」
「タ、助けて欲しくて…侵入しました!!」
……助けて…?
「大湊警備府はもう限界です…!!
うーちゃんにはここしか頼れる所が無かったぴょん!!
弥生が在籍してて、新しい司令官が着任したって噂のここしか…!!」
語尾を直す事も忘れた卯月さんは大粒の涙を流し、布団を握りしめながら必死に訴える。
『助けて』と。
「まずは落ち着け。
大湊警備府を助けるのはいいとして…俺よりも先に大湊の提督に助けを求めたのか?
資材が枯渇しているというのならば、他を当たれ。
我々もまだ復興の半ばであり、他へ助け舟を出せる程の余裕はない」
「その大湊の司令官を捕まえてほしいぴょん!!」
「……司令官を?」
「……そこはブラック鎮守府…という事ですか」
側で沈黙を決めていましたが、我慢ならずに溜め息混じりに呟く。その溜め息には小さくない怒りが籠ってるのが自分でも分かる。
「そ、そうですぴょん…!!
大湊の司令官に皆無茶な闘いをさせられてて、沈む寸前なんだぴょん!!
お願いします!!助けてぴょん!!
もう…本当に、皆限界で…!!」
「……助けるといっても、中々難しい事だ」
提督の答えは厳しいものでした。
ですが、その判断も仕方ない事だと思います。
何故なら、問題の大湊警備府は
もちろん卯月さんの証言が正しければそれらの情報は全て捏造であることになります。
ですが、例え全てデタラメだと分かっていても、私達が大湊警備府へ捜査に行く事は出来ません。
私達が大湊警備府へ攻め込んだとして、その動機はなんですか?
『卯月がそう言ってたから』なんです。
仮にも軍隊の一拠点をそんなあやふやな理由で勝手に調査する事は出来ません。
だから結局のところ、大湊警備府に一度何かしら表向きの理由を作って、公式な形で調査に入るしかないんです。
ですが、それを連絡したところで、向こうの提督はきっと調査の日までには表面上だけを取り繕ってしまう事でしょう。
そうでなければ、長年誰にも知られずにブラック鎮守府を続けられる訳がないのですから。
「…や、やっぱり…ダメ…ですか?」
卯月さんは泣き出しそうな表情で提督に潤んだ瞳を向けました。無自覚でしょうが、提督に泣き落とし攻撃はよく効きます。
「お前の言葉一つだけでは鎮守府を調査する事は難しい。何か証拠があれば別だが」
卯月さんはそれを聞いて絶望した表情へと変わりました。
卯月さんはこの鎮守府には手ぶらで来ていたからです。いえ、もしかしたら何か証拠となる紙面のようなものを持っていたのかもしれません。
しかし、気を失っている間に海の底へ落としてしまったのでしょう。
「と・こ・ろ・で・だ。
神通よ〜。
大湊警備府っていったら、確か海軍カレーがめちゃくちゃ美味いとこじゃなかったか?」
突然提督が大声でおかしな事を言い出した。
「…えぇ、青森はりんごが有名ですからね〜。
隠し味程度には入ってるんじゃないでしょうか?」
「ぴょ…ぴょん?」
突然全く関係のない話を始めた提督と神通に困惑の表情を浮かべる卯月だが、提督と神通は気にもせず、わざとらしそうに会話を続ける。
「ダメだ。言ってたら我慢できなくなったな〜。
よし、大湊の海軍カレー食いに行こうぜ」
「いいですね〜。
「
その言葉に…卯月の目に再び涙が溢れた。
「大湊まで案内してくれ、卯月」
「はい…!!はいっ!!」