「大湊の海軍カレーはいかがでしたか?」
「いや〜とても美味しかったですね。ここまで足を運んだ甲斐があったというものです」
大湊警備府自慢の間宮特製の海軍カレー。
名物というのは知っていたが、今回は俺達が大湊にやって来た口実に過ぎず、あまり味わって食べる気はなかったのだが……こうして食べてみると、確かに美味かった。
正直、食ってる間だけはここがブラック鎮守府と呼ばれてる事も、俺達がその調査目的でやって来たという事もすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
頼みの綱である神通はというと、軍人らしく爆速でカレーを平らげてしまったかと思えば、俺達が食べ終わるまでの余った時間でこの警備府に着任していた姉妹艦である川内と那珂の三人でずっと話し込んでいた。
こっちはこっちで任務の事を忘れていそうだ。
それに俺達が任務の事を忘れてしまっていたのは、周りの賑やかな空気も少なからずあるだろう。こうして飯を食ってる間にも食堂からは話し声や笑い声が絶えず響いており、いい意味で騒がしい。
事前知識なしで訪れた者にはここがブラック鎮守府と呼ばれてるなんて話は信じられないのではなかろうか?
(なんか色々予想外だな…。艦娘達も皆活気づいてるというか…、皆楽しそうな感じだ。なんなら
卯月から聞いていた話とは随分印象が違う。だが、いくら巷では嘘つきうーちゃんと呼ばれている卯月であっても、あの切羽詰まった表情が嘘をついていた顔だとは俺には到底思えない。
少し考えてみたいところだが……その前に少し尿意が訪れた。カレーだからといって、水を飲み過ぎてしまったな。
「失礼、トイレはどこですかね?」
「あぁ、私がご案内しますよ」
大湊の提督に案内され、俺は離れのトイレへと向かった。
「ここの艦娘は皆楽しそうですね。いったい何人在籍してるのですか?」
「えぇ〜っと…。まぁ二十人程ですな。私も歳をとりました。数を覚えるのも一苦労ですよ」
「駆逐艦は多数見受けられましたが、それ以外の艦がいなかったように思いましたが…。遠征にでも行かれてるのですか?駆逐艦以外の戦力はどれほど?」
「
「一体、誰が在籍してるのですか?」
「先ほどの川内姉妹に加えて青葉と衣笠が。翔鶴と瑞鶴もおりますよ」
何ィィ!!?
青葉と衣笠に翔鶴アンド瑞鶴!?
全員俺の推しじゃねぇか!!羨ましい!!
「駆逐艦以外の戦力はそれだけですか?それだけで戦線維持が出来るというのは、本当にすごいです!とても優秀な艦隊指揮なのですね」
「ハッハッハ!!かの高名な影波提督からお褒め頂けるとは恐縮する思いです!」
大湊の提督は豪快に笑い飛ばした。
〜〜〜
〜神通視点〜
川内姉さんと那珂ちゃんに会えた事があんまりにも嬉しかったものですから、ついつい話し込んでしまった…。
いつの間にか提督が食堂からいなくなってます。
でも荷物は机に置かれたままですし、トイレでも行ったのでしょうか?
「ねぇ神通!この後の予定とかって立ててるの!?」
川内姉さんは人懐っこい笑顔で私に絶え間なく話しかけてきます。姉さんも私と出会えた事が嬉しいんだと思うと、胸がいっぱいです。
「いえ、特には…。まぁ、折角来たのですからこの後は提督とご一緒に警備府内を見て回るかもしれませんね」
「予定は未定って事だね?」
すると川内姉さんは胸の中に手を入れ、胸部装甲の下から一枚の紙を取り出しました。
その紙には一言だけが書かれてました。
盗聴器があるの!今は会話を続けて!!お願い!!
「もし警備府で時間があるんだったらさ!私と一緒に夜戦しようよ!!」
「あぁ!それ那珂ちゃんも行きたいなぁ〜!!川内型勢揃いでアイドルステージなんて楽しそう〜!!」
(盗聴器!?ど、どこ…!?い、いえとりあえず川内姉さんの言う通り、会話を続けましょう)
「ア、ァアハハ…。川内姐さんは相変わらず夜戦が好きですね…」
努めて冷静に…。動揺こそしましたが、さっきまでと変わらない声色で話が出来ていたと思います。
普段から提督と一緒の空間で思わず上擦ってしまいそうな声を必死に抑え込んでいますからね。このくらい朝飯前というものです。
「夜戦はいいよぉ〜!!神通がどれくらい強いのかは私も気になるしね」
そして川内姉さんは、人懐っこい笑顔を振り撒きながらもう一枚の紙を胸の中から取り出しました。
……その紙に目を通す前、私が一呼吸置いて周りを見渡すとすぐに異変に気付きました。
那珂ちゃんも、陽炎ちゃんも、この警備府にいる子達皆、相変わらず何事もないかのように騒々しく動き回っていますが、目だけは私の方を見ています。
とても辛そうで、悔しそうな目です。
川内姉さんの紙には次のように書かれてました。
ありがとう!このまま会話を続けて!
この警備府では駆逐艦の子達がどんどん沈められてるの!!
(駆逐艦の子が沈んでる…?ですが、この警備府にはかなりの駆逐艦が在籍してましたが…)
「夜戦でしたら、私も参加してもいいですか?」
背中から話しかけられて思わず声の方を振り向くと、不知火さんが空になったラーメンどんぶりを持って立っていた。
しかし流石は不知火さんです。
別に怒られたりしてる訳ではないのに、弥生ちゃんでも真似出来ないこの不知火さん特有の鋭い目つきには数多の戦場を潜った私でも思わず怯んでしまうものがあります。
その目に溜まった涙さえなければ。
「えぇ、もちろんですよ」
(……大湊の闇が見えてきましたね)
次に見せられたのは、不知火さんが持っていた何重にも折り畳まれた紙でした。
不知火さんの身につけている白手袋の中に巧みに隠していたのです。
突然申し訳ありません。
時間は限られてるので単刀直入にお伝えします。
この警備府では、私達駆逐艦を盾にして敵戦力を消耗させ、主力艦で一気に潰す…いわゆる捨て艦戦法が主流です。
私も…多くの妹を見送ってきました。
もうたくさんです。
あの男にしかるべき罰を。どうか…。
「……楽しみにしております」
不知火さんは呟くようにそう言うと、すぐに立ち去ってしまった。
最後の一言は約束の夜戦を?それとも……
「アハハ!不知火も夜戦に参加するなんて珍しいね!!」
川内姉さんは次の紙を再び胸の中から取り出し、私の前に並べた。
お願いだよ!助けて!
もうこれ以上仲間が沈むのを見たくないの!!
「……………そうですね。私も夜戦が楽しみになってきました。提督に掛け合ってみます」
私は全ての紙を制服のポケットに押し込むと、言葉の代わりに笑顔を川内姉さん達に返した。
〜〜〜
「あ、提督。ここにいましたか」
「神通。置いてって悪いな。トイレ休憩だったもんで」
提督の近くにはあの大湊の提督がいた。
彼の近くでこの話をする訳にはいきませんね。
「舞鶴から通信が届きました。確認願えますか?」
「え?舞鶴?誰からの連絡?」
「弥生ちゃんと吹雪ちゃんですよ」
…驚く程簡単に引き離しが出来ました。
大湊の提督と離れ、私と提督は少し歩いて海岸沿いにまでやってきた。
「ブッキーと弥生はなんて!?」
「あれは嘘です」
提督は本当にショックを受けたようで途端にショック顔で倒れ伏しました。そこまでショックを受けることではないでしょう?
「じゃあなんだよぉ〜…?」
「捨て艦戦法を取ってるという情報を掴みました」
数瞬───
空気が変わった。
単に風が吹いた訳ではない。日が隠れたわけでもない。
男の周りだけが…『提督』の纏う空気そのものが変わった。
ついさっき感じ取った不知火さんであってもここまでの重圧はかけられないだろう。
「情報源は?」
「食堂に集まっていた艦娘の皆さんからです。お二人が席を外してる間に、命懸けで教えてくれました」
「…ふむ」
提督は考え込むように顎を摘み、静かに思考している。
普段のおちゃらけたセクハラ提督の姿はどこにもない。
数多の敵を沈め、限られた戦力でいくつもの海域を攻略し、多くの姫級を沈めて来た歴戦の軍人の姿が、そこにはあった。
「執務室と工廠へ向かうぞ。奴の戦果書類と工廠の使用履歴を調べる。照らし合わせて動かぬ証拠を手に入れるぞ!」
「はい!」
提督の号令に従い、私は工廠へとすぐに向かった。
ドックを使用すれば必ず使用履歴としてデータがドックに残るはずなのだ。
建造ドックを使用し、艦娘が誕生していればすぐに分かる。
ふと…執務室へと向かう提督の横顔をチラリと覗いてみた。
普段のおバカさんな顔ではない。
鋭く、険しく…そして真っ直ぐに前を見るその姿は美しい。
きっと私は、あの横顔に恋をしたんですね。
大湊に在籍する艦娘一覧
駆逐艦
睦月 如月 白露 村雨 五月雨 文月 陽炎 不知火 野分 嵐
軽巡
川内 那珂
重巡
青葉 衣笠
空母
瑞鶴 翔鶴
給糧艦
間宮
駆逐艦の数が多いのは捨て艦戦法をいつでも取れるようにするための、いわば備蓄です。常にストックを控えておく事であと少しで海域攻略というときに、とにかく数を送りまくって無理やり突破するという寸法。