「以上が鎮守府の全容です。何か、不明な点はございませんでしたか?」
吹雪の案内でまずは鎮守府の設備を一つ一つ見て回った。
回ったはいいのだが…、これは酷い。
工廠は建造以外はほぼ埃を被っており、食事処には食材ゼロ。艦娘寮に至っては建物内にヒビや傷まみれでいつ崩れてもおかしくない。
よくもまぁこんな鎮守府が今まで日本を守れていたもんだ。
こんなの誰の目から見ても異常だという事が分かるぞ。
「……他にも艦娘がいるって聞いてるんだけど、他の人は?」
「それぞれ部屋の中で待機しています。ご入用でしたら、案内しますが」
「あぁいやいや、いいよ。プライベートだし、そんな立ち寄っていいとこじゃないよ」
「……そうですか。司令官は優しいんですね」
「え?あ、ありがとう」
俺としてはごく普通の事を言ってるつもりなのだけど、今の言葉に優しいと感じる部分あったのかな…。
「本日のヒトヒトマルマル(11時)から食事処で司令官の着任式をするつもりです」
「ああ、何か耳聞こえのいいセリフを考えておくさ」
吹雪は立ち去る間際に最後の一礼をして艦娘寮へ小走りで立ち去ってしまった。しかし、あの健気な後ろ姿には応援してあげたくなるような妙な力がある。
吹雪に会ったのは初めてだけれど、あんなにカワイイんだなぁ。
たまに艦娘の写真が市場で出回ってる事があるけれど、どれも即完売してしまう。
艦娘は俺達一般人の間では救世主と崇められ、心から尊敬され、そして息を呑むほどに美しい存在なのだ。
「よっしゃ!新しい鎮守府の提督になれたんだ。俺も頑張らないとな」
確かに一秒でも早く吹雪を含む艦娘の子達にやらしい事をしたい、とは思うさ。
でもその前に1日でも早く皆に認めて貰いたい。
その為にも自分に出来る事は全てやってあげたい。
とはいえ、今の自分に出来る事って何だろう?
考えてみて、一つがすぐに思いついた。
吹雪に案内された鎮守府内の設備や建物はどれもひどくボロボロで傷んでいた。まずはこれを直そう。
普段から自分達が使う物なのだ。少なくとも普段から綺麗にしておいて怒られるような事はない。
というか、俺自身がこんな環境でなんて働きたくない!
鎮守府の外に竹ぼうきと塵取り機が置かれていた。雑巾だってどこかにあるはずだ。建物の修繕までは…流石の俺でも出来ないので、後で大本営に相談してみよう。
とりあえず、まずは料理処からだな。
〜〜〜
吹雪です。
この鎮守府で私は艦娘として生まれました。
ですが、司令官は生まれて欲しくなかったみたいです。
『はじめまして吹雪です。よろしくお願い致します』
司令官に初めての挨拶。
この時、不安と期待でいっぱいでした。
でも、
『…んだよ。駆逐艦かよ』
『え?』
一目見るなり残念そうに司令官は溜め息を吐きました。
戦艦や空母の方をご所望だったのかと思ってました。
実際そうでした。
ここの司令官さんは火力に物をいわせて脳死で特攻を繰り返すダメな人でした。
他の皆も司令官のめちゃくちゃな指揮にうんざりしているようで、誰一人として彼の言葉に反論しようとする者はいませんでした。
私が着任する前から、この人はずっとこんな感じだったんだろうなというのは簡単に想像出来ました。
でも、駆逐艦の私が結果を出せば、きっと司令官は私の事を見てくれる。きっと私達の事も考えてくれるはずだ、と。
あの時の私はそう信じて疑っていませんでした。
えぇ、本当にバカだったと思います。
あの人は毎日毎日私達を罵倒し、暴力を振るう方でした。
事あるごとに殴りつけて、鞭で叩かれた事もありました。
私はありませんでしたが…、司令官に目をつけられて無理矢理犯され、純潔を散らした人もいるみたいです。
満足な食事も与えられず、最低限の補給だけを受けて私達は戦場に出されました。
あの新しくやってきた司令官には素っ気なく私達には食事なんて必要ないと返してしまいましたが、出来たてホカホカの温かくて美味しいご飯を一度でもいいから食べてみたいんです。
でもそれをつい司令官に求めてしまったあの日、気絶するまで鞭で打たれました。
『兵器の分際で』だの『お国に申し訳ないと思え』だの散々罵倒され、全身に鞭を浴びてようやく許された時には、私の心は完全に折れてしまいました。
それ以来、私は求める事をやめました。
小破、中破しても入渠して傷を癒す事さえ許されず、それどころか暴力で傷が増え、毎日毎日、沈む事を恐れ続けていました。
そんなある日、私の妹が…沈みました。
名は叢雲と言います。
気が強くて厳しい所もあるけれど、優しくて面倒見のいい私の自慢の妹でした。
今でもたまに叢雲の事を思い出しては一人布団の中で泣いちゃいます。
ですが、それをきっかけに大本営から鎮守府に調査隊が入る事になりました。
そして、あの人は憲兵に逮捕される事となりました。
この時のために叢雲は司令官も、私でさえも知らないところで司令官の不正の証拠をかき集めていたみたいです。
一度調査の手が入ると次から次へと証拠が出てくるものだから憲兵の人も驚いていました。
結局あの人は憲兵さんに連れていかれるまで何も変わりませんでした。
あの人は私達への無茶な運行や暴力の他にも軍資金の横領や大本営側の人間に賄賂を渡したりもしていたとの事です。
憲兵に両肩を掴まれて、喚き散らしながらも車に詰め込まれる司令官…いえ、司令官
正直にいいましょう。
ザマァ見ろ、と。
そして前任の方に変わって、今日は新しい司令官が就任するという事で、私がお迎えに行く事になりました。
ただ、司令官には申し訳なかったのですが、前任の指示によって私達は鎮守府から許可なく出る事を許されていません。
もう前任はいないのだから守る必要はないと言われればその通りです。
でも私にとっては、あの恐ろしい司令官の言葉がまるで鎖のように絡みついて、足がすくんでどうしても一歩を踏み出せなかったんです。
新しくやってきた司令官は若い人でした。二十代…でしょうか?
とても優しそうな人で、そしてなんだか私の事を見る目が好奇心と若干イヤらしい感じがしました。
失礼な考えで本当に申し訳ないですけど、正直、気持ち悪いとさえ感じました。
あの人は、いい人なんだろうか。
それとも、悪い人なんだろうか。
例え悪い人だったとしても、せめて誰も沈まないようにしてほしいです。
もう妹を失いたくありません。あんな思いはしたくないんです。
それと、あとほんの少しだけ欲張りを言うなら、出来たてホカホカの美味しいご飯を食べさせて欲しいなぁ…なんて。
〜〜〜
時計の針はヒトマルヨンマル(10時40分)を過ぎた。
11時から食事処で行われる司令官の着任式に向けて、一足早く私は部屋を出て食堂となる料理処へ向かった。
………な、なんだかいい匂いがするような…?
妙な違和感を感じながら食事処に到着した私は、目の前の光景に思わず目を疑った。
「し、司令官!?何をしてるのですか!?」
「あ、吹雪か。何って飯作ってるんだけど」
司令官自らが厨房に立ち、エプロンを着込んで大鍋をかき回してたんです!
なんだか割と様になってますけれど、仮にも最高責任者ともあろう方が何をしているんですか!?
「その量を提督お一人で食べるんですか!?」
「いやそんな訳ないだろ…。皆にあげる為だよ」
わ、私達に…?
あ、あれ?ご飯は私達には必要ない、って最初にお伝えしましたよね?
「い、いえ、お気持ちは嬉しいんですけど」
「前任が食べるな、って言ったんだろ?」
「ッ!!」
「ごめん、実は事前に聞いていたんだ。ここに着任する前、大本営の人からここがどんな鎮守府なのかを」
ここに着任するまでの三十日間、引き継ぎとここの鎮守府についての全容を細かく知ることとなった。
そして、ここが想像以上に劣悪な環境だった事を知った。
だから俺は、邪な気持ちに一時封印をかける事にしたのだ。
……たまに封印が解けて、欲望が顔を出してしまうけれど。
「この鎮守府に在籍する子を全員呼んできてくれ。飯にするぞって」