〜遠海〜
「青葉さん、教えて下さい。
私達って、ここで沈むのが任務なんですか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか!!
五月雨さん達の任務は青葉達の護衛なんですから!!」
はるか遠い海域へと向けて航行を続ける青葉、衣笠、瑞鶴、翔鶴の主力部隊より少し前を進む五月雨と野分。
ただひたすらに目標海域へと進み続ける野分は振り向く事すらもせず、吐き捨てるように言い放った。
「もういいんです。青葉さん。
野分は提督の作戦に従い、死んできます。
ですが、五月雨まで死ぬ事はありません。どうか五月雨を送り届けてあげて下さい。
卯月のように、舞鶴鎮守府へと」
そう、卯月は別に舞鶴に助けを求める為にやって来た訳ではない。
青葉が、衣笠が、瑞鶴が、翔鶴が、川内が、那珂が。
主力艦として数え切れない程の敵を倒し、そこからさらに数段多い数の仲間の死を見届けてきた彼女達が恐れの象徴でしかなかった提督に初めて見せた抵抗こそが、卯月の脱出だったのだ。
無論、卯月に至るまで彼女達がそういった行動を一度も行おうとしなかった訳ではない。むしろそうしようとした時が大半を占める。
では何故それが叶わなかったのか?
それは、青葉達を含む大湊の艦娘達の身体には提督の手によって無理矢理発信機が埋め込まれているが故である。
…抵抗はした、誰も沈めない為に…。
提督と何度も何度も言い争い、時には自分達の命さえも天秤にかけて青葉達は提督を揺さぶった。
すると今度は提督はその駆逐艦の命を人質に取った。
『お前達が死ねば、こいつらも同じ道を辿る。
これ以上誰も死なせたくないのなら貴様らが強くなって駆逐艦共を守ってやればよいのだ』…と、
青葉達はそれに従い、ただ戦い続ける事しか出来なかった。そして、無意味に沈められ続ける駆逐艦達をただ見送る事しか出来なかったのだ。
「五月雨だけが生き残るなんて出来ません!
それに五月雨の身体にだって発信機は埋め込まれてます!
卯月ちゃんみたいに砲撃を受けた所から偶然発信機が出てきたりしない限り、私達は逃げられやしないんです!」
卯月は本当に奇跡だった。受けた砲弾により破壊された太もも肉の中から明らかな異物が出て来た。それが発信機だったのだ。
「そ、そもそもアンタ達が死ななきゃいけない訳じゃないわ!!
私に任せて!私が絶ッッ対にアンタ達を死なせたりしないから!」
瑞鶴は生きる事を諦めつつある五月雨と野分を少しでも元気付けようとわざと陽気に振る舞う。
でもその足はひどく震え、顔に張り付いただけの笑顔も引き攣ってお世辞にも楽しそうとは言えない。
「瑞鶴さん。その台詞、今まで何回言って来ましたか?」
「ッ!!」
「誰か一人でも守れましたか?
今まで一緒に戦ってきた他の子達の誰か一人だけでも守りきれましたか?
沈まずにずっと生き残ってる駆逐艦がいますか?
…いないじゃないですか。
あなた達は誰も守れなかったじゃないですか」
野分の冷徹な言葉は瑞鶴達に、
「そ、それは…」
「もちろん、皆さんが必死に守ろうとしてくれていた事は知っています。
でも…力及ばなかった。それだけの事です」
野分の言葉に感情はこもっていない。
主力艦の皆を見つめる冷たい目と、絶望したようなその表情だけで彼女達を怯ませた。
「……すみません、言いすぎました。
まぁ……どうせあと数時間で散る命です。
最後くらい、言いたい事を言わせてください」
野分はさっさと先に行ってしまった。
五月雨もそれに黙ってついていく。まるでその言葉に賛同するかのように。
(…そうですよね。
そりゃあ……、そりゃあ……そうですよね…。
嫌われるのが、当然ですよね。
青葉達は、誰も守れなかったのだから)
誰も守れなかった。
その事実は重い鎖となり、主力メンバー達にのしかかってくる。
駆逐艦達のぶつけようのない怒りは、全て青葉達に吐き捨てられた。
どんな戦場に行っても、誰が何人沈もうとも、毎度毎度のうのうと帰ってくる彼女達に、全ての怒りと悲しみがぶつけられた。
青葉達はただ、無言で前を進む野分と五月雨の後ろをついていくことしか出来なかった。
辛い……。もう、本当に辛いよ…。
助けて…。誰でもいいの。皆を……助けて。
これ以上、誰も死なないで…!!
ガガ…ガ…
『提督より第一部隊へ。至急応答願う!
繰り返す。
提督より第一部隊へ。至急応答願う!』
無線を通じ、男性の声が聞こえて来た。
この声は…間違いない。あの忌まわしき男だ。
「はい、こちら第一編成部隊旗艦の翔鶴です」
『任務を中断し、大至急鎮守府へ帰投せよ!!』
え?任務を中断して?
「ど、どういう事で『とにかく大至急帰投せよ!!!』
そこで無線は一方的に切られた。
頭に?マークが浮かぶ。
ここまで慌てふためく司令官なんて初めてだ。
大至急帰投せよ?
なんだろう?鎮守府に深海棲艦が攻め込んできたとか?
でも付近の海域にはしばらく目撃情報すら出てないはずだけどなぁ…。
「と、とにかく帰投しましょう!
任務は中止です!」
翔鶴さんの号令で、私達は来た道をトンボ帰りする羽目になりました。
燃料が無駄になりましたが、仕方ありませんよね…。
〜〜〜
〜青葉視点〜
至急警備府へ帰投するとすぐに異変に気付きました。
普段は資材の無駄だから、とろくに演習一つさせてもらっていない駆逐艦の子達が演習場を使って砲撃の練習を楽しむ者。
主力艦以外は一度も食べさせてもらえない食堂の間宮ご飯を美味しそうに食べる者。
すぐに分かりましたよ。
『誰かお客様が来てるのだな』と。
司令官は隠蔽に関しては非常に狡猾ですからね。
近くの憲兵達の買収はもちろんのこと、大本営から視察に人がやって来た時なんかはこうやって警備府全体に猫を被らせるのです。
お客様の側には常に司令官が陣取っているため、私達の手で密告をする事も叶いません。
そこで少しでも妙な動きを見せれば後日、提督からの躾という名の拷問を受ける事になります。
皆それが怖くて、一歩を踏み出す事が出来ないんです。
帰投した私達はすぐに司令室へと向かった。
至急帰投しろと言ったのも、私達をお客様に紹介する為でしょうね。
そう思って一番に司令室に訪れると案の定です。
司令官の側には見慣れない若い提督の方と神通さんがいました。
しかし、その若い司令官はなんだか機嫌悪そうにしており…そしてあの忌まわしき提督がいつもとは違い、別人のようにしおらしくなっていたのです。
「任務途中だったのにすまないね。
至急、君達に聞きたい事があったんだ」
若い司令官は優しそうに微笑むと、神通さんに合図を送る。
なんと神通さんが司令官の頭に主砲を押し付けて、強引に力任せに押さえつけたのです!!
「ンなっ!!?な!何を!?」
「提督の指示です。ご無礼をお許しください」
神通さんは主砲を押し付ける力を徐々に増してゆき、今にも砲弾を撃ち出してしまいそうな雰囲気です!
「あ、あなた何をしてるんですか!」
「ちょっとこの提督には人質になってもらうさ。
さて、君達いくつか質問に答えてくれ。
まず一つ。
この警備府で一番練度が高いのは誰だ?」
「そ、それは私です」
旗艦の翔鶴さんが手を上げます。
「あ!あの影波提督!神通は少し押さえる力が強いです!
力を緩めるよう言ってくだされ!!」
「ハッハッハ。叫べる元気があるなら必要ありません」
「これは軍法会議モノですぞ!!!」
「そうですね。
ですが、それはあなたの艦娘次第ですね」
ワ、私達次第…?
「次、この警備府で一番美味い物は?」
「海軍カレー…です」
「次、白露の姉妹艦は誰が在籍してる?」
「村雨と五月雨ね」
「次、川内といえば?」
「夜戦です」
若い司令官は淡々と質問を続けます。
その脇では私達の司令官が神通さんに身動き一つ取れずに取り押さえられています。
相当強い力で抑えられてるみたいで司令官の顔は常にしかめっ面。
正直、もっとやれと思ってしまったのは心の中だけの秘密です。
〜〜〜
「次、青葉の履いてるパンツの色は?」
「えっと…今日は白で、って何言わせるんですか!!」
随分長く質問は続いた。
それもこんなどうでもいい内容の事しか聞いてこなかった。すぐ隣で痛みに耐え続けながら若い司令官に恨みったらしく睨みをきかせる司令官が少々気になります。
「ハッハッハ!ッヨシ!質問は終わりだ!神通?」
ここで神通さんがようやく司令官を解放しました。解放された司令官は相当痛かったみたいで抑えられた肩を必死に抑えています。
この人の狙いは最後まで分からなかった。
一体何のために?
「よーし、これで確信した。
大湊の提督さん。あなたを憲兵に引き渡します」
「!!な、何を!?」
若い司令官は手持ちの鞄の中から数枚の紙を取り出し、床に放り投げた。数枚の書類が床に飛び散り、そのうちの一枚が私の目に入った。
『建造ドック使用履歴書』
「この一月での建造の回数は二十九回。
そのうち、艦娘が建造されたのは実に十二回。
だが、この鎮守府に在籍してる艦娘は僅か十七人。
十七から十二を引いて五人。
先月までは、たった五人だけで警備府を回していたんですか?」
「そ、それは…」
「次の証拠です」
次は、神通さんが胸の中から数枚の紙を取り出し、そのうちの比較的大きめの何重にも折り畳まれた跡のある紙を広げて見せた。
「これは、ある子が私に命懸けで渡してくれた大湊警備府の本当の姿が書かれたメモ用紙です。
他にも私に助けを求める様々な書き置きが手元にあります」
「で、ですが…!それだけでは証拠不十分ですぞ!!」
「いいえ…今言ったこの二つだけでも十分証拠として効力を発揮するでしょうが…、ダメ押しでもう一つ、決定的な証拠がありますよ」
「な、なんだというんです!!?」
「先程、ここの艦娘達に多くの質問をしました。
簡単に答えられる内容です。返答する言葉に頭を割く必要もない程に。
ですが…、痛みに顏をしかめるアンタを見てられなくなり、神通に殴りかかる子は誰もいなかった。
誰もあんたが傷付いてる事を気にも止めなかった!!
誰もあんたを助けようとはしなかった!!!!」
!!!!!
そ、そういえばそうだ。
青葉は…、
いえ…青葉も、ガサも、翔鶴さんも瑞鶴さんも、野分さんも、五月雨さんも、誰一人として司令官を助けようと動きませんでした。
だって…だって…!!
誰がこいつを助けようなんて思うのですか!!?
「この事実が証拠にならんか!!?」
「キ、キ…!!キサマアアァァァ!!!!」
司令官が掴みかかろうとしたその瞬間、神通さんが間に入り、司令官を背負い投げの要領で投げ飛ばし、流れるように再び拘束をかけた!
「ナ〜イス神通」
若い司令官に褒められた神通さんは嬉しそうに目を逸らしました。
「憲兵には連絡を取っている。大人しくしてろ。
あぁ、期待はするなよ?
俺が連れてきた信頼できる憲兵だからな」
「クソオオォォォォォォーーーーーー!!!!!」
司令官は半狂乱となって暴れ出した!
それを見たとき、身体が先に動いていました。
『大人しくしなさい!!』『動かないで!!』
青葉も、ガサも、翔鶴さんも、瑞鶴さんも…
暴れる提督の身体を神通さんと一緒になって全力で抑え込んでいたんです。
「キ!貴様ら!何をしてる!?敵は私ではないぞ!!」
「う…!うる…!!うるさい!!
青葉はもうあなたの指示なんか聞きません!」
「誰が聞くもんか!!あんたみたいなクズの!!」
若い提督の方も、神通さんも私達の行動に驚いていましたが、すぐにニヤリと悪い笑顔を浮かべました。
「あんたの負けだよクズ野郎」
若い提督は神通さんの肩に手を当て、耳元で何かを囁きました。
神通さんはクスリと笑うと、提督の拘束を私達に預けると、すぐに主砲を展開。
やがて提督の顔に狙いを定めた。
「キ、貴様…。ナ、何をする気だ?」
「撃ちます」
「ふざけるな!!
軽巡洋艦といえど、軍艦の主砲に人間が耐えられる訳ないだろう!!」
「……と、言っておりますが?」
「…フ、やっぱ死ぬんだな」
「えぇ、多分あなた以外なら死にます」
神通は主砲を撃った。
しかし、発射されたのは非殺傷のゴム玉だ。
といっても、当たれば当然超痛い。
顔面にゴム玉の直撃を受けた提督はそのまま気を失ってしまった。