翔鶴と申します。
私は大湊警備府と呼ばれる別の海軍基地出身の艦娘です。現在の提督に拾われる形で舞鶴鎮守府へと着任しました。
そればかりか、提督は大湊におりました全ての艦娘を拾い上げ、纏めて面倒を見て下さっています。
提督には本当に、感謝してもしきれません。
この御恩をお返しする為にも、一つでも多くの戦場に出て戦果を上げなければなりません。
皮肉にも戦場で酷使され続けた私は大湊で最も練度が高く、多くの戦場で活躍できる機会があります。
来たるべき出撃の時に向けて、弓道場で矢を放ち続けていた時、一人来客がありました。
「また随分と精が出ますね。翔鶴さん」
「…赤城さん。お疲れ様です」
私達空母艦のリーダーを勤めている一航戦 赤城さん。
純粋な実力だけで言うならば、同じ一航戦の加賀さんに及ばないそうですけれど(加賀さん本人はもし再戦したら次は勝てないと言ってましたが)そんな加賀さんが推薦した空母艦のリーダーこそが赤城さんです。
先述した提督さんとも長い付き合いらしく、他の方達からも信頼を寄せられている凄い方です。
「あまり力みすぎると逆効果ですよ?
時にはご飯を食べてストレス発散をしなくては!」
「…ありがとうございます。
ですが、私には贅沢をする資格などありません。
不知火さん達は誰も私達を恨んでいないと、そう言って下さいました。
ですが、私が弱かったせいで彼女達が沈んだのは紛れもない事実です。
私はもっと強くならなければいけないんです。
…お食事でしたら、お時間が出来た時に間宮さんの所へ伺うようにしますよ。
どうか、私の事は気にせずに」
私は赤城さんに会釈を送り、再び遠くの的へ狙いを定めた。
「・・・」
赤城さんは何かを言う訳でもなく、何かをする訳でもなく、ただ弓を引く私の後ろ姿を見つめていました。黙って後ろに座る赤城さんの視線が少し気になりましたが、構わずに早速弓を引き絞り、数発ほど的に打ち込んだ。
そして何発目かになる矢を放った時、赤城さんが立ち上がりました。
「弓を引く時、重心がぶれていますよ。
それと全体的に狙いが下すぎます。もう少し高い位置を狙うよう意識してみて下さい」
「は、はい…!」
赤城さんの指導通りに弓を放つと、今度は的の中心より少し低い程度。
かなり中心に近い位置を捉えた。
「流石翔鶴さんですね!一度教えただけでもう吸収してしまうだなんて!」
「いえ…。私なんてそんな…」
赤城さんは私を大袈裟な位に褒めてくれます。
こんな真正面から手放しで褒められるなんていつぶりだろう。
いや、そもそも褒められた事があったでしょうか?
「そんなに謙遜しないで下さい。翔鶴さんは強いんですから」
「…私は、誰も守れなかった役立たずですよ」
「ではその言葉の真偽を確かめに行きましょうか?」
「へ?」
赤城さんは私の手を引っ張ると強引に弓道場から連れ出した。
「ど!どこに行くんですか!?」
「食堂です!」
「食事なら後で取ると…!!」
「今回はそれ目的ではありません!」
〜〜〜
食堂へと辿り着くと赤城さんは美味しそうに食事を楽しんでいるサイドテールの青い和服を着た女性に声をかけた。
「加賀さん!少しいいでしょうか?」
「? はい、なんですか?」
「翔鶴さんと演習をしてほしいんですよ」
!!!?!? な、なんで加賀さんと!?
舞鶴鎮守府のエースともいうべき人ですよ!?
いくらなんでも敵う訳ないじゃないですか!
「演習をすることは構いませんが、提督の許可無く勝手にする事は…」
「提督には私の方から言っておきますよ。
では早速やりましょう!」
「待ッ!待って下さい!!いくらなんでも無理ですよ!!
私なんかが加賀さんに勝てる訳がありません!」
「そうでしょうか?
う〜ん…でも確かに、私より強い加賀さんと一騎打ちというのは流石の翔鶴さんでも厳しいかもしれませんね。
それなら仕方ありません!
加賀さん!一つハンデをつけてあげてくれませんか?」
「私は別に構いませんが」
「では瑞鶴さんも演習に参加して下さい!」
「え!?なんで私も!?」
まさか自分まで巻き込まれるとは思ってもいなかった瑞鶴がすぐに駆け寄り、机を挟んで赤城さんに当然抗議します。
しかし加賀さんの冷たい一言で押し黙りました。
「赤城さんが決めた事よ。五航戦は黙って従いなさい」
「あ、はい」
瑞鶴の教育指導艦は加賀さん。
毎日しごかれてる瑞鶴は全く頭が上がらないみたいね。
〜〜〜
「それでは!演習を開始して下さい!!」
赤城さんの元気な開始の声が演習場に響き渡った。
「うぅ…、なんで私までぇ…あぁー!!もう!こうなりゃやってやろうじゃない!!翔鶴姉ェ!!二人で加賀さんの憎たらしい鼻の先へし折ってやろうよ!!」
「ず、瑞鶴…。あなた、仮にも先輩に向かってなんて口を…」
「少し、頭にきました」
加賀さんはそう呟くと天に向かって弓を放った。
放たれた矢は上空で姿を変えていき、やがてとんでもない数の艦載機へと姿を変えていった。
「ねぇ翔鶴姉ェ!!!!
加賀さんって手加減って言葉知らない訳!?」
「瑞鶴が煽ったのが原因でしょう…?」
加賀が放った艦載機の数およそ八十機(!)
明らかに多すぎである。
(しかもただ数を放っただけじゃない!!
明らかに速度が違うし、回避能力なんて私達とは比べ物になんない!!
八十?近く飛んでるってのに、一機ずつがとんでもなく強い!!)
(流石は舞鶴のエースという事ですね…)
翔鶴は同じように弓を引き絞り、加賀の艦載機に向けて発射。
瑞鶴も翔鶴より遅れて弓を引き、同じように数機の艦載機に姿を変えていく。
加賀と翔鶴姉妹の制空権争いが始まり、一機、また一機とお互いの艦載機が海上へ墜落していく。
しかし、勝敗は案外一瞬で決まった。
「嘘…。全機落ちた…!?」
瑞鶴の艦載機が全て落とされたのだ。
加賀の艦載機も随分多く墜落したが、それでも瑞鶴の機体は全滅し、翔鶴の艦載機も数える程しか残っていない。
翔鶴に残った数機も加賀の艦載機に追われていき、逃げ切れずにやがて数も差が開き始めた。
もはや勝敗は決していた。
だが、赤城は終了の合図である空砲を鳴らさない。
終了されない以上、闘いはまだ続く。
加賀は情け容赦なく、残りの艦載機を全て撃ち落とすと今度は翔鶴へと狙いを定めた。
「!!! か、回避!!!」
翔鶴は速力の早い空母だ。
しかし流石に航空機の速度からは逃げられずに未だ空を飛び続ける数十機の艦載機から総攻撃を受けることになった。
「翔鶴姉ェ!!」
「や、やられちゃった…流石に逃げ切れませんね」
まぁ私が加賀さんに勝てないなんて事はわかりきっていた事だ、と演習開始前から諦めかけていた翔鶴はコテンパンにされてもそれほど悔しくなかった。
流石に瑞鶴と二人で挑んでも全く届かなかったのは予想外だったが…、それでもこうなる事は予想ついていた。
(まぁ…当然勝てませんよね。
さっきの攻撃で中破…いえ、大破でしょうか…?
どちらにせよ、これ以上の被害を受けてはダメージは艤装だけではすみませんね)
「翔鶴姉ェ大丈夫!?大破しちゃってるじゃん!」
「…えぇ大丈夫だから、所詮は演習よ。
でも流石に撤退するわね」
「私だって艦載機無くなってるのに…。
ていうか、加賀さんもやりすぎでしょ全く!!」
瑞鶴は遠くの加賀さんを睨みつつ、私の傷んだ艤装を心配していました。
しかしそれがいけなかった。
瑞鶴に睨まれている加賀は、既に次の攻撃の手を放っていた。
繰り返す。
まだ終了の合図である空砲は鳴っていない。
演習はまだ続いている。
闘いはまだ終わっていないのだ。
(五航戦…。どうやら油断して気付いてないみたいね)
加賀は海面に視線を送る。
その先には一直線に進んでゆく数発の魚雷があった。
(空中にばかり気を取られていると足元が留守になる…。
私自身、鳳翔さんとの演習で身を持って実感したわ。これがいい教示になればいいのだけど)
変わらない無表情で五航戦を見つめる加賀。
やり過ぎだ、と加賀に一人ブチ切れる瑞鶴。
そして、こちらに迫る魚雷に気付いた翔鶴。
(ん?あれは…、魚雷!?)
魚雷との距離はもうあと数メートルまで来ていた。
もう…判断をする時間すらなかった。
翔鶴は咄嗟に瑞鶴を引っ張って後ろへ放り投げると、代わりに自分が前へ出た。
(わ、私どうして前に…!!?)
身体が勝手に動いてしまった。
すでに瑞鶴より前へ出たボロボロの身体を今更回避行動させる事も出来ない。
せめてもの防御として、咄嗟に腕を曲げて防御の姿勢を取る。
(せ、せめて大破止まりで…!!)
思わず目を閉じてしまったその時、激しい轟音が響いたかと思うといきなり海水のシャワーが身を包んだ。
「勝負あり!加賀さんの勝ちですね!」
「…ふえ?」
恐る恐る目を開くと、目前まで迫ってた筈の魚雷が跡形もなく消えている。
海面から浮かび上がってくる無数の白い泡。
爆発したような威力の突然の海水シャワー。
導き出される答えは一つです。
「赤城さんが魚雷を防いでくれたんですね」
「あはは…。もっと早くストップをかけるべきでしたね」
演習は終わりました。
結果は当然、加賀さんの勝利です。
〜〜〜
「演習お疲れ様でした。
艤装の破損も大した事なくて良かったですね」
「はい、でも今回の演習ではっきりしました。
私はやはり、強くならねばいけません」
「どうしてそう思うのですか?」
「今回の演習…。
赤城さんは、私が加賀さんに勝てるとまでは言わずとも小破被害を出す程度の善戦を期待していたかもしれません。
ですが、結果はこの様。
私は瑞鶴と二人で挑んだのに、擦り傷を負わせる事すら敵わなかった。
私は、やはり役立たずです」
「いいえ、今の演習はお見事という他ありませんでしたよ」
? さっきの演習が?あれだけコテンパンにされた戦いのどこに褒める要素があるのですか?
「確かに加賀さん相手といえども、傷一つ負わせられなかったという事実は反省すべきと言えます。
ですが、あなたはそんな格上相手でも一歩も引かなかった。
何も出来なかったとしても、最後まで足掻いて見せた。
なにより、あなたは瑞鶴さんを守った」
!!!
「結果だけ見れば、あの時大破していた翔鶴さんが更に魚雷を受けて轟沈する事より、瑞鶴さんが多少被害を受ける程度で済む事の方がよかった事でしょう。
でも理屈ではなくあなたは感情で動いた。
瑞鶴さんを守る為、自分から盾になった。
立派でした。
少なくとも、何も守れなかった役立たずではありません」
赤城さんは静かに微笑むと、私の頭を撫でてくれました。
「今までよく頑張りましたね」
「赤城…さん…」
赤城さんは微笑みを浮かべ、私の髪にそっと触れた。
暖かくて、柔らかくて、優しい手だ。
優しい手は私の目元に近づき、一粒の水滴を掬い取った。
自然と涙が溢れてきていたようだ。
それに気が付いた私は咄嗟に目を拭った。
「これからは私達と一緒に皆を引っ張っていきましょう」
「はい……、はい!」
〜〜〜
〜弓道場〜
「なんで私だけ稽古!!?」
「つべこべ言わずに次の的を狙いなさい。
これが終わったら敷地の外周十周よ」
加賀の強制指導の下、瑞鶴はひたすらに弓を引き続けてひたすらに的に当て続けている。
瑞鶴は文句こそ多いがなんだかんだちゃんと加賀の指示には従うし、なんだかんだ真面目にやってちゃんと能力も身についている。
喧嘩が多い二人だが、案外相性はいいのかもしれない。
とはいえ、今回ばかりは流石の瑞鶴も練習を止めて正面から抗議していた。
だって、
「私翔鶴姉ェの演習に巻き込まれただけじゃない!!!」
「私の放った魚雷に翔鶴は気付いた。けれどあなたは気付かなかったでしょ?理由はそれで十分よ。分かったらさっさと弓を引きなさい」
「クウウゥゥゥ!!!見、見てなさいよ!!
アンタだっていつかぜっったいに追い抜いてやるんだから!!!」
瑞鶴は弓を引き、離す。
すると奇跡が起きた。
放たれた矢がなんと的のど真ん中へと吸い込まれていったのだ。
「え…ウ、ウソ!真ん中!?
見た!?見た加賀さん!!?
私初めて真ん中に当たった!!!ヤッタァ!!!」
瑞鶴は思わず飛び跳ねて喜んだ。
瑞鶴が当てた的を見て思わず感嘆の声が加賀の口からも漏れる。
それを見て思わずドヤ顔を披露する瑞鶴。
その瑞鶴を見て鼻で笑う加賀。
「あらあらあら?何よ加賀さ〜んww
私の成長が早くて内心焦ってるんじゃないの?www」
完全にまぐれだったとはいえ、滅多に出来ない芸当が決まったので嬉しくてここぞとばかりに煽る瑞鶴。
「・・・」バシュッ‼︎
加賀は無言で弓矢を放ち、瑞鶴が射ったど真ん中にブッ刺さった矢に更に当てて矢を折った。
「……………嘘」
瑞鶴の奇跡の一手は、文字通り簡単にへし折られた。
「ノルマ追加よ。五航戦」
「イヤアアアァァァーーーー!!!!!!」
「あぁ、それともう一つ。
あなた、私を追い抜くと言ったわね」
「な、何よ!!!いやもう分かってるわよ!!
どーせ私じゃあんな芸当出来っこないわよ!!
でも目指すだけなら別にいいじゃない!!」
「別に何も言ってないわ。
私は、私を目指すくらいなら赤城さんを目標にしなさいと言ってるの」
「え?赤城さん?」
「えぇ、少し悔しいけれど…この鎮守府限定という話でならば、最強の空母は赤城さんよ」
「そ、そうなの?
でも加賀さん、赤城さんに一回演習して勝った事あるんでしょ?」
「はっきり言うわ。次は勝てない」
「へぇ〜…そうなのね。
でも赤城さんが強かろうが弱かろうが、私には関係ないわ。
私が目標にしてるのは加賀さんだから!!」
「・・・そう。・・・好きにしなさい」
「え?何!?テレてる!?
テレてんの!!あの加賀さんがテレてんの!!?」
「頭にきました」ピキピキ
その後、弓道場から瑞鶴の悲鳴が響いたそうな。
〜〜〜
演習の時、瑞鶴に向けて発射したあの魚雷…。
赤城はそれをどうやって食い止めたのか?
その方法は水飛沫に目をやられた翔鶴と瑞鶴には見えておらず、加賀の目にしか写っていなかった。
離れた距離の海中を進む魚雷をどうやって空母である赤城が起爆させたのか。
答えは単純。
赤城はただの弓矢を放ち、それを魚雷に当てたのだ。
艦載機にも変化しない、ごく普通の弓矢だ。
おまけに一発ずつではない。多発同時にだ。
同時に四本の矢を構え、同時に引き絞ると即発射した。
それらを海中を高速で動く魚雷に全発当てていたのだ。
はっきり言おう。神業である。
こればっかりは加賀であろうとも出来ない。
だからこそ、加賀は演習で深く思い知ったのだ。
赤城さんはまだ遠い…ということに。
加賀もまた、赤城を追い越そうと執念を燃やした。