暑い夏の日
俺は間宮食堂に座っていた。真正面には吹雪がいる。
俺が今頼んだある物を待ち侘びているようだ。
まだかまだか、と忙しなく指が交差し回って目線も落ち着きがなく泳ぎ回っている。
頼んだ物が待ちきれないのも大きいだろうが、俺が真正面にいるからというのも大きいかもしれん…。
まぁそれはそれとして…落ち着きがない様子で目を右往左往させる吹雪のなんと可愛らしい事か…。
「そんなに楽しみか?」
「ふえっ!!?ごご、ご!ごめんなさい!!つい!!」
「ハハハ!もうすぐ持ってくるだろ」
そう言うと、すぐに間宮が一つのおぼんを抱えてやってきた。
おぼんの上には二つのアイスクリーム。
そう、間宮食堂名物である間宮アイスだ!
普段はMVPになった子(夕立、加賀あたり)とか、最近連続出撃が多かった子(天龍、時雨あたり)とかに俺の独断で間宮券をあげてるのだが、(別に間宮券がなくても有料で間宮から買える)特別に間宮アイスを食べさせてやっていた。
「お待たせしました。間宮アイスです」
「うわあぁ〜…。スゴイ。キラキラしてて美味しそう…」
実は吹雪は一度もアイスを食べた事がないらしい。
お給料なら毎月支払っているので、そこから出せばいつでも食べられるのに、何故一度も食べないのか?
それは単に吹雪が遠慮してたからだ。
『大した活躍してない私なんかが欲しがってはいけない』
心のどこかでそう思っているかもしれない。
無意識にそういった娯楽を遠ざけていたのかもしれない。
前任の理不尽な叱責と暴力につけられた心の傷がまだ残っているのかもしれない。
それ故、吹雪は欲しがらない。
俺が入った時から、ずっと何も欲しがらない。
強いて上げるならば、飯の時には白飯だけは赤城さんに並ぶくらいパンパンにしてくれ、と言われる事くらいか?
戦時中の今、欲しがらない事自体は悪い事ではないのかもしれないが……。
それでもやはり…俺は年頃の女の子には、一丁前に欲しがってほしいのだ。
だからこそ、こうして吹雪に提督命令という職権濫用で半ば無理やり間宮アイスを食わせている。
「いただきます!早くしなきゃ溶けちまうぞ!」
「い!いただきます!」
付属の木のスプーンでアイスをすくった吹雪はすぐに口に運んだ。
するとすぐに目を輝かせ、次の一口、さらに一口と立て続けにアイスを食べる。
さぞアイスの味が気に入ったみたいで何より…。
「痛っ!!!な、何!!?頭が割れそう…!!」
吹雪が突然頭を抑えて固まった。
あぁ、アイスあるあるだな。
「大丈夫大丈夫。冷たいもんを急いで食べたらそうなるんだよ」
「そ、そうなんですか?痛タタ…司令官は平気なのですか?」
「そうならないようにゆっくり食べてるからな」
「うぅ〜…。も、もう少しゆっくりと…!!」
吹雪は初めてのアイスに苦戦している。
本人は至って真面目なつもりかもしれないが、側から見れば微笑ましい光景でしかない。
「司令。ここにいましたか」
不意に話しかけられた方を振り向くと、ピンクの髪を水色の髪留めで括り、白いカッターシャツの上から黒いブレザーを纏ったなんとも暑そうな服装をした駆逐艦がいた。
「不知火か。どうした?」
「武蔵さんがお探しです。急ぎのようですのでご同行を」
………仕事サボって出てきたのがバレたかな。
「お、おう…。分かった」
少しの絶望を胸に抱き、食べかけのアイスを残して席を立った。
「司令。もしやそのアイスは残す気ですか?」
不知火がドスの利いた野太い声で呼び止める。
その威圧的な声色には流石の俺も少し怯んでしまうものがあるが、そこはすぐに持ち直す。
「あー、確かに勿体ないなぁ…。
でも司令室に持ってく訳にも行かないし、なんなら不知火が食うか?なんちって」
「い、いいのですか?」
「おう、もちろんいいぞ…ってはえ?」
俺は冗談のつもりで言った。
思わずチビってしまいそうな声色で話しかけてきた武人肌で硬派で間違ってもキュート系の駆逐艦とは言えない不知火が甘味の代表とも言うべき間宮アイスを食べたがるとは思えなかったからだ。
てっきり『結構です。それよりも早くご同行を』みたいな軍人全開のセリフが返ってくるもんだとばかり思っていた。
「あ、いえ…。失礼しました。今はそれよりも…」
「あ、あぁ…。分かった」
残りのアイスは不知火……ではなく、吹雪にあげた。
「おいアイボ…いや提督!!また勝手に抜け出したな!!
駆逐艦と遊ぶのは好きにするといいが、せめて最低限の責務は果たした後にしてくれ!」
「いやあぁ〜ハッハッハ!!すまね!明日やる!!」
「昨日も同じ事を抜かしてただろう!!聞く耳持たん!」
武蔵の戦艦パンチが飛んでくるのを察知し、最近絶好調の逃げ足をフル稼働させて再び間宮食堂へと逃げ込んだ。
「おい待て!逃がしは…………な、なんて逃げ足の早い男だ」
武蔵は逃げる俺を追いかける事も出来ず、ただ遥か遠くの廊下を走る俺を諦めたような、呆れ返ってるような乾いた目つきで睨んでいた。
「ハハハ!!!甘いぞ武蔵!!
鳳翔か神通以外に俺は捕まらんぞ!!」
「ほう!それはどうだろうなぁ!!!」
武蔵は懐から一つの機械を取り出してスイッチを押す。
『イ、行かないで……お父さん』
弥生の声だった。
「武蔵ィィ!!!卑怯だぞ貴様ァァァ!!!!」
反射的に踵を返して武蔵に捕まった。
自分でも何やってんだと言いたい。だがしかし、不思議とこんなバカな行動をしてしまった自分を責める気にはならなかった。
俺は正しい行動をしたのだと、確固たる自信があったのだ。
弥生の『行かないでお父さん』という言葉に、すぐさま駆けつけた俺は間違ってなどいない。
「いや、間違っている」
武蔵は辛辣な言葉をかける。
「つーかなにあの録音は?
もう完全に全国の男達殺しにきてるじゃん。あんなの足止めない方がおかしいって」
「神通がくれたのだ。
きっと役に立つと思いますから、とな。
確かに役に立った。これは重宝させてもらう」
「けっ!」
悔しさを込めて舌打ちを返してやる。
不満いっぱいの視線を浴びせても少しも怯む様子を見せず、すぐさま執務室に俺を固定した武蔵は満足気に部屋を出ていった。
「終わるまでは部屋を出るな」
最後にそう言い残して…。
「司令は仕事を終えていなかったのですね」
「やった風に見えるよう細工してたんだけどなぁ…バレたか…」
武蔵によって椅子に縛り上げられた腰を気遣いながら渋々執務に取り掛かる事にした。
部屋までついてきてくれた不知火も俺に付き添い執務をしてくれている。
自分のすぐ隣に机と椅子を並べ、触り心地のよさそうなピンク色の髪と大人びているとはいえ、まだまだ駆逐艦らしい低い座高が不知火の隠れた可愛らしい魅力を存分に引き立たせている。
時折、書面に記入をする手を止めてサラサラな前髪をかき上げる姿は中々色っぽい。
思わず俺も手を止めてしまって少し見惚れていたら、不知火が機嫌悪そうに睨んできた。
「司令、手が止まっています」
「ごめんごめん、不知火がカワイかったから見惚れてた」
「え……、あ、ありがとうございます」
不知火は前髪を端に固めて、俺から表情を隠してしまった。
あれ?もしかして照れた?
不知火ってば意外と乙女なの?
「そういえば、さっき間宮アイス食べたそうにしてたな。
不知火は食べた事ないの?」
「!!! い、いえ…あります。
大湊の時からよく頂いていました」
「不知火って……甘いもの好きなのか?」
「…はい」
衝撃的な事実。
あの無口で無愛想で、あの鋭い眼光だけでイ級位は簡単に沈めてしまいそうなあの不知火が実は甘いもの好き!?
武蔵といい不知火といい、勇ましいイケメン艦娘は甘いものが好きじゃないといけない決まりでもあるのか?
「だからさっきアイスを欲しがってたのか。
これ全部終わったら、また食いに行くか」
「!!! ぜ、是非!!」
嬉しそうに返事をした不知火は珍しくテンションが上がって楽しそうに執務を再開した。
横目で見ても不知火が喜んでるのが分かる。
口元はニヤけ、目元も緩んで優しい表情に拍車をかける。
なんだか今にも口笛を吹き出してノリノリになりそうだ。
え、カワイイんだけど…?
「不知火。お前の事、ぬいぬいと呼んでいいか?」
「ダメに決まってるじゃないですか」
不知火は一瞬で普段の機嫌悪そうな鋭い顔に戻った。
「いや頼むってぬいぬい。
お前は自覚ないかもだけど、今のぬいぬいマジでカワイかったぞ」
「さりげなくぬいぬい呼びしないで下さい」
「いやもう決定だから!
お前は今日から陽炎型ニ番艦のぬいぬいだから!」
「絶対イヤです!!」
「この呼び方絶対に鎮守府中に広めてやるからな!!」
「勝手に言ってて下さい!!」
〜次の日〜
「あ、ぬいぬい〜!!今日は出撃予定ある?」
「………陽炎。いえ…今日はお休みをいただいてるわ」
「ヘーイぬいぬ〜い!!グッッモーニンネー!!」
「……グッモーニング」
「どうしたのだぬいぬい。なんだか気分が悪そうだな」
「………何故武蔵さんまで…」
「提督命令だからな。提督直々の命とあれば、従わない訳にもいくまい…。……………ッククク!!」
「武蔵さんも笑ってるじゃないですか!!」
「おっとすまない。
ところでだ、ぬいぬい。提督は執務室にいたぞ」
「………あの男殺す…!!絶対に殺す!!!」
その日、司令室から数度の砲撃音が響いた。
そしてその翌日
再び提督命令でぬいぬいから不知火へと戻された。