数日後、俺は奇跡的に意識を取り戻した。
俺が目を覚ました事が世に広まると大勢の野次馬と艦娘の皆が押し寄せてきた。
聞きつけた民間人や新聞社の連中は大本営の人間達で相手をしてくれているらしく、俺の下にまでは誰も辿り着けなかった。
そのため、俺の下には佐世保鎮守府出身の艦娘達がほぼ全員訪れてくれて、見舞いの品をたくさん置いていってくれた。
そんな中、部屋の戸が開かれた。
「お身体はどうでしょうか?」
担当医の先生だ。
とても献身的で優しい男性で、まるで絵に描いたようなお医者様。
「あ、あぁ先生。問題ないですよ。ただ退屈すぎて…何か娯楽の一つくらいは欲しいですね」
「なにか本だけでもお持ちしておくべきでしたね。それとご報告ですが、本日、大本営より元帥の地位につくお方がこちらまで足を運ばれるそうです」
「元帥……。あぁ、あの人が…」
先生からの報告を受け、新しく元帥となった人の顔が脳裏に浮かぶ。
あの人に会うのも久しぶりだ。
〜〜〜
「久しいね。影波提督」
「お久しぶりです。元帥…いえ、
佐世保鎮守府に勤めていた前任の提督。彼は佐世保鎮守府の引き継ぎを終えるとそのまま大本営に招集され、昇進する事になったそうだ。
その結果、彼はいきなり元帥へと昇進。
今にして思えば、入隊して数日の新人を大型鎮守府の提督に指名するなどという無茶が通ったのも、彼が次期元帥となる事が決定していた故なのかもしれない。
「出来れば、元帥でお願いしたいかな。まだ元帥と呼ばれるのに慣れなくてね。ちょっとでも抵抗をなくしておきたいんだ。 と…そんな事よりも、だ。怪我の具合はどうだね?」
思い出したように元帥は怪我を心配してくれる。大淀にも話した通りだが、身体の具合はすこぶる快調だ。
「すこぶる快調ですよ。見た目ほど、痛くありませんので」
「……快調…か。
「え?どういう意味ですか?」
「……いや、ワシの口からは話せないよ。その役目は…」
元帥は後ろの戸を開いた。
戸の向こうに立っていたのは鳳翔と大淀。
二人はいつもの優しく穏やかな表情とは違い、今にも壊れてしまいそうな苦しくてとても辛そうな表情をしていた。今にも泣き出してしまいそうだ。
只ならぬ二人の様子にイヤな予感を感じ取る。
「…シ、失礼します……」
彼女達は今にも消え入りそうな声だった。目の奥に涙が溜まりつつあった大淀に代わり、鳳翔が一歩前へと進んで胸に手を当てる。
まるで、自分の心を落ち着けるように。
「提督……。あなたに、お話しなければならない事が……二つ…あります」
「…何?」
「あなたはもう…………助からないそうです」
………
……………
……………………そうか。
ふと、右腕から先を見る。その先には中に何も収まっていない空洞の袖。
俺の右腕は爆風と共に、壁の染みになってしまったようだ。
失ってしまったのは、右腕だけじゃなかったって事なのかな?
「…俺は死ぬって事か?」
「はい、このままだと。 あなたの負われた傷は予想以上に深く、内臓へのダメージも深刻なようです。今はなんともないのかもしれませんが、近いうちに身体の機能が目に見えて壊れ出すらしく、いずれは…」
「………分かった。……で、、、二つ目は?」
「あなたに、人間をやめてほしいのです」
人間をやめろ?どういう事だ?何を言い出す?
「ここからは、私が説明します」
涙を堪えた大淀が鳳翔の隣に立って説明を始めた。
「簡潔にお話すると、私達艦娘の血を体内に取り込んで頂きたいのです」
!!!!!
そんな事をして大丈夫なのか!!?
「私もまだ前任…いえ、元帥様からお聞きしたばかりの話ですから、理解しきっているわけではないのですけれど。
艦娘の血を取り込んだ人間の身体は、強烈な拒絶反応を起こして様々な細胞が非常に活性化するという事が最近の研究で判明したそうです。
活性化した細胞達が過剰に身体を修復しようと働くことで、あわよくばその失った腕さえも修復される……可能性がある」
「そ、そんな事が……」
「あくまで可能性です。ですが…このままではアナタは確実に死んでしまう。ほんの1%でも可能性があるのならば、賭ける価値はあります! あなたに生きて欲しいのです!!」
「だが、概要を聞いても分かる通り、人間の身体に艦娘の血は適応されない…いわば猛毒なのだ。 それを無理矢理適応させようというのだから、この方法はとてつもなく危険である。そもそも本当に身体が修復されるのかも怪しいところじゃし、仮に修復されたとしてもその腕が元通りになるのかも不明だ。取り込まれた血液が当事者の身体にどのような悪影響を及ぼすかも見当がつかない。 だが…それでも、ワシはこの手術を君に受けて欲しい。君はまだ若い。未来ある若者がこんな所でくたばってはならない。ワシも、君に生きて欲しいのだ」
「私も…いえ…これは佐世保所属の艦娘達の、佐世保鎮守府そのものの総意です。あなたに生きて欲しいんです!!どうかお願いします!!」
……………………………………………………
俺は長考する。
そして、どうしても確認したい事があった。
「二つ……聞きたいんですけれど…」
「なんだ?」
「まず……もしもですよ?もしも、俺がその手術に失敗したとして……………その場合、佐世保はどうなるんですか?」
「ワシの部下が新しく提督に着任する予定だ。信頼できる男だ。安心して欲しい」
「………よかったです。それで………その、二つ目が……さっき艦娘の血を、俺の身体に取り込むって言ったじゃないですか?」
「あ、あぁ」
「その艦娘の血って、誰の血でもいいんですか?」
「? う、うむ。駆逐艦でも、戦艦でも、潜水艦でも。艦娘でさえあるならば、誰でもいい」
「軽巡でも?」
俺がそう言った時、大淀と鳳翔は何かを察したようにクスリと笑った。
「もちろん、軽巡でも構わないが?」
「……そうですか。ヨシ……俺、手術受けます。その代わり、俺の身体に入れる血の持ち主は指名させて下さい」
「む?それは構わないだろうが…、誰だ?」
「神通です。神通の血ならば、俺は受け入れます」
〜〜〜
手術はその日のうちに行われた。
こうしている今でも俺の身体は壊れ始めているのだという。なるべく早い方が身体の衰弱も抑えられて成功確率が上がるのだそうだ。
「提督殿。これが、あなたの身体に注入される神通さんから採取した血液です」
担当医の先生がわざわざ血液を見せてくれた。手のひらサイズのカプセルの中に入っている赤い血。
「…先生、お願いします」
そして手術の時間。
俺は全身麻酔を施されると、いつの間にか深い眠りに落ちた。
〜〜〜
メタい話になってしまうが、これが過去編という事実から手術がどうなったのかは皆さん既に分かりきっている事でしょう。
そうです。もちろん大成功しました。
腕もしっかり生えましたし、火傷の跡も随分マシになりました。
いやぁ〜、やっぱりお医者様って偉大ですね。
だが…まだ俺の昔話は終わっていない。
〜〜〜
手術を終えて数日の療養を経て、俺はついに退院を言い渡されることとなった。
「信じられない回復力ですね。艦娘の血を受け取った事による作用でしょうか?」
「どうでしょう?心なしか、身体も頑丈になった気がしますよ」
今の俺なら、また軽巡棲姫の砲弾を受けても耐えられそうな気がするよ。
などと、冗談のつもりで当時の俺は笑っていた。
将来真実になる話だとはこの時考えもしなかったよ。
病院を後にした俺は神通と大淀に半ば強引に車に乗せられると鎮守府へ向けて出発した。
「提督は、その……現在の佐世保鎮守府の状況を、ご存知でしょうか?」
行きの道中、大淀が言い出しづらそうに切り出す。
うん?最近はテレビもつけてないので、現在どんな事になってるのかは確かに知らないが、そんなの見るまでもないだろう。
「半壊してるんじゃないか?もしくは、妖精さん達総出での復興作業中とか」
「……到着したらすぐにお分かりになります」
大淀は妙に含みを持った言い方をする。
なんだ?俺が知らない間に佐世保鎮守府乗っ取られた?
鎮守府の玄関に到着した時、確かに異変にすぐに気がついた。
入口前に大勢の人達が集まっていたのだ。
あんまりにもすごい数の人が集まってるもんだからどこが玄関なのかさっぱり分からないが、遠くから見る感じだと鎮守府の入口で艦娘の皆が一生懸命に対応しているらしい。
ハハァーーン?
さてはあの野次馬達は俺を探してるんだな?
無理もない無理もない。自分でもよく生きてたと思うもの。
おまけに俺が重傷を負った事ばかりが取り上げられているが、あの日は姫級を二体も討伐した日でもあるのだ。
英雄とまではいかなくとも、市民の目が集まってしまうのも無理はない。
ほんの少し調子にノッた俺は大手を振って野次馬へと近付いていった。
「!!!? テテ!提督!!ダメです!近付いては!!」
後ろから大淀の呼び止める声が聞こえ、それに反応するように野次馬の視線が一気に俺に集まる。
だが、その視線は羨望や敬意の目ではない。
怒りや呆れといった負の感情だった。
「お前か!!!佐世保鎮守府にまで深海棲艦を侵入させるような無能野郎は!!!」
「あの時お前は何をしていたんだ!!?なんで敵が侵入してる事にも気付かなかったんだよ!!」
「お前が無能だったせいで本土にまで深海棲艦が攻め込んで来ちまったじゃないか!!」
「提督をやめろ!!この雑魚が!!」
療養上がりの提督に浴びせられたのは、罵声だった。
「だからあなた達にさっきから言ってますよね!!?あの日の提督は私達の指揮をとり、近海に出現した戦艦棲姫率いる大艦隊と闘っていたんです!!あの時の深海棲艦は私達艦娘ではなく提督個人を狙っていました!!はっきりと言ってあの時はどうしようもなかったのですよ!!」
門の向こうから赤城が怒声を叫ぶ。だが、その言葉ですらも野次馬達は聞こえていない。いや、聞こうとすらしていなかった。
「俺らを守んのがテメェの仕事だろうが!!一瞬でも俺らを危険に晒すんじゃねぇよ!!」
「お前みたいな若造がなんで提督になれるんだよ!!俺なんか三回も試験に落ちたんだぞ!!?テメェカンニングかなんかしたんだろ!!?アァ!!?」
「お前はいいよなぁ…!!いざとなったら艦娘を盾にすれば生き残れんだから!」
あまりにも聞くに堪えない罵詈雑言。
提督は野次馬達に瞬く間に囲まれて四方八方から口々に責め立てられていた。神通達もすぐに加勢に入って提督と野次馬達の間に入ると、野次馬達を睨みつける。
「あ?お嬢ちゃん誰よ?」
「軽巡洋艦川内型 2番艦の神通です。いかに民間人であろうとも、これ以上の無礼な行いは看過出来ません。早急にお立ち退き下さい」
寄ってたかって病み上がりの提督を大勢で責めるだなんてあまりにも醜い。見ていられなくなった神通と大淀はすぐに提督を守るように側を固めた。
だが、それを待ってましたとばかりに野次馬達は更に取り囲む。
まるで、外の目から神通達を隠すように。
「お嬢ちゃん達が艦娘か?へぇ〜?結構可愛いんだなぁ」
「ヒュー!服エッロ!!スカートの横穴空いちゃってるよ!?」
「神通ちゃんって言ったっけ?サラシ巻いてるけど、結構おっぱい大きいんじゃない?」
野次馬達は途端に下衆な視線を神通達にぶつけ始めた。
こいつら…。まさか狙いはこれか?
「眼鏡の艦娘ちゃん。名前なんてーの?」
「…大淀です」
「バストサイズおせーてよ。国民の願いだよ?艦娘なら叶えてよ」
「答える必要を感じません。お引き取りを」
流石の大淀でもイラつき始めているのが分かる。
俺も同意だ。大淀達がこんな下衆な奴等の視線に晒されてるというだけで全身の血液が沸騰する思いである。
「フハハ!!気が強いね〜!!どれ、神通ちゃんは何色のパンツ履いてんのかな〜」
野次馬の一人が小さな手鏡を待ち、神通のスカートの下へ手を差し込もうとする姿を見た瞬間……俺はそいつをぶん殴ってしまっていた。
「テ!!テメェ何しやがる!!提督のクセに国民に暴力かよ!!?」
「あぁ失礼しました。虫が飛んでたもんで」
内心やっちまった…と思いながらも殴った事は後悔していない。
こうなっちまったらとことんやってやると開き直った俺は、神通の肩を掴むと自分の胸の中へ抱き寄せて野次馬達を思いっ切り睨みつけた。
「な…!なんだテメェ!!鎮守府も守れない無能野郎の癖にヨォ!!」
「そ、そうだ!!司令塔が馬鹿なら手足の艦娘は雑魚ってか!?」
「俺が無能なのは認めます。ですが、
「じゃ、じゃあなんであそこは壊れてんだよ!!?」
野次馬が指差す先には、未だ復興途中の破壊された鎮守府の建物。あの日、突如出現して鎮守府にまで侵入した軽巡棲姫によって破壊されたものだ。
「あそこが壊れてんのはですねー…。あぁ〜…。そうだな〜。俺が女子風呂を覗いちゃったからかな?」
「へっ!?」
「は!!?」
その言葉に大淀はひどく動揺する。
慌てて訂正しようとするも、提督にすぐに遮られた。
「俺が覗きをしたもんだから、女の子の怒りに触れてしまったみたいでしてね。その結果があの様って訳です。なのであなた達、この話は出来れば広めないでくださいね?こんな下らない理由で鎮守府を修理する事になったなんて口が裂けても言えないんで」
「な訳…!!んな訳あるかあぁぁぁ!!!!」
逆に怒り狂った野次馬は提督の顔面に殴りかかる。
だが俺はそれを避ける事もせず、ただ無感情で拳を受け止めた。
「気は済みましたか?この酔っ払「痛ィッッッッテエエエエエええぇぇ!!!!!!!」
突如、俺の顔面をぶん殴った男が何故か逆に倒れ伏した。
殴った拳を見てみるとひどく赤くなって充血している。内出血を起こしている可能性があった。
「この雑魚野郎がぁ!!!」
野次馬達は吐き捨てるように台詞を吐くと一目散に逃げ出していった。
「……え?なんで殴ったあいつの方がダメージ受けてんの?」
「さ、さぁ?と、というか…提督!今のは一体何ですか!?何故風呂場を覗いたなどと嘘を吐いたのですか!?貴方の立場がさらに悪くなるだけですよ!?」
「でも、
「!!!」
(まさか、その為だけに?自分だけが泥を被ったというのですか?)
「ごめんな大淀。そういう事にさせてくれ。俺が変態って呼ばれるだけで皆が英雄扱いされるんなら安いもんさ」
「あなたという人は……。全く…。ではそういう事にしておきます。ですがその前に一つ。いいですか?」
「ん?なんだよ?」
「そろそろ、神通さんを解放してあげてください」
言われて胸に抱いたままの神通を見ると、物凄く恥ずかしそうに縮こまっていた。
耳まで真っ赤に染まって固まってしまったその姿には普段の凛々しい面影がどこにもない。
「あぁ、ごめんごめん。いきなり抱き寄せちゃって」
「い、いえ…ありがとう、ございました…」
?
さっき風呂を覗いたって嘘を着いた事に対してか?
「それと俺がさっき吐いた嘘の信憑性を上げるため、中庭とか玄関とか、とにかく鎮守府の外から見えやすいところにいる時はなにかセクハラっぽい事をしようと思ってる。申し訳ないのだけど、協力してほしい!」
「え!えぇ!?そそ、それは…」
「うう…!!艦娘として…いえ、一人の女としてその提案にノッてはいけないのでしょうけれど…」
まず大淀と神通に話して…
玄関で立ち尽くす赤城達に話して…
最後に赤城達から鎮守府全体へと。
俺は、自分がスケベなせいで鎮守府が半壊したのだという事を徹底的に信じ込ませる事にした。
大本営とも上手く連携を取り、必要以上に情報を流すこともせずに提督がスケベなだけという話を世間に信じ込ませた。
中庭や玄関といった外からでも見えやすい場所を中心に、俺はなるべく艦娘達に許可を取ってからセクハラ紛いの行いを外の野次馬や新聞社の連中に見せつけていた。
その甲斐あってか、俺がセクハラ好きの変態野郎という噂は広がっていったが、それに反比例して艦娘達の警戒不足により、鎮守府にまで敵が攻め込んできたという話が段々と聞こえなくなっていった。
佐世保鎮守府が半壊する事件から三年が立つ頃には、艦娘を悪く扱う噂はすっかり鳴りを潜め、変わらず民間人達の英雄としての扱いを世の中で扱われていた。
俺の作戦は上手くいった。
俺一人の名誉と引き換えに、艦娘達の名声を守る事が出来たのだ。
え?
じゃあなんで今現在になっても盗撮しようと浴場にカメラ仕掛けようとしたり、初対面の子にパンツ見せてくださいって土下座したりするのかって?
………演じてるうちに、自分でも楽しくなってきちゃったんだよ。
次回より現代へと戻ります。
長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。