今、神通はなんと言った?
好きになってくれと言ったのか?俺に?嘘だろ?
そもそも俺は既にお前の事が好きだとも。
お前は俺がお前の事を嫌っているとでも思ってるのか?
「ご、ご迷惑……でしょうか…?」
そう言って、神通は潤んだ瞳を向けた。涙が浮かんだその瞳には自信がない。
弱気で、まるで何かに怯えているようだった。
今にも泣き出してしまいそうだ。凛々しくて頼り甲斐のある普段の姿からは考えられないほどに今の神通は弱々しく、そして儚げに写った。
「迷惑なんかじゃっ…………ッ、そ、その、お前の事を好きになってくれってのは、恋愛的な意味で?」
「はい、お慕い申しております…提督」
……あぁ、、、なんだ…。
そうだったんだな…。
胸につっかかっていたものが取れたような気がした。
俺は神通と十年以上を共にしてきた。
そして数え切れないほど助けられた。
ブラック鎮守府と呼ばれた舞鶴鎮守府。
捨て艦戦法が主流であった大湊警備府。
二つの基地から艦娘達を救い出し、重要な戦力として引き取った俺は、第三者の目線から見ればさぞ優秀な男に写っていることだろう。
そんな今の俺があるのは間違いなく彼女のおかげだと言い切れる。きっと彼女にそれを言ったとしても『そんなことありませんよ』と上品に笑うのだろうけれど。
これほど大切でかけがえのない存在である神通に俺が想いを寄せたのも、ごく自然な事ではなかろうか?
ある日、気がつけばいつも神通の事を目で追ってる自分がいた事に気がついた。
それから、彼女の事を意識するようになった。
大人しく主張の少ない容姿でありながら、勇ましく凛とした立ち振る舞いは武人のソレ。
相手が俺でも関係なく言うべき事ははっきりと口に出して叱ってくれる面倒見の良さ。
かと思えば、意外と演習面では鬼教官。しかしその厳しさも本人の生真面目さと誰も傷つかないようにという彼女なりの不器用な優しさからだというのは皆が分かっていた。
優しく、強く、考えが深い。
俺は神通を密かに尊敬し、いつか彼女の隣に立てる男になるようにとこの十年間、必死に自分を磨き上げてきた。
そして、神通の練度が最大に近付きつつ、俺自身も元帥さんから直々にお願いされるほどに優秀な提督と呼ばれるようになったここ最近になって俺は決めた。
神通の練度が最大になった時、告白をしようと。
神通が応えてくれようがくれまいが、必ずそこで想いを告げようと決めた。
だからこそ…その神通の方から先に、俺の事を好きだといってくれたのが、どうしようもないほどに嬉しかった。
「俺も、好きだ。神通」
「え…?」
「職権濫用させてもらう。
神通、俺の事を、好きになってくれ」
神通は目を丸くして言葉に詰まる。
そしてやがて、口元を両手で覆うように隠し、手の上から一粒二粒の涙が流れ落ちた。
「──────」
この時に彼女がなんと言ったのか、俺はよく覚えていない。
ただ、その一言を聞いた時から、俺の記憶は飛んだ。
もう一度言う。俺の記憶は飛んだ。
ぶっ倒れてしまったのだ。
忘れてるかもしれないが、俺と神通は二人で宅飲みをしていたのだ。
そして俺はあまり酒が強くない。
ただでさえ限界近くまで飲んだ鳳翔の居酒屋の後に、よりにもよってとんでもない爆弾が待っていたのだ。
ぶっ倒れた理由が単に後から酔いが回ってきただけなのか、全部出し尽くした弊害によるものなのかは分からんが、とにかくあまりにもカッコ悪すぎる事だけは確かだ。
文字通り全てを出し尽くした俺は神通の言葉を聞いたその瞬間に力尽きてそのまま倒れてしまったらしく、あとで鳳翔から怒られた。
〜〜〜
「っぽい!!提督さん、体調平気っぽい?」
「あ、あぁ平気だ夕立。心配してくれてありがとな」
予定していた遠征から帰還した駆逐艦達は二日酔いで少し体調を崩している俺を心配そうに見つめている。
旗艦である天龍は情けない俺の姿を見てられなくなったのか、『しゃーねーな』と頭を掻いた。
「酔い覚ましに水持ってきてやっから、ちょっと横になっとけ。
あ、そうだ。神通!提督の布団敷いてやれよ」
同じ遠征のメンバーであった神通に声をかけると、天龍達は部屋を出て行った。
残されたのは昨日の出来事を鮮明に覚えている神通と、若干記憶のはっきりしない提督。
(ヤベェ…ちょっと、気まずいかも)
まさかあれほど大切な話してる最中にダウンするなど男として…いや人として有り得ないだろう。
記憶が飛んでる俺としては、『昨日の話は最後どうなったのだ』と直接聞きたいところだが、いくらなんでも聞けるはずもない…。
どうなったのか分からない以上、一方的に彼氏面する事も出来ず、かといってフラれた憐れなヒロイン面する事も出来ずにどうするのが正解なんだと頭の中で目の前の神通に聞いてみる。
もちろん、読心術の類など持ち合わせていない神通が答えてくれるはずもない。
が、その想いが通じたのか否か、神通は言いづらそうに聞いてきた。
「フ、二人っきりですね」
「あ、あぁ」
(これはどっちだ!?フラれた!?それとも成功!?)
「その、昨日は平気でしたか?
倒れた時、すごい勢いで頭を机にぶつけてましたけど」
「全然平気。頑丈だからな」
「そうですか…。
キ、昨日の事は、覚えていますか?」
・・・来た。
「あ、あぁ覚えているぞ」
嘘だ。最後の方は覚えてません。ごめんなさい。
「じゃあ、その…キスをしてもいいですか?
誰もいない、今のうちに」
・・・その言葉を聞き、腰掛けた椅子から立ち上がった。
神通の身長は俺の頭半分程低い。
女の子だという事を意識してしまう小さな肩を掴み、引き寄せる。
「あ…、」
掴んだ肩は少し震えていた。
緊張だろうか?それとも怖がっているのだろうか?
答えの出ない疑問を捨て、せめてこれ以上彼女が震えてしまわないようにと肩を掴む手の力を緩めた。
神通は嬉しそうに微笑むと、俺の胸元に両手を当てた。
拒絶をしてる訳ではないのは言われずともわかった。愛おしそうに見上げる彼女を見てそんな感情になどなるはずもない。
やがて両手が少しずつ肩へと上がってきて、ついには首の後ろで交差した。
神通との距離は0に近い。
たまらずに顔を背けてしまいそうだったけれど、神通の慈愛に満ちた微笑みからは不思議と目を逸らしたくない。
神通は少し肩の力を抜き、瞳を閉じる。
瞳を閉じ、ただその時を待ち望む神通の肩を引き寄せ、まるで啄むように、少し浅く唇を重ねた。
彼女を壊してしまわないよう…
初めての感触を忘れないよう…
ゆっくりと、長く、味わった。
やがて息が苦しくなり、柔らかな感触から離れた。
「ごめん、その…あんまし、やり方分からなくって」
「…私もですよ。ッフフ♪少しだけ日本酒の味がします」
二人で満足気に笑う。
その時ふと、神通の身体から香るめちゃくちゃいい匂いが鼻を刺した。
おかげでちょっとムラついたので、さり気なくお尻の方へ手を伸ばしてちょっとだけ触った。
「…スケベさんですね」
神通がすぐさま腕を掴んで皮をつねる。結構痛い!
「イテテ…!!ごめんって、ムードなかったな」
「全く、私にとっても初めての思い出なんですから、最後までロマンチックに終わらせて下さいよ」
「そうだな、でも俺はそんなキャラじゃないから」
そう言うと、神通は可笑しそうにクスリと笑った。
「フフ♪そうですね♪そんなアナタに恋をしたんですよ」
(恥ずかしいことを…)
「……では、そんなスケベな俺にちょっとパンツを見せてくれませんか?」
「見せる訳ないでしょう?」
まぁ当然である。
「・・・とりあえず、俺たちの関係、皆に公表しないとだな」
上司と部下という関係でありながら、恋仲になった俺達を皆はどんな目で見るかな…。
「はい、でも最初は鳳翔さんに報告しませんか?
公表するのは、その後に」
「あぁ、そうしようか。
鳳翔の居酒屋のおかげで付き合えれたみたいなもんだしな」
「はい…そうですね」
(提督は鳳翔さんが色々画策して下さってたことを知りませんからね)
なんとなく神通は、豆鉄砲喰らった鳩のような顔をする鳳翔さんの顔が思い浮かび、笑ってしまった。
「・・・あの、最後にもう一回、しませんか?」
居心地がいいのか、神通は俺の腕の中から離れようとしない。幸せそうに微笑みを浮かべて爪先立ちになった神通は、もう一度俺に唇を押し付けた。
二人っきりの司令室で、もう一度キスをする。
まだ天龍達は帰ってこないだろうという何一つ根拠のない直感を信じ、少しでも幸せな時間を長く続ける。
だがしかし
〜〜〜
「ぽいぃ〜…!!神通さんが提督さんのお嫁さんになったっぽい!」(超小声
「ハワワワワ…!!!司令官さんと神通さんがついにお付き合いなのです♡♡」(超小声
「поздравляю(おめでとう)神通さん」(超小声
「ピョエェ〜…う〜ちゃん、このことお喋りしたいぴょん〜!!」(超小声
「お前ら声デケェって!聞こえちまうだろ!」(クソ超小声
思ったよりも早く戻ってきた遠征組に覗かれてしまっている事に、俺達は気付いていなかった。
今までで一番修正・加筆を施した回です。
恋愛描写って難しいですねぇ…。