薬を飲んだら、猫耳が生えていた。
いやどういう事だと突っ込みたくなるだろうが、一番そう言いたいのは間違いなく神通本人であろう。
「なんですか……これ」
…私は、今まで数え切れない程の死線を潜り抜けてきた。予想し得ない攻撃だって対応してきたし、常識外れの怪物にだって何度も立ち向かってきた。
今まで潜ってきた死線の数とそこから得られた経験が、どんな物事にも動じない今の私を作ったのだと思っています。
でも……自分に猫耳が生えてくるなんて奇怪極まりない状況には思いっきり動じてしまっている。
鏡に写る自分の姿に理解が追いつかない。
というより…私は思考を放棄していた。
「ど、どうすれば治るんですかこれ」
試しに耳をつねってみる。
獣耳に感触が伝わってきた。思ってたよりフワフワで柔らかい。
尻尾を掴んでみる。
同様だ。モフモフしていて結構触り心地がいい。
…完全にこれは私から直接生えてる代物だ。
引っ張っても外れたりはしないだろう。
(……とりあえず、明石さんは許さない)
「おーい神通〜??」
私を呼ぶ提督の声が聞こえた。
慌てて適当なタオルを頭に巻いて耳を隠し、すぐにドアを開けた。
「すみません!ちょ、ちょっと色々あって…!!」
「? なんでタオル頭に巻いてんの?」
「あ、えと…お風呂に入ってたもので」
うっかり耳が見えてしまわないよう、もう一度タオルを頭に回す。提督は不思議そうな顔をしながら首を傾げる。
「ふ〜ん…ところで、そのヒゲはどうしたんだ?
パーティー用の仮装?」
あ!ネコのヒゲが生えてたの忘れてました!!
「ア、アハハ…実はその、そうなんです」
パーティー用の仮装という事にしてこのまま押し切る。
提督の夜戦が激しすぎるので、耐えられる身体を作る為に薬物摂取をしたら何故か猫耳が生えてきましたなんて話を提督に出来る訳がない!!
「なんかネコのヒゲみてー。可愛いじゃん」
「あ、アハハ…ありがとうございます。そ、それでその、提督。
相談なのですが私、今日はあまり体調が良くなくて…ま、また後日に致しませんか?」
…すみません、提督。
こんな恥ずかしい姿を提督に見せるなんて絶対に出来ません!!
「ん…そっか、ま、しゃーないか。
でも、せめて──」
提督が私を優しく抱きしめた。
「ふえぇ!!?ちょ!テイトク!!」
「せめて、この位はいいだろ?」
提督は私を堪能するようにしばらく抱きしめ続けた。
規則的に息を吸う音が耳元で聞こえるものだからそのたびに肩跳ねる。
自分でも身体がガチガチに固まっているのが分かる。
(ア、汗かいてきちゃった…!!
心臓の音聞かれてないでしょうか…!?)
その時だった。
背中を抱きしめる大きな手が、徐々に徐々にお尻の方へと伸び始めたのだ。
まさか─と思った時にはもう遅かった。
「お♡やっぱり神通のお尻は柔らかくて気持ちいいな。
中々筋肉質で張りがあって、この背中からお尻の膨らみにかけての波打つような曲線が俺のフェチとエロスを刺激………ん?
な、波打つような曲線が……ぅあれ?
お尻になんか生えてね?ふたなりチ◯ポか?」
ふたなりとはなんですか!!!
これは私の尻尾であって……
あ──今の私、尻尾生えてたんでした。
ついに、提督が私の異変に気がついた。
「尻尾?な、なんだこれは…?」
「ア、アハハ…」
………もはやこれまで。
私はタオルを外し、生えてきたネコミミも隠さずに見せた。
私の耳を見た途端、突然提督が固まった。
まぁ私に猫耳なんて絶対似合っていないでしょうからね。さぞ目に苦しい事と思います。
「こんなの………変、ですよね?」
その時、提督の目が光ったような気がした。
〜〜〜
〜舞鶴鎮守府の工廠〜
「え?神通さんに定期的に薬をプレゼントしてあげてほしい?」
「はい!夕張さんならきっと作れると信じてます!!
薬の作り方は提督宛てで送付しておきますんで!!」
「は、はぁ…」
工廠に備え付けられた通信機に突然明石から電話がかかってきたと思ったら、謎の薬物の調合方法を伝授された夕張。
とはいえ、一体なぜ定期的に神通に作らなくてはいけないのか全く分からない夕張はただ困惑するばかりである。
「…猫の姿になれる【だけ】の薬なんて、神通さんが欲しがるとは思えないんですけど」
「いやいやぁ〜!!案外(提督が)狂喜するかもしれませんよ!!」
(ムフフ〜!ごめんなさいね神通さん!!
実はあれ精力剤でもなんでもないんですよね〜!!
まぁ提督にとっては最高の精力剤かもしれませんがね!!)
…明石は、悪びれてもいなかった。正に
その日の晩、神通の腰は死んだ。
〜〜〜
「提督。最近神通が部屋から出てこなくなっちゃったんだけど、何か知らない?」
「い、いや知らないな」
「嘘だぁ。聞き耳立てたらずっと『提督怖い提督怖い提督怖い提督怖い』って聞こえてくるんだからね、絶対なんかやったでしょ」
「……いやほら、ネコミミって可愛いじゃん?」
「? ネコミミ?」
神通の姉である川内は様子のおかしい妹に辛抱ならず、提督の執務机をぶち壊す勢いで詰め寄った。
トラウマを植え付けられた神通は全く部屋から出てこなくなってしまった。
一体何故なのか特に多摩に対してのみ異常に拒絶反応を示しているらしく、多摩が声をかけた途端に駆逐艦達が号泣し始める程の殺気が部屋からぶつけられたみたいで、神通の部屋の前はちょっとした肝試しスポットになりつつある。
「とにかくなんとかしてよ!!文字通り提督が撒いた種が原因なんでしょどーせ!!」
「おぉ、上手い事言ったな」
「感心してる場合じゃないっつーの!!」
能天気な提督のケツを川内が蹴っ飛ばした。
提督は神通の部屋の前にやってきていた。
……うん、確かに中から殺気を感じる。わずか数日で肝試しスポットに選抜されるのも納得である。
「ジ、神通、俺だ。スーパー提督様だ。ドアを開けて?」
「テイトク…?」
底冷えするような声だった。
え、なに?ここ深海棲艦でもいるの?怖すぎるんですけど。
思わずたじろいでいると、部屋が開かれる。
今まで誰が話しかけてもうんともすんとも言わない開かずの間が開かれたもんだから、思わず川内は嬉しそうに感嘆の声を漏らした。
が、すぐに声は引っ込んだ。
開かれたドアのわずかな隙間から神通の手が飛び出して来たと思うと、まるで獲物を求めるように手を伸ばした。
「キテ、テイトク…」
……ホラー映画にこんなシーンあったような気がする。
「て、提督、いってらっしゃい。喜んで生贄になってきて」
「待て待て俺は最高司令官だぞ」
「こんな時だけ地位を持ち出すな!!」
川内に無理矢理連れて行かれて神通に片手を掴まれた!
すると、掴んだ手に段々と力がこもり出した。
ちょっと痛いと思い始めた時、扉が一瞬だけ開かれたと思うと信じられない力で部屋に引き込まれた俺は一瞬で部屋の中に消えていった。
川内は後に、その一瞬の攻防を『部屋が提督を食べたように見えた』と語ったという。
「神通ストップ!!俺が悪かった!!俺が悪かったから逆レ◯プはやめよ!!な!!まだ引き返せるぞ神通!!」
「そうじゃありません…!!そうじゃ、ないんです…」
「…!!は、はえ?」
?
神通の様子がおかしい。
いや確かに部屋の外から見た時は深海棲艦かと見紛う程に深刻な感じだったが、こうして向かい合えば意外な程に普段の神通らしい、しおらしくて大人しい姿だった。
だがしかし、今の神通の姿は明らかに異常であった。
頭の上から布団を被り、まるで身体を隠すように小さく縮こまる彼女の姿はあまりにも脆く、儚く写った。
それでいて、部屋もまた異様だった。
まだ明るい時間だというのに部屋のカーテンは全て閉められており、全体的に薄暗い。
神通本人の姿も相まって、まるで外の世界を拒絶してるような印象を受ける。これでは典型的な引きこもりの部屋ではないか。
流石にこれは只事ではないと直感し、ここからはおふざけではなくてガチモードで行かなければならんとすぐに自分を切り替えた。
「ど、どうしたんだよ…?何かあったのか?」
「提督…!!コレ…どうしたら、どうしたらいいんですか!?」
神通が頭から被った布団を脱ぎ捨て、その姿が露わになった。
…まだネコミミが生えたままだった。
「耳が、耳が元に戻らないんです!!」
いや、カワイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィーーー!!!!!