カーテンは閉まり、扉は硬く閉ざされ、一筋の光の侵入も許さない暗い暗い部屋の中。
部屋主である神通は、猫耳、猫ヒゲ、尻尾を生やした姿で弱々しく涙を耐え忍んでいた。
普段の勇ましくて凛々しい姿からは想像出来ないほど今の彼女は儚くて、つい守ってあげたくなる小動物のように愛らしい。
さぞ深刻な精神ダメージを負っているのだろう。そうでなければあの神通が簡単に涙など見せるものか。
神通の恋人として、いや提督として、いや一人の男として、俺は神通の涙を拭う。
涙を撫でられる彼女の微笑みは、朝の太陽のように優しく温かな魅力があった。
一人の恋人として、俺は神通を守ってやらねばならない。それをもう一度心に誓い、俺は神通に微笑むのだ。
………さて、それはそれとして、だ。
ここからは正直な事を話そう。
神通が泣いているのならばその涙を拭いたい…その気持ちに嘘偽りはない。これは間違いなく事実だ。
だがそれはそれとして…俺は神通にいかがわしい劣情を抱いていた。
先程も言った通り、神通はそう簡単に涙を見せない。姉妹艦である川内と那珂でさえ見た事がないんじゃないかという程に。
故に、今の半泣きになりながらグズっている神通の姿はとんでもなくレアだと言っていいだろう。
だからこそ俺は、目元にハンカチを当てて涙を隠そうとする神通の姿に正直なところ──さっきからめっっっっちゃムラムラしてる。
いや分かるよ?
そんな性欲全開な事を言ってられるような精神状態じゃない彼女の姿に下心満載の劣情抱いてるとかそこそこ歪んだ性癖のクズ野郎な事くらい分かるよ?
ぜっっったいに俺を喜ばせる為に神通は猫耳を生やしたままにしている訳じゃない事も分かるよ?
それでもやっぱ勃つわぁぁぁぁぁ!!!!!
言い訳させてもらうけどこれは流石にしょうがないと思うぞ?
普段はあんなにも凛々しく、美しく、勇ましく、皆の模範としてあるべき姿を体現し続けるカッコいい神通。
海の上で発揮される無双級の強さは、他の艦娘達からは武神とまで評される程である。
司令官の俺に代わって、現場の指揮を請け負う事も一度や二度ではない。
敵の攻撃で中破以上のダメージを負うことになったとしても、弱音を吐くどころか『これじゃ、戦いにくいです!』などとまだまだ闘う気満々の台詞を吐く
本人は断固として否定しているが、武神という二つ名はこれ以上なくお似合いだと言える。
そんな武神と謳われる神通が、気の弱い女の子らしく鼻声を出しながらグズったりしてる姿を目の前にしてみいや?
いやね?
ヤバイのよ!!カワイイがヤバイんじゃ!!ホンッットウに!!!
鼻血出るからねマジで!!
あぁ誰でもいい!!
誰でもいいから分かって欲しい!!この圧倒的ギャップ萌えを!!
分かって欲しい!!この高まる庇護の情を!!
分かって欲しい!!この溢れでる愛の大きさを!!
さらにダメ押しとして猫耳生えてんだぞ!?
んなもん今時メイド喫茶とかでも見かけんわあああああ!!!!
見ず知らずの相手が猫耳つけてんの見ても『カワイー♪』と連呼して終わりだが、想い人がそれをやってるとなると破壊力が数段違う!!
カワイイヨォ!!神通タン!!!!!
もうカワイイ!!!とにかくカワイイ!!!
もう何もかもがカワイイ!!!!
あぁどうしよう…。
これはマズイな本気でどうしよう。
このままだと俺は神通という名をした宇宙戦艦ヤマトに完膚なきまでに叩き潰されてしまう。
勘弁してくれないか?猫耳ヘアーという波動砲を装着した宇宙戦艦に対抗出来る程俺の装甲は硬くないんだよ。
すでにズタボロになった精神の壁に波動砲の砲口が向けられている気分だ。
理性と俺の鉄仮面をこの宇宙戦艦は容赦なく沈めにかかってくる。そんな事をしても手を振る人は笑顔で答えてくれないぞ。
「お…落ち着いたか?神通」
「ハイッ…グスッ、お見苦しい所を…」
「………ッフゥー、しかし…耳が戻らないってどういう事だ?」
(ヤバイ耳がピコピコ動いてるのカワイイ)
「私も、一日二日も経てば治るものだと思ってたんです。
でも何故だか一向に治る気配が無いですし…明石さんに連絡をしようにも通信機は司令室か工廠にしかないので、そこまでとても辿り着けず…」
「……なるほどな」
(ヤベーよチ◯コ勃つどうしよう金縛が発動してしまう)
「な、なんとか明石さんに連絡をとってみてもらえませんか…?」
「任せろ、神通」
(あ、これダメだ可愛すぎる。一発抜いてこよう)
数分後、便所の奥でイスカンダルが滅んだ。
〜〜〜
「という訳だ明石。さっさと解毒薬を作ってこっちに送れ。
鳳翔にチクられたくなかったらな」
「ヒイイィ!!分かりました分かりました!!すぐに送りますから鳳翔さんには言わないで!!!」
執務室備え付けの通信機を使って明石を電話越しに脅してやった。
鳳翔の名前を出した途端に怯え出す明石に、若干呆れの感情が現れた。
そんなに報復が怖いのならいらん事しなけりゃ良いのに…。流石の提督も思わず溜め息が漏れる。
「…ったく、というかそもそもこういうのは解毒薬とセットで送ってくるもんだろ?」
「あうぅ、すみません…。
あ、あれ?でも可笑しいですね。
提督。確認ですけど、舞鶴鎮守府の就寝時刻と起床時刻って何時なんですか?」
電話越しに明石が不思議な事を聞いてきた。
何故そんな事を聞くと少し疑問に思ったが、まぁ答えるのを渋るような内容ではない。
「就寝時刻は零時、起床は七時だ。それがどうかしたか?」
「あっれ〜?だったら発動しないとおかしいんですけどねぇ」
明石の発言の意図が分からない。
何故起床時刻と就寝時刻の話になるんだ?
「いやぁ〜実はあの薬、三時間以上睡眠を取ったら解毒されるように作ったんですよ」
…ん?三時間睡眠?
「真面目な神通さんでしたら、就寝時刻も起床時刻もちゃんと守ってますよね?」
「え?…あ、あぁ。もちろんだ」
「ん〜…調合間違えちゃったのかな?
まぁ、いいです。とりあえず、提督宛てに解毒薬とレシピ送っておきますね。
速達で出すので、明日には届くかとー!」
「お、おう。頼むな」
そして、俺は内心騒ついた心中で電話を切った。
………ちょっと待て。三時間睡眠を取れば治る?
早朝の任務や夜戦が重なってもいない平日に神通が三時間しか睡眠取らないというのはあり得ない。休める時にはしっかり休み、常に万全の体調を整えているのが神通という艦娘なのだ。
なんだ?
そんなに猫耳生えたのがショックなのか?
それともなにか夜更かしでもしてるのか?
試しに昨晩の事を思い出す。
皆が寝静まった夜、神通の部屋を叩いて日々の日課である秘密夜戦に突入した時の事を。
夜戦が終わる頃には外が明るくなりつつあった。確か、時計はマルヨンマルマル(午前四時)を下回っていたな。
おぉ、早速昨日の時点で三時間睡眠が取れていないではないか。
まぁこれは仕方ない。神通に猫耳が生えてるのが悪い!
………あれ?そういえば俺、神通に猫耳生えてからは割と毎日夜戦してね?
そんでもってそのたびに外明るくなってね?
…待てよ?神通に猫耳が生えてから数日が経った。
その間、一日でも神通と夜戦しなかった日ってあったっけ?
…あれ?もしかして神通が元に戻らなくなってたのって俺のせいだったり?
………いやいやそれはない!!
そもそも明石の発言に信用なんてないもの!!
試しに明日まで待ってみようではないか!!
神通が今晩三時間以上ぐっすり眠っても尚、まだ耳が残ってたら俺の無実は証明されるのだから!!
〜〜〜
〜翌日〜
チュンチュンチュン‼︎チュチュンガチュン‼︎
「提督ー!!よく分からないんですが、やっと耳が元通りになったんです!」
「おぉそうか良かった!!それは良かった!!
………さて、それはそうとしてだ」
………提督は神通の主砲を自ら運んできた。
運んできた主砲を自ら率先して神通に装着させ、その砲口の前で両手を広げる。
「はえ?え、えと…どうしたんですか?」
「撃て」
「……いや、何故?」
「理由は聞くな…。だが…俺は、撃たれなくてはならない」
神通はひたすら困惑しつつも、『まぁ提督なら大丈夫だろう』と躊躇なく引き金を引いた。