久しぶりにシリアス路線の短編
「………うん、だいぶ資源も余裕が出てきたな」
本日の秘書艦である赤城を側におき、提督は数枚の書類を眺めながらポツリと呟いた。
「潜水艦のニムさんがすごく頑張ってくれますものね」
その分、帰ってきたら『褒めて褒めて〜♪』と無遠慮に抱きついてくるがな。
まぁ俺としてはあの柔らか豊満エッ‼︎なニムニム…いやムニムニおっぱいを遠慮なく全身で堪能出来るので全然問題ない。むしろもっとやってくれ。
「それとも駆逐艦の子達が遠征で頑張ってくれているおかげでしょうか?」
確かに駆逐艦の数も多くなったし、皆の練度が上がってきた事でそこそこ難しい海域にも遠慮なく向かわせられるようになった事は大きい。
ニムと駆逐艦の皆が資源回収を頑張ってくれているおかげで資源に余裕が出てきたというのはまちがいないのだが、俺が思うに一番の理由は…
「多分お前が赤城スペシャルを頼まなくなったからだと思うぞ」
そう言うと赤城は途端に目を逸らして気まずそうに口笛を吹き出した。割と下手くそ。
実際、鳳翔にこってり絞られた赤城が佐世保鎮守府時代の時と同様、大好物の赤城スペシャルを月に一度しか頼まなくなったのはかなりデカいと思う。
赤城の暴食をなんだかんだ許してた俺も大概だが、それ以上に限度を知らない赤城の罪は深い。
手に持った鉛筆で赤城のおでこをピシャリと叩く。痛そうにおでこを抑える赤城のなんと可愛くて情けない事か。
「……そろそろ高燃費な艦種の運用も考えてみるか」
「あ、という事はついに武蔵さん出撃ですか?」
武蔵か…。そういやあいつに一度でもいいから使って欲しいと最初に言われてからどれぐらい経ったっけ?
規格外な出撃コストと前任提督の無茶なスケジュールのおかげで本人の練度が割と高めだったのも相まって中々使う機会の無かった舞鶴鎮守府の最高戦力・武蔵。
いよいよその重たい腰を上げてもらう時がきたやもしれぬのぉ?
「そうだな…ヨシ、武蔵出撃だ。
せっかくだしそこそこ難度高めな所に行かせたいな…。何かいい場所はないか?」
「あ、それならば提督。
一つ提案がありますよ」
そう言った赤城は机を離れると、ウキウキとした跳ねる足取りで戸棚から周辺海域の地図を取り出して机上に広げてある一点を迷いなく指差す。
「ここです、この海域。
先日、この辺りでは深海棲艦の活動が活発になっていると大本営から報告を受けたのですが…私はコレ、少し引っかかるんですよ。
この海域へは私自身、
それなのに、深海棲艦達がこの海域に集まりつつあるというのは少し不自然です。
私にはここに何かがあるとしか思えないんです。どうですか?提督」
「へぇ…ヨシ、そこに行こう。赤城の勘はよく当たるしな」
赤城の勘などと適当な事を言ってるが、舞鶴鎮守府で神通に次いで二位の高練度を誇る赤城の膨大な経験値とここぞという時に発揮される冷静な頭脳から導き出された一航戦の勘は、実際かなりよく当たる。
赤城の心配を受け止めてそこには何かがあると仮定した俺は、入念な作戦と編成案を赤城と共に練ってゆく。
もし赤城の勘が外れていて特別何も無かったとしても、そこの海域で深海棲艦の活動が活発化してるのは間違いないんだ。少なくとも、適当な海域に行くよりは交戦する回数も多いだろう。
……なんか面白そうだし、武蔵本人に出撃の事は直前まで黙っとこ。
〜〜〜
「ついにこの武蔵を使ってくれるのか!!?」
作戦概要を伝える為に早速武蔵及び数名の艦娘達を呼び出した所、蹴破るように入室してきて凄い勢いで詰め寄ってくる。
正直ちょっとビビった。
「あ、ああ。長い間待たせてすまなかったな」
「いいという事だ!!いいという事だ!!遠征でも近海哨戒でも一向に構わない!!この武蔵を海に立たせてくれるだけで感謝の極みだ!!あぁ一体どれほどこの時を待ち望んだことか!!」
………予想以上に武蔵は限界だったのかもな。
ごめんと再度心の中で武蔵に謝罪をすると、一つ咳払いをした。
わざとらしい咳払いを聞き、武蔵もすぐに頭を切り替えて他の艦娘達に並んで即座に姿勢を正す。
………が、まだ少し嬉しさを抑え切れないのか、口元が若干蠢いていて、ニヤけてしまいそうな表情筋を必死に抑えているのが分かる。
チクショー、武蔵可愛いじゃねぇか。
「旗艦は球磨。以下、武蔵、加賀、多摩、木曾、夕立」
「今回の海域には多くの敵が出現してる事が確定してる。装甲の硬い武蔵を主軸に立ち回り、各個撃破を意識しろ」
『了解!』
こうして武蔵は影波提督着任後は初となる、海上出撃をする事となったのだ。
〜〜〜
「この昂る緊張感…!!
不安定な足場…!!久々に戦場に戻ってきた感じだ!!」
「まだ会敵してないニャよ」
「ま、まぁはしゃぐのも仕方ないわ。
武蔵は、前任の提督にはほとんど毎日駆り出されていたもの」
私もそうだけれど、と小さく付け加えた加賀は過去を思い出すように空を見上げる。
現在の環境からは考えられないが、毎日のように戦場に駆り出され、僅かな補給と貧弱な装備で、いつ誰が死ぬかも分からない地獄のような過去を加賀は思い出していた。
(ほんと、あの頃の私が今の私を見たら、一体どんな弱みを握ったのって問い詰めてきそうね…)
加賀は改めて、今の提督に感謝するのだった。
「そういえば、加賀と武蔵は昔の舞鶴からの最古参だったクマな」
「最古参という言い方も少し語弊があるけれど…まぁ、そうね。
今の提督が着任する前から、舞鶴鎮守府にいたもの」
「そいや、昔の話はあんまし聞いた事ないクマなー。
もし話すのが辛くなければ、聞かせてくれないクマ?」
「ぽーい!夕立も聞きたい!」
「お、おい球磨姉!!そんな踏み込んでいい話じゃ…!!」
気遣ってくれる木曾の心遣いが嬉しいけれど、それは無用な心配よ。
私は一航戦、加賀。暗い過去などとうの昔に乗り越えている。
航行速度を緩める事なく、常に周囲の警戒をしながら私と武蔵は過去の自分達を淡々と語り始めた。
幼い駆逐艦が目の前で沈むのを見届けた──
轟沈寸前の大破状態で敵艦隊を引きつける囮として海に放り出された──
駆逐艦を人質に取られて逃げ出すことも出来ず、ついには奴に純潔を捧げた──
話す内容は聞いてる球磨達の方が気分を悪くするほどに凄惨な内容だったが、淡々と話す二人は意外なほどにあっさりしていた。
完全に過去を乗り切ったと話す二人はやはりとても強い艦娘だ。肉体的にも、精神的にも。
「つくづく、今の提督が着任してくれて良かったと思うわ」
「あぁ、おかげで今はこんなにも晴れやかな気持ちで海に立てる」
普段はあんなにもバカでスケベなクソ提督だが、やはり優秀でそれ以上に優しい提督なのだろう。神通が彼に惚れ込むのも納得である。
「…そういえば、敵艦隊と交戦しないな」
ふと、武蔵が辺りを見回し始める。
言われてみれば、目標海域に到達間近だというのに一度も敵艦隊と交戦していない。それどころか、はぐれの雑魚も見当たらない。
提督の話だと、最近この海域で深海棲艦が多く出現してるはずだったのに…。
「そういえばそうクマな…。
普段の遠征なんかでも、こんだけ長く航行を続けていれば一回位は敵と交戦するもんクマ…」
「どうしたことかな…。奴等、この武蔵に恐れをいなしたか?張り合いのない事だ」
「そりゃ、敵艦隊に戦艦が混じってたら普通はビビるだろ…」
木曾は武蔵の背負う馬鹿でかい砲口を見る。
あそこから射出される砲弾の事を考えると、敵である深海棲艦といえども同情してしまいたくなる…。
しかし、やはりここまで一度も敵艦隊と遭遇しないのは明らかに異常だ。
普段のなんでもない任務や遠征でもこれほど会敵しない事は稀だ。増してやこの地は敵艦隊が多く発生しているはずなのに、だ。
「…嵐の前の静けさかもしれないわ。警戒は緩めないようにしましょう」
加賀の言葉で、艦隊はより一層気を引き締めた。
もしも、だ。
もしもこの沈黙が、我々の気が緩む瞬間を狙っているものだとしたら?
最奥まで進行してきた瞬間に一斉に攻撃する作戦だとしたら?
こうしてる今も、どこかで待ち伏せている敵がいるとしたら?
ありとあらゆる可能性を考えて、艦隊は決して警戒を緩めなかった。
それどころか、厳戒態勢と言っても差し支えないほどに集中した状態で進撃を続ける。
だが、それでも敵は最後まで現れなかった。
〜〜〜
「……目標地点………到着…クマ」
結局、ただの一度も敵艦隊と交戦する事なく、目標地点まで辿り着いた武蔵達。
それは明らかに異常だった。
今回の出撃を心より楽しみにしていた武蔵は旗艦である球磨に詰め寄って胸ぐらを掴んで振り回す。
「オイどういう事だ!!!!貴様道を間違えたのではなかろうな!!?」
「ヌワワワワワ!!!やれば出来る子な球磨ちゃんが道を間違えたりするかクマーー!!!」
そうだ、道を間違えた訳ではない。
それは、作戦概要の説明を受けた司令室で今回のルートを一緒に確認している随伴艦の皆がよく分かっていた。
「……主力部隊をここに誘き出す為の罠だったというのは、考えられないかニャ?」
「可能性はあるわね、でもそれなら敵の作戦は失敗よ。
確かに武蔵さんは誘き出されたのかもしれないけど、今の舞鶴鎮守府には、同じ戦艦の金剛さんと榛名さんに加えて最高戦力の神通さんと赤城さんがいるのだから」
「他の鎮守府に向かったとかはねーかな?」
「だとすると、わざわざこんな分かりやすい海域に現れる事の説明がつかないな」
様々な考察が行き交うが、どれも決め手に欠ける。
その時、夕立がとんでもない仮説を言い出した。
「みーんな他の誰かに倒されちゃった後だったりして〜!!」
すると、艦隊は一転して笑い声に包まれた。
「ハッハッハ!!だとすれば私たちはとんだ無駄足だったな!!」
武蔵が大笑いしたその時だった。
遠くに見える小さな小さな小島から、一発の赤い信号弾が発射されたのだ。
信号弾は耳によく響く甲高い音を上げながら、上空高くまで煙を吐き出しながら飛び上がっていく。
「信号弾!!?」
「か、海軍のおっさんとかが使ってるヤツクマ!!」
「遭難者かもしれんな…!!」
武蔵達はすぐさま小島に向かって進行する。
深海棲艦の罠かもしれない可能性も十分考慮しながら、なるべく急ぎ足で小島に向かう。
だって、その赤い煙が飛び上がっていくその様は、まるでこちらに助けを求めているようだったから。
次回、男が登場します。