武蔵達は信号弾が発射された小島へと到着した。
海岸から発射された赤い信号弾。
その煙の根元に人影を見つけ、武蔵達は近づいていく。
人に変装した深海棲艦の可能性もあるので、あくまで念のために砲口を向けて警戒しながら…。
近づいて行くにつれて、その姿が明らかになっていった。
信号弾を打ち上げたのは、遭難をした行方不明者…ではなく、船が座礁した地元の漁師…でもなく、東京湾に流されたブタ野郎…でもなかった。
「まさか、艦娘がいるとは…」
信号弾を発射したのは駆逐艦『秋月』だったのだ。
「ハァ…ハァ…よかった、気付いて…くれた」
秋月はひどく衰弱していた。
虚ろな表情と光のない目。
汚れた制服に灰色に燻んだ肌。
力無く座り込む姿に生気は感じられず、頬も少しコケている。
明らかに身体に異常をきたしている。
「駆逐艦秋月型1番艦の秋月だな?一体何があったんだ?」
力無く座り込む秋月に、艦隊を代表して武蔵が近づいた。
秋月は心配そうに覗き込む武蔵に虚ろな目を向ける。
「お願いします…、助けてください。妹達を…皆を…助けてください」
力無く呟いた秋月。
その言葉は、武蔵の質問への答えにはなっていなかった。
だが、その言葉には重みがあった。一本の糸に縋るように、一筋の光に手を伸ばすように、秋月は助けを求めた。
その場にいた艦娘達の心を一つにするような悲痛な叫びがその言葉の裏からひしひしと感じる。
「あぁ、助ける。きっと助けてみせる」
質問に答えられなかったのは少し気になったが、武蔵はそれよりも早くにこの子を助けなくてはならないとそう直感した。
武蔵の力強い言葉に秋月は少ししんどそうに、でも安心したように笑ってみせた。
「ありがとう、ございます。ッ今、案内しますので」
秋月はフラフラとした足取りで立ち上がろうとする。疲労困憊な秋月は今にも倒れ伏してしまいそうで、見ていられない。
慌てて木曾が肩を貸したことで何とか二本の足で立ち上がれた秋月は、ある一点を指差す。
その先には少し大きな洞穴があった。
かなり古い洞穴であり、穴の形状から察するに人工的に掘られたものではなく、自然発生したものだろう。
正直、崩れかけているその洞穴の中に入るのは少し勇気が必要だが、秋月の足は迷わずに一歩一歩近づいていっている。
その洞穴に何かがあると察知した武蔵達。
目配せの合図で球磨と多摩は艤装を展開し、万が一のことを考えて砲口を構えながら、木曾の肩を借りて洞穴に入っていく秋月について行く。
意を決して洞穴に入る。
そこには、洞穴の硬い石の上で艦娘が横たわっていた。
順に、
【駆逐艦】照月 涼月 初月 冬月
【軽巡】最上 三隈 鈴谷 熊野
【装甲空母】大鳳
【潜水艦】伊401
そして…
「………まさか、こんなところで会うとはなクマ…」
北上「あれー、球磨姉じゃん…ッゲホ!」
大井「ク、球磨姉さん…それに、多摩姉さんに木曾まで…」
球磨型姉妹・集結である。
そして、洞穴の最奥の壁にもたれかかる一人の男がいた。
木曾の肩を借りてなんとか立っている秋月が、男に敬意を示すように敬礼をする。
「
「…あぁ、そうみたいだな」
秋月はその男を提督と言った。
提督という言葉に反射的に武蔵達は身構え、警戒を強める。
男は立ち上がると、フラフラとした足取りで武蔵達に近付く。
男が近づいてくるにつれて、その男の容姿が段々と見えてくる。
随分と汚れていたが、服装は提督のつけているような白い軍服ではなく、灰色のタンクトップ姿だった。
タンクトップから覗く肉体は武蔵の目から見ても思わず喉を鳴らすほど頑強なものだった。
見事に割れた腹筋に盛り上がった胸筋。鍛え抜かれた肉体はまるで古代ギリシャの彫像のようだった。美の観点から見ても間違いなく最上位だと言っていいだろう。
「俺は、
……名前までかっこいい。
「秋月が上げた信号弾を見て、来てくれたんだよな。
マジ助かったぜ、サンキューな」
空風 黒狼と名乗った男は、親しみやすい明るい笑顔な男だった。
人気のない無人島で力無く横たわる艦娘達。
艦娘達を統率しているこの男の存在。
武蔵達の脳裏に次から次へと疑問が湧いてくる。
何故この無人島にいるのか、
何故こんなにも艦娘達がいるのか、
お前は一体何者なのか、
「あなたは…一体何者なの?」
「俺かい?俺は、ただの提督志願兵ってとこかな」
「志願?ならばあなたは、軍人ということかしら?
どうしてこんなところにいるの?」
「その質問に答えたいのは山々だが……その前に、他の皆を助けてくれ。もう皆限界が近いんだ」
黒狼は後ろで横たわる皆を指差す。
ハッとなった加賀はすぐに武蔵に目線を送る。
武蔵は無言で頷くと、すぐさま通信機を使って舞鶴鎮守府に応援要請を出した。
「あぁ、大至急応援願う。
……あと一時間ほどで応援部隊が到着するそうだ。それまで頑張れ」
球磨達はすぐに横たわる艦娘達を一人ずつ抱き上げると、ひとまずは手持ちの水を飲ませて体調を整えてゆく。
皆衰弱しきっていたが、幸い命に別状はなさそうだ。あと一時間位なら全然持つだろう。
「…さて、助けがくるまでの間にさっきの質問の続きといくか。
俺達がこんなとこにいるのは、ただのバカンスだよ」
「そんな訳がないだろう。私は、どうしてこんなところに艦娘がいるんだと聞いている」
「おいおい…だからバカンスだって」
「・・・」
武蔵は直感した。この男、何か隠していると。
だが、今この男を問い詰めてものらりくらりと躱されるのが目に見えている。
艦娘の子達に聞くにしても、この男が近くにいては本音で話してくれる可能性は低い。仕方がないので、武蔵は次の質問をする事にする。
「では……お前、さっき提督志願兵だと言ったな?
ということは、妖精の視認が出来るのか?」
妖精とは、艦娘達に付き従う通常の人間には見えない小さな少女達の事だ。ごく稀に妖精を視認する事が出来る人間が現れるのだが、そういった人間こそ、艦娘達と心を通わせて統率することの出来る『提督』になれる素質を持った人間なのだ。
つまり、提督になるということは妖精を視認出来るという事だ。
「いや、俺には見えない。残念な事にな」
だというのに、この男は妖精を視認する事が出来ないそうだ。それでは提督になる事はできない。
「だから言ったろ?志願兵だって」
「なるほどな、ならば喜ぶがいい。
今から向かうところはその提督が着任しておられる舞鶴鎮守府だ」
武蔵はこの男の事を疑うあまり、若干攻撃的な態度になっている。
だが、それでも男は動じない。
「だろうなぁ。楽しみにしてるぜ」
……これ以上、私からこの男に探りを入れる事は難しそうだ。
後のことは、我等の提督にお任せするが吉か…。
それからは艦娘達の容態を気にかけながら、応援部隊が到着するのを気長に待つ事にした。
〜〜〜
やがて応援部隊が到着する。
吹雪を旗艦とし、足の速い駆逐艦を中心に固められた第二艦隊が貨物輸送用の小型船を持ってきていた。それで負傷者を運ぶつもりなのだろう。
傷つき、ひどく衰弱している艦娘達を一人ずつ丁寧に運び込むと、非常食用の重湯を応援部隊の時雨が手渡しで渡してゆく。
この様子だとしばらく固形物も腹に入れていなかったのだろうし、一応万が一という事で固形物ではなく重湯を提督は持たせた。
食事が喉を通る程度にはなんとか生きているらしく、重湯を渡された艦娘達は一口一口を丁寧に食べはじめる。
一口一口を確かめるように食べる艦娘達だが、味を確かめた艦娘から順に、がっつくように食べ始めた。
そのうち彼女達の目から大粒の涙が流れ始める。
泣きながら一心不乱に重湯を飲み込むその姿は、昔の自分達を見ているようだった。
提督が舞鶴鎮守府に着任して、初めて味噌汁とご飯を食べさせてくれたときのように…。
……そして、意外だったのは黒狼と名乗った男が自分の分の重湯まで他の艦娘達に分け与えていた事だ。
「食え食え鈴谷。もう助かったんだ、もう大丈夫だからな」
「うん…!!うん…!!」
……少なくとも、悪い男ではなさそうだ。
〜〜〜
〜舞鶴鎮守府〜
「あれが、アンタ達の勤めてる鎮守府かい?」
「えぇ、あれが舞鶴鎮守府。
現在の提督は、その……色々と難のある人だけれど、決して悪い人ではないわ。安心してちょうだい」
あと、出来ればドン引きもしないであげてほしい。
「あ!提督さんっぽい!!お〜〜い!!!」
夕立が港で手を振る提督の姿を見つける。
提督自らが出迎える必要はないというのに…全く。
「………おい、ちょっと待て。まさか、あいつが提督とか言わないよな?」
突然、黒狼の機嫌が悪くなる。
「? えぇ、彼が提督よ」
「……クソが」
黒狼が忌々しそうに舌打ちさえしたのだ。
少なくとも、提督と黒狼は顔馴染みだということは誰の目にも明らかだった。まぁそれはあまり驚かない。
この黒狼という男は提督志願兵だと名乗った。
提督志願という事は多少なり軍人として大本営に勤めていてもおかしくないし、その間に提督と顔を合わせていてもなんら不思議ではない。
「おいおい……こりゃまた大所帯だな」
「ぽ〜〜い!!提督さーん!!」
夕立が一足先に飛び出して提督に抱きついた。
提督もそれを避ける事なく受け止めてわしゃわしゃと撫でまくるものだから、夕立もこちらのことなど気にもしないで更に甘える。
しかし、そこは流石提督。
一見夕立一人に構ってるようだったが、その目は救助した艦娘一人一人に向けられていた。
被害状況の確認?人数の確認?なんにせよ、しっかりと目の前の出来事に目を向けて相手の状況をしっかり把握しているその姿は、さすがは責任ある立場である。
……救助された艦娘達はみんな服がはだけていたり薄汚れていたりで少々際どい格好だったのでエロ目線の可能性も否定できないが。
「……よう、影波。久しぶりだな」
「あん?誰が名前呼ん………」
その時、黒狼の存在に気がついた提督が見たことないような険しい表情となった。
視線の先には、同じく機嫌の悪そうな黒狼。
二人は睨み合う。港に流れる気まずい空気に耐えられず、一体どうしたのだろうと艦娘達は視線を彷徨わせる。
先に耐えられなくなったのか、提督のお腹に抱きつく夕立が提督の服の裾を掴んで引っ張り、無理矢理空気をリセットさせた。
「提督さん、怖い顔しちゃダメっぽい」
「…悪い悪い、夕立。怖がらせるつもりはなかった」
夕立自身、こんな提督の姿は生まれて初めて見た。
普段の提督スイッチの入った真剣な表情とも違う。
明らかに、不機嫌な表情であった。
「相変わらずムカつく面してやがんな?」
「……そういうお前は、なんでこんなとこにいんだよ」
夕立が止めても尚、二人の空気は変わらなかった。
黒狼と提督の低い声色に、敵意と憎悪が多分に含まれている。
二人の間に何があったのかは当事者以外には誰も分からない。赤城、神通に並んでもっとも提督との付き合いが長い夕立にさえも。
だが、少なくとも並大抵の因縁ではない事は誰の目にも明らかだった。
その時、衰弱した艦娘の一人である大鳳さんが苦しそうに咳き込んだ。
そのおかげというべきか、今は何をするべきなのかを判断した提督と黒狼の空気が少し変わった。
「……武蔵、急いでその子達を入渠ドックへ運べ。高速修復剤も惜しまず使うんだ。
時雨は間宮に人数分の料理を注文してこい。入渠が終わり次第すぐにたらふく食わせてやるんだ」
『了解!』
提督の号令で、武蔵達は急いで艦娘達を担架に乗せて入渠ドックへと連れて行く。
提督もまた、衰弱した艦娘の一人である初月を抱き抱えて入渠ドックへと向かった。
「……
最後にそう、黒狼に言い残して…。