前鎮守府の応援が到着してから三日目の夜。
夕食も終わり、残すは入浴と寝る準備だけとなった艦娘達だったが、夕食が終わりかけのときに見計らったように提督が立ち上がり、着任の挨拶の時と同じように皆の注目を浴びながら前に立つ。
「全員注目! 応援に来てくれた子達の助けもあって、予定していたよりも早く大改修が終わってしまった。そこで、明日からは予定変更して『演習』を行おうと思う。内容は簡単。 舞鶴鎮守府(元ブラック鎮守府)と佐世保鎮守府(以前の鎮守府)で最大六人対六人の艦娘で艦隊を作り、実践形式の模擬戦を行うというものだ。舞鶴鎮守府は俺が指揮を取る。佐世保鎮守府は大淀に任せる」
「え?私がですか?」
と、疑問を挟むのは大淀。
事実として、大淀は以前の鎮守府でいくつもの難関な海戦を勝利に導いてきた様々な作戦の立案者だという実績があり、提督が信頼を寄せるのも無理はない。
が、大淀の立場からしてみれば作戦や航路を立案したのは大淀であってもそこに至るまでの指揮をしたのは提督なのだ。
どれほどあらゆる問題を視野に入れて作戦を立てたとしても作戦行動中に予測出来ない事態に陥る事やどうしても回避しきれない問題は出てくる。
そんな時に指揮官に求められるのは適切な状況判断と迅速な対応だ。彼女はそれに上手く対応する事を苦手としていた。
大淀にまだ不足してると言える数少ない能力だろう。
だからこそ、それを毎度毎度難なくこなしていた提督が自分より何倍も優れていると大淀は信じて疑わなかった。
その提督が自分と対等な立場の指揮官の役割に自分の名前を指名するとは思わなかったから大淀は驚いた。てっきり実践経験の豊富な神通さんを指名すると思っていたから。
「おう。指揮と作戦を任せるとなると、お前以上の適任はいないと思ってな。ダメなら神通か、鳳翔・大和辺りに頼むけど」
「や!やります!やらせて下さい!」
(提督が私に期待!?応えない訳にはいきません!)
「? お、おう?任せるぞ」
な、なんか大淀が妙に気合入ってるな?
そんなに指揮官やりたかったのかな…。
少々的外れなことを考える提督だったが、その間に一人の艦娘が手を挙げた。
「提督、少し発言をしたいのだが…」
「いいぞ、どうした?武蔵」
「その演習のメンバーは既に決定しているのだろうか?」
「いやまだ。適当にくじ引きにしようかと思ってたけど」
「おぉ!ではこの武蔵が立候補してもよいか!」
「もちろんいいぞ!武蔵の闘いは俺も見てみたいしな!」
誰よりも先に名乗りを上げた武蔵は嬉しそうに拳を握り、滅多に見せない笑顔さえ作っていた。
……戦闘狂、というわけではないと思うが。
「武蔵が出るのでしたら、私も演習に出てみたいです」
まさかの大和が立候補!
これにはざわめきが広がる。
「ム、武蔵さんと大和さんが対決!?」
「姉妹艦同士で!?嘘でしょ!?」
「に、日本最強クラスの戦艦同士が闘うなんて…」
「ウオオオオオオオ!!!許可する!異論は認めん!!」
「クソ提督が一番はしゃいでんだけど」
多くのざわめきが広がる中、演習への参加を希望する声も同様に広がってゆく。
「ハラショー。楽しみだな」
「俺も出てみてぇな…。自分がどこまでやれるか試してぇ」
「ふむ、加賀さんと赤城さんの能力を見るのにちょうどいいかもしれませんね」
喧騒が大きくなってきた辺りで、提督は手を鳴らして一旦空気をリセットする。
「なんにせよ演習は明日だ!演習だって一回しかやらないわけじゃないから心配しなくていいぞ!」
〜〜〜
大浴場
鳳翔です。
30日ぶりにお会いした提督は懲りもせずに風呂場に監視カメラを仕掛けようとしたり、隙あらばスカートの中を覗こうとしてきたり、妙に深刻な表情で考え込んでるかと思えば突然『夕張が緑の縞パン履いてた…意外と子供っぽいパンツだった』なんて言い出したりと相変わらずのスケベ提督でした。
私達は彼の人間性を知ってるので多少のオイタは目を瞑りますが、ここの鎮守府にいる子達は大丈夫でしょうか?
流石の提督も自重するとは思いますが、うんざりしてしまって士気に関わる事態になってしまっても可笑しくありません。
「鳳翔さん。あの提督は昔からあんな感じだったんですか?」
湯船に浸かっていると加賀さんが同じように隣に座った。
よく見ると身体の至る所に傷がある。戦争で負ったものだけではない。鞭で打たれた後や殴られた後のような痣がいくつか見受けられる。
かつてここがどれほど過酷な環境であったのかを一目で説明している。
「…呆れちゃいますけど、そうでした。 少々難のある方ですけれど、私達艦娘を大切にして下さる人ですから、どうか嫌わないであげて」
「理解しています。きっと大切にしてくれる方なのだろうな、というのは」
加賀さんは少し嬉しそうに目を細めました。
案外、心配無用なのかもしれませんね。
「それはそうと明日の演習、鳳翔さんは出撃する予定はありますか?」
「え?いえ私は遠慮させて頂こうかと思ってますよ。こんな旧型艦では皆さんの闘いについていけそうにありませんから」
「何を言いますか!!」
話に割り込んできたのは赤城さん。
二つの豊かな胸部装甲をブルンブルンと揺らしながら凄い形相で湯船を掻き分けて走ってきます。
その胸部装甲を少しでも私に分けてほしいわ…。
「鳳翔さんにこそ!明日の演習には参加してほしいですよ! 明日の演習の本当の目的!鳳翔さんが知らないとは言わせませんよ!?」
「え、えぇ。もちろん覚えてるわ」
「? 本当の目的?とは?説明を求めても?」
「加賀さんには特別に教えてあげますね。明日の演習の目的は加賀さん達、舞鶴鎮守府所属の艦娘達の実戦での実力を確かめる事ともう一つ。 私達、佐世保鎮守府の動きや技術を提供して鎮守府全体の戦力増強を測る事です。元々提督からの指示を受けていましたからね」
赤城さん。それは黙っておくという約束でしたよね?
提督に怒られても知りませんよ?
「つまり!明日の演習に鳳翔さんが参加しないのは絶対あってはいけないことなんですよ!!」
いやどうしてですか。
「ですから、こんな旧型艦が出ても大した教示は掴めないでしょう?
同じ一航戦の赤城さんが演習した方がよほど加賀さんにとって得るものがありますよ」
「確かにそれはそうかもしれませんね。ですが、その私に弓の引き方から戦場の空気までも教えてくれたのは鳳翔さんです。鳳翔さん、一回でもいいんです。出てくれませんか?」
「私からもお願いします。赤城さんがここまで評価する鳳翔さんの動きを私もこの目で確かめたいです」
加賀さんまで…。
う、うぅ〜ん。出る事自体は別に構わないのですけど、私が出撃する事で他の誰かの成長の機会を奪ってしまうのは…。
いえ、もうこれ以上言い訳を重ねるのはやめましょう。
何より、お二人の期待を受けてまだ渋る訳にもいきません。
「分かりました、分かりました。私も参加しますよ」
渋々了承するとお二人は嬉しそうに顔を見合わせて笑っていました。
全く、三日前に会ったばかりだというのにこんなに仲良しになるだなんて。記憶に残っていない遠い過去の記憶がお二人の壁を消し去っているのかもしれませんね。
次回、大和と武蔵は闘えませんでした。