俺の名前は黒狼。空風 黒狼だ。
風の噂で、影n…いや、提督が神通と結婚をしたという話を聞いた。
まぁ、とはいっても別に大袈裟な結婚式を挙げたりだとか籍を入れたりだとかした訳ではなく、あくまで勝手に結婚したと口で言い張ってるだけなのだが。
だが、それでも二人が結ばれたという事実は残る。
神通の最高練度到達祝いも兼ねての大宴会はそれはもう大いに賑わった。鎮守府全体で喜びを分かち合い、俺も何年振りになるかというほどに酒を飲んだし、飲ませた。
もちろん、飲ませたのは大鳳、武蔵、加賀といった大人組だ。
秋月にも酒を飲ませてやりたかったが、あいつはまだガキだからな。仕方がないので代わりにオレンジジュースを注いでやったら、なぜか『子供扱いしないでください!』と真っ赤な顔で追い返された。
大人振りたい年頃なのだろう。扱い難しいな…。
さて、それはそれとして、俺の親友が婚約をした話を聞いて、少なからず俺自身も刺激されるものがあった。
俺とて、一人の男児。
結婚願望がない訳では決してない。
確率こそ低いものの、人間と艦娘との間にも子を成せる事が分かった事だし、もしも俺の個人的な願望を言っていいのならぜひ艦娘の誰かと結ばれたいものだ。
艦娘の皆の容姿端麗さには目を見張るものがある。
生粋の巨乳フェチである俺の理想を言うならばそれこそ武蔵や金剛といった戦艦組とアーン♪したいもんだ。
とはいえ、俺の置かれている環境下では中々難しいものがあるだろう。
俺の仕事は舞鶴鎮守府の門番。仕事に不満がある訳ではないが、やはり人との関わりの少ない環境下ではどうにも色事にうつつを抜かす余裕が出てこない。
一目見た瞬間にビビッ!と来るような運命の人でも探してみるか…?まぁそんな相手がいるとは思えない。
そもそも俺は運命だの神だのの類は信じない男だ。
俺に言わせてみれば、俺達見ず知らずの人間のために立ち上がり、どれだけ理不尽な扱いを受けても文句一つ言わずに恐ろしい深海棲艦と闘ってくれる艦娘達こそが神様のような存在なのだから。
「憲兵さん!煙草はメッ!ですよ!!」
と、物思いに更けていたところで馴染み深いお決まりの文句が耳に聞こえる。
声の方へと向き直すこともせずに鎮守府の壁にもたれ込んだまま、俺は荒ぶる女の声をフル無視して新しい煙草に火をつけた。
「メッ!!」
が、その煙草を強引に奪い取られた。まだ火をつけたばかりなのに勿体ない…。
「…誰にも迷惑かけてないんだし、いいだろ?」
「でも今朝からずっと吸ってて、もう七本目ですよ?いくらなんでも吸いすぎです!」
「…? お前、まさか今朝からずっと見張ってたのか?暇だな」
「え……あ!い、いや!違います!!違うんですよぉ!!今朝からずっと憲兵さんのこと見てた訳じゃないんです!!こ、これはその……そ、その、あのあの…!えとっ!あ!そ、そうです!!憲兵さんが何本煙草を吸ってるのか数える為にですね…!!」
「あぁ、だから暇だなと言ってるんだ」
妙に慌てふためく秋月を無視し、彼女に摘まれている白い煙を吐きだす煙草を奪い返すと、それを握り潰して火を消した。
「ほ、本当ですよ!?本当にずっとずっと見てた訳じゃないんです!!」
「ん、分かってる分かってる。つーか、当たり前だろ。そんなに門番一人を眺めるような物好きがいるもんか」
「そ、そうですよ……アハハ……」
※一時間ずぅーっと隠れて覗いてました。
俺は秋月をチラリと見る。
黒くて長い髪に白い肌。セーラー服のような制服から覗く二の腕は少し心配になる程に細い。
熱でもあるのか少し桜色に染まった頬は少しコケている。痩せた彼女を見ると、胸が痛い。俺の勝手のせいで秋月含む大勢の艦娘達にひもじい思いをさせることとなったのだから。
今でこそ、俺の方から提督に頼み込んでたらふく彼女達に飯を食わせて思う存分の贅沢をさせてやっているのだが……どういうことか、秋月型の連中だけは妙に質素な食生活を続けていると聞く。
というか今にして思えば、秋月型の中でも特に秋月だけは無人島の頃から食も碌にとっていなかった。遠慮がちな性格が災いしたのだろう。
贅沢は敵だという考えは大変立派だが、お前は特に苦労を重ねてきた子なのだからもう少し贅沢をしてもいいだろうに。
俺は少し黙考する。
そして単なる思いつきだが、飯を食わせてやろうと思い立った。
「秋月、今度の休みに飯でも食いにいくか」
「……………………………へ?」
思えば、秋月とも長い付き合いになるのに一緒に遊びに行った事がない。日頃から仕事頑張ってる事だし、俺も給金の使い道に困っていたところだ。たまには奢ってやるとしよう。
「い、いいんですか…?」
「あぁ、奢ってやるさ」
「ーーーーーッッ!!!!♡♡♡!!ッ!?!?♡♡!!」
「?」
秋月が爆発した。
………照月がお湯をかけたら元に戻った。
何故だ。
〜〜〜
三日後、秋月の休日に合わせる形で俺も有休を使って休みを取った。
そして早速、秋月をエスコートするつもりで鎮守府の外へと秋月を連れ出す。
今日の俺は、普段着込んでいる憲兵用の堅ッ苦しい軍服などではなく、休みの日に着用する普段着の姿をしていた。
ふーん、秋月もちゃんとおしゃれをしてきているな。普段の制服とは違い、白いワンピースに水色の薄いジャケットとシンプルながらも清潔感を感じさせる小洒落た服装で来ている。
頬には珍しく化粧の跡があった。普段はすっぴんで出てきているくせにこんな時だけえらく気合い入れてきたもんだ。
とはいっても、爽快感のある涼しげな服装と申し訳程度の化粧肌は秋月の魅力をよく引き立てており、よく似合ってる。結構可愛いじゃないか。
「おっ、可愛いカッコしてんじゃん」
思わず声に出てしまっていた。
だが嘘偽りない本音だ。普段から秋月の事は可愛い奴だと思っているが、今日のこいつは普段より二割増しで可愛い。
あともう少しだけいいおっぱいを持っていれば言う事なしだったのだがなぁ…。
「は、はひぃ……」
ところでなんでこいつさっきからこんなに歯切れ悪いんだ。
まさかラーメンが嫌いなのか?珍しいな。(※彼は美少女との初デートでラーメン店に連れていくつもりです。ヤバいね)
「秋月、なんか食いたいもんとかあるか?」
「はひゃっ!?はふぅえっ!うぇっ!!えぇっとその…!!そそそそれはもちろん黒狼さんが………じゃ、じゃなくて!!ええとえと、その…!!けけけけけ憲兵さんの、行きたいとこッで、ジェンジェン…!!」
いやだからなんなんだその挙動不審さは?
そ、そんなに俺と飯食うのイヤだったのか…?
いやまぁ…確かに普段あれだけ口酸っぱく禁煙を呼びかけられても聞く耳持たずに煙を吸い続けてるのだから、少なくともイイ印象は持たれてないだろうとは思っていたがな。
それでもここまで露骨に嫌われてては流石に凹むぞ。
「べ、別にどこでもいいんだぞ?ほら、今日は特別にプリンもつけてやろうか?」
「子供扱いしないでください!!!!!」
いやお前は子供じゃねえか!!!!
〜〜〜
結局、二人で訪れたのはこの俺一推しの激ウマラーメン店じゃなくて、近場のファミレス店。
一応ラーメンの方にも案内してみたんだが、秋月の表情が少し引き攣ってたのを見てやめた。
多分ラーメンが嫌いなんだろ(間違い)
近場で人気のファミレスだし、秋月の口に合うものもあるだろうと踏んで適当に入店したのだが、お昼時なのもあってか店は賑わっているし、メニューも豊富だ。
存外、いい店に入ったのかもな。
そうやって俺が店の雰囲気に目をやっている最中に本日のお出かけの主役はというと、初めて入ったファミレスの初めて目にする多種多様な料理の並んだメニュー表を見て、文字通り目をキラキラに輝かせていた。
「ホワァァ……ッすごい!こんなにたくさん食べ物があります!こ、これ本当に全部頼んでもいいんですか!?憲兵さんは何を頼みますか!?」
子供らしい様子ではしゃぐ秋月の姿に思わず笑みが溢れる。そして俺はメニュー表の1ページを反対から指差した。
「俺はこのハンバーグとステーキを頼むさ。秋月、あんまり頼みすぎても食べきれなくて残しちまうのがオチだ。自分に食べられそうな量を考えて、どれか一つにしとけ」
秋月はハッと気がついたように顔を上げると、改めてメニュー表に向き合う。
「う、うぅ〜ん。おにぎり三種盛り…いや、お味噌汁?お惣菜も捨てがたいですし…」
……貧乏性が。
心の中で悪態をつかずにはいられなかった。
「オムライスでいいな?」
「え?そんな、私には贅沢すぎますよ?」
「そうか、だったら俺のハンバーグはどうなるんだ?頼むからこういうときぐらいもっとボリュームあるヤツ頼めよ」
「え、えぇっと、で、でしたら、その…こ、これで!」
指差す先には、『卵かけご飯』
「……ハァ、もういい…───すんません店員さん!!注文お願いします!!ハンバーグとステーキセットを一つ!!! あと、
注文を受け取った店員が店の奥に引っ込むのを見届けて、俺は秋月に向き合う。
「…秋月。お前に言いたい事がある!」
「な、なんですか?」
(真正面から見る黒狼さん!!スゴイ!!!イケメンすぎます♡♡♡カッコいいです!!!今すぐ抱きしめてくんずほぐれつしてクンカクンカしてチュッチュチュッチュ♡してほしいですゥ!!!♡♡♡)
「お前、少し遠慮しすぎなんじゃないか?少しは相手の厚意に甘えることも必要だろ」
「で、でも、贅沢は敵です!いざという時に資材や資金が足りなくて大惨事になってしまうかもしれないと考えれば、普段から節約を心がけておくべきではないですか!」
(でも、私の中で激しく燃え上がり続けている黒狼さんへの恋の炎だけは! 一切の出し惜しみなく毎日大量の燃料が投下されて、日に日に激しく燃え盛っております♡)
「限度がある。そもそも、今食ってる飯と鎮守府の運営は関係ないだろ」
少し口寂しくなった俺は、ついいつもの癖で懐からタバコを取り出す。が、禁煙席だったのを思い出してすぐに同じところへと仕舞い直した。
「あ、ちゃんと禁煙席なの、覚えてたんですね」
「禁煙を謳われてる公共の場でもお構いなしに煙を吐けるほど、俺はルール無用で生きてないからな」
「……提督にお願いして、鎮守府全面の禁煙をお願いしてみましょうか」
恐ろしいことを秋月が口にしたそのとき、店員さんが注文した料理を運んできてくれた。
「お待たせしました♪ご注文のステーキセットをおひとつ、ハンバーグセットをおひとつ、そしてこちらのお料理は…?」
片手に持った料理セットの置き場所に困っている店員さんに、俺は指差しで教える。
「あ、それはそっちのです」
秋月に手を向け、店員はすぐさま料理を並べ始める。
俺のステーキとハンバーグを見て目を輝かせている秋月の目線が一瞬で自分の料理へと引き寄せられた。
白くて大きなプラスチックの容器に色とりどりに並べられたピーマン、にんじん、ブロッコリー。
料理の主役となるであろう美味しそうな赤いチキンライスは三角の山に整形され、頂上にはつまようじに括り付けられた日本国旗がはためく。仕上げにはりんご味のゼリーまでが納められていた。
小さな子供なら誰だって喜ぶ派手な味。
幼い頃の記憶が蘇る、誰もが一度は通る味。
歳を重ねるたびに思い出される青春の味。
秋月の前に並べられた、その料理の名前は───
「⭐︎スーパーお子様ランチ⭐︎です♪ ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「・・・」プルプル
「はい、以上ですよ」
「以上じゃないですよぉ!!!!!」
………何故か秋月に叩かれた。
大人ぶりたい年頃なのだろう。本当に扱いが難しい。
〜〜〜
「悪かったよ秋月」
(正直、あんなに怒るほどのことかと思うが)
「もう許してあげません!ツーンです」
大人ぶりたい年頃なのは分かったが、子供扱いされたくないんだったらまずそのツーンっていう拗ね方をやめろ。
「どうすりゃ許してもらえるよ?」
「!! ででで、では、その…ま、またお出かけ、してくれましゅ、か…?」
あぁ、リベンジに行きたいのか。
お前お子様ランチもなんだかんだで美味い美味いってちゃんと食ってたじゃないか。
ま、別にいいけどよ。
「そんな事ならもちろんだ、また行こうな。今度は照月や初月達も呼んで、皆で行くか」
「!!! は!はい!!」
俺と秋月は帰路に着く。
夕日が昇った茜色に焼けた空が、二人の帰り道を照らしてくれる。俺は彼女の前を進み、秋月は彼の一歩後につく。
秋月は彼の横顔を夢中になって見つめていた。
(咥えタバコは……流石にマズイか。隣に秋月もいるし、普通に帰ってから喫煙所で吸うか…)
(黒狼さん、やっぱりかっこいいなぁ…♡タバコを吸いたそうにしてるのバレバレですよ、カワイイ♡)
夕日に照らされる彼の姿が美しいから、秋月はいくら同じ景色を見ても飽きないのだ。
だからこそ、彼女は気づかなかった。
二人の帰り道の終着点に、彼女が一番会いたくなかったであろう艦娘がいることを。
彼が一番会いたかった艦娘がいることを。
彼の澄ました横顔が、喜びに満ち溢れた満面の笑みになる事に。
黒狼と共に帰り着き、鎮守府に帰投したその艦娘と向かい合うその瞬間まで、彼女は気づかなかった。
自分の恋が、あと少しでも終わってしまうかもしれないということに。
次回登場する艦娘は、幼い黒狼を深海棲艦から救い黒狼が提督を目指すきっかけとなった黒狼にとってのキー艦娘です。
ちな、すでに作品内には登場してます。探してみてね。