「お願いします神通さん!!知恵を貸して下さい!!」
「えぇ…(困惑)」
天龍の帰投した日から秋月はひどく焦っていた。
長年思い続けた人の命の恩人という唯一無二の立場であり、憲兵さん好みのナイスバディ(秋月とそれほど大差なさそうだが)な天龍は、想い人が取られてしまうのではないかと危惧してしまいたくなるぐらいには秋月にとって強力なライバルであった。
まぁ、当の天龍本人は助けた事自体うろ覚えな上に別に憲兵とどうこうなりたいといった願望もない為、実際のところは全く警戒する必要のない相手なのだが…。
とはいえ、ついに現れた最強クラスの恋敵の参戦(?)に気が気でない秋月はついに助言を求めて艦娘寮を駆ける。彼女の行先は軽巡寮。
そして、その中の一室。
つい最近提督と結婚をし、子供まで授かった事で自室療養を余儀なくされた神通の部屋にやってきた。
既に意中の人を射止めた実績のある神通ならばきっと力になってくれると踏んで、秋月は扉を叩いたのだ。
「それで、私にどういったご用件なのでしょうか…?」
「はい…ど、どうすれば好きな人に意識してもらえるんでしょうか!?神通さんはどうやって司令と恋仲になったんですか!?」
「え、それは……う、う〜ん。どうやってと聞かれても、困ります」
無論、神通とて今まで提督になんのアタックもしなかった訳ではない。が、そのアタックがうまくいった試しは一つとてない。
それも当然である。なにせ、神通が提督に想いを寄せるよりもずっとずっと前から提督は神通の事を愛していたのだから。
既に最高値を振り切っていた好感度がそこからほんのちょっとだけ更に上がったとして一体誰が気付けるのだろうか?
そのため、神通本人には自分のアタックが身を結んだという実感は何一つない。
どうやって提督と恋仲になったのか?
それを聞きたいのはむしろ神通本人である。
だからこそ、目の前の悩める子羊に『こういう方法はどうですか♪』などといった気の利いた助言が出来そうもなく、困り果てるばかりなのだ。
「でも、そうですね…。少し違うかもしれませんが、私の場合は提督がまだ未熟な新兵だった頃、毎晩二人きりの秘密トレーニングに付き合っていた時期があります」
(今思えば、あれからなのかもしれませんね…。私が提督の事をカッコいいと思い始めたのは)
神通の脳裏に思い浮かぶ、まだあどけなさの残る新兵時代の彼の姿。
手作りの紙を携えて、毎晩毎晩私と模擬戦を繰り返してそのたびに悔しそうに頭を抱える頼りない彼。
今となっては、あの頃の頼りない背中が懐かしい。
「え…そんなに昔から神通さんと司令と密接な関係だったんですか?」
(ま、毎晩二人きりの秘密トレーニング…?そ、それってつまり夜戦(意味深)の事、ですよね…? ……と、というか新兵時代!?そんなに昔から神通さんと司令って
「ええ、懐かしいですね…」(密接という程でもない気がしますけど)
「な、懐かしいのですか!?あ、あれ…?でも、お二人がお付き合いを始めたのは舞鶴に来てからだと聞いてるんですけど」
「えぇ、でもあの頃から私と提督は特別な関係だったと思っていますよ」
(だって、あの二人っきりの想定戦は私と提督だけの秘密ですから♪)
「そ、そうだったんですか…?」
(お付き合いはしていなかったけれど、身体の関係は持っていた…?そ、それって完全にセ◯レじゃないですか!!?エッチ!神通さんも司令もエッチです!)
「はい♪私の一番の思い出です♡」
「えぇ!?そうなんですか!?」
(セ◯レの時期が一番の思い出!?どういうこと!?身体を求めるだけの薄い繋がりの方が満足してたんですか!?神通さん意外とビッチ思考なんですけど!?)
………神通の言葉足らずな説明も悪いが、脳内ピンク色な思考をしがちな秋月にも非がある。
(ど、どうしよう!?まさかあんなに優しくて上品な神通さんが、こここ、こんなに淫らな人だったなんて…!!私、相談する人間違えちゃったかも!?)
「? 秋月さん、どうかしましたか?少し顔が赤いですよ?」
「!!いいいいえ!ダダ、ダ、大丈夫です!私、急用を思い出したので!!そそそ、そろそろお暇しますねェ!!!」
「え?わ、分かりました…?」
何故これほど様子が変わるのか全く分からない神通だったが、特に引きとめる理由もないので、退室を許諾する。
「───あ!秋月さん、最後に少しいいでしょうか?」
が、その前に一つ思い出し、神通は彼女の背中を少しだけ呼び止めた。
「へ?は、はい」
「……念のためにお聞きしますが、秋月さんが振り向かせたいという人…まさか提督のことじゃないですよね?」
「もちろんです!!」
秋月の背中を悪いものが登ったような気がした。
神通の言葉の裏にある確かな殺意(無意識)を敏感に感じ取った秋月の神経が未だかつてないほどの大音量で危険信号を発していた。
「そうですよね!!すみません、私の考えすぎでした…。 コホン…秋月さんが一体誰を振り向かせたいのか、私はあえて聞きません。ただ、その人と一緒になりたいというのなら、決してそばを離れてはいけませんよ。これが、私からのアドバイスです」
神通はニコリと微笑み、自分と同じく異性に恋をする一人の乙女へとエールを送る。
大した助言が出来なくとも、背中だけでも押してやる。それが、神通の出した結論だった。
「……はい!!ありがとうございます!神通さん!!」
気持ちのいい元気いっぱいなお礼を残して、秋月は部屋を出て行った。
………とんでもない誤解をそのままにして。
(……神通さん、意外と経験豊富だったんですね…)
人は見かけによらないなぁと秋月は一人納得していた。
〜〜〜
秋月です。
私は彼の部屋を訪れた。彼とはもちろん黒狼さんのことだ。
神通さんからのアドバイス通り、彼のそばにほんの少しでもいるために早速行動を起こした。
黒狼さんは非番であり、今日一日部屋の中で眠りこけていると聞く。地味に一度も訪れた事のない黒狼さんの自室の前に立つと、勇気がほんの少し臆病風に吹かれる。
あまり長く迷っていると引き返しかねないと直感した私は、すぐさま扉を叩いて自ら逃げ道を塞ぐ。
やがて部屋の中から憲兵さんが顔を出した。
「ん、秋月か。どうした」
彼は緩い短パンに灰色のタンクトップという完全に人に会うことを考えていない身軽な服装で現れた。
私は思わず両手で目を覆って顔を背けた。
「ななな!!なんて格好してるんですか!!憲兵さんのバカ!!変態!!露出狂!!!」
「あ?男のまな板に何いってんだよ」
男のまな板だからこそでしょう!?
あなたは知らないんですか!?欲に塗れた世の女共が男性の大胸筋とかチラリと見える鎖骨とかしっかり手入れされたあごヒゲなんかを見て股ぐらを濡らしている事実を!!
本当ですよ!?だって浜風さんに確認しましたから!!この間なんて黒狼さんのお風呂上がりのラフな姿の盗撮写真を見ながらご飯片手に『至福です』とかガチ顔で言ってましたからね!!
「は!はやく服を着てください!!」
「…いや、着てるだろ」
黒狼さんは渋々部屋の中へと引き返していった。
危なかった…。あとほんの十秒黒狼さんの鎖骨を見ていたら、私はまた爆発してしまう所でした。
黒狼さんはもっと自分の肉体がどれほどの破壊力を有しているのか自覚すべきですよ!!
そして数分後、上着を羽織っただけの姿で部屋から出てきた。
……ま、まぁヨシとしましょう。
「あああのあの、憲兵さん!こ、今度のお休みに良かったら、一緒に釣りに出かけませんか!?」
最近の黒狼さんは釣りがマイブームになっているらしい(情報源は青葉新聞)
長年の無人島生活のおかげもあって、私も釣りはある程度知っているので、誘う口実は十分だ。
「釣り?なんだ、お前も釣り好きなのか?」
「は、はい!で、でも、まだまだ分からない事だらけなので、ご指導願いたいです!」
「あぁ、いいぜ。釣りの素晴らしさを教えてやる!」
黒狼さんは途端に上機嫌になると、私の頭を無遠慮に撫で回す。
「ワワワッ!!恥ずかしいです!!」
女の子の頭を撫でているとは思えない乱雑なやり方のせいでせっかくのセットした髪が台無しになってしまった…。
でもいいんです。黒狼さんに撫でてもらえる幸福を思えば、朝のヘアセットにかけた労力なんて天秤にかけるまでもないのだから。
「釣竿とかは持ってるか?」
「あ、えと…安物のものが、一つだけ」
「分かった。それ使ってもいいし、なんなら俺のやつを一つ貸してやるよ。今度の休みが楽しみだ」