お昼時を少し過ぎた時、私と彼は釣竿片手に船に乗った。
この私、秋月と彼改め、黒狼さんは鎮守府近海の沖合までボートを出した。
なお、動力源は艤装を装備した私。私が海に出てロープを引っ張り、ここまでボートを持ってきました…。
無人島生活のときにもやってましたけど、艦娘の力をこんな使い方するのはやっぱりなんとなーくやめてほしいです。
「っしゃ!秋月はなんか釣りたい魚とかいるか?」
珍しくテンションの高い黒狼さんが釣り道具の準備をしながら、私に背中越しに聞いてきた。
しかし、そう聞かれても…特別釣りたい魚なんていないですし、仮にいたとしてもその魚がここで釣れるのかどうかもさっぱりわかりません。
「えっと…ここだと、何が釣れるんですか?」
とりあえずそれを尋ねる。
この海域で釣れる魚がいればその中で一番釣りやすそう、もしくは釣るのが楽しそうな魚を選びましょう。
「ん〜…ま、無難なのはカサゴ、ハギあたりか?」
その中でしたら、一択ですね。
「あ、私、カサゴを釣ってみたいです!」
カサゴの煮付けとか美味しいですよね!
一匹釣れれば、お昼ご飯が一食分浮きます!
「おっしゃ、ならサビキにすっか」
そういって黒狼さんは慣れた手つきで釣竿に針と糸、それから小さなカゴのようなものを括りつけはじめた。
「ん、準備出来たぞ、お前の釣竿」
私が持参してきていた安物の釣竿だ。
少し前に初ちゃん(初月)が街中で開催していたくじ引きで一発当てたものらしいのだけど…まさか私が使う事になるとは思いもしなかった。
「そ、それでは早速…」
釣竿を構える。もちろん、投げ方は知っている。
……初ちゃんに教えてもらった事を思い出せ!
まずはリールのベールと呼ばれる輪っかを起こす。
そのとき、投げやすいように糸をある程度出しておくこと。
後ろに人がいない事を確認して…あとは投げるだけ!
早速思いっきり投げてみようと大きく振りかぶったそのとき──
「待て待て、まだ早い」
「え?」
黒狼さんに止められた。
黒狼さんは持参していた釣りボックスを開けると、中から小さな容器を取り出した。
「ん、日焼け止めだ。よく塗っとけ」
「ありがとうございます。でももう夕方ですし、別に日も強くないですから、大丈夫です」
「バカ、夕日でもそこそこ焼けるぞ。女の子なんだからそういうとこはしっかりしとけ」
え…?い、今女の子扱いしてくれた…?嬉しい…♡
「はい!ありがとうございます」
言われた通り、素肌が出てるところに念入りにクリームを塗っておく。首の裏が特に焼けやすいという事なのでそこは特に念入りに。
………黒狼さんが、私がクリームを全身に塗ってる姿を横目でチラ見している事だって、当然気がついている。
も、もっとじっくり見てもいいんですよ…?
見せびらかすように、私はわざと時間をかけて太ももにもクリームを塗りたくる。多分本当はここまでやる必要はないんでしょうけど、知った事ではない。
黒狼さんが少しでも私の事を見てくれるように、ほんのちょっとだけ色仕掛け。
効果はあったかな? …あったら嬉しい。
……そういえば私、無人島生活でも別に日焼け止めなんてしてなかったのに、なんで焼けてないんでしょうか?体質?
「あぁ〜…終わったか?それじゃ、餌も付けないとな」
あぁ、そうでした。
餌となるものがなければ釣れるものも釣れない。とはいえ、私は何も持参してきていない。
黒狼さんがよく釣れる餌を持ってきてくれるという事でしたけど…。
「秋月、お前の釣竿持って来い。付けてやる」
「い、いえ!それぐらいは自分でやりますよ!」
連れてきてもらってる立場でそんな事までおまかせするわけには行かない!
「でもお前、
そう言うと黒狼さんはクーラーボックスの中から、ウネウネと動くまるでミミズのような、糸クズのような見るもおぞましいナニカを手のひらいっぱいに掴んで差し出してきた。
フンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
「ハハハハ!!!思った通りだ!」
「なななななななんですかその気持ち悪いのォ!!?」
「こいつはイソメって言ってな。大抵なんでも釣れる万能エサだ。青虫とも言う」
「エ、エサァ…?あうう、気持ち悪いですよぉ…」
「あぁ、確かに可愛いヤツじゃないな」
黒狼さんは全く抵抗なくイソメを手掴みで掴むと、さっさと針に突き刺してゆく。
「ほら、これで投げてみな。身体が千切れないようにゆっくりとな」
「ち!千切れッ!?」
「ほら、やってみろ」
そう言って釣竿を手渡される。
……竿の先には、数匹のイソメが突き刺さっている。ダ、ダメ!!針の方を見ちゃダメよ!!
「……、や、やってみます!」
「釣れよ?せっかく来たんだしよ」
手始めにかる〜く一投。
目測……10メートルくらいかな?思ってたよりは全然遠くに飛ばせた。
「お、中々上手いじゃねえか」
「あ、ありがとうございます!」
ほめてくれたのがとっても嬉しくって、つい黒狼さんの方を振り向いてしまった。
自分の分にイソメを結んでる途中だった。
フンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
〜〜〜
「……釣れんな」
「……ですね」
お互い一匹も釣れないまま、日が傾いてきてしまった。
遠くの空でカラスが鳴いている。夕日が眩しくて目を細めるのも段々と疲れてきてしまう。
餌も残り少ない。これだけ繰り返し見ていたら流石に慣れてしまった。まぁそれでも触りたくありませんが。
「……今日のとこは引き揚げるか」
「わ、わかりました」
垂らしていた釣り糸を引く。
「……ん?あれ?」
なんだろう、少し竿が重くなったような…?
そしてグンッ!としなる竿の先端!
「ウワワッ!!なにっ!?お魚来たの!?」
「秋月!竿を思いっきり上げろ!!」
言われるがままに思いっきり振り上げる!
「でかした!!そのままリールを巻くんだ!」
「グヌヌッ…!!お、重いぃ…!」
さっきまで軽々と巻けていたリールがこんなにも重たい。
それでも負けてなるものか!と艦娘魂と釣り人根性を奮い立たせ、必死になってリールを巻く。
「気張れ!秋月!!」
「負けないもん…!! って、フエエエッ!!!?」
いつの間にか黒狼さんが私の背中から手を回して一緒に釣竿を掴んでくれていた!
「憲兵さん憲兵さん憲兵さん!!!近いですよ!!」
「我慢しろ!そんなことよりはやく糸を巻け!!俺が竿を押さえとくから!!」
「ハヒッ!!巻きますから巻きますからァ!!」
今までで一番の速度で糸を巻く。
黒狼さんの体温が背中と後頭部から伝わってきているし、少し汗をかいているのか、漢らしいフレッシュな匂いが鼻を刺す。
私の手より半分ほど大きなゴツゴツとした手のひらに浮かぶ太い血管に目を奪われる!
「こいつはデカいぞ、あと一息!」
「ううっ!おりゃあああ!!!!」
(私にとっては)長い長い激戦は私達の勝利に終わった。
勝利の報酬として海面から飛び出してきたのは、とっても立派なカツオでした。
〜〜〜
〜夜〜
「はい、秋月ちゃん。カツオのお刺身よ」
「間宮さんありがとうございます!」
釣れたカツオは間宮食堂にお願いして、妹のてるちゃん(照月)達と一緒に食べる事にした。
私一人では多分食べきれないだろうし、贅沢すぎますからね。
あ、ちなみに黒狼さんには断られました。夜の門番としてのお仕事が残ってるからだそうです。
……一緒に食べたかったなぁ。
「始めの一口はやっぱり釣った秋月姉からだよね!」
「うん、異論ない」
「えぇ、そんないいのに…」
てるちゃん達は食え食えと私に刺身の切れ端を押し付けてくる。私としては妹達にこそ先に食べて欲しかったんだけど…。
とはいえ、私も最初の一口は確かにもらいたかったところ。
少し引け目はあったけど、遠慮なくお刺身を口に運んだ。
「アムッ……美味しい!」
自分で釣った魚がこんなに美味しいなんて!?
「私達も〜!」
「いただきます!」
食べるお箸が止まらない。
溢れんばかりに盛られたカツオのお刺身はあっという間に秋月型の胃袋の中へと消えてしまった。
満腹になったお腹をさすりながら、私達は寝る準備を始めようと席を立つ。
「いや〜秋月姉ありがとう!あんなに美味しいカツオなんて初めて食べたよ!」
「僕達はお風呂に行くよ、秋月姉さんもどうだい?」
「あ、ごめんね。私、このあと行くところがあるから」
「うん、じゃあ先に行ってるから」
はつちゃん(初月)は最後に微笑むと、そのままてるちゃん達と一緒に風呂場へと向かっていった。
そして、妹達の背中が完全に壁に消えた事を確認して、私は間宮さんの所へと向かう。
「間宮さんあの、残してた分を…」(小声)
「ウフフ♪はい、どうぞ」
間宮さんは、冷蔵庫の中から10切れ程のお刺身を持ってきてくれた。
間宮さんにお願いして、ほんのちょっとだけ取り分けてもらっていたのだ。
それを受け取った私は間宮さんに一言お礼を言うと、そのまま食堂を飛び出した。
行き先はもちろん決まっている。
〜〜〜
「あ、あの!憲兵さん!」
「んあ?」
外で退屈そうにタバコを咥える憲兵さんが悪びれもせずに煙を吐く。
……怒鳴りたい所ですが、今日はお世話になりましたし見逃します。
「これ、良かったら!」
「え?なんだよ、照月達と食ったら良かったのに」
「でも憲兵さんと一緒に釣った魚ですし、それに、憲兵さんと一緒に食べたいなって……っあ!違うんです!あのその…!お世話になった憲兵さんも食べてほしいっていうだけで、変な意味とかは全然…!!」
「……サンキュ」
憲兵さんは一切れを指で摘み上げると、そのまま口に運んだ。
「んっ…美味いじゃん」
「───!!! これ全部食べちゃって大丈夫ですからね♪」
「ありがとな、秋月」
「ウヘヘ♡私こそ、ありがとうございます♪」
(幸せ♡)
夜空の下、星の下。
誰もいない暗い闇世の中。
誰にも邪魔される事なく、ちょっと遅れた夜食を楽しむ二人の距離が少し縮まったのを、空に浮かんだキレイな月だけが見守っていた。