「神通〜!あんたちゃんと休んでる〜!?」
「川内姉さん。ちゃんと安静にしていますよ」
神通です。
妊娠が発覚してからというもの、私は自室療養を言い渡されてしまいました。
もしも戦場で被弾なんかしてしまったら、お腹の中の赤ん坊にどれほどの負担がかかるか全く分からない以上仕方のない事ですが、私は完全に戦場から引き離されてしまった。
難関海域への出撃はもちろん、近海哨戒に遠征にさえも私が名を連ねることは許されない。
あまり身体に負担のかからない個人演習と日々の鍛錬程度ならば許しが出ましたが、それだけでは身体は鈍る一方です。
なので、絶対に被弾をしないと誓うからどうか勘が鈍らない程度に、はぐれ艦の一匹だけでも定期的に討伐させて下さいと具申してみたところ……提督を含んだ舞鶴鎮守府に所属するほぼ全員の方々に怒られてしまいました。
今ではとうとう、私が部屋を抜け出してこっそり海に出ていないか確認する為の見張り員まで有志達によって常設される始末。
そしてその有志に構成された見張り員の代表者こそが、今ここにいる川内姉さんという訳だ。
「あんたは今まで頑張ってきたんだからさ。こっちの事は気にしないで、今はしっかり休んで、美味しいもの食べて、赤ちゃんにいっっっぱい栄養を送ってあげなきゃ!!」
「で、でも姉さん。私はまだお腹も大きくなっていないんですよ…?身体が動くうちはまだ働いていてもいいのでは…ッ痛い!」
川内姉さんが私の額にデコピンをした。
「あんたねぇ〜、お腹に砲弾が当たった後でもそんな事言える?とにかく、あんたは絶対に海に出ちゃダメ!分かった? あ、でも赤ちゃんを殺したいっていうんだったら、あたしの言う事無視してもいいけどね?」
……川内姉さんは、少しズルい言い方をします。
「う…わ、分かりました。しばらく、安静にします」
「うんうん♪それがいいよ。ヒマなんだったら、提督のとこに行ってきなよ。執務をするぐらいなら許されると思うし、しばらくは秘書艦一人占め出来ちゃうよきっと!」
そう言い残すと、川内姉さんはそのまま部屋を出て行ってしまった。
そして、私も後を追うように部屋を出て行く。
行き先は、川内姉さんのいう通り、提督がおられるであろう執務室。
…自室療養と言いましても、手空きの合間に秘書艦をするぐらいなら構わないはずですよね?
〜〜〜
「あの、提督。なにか、出来ることはありませんか?」
「えっ?あ…ごめん、今全部終わったとこなんだ…」
……一足遅かったみたいですね。
「そうですか…。ごめんなさい」
「あ、ごめん待ってくれ。えと……神通は他に予定無い…よな?」
「? はい、今日は特に何も」
「だったらその……ちょっとだけ、甘えさせてくれない?」
「……ウフフ♡提督、なんだか可愛いですね」
「う、うるさい……最近肩が凝ってるんだよ」
気恥ずかしさを誤魔化すようにそう言った提督は目を合わせないよう、明後日の方向を向いてしまった。
なので、私も彼の背後に回ると、彼の肩に手を置いて、ゆっくりと力を入れていく。
提督は二人きりの時は意外と甘え上手なんですよね。
「んっ…どうですか?痛くありませんか?」
「……最高」
提督の肩は確かに少し凝り固まっていた。
どこが凝っているのかまでは正直さっぱりなのですが、とりあえず、素人なりに硬くなっているところを入念に揉んでみる。
…提督は、気持ちよさそうに微笑んでくれた。少なくとも、間違ったことはしていないみたいです。
「次は俺がしてやるよ」
椅子に座った提督がおもむろに立ち上がると、私に座れと促すように、自らが座っていた司令室の椅子へと手の先を向ける。
「え?いえ…私は平気ですから」
「ん…そうか、なら神通。これは命令だ」
…そう言われては仕方がない。
「失礼します…」
ギシ…と音を立てて椅子にほんのちょっとだけ座る。
すると、提督が後ろから私を掴み、無理矢理に深く腰掛けさせた。
「キャッ!な、なにをするんですか?」
「遠慮はしなくていいって。お前の椅子みたいなもんなんだから」
そんな訳がないでしょう?
この椅子は本来、司令官である貴方だけにしか座ることを許されないんですから。
「フッフッフ〜、神通よ。手が滑ったらごめんよ?」
「ダメです。胸に触れたら、ちょっとだけ怒っちゃいます」
「ん、あれ?ちょっとだけしか怒らないのか?」
「だ、だってその……夫婦、ですから」
「…………………うん」
「……はい」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
………なにか言って下さいよぉ!!!!
「て、提督は今日の予定は全て終わったんですか?」
「え?あ、そ、そうだな…終わったよ。まぁもうそろそろ遠征組が戻ってくると思うが」
「そ、そうですか…」
もう!!あんな恥ずかしいこと言っちゃったからもう提督のお顔が見れないじゃないですか!
何てことを言ってるんですか私は!!
自己嫌悪というべきか、羞恥心というべきか。
とにかく後から段々と恥ずかしくなってきた私は、この痴態を見られないように両手で顔を覆う。
「………好きだ、神通」
「ヒャッ…」
その時、突然彼が私を後ろから抱きしめてくれた。
「ん…、やっぱり神通はいい匂いがする」
「も、もう…恥ずかしいですから、あんまり嗅がないで下さいよ」
彼の体温が感じられる。
たったそれだけで、さっきまで荒んでいた心が不思議と安らいでゆく。
……抱きしめる彼の手の上に私も手を添える。
彼の温もりをもっと感じられるように。
「私は、貴方を愛していますよ」
「むっ…俺だって愛してるさ」
「さっきは好きとしか言ってくれなかったじゃないですか」
「さっきのはその…いきなり『愛してる』なんて言うのは……なんとなく、照れ臭かっただけだ」
「フフ♪照れ臭いなんて、やっぱり提督はちょっと可愛いですよね」
ここで私は、抱きしめる彼の手を解き、振り向いて真正面から彼の顔を見つめる。
「ちょっとだけ、甘えてもいいですか?」
「……ハハ、やっぱりお前は可愛いな」
彼は本当に私が喜ぶ事を言ってくれる。
たまに思わず怒ってしまうような事を言ったりもするけれど…いえ、むしろこっちの方が多いくらい?
他の誰かのパンツを覗いたりお尻を揉んだりといったセクハラが止む気配は一向にありませんし、こっちがいくら主砲を顔面にぶち込んでも平然としてる姿を見ては私としても少しイラッとしたりはする。
それでも、私は彼の全てが好きだ。
太陽のように優しい笑顔が好きだ。
たまに見せる真剣な横顔が好きだ。
私を好きだと言った貴方が好きだ。
こうして温もりを感じていると、ふと思うんです。貴方にもっと触れたいと。
だから私は、彼の胸に自分の身体を預けた。
狭い所に収まるように、私は彼の胸の中で両手を折り畳んで、彼に密着し、寄り添うように彼の中で小さくなる。
彼も私を抱きしめてくれた。
腕の中で、彼を見上げる。
自然と目が合う。
すると、彼が私の頬に触れる。
私は目を閉じ、身を寄せる。
私は彼の肩に手を乗せて、彼は私の肩を掴む。
「……ンッ、」
唇が触れ合う。
────そして、離す。
「ンッ…私、こんなに幸せでいいんでしょうか…?」
「……俺もそう思うよ」
そして、彼が私のお腹に手を当てた。
彼の瞳が慈愛に染まる。彼の触れる手の先には、まだ形も出来ていない、私達二人の赤ん坊がいるのだ。
「お前は一体いつ生まれてくるのかな?」
「分かりませんが……きっと半年は先ですよ」
「男の子かな?それとも女の子かな?」
「私は、女の子だと嬉しいですね。一緒にお出かけをして、一緒にご飯を食べて、一緒に海で遊んでみたいです」
「俺は男の子がいいな。家族みんなで遊んで、遊んで、遊びまくって、遊び疲れちゃって、川の字でお昼寝とかしてみたい」
「あれ、そういえば…」
「? どうした?神通」
「…………い、いえ、なんでもありませんよ」
「? そうか。まぁいいけどさ…」
彼が、私のお腹を優しく撫でる。
まるで腫れ物を扱うかのように、優しくゆっくりと撫でてくれる。
「でも、神通との子供ならきっとどっちでもめちゃくちゃ可愛いんだろうな」
「はい、きっと可愛いですよね。………私、きっと元気な赤ちゃんを産みますから、浮気なんかしないでずっと待っていて下さいね?」
「いや浮気なんかしないって……って、普段の俺じゃ、説得力ないかな」
はい、ありませんね。
でも……本気の浮気だけは絶対にしないんだろうなという強い信頼もあります。
「愛してるよ、神通」
「私こそ、お慕い申しております」
そしてもう一度、私と彼は二人抱き合う。
彼と抱き合い、夢見心地のその最中………私には一つだけ、頭の片隅に疑問があった。
それは、彼のあの言葉を聞いた時にふと思い至った事だ。
〈俺は男の子がいいな〉
もしも男の子が生まれたら、その子は人間の子なの?
それとも、艦娘なの?
もしも女の子が生まれたら、その子は艦娘の子なの?
それとも、人間なの?
(……私達の子供って、