「雲龍さん、教えてください。私のお腹では、一体ナニが育っているのですか?」
私は、その疑問を持たずにはいられなかった。
私は艦娘、提督は人間。言うならば異種族間の婚約と出産。
私と彼がどれほど愛し合っても、どこまで行ったとしても変わらない。
だからこそ聞きたい。
私と彼の間では、一体どんな生物が育まれるのかを。
「普通に人間の赤ちゃんよ」
「あ………そうなんですか」
拍子抜けするほどにあっさりと答えが見つかった。
かなりのレアケースなのは間違いないのだが前例が全くないわけではないみたいだし、記録が大本営のどこかに残っていてもおかしくない。
だとすれば、私と提督の進展を鳳翔さんに報告することも兼ねて大本営から異動してきている上、なんだかんだ博識な雲龍さんがそういった過去の文献に目を通していてもなんら不思議ではない。
「ただ、人間同士で産むよりも明らかに早熟で産まれてくるみたいよ。大体3ヶ月程度で生まれてくるわ」
!!?!?
そんなに早く産まれてくるんですか!?私てっきり7ヶ月は待つと思ってたのに!!
「どうしてそんなに早いのかはよく分かっていないわ。艦娘の体内で育つ事で成熟度に影響があるのか、艦娘の血が混ざる事が原因なのか…。まぁ、どちらにしても赤ちゃんが生まれてくるのが普通より早いだけの事だからそんな気にしなくていいわ。 ほら、犬や猫だって2ヶ月程度で産んじゃうでしょ?ウサギなんて一ヶ月よ?」
そ、そういうものなんでしようか…?
妙に心のどこかで納得いかない自分がいるが…今は雲龍さんの言葉以外信じられる情報がない。
それにもしも、だ。もしも見たこともないような見た目おぞましい深海棲艦が私の腹の中で育っていたとしても、それでも提督と私の赤ん坊には違いない。それだけで私は無性の愛を注げる自信がある。
仮に私の腹の中を食い破って、私の命と引き換えに外へ出てこられたとしても、多分私は子供のことを愛してしまうだろう。
……まぁ、そんな蜘蛛の出産も裸足で逃げ出す血みどろな出産なんか他の皆さんが許さないでしょうし、何よりも提督が産まれてきた化け物を真っ先にブチ殺そうとするでしょうが。
自分でも割と狂気的な事を言っている自覚はあります。
でも…そのぐらい今の私は、お腹の中の赤ちゃんが可愛くて可愛くて仕方ないんです。
「エヘヘ♡名前は何にしましょうか♪」
「フフフ、それはお父さんに決めてもらったら?」
慈愛に満ちた瞳の雲龍さんは、静かに微笑んで私を微笑ましそうに見つめる。その視線がなんだかくすぐったくて、私は雲龍さんの部屋を出て行こうと席を立つ。
「お時間を取らせてしまって、すみません。どうかまた、よろしくお願いします」
部屋の扉を閉める私に向かって、雲龍さんは最後までヒラヒラと手を振ってくれていた。
〜〜〜
(それにしても……たった3ヶ月程度で産まれるだなんて)
神通は予想以上に早い出産に少し焦りが生じる。
なにせまだ半年は先だと思っていたから、なんの準備も進めていなかった。
産まれてきた子供にはどんな用意が必要なのか?
育児に気をつける事はなにか?
どこの病院を訪ねればいいのか?
専門の知識を持った人も必要になるかもしれない。
とにかく、私達二人の進む道には不確定要素が多すぎるのだ。
それらもまとめて雲龍さんに聞いておけばよかったと若干後悔しながら、私は司令室の戸を叩く。
「ん、誰だ?」
「提督、私です」
「あぁ、神通か!入れ入れ!」
中から許しの声が聞こえ、戸を開いて中へ入ると彼が一人で立っていた。
…両手を広げて、目を閉じて、唇を突き出すという完全にフリーハグ…いや、フリーキスの姿勢で。
「……なにをしてるのですか」
「ラブリーマイエンジェル神通たんの熱いキスを待っています。さぁカモン!」
「・・・」
…少し呆れる気持ちはあったが、私はそのまま彼に唇を重ねた。
「……え、あ、マジでしてくれたん」
「あ、あなたが求めてきたんですよ」
恥ずかしそうに頭を掻く彼の姿に私まで頬が熱くなる。
恥ずかしくて逃げ出してしまいたくなってきたので、私はすぐに椅子に座って彼から少しだけでも距離を取った。
「提督…その、少し、お話があるんですけれど…」
「お、おぉ…」
彼もまた居心地が悪そうに司令官の椅子へと深く腰掛けると、申し訳なさそうに目線を下げる。
「私たちの子供のこと…なんですけれど…」
そこだけを言った時点で、彼はすごい勢いで詰め寄ってきた。思わずたじろいでしまうぐらいに。
「男の子か!?女の子か!?」
「そ、それはまだ分かりません!そ、それよりも…その……」
私は少し躊躇った。
私達の子供の正体を話す事に、少しだけ不安があったからだ。
私のお腹の中にいるのはただの人間の子供だという事を聞いてしまったら、提督は……その…もしかすると、ちょっとだけ……ガッカリするんじゃないかな…って。
だ、だってそうでしょう?
艦娘と人間の間に出来るようなイレギュラーな子ですもの。なにか特別な力を持って産まれたりとか、尋常ならざる力があったりだとか、期待してしまってもおかしくない。
増してや彼の仕事は提督業なのだ。
日本海軍の名の下に、海の平和を守るのが彼の仕事。
私たちの子供が日本を守る希望のような存在になってくれる事を願ってしまっていても仕方ないと私は思う。
だから私の中にある彼をガッカリさせたくない気持ちが、喉元まで出かかった言葉を一瞬だけ呑み込ませたのだ。
でも、それを言わない訳にはいかない。遅かれ早かれ、いつかは彼の目の前で誕生するのだから。
意を決して、私は彼の眼を真っ直ぐに覗き込んだ。
「私のお腹の中では……ごく普通の人間が育っているみたいです」
「おぉそうだったのか!」
それっきり、彼は嬉しそうに私を見つめながら微笑むばかり。
あ、あれ?それだけ?
「え、あ、あの…」
「ん?どうした?」
「い、いえその…驚かないのですか?」
「? …あぁ、まあ確かに、艦娘が生まれてくるのかなとは思ってたね」
「そ、そうではなく…」
その…なんの力もない人間が産まれてくるのですよ?
「神通との子供だもの。例えほっぽちゃんが産まれてきたとしても可愛くて仕方ないさ」
!!!
私と、一緒の気持ちだったんですね…。
「……ありがとうございます。提督」
「? どういたしまして」
彼は不思議そうに首を傾げる。
「あ、それでですね提督。どうやら、たったの三ヶ月程度で生まれてくる可能性が高いみたいなんです。出産の準備を早めにしておきましょう」
「いや。もう準備終わってるんだけど…」
「え?」
彼は執務室横のクローゼットを開く。
中から出てきたのは絶対に必要ない数のベビー服。
百以上のベビー用おもちゃ。哺乳瓶五つに粉ミルクが三年分。柔らかいタオルにオムツが十箱。極めつけはクローゼットの大半を占領する折りたたみ式のベビーベッドまで用意されていて、もうここの一角だけで乳幼児雑貨店が開けてしまいそうな勢いではないか。
開いた口が塞がらない。
私が何かするまでもなく、全部の準備が既に終わっていたのだ。
一体いつの間に…。
「それとこれ、神通に」
彼はクローゼットの一番手前にあった大きな枕と布のようなものを私にくれた。
それは、抱き枕と腹巻きだった。
「子供も大切だけど、俺が一番大切なのはお前だからな」
「……恥ずかしいです」
彼は存外、過保護なようだ。
「そうだ!俺名前を考えてみたんだけどさ!」
「どんな名前ですか?」
「男の子なら、寅治。女の子なら、綾音と名付けたい」
「フフフ♪素敵な名前ですね」
「どっちを名付ける事になるかな〜」
「どっちでしょうね。待ち遠しいです」
いや、どちらでも構わない。
どちらだったとしても、とっても可愛いだろうから。
幸せに育ってくれと願わずにはいられないだろうから。