スケベ提督と元ブラック鎮守府   作:ルフレオ

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提督の帰還 二

 

 

 

 月の美しい夜、舞鶴鎮守府に忍び寄る二つの影があった。

 

「ククッ!懐かしいなぁ舞鶴鎮守府。……よくもこの俺を豚箱に送ってくれたな。あの艦娘(バカ)共…!!」

「そろソロ黙れ、耳ざワリダわ…」

 

 深海棲姫に連れられて、ゴムボートに乗って暗い海に浮かぶ舞鶴鎮守府の元提督。

 深海棲姫は元提督のやかましい恨み言に舌打ちさえ飛ばす。見た目おぞましい深海棲艦の親玉ともいうべき深海棲姫の不機嫌な態度に、傲岸不遜な元提督といえども思わず怯んだ。

 

「な、なんだ…お前もあの小娘達が憎いんじゃないのか?」

 

「何故?私は、アの鎮守府ニいる子達ニ会っタ事スらナイのヨ」

 

「なんだと?なら、何故俺を助けたんだ」

 

「私の目的のためには、オマエを連レてた方が都合ガヨさそうダッたからヨ」

 

 深海棲姫の目的は自分を殺すつもりで挑んでくる神通との再戦のみ。

 大本営に囚われていたこの男をわざわざ牢獄の中から引っ張り出してきたのだって、当初の目的である神通を怒らせるためには他の仲間達が心底憎んでるであろうこの男を連れて行くのが一番確実だと思ったからだ。

 逆に言えば深海棲姫が先に他の方法を思いついていたら絶対助け出したりしなかったし、なんなら今すぐにでも首を刎ねている事だろう。

 そうとは知らずに無敵の深海棲姫を味方サイドに引き込めたと本気で信じているこの男は、得意気に鼻を鳴らす。

 

「ふん、まぁいい。俺はあの鎮守府の小娘共に一度しっかりとした厳罰を与えられればそれでいい。そして、ゆくゆくはあの艦娘共を連れて大本営の目も届かないような遠い地で俺だけの楽園を創り出すのだ!!…クククッ!!早くしゃぶり尽くしたいものだ」

 

 鼻息荒く、真夜中の海上で波に揺られる元提督。

 揺れるゴムボートに座りながら、脳内でどんな妄想を繰り広げているか知る由もない。ただでさえ醜悪な顔の男が下卑た笑みを浮かべながら股間を大きくさせる姿は、あまりにも……

 

「気持ち悪ッ…」

 

 深海棲姫の吐き出すような呟きは、暗い海の波の音にかき消された。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

「神通さん、大分お腹大きくなってきましたね♡」

 

 如月が以前に比べて一回りも二回りも大きくなった神通のお腹を見ながら嬉しそうに笑った。如月の言うとおり、お腹が大きく膨らんだ神通は医務室のベッドの上にいた。

 そろそろ出産になるだろうという海軍医師の見解の元、神通は専用の集中医療室に移動することになった。

 当初は自分一人だけが特別な待遇を受けることに苦言を唱えていた神通だったが、医師と提督を含んだ多くの艦娘達からのお叱りを受けてあえなく承諾。

 

 そして一人ベッドに横たわるだけの彼女が退屈しないように…という建前の元、生まれて初めて見る妊婦という存在とこれから産まれてくる赤ん坊に興味津々な艦隊の皆さんが代わる代わる医務室に訪れるようになっていた。

 鎮守府内でもトップクラスの影響力と存在感を放つ神通が相手という事もあり、腹の中の赤子を取り巻く環境は行き過ぎとも言えるほどに過保護である。

 

「あ、あの…お腹触ってもいいですか?」

 

「フフ♪どうぞ」

 

 神通に促され、睦月と如月の二人がお腹に手を当てる。

 

「あ!今動いた!動いたよ如月ちゃん!!」

「本当?私にも触らせて」

 

 二人は取り合うように、なれど決して傷付けないように優しく争う。鎮守府全体を取り巻く過保護の空気は二人の中にも色濃く吸収されているらしい。

 

「ふわあぁ…すごくポカポカする、赤ちゃんってこんなに温かいんだ…」

 

「それは多分、赤ちゃんじゃなくて私の体温だと思いますよ?」

 

 神通は苦笑気味にそう言う。

 

「え、あ、そ、そうにゃし…?」

 

 恥ずかしくなった睦月は少し頬を赤く染めて目線を下げた。それをからかうように如月が顔を覗き込む。

 

「間違えちゃったわね♡」

「うぅ〜、恥ずかしいにゃし〜…」

 

 いったいどっちが姉なのだか…。

 いつぞやに提督も一考した二人の力関係に神通もまた同じ疑問を持つこととなる。

 

ガガ…

『あと10分で館内消灯時刻です。今日一日、みなさんお疲れ様でした』

 

 その時、消灯時刻を知らせる案内放送が鎮守府に流れた。

 この放送はあくまで消灯時刻を知らせるだけのものであるため、なにも就寝を強制するものではない。が、食事を済ませて風呂に入って歯を磨き、布団に入る事を考え出すぐらいのちょうどいい時間に流れるこの放送は、駆逐艦を中心とした多くの艦娘達の就寝を知らせるいい合図となっていた。

 蛇足だが、館内放送の声の主は赤城である。

 

「あ…もうそんな時間だったにゃ?」

 

「あら、まぁ仕方ないわ。それじゃ神通さん、また明日」

 

「はい、おやすみなさ……」

 

 そのとき、神通がふと窓の外を眺めたまま、視線を止めた。

 

「? 神通さんどうかしたんですか?」

 

「・・・・・・」

 

 如月の問いかけに神通は答えなかった。

 何も言わず、如月に一瞥もせずに、ただ真っ直ぐに外を眺めるだけ。

 

「神通さん…?にゃし〜〜?」

 

「・・・・・・」

 

 様子のおかしい神通に思わず睦月と如月は足を止めた。

 

「外が気になるんですか?」

 

「……睦月さん、如月さん。急ぎ提督に知らせて下さい。敵襲です」

「え?」

 

 そのときだった。

 

 

『侵入者発見!!侵入者発見!!第一艦隊出撃せよ!!繰り返す!!第一艦隊出撃せよ!!』

 

 

 館内放送が流れる。

 睦月と如月も慌てて顔を見合わせ、弾かれたように神通を見る。神通は引き締まった鋭い表情を持って軽く頷き、それを見た二人は一気に医務室を飛び出した。

 

「私達も行ってきます!!」

「はい、どうかよろしくお願いします」

(……さっきから海の向こうから感じるこのイヤな気配は一体なに?なんだか身に覚えがあるような……まぁどんな敵がいたとしても、今の私ではなんのお役にも立てませんね…)

 

 神通は大きなお腹をさする。

 今の身重な身体では戦闘はもちろん、逃走する事さえも満足に出来ないのだ。お腹の子を守るためにも、どうか戦場の災禍がこの医務室にまで辿り着かないことを願う。

 そして、睦月と如月の二人と入れ替わるようにして二人の艦娘が医務室へと入ってきた。それは神通の姉妹艦である川内、そして那珂だった。

 

「姉さん!那珂ちゃん!どうしてここに!?」

 

「提督の指示だよ!神通のボディーガードには私達二人が任命されてるの!」

「神通ちゃんとお腹の赤ちゃんは那珂ちゃん達が絶対守ってあげる!」

 

「ふ、二人とも…」

 

 提督の指示…ということは、元々非常事の際は二人が私につくようにとあらかじめ決められていたのだろう。

 

「大丈夫!今頃第一部隊が出撃準備に入ってるはず!」

 

「でも敵襲なんてどういう事かな?鎮守府の近海には、妖精さん達が見張りで出突っ張りのはずだよね?適当な雑魚ぐらいだったら妖精さん達だけでも追い返せてるはずなのに…」

 

「……おそらくですけれど、姫級だと思います」

 

 川内と那珂の表情が強張った。

 

「姫級!?嘘でしょ!?」

 

「はい。それもかなり強力な…。考えたくもありませんが」

 

「神通ちゃんどうして分かるの?窓から見えたの?」

 

「その……ただの勘です」

 

 思わずずっこけてしまいそうになった那珂を他所目に、川内もまた窓から外の黒い海を眺める。

 

「今回ばかりは、あんたの勘が外れてることを願うよ」

 

「…私もです」

 

 川内と那珂の二人に両脇を挟まれながら、一途の不安を胸に神通は窓の外を見やるのだった。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

「最上!本当に姫級で間違いないんだな!?」

 

「うん!確かな情報だよ!!」

 

 提督の元に通達された敵艦隊の奇襲の知らせ。

 自軍基地に向かう正体不明の敵性戦力の接近ともなると、普段は能天気な提督といえども表情に緊張が走る。

 

「敵の数は!?編成は!?」

「敵は二隻だけだよ」

 

 最上の言葉を聞いて、提督は思わず目を見開いた。

 

「たった二隻?どういうことだ?浮遊要塞もいないってのか?」

 

「うん。しかも片方は姫級が確定してるんだけど、もう一隻はただの木舟なんだって…。それにどうも人が乗ってるみたいなんだ」

「人質か!?」

「そ、それが違うみたいなんだ…。多分、前に提督が言っていたこの鎮守府の前任の男なんじゃないかって、妖精さんは言ってるよ」

 

 最上の言葉に思わず頭を抱える。

 大本営の監視の目を潜り抜けてどうやって脱走したのかずっと疑問だったが……なるほどな。姫級が手を貸したとなれば、合点がいく。

 おそらくだけれど、姫級は陸路を使って大本営に侵入したのだろう。いくら姫級であろうと、真正面からたった一人で攻め落とせるほど大本営の海上警備は甘くない。

 となると、海上に比べてどうしても手が薄くなる陸路の方から隠密に侵入したと考えるのが自然だろう。……多分、すれ違い様に出会った憲兵や艦娘達なんかは皆殺しにされたのだろうな。

 

「それと、今回出現した姫級なんだけれど……もしかしたら深海棲姫っていう個体名持ちかもしれない」

「はぁ!?深海棲姫だと!?」

 

 提督の脳裏に浮かぶのは、かつて自らが勤めていた先代の鎮守府である佐世保鎮守府で起こったとある海戦。

 

「知ってるの?もしかして、有名なの?」

「有名もなにも……俺達が昔戦った深海棲艦だよ!大本営の方でも割と有名…かもしれないな。あいつは神通とタイマンを張って互角の闘いを演じてみせた唯一の深海棲艦だ」

「嘘でしょ!?あの神通さんと戦った事があるの!?」

 

 神通の文字通り鬼のような強さを知る最上は、信じられないという具合に固まった。

 

「当時の作戦では、第二艦隊の旗艦を勤めていた神通は、赤城が率いる第一艦隊が戦場で集中出来るようにするための防衛戦線の維持を目的とした作戦行動をしていたので、作戦自体はこちらの勝利で終わったんだが…神通と2時間も3時間も戦って五体満足でいられた深海棲艦は後にも先にもあいつだけだ」

 

 最上の表情が少しずつ青ざめていく。

 神通の異常な強さを知るが故、その神通と互角に戦ったという深海棲姫が一体どれほどの脅威なのかはっきりと理解できたのだ。

 だからこそ、その神通が動けない時に限って攻め込んできた状況に絶望していた。

 青葉・衣笠・最上・三隈・鈴谷・熊野の計六隻の重巡洋艦。

 赤城・加賀・翔鶴・瑞鶴・雲龍・大鳳の計六隻の空母。

 金剛・武蔵・榛名の三隻の戦艦。

 

 対抗しうる戦力はこんな所だろう。

 普通に並ぶ面子が強すぎるので、決して戦力が低いわけではない。

 だがやはり、神通がいないという不安感だけはどうしても最上には拭いきれなかった。

 

「まぁいい…。今回だってなんとかしてみせる。最上、お前は第二艦隊に向かってくれ。第一艦隊の後を追って出撃させる。装備は主砲と副砲を積め。航空機は雲龍と瑞鶴に任せる」

 

「うん。僕に任せて!」

 

「頼んだぞ、行け!」

 

 命令を受けた最上は駆け出してゆく。その頼もしく走り去ってゆく背中を見届けた後、提督は執務室の扉を開き、一人椅子に座る。

 来る決戦の時に向け、提督は頬を叩いて心に喝を入れた。

 

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