・・・来タわね♡♡♡
深海棲姫は歓喜に満ちた表情で、水平線の向こうからやってくる十二隻の連合艦隊を出迎える。
第一艦隊
赤城・雲龍・夕立・球磨・衣笠・武蔵
第二艦隊
加賀・翔鶴・金剛・最上・鈴谷・時雨
舞鶴鎮守府に在籍する中で、比較的練度が高いものから選ばれた連合艦隊の面子。練度の低さや、実践経験の少なさなどから泣く泣く外したメンバーもいるが、それらを加味しても舞鶴鎮守府の最高戦力と言っていいだろう。
十二人の艦娘達が見定めるのは、浮遊要塞すらも連れていないたった一隻の深海棲艦。
十二の殺気を一心に浴びる深海棲艦改め、深海棲姫の心のうちは余裕であった。
今まであり得ない数の艦娘達を海の底に沈めてきた深海棲姫にとって、十二隻程度の艦隊なぞ恐れの対象にならなかったのだ。
赤城や加賀の飛ばした偵察機を見つけても、別に撃ち落とそうともせずに退屈そうに見るばかり。だが、攻撃機が来たならば撃ち落とす。
たまに攻撃機を撃ち落とすための機銃を撃つ以外特に何もしなかった深海棲姫は、ただひたすらに艦娘達の到着を待ち続ける。
やがて己の目に映る距離にまで接近してきた艦娘達。
その総合的旗艦を務める赤城は、見たこともないような極限まで憤怒した鬼の表情で深海棲姫を睨みつけた。
「やっぱり…!!やっぱりッあなただったんですね…!!!」
赤城の殺気すらも目に映らない深海棲姫はうっとり♡とした目で艦娘一人一人の顔を確認していき……首を傾げた。
「アら…?神通はドうしタの?」
「神通さんは、ここにはいない!!」
その瞬間───世界の空気が冷たく鋭いものへと切り替わるのを、艦隊の艦娘達は、全身から噴き上がる冷や汗と心の奥から湧き出したドス黒い恐怖で感じ取った。
ナンデスッテ…?
海が荒れ出した。波が高くなり、風も強くなって雨が降る。
嵐の中心は間違いなく、ヤツだ。
(なんだこの得体の知れないような恐ろしさは!?たった一隻から放たれる殺気とは思えない…!!)
(Oh…ッ…こ、これはさすがに、ヤバいかもしれませんネー…♪)
(こっっわすぎ!!!青葉の恐怖新聞読んでる時よりよっぽどビビるんですけど…!!?)
「ハ、ハハ、ハハハハ!!!そ、そうだ深海棲姫よ!!そこの生意気な女どもは全員皆殺しにしてしまえ!!鎮守府にいる女達だけでも事足りる!!」
下卑た笑い声を上げる舞鶴鎮守府の元提督。
『え…』
その笑い声を聞いたその瞬間、額に青筋が浮かび上がる艦娘が三人…。
「貴様…」
「……shit」
「あなたは…」
「久しいなお前達!元気にしていたかハハハ!!」
『………死ね』
武蔵、金剛、加賀は脊髄反射で砲塔と弓を向け、一斉に放った!
元提督がさっきまで浮かんでいた黒い海上から途方もない水飛沫が噴き上がり、艦隊を海水に濡らす。
「ええええっ!?ちょ、皆何してるのさ!?民間人じゃないの!?」
衣笠が思わず武蔵の前に飛び出した。
だが、武蔵は衣笠の言葉に耳を傾けるばかりか、むしろ邪魔だとばかりに横へと押し出した。
「あの男は私達の因縁の相手だ…!!今の提督が舞鶴に着任される前任…!!私達に地獄を見せた男だ!!!」
「殺す…!!あの男だけは絶対に私が殺す!!!」
「多摩、お願いデスからどいて下さい…!!あの男だけは…ヤツだけは、絶対に許してはいけないんデス!!」
「気持ちは分かるっぽい!!!あ、ぽいじゃなくって分かる!!分かるんだけど、今はそれよりも先にあっちをやっつけるっぽい〜!!!」
必死になって武蔵を止める夕立の説得が効いたのか、ほんの少し冷静さを取り戻した三人。冷静さを失っても尚、任務の事だけは頭から抜け落ちないあたり、流石は有数の実力者達である。
「そ、そうだな…すまない。私としたことが、冷静さを欠いた」
「…奴を殺そうとするのは、むしろ同時狙いよ」
「え?」
加賀は静かに噴煙が散るのを待つ。
やがて、黒煙の中から現れたのは、片腕を広げただけの雑な姿勢で元提督の前に立つ深海棲姫の姿。
「……私達の攻撃をまともに受けておきながら、平気な顔で立ってられるとはな」(……というか、ほとんどダメージも残ってなさそうだな…。全く、超弩級戦艦の名折れだな)
「何故その男を庇うのかしら?」
加賀は恨めしそうに弓を引き絞りながら、深海の姫に問う。
深海棲姫は感情のない瞳で、加賀を睨みつけながら答えた。
「こイツを連レてオケば、神通が怒るかモと思っタだけヨ?」
たったそれだけの理由。
「ねェそこノアナタ…神通ガいナイのは何故?」
問われた時雨は、恐怖で押し潰されてしまいそうな心を必死に保って慎重に言葉を選びながら、口に出してゆく。
「ジ、神通さんは…今、お腹の中に赤ちゃんがいるんだよ。だ、だから戦うことが出来ないんだ」
「……あァ、ソう」
すると深海棲姫は男の頭を鷲掴みにし、片腕だけで大の大人一人を持ち上げた。
「ガああああああああ!!!!!痛いィッ!!痛い痛い痛い痛いいい!!!手を離せ!!離さんか馬鹿者ォォォォ!!!」
「では、神通はモウこコには来なイノね…」
「そ、そうだ!!分かったら、早くその人から手を離──」
グチャッ!!
深海棲姫が、男の頭を握り潰した。
「え…」
「そんなのつまらない…。つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないツマラナイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!」
深海棲姫は狂った奇声と共に、艤装を一気に展開した!
「皆さん!!来ますよ!!!」
〜〜〜
「報告します司令官!たった今、第一艦隊と第二艦隊の皆さんが敵艦隊と会敵!交戦を開始しました!」
「ありがとう吹雪」
慌ただしいのは何も戦場だけではない。
提督のいる舞鶴鎮守府もまた、同じようにピリついた空気と緊張感が漂い、艦隊の帰還を今か今かと待ち続けている。
「……こんな時にも、俺はただ作戦の指示をする事しか出来ないというのは…歯痒いな」
赤城からの緊急電を聞いた時は耳を疑った。まさか本当にあの時の深海棲姫だとは思わなかった。
……以前にも話した事があると思うが、俺は決して自分の艦娘達が弱いだなんて思っていない。むしろ、世間一般の艦娘達の中では強い方だと思っている。
が、それでも神通・大和・鳳翔の強さは頭一つ抜けていると言わざるを得ない。
鳳翔と大和の二人が佐世保鎮守府にいる今となっては、神通こそが我が鎮守府の最高戦力。その神通が行動不能になっているこのタイミングで攻めてこられるなんて、あまりにも運が悪い。
まさか、神通が戦えない情報がどこからか漏れていたのか…?いや、それはない。何故なら、あの深海棲姫が神通との再戦を望んでいるという話は、神通本人から直接聞いている。
奴との決闘が決着つかずのままで戦場を離れることとなったそのとき、ヤツは“再戦ヲ楽しミ二しテいる“とはっきり公言したという。
それなのにわざわざ神通が行動不能となっている時期を選んで攻撃してくるというのは考えられないからだ。
それに、やつはこういった意地悪く攻めてくるような性格悪い詰め方をしてくるタイプではない。これは俺の勝手な感想だけど。
「提督…。よろしいでしょうか」
司令室の扉を開いたのは神通。続けて川内と那珂の二人も部屋に入ってきた。
「ご、ごめんね提督?どうしても行くって聞かなくって…」
「神通、俺は医務室に待機と連絡したはずだぞ」
「…頭では理解しています。ですが、心が落ち着きません。無理です。どうかここにいるだけでも許して頂けませんか?」
…俺は神通を睨んだ。
生まれて初めて、神通を睨んだ。
「お前を死なせたくない。少しでも安全なところにいてくれ」
「あなたが死んでしまっては同じです。私も後を追いますから」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどいません!!私にも戦わせてください!!」
「・・・今のお前に何が出来る」
「残念ながら…知恵を絞る事しか。でも、相手があの深海棲姫だというのなら、少しはお役に立てるのではないでしょうか?」
「! おい、それを誰から聞いた?」
「海の向こうから届く殺気から推理しただけですので、正直勘によるところが大きいですが……そもそも姿も見えていない遠海のうちからでもこれほどの存在感を放てる深海棲艦なんて、アイツくらいしか心当たりがありませんから」
なんか普通に言ってるけど、気配で相手を特定するとか人外ムーブにも程がある。バケモンだ。ここに超人がいる。
「………あいつとやり合った事があるのは、確かに神通、お前だけだ。……正直お前がいてくれるだけでも相当心強いのは事実だしな」
俺は机の上に置かれた筆立てやら書類やらを全て地面に弾き飛ばすと、大きな海図をそこに広げた。
「……そこまで言うなら、役に立ってくれよ?」
「もちろんです。提督。まずは作戦概要を教えて下さい」
「あぁ、吹雪!悪いがボードを持ってきてくれ!」
「は、はい!!ただいま!!」
一体いつぶりだろうか…。
再び俺と神通が肩を並べ、深海棲艦を討伐するために様々な意見を言い合う日が来るだなんて。
〜〜〜
黒く荒れた大海原に、ただ一人立ち尽くす深海棲姫。
その先には、全身傷だらけのまま、もはや意識もはっきりしていない轟沈寸前の夕立が胸ぐらを持たれて片手で持ち上げられていた。
「ウフフ♡…駆逐艦ノ分際でやケに強かっタワね、コイつ」
「あうっ、ガ、ガハっ…!!」
深海棲姫は、遠くを見る。
その先には、第一・第二艦隊の連合艦隊。だが、全員明らかに消耗しきっており、中には夕立と同じように大破、もしくは轟沈手前となって力尽き、海に倒れている者もいる。
特に球磨、鈴谷、武蔵は重傷だ。
今すぐにでも入渠させなくては取り返しのつかない事になりかねないほどに消耗しきっている。
「マぁいいわ…。あなタ達もマダまだ戦い足リナいワよね…?モッとモット楽シませて「ポイィィ!!!」ドォン!!
深海棲姫に捕まり、消耗しきったその身体では最早戦う力など残っていないはずなのに、夕立は最後の力を振り絞って深海棲姫の顔面にゼロ距離から砲弾をぶち込む!
無防備な顔面へとゼロ距離から砲弾が直撃し、頭から黒煙を吐く深海棲姫は、頭を掴まれたまま必死にガルゥ…!!と睨みつける夕立に一瞥し、邪悪な笑みを浮かべた。
「・・・くレそうネ♡」
深海棲姫は夕立の頭を掴み、メキッという鈍い音を立てながら全力で海の向こうへとぶん投げた!
「夕立ィ!!」
岩に激突するほんの間一髪で時雨が間に入り、衝突を避けた夕立。だが、その衝撃がとうとうとどめの一撃となり、夕立はそれっきり目を閉じて動かなくなってしまった。
「貴様ァ!!」
「ウッフフフ!!!♡♡♡さァ次はダれカらかしラぁ!!?モットよ!!!モッと私を楽シマせテェ!!!アアァァハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」