〈Infinite Dendrogram〉というゲームについて語るのならば、一番最初にその自由度の高さについてが話題に上がるだろう。
運営が標榜している貴方だけの可能性、全ての自由が許される……。
その文言は偽りなどでは無い。
勿論、その自由に付随するリスクや責任というモノは必ず存在するのだが、まず“やる”事だけは少なくとも自由なのだ。
そしてこの男、ギストリーは自分の信条を偽らない。
その信条が『好きに戦い、好きに奪う』というおよそリアルでは倫理的に許さない事でも、この世界では自由なのだから。
「野郎共!やっちまいなぁ!!」
あまりにテンプレ過ぎる台詞と共に眼下の山道を移動するキャラバンへの襲撃命令を出す。
ここはアルター王国内のレジェンダリアとの国境に程近い場所の山道。
街と街を結ぶ命脈たる場所を通るキャラバンが今日の獲物だ。
そのキャラバンはティアンと呼ばれる〈Infinite Dendrogram〉の世界内で生きる住民をメインに構成された商隊で、稀少な商品を運んでいるという情報をギストリー達の盗賊団は入手していた。
<Infinite Dendrogram>において、盗賊や山賊といった輩は世に出回るファンタジーな小説や漫画よりもかなり数が少ないと言われている。
理由は<マスター>と呼ばれるリアル世界からこの世界に没入して遊ぶプレイヤー達のせいである。
死ねば終わりのティアン達と違い、〈マスター〉は死んでもデスペナルティによってリアル世界で1日(この世界では3日)のログイン不可を課されるだけであり基本的にゲーム内での完全死は存在しない。
更には〈マスター〉だけに許された特権として〈エンブリオ〉が存在する。
〈エンブリオ〉とは〈マスター〉の左手に必ず付く紋章から産まれ出るオンリーワンの能力。
それは〈マスター〉自身のリアルにおけるパーソナルを読み取り、この世界における状況と環境に合わせてそれに相応しい力となって現れる。
ある〈マスター〉は目の前の命を守る為、悲劇を打ち破る為に強大な盾の如き力と、その盾に攻撃した者に対するカウンターという復讐者の如き力を得た。
ある〈マスター〉はリアルにおいて、ある人間の代替品でしか無い自分の人生を経て、この世界で何にでもなれる無貌の姿を得た。
ある〈マスター〉はリアル世界ではコンピュータ内部で生きる者であり、この世界で与えられた生身の身体に馴染めずにリアル世界と同じ様な機械の身体を得た。
この様に僅かな例をとっても千差万別でありそれ故に如何なる力を秘めているか余人には分からない、可能性そのものである力の結晶が〈エンブリオ〉なのだ。
<エンブリオ>を持ち、不死身の存在である<マスター>。その戦闘力は見た目に一切比例する事は無い。
実力の大小はあるものの、そんな<マスター>がこの世界では何万人と活動中なのだ。
うっかり<マスター>を襲ったが最後、不死身の超人と敵対することになる。
そんな厄ネタを享受するのは誰しも御免だろう、特に命に限りがあるティアンにとっては。
しかしながら例外は幾つかある。
ギストリーの盗賊団はその例外の一つ。
自身も〈マスター〉であり、配下達も〈マスター〉とティアンで構成された無法集団と言う事である。
キャラバンの足を止めるべく配下達が無数の遠距離攻撃を馬と御者に向かって撃ち放った。
それらは馬車を引く馬の命を瞬く間に奪い、キャラバンの移動を不可能にするであろうと思われたが……。
馬に攻撃が着弾する寸前、緑色の防護壁と思わしきモノが現れて馬を狙った攻撃を全て防いでしまった。
馬と御者が驚き移動を止めると同時に馬車の中から護衛が8人飛び出して来た。
護衛はギストリー達の姿を確認すると即座にそれぞれに左手の紋章から剣、槍、モンスター、装甲車、陣等を展開した。
護衛達もみなキャラバンを護る為に雇われた〈マスター〉なのだ。
(〈マスター〉を雇ってやがったか……まあ当然だよなぁ)
ギストリーとは裏腹に部下達、特にティアンである者達は動揺を隠せない。
〈マスター〉と言う不死身の存在はティアンの犯罪者にとっても脅威なのだ。
「ビビってんじゃねぇ!護衛が付いてるだろう事は予測済みだ!ここで始末しちまえば3日間は戻って来れねえんだ!その間に盗る物盗ってズラかれば問題ねえ!こっちは向こうの5倍近い数なんだ!行け!!」
ギストリー自身は傍らに金と紅に彩られた蓮の様な奇妙な形の台座に載った壺型大砲を置いて指示だけ出す事に専念している。
突如として奇襲を掛けられたキャラバンはパニックに陥っている。
護衛はティアンも居るだろうが、護衛〈マスター〉達に止められたのか馬車の護衛に専念している。
護衛として雇われた〈マスター〉達も必死に応戦するが、いかんせん8人だけでは絶対的な数の差には抗えない。
遠からず数の暴力に打ち破られデスペナルティになり、残されたティアンの商人達はその命を蹂躙されるだろう。
そんな窮地を理解して打ち破るべく、装甲車の〈エンブリオ〉を持つ〈マスター〉がギストリーに向かって単騎突撃を仕掛けてきた。
「頼んだぞ!ガレージ!お前の【タウロス】が頼りだ!!」
「応よ!任されたぜ!!行くぜ【タウロス】!!」
護衛〈マスター〉達のリーダーと思わしき剣士風の男に送り出されたのは装甲車の〈エンブリオ〉【堅牛走甲 タウロス】とその所持〈マスター〉であり操縦者のガレージ。
盗賊団の首魁であるギストリーを倒せば盗賊団に大打撃を与えられると見込んでの乾坤一擲の一点突破に打って出たのだ。
ガレージと【タウロス】は走って守れる、護衛〈マスター〉達のタンクの要。
そしていざと言う時の突撃要員でもある切り札なのだ。
「行くぜ!!《
必殺スキルの宣言と共に装甲車の装甲が更に分厚く強固になり猛牛の角を思わす衝角が装着された、その速度も速くなる。
凶悪な衝角を纏った装甲車がその強度を生かしてギストリーを轢殺しようと猛然と迫る。
盗賊団側もギストリーと言う自分達にとっての核を護るべく装甲車に向かって
(良い防御力だ。END換算では余裕で万越え。ただし、特殊な防御能力は無い。僅かに焦げ、そのまま直る様子も無い装甲がその証明だ!それに装甲車にも関わらずこの距離で遠距離攻撃を仕掛けてこないのは恐らくは最初から装備してないんだろう……純粋に一部のステータスやスキルだけに特化させたタイプの〈エンブリオ〉に良くある制限だな。必殺スキルもあの上昇力なら短時間しか持たないタイプだろうが、あの速度なら俺を轢くのに必要な時間は、余りだけで部下達を全滅させるくらいはあるだろうな……!)
自身が狙われている状態にも関わらず冷静に相手の戦力を分析するギストリー。
サブジョブに置いた
しかし、高いAGIで激走する装甲車のエンブリオはそのすぐ前まであっと言う間に肉迫する。
「頭ぁ!!」
「逃げてください!ボス!」
しかし、そんな窮地にギストリーはニヤリと笑う。
「《フォートレス・バスター》!!」
スキルを宣言し、自身の砲台型エンブリオより砲撃を放った。
装甲車の〈エンブリオ〉は元より高いENDを必殺スキルにより更に強化して五万超えの走る堅甲と化している。
そんじょそこらの物理攻撃型〈エンブリオ〉では到底撃ち貫く事など出来ない、しかし……。
轟音が辺りに響き、周囲に土埃が立ち込める。
土埃が収まった後に残っていたのは装甲を撃ち貫かれほぼ全損した装甲車が〈マスター〉共々光の塵に還る光景だった。
その光景を見て先程まで絶望の表情をしていた盗賊団の顔は笑顔に変わり、希望の笑みを浮かべていた護衛〈マスター〉達は絶望の表情に変わった。
(ば、馬鹿な!必殺スキルを使った【タウロス】の装甲をぶち抜く威力だと!?相手も砲台の〈エンブリオ〉とは言え必殺スキルも無しに……まさか!?)
絶大な信頼を寄せるチームの盾役が落とされた事に驚愕しながらも状況から推察したリーダー格の剣士は答えに辿り着く。
ギストリーはそんな護衛〈マスター〉達に言い放つ。
「俺は超級職
それは、ジョブと言う存在が非常に重要なファクターであるこの世界における力の象徴。
元々、この世界で住む
ジョブに就いて鍛えてレベルを上げていく事で初めて真っ当なステータスを得るのだ。
しかし、どんなに才ある者でも上級職2つのレベル200と下級職6つの合計300を足した500レベル以上には上げる事が出来ない。
その例外となるのが超級職である。
その世代において世界でただ1人しか就けない最上位のジョブ。
そのジョブ名に相応しきステータスやスキルを就いた者に与え、レベルの上限も無く理論上は鍛えれば鍛える程に強くなる、下級職や上級職とは隔絶した力を持つこの世界における力そのものだ。
敵対勢力に準〈超級〉クラスの猛者が混じっていた事実に更に絶望を深める護衛マスター達。
何とか気を奮い直して応戦を続けるも徐々にだが護衛マスター達はその数を減らしていく。
(こ、このままでは俺達は全員デスペナルティしてキャラバンも皆殺しにされる!ど、どうすれば)
護衛〈マスター〉達のリーダーである〈世界派〉の〈マスター〉は必死に打開策を考えるが自分達が持つ手札にこの多勢に無勢の状況を打破できる様なモノは無い。
そうこうしている内に防衛線を突破してキャラバンの馬車に直接襲い掛かる盗賊団〈マスター〉が出てきた。
「ヒャッハーーッ!いただきぃぃ!!」
その手に持つ凶刃でティアン達に襲い掛からんとする〈マスター〉を止めるのは護衛達には間に合わない。
「やめろぉ!」
「やめる訳がペッ!?」
護衛〈マスター〉達の前で唐突に、キャラバンに襲い掛からんとした凶賊〈マスター〉の首が断ち斬られ奇妙な叫びが聞こえた。
「「「!?!?!?」」」
馬車のすぐ側にその男はいつの間にか立っていた。
いや、正確には男かどうかすら分からない。
全身を異なるデザインの兜、鎧、手甲、具足、マント等で纏ったチグハグな印象を受ける騎士がまるで幻の様に現れていた。
右手に長剣を、左手に戦斧を携えたその騎士が盗賊団のマスターを斬り捨てたのであろうがその瞬間を誰も認識出来なかった。
それこそ戦場を俯瞰して見渡していたギストリーさえ、今まで気付かなかったのだ。
敵対者と思わしき新戦力であろう騎士に対してギストリーは《鑑定眼》を仕掛けるも……判定はほぼ失敗。上から下まで詳細不能の結果が出た。
(ば、馬鹿な……全ての装備が鑑定出来ない!?身に纏っている装備全てが特典武具だとでも言うのか!?あ、あり得ねえ!!)
特典武具。
それはこの世界における脅威の一つ、
そのモンスターのみが持つ固有スキルを能力として備え、取得者のスタイルに合わせてアジャストし様々に形を変える武具。
その取得者以外の何人たりとも扱えず、奪ったり盗んだりはおろか譲渡さえ出来ない専用装備。
マスターはおろかティアンですらその取得を夢見る者は数多いが、その夢は大抵叶えられる事は無い。
理由は大きく2つ有る。
〈UBM〉との遭遇率の少なさ、そしてその強さだ。
〈UBM〉とはその名の通りに固有能力と固有名を持つボスモンスターである。
弱い順から逸話級、伝説級、古代伝説級、神話級、超級、例外として〈
俗に言われている指標として戦闘系超級職に就いた者が能力相性等を考慮せずに一対一で戦った場合の勝率が五分と言われている程だ。
古代伝説級や神話級となると〈エンブリオ〉の能力込みでも勝率は格段に下がってしまう。
遭遇率に関してもそうだ。
大抵、出会った時点で〈マスター〉ならデスペナルティに追い込まれ、ティアンなら死亡する為に情報すら伝わる事が無い。
そして撃破すると特典武具になると言う性質上、腕に覚えの有る者同士だと取り合いになる為に情報すら秘匿されこの世界における情報を一手に担うとすら言われる〈DIN〉ですらおいそれと流してくれない始末。
戦闘型超級職に就き一般的に準〈超級〉と言われる紛れも無き強者であるギストリーでも一つすら所持出来ていないのだ。
遭遇する事も難しいし、生息場所の情報を得る事も難しく、戦って勝てると言う保証も無い危険な魅惑の生きる宝箱。
それが〈マスター〉にとっての〈UBM〉だ。
しかし、目の前の騎士の様な姿をした人物はその全身に特典武具を装備している。
確認出来るだけで兜、鎧、籠手、具足、マント、小楯、長剣、斧と8つは確実。
見えない場所に恐らくは有るであろうアクセサリーやアイテムボックスに入れてあるであろう装備を含めると幾つに達するか知れたモノでは無い。
他の装備ならいざ知らず、その全身を覆う程の特典武具を纏うのは紛れも無き強者の証なのだ。
そんな男の全身から放たれるリソース圧とでも言うべき強者の気配にギストリーを含む盗賊団のメンバー達が圧倒される。
得体の知れない実力者に畏怖し、その動きを止めてしまっている。
しかし、それは護衛の〈マスター〉達とて同じ事。
味方と思わしき行動で自分達の窮地を救った騎士。
だが、その実力は正体を知らない者に当たり前のように警戒心を抱かせてしまう。
謎の騎士に対しても警戒を向ける護衛達。
隠蔽の為か名前やジョブの判定すら定かでは無いのが拍車を掛ける。
そんな中、護衛〈マスター〉のリーダーが一つの情報に思い当たる。
それはある〈超級〉の話だった。
レジェンダリアにおいて指名手配されながらも世界各地を股に掛けて人助けをする、ある男の話。
伝説からすら
その名も……。
「
護衛のリーダーが独り言の様に呟いた言葉は騒乱の戦場においても不思議と響き渡った。
そしてその呟きを耳にした盗賊団は恐慌状態に陥る!
「
「
「「「
それぞれが異なる言葉を放つが、そのどれもが恐怖と驚愕と畏怖に彩られているというのには変わりない。
そう、
デンドロ内で活動してる何万人もの〈マスター〉達の中においても現在100人に満たない者しか辿り着いていない領域に足を踏み入れた超越者たる
それこそが
「……参る」
静かに呟き、雑然と盗賊団達の方へ歩みを進めた騎士の姿が俄かにかき消えた。
超音速機動。
騎士の動きがあまりに速過ぎる為に、この場に居る者達の大半がその迅影を追う事すら出来ない。
騎士の両手が
盗賊団から騎士へ迎撃として放たれた攻撃は物理、魔法を問わずに擦りもしない。
「か、頭ぁ!?どうします!?」
側近の1人が恐怖を隠せずに自分達の首魁であるギストリーに対して指示を仰ぐ。
辺りを見回し、部下達の顔に浮かぶ恐怖の色にギストリーは内心舌打ちした。
部下達にはティアンと〈マスター〉が入り混じっているがそのどれもが【正義魔王】というネームバリューにビビってしまっている。
正確にはティアン達はこの世界に住まうが故に伝説の【魔王】という超級職に対して、〈マスター〉達は自分達も〈エンブリオ〉を持つが故に〈超級〉という第七形態への到達者に対してだ。
恐怖が
このままでは勝負にならない、とギストリーは考えた。ならば……。
「ビビるんじゃねぇ!お前ら!【魔王】とはいえ所詮は超級職の一つに過ぎねぇ!超級職なら俺だって就いてる!それに〈エンブリオ〉には相性の差ってのが有るだろうが!〈上級〉が〈超級〉には勝てないなんて道理は無え!」
真なる強者〈超級〉に連なる強者、準〈超級〉として部下達を鼓舞するギストリー。
その姿に触発されたのか部下達の間から動揺は見る間に収まっていく。
「俺はこの盗賊団を率いる【砲撃王】ギストリー・グスタフだ!テメエも名乗りな!【正義魔王】!!」
ギストリーは密かにあるスキルを発動しつつ、【正義魔王】の返答を待った。
自身の周囲に居た盗賊団員達を掃討した【正義魔王】は動きを止めて、ギストリーに向かい合う。
「俺は【正義魔王】トラペゾ・H・ルーラー。トラペゾンと呼ぶが良い。俺の為すべき
そして、強者としての自負かはたまた自身の信条故か分からないが、正々堂々と名乗りを返した。
(掛かった!)
しかし、自分の
「ご丁寧な名乗りありがとうよ♪けどなぁ、おかげでテメエは終わりだよ!間抜け野郎!!《
〈エンブリオ〉の名を冠するは必殺スキル。
《エンブリオ〉の持ち主であるマスターの願いを為すべく作り上げられる集大成たるスキル。
ギストリーの必殺スキルの発声と共に轟音が響き渡り、紫と金のオーラを纏う砲弾が放たれた。
〈上級エンブリオ〉TYPE:ウェポン・テリトリー 【
西遊記に登場する宝貝、
その本体である大砲が載った台座から薄紅色に光る陣の様なものが展開した。
その広さは台座を中心として半径500メテルにも及んでいる。
ギストリーの就く遠距離戦用超級職【砲撃王】のスキルにより威力を激増させた砲弾がAGI換算にして十万という超音速でトラペゾンに向かう。
その砲撃に巻き込まれた盗賊団の〈マスター〉が一瞬で砲弾に粉砕されて光の塵へと還っていく。
AGI型の戦闘型超級職が真っ当にレベルを上げて到達するのが一万越えと言われている。
それを考えるなら音速の十倍に匹敵するAGI十万と言う速度で狙い来る砲弾は殆どの
しかしトラぺゾンは至近に迫ったその砲弾を冷静に見切り、回避した。
【正義魔王】と言う戦闘型超級職に就いて鍛え上げているトラペゾンのAGIは一般的なAGI型超級職を超える数値。
例え、音速を遥かに超える速度を発揮する攻撃であろうと直線的な軌道しか取れない砲弾なら難なく避ける事が可能なのだ。
凄まじい轟音を立てながら、砲弾はトラペゾンの傍らを通過して彼方へと過ぎ去っていく……事は無かった。
「!?」
トラペゾンが自身が目撃した現象に僅かに瞠目し驚愕する。
本来ならば標的に避けられた時点で彼方へ過ぎ去って行く筈の砲弾は物理的にはあり得ない軌道を描きトラペゾンに追随してくる。
その砲弾を再び回避するが砲弾はトラペゾンを外れて100メテル程を瞬時に通過するやいなや軌道を捻じ曲げて再び狙ってくる。
トラペゾンは一旦距離を取ろうと超音速機動を生かしてギストリーから離れようとするも、足元に輝く赤い陣と壁に阻まれてギストリーを中心とした半径500メテルから離れる事が出来ない。
トラペゾンは窮地にありながら、持ち前のAGIの高さにより手に入れた思考時間を活用して現状からギストリーの能力を推定する。
(恐らく……。ドライフ皇国のNo.2クラン〈フルメタルウルヴス〉のオーナーと同じ戦闘スタイルだな)
そして、その予測は間違ってはいない。
ドライフ皇国のNo.2クラン〈フルメタルウルブス〉のオーナーであり最大戦力の
自身の〈エンブリオ〉、少女の姿をしたTYPE:メイデンであると同時に強力な砲撃兵器でもある【
ギストリーの戦闘スタイルもまさにそれなのだが、〈エンブリオ〉と〈超級職〉の役割が真逆なのだ。
相手が名乗るという条件こそ必要だが、移動の範囲を制限しつつ必中の砲撃を浴びせる〈エンブリオ〉の攻撃を【砲撃王】という〈超級職〉によって高めている。
攻撃性能だけで比べるならヘルダインに一歩譲るかも知れないが、殲滅能力だけで言うならギストリーが上だろう。
更には……。
砲弾の軌道を予測回避するトラペゾンは超音速機動を行いながら懐から武具を取り出した。
武具の名前は逸話級特典武具【穿投針 デンジャーダーツ】。
かつて海洋国家グランバロアの領土ならぬ領海にて猛威を振るったある〈UBM〉の成れの果てである。
そのダーツ型の武具をギストリーに向かって投げ放った。
戦闘型の〈超級職〉とは言え後衛職であるギストリーのAGIは高くはない。
それ故にギストリーの急所である額と心臓に正確に放たれた超音速で迫るその針を防ぐ術はギストリー
しかし……。
甲高い金属音を立てて、投擲された針は弾かれた。
針を弾いたのは大砲の台座である蓮の葉より伸びた蔦であった。
そう【シキンコウコロ】は砲台であっても単なる砲台の〈エンブリオ〉では無い。
大砲による攻撃力と自動砲台としての使い手の防御力を兼ね備えたトーチカの如き〈エンブリオ〉。
【フェンリル】程の攻撃力は無いが、その分のリソースを防御能力に割り振った攻防一体の運用こそがその真価。
そして、不足分の攻撃力は【砲撃王】の奥義である《フォートレス・バスター》によって充分に補っている。
【砲撃王】の奥義、攻撃対象のENDと重量に比例して砲撃の威力を増加せるアクティブスキル、《フォートレス・バスター》。
本来、移動する事は無い要塞や城塞に対して絶大な効果を発揮するスキルではあるが、〈エンブリオ〉が元々持つ攻撃力が高い為に対人に使用しても然程の問題は無い。
超級職はおろか伝説級〈UBM〉ですら一撃で撃破する破壊力を持つ砲弾がトラペゾンに肉薄する。
トラペゾンのAGIは三万オーバー程。
自身の三倍強の速度は避けれても、避け続けて長時間凌ぐのは厳しい。ましてや到底逃げ切れるものでも無い。
トラペゾン自身もそれを理解しているが故にその砲弾がいずれは自身に直撃するだろう事を予測して、その前に最も効果的な手段を取る事にした。
そう、即ちギストリーの撃破である。
〈エンブリオ〉である【シキンコウコロ】で作成され、放たれた砲弾はれっきとした〈エンブリオ〉の一部である。
その為に所持者であるマスターのデスペナルティが確定すると同時に〈エンブリオ〉ごと光の塵になってこの世界から消え失せるのだ。
それに例え砲弾自体は外部で作製されたアイテムだったとしても〈エンブリオ〉自体を失えば機能は停止する。
ギストリー自身も自分が敵の立場ならそうする。
トラペゾンの判断の速さの見事さを認めつつも、しかしながらギストリーは愚かと内心で嘲笑う。
粗野で大雑把な言動からキャラクターを誤解されがちだが、ギストリー自身は頭を使い理詰めで物事をしっかりと遂行する頭脳派である。
その在り方は同じ犯罪者〈マスター〉として有名な【
自身の強味と弱味をしっかりと把握した上で、自身が最も有利に立ち回れる方法を選ぶ男だ。
このアウトロー界隈で生きていく事を決めた時に、自身と敵対する可能性のある危険な〈マスター〉の情報をある程度は仕入れてある。
【正義魔王】の情報もあったが、しかしそれは具体性に欠けるモノでしか無かった。
超級職取得者。
〈エンブリオ〉が第七形態まで到達した選ばれし者、即ち〈超級〉。
戦闘スタイルは個人戦闘型等々……。
肝心要の超級職の能力や、〈エンブリオ〉の能力に関しては一切不明の謎の〈マスター〉。
しかし、相対する事になった今にして初めて見えてくる事も多い。
【正義魔王】の速度は明らかに鍛え上げられた前衛の戦闘型超級職のそれであり、更には身に付けた鎧……鑑定を跳ね除ける事から間違い無く特典武具と推察してるがENDもかなりのモノであるのは確か。
しかし、問題は無い。
〈エンブリオ〉の必殺スキルと併用した【砲撃王】の奥義で強化された砲弾の破壊力は防御特化超級職や防御特化〈エンブリオ〉でも無ければ耐えられる代物では無い。
そして、【正義魔王】の超級職としての性質は
ギストリーがそう考える根拠は先程、投擲された武器にあった。
【穿投針 デンジャーダーツ】。
全身鎧の姿から【正義魔王】は騎士系の超級職にも見えるが、それならあの特典武具は不自然に過ぎるのだ。
特典武具というのは取得者にアジャストした形で取得される。
もし【正義魔王】があの姿通りに騎士系統に近いジョブだというならボウガンや重弓の形でアジャストされなければならない筈なのだ。
それなのに、それこそ誰にでも使えるような投擲具としてアジャストされている。
そこから導き出される答えは一つ。
【正義魔王】は
前衛系の超級職ではあるだろうが、騎士系統では無い。
しかしながら重武装の鎧を無理なく装備している。
つまりは戦士系統に近い超級職だと言う事なのだ。
戦士系のジョブは多岐に渡るが、前衛としての万能性を残したまま強化されるタイプのジョブも珍しくは無い。
近接、遠距離共に幅広く様々な武器を装備出来て、防具も軽装から重装備まで満遍なく選ぶ事が出来る職。
しかし、その万能性は裏を返せば器用貧乏という事に他ならないのだ。
状況を選ばない故に、決め手に欠けるその性質は一極型との戦闘において極めて不利になる。
そう、今の自分との戦いなどまさにそれだ。
ステータス自体も満遍なく伸びるがそれもAGI、ENDどっち付かずと言う事になる。
それでもAGI型特化型の様な速度を出せるトラペゾンの能力について推察は付いている。
それは、その能力こそが恐らくはトラペゾンの〈エンブリオ〉なのだ。
マスターの強さの根底を支える〈エンブリオ〉。
この状況で使わない訳はない。
しかし、先程から【正義魔王】トラペゾンはそれらしきそぶりを見せない。
鑑定阻害効果の結果から手に持つ武器はアームズ系〈エンブリオ〉で無い事は明らかだ。
ガードナーらしき存在も見当たらない、キャッスル、チャリオッツ系列は論外だ。
それならテリトリー系列かと思えばそれらしき発動は一切見せていない。
それらの状況から察するに、見た目に出ない、もしくは極めて分かりにくい形での自身にのみ作用する強化型の〈エンブリオ〉であろうという予想が出来る。
〈超級職〉持ちの〈マスター〉同士でありながらも片や〈超級エンブリオ〉の〈超級〉、片や〈上級エンブリオ〉の準〈超級〉。
普段の戦闘では必殺スキルを見せないギストリーの情報操作も生きている。
それに引っかかり間抜けにも名乗ったトラペゾンは運の尽きだ。
ギストリーも今迄に〈超級〉とやり合った経験こそ無いが、自分の様な準〈超級〉と呼ばれる者達とは結構な戦闘経験を持つ。
砲撃の威力の高さとスピードは上級職どころか並の超級職では対処不可能。
オンリーワンの能力を持つ〈エンブリオ〉なら可能だろうが、ギストリーは盗賊団として配下に居る相性の良い〈エンブリオ〉をぶつけてその強みを封殺する戦法を取って今迄やってきている。
そして、そんな状況下において前衛型の戦闘系超級職が取れる手段などは一つだ。
もう10回を越す必殺の砲弾の回避行動を見せたトラペゾンは新たに《瞬間装備》で手にした金色の突撃槍を腰溜めにしてギストリーに対して渾身の
手に持つ突撃槍も例によって鑑定を弾いた為に恐らくは特典武具なのだろう。
しかし、もはや問題はそんな事には無いのだ。
防ぎ得ない、回避し得ない攻撃に対してそれを放つ本体を狙うのは至極理に叶っている。
〈エンブリオ〉の台座部分から伸びる蔓によってギストリーの眼前に巨大な鈍い赤色をした歪な大盾が掲げられた。
カルディナから流れて来た稀少金属【超硬神話級金属】製の大盾である。
正確には加工難度が高過ぎた為に大盾の様な形にだけ成形した金属塊だ。
ギストリー自身のAGIは低い。
しかし、〈エンブリオ〉である【シキンコウコロ】は本体が動けないデメリットを持つ代わりに付属した無数の蔓は高いSTRと反応速度を誇っているのだ。
その蔓によって掲げられている【超硬神話級金属】の硬度はEND換算にして優に十万を超える。
例え戦闘系超級職が持つ攻撃特化能力と言えども容易に突破できるような温い防御では無い。
(金は掛かったが、転ばぬ先の何とやら、ってヤツだな♪)
【正義魔王】のチャージをこの大盾で受け切り、その隙に砲撃で粉砕する。
【正義魔王】と【シキンコウコロ】の放った砲弾との相対速度を加味すれば連撃を放つ余裕も無いだろう。
ギストリーはトラペゾンのただ一撃を凌げば良いだけだ。
《フォートレス・バスター》で強化された必殺の砲撃は〈救命のブローチ〉(一回だけ即死を防ぐアクセサリー)の発動さえも無効化する為に【正義魔王】には耐えて二撃目、というチャンスすら無い。
勝利の方程式を脳内で算出しているギストリーは下卑た笑顔でトラペゾンの突撃を迎え撃つ。
その槍は予測通りにギストリーを狙って来ている。
突撃槍と砲台、【正義魔王】と【砲撃王】は互いの顔を観察し合える程までのクロスレンジに入った。
超音速機動で肉迫したトラペゾンの槍を大盾は難無く……、難無く突破され、その槍の先端はギストリーの心臓を正解に
「へっ……!?」
自身に起きた脳への精神的衝撃と胸部への物理的衝撃を把握し、理解する暇も無いままにギストリーの肉体と〈エンブリオ〉は光の塵に還っていく。
頼みの大盾がまるで役に立たなかった事に混乱したギストリーは、彼自身が世界から消え去る瞬間まで気付か無かった。
【超硬神話級金属】の大盾がまるで溶ける様に抉られていた事に。
さもありなん。
それこそがトラペゾンが手に持つ金色の突撃槍【穿金槍 シングーラ】の力なのだ。
巨大な一角を持ち、数多の騎士を屠り、あらゆる金属体の天敵となっていた鬼の伝説級〈UBM〉【
金属鎧を装備する騎士の天敵として恐れられた鬼型〈UBM〉はありとあらゆる金属の防御を無効化する固有スキルを保持していた。
その特性を受け継ぎ特典武具となった姿こそが伝説級特典武具【
この槍の前に金属という金属は一切の存在を否定され、その防御を突き破られ、形は意味を無くす。
それこそ【神話級金属】を遥かに超える硬度を誇ると言う【超級金属】ですら、この槍の前には意味を為さないであろう。
伝説級特典武具と特典武具の中でのランクこそ高くないが、生前の固有スキルのみを色濃く残しトラペゾンにアジャストした
首魁であるギストリーがデスペナルティに落ちる姿を見た部下達はいよいよ再起不能の恐慌状態に陥った。
泡を食って逃げ出す盗賊団のティアンや〈マスター〉達。
そんな者達を〈マスター〉を優先して事後処理とばかりに狩っていくトラペゾン。
僅かに抵抗しようとした者達もいたが圧倒的な戦闘力の差に風の前の蝋燭が如くに儚くデスペナルティに追い込まれていく。
そうしている内に盗賊団は壊滅した。
誰もこの場にいない、文字通りの全滅。
血風が吹き荒んだ山道に、勝利した騎士が1人立つ。
その騎士に近づく護衛〈マスター〉達とキャラバンの代表者と思わしきティアンの商人。
その表情は畏れと歓喜が内混ぜになった奇妙なモノだったが取り敢えずは喜んでいると考えて良いだろう。
「た、助かったよ。アンタが居なかったら俺達は全滅。キャラバンのティアン達も皆殺しにされていた。本当にありがとう」
そう言ってから頭を下げて律儀に礼を言う世界派の良識〈マスター〉達。
そんな〈マスター〉達に対して騎士は特に気にする事なく告げた。
「気にするな。俺は俺にとっての
そう言葉を残した【正義魔王】は超音速機動により護衛〈マスター〉達の前に突然現れた時と同じく、唐突に消え去った。
その
「せめて、何かお礼をしたかったのですが……」
去り行く【正義魔王】を見届ける事すら出来なかったティアンの商人が残念そうに言う。
「いや、彼自身が特に望まないならそれで良いだろう。下手に追いかけるのも悪いしな。それに彼の貢献度を考えると謝礼も相当なモノになり儲けもかなり減りますよ?」
冗談めかして告げた護衛〈マスター〉の言葉に皆して笑うがそれは紛れもない事実だ。
超級職持ちの戦闘型〈マスター〉率いる40人近い盗賊団の脅威。
仮にクエストだと考えるとかなりの難度になるのは明白だ。
それに付随して普通ならば報酬も相当な額になる筈だ。
「しかし、助けられて言うのも何だがな。あんな人物がレジェンダリア限定とは言え指名手配されているのも意外だな……。【魔王】とは言え〈
〈欲望〉とは隣国、妖精郷レジェンダリアに潜む国家最大の敵にして最大の脅威である、6名もの指名手配犯罪者〈超級〉マスター達による犯罪同盟の名前だ。
その同盟は【暴食魔王】、【怠惰魔王】、【嫉妬魔王】と3名もの【魔王】が所属している事で有名でもあった。
未だに現世代で就いた者が居ないとされる【色欲魔王】、【憤怒魔王】、【傲慢魔王】、そしてティアンとだけ噂される【強欲魔王】を除けば全てが国家を揺るがす大犯罪者。
そんな事情により【魔王】とはある意味犯罪者〈超級〉の代名詞でもあるのだ。
トラペゾンのように単一国家でのみ指名手配され、普段は人助けばかりしている【魔王】の方が逆に異質と言えた。
レジェンダリアから公表されている罪状は強盗殺人らしいが、あの国の内情も考えると本当かどうか知れたものではない。
少なくとも今回【正義魔王】に助けられた者達の間でレジェンダリアに対する不信感が増えたのは確かだ。
【正義魔王】に助けられた事を先にデスペナルティした仲間達に自慢してやろうと盛り上がる〈マスター〉達のそんな中で1人、ポツリと呟いた者がいた。
「ところで、
【魔王】シリーズが七つの大罪をモチーフにしているであろう事は数多のマスター達の中で有名な話だったが、通常リアル世界でも数えられる七大罪の中に正義と言う罪は無い。
むしろ、意味や概念としては罪に数える事が
そう考えて特に気にする事も無く呟いたその疑問はやがて、宙に溶ける様にして消えた……。
先程、激闘が繰り広げられた山道を俯瞰できる山の崖部に四つの人影があった。
4人は身長差こそあれ、お揃いのデザイン……黒をベースにした赤い精緻な模様が描かれたフードとローブを身に付けていた。
4人共に目深くフードを被っている為にその顔は伺い知れない。
その眼前に音も無く騎士が現れた。
「お疲れ様でございました。トラペゾン様」
フードの1人が労いの言葉を掛ける。
「大将も性格が悪いぜ。あの程度の相手ならもっと早く始末出来ただろう?」
4人の中で最も背が高い1人が笑いながら聞いてきた。
「何言ってル。リーダーの判断を疑うカ?」
長身のフードを被った人物にそれに次ぐ身長を持つ人物が独特なイントネーションの言葉で批判する。
「もっと早く倒す事は出来たかも知れないけど、それには余計な手札を晒す必要があった。あの人数だしどこから漏れるか知れたもんじゃない。ぼくはボスの判断は正解だと思うよ?」
4人の中で最も低い身長の人物が推論を述べて嗜める。
それぞれの言葉に僅かに首肯だけを返した騎士は《瞬間装着》により、姿を普段着へと一瞬で変えた。
身長180cm程、ファーコートを羽織り、どこか憂いを帯びた影を表情に宿した所々に赤色混じりの黒髪を持つ美形の青年がそこには佇んでいた。
これこそが【
「待たせてすまなかった。ただいま、皆。少し余計な時間を食ってしまったが、目的地へ行こうか……」
そう言ったトラペゾンはフードを被った4人組と連れ立って山道とは別の方向へと去って行ったのだった……。
FIN
読者の皆さんウィース!(気さくな挨拶)
本作の創作者である利月十じゃ♪
えーーー、知る人は知っているけど知らない人の為に説明すると、現Xこと旧Twitterに住んでいるロリババア吸血鬼ネカマ物書きピッグマン・DDのハーメルン名義じゃぜ!
だから、勝手に人様の小説パクった犯罪者とかじゃないから安心して!
ハーメルンでは真面目な名義になってるのは昔の名残じゃぜ♪
元々ノベプラに投稿していたが、折角じゃからこちらにも挿絵を少し変えながら投稿してみようと思ってな!
違いを探してみるのも一興!
面白かったなら、感想とか評価してくれると更新頻度が早まるかもしれねー!(脅迫)
そういう訳でよろしくぅ!