その男は不気味な霧が立ち込めた森を必死に駆けていた。
男の名前はサミュエル。
ある街で冒険者をしているティアンだ。
この場合の冒険者と言うのはジョブとしての【
ティアン達が生活するこの世界はまだまだ謎に包まれている。
未だに発見されず探索されていない先々期文明の遺跡。
歴史から消えた超級職。
海の果てに何があるか……。
そう言った浪漫に心揺さぶられ、追い求める者達が冒険者となるのだ。
昨今は〈マスター〉が増加する傾向もあり、そう言った生業は〈マスター〉に奪われつつあるがティアンにはティアンとしてこの世界で生きて暮らしているというアドバンテージがある。
そう言ったアドバンテージを活かして〈マスター〉達と協力してこれまで出来なかった冒険を成功させるのが最近の流行りだ。
サミュエル自身も友誼を結んだ〈マスター〉と共に冒険をする事が最近は多くなって来ている。
ただし冒険者は何でも屋に近い側面もある為に今回はそういった方面の調査依頼だったのだ。
そう、
今はもう違う。
慎重に行動すればそこまで生命の危険は無かった調査依頼から、既に生き死にを掛けたサバイバルになってしまっているのだ。
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……!」
走り続けて息も絶え絶えになったサミュエルは慎重に木の陰に入り呼吸を整えるべく立ち止まった。
共に依頼を受けたティアン達は皆、殺された。
自身が遭遇した脅威について思い出す。
あんな存在を放っておく訳にはいかない。
しかし、自分の能力では到底たちうち出来るレベルの〈
今回の依頼を〈マスター〉を連れて行かずにティアンだけで行った愚を今更ながらに悔やむ。
しかしながら、この世界で生きるティアン達と違い〈マスター〉にはリアルという世界がありそちらでも仕事がある以上は予定が合わないのは仕方ない事だ。
サミュエルの友人もリアルでの仕事が忙しいと愚痴るのを偶に聞いていた。
リアルでも仕事をしてるのにこの世界でも冒険や調査みたいな仕事をするのか?と聞いた時に『この世界でのクエストは楽しいよ』と答えた彼の笑顔を思い浮かべる。
そんな根っからの冒険者気質にサミュエルは同性ながらも好感を覚えたものだ。
アイツに伝えなければ……。
自身と友誼を結んだ冒険の相棒であったマスターはサミュエルとは比べ物にならない戦闘力を持っていた。
サミュエルの拠点はレジェンダリアとアルター王国の間にある小国の、これまた僻地の街でしかなく当たり前だがセーブポイントも無い。
〈マスター〉が寄り付くのも稀な場所だ。
そんな街を拠点に選んでくれた奇特な〈マスター〉。
彼の〈エンブリオ〉の能力ならヤツを……。
そう考えていたサミュエルの耳にどこか歪な無数の足音が聞こえてきた。
まるで歩調が合っていない……いや、最初からまるで合わせる気がない不協和音を思わせる不気味な足音。
(マズイ!追いつかれる!)
疲労も抜け切らない内に逃げようとしたサミュエルだったがその左脚に矢が刺さった。
「ぐあぁぁぁ!!」
歯を食いしばり痛みに耐える。
回復薬の類はもう使い切ってしまいこの痛みを和らげる手段など無い。
「ぐっ……クソったれ!死んでたまるかよっ!!」
苦痛に震える身体に鞭打ち、サミュエルは精神力だけで駆け出すがその後ろを、歪な足音を立てて不気味な影が追い立てて行った……。
◇◆◇
【砲撃王】ギストリー・グスタフ率いる盗賊団に襲われていたキャラバンを助けた【正義魔王】トラペゾ・H・ルーラー。
彼は盗賊団を壊滅させた後に自身のパーティーである4人のティアンと合流し、連れ立って山間を移動していた。
目的地はレジェンダリアとアルター王国の間にある小国に存在する
「見えたな……」
先頭を歩いていたトラペゾンが目的地の街を山間から見つけた。
森と山に囲まれたその街は森林産業と鉱山採掘が主要産業で成り立っている、小国の一都市と言うには少し小さな街だ。
正確にはこの街の近辺に今回のトラペゾン達の目的は存在するのだが、休憩地点として丁度良い。
そこを目指してトラペゾン一向は移動を開始する。
「トラペゾン様、アール様は今回は合流なさらないのですか?」
フードを被った者達のリーダー格と思わしき女性がトラペゾンに問い掛ける。
透き通る声色の、優しさを感じさせる声の響きは言葉だけで人を魅了しそうな魔性を何処か持っている。
「アールはリアルでの用事があるらしいからな。合流出来たらするとは言っていたが望み薄だろう。今回は俺達5人でやる事になりそうだ」
「アールは戦闘要員じゃないし、別に必要ねーだろ大将?アイツに死なれたら終わった後の
1番大きい身長のフードが多少笑いを含んだニュアンスで意見を述べる。
「アールはれっきとしたワタシ達の仲間ダヨ。仲間外れは悪いネ。お前、〈マスター〉が気に入らないから言ってるカ?」
フードを着た者達の中で次いで背が高い者が独特のイントネーションの喋りで嗜める。
「〈マスター〉だから気に入らないんじゃなくて、戦闘職じゃないから気に入らないんじゃない?まったく、本当に脳筋だよね」
呆れたニュアンスで1番背が低いフードが言った。
「あんだとぉ!?」
低身長のフードに怒る長身のフードが詰め寄ろうとしたが……。
「もう着くんだ、静かにしろ。仲が良いのは構わないが、後にしてくれ」
困り顔のトラペゾンがそう言うと、長身が『むっ……』と言いながらも引き下がり、移動隊列を直した。
それぞれに我が強くて衝突する事も多い仲間達だがトラペゾンには逆らえない。
それはトラペゾンへの強さ、人格、信条を含んだ全てへの崇拝からだ。
そうこうしてる内に何処か警戒を強めた様子のティアンの門番が護る街の門へとトラペゾン一行は到着した。
「止まれ。お前達は何者だ?」
街に近づいて来る見知らぬ者達に門番が警戒しながら素性を聞く。
「俺は〈マスター〉だ。この街にはクエストを受けに来ただけだ」
トラペゾンは門番からの
「何だ……〈マスター〉か」
トラペゾンの返答を聞いた門番は露骨に警戒を弱めた。
〈マスター〉は昨今激増しており様々な場所に出現している。
しかしながら、その素性と言うかプレイスタイル、性格は千差万別であり変わり者も多い。
ティアンにとってはそれなりに警戒すべき者も多い筈だが、そんな〈マスター〉だと知れた途端に警戒を弱めたのがトラペゾンには違和感を覚えさせた。
(警戒してるのは〈マスター〉にでは無くティアンか?いや恐らくは……)
自分達の目的と現在この街が置かれている状況は無関係では無いだろうと当たりを付けながら……。
アルター王国の都市とは比べ物にならないサイズではあるが小国としてはそれなりに大きい資源街、それがこのモーノと言う名の街だ。
午後4時を周り、夕方に差し掛かる時間だが街はそれなりの人間が活動している。
その殆どがティアンで有り〈マスター〉はほぼ見かけない。
街行くティアン達、その表情はどこか暗い。
歩きながらも周囲の観察を欠かさないトラペゾンはそれを察して理由を考える。
トラペゾンは国家に縛られる事が無い、俗に言うフリーの〈超級〉だ。
戦力として絶大であり、妖精郷レジェンダリアでは指名手配されてはいるもののそれ以外の国家なら莫大な報酬を出してでも欲しがる人材である。
しかしながら、<Infinite Dendrogram>と言うゲームが標榜する自由を重視するトラペゾンは自分の心の赴くままに各地を旅して一つの場所に留まる事は無い。
そんな彼はこの街の住人達と似ている表情を他の国でも見かけた事が幾度と無くある。
それは
この世界における人々に対する最大の脅威は〈超級〉犯罪者〈マスター〉や超級職持ちの犯罪者ティアンを除けばモンスターと言う存在にほぼ集約される。
リアルにおける野生動物、虫、植物等の感覚で人間範疇生物に害を及ぼす存在がそこらに溢れているのだ。
人間が生活を営む場所はそう言ったモンスターから被害を受け辛い土地に造るのがセオリーではあるのだが、その脅威を完全に無くす事は出来ない。
このモーノの街の近辺に生息するモンスターの平均戦闘力は〈マスター〉基準で大体30〜80レベル程度が妥当だとされるくらいだ。
ジョブ換算で言えば戦闘系下級職レベルカンストが二つ分もあればまず大丈夫な程度。
〈エンブリオ〉も計算に入れれば〈マスター〉にとっては初心者でも何なくやっていける程度ではあるが……。
しかし、それはあくまで〈マスター〉にとっての話。
ティアンにとっては事情が違う。
まず、ティアンは〈マスター〉と違って死ねば終わりだ。
〈マスター〉やモンスターのように死んだら光の塵に還る事も無く、死体に変わるだけ。
戦闘時のちょっとしたミスが取り返しの付かない事になる。
次に才能。
万能の才能を持ち、条件さえ整えば基本的に特殊超級職を除く如何なるジョブにも就ける〈マスター〉と違ってティアンは生まれながらに才能が決まっている。
血筋や種族によって就けるジョブも変われば届くレベルさえ違うのだ。
〈マスター〉は努力と時間さえ惜しまなけば超級職に就かなくても誰もが総合ジョブレベルカンストの合計500レベルに達する事が出来るのに、ティアンの才無き者は合計200レベルに到達する事も出来ないと言うのは良く有る事実。
更には〈エンブリオ〉の存在。
〈エンブリオ〉の能力によって差はあれども、同じジョブ、同じレベルに到達した〈マスター〉とティアンを比べればステータスにさえ歴然とした差が付いてしまうのだ。
勿論、デンドロ世界の長い歴史を見れば伝説の【
〈エンブリオ〉の能力や仕様を知り、そのシナジーを考えた上で取得する〈超級職〉を選ぶ〈マスター〉達は基本的にそのジョブにおいてほぼ間違いなくジョブ史上最強の存在なのだ。
モンスター脅威指標として亜竜級や純竜級と言う言葉が存在する。
これはモンスターとして強力な存在がひしめくメジャー種族のドラゴンの戦闘力を基準に作られた概念だ。
大体の指標として亜竜級一体がティアンの下級職六人分もしくは上級職一人分の戦力。
純竜級一体が上級職六人分に匹敵する戦力と言われている。
純竜級程になると稀だが亜竜級ともなると然程珍しくなくそれなりに生息しているのだ。
小国となると大体その国の最大戦力である騎士団長クラスが辛うじて超級職に就いているかどうかくらいだろう。
ましてや僻地の小さな街ともなれば戦闘系上級職すら稀少かも知れないのだ。
居着いている〈マスター〉が居れば戦闘において期待出来るかも知れないが、セーブポイントも無い小国の地方街ともなれば望み薄だ。
この街にとっての強力なモンスターと言う脅威は紛れも無く危急なのだ。
ましてや、今この街の近辺に居るのは……。
そう思考している内にトラペゾン一行は街内の目的地に着いた。
そこは酒場である。
ファンタジー作品に良くある設定として情報を集めるなら先ず酒場というセオリーが存在するがこの世界でも然程違わない。
〈マスター〉はリアルでの年齢によって飲食制限を掛けられたりもするがトラペゾンを含む一行は全員が成人であるので何の問題も無い。
一行は街の中心部に近い場所にある酒場へと入って行った。
夕方に近い事も有り、鉱山労働者や森林労働者と思わしきティアン達がそれぞれに酒や料理を楽しんでいるがその表情は何処か暗い。
「だから、急がないと不味いかも知れないんだよ!」
その怒声と机を叩く音は酒場内に大きく響いた。
怒声の主はレンジャー服の様な一式装備に身を包んだ男性。
左手に紋章がある事からも〈マスター〉である事は明白だった。
左手の紋章の有無は〈マスター〉かティアンであるかを見分ける際の重要なファクターである。
ティアンが左手に紋章を描いて〈マスター〉に偽装する事はどの国も例外無く重罪である事から彼はまず間違いなく〈マスター〉だろう。
「俺だって無茶を言っている事は分かっている!だけど、早くしないと本当に大変な事になるかも知れないんだよ!」
酒場の一角で受付の女性に必死に話をする男。
受付の女性も本当に申し訳無さそうにしながらも男の依頼を無理と拒否する。
トラペゾンが聞き耳を立ててみると、男はどうやら戦闘系上級職を出来るだけ集めて欲しいと懇願しているようだ。
彼はそれらをパーティーとして率いて近隣の探索に向かいたいらしいのだが……。
(無理だろうな……)
トラペゾンは男と受付嬢のやり取りを聞きながら、男の依頼が可能かどうか判断した。
小国の、ましてや地方の一都市。
ティアンの戦闘系上級職に就いた者達はそれなりに稀少だろう。
恐らくは領主が所持する戦力として一パーティ六人分いるかどうか程度の筈だ。
そして、そんな戦力をおいそれと供出を出来る訳は無い。
そんなトラペゾンの見立て通りに交渉が無駄に終わった男は何か決意を秘めた顔で受付から離れて酒場から出て行こうとし……。
トラペゾンと目が合った。
恐らく癖なのだろう。トラペゾンの左手に目線を移しそこに描かれた紋章を見て顔色を変えた。
「あ、あんた〈マスター〉か!?す、済まない!少し話をさせてくれないか!!」
切羽詰まっ顔で必死に頼む男をトラペゾンは引き離さなかった。
「何か事情があるようだな。俺で良かったら話を聞こう」
トラペゾンの返答を聞いた男は喜び、酒場の空き席を確保するとトラペゾン一行と共にそこに座った。
「いきなり済まなかったな。良かったら何か頼んでくれ、代金は俺が持つから。ああ、俺の名前はロック。この街付きの〈マスター〉で
冒険家系統のジョブ、
斥候者系統の様な危機感知、狩人系統の様な生存、生活能力の他に〈恐怖〉等の精神系状態異常に罹りにくくする心の強さを持ち、近、中距離においてそれなりの戦闘力を保持する前衛系戦闘職に近い万能型のジョブ。
それが【冒険家】だ。【大冒険家】はその上級職。
余談だが超級職は
「そうか、よろしくロック。俺はトラペゾン。世界各地を仲間と共に旅している国家無所属マスターだ。しかし、言っては悪いが七大国家以外の小国。しかも、そんな小国の地方街に居付くマスターがいたのは意外だよ」
七大国家とはこのデンドロ世界においてそれぞれに中心となるセーブポイントを持ち、〈マスター〉のこの世界における始まりの出発点として選ぶ事の出来る七つの大国の事である。
騎士の国、近世ヨーロッパを彷彿とさせるアルター王国。
機械の国、高い技術力を持ち機械工学や科学に優れたドライフ皇国。
貧富の国、土地の大部分が砂漠だが七大国家最大の領土を誇り他国との貿易で富める商業国家カルディナ。
大河と仙峰の国、リアルにおける中国に文化体系が酷似した東方の大国、武仙帝国・黄河。
大海の国、世界の中心に有る大陸を囲む東西南北の大洋を絶えず移動して海を支配する海洋国家グランバロア。
孤高の国、住むティアンのレベルが軒並み高くリアルにおける日本文化に酷似しながら他の七大国家との関わりを殆ど持たない修羅の国・天地。
幻想の国、最も様々な種族が暮らしており魔力に満ち溢れた大魔境とも呼ばれる妖精郷レジェンダリア。
この七つの大国がこの世界におけるマスター達のメイン活動拠点なのだ。
〈マスター〉は例外無くインフィニット・デンドログラムを始める際にどれかの国を選んで自身の
トラペゾンも今こそ国家無所属として旅をしているが、始めた時はアルター王国を選んでいる。
小国とはこれらの大国以外に存在する、主にアルター王国やカルディナとレジェンダリアの境界にある国々の事だ。
〈マスター〉はデスペナルティに陥ると自身がセーブポイントを登録してる国のセーブポイント配置場所再開を選ぶ事になる。
大体の国ではそれは王都等の主幹都市になる。
途中離脱等を選んだ場合は離脱した場所から始まる事になる。
これはグランバロア以外に例外は無い。
グランバロアだけは国土と言うモノが無く、船がそれを担っている為だ。
そして国から指名手配を受けた場合、その国家が所有するセーブポイントの使用が出来なくなってしまう。
そうして、自分の始めるセーブポイントが無くなってしまった者がデスペナルティに落ちた場合には監獄という場所から始める事になる。
これは、いわゆる
盗難や器物破損といった比較的軽犯罪ならデンドロ内で数週間から数ヶ月ぐらいの服役で出られるが、ティアンに対する専守防衛以外での殺人や国家に対する重篤な背反行為等はデンドロ内の時間でも数年や数十年もの服役となってしまうのだ。
小国はセーブポイントが無い為にその国に所属する事を決めたとしても、もしデスペナルティになった場合には大国のセーブポイントから始めなければいけない。
デンドロ内には他のゲームで言う所のファストトラベルに値する便利機能は〈エンブリオ〉以外で存在しない。
〈エンブリオ〉の能力にしても非常に稀少な部類となる為に目にする事すら稀なのだ。
高い移動力を誇るAGI型の能力を持つ者なら多少楽にはなるだろうがそれでもやはり不便なのだ。
その国家における信頼や、経験値稼ぎの為のモンスター独占等を考えてもプレイヤーとしては明らかにデメリットが勝る。
そう言った事情を加味した上で小国の、しかも地方街を拠点に選ぶ〈マスター〉は相当の変わり者になるのだ。
ロックもそう言った事情を推察するトラペゾンを察してか身の上を話し始める。
「いや、俺も始めはレジェンダリアで活動していたんだがね。あの国の気風が性に合わなくなってな……」
「ああ……
トラペゾンが気の毒な目でロックを見た。
「ち、違う!!い、いや変態ばかりなのは違わないけど、俺がレジェンダリアから離れたのはあの国の政争とかが嫌になったからだよ!!」
必死に弁明するロック。
そう、妖精郷レジェンダリアは〈マスター〉達の間で不名誉極まるある呼び方をされているのだ。
そう……即ち、“変態の国”と……。
狙ってか狙わないでか知らないが、レジェンダリアは変わり者が多い。
〈マスター〉と言う存在はティアンに比べても確かに変わり者が多いのだが、あの国は度が過ぎているのだ。
例として上げればレジェンダリア最大のクランである〈YLSNT倶楽部〉は
クランの長であり、国家所属の〈超級〉である
同クランに所属している他の〈マスター〉も推して知るべしだ。
そんな彼?を筆頭に性癖の方向性こそ違えど様々な
……レジェンダリアからすれば大変不本意ではあろうが。
そして、レジェンダリアにはもう一つの問題が有る。
国としての闇とも言える血で血を洗う様な権力闘争だ。
どの国にも政治における権力闘争と言うのはあって然るべきだが、レジェンダリアのそれは深さが違う。
レジェンダリアは様々な種族が色々な土地に、その種族の特徴を活かして暮らしている多部族連合でもある。
国家元首として
しかし、その種族問題や利益問題を加味した権力闘争は他国のそれとは比べ物にならないドロドロとした物なのだ。
それはその権力闘争の結果、国家最大の敵である犯罪者〈超級〉の同盟〈欲望〉を作り出してしまう程に。
普通の〈マスター〉には関係の無い話に思えるが自然と察する者達はいる。
そんな国の雰囲気に対して嫌気が差して飛び出したのがロックなのだ。
そして、大国から移動する途中に立ち寄ったこの小国で気の合うティアンと出会い、居付く事を決めたのだとロックは話した。
「サミュエルって【冒険家】に就いたティアンとその仲間達なんだが、もう暫くモーノに帰って来ていないんだよ」
サミュエル達はロックと組んで様々なクエストをこなす冒険者仲間達だ。
そのクエスト内容は多岐に渡るが、姿を見せなくなる前に最後に頼まれていたクエストがある調査依頼だった。
モーノ近郊のある地域の森でアンデッド系モンスターが増えているので原因を調査、報告して欲しいと言う領主からの依頼。
その依頼からロックの仲間達は任務に決めた期日を過ぎても戻って来ないのだ。
「お前は任務に一緒に行かなかったのか?」
「俺はちょうどリアルで用事があって、デンドロから長めに離れなければいけない事情があったんだよ。それをサミュエル達に話したら今回は討伐では無く調査任務だから気を付けていけば問題は無い、って言われたんだ。調査も早めにしなければいけない事情からティアンだけのパーティで行ったんだ……。俺が無理にでも付いて行ってれば!」
悔恨の表情で机を叩くロック。
「アイツらは戦闘力やレベルこそ俺より低いけど、ベテランの冒険者達だったんだ。何か予期せぬ事態が起きたに違いないんだよ。恐らくは亜竜級、下手すれば純竜級の脅威に襲われて足止めされてる可能性が高いんだ!救出の為にも戦力が必要なんだ!」
何かあったティアン達が死んでいる可能性も勿論有り、ロック自身もそれを考えていない事は無いだろうがそれを決して口にしない。
それはティアンの仲間達への信頼と自身の願いからだろう。
トラペゾンはもう手遅れかも知れない、などと言う様な無粋な真似はしなかった。
そして何故、この街の雰囲気が暗いのか理解した。
この街は今、戦力的に安心出来る状態では無いのだ。
人に害なすモンスターが蔓延るこの世界。
その脅威に対抗する戦力の重要さはリアルの軍隊よりなお重いかも知れない。
この街にどれだけの戦闘職が居るか不明だが、恐らくはその中でも生え抜きのパーティが行方不明になっているロックの仲間達なのだ。
小さい街だ、そう言った負の情報も否応無くすぐに広まるだろう。
人々が安心して生活を行うにはその生命の保証が大前提。
それが欠けているならば、陰鬱にもなろうと言うものだ。
「事情は分かった。つまりは仲間達を助ける為の戦力が必要なんだな?付き合おう」
そう答えたトラペゾンにロックが心の底から感謝するような表情で頭を下げた。
「す、済まない!見ず知らずの俺の仲間達の為に……!た、ただ戦力は有れば有る程助かるんだが……大丈夫か?」
そう言ってトラペゾンに付き従うフードで顔も見えない4人の方をチラリと伺った。
「彼女達は俺の仲間のティアン達だ。その強さは俺が保証するよ。安心してくれ」
ロックの話を聞いたトラペゾンは目の前の男が典型的な世界派〈マスター〉だと理解していた。
この世界を
そんな彼だからこそ、危険に臨むトラペゾンの仲間達のティアンを心配してくれたのだろう。
戦力は少しでも欲しいだろうに律儀な事だ、とトラペゾンはロックに対する信用を少し深めた。
「時間は惜しいだろうが、30分程準備させて欲しい。それが終わり次第、クエストに行こう」
そう言って立ち上がりロックを促すトラペゾン。
時刻はもう夕方だ。
先程の話から移動時間も考えると夜間にアンデッドモンスターとかち合う可能性が高い。
夜はアンデッド達の世界。
不利な環境で戦闘になる公算が高いが問題は無い。
「あ、ああっ。助かるよ!ところでアンタのジョブは……?」
ロックが恐る恐るながらもトラペゾンに聞く。
暗にお前は戦えるのか?と言っているようなものだ。
失礼に当たるかも知れないが事情を考えれば仕方ないだろう。
それを聞いたトラペゾンは……。
軽く笑うとロックに告げた。
「安心しろ。俺は【
不気味な霧が立ち込めた森をロックを含んだトラペゾン一行がパーティとして進む。
斥候役は土地勘が有るロックが務めており、パーティを先導するその動きは【大冒険家】である事も有り軽やかだ。
比較的高い移動速度で進んで来たが、もう出発して2時間程になる。
元より仄暗い森は夜である事も重なり、視界の確保も難しい程だ。
しかし、ロックに遅れる事無くトラペゾン一行はしっかりと付いて来ている。
(大したもんだな。トラペゾンは勿論としてティアンの4人も言うだけの事は有る)
ロックは【冒険家】のジョブ持ちであり、冒険者として必須スキルの《暗視》でこの暗さでも視界確保に問題無いが、トラペゾン一行もどうやってるかは知らないがそれに近い事をしているようだ。
森を行く足取りに恐れが無い事からもそれが良く分かる。
彼等なら足手まといになどならないだろう。
そして、何よりの収穫は……。
(まさかトラペゾンが
トラペゾンが就いているジョブを教えてくれた時、ロックは嬉しさのあまり思わず小躍りしそうになった程だ。
アルター王国の国家固有ジョブ【聖騎士】。
騎士系統から派生するその上級職は彼の国の象徴の一つと言っても良い程のものだ。
王家直属の近衛騎士団の【聖騎士】達は精強で知られていて、その団長は代々騎士系統超級職
【聖騎士】は文字通りに聖属性を扱う事に秀でた騎士系統のジョブである。
聖属性はアンデッドを始めとした負のイメージを持つモンスター達に対して極めて強い効果を持つ。
その特徴とも言える《聖別の銀光》と言うスキルは
奥義スキルの《グランドクロス》も有り、アンデッド戦に於ける心配はほぼ無い。
ロックが念の為に《看破》を掛けたが間違いなくトラペゾンは【聖騎士】だった。
〈エンブリオ〉の能力は教えて貰っていないが、あの自信だ。恐らくは戦闘において強力に作用する類いに違いない。
もし戦闘系で無くても
森を行くトラペゾン一行、暫くしてフードの1人がトラペゾンに耳打ちする様に話しかけて来た。
フード達のリーダー格のティアンだ。
『トラペゾン様、よろしいのですか?』
『何がだ?
『いいえ。そちらは気にしておりません。成り行き上仕方のない事ですから。私が気にしておりますのはトラペゾン様がロック様から報酬を
フードの疑問は傍目に見ると異常に見えるが、元々トラペゾンは〈マスター〉として各地で人助けする事をデンドロ内でのメイン活動としている世界派だ。
勿論、今回の様にクエストを受ける際に報酬を受け取る場合もあるが危急のクエストの場合は無償で助けようとする事も多い。
トラペゾンはある事情により金銭に困って無いのもその理由だ。
そんな彼が今回はロックからの個人報酬を受け取っている。
そんなトラペゾンの心変わりを少し心配したのがフードが聞いた理由だ。
それに対してトラペゾンは軽く笑った。
『確かに今回みたいなケースで報酬を受け取る事は珍しいな。……メルマリア、ロックが払うと言った報酬の額は覚えているか?』
トラペゾンはフードの女性、メルマリアに聞き返した。
メルマリアは勿論その額を覚えている。
クエスト内容からするとそれなりに高いが、トラペゾン一行の人数5人で割ると大した事は無い額だ。
『アレはロックが今出せる精一杯の金額だと言っていた。《真偽判定》の結果からも間違いはない。彼はそれをティアンの仲間達の為に喜んで払ったんだ。それは彼なりの誠意であり、仲間達に対する命の金額と想いなんだ。それを金は有るから受け取らないと言うのは彼の覚悟と想いを踏み躙る行為……
それを聞いたメルマリアは申し訳無さそうにトラペゾンに向かって頭を下げた。
『トラペゾン様。私の思慮が足りませんでした。不明をお許しくださいませ』
『気にするな、メルマリア。これも俺の気紛れだ。君の心配は嬉しいよ』
そう言って微笑みかけるトラペゾンにメルマリアがモジモジしだす。
『ト、トラペゾンさま……♡』
トラペゾンの名前を話すメルマリアの声に熱情が篭り始めたが……。
『イチャつくのはクエスト終わってからにしてくれねぇか?』
『メルマリアはズルいネ』
『もうすぐ目的地近く。余計な行動は推奨しない』
トラペゾンとメルマリアのやり取りを聞いていた仲間達が怒りを滲ませた声色で苦言を呈する。
メルマリアは慌ててポジションに戻り、トラペゾンは頬を掻いてロックに視線を戻した。
幸いか不幸かは知らないがロックは後方には注意を払っていない為にトラペゾン達の小声のやり取りを聞いてはいなかったようだ。
そのまま暫く進む内に不気味な霧が森に立ち込め始めた。
夜間の視界がますます悪くなり、纏わりつく様な不快感を何処か感じる。
しかし、霧に構わずに進んでいたロックが足を止めた。
《殺気感知》のスキルに反応があったからだ。
【冒険家】の固有スキルと共に使う事で敵対存在の大まかな数も分かるが……。
(かなり多い)
この霧の中に相当数のロック達に対して害意を持ったエネミーが潜んでいる。
ざっと100は下らないだろう。
ロックが左手の紋章から武器を呼び出す。
それは全体が薄緑色に輝く美しい長剣だった。
ロックの〈エンブリオ〉はTYPE:アームズ。
アームズ系列の武器の種類は多岐に渡るが、ロックのそれはかなりの正統派だ。
〈エンブリオ〉のTYPEで所有する〈マスター〉の性格がある程度は把握出来ると言う俗説がある。
これは血液型の性格判断などと違って〈エンブリオ〉は〈マスター〉のパーソナルから生まれる存在故に遥かに信憑性が有るとも噂されている。
アームズ系列の〈マスター〉の傾向は熱血漢、自ら傷付く事を恐れない、猪突猛進、人情家等々。
総じて勇猛な人間であるパターンが多い。
そして〈エンブリオ〉の能力も攻撃的なスキルが多い傾向にある。
ロックが仲間達とのパーティにおける最大戦力だったのもこの〈エンブリオ〉故だろう。
「敵が近い!準備してくれ!」
そう言ってロックはチラッとトラペゾン達を確認すると、流石の旅の〈マスター〉とそのパーティ。
既に武器を装備して手に持っていた。
フードを被った者達の武器は杖、刀、棍、銃と様々だがロックの目を引いたのが、トラペゾンの装備した長剣だった。
ロックの〈エンブリオ〉よりも長大で、ほぼ大剣と言って良いサイズの直剣だがその刃から感じる威圧感はサイズ以上にロックを圧倒する。
勝手に《鑑定眼》等をするのはそれなりに失礼に当たる為にロックはしないが、した所で例え【大冒険家】のロックをしても詳細を知る事は出来なかっただろう。
トラペゾンが持つ剣の名は【
かつての時代に居た達人、
遭遇当時、既に超級職に就き騎士装備をしていたトラペゾンが、挑んで来た【ドラグソード】を正々堂々と真っ向勝負の決闘の果てに斬り伏せて手に入れた特典武具だ。
『長年の研鑽も及ばず……か。見事だ……〈マスター〉トラペゾンよ、御主の勝ちだ』
『……剣技なら貴方の方が遥かに上だった』
袈裟斬りに身体を両断され地に倒れた【ドラグソード】をトラペゾンが見下ろしている。
その表情は勝者だと言うのに何処か浮かないものだった。
正々堂々の一対一の勝負と言う取り決めの決闘であり、剣技だけを競うものでは無かったが、騎士系統のジョブに就く者としてそれなりに覚えがあったトラペゾンは最初は剣だけで挑んだのだが【ドラグソード】に到底及ぶものでは無かった。
《竜王気》によって強化された自身の身体から作り出した剣を両手で熟達の剣士の様に扱う【ドラグソード】。その技の冴えは歴代の【剣王】や【斬神】に劣るものでは無かった。
そんな彼に万能型ビルドのトラペゾンが剣技で敵う筈も無く、剣技によらない別の《スキル》によって勝利をもぎ取ったのだ。
『剣に身を捧げてきた竜生だった……。例え、剣で劣った訳では無いとしても、技の限りを尽くして私は敗れたのだ。悔いは無い……』
敗者でありながら、勝者であるトラペゾンを慰める【ドラグソード】。そこには戦いに満足して眠りに就こうとする武芸者の風情があった。
やがて、その身体は特典武具と世界のリソースに還り光の塵となるだろう。
『私を破りし騎士、【
そう言って満足した顔で逝った【剣竜王】は彼の望み通りにトラペゾンにアジャストした長剣の特典武具となったのだ。
トラペゾンの就く超級職は剣技に特化した系統では無いが、弛まず研鑽を積むその技巧は剣の扱いだけなら今代の【剣王】に劣らない領域にまで達している。
「来るぞ!」
トラペゾンの声で皆が臨戦体勢をとる。
無数の金属擦過音と肉が潰れる様な音をさせながらモンスター達がその姿を現した。
【サーヴァント・ウーンド・ゾンビ】その名前の通りに所々が腐敗し、腐臭と蛆をまとわりつかせたアンデッドモンスター。
【サーヴァント・シビル・スケルトン】シビルの名前の通りに元は一般市民だったであろう動く骸骨のアンデッドモンスター。
他にも武装した個体や、魔法職の様な装いをした個体もいるが一般的なアンデッドモンスター達だ。
しかし……。
そのモンスター群に付いた、ある文言がトラペゾン一行の疑問に引っ掛かる。
それは名前の先頭に付いた【サーヴァント】と言う冠名詞だ。
スキルによる従属モンスターの作成だが、そう言ったモンスターでも【サーヴァント】などとは付かない。
これは、即ち……。
「まさか……アンデッドを作っている〈UBM〉が居るのか!?」
ロックが答えを言う。
そう、こう言った特殊固有名詞は〈UBM〉が固有スキルで作成したモンスター等に付くものだ。
〈エンブリオ〉由来や遺跡から出現したモンスターと言う可能性も無くは無いが両方とも近辺には無い。
「……恐らくな」
トラペゾンはロックに言葉を返した。
トラペゾン自身も同一の見解だ。
しかし、それは
〈UBM〉の戦闘力は所持している固有スキルの質にもよるが最下級の逸話級をして純竜級モンスターを凌駕するのだ。
それはティアンや〈マスター〉との戦力を比較して上級職6人分は必要だと言う事だ。
しかし、問題は無い。
ロックは相手さえ分かれば、それが〈UBM〉だろうと勝ち筋が見出せる。
その為の〈エンブリオ〉がロックの持つ〈エンブリオ〉。【ミストルティン】である。
「トラペゾン。元凶の相手は俺にやらせてくれないか?俺の〈エンブリオ〉ならたとえ〈UBM〉だろうと何とかなるかも知れない」
「……分かった。道は俺達が切り拓く」
トラペゾンの持つ長剣に銀光が纏われる。
それは【聖騎士】【教会騎士】のみが取得する《聖別の銀光》の輝きに他ならなかった。
「せ、《聖別の銀光》!?使えたのか!?」
「何を驚いて……?ああ、そうか。俺は普通に使えるから忘れてたよ。〈マスター〉で取得してる者は珍しいんだったな」
珍しいどころか、ロックが知る限り皆無である。
この国に居着いてからもリアルでのデンドロ情報の収集は欠かした事は無い。
そんな莫大な情報ベースの中にも《聖別の銀光》を取得した〈マスター〉の例など無かった。
それこそティアン専用スキルとさえ考えられているくらいだ。
それは、
目の前に迫るアンデッド軍団もこの光の前にはその力を発揮出来ないのだ。
「頼もしいぜ!俺も負けてられないな!行くぞ!【ミストルティン】!!」
ロックの〈エンブリオ〉TYPE:エルダーアームズ【
その特徴とは
「《エネミー・セレクト》!《マーカー・アンデッド》!」
ロックのスキル発動と共に【ミストルティン】に薄緑色の輝きが宿る。
ロックはそのまま一体のゾンビに斬りかかった。
生前は剣士系統のジョブに就いていたであろうゾンビは緩慢な動きのままにその斬撃を防ごうとして
上級職とは言え、生粋の戦闘ビルドでも出すのは難しい威力を持つ一撃に周囲のゾンビ達が僅かに驚いた様に動きがブレた。
リアル世界の北欧神話に語られるミストルティンとは英雄バルドルを死に至らしめる要因となった、バルドルの体を唯一傷付ける事を許されたヤドリギの木の事である。
【ミストルティン】はその逸話の特徴を特定の敵に対する特効能力として顕現させているのだ。
《エネミー・セレクト》【ミストルティン】の基本能力であり全てのスキルの根幹たる能力。このスキルを使い、文字通りに特定の種族を選ぶ。
《マーカー・エネミー》エネミーの部分は特定の種族の名前を入れる。この2つのスキルを発動させる事で【ミストルティン】は逸話に相応しい効果を発揮させるのだ。
即ち、その特定の種族に対する特効能力の付与。
その種族に対してのみ60分間の攻撃力
ロックが剣を振るう度にモンスター等が消し飛んでいく。
上級職カンストに過ぎないロックだが、攻性に特化したその戦闘力は下手な準〈超級〉のそれを上回るかも知れない。
トラペゾンやロックを中心としたその進撃は凄まじく、瞬く間にアンデッドモンスター達はその数を減らしていくのだが……。
『IHIHIHIHIIHIHIIHIHI♪』
不気味な声が霧の奥から聞こえてきた。
陰気でありながらも何処か楽しげなその声は、聞いた者に不快感を覚えさせた。
「トラペゾン、こいつは……!」
「ああ、お出ましの様だな……!」
鎧が軋み、擦れる不快な音の足音と共に、霧の奥から不気味な声の主が姿を現す。
それは不気味な鎧姿のモンスターだった。
その頭部はあるべき場所に無く左肩に皮を剥がれた状態と思わしき剥き出しの表情で有り、トラペゾン達を品定めするかの様に睨め付けてくる。
鎧の胴体には禍々しい狂相が有り、そこから笑い声が漏れているようだ。
そして、特筆すべきはその右手に持つ長大な
不気味な鎧の頭上に【刻死無葬 ノーグレイブ】の文字が浮かんでいる。
紛れもなき〈UBM〉の証である。
「まさか、本当に〈UBM〉だったとはな……」
ロックの額に緊張から冷や汗が滴る。
ロック自身も可能性は無くは無いとは思っていたが、実際に目の当たりにすると覚悟が揺らぐ。
戦闘型の〈超級〉や準〈超級〉にとっては神話級以上でも無ければ然程の脅威では無いが、戦闘型〈エンブリオ〉の所持者とは言え上級職に過ぎないロックには難敵である。
【ノーグレイブ】は緊張した面持ちで自分を睨み付けてくるロックを面白そうに見ながら背後からアンデッドモンスターを進ませて来た。
そのゾンビ達は先程まで戦っていたモノと違い、僅かに新しく見えた。そして、それは……。
「お、お前達!!」
新手のゾンビを見たロックの悲痛な表情と叫びから全ては察せられた。
【ノーグレイブ】の手により作られたロックの
そして、奥から更に一体のゾンビが追加される。
喉元と心臓に致命傷と思わしき傷があり、そこからドス黒い血を流しながら虚な瞳で武器を手にして近付いてくるゾンビ。
「サミュエルゥゥゥゥ!!」
『IHIHIHIHIHIHIHIHI!!♪♪』
ロックの叫びに面白くて堪らないとばかりに笑い声を被せる【ノーグレイブ】。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ロック!待てっ!!」
トラペゾンの制止を聞かずに【ノーグレイブ】へと駆け出すロック。
友を無惨にもアンデッドモンスターへと変えられた怒りから憤怒でもって駆け出したが、それは充分な勝算を持っての事だ。
「《
ロックは必殺スキルを発動させる。
【転害廻強 ミストルティン】の必殺スキル《其は汝を殺める為に生まれし生命》。
その能力は【ミストルティン】の特性を更に高めたものだ。
基本スキルである《エネミー・セレクト》によって選んだモンスター種族の更に族を限定する事でその効果を発揮するスキル。世界に一体しか存在しない〈UBM〉にはその名前を告げる事で効果が発動する。
その効果は【ミストルティン】をロックが装備している時に限り、限定された対象に対してロックのステータスSTR、AGI、ENDが三倍となり攻撃力が更に十倍から二十倍にも跳ね上がるのだ。一日に一回しか使えず、10分間しか効果が出ないが強敵との戦闘においては有用極まりない戦闘用必殺スキルである。
「【刻死無葬 ノーグレイブ】!!」
ロックの敵対対象の宣言と共に【ミストルティン】は眩く輝き、ロックの動きは格段に良くなる……事は無かった。
「!?」
必殺スキルの効果が不発に終わり、通常のステータスで〈UBM〉に突っ込む事になったロック。
その動きに完璧に合わせたタイミングで【ノーグレイブ】が横薙ぎにグレイブを振るう。
ロックの胴体が上と下に泣き別れする直前、高速で接近したトラペゾンがロックの体を引っ張り間一髪でグレイブが一擦りしただけで済んだ。
「たす、ムグッ!?」
トラペゾンに体を引かれ、瞬く間に【ノーグレイブ】との距離を取ったロックが礼を言おうと口を開こうとしたら問答無用でトラペゾンが瓶を突っ込み液体を流し込んできた。
突然の行動に驚愕するも反応で思わず液体を飲み込んでしまった。
「な、何を!?」
「【死呪宣告】だ」
文句を言おうとしたロックにトラペゾンが告げる。
「お前の頭上に【死呪宣告】のカウントが発生していた。急ぎだったんでな、勝手に呪怨系状態異常を治す【高位霊水】を流し込ませて貰ったぞ」
【死呪宣告】それは状態異常系のデバフであり、呪怨系状態異常に大別されるステータス異常だ。
その名の通りに一定時間経つと【即死】効果が発生するカウント型のデバフであり、直接対象を死に至らしめる【即死】に比べて扱い易い為に使い手はそこそこ多い状態異常だ。
「そ、そうだったのか。しかし、【死呪宣告】ならそれ程急がなくても……」
【死呪宣告】はカウントが頭上に発生する為に傍目からも非常に分かり易い類のデバフだ。
カウントがゼロになると同時に【即死】効果が発動するのだが、裏を返せば発動までは何ら効果を発揮しないのだ。
カウントは【死呪宣告】を付与したスキルの出力にもよるが、少なくても60秒程度は猶予が有るのが普通だ。
その為に距離を取ってから飲めば良かったのに、とロックは抗議しようとしたが……。
「
トラペゾンの言葉に口を閉ざした。
「な、何?」
「ロック、お前の頭上にはヤツに斬られた瞬間から1秒しかないカウントが発生していた」
トラペゾンの言葉に驚愕するロック。
「効果発生から【即死】まで猶予1秒の【死呪宣告】!?そんなスキル聞いた事も無いぞ!?」
「だからこその〈UBM〉なんだろう。そう言う訳で説明する暇も無く直接突っ込ませて貰った。そうしなければ間に合わなかったんでな」
ロックは流石に黙るしか無かった。
トラペゾンのファインプレーが無ければ、ロックは今頃光の塵になっていたろう。
(し、しかしその1秒で判断して、俺に【高位霊水】を飲ませるなんて……一体トラペゾンのAGIは幾つなんだ?)
デンドロにおける速度ステータスの指標であるAGIは高ければ高いだけ、戦闘時はそれに比例するように本人の思考時間や体感時間が引き伸ばされる。
高いAGIがあれば1秒間にも状況を理解して対応するのは可能だろうが、どれだけのAGIがあれば可能なのかはロックには想像できない。
しかし、今の問題はそこでは無い。
切り札である必殺スキルが不発に終わった為にロックにはもはや打つ手が無いのだ。
「す、すまない、トラペゾン……ヤツには俺の必殺スキルも効果が無いようだ。どうすれば……」
「……ロック、お前の必殺スキルは恐らく最初に使っていたスキルに紐付いたタイプのスキルじゃないか?それが正しく機能しなければそもそも効果を発揮しないタイプの?」
「?……そうだ。俺の必殺スキルは《エネミー・セレクト》が前提……あっ!?」
トラペゾンの言葉にロックが必殺スキルが不発に終わった原因を理解する。
「気付いたようだな。あいつは恐らく
死者の怨念の影響で物品がモンスター化する事は珍しい事では無いが、物品の種類にもよってモンスター化した際の種族が分かれる事も多い。
例として天地で比較的メジャーな妖刀のモンスター化は無機物系のエレメンタルに、グランバロアに出没する【ゴーストシップ】は乗員を取り込んでアンデッド化した船舶のアンデッドモンスターとなったりする。
【ノーグレイブ】は見た目からして首無し騎士であり一見アンデッドにしか見えないが、実際は鎧がメインでエレメンタルである可能性は充分に高い。
アンデッドモンスターを作るからといってアンデッドモンスターとは限らない。
思考の陥穽を突いた仕様であり、ロックはまさしくそこに嵌まった形だ。
【ノーグレイブ】は距離を取ったトラペゾンとロックに追撃して来ずにその様子を伺っていた。
それは勿論、慈悲から来るものでは無く、むしろ逆。
怯え、無力さを噛み締める獲物の絶望を存分に咀嚼する為の余裕に過ぎない。
『IHIHIHIHIHIHIHIHI!』
もう充分と見たのか【ノーグレイブ】は手に持つグレイブをトラペゾン達に向け、周囲に居たアンデッドの配下達に追撃命令を下す。
かつての仲間達が緩慢な動きで迫って来るその絶望にロックは剣を構えながらも涙を流した。
「……ロック。お前の仲間達はお前自身の手で眠らせてやれ。俺は
ロックにそう言ったトラペゾンは【ノーグレイブ】へと駆け出した。
その周囲にゾンビ達が群がってくるが、銀光を纏った剣の一振りで5、6体が纏めて薙ぎ倒され光の塵へと帰った。
それを数回、繰り返すと周りにはロックの仲間達だったゾンビ以外は居なくなりトラペゾンと【ノーグレイブ】に隔てる距離以外の要素は無くなった。
先程の言葉通りにロックの冒険者仲間だった者達を残したのはロック自身に倒させる為。
傍からは残酷に見えるが、それはトラペゾンなりの気遣いなのだと理解した。
震える手で【ミストルティン】を握りながらもロックは元仲間達に向かい合う。
「……お前らにコイツを向ける事になるとはな。だが、そうだよな……。仲間が生を奪われて、その尊厳を冒涜されてるならせめて俺が眠らせてやるべきだよな」
そうして覚悟を決めたロックはゾンビ達に斬りかかった。
ロックの覚悟を見て取ったトラペゾンは、自身の仕事をするべく【ノーグレイブ】へと斬り掛かる。
先程、ロックにカウンター気味に薙ぎ払いを行った時とは違い防御を優先しての迎撃だ。
銀光を纏った剣と死呪を纏った薙刀が交差し、競り合う場所からは黒白のスパークが発生する。
(こいつ、かなりステータスが高い)
トラペゾンは様々な〈UBM〉や〈マスター〉と戦って来た経験、そして
これはジョブや〈エンブリオ〉由来のスキルとは別物のセンススキルと言われるものである。
その事から【刻死無葬 ノーグレイブ】の強さを古代伝説級に限り無く近い伝説級最上位と見て取った。
そして、その見解は正しい。
同じランクでも〈UBM〉はその固有スキルの質やレベルの違いから強さがまるで違うのはザラだ。
戦闘タイプの〈超級〉でも古代伝説級〈UBM〉からは3割程度の負けの目が発生するという。
それに限り無く近い伝説級〈UBM〉。
ここで倒さなければどれだけの被害が出るか知れたものでは無い。
トラペゾンはスキルを発動し、その攻撃の回転速度を増大させた。
ステータス自体は似通っていても、トラペゾンと【ノーグレイブ】には明確な差がある。
それはそれぞれの戦闘スタイルにあった。
一対一を基本として勝つ事を前提に練り上げられた個人戦闘型〈超級〉のトラペゾンの近接戦闘の技量は凄まじく高い。
それに対して【ノーグレイブ】は薙刀こそ持っているもののそれは〈死呪宣告〉を付与する手段であり、斬り合いを前提に会得したスキルでは無いのだ。
そして、配下の大量のアンデッド達に襲わせる手段は俗に広域制圧型と区分される戦闘スタイルだ。
これは都市や城塞などの広大なエリアを制圧するのに向いており、一部の例外を除いて一対一の戦闘には不向きと言われている。
個人戦闘型が拠点防衛する場合ならば話は変わるが、ここまで肉迫された時点で相性的には相当に不利なのだ。
長大とは言え剣の区分である【ドラグソード】と長物であるグレイブとでは近接戦闘における連続攻撃性能が違うのだ。
稀に来るグレイブによる薙ぎを警戒しながらトラペゾンは斬撃を容赦無く振るう。
瞬く間に【ノーグレイブ】の全身が切り刻まれて鎧がボロボロになっていく。
『GIIHIHIHIHIHIHIHIHI!』
嘲りの笑いでは無く、怒りを孕んだ叫びを上げた【ノーグレイブ】はそれと同時にグレイブを思い切り振り下ろした。
地面に突き刺さったグレイブを中心として死呪と黒炎が周囲に噴き上がるが、トラペゾンはそれを読んで射程外に超音速機動を持って既に離れている。
それを追撃する様に【ノーグレイブ】は左手を向けるとそこから無数の苦悶を浮かべた怨念弾を放つがトラペゾンはそれを《聖別の銀光》を纏わせた【ドラグソード】で斬り払う。
『GIIHIHIHI!!』
距離を取ったトラペゾンの周囲に【ノーグレイブ】の叫びを合図に地面からアンデッドモンスター達が出現して取り囲もうとするが……。
トラペゾンはそれすらも
トラペゾンは地面に剣を突き刺し、スキル発動準備を既に整えている。
剣から白く輝く光が漏れていた。
【聖騎士】の奥義である《グランドクロス》の発動準備だが、トラペゾンのそれは違った。
「《
スキル発声と共に地表から光の十字が噴き上がるが、通常の《グランドクロス》に更に十字を追加して星の輝きを模したかの様な形をしたそれは威力、射程範囲共に《グランドクロス》を凌駕していた。
『IGIIHIHIHIHIH!?!?』
巨大な聖光に焼かれる【ノーグレイブ】は身悶える。
その隙を逃さずに再接近するトラペゾンに苦し紛れの振り下ろしをするが、それより速く交差する様にトラペゾンの長剣が逆袈裟の形に振り抜かれていた。
渾身の一撃をカウンター気味に食らった【ノーグレイブ】の体が両断される。
更にダメ押しとばかりに乱舞された長剣は【ノーグレイブ】を微塵に砕く。
『GIHI!?』
断末魔の様な声を残して【ノーグレイブ】が崩れた。
その手からグレイブが離れ、地面に放られて金属音を立てる。
その光景を見たロックがトラペゾンに駆け寄った。
「やったな!トラペゾン!あんたスゲーよ!!」
仲間達の仇を討てなかった事に思う事もあるが、それ以上に街を脅かす脅威を倒した事が嬉しかったのだ。
「仲間達は眠らせてやれたか?」
ロックの賞賛に応える前にトラペゾンは聞き返した。
「……ああ、サミュエルだけは途中で見失ったがそれ以外の奴等は俺の手で眠らせたよ。サミュエルもすぐに探しだすさ」
ロックの表情が翳るが、その顔はすぐに誤魔化す様に明るくなりトラペゾンに向けられた。
「〈UBM〉を倒したって事は特典武具が手に入るんだよな!?俺は討伐パーティに入るのは初めてなんだ!」
〈UBM〉の特典武具はその〈UBM〉の討伐に関わった者全員の中から貢献度によってMVPが選出され授与される。
アナウンスが流れて関係者全員に知らされるのだ。
討伐MVPは十中八九トラペゾンだろうが、ロックは初めて聞けるアナウンスに期待が高まる。
しかし、アナウンスは未だ流れない。
「……おかしいな?アナウンスが何処からともなく知らせてくれるんだろ?」
「ああ……その筈だ」
その時、地面に落ちていたグレイブが超音速でトラペゾンに向かって射出された。
しかし、その動きを読んでいたかのようにトラペゾンは身を翻して回避すると返す刃でグレイブを跳ね飛ばした。
トラペゾンはすぐにグレイブを剣で柄部から滅多斬りにして砕いた。
「な、なんだ今のは!?」
「呪われた装備から派生したモンスターには良くある事だ。あの
妖刀や魔剣からモンスター化したエレメンタルの〈UBM〉。
理屈には適う、適うが……それを打ち砕いても、討伐アナウンスは未だにされない。
トラペゾン自身もおかしいとは思うが、未だに警戒を解かないのは自身の勘が告げているからだ。
まだ終わっていない、と。
『IHIHI……』
『IHIHIHI……』
『IHIHIHIHIHIHIHIHI!!!』
周囲に濃く漂う霧から無数の【ノーグレイブ】の不気味な笑い声が聞こえてくる。
そして、霧が……濃く、昏く、集まって巨大な不気味な貌を作り出した。
「……まさか!?」
トラペゾンは言うが早いか、超音速機動によって霧に浮かぶ貌を斬り付けるが、まるでダメージが通った感触が無い。
離れ際に【クリムゾン・スフィア】のジェムを投げつけており、無数の爆発が発生するもやはり無効。
更には《グランドクロス》を放ち、直撃するもまるで答えた様子が無い。
ロックが一瞬で行われた攻撃のあまりのスピードに唖然とするも、それに効果が見られ無い事により驚愕した。
「ば、馬鹿な!コイツ、どうなっているんだよ!?」
「……恐らく、物理攻撃に対する耐性と魔法攻撃やスキルに対して完全耐性を持っているんだ」
トラペゾンの言葉にロックが驚愕と絶望を隠せない。
そう《物理攻撃完全無効》と《魔法完全耐性》の合わせ技はこの〈UBM〉を誰も打倒し得ない事実を表している。
高いAGIによる超高速思考によりトラペゾンが答えを導き出す。
「そう言う事か……」
トラペゾンが得心が言ったとばかりに呟く。
〈UBM〉のネーミングはその能力をそのままに表している事が多い。
【刻死無葬 ノーグレイブ】。
刻む死とは、グレイブで斬りつけた者に対する【死呪宣告】。
そして無葬とは名前と能力そのものに丸々被っているのだ。
アンデッド作成能力────
呪われた武器────
不死────
世にもおぞましき、その名で持って存在を証明するトリプルミーニング。
死を弄ぶ邪悪なるエレメンタルモンスター。
古代伝説級に限り無く近い伝説級最上位の〈UBM〉。
それが【刻死無葬 ノーグレイブ】の正体である。
「……そんなの、どうすりゃ倒せるんだよ……」
ロックが絶望のあまり手から武器を取り落とす。
【ノーグレイブ】は恐らくその無形の体が元々持っている特性が《物理攻撃完全無効》なのだ。
スライム系のモンスターが同じスキルを持っているが、それより遥かにタチが悪い。
何故なら、スライム系のモンスターは炎熱系ダメージにすこぶる弱いという致命的な弱点を設けているのに対して【ノーグレイブ】は《魔法完全耐性》を保持している事でそういった穴を消してしまっている。
リソース的にあり得ないと思うが、恐らく何らかの間違いで取得してしまったのだろう。
本来の巨大にして広大な体をあの小さな鎧姿に凝縮する事で高いステータスを擬似的に再現していたのだ、本来持つステータス自体は恐らく低いのだろう。
しかし、攻撃面での心配も〈死呪宣告〉付与のグレイブによって克服している。
攻撃スキルをほぼそれだけに絞る事によりリソースを確保。恐らく呪怨系状態異常に対する耐性すら突破してくるだろう。〈超級〉エンブリオや超級職のスキルの中でも単純な物理防御によらない法則系防御スキルでも無ければ厳しい。
物理、魔法どちらかの防御に持続性から穴が有る可能性はあるが、効果が切れるまでにグレイブに一擦りでもされたらアウトだ。
長時間回避するのは精神的に厳しいし、【高位霊水】にだって数に限りはある。
『IHIHIHIHIHIHIHIHI!』
笑う【ノーグレイブ】は砕かれたグレイブの刃を射出した。
ロックに向けて。
戦意を失いかけていたロックはその超音速に反応が出来なかったが、トラペゾンが左手で跳ね飛ばして難を逃れた。
しかし、その代償は大きかった。
トラペゾンの左手に深々とグレイブが刺さっていたのだ。
右手に持った剣で咄嗟に左手を切り落としたが、【死呪宣告】は付与されてしまっている。
『IHIHIHIHIHIHIHIHI!!!』
【ノーグレイブ】はその光景にこれまで以上の笑いを上げた。
目下最大の脅威であるトラペゾンを狙わず敢えて弱小のロックを狙ったのは今の様な状況を狙ってだ。
(この強敵は弱者を庇う習性が有る)
そう理解した上でトラペゾンに【死呪宣告】を付与する為に絡め手を使う。
【ノーグレイブ】は高い知能を持つ無形のエレメンタルモンスターだ。その習性は醜悪極まるものだが、死を操り、死を付与し、自身の死から逃れる事に特化したそのスキルとそれを生み出した思考は合理性の塊である。
トラペゾンの推測通りに【ノーグレイブ】の“無敵”は無限に続く訳ではない。
リソース面の問題でスキルを賄うMPとSPが3時間程しか持たないのだ。
トラペゾンならその3時間をグレイブを擦りもさせずに耐え切る可能性があった。
しかし、もはやその心配は無い。
【死呪宣告】は毒等の肉体に物理的に影響する状態異常とは異なる呪怨系状態異常であり、その効果が及ぶ時は一瞬だ。
受けた左手を切り離したところで、意味は無い。
ロックと言う足手まといを助ける行動をワンクッション置いた事で【高位霊水】を飲む余裕を奪ったのだ。
『IHIHIHIHIHIHIHIHIHIHIHIHIHIHIHIHI!!!』
自分の目論みが上手く行った事が楽しく堪らない【ノーグレイブ】は今迄で最大の笑いを上げた。
激しく笑い、笑い、笑い……。
そして、見た。
【死呪宣告】のカウントを過ぎても立ち続けるトラペゾンの姿を。
『I HItu!?』
【ノーグレイブ】は気付けなかった。
トラペゾンが自身で斬り離した左手が不気味に蠢き光の塵に還るのを。
「何を笑う?俺を倒したと思ったか?」
トラペゾンが近付いてくる。
「何がおかしい?人の死を支配したと勘違いしたか?」
右手に持つ剣は微動に揺れず、【ノーグレイブ】を斬るべく構えられた。
「
トラペゾンの全身から不可視の圧力が放たれる。その威圧感は伝説級〈UBM〉である【ノーグレイブ】を軽々と凌駕していた。
「お前の様なモノを討つ為に
そして、トラペゾンはいつの間にか失った筈の左手にクリスタルを持っていた。
【ジョブクリスタル】。戦闘中にジョブを変更する事が出来る稀少な転職用アイテムである。
【ノーグレイブ】が、ロックが、そして事の推移を見守りつつも、アンデッドモンスターをトラペゾンとロックに寄せ付け無いように戦っているフードの4人がそれを見る。
「ジョブチェンジーー
宣言と共に左手の水晶は砕かれて、リソース圧の本流がトラペゾンから流れ出す。
「【正義魔王】……?」
ロックがトラペゾンから放たれる威圧感に怯えながらも疑問を口にした。
「ロック、済まない。俺はあんたに嘘は吐いていなかったが、本当の事も言って無かった。俺の本当のジョブは【正義魔王】……超級職だ」
超級職取得者にして超級エンブリオの持ち主、即ち
本当の姿を現したトラペゾンから放たれるプレッシャーに威圧される【ノーグレイブ】。
その事実を否定するかの様に叫びを上げる。
『I I I I I i i i i i!!』
そのおぞましき雄叫びに呼び出され、地面から、周囲の影から、霧の中から、無数のアンデッドモンスターが現れた。
その中にはモンスターを元にしたと思われるアンデッドモンスターの姿も見られる。
レベルも【シビル・スケルトン】や【ウーンド・ゾンビ】に比べたら遥かに高い。
これこそが【ノーグレイブ】の本当の配下達、約1000体ものアンデッドから成る不死の群勢である。
この群勢に攻め込まれればモーノどころか、小国の首都すら危ういだろう。
しかし、
何故なら────。
アンデッドモンスター達の群勢が
正確にはそれぞれ広域に分布した群勢の四方四箇所の部分が粉砕されたのだ。
そこにはトラペゾンが【正義魔王】に戻ったのを察して
『トラペゾン様も本気になりましたし、私達も始めましょうか?』
『待ってたぜ!大将の命令とは言えチマチマやるのはストレスが溜まってしょうが無かったぜ!』
『ワタシ達の分は全部始末しても構わないよネ?』
『勿論だよ。ボスの元に一体たりとて辿り着かせ無いのが重要』
本領を発揮したトラペゾン一行による蹂躙劇が始まる。
しなやかな動きで長大な鞭が振るわれる。
それを操る手元は優雅にさえ見えるが、鞭の先端部分は超音速に達した者で無ければ影さえ見えない。
そして、振るわれる鞭に打たれた者は一撃で
鞭の名前は逸話級特典武具【裂打鞭解 エンプレイス】。
そして、それを振るう者は……。
デンドロ内で最も美しい女性を聞けば黄河の〈超級〉、黄河四霊の“鳳凰”輝麗だと知ってる〈マスター〉やティアンは誰しもが言うだろうが、この女性も負けていない。
輝麗が東洋系の美の極地なら、この女性は西洋系の美の極地。
神が造形したと見紛う、もし美という概念を形にしたら、こうなるだろう。と万人に思わせる様な美しい姿をした桃色髪の悪魔の如き角と尻尾を生やした女性。
彼女こそはトラペゾンと共に旅する女性ティアン達のリーダー格にして、始まりの仲間。
「トラペゾン様の邪魔はさせません。貴方達のお相手は私達が務めさせて頂きます」
アンデッドすら魅力しかねない極上の微笑みを見せてメルマリアは告げた。
「オラ!オラ!オラァ!!」
トラペゾン一行の中で最も背が高かった一人は縦横無尽にアンデッド達を蹴散らして回る。
高いSTR、AGI、ENDに任せて巨大な金砕棒を振り回し、真紅髪ポニーテールを振り乱す鬼の女性は全身が鍛え抜かれた筋肉で出来ており、歴戦を思わせる傷が至る所に付いている。
彼女が持つ金砕棒は特典武具では無いが、天地の一流鍛治士が鍛え上げたオーダーメイドの逸品であり、纏う火焔も相まってアンデッドが塵の様に消し飛んでいく。
そんな彼女の背後に、気配隠蔽に長けたアンデッドが迫るが女性が何かする前に何者かに焼かれて消えた。
それは朧気に輪郭を持つ、赤い精霊の様な存在だった。
「あぁ?何か居たか?悪いが、オレの【シキドウジ】の目は盗めねえぞ!」
伝説級特典武具【四方封鬼 シキドウジ】によって呼び出された従者は彼女の隙を消し去っている。
彼女の名前は
トラペゾン一行で最も攻勢能力に秀でた彼女の前にはアンデッドの群れだろうと光の塵に還る前から塵に等しい。
紫青色の髪を
手に持つ金色の根を自在に扱い、まるで踊るようにアンデッド達を的確に倒していく。
メルマリアや叉乱に比べてその動きは一層流麗であり、彼女が高い技巧を備えている事が分かる。
アンデッド達も【ノーグレイブ】が本気になった事に触発されて四方八方からの同時攻撃を仕掛けるが……。
「《
彼女のスキル発声と共にその体は雲の様に霞み、アンデッド達の攻撃はすり抜けてかすり傷すら負わせられない。
伝説級特典武具【雲行靴 ジントゥン】はその名の通りに彼女の姿を雲や霞の如くに変えて攻撃を透過させるスキルを持つ。
アンデッド達の攻勢を一瞬で擦り抜けた彼女は懐から大量の【符】をばら撒いて【赤龍道士】の奥義を発動させた。
「《爆龍》!」
周囲一帯が爆発炎上し、アンデッド達は瞬く間に一掃される。
彼女は
道士系統と武術家系統の複合超級職【功夫仙】を修めし者にしてトラペゾンを除いて一行で最高の技巧を誇る者。
彼女を討つにはその技巧を上回る能力か強力な固有スキルでも無ければ不可能だろう。
トラペゾン一行で最も背が低く、銃でアンデッド達と渡り合っていた紺色の髪を持つ小柄な少女は逃げ惑う様にして他の者達から距離をとっていた。まるで、
AGIも然程高くない少女はやがてアンデッド達に囲まれて逃げ場を失う。
「
アンデッドが彼女に襲い掛からんと包囲を縮めるが、それを恐れる事も無く少女は地面に手を突きスキル発声をした。
「《ウェイクアップ》・【コメットラ】!!」
その瞬間、地面を突き破る様にして現れた巨大な両腕がアンデッド達を粉砕する。
そのまま、全身を現したのは全長15メテルにも達する巨大なゴーレムだった。
その機械式ゴーレムの名【コメットラ】。
少女自慢の傑作兵器である。
ゴーレムは右手に少女を優しく乗せるとそのまま、胸部に導く。胸部は光のラインを結び、内部から開放される。
そして、開放された胸部に少女は飛び込むと、まるでコクピットの様になった操縦席に座り込む。
少女の名はティキ・リ・リ。見た目は幼く見えるがれっきとした成人の女性である。
そして就いたジョブは……。
『スキルリンクシステム起動。登録認証一致。【巨戦姫】との同期戦闘を開始します』
機械音声がティキ・リ・リを認識する。
機械式ゴーレムが自身の真価を発揮するコアパーツを内部に入れた事で力が満ち溢れてくる。
「行くよ!【コメットラ】!!」
無数のコードを機械に接続し、操縦桿を握る少女の口元が不敵に笑う。
そう、彼女は搭乗型ゴーレムの作成及び操縦に特化した超級職
誰よりも機械式ゴーレムの力を扱える者。
トラペゾン一行の中で最も広大な攻撃範囲を持つ殲滅戦闘を得意とする者。
足元のローラーを高速回転させて移動するゴーレムはすぐに超音速機動に迫るスピードに達する。
その勢いのままに無造作に振るわれた巨腕の一撃はアンデッド達を無慈悲に粉砕する。
その戦闘力を脅威と見てとった強力なアンデッドが複数で迎え討つが、【コメットラ】はそのアンデッド達に対して右手を差し向けるとその碗部に付属した砲口を開いた。
『《フレイム・スワロー》!!』
内部のティキ・リ・リのスキル発声により砲口から火炎が放射されるが、その火炎は途中でツバメの様な形に姿を変えて、強力なアンデッド達にピンポイントで着弾し炎上させる。
逸話級特典武具【火燕放射 フレイム・スワロー】。
ティキ・リ・リにアジャストして巨大な兵器の特典武具となった〈UBM〉の成れの果ては彼女の機械式ゴーレムの付属火器として組み込まれてその猛威を振るう。
その力を発揮し暴れ回るトラペゾンの仲間達。
彼女達こそ【正義魔王】トラペゾ・H・ルーラーに命を、その尊厳を救われた事で彼の仲間となる事を誓ったトラペゾンに忠実なる超級職持ちティアンの四人衆。
〈【正義魔王】
『GIHIHIHIHIHIHIHIHI!?!?』
【ノーグレイブ】は混乱していた。
目の前にいる男は〈死呪宣告〉を確定で付与する刃を受けても効果が発動せず、その仲間達でチマチマとアンデッドと戦っていた者達は突然その戦力を増大してコツコツと増やしてきた虎の子のアンデッドモンスター達を苦もなく殲滅しつつある。
【ノーグレイブ】も本当の力を隠して戦っていたが、それは相手を絶望させて楽しむ為の手段である。
トラペゾン達の様に
トラペゾン一行が力を出し惜しんでいた理由はトラペゾンが指名手配を受けた〈マスター〉であるからだ。
特に今いる小国の様なレジェンダリアに近い場所では良くも悪くも【正義魔王】のネームバリューは強い。
ティアンの能動的な殺害はデスペナルティ後監獄行き確定だが、〈マスター〉に対してはその限りでは無い。
トラペゾンが〈超級〉と知りつつも興味本位でワンチャンを狙って襲ってくる〈マスター〉は珍しく無いのだ。
トラペゾンが襲われるだけならまだしも、仲間達を襲われるのは許せない。
それ故に素性と実力を隠して移動するのが常なのだが、凶悪な〈UBM〉を前にしてその限りでは無くなったのだ。
共に行動するロックが世界派でありみだりにティアンに手を出す様な人物で無いと見極めたのもある。
その為に伝説級最上位〈UBM〉【刻死無葬 ノーグレイブ】はここに来て〈超級〉と超級職4人を同時に相手取る羽目になったのだ。
【ノーグレイブ】は広域制圧型に分類される〈UBM〉であるがその戦力は貯蓄して増やすタイプである。
現在はその戦力の8割近くをトラペゾン一行によって削られてしまった。
【ノーグレイブ】は迷わずに撤退を選ぶ。
無形の体を持って浮遊し逃げを打とうとする【ノーグレイブ】の動向をトラペゾンは見逃しはしない。
「何処へ行く?逃すと思っているのか?」
超音速機動により一瞬で距離を詰めたトラペゾンが【ノーグレイブ】の顔と思わしき部分に聖光を纏った剣を振るう。
トラペゾンのその行動を【ノーグレイブ】は無駄と笑った。
神速の一撃は【ノーグレイブ】に直撃しながらもその形無き体を破壊する事は出来ない────
剣が振るわれた範囲の霧が消し飛び、【ノーグレイブ】に苦痛と思わしき衝撃が流れるまでは。
『GIIHIHIIHIHIIHIHI!?!?!?』
【ノーグレイブ】は痛みと共に自身のHPがごっそり削られた事を理解する。
自身の無敵が破られた事実はその精神を混乱の極みに落とし込み、その体をボヤけさせて苦悶の表情を浮かべさせる。
「死を支配したと驕り高ぶる傲慢なるモンスター……。お前の傲慢、俺が制裁する!!」
それは【正義魔王】が持つスキルの一つ。
そもそも
【正義魔王】という超級職は形としてそれを示す。
世界の目的にして世界のシステムに根差すモノ。
即ち、この世界における正義とは
その意向をジョブという器として形作ったのが
それはレベルでもって攻撃対象の存在を押し量り、レベルでもって対象に絶対の効果を押し付ける【正義魔王】の力の顕現である。
人間範疇生物なら相手のレベルを、モンスター相手ならそのレベルを10倍した数を元に100レベル上回る毎に20%ずつの耐性突破率を発揮、500レベル上回った時点で完全耐性や無効すら意味を為さなくなる。
即ち、このスキル使用時に行われた【正義魔王】の行動は全て相手に通るのだ。
《物理攻撃無効》も《魔法完全耐性》もこのスキルの前に意味は無い。
『概念』や『法則』だろうと関係無い。
それは例えレベルが設定されていない存在だろうと例外では無い。
マスクデータとして万物に設定されているレベルに干渉して推し量り、能力を押し通す。
それが例え形無きモノであろうとも……。
〈UBM〉としてレベル66にもなる【刻死無葬 ノーグレイブ】の非実体を穿つには【正義魔王】トラペゾンのレベルが990以上は必要になるのだが……。
しかし、何も問題は無い。
何故なら【正義魔王】トラペゾンのレベルはメインジョブである【正義魔王】のレベルだけで四桁に達するからだ。
《審議制裁》を発動した事でトラペゾンの一撃一撃は【ノーグレイブ】の無形の体さえも無慈悲に消し飛ばしていく。
『O o o o o IHIHIHIHIHIHIHIHI!!! a a a!!??』
不死の〈UBM〉が自身に死を与える天敵に対する恐怖に唸る。
これまで人々に恐怖を与え、それを歓喜と共に貪ってきた死の冒涜者が今まさに恐怖に震える。
散々に体を消滅させられ、最後の破片の如く苦悶の表情を浮かべた【ノーグレイブ】の顔が残された。
「《ディバイン・スマッシュ》!!」
聖光を纏うトラペゾンの右手の長剣と左手の斧がこれまでとは比べ物にならない速度で振るわれる。
その軌跡は十字に輝き、眩いばかりの蒼白い輝きの奔流が悪しきエレメンタルを呑み込み、【ノーグレイブ】の残された無形の体を跡形も無く消し飛ばす。
『GIIHIHIIHIHIIHIHI GI GI a a a a a!!!』
絶叫を上げて消滅した【ノーグレイブ】。
歪んだ不死を体現した〈UBM〉はここに滅んだのだ。
【〈UBM〉【刻死無葬 ノーグレイブ】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【トラペゾ・H・ルーラー】がMVPに選出されました】
【【トラペゾ・H・ルーラー】にMVP特典【刻死薙刀 ノーグレイブ】を贈与します】
アナウンスにより【ノーグレイブ】の完全撃破が保証された。
トラペゾンの手元に不気味な装飾……苦悶する人の顔が模られた様な禍々しい薙刀が現れる。
伝説級特典武具【刻死薙刀 ノーグレイブ】。
自身をグレイブだと偽っていた〈UBM〉が死後特典と化して本物のグレイブになったのは何とも皮肉だとトラペゾンは思った。
強敵を撃破したトラペゾンはロックの方を確認する。
彼は友人でありサミュエルのゾンビが光の塵に変わっていくのを涙を流しながら見届けていた。
【ノーグレイブ】が固有スキルで作り出した下僕であるアンデッドモンスター達は、仕える主が消滅した時点で諸共に消え去る定めなのだ。
「サミュエル……」
涙を流しながら消え去る友を見届けるロックの肩に光の塵が手を模ってポンと置かれるような動作をしたようにトラペゾンには見えた。
そう見えたのはトラペゾンだけでは無かったのだろう、ロックも手を置かれた肩に自身の手を置いて震えていた。
やがて、光の塵は周囲から完全に消え去り静寂に満ちた夜の森が戻ってくる。
【ノーグレイブ】の一部であったろう霧も晴れ、トラペゾンの仲間達である四支司達もトラペゾンの元へと戻って来た。
「アナウンスが聞こえました。終わったのですね、トラペゾン様」
4人を代表してメルマリアが聞いた。
「ああ……取り敢えずは、な。戻ろうか」
そう言ったトラペゾンは4人と連れ立ちロックの側へと近付いていった。
【刻死無葬 ノーグレイブ】を撃破したトラペゾン一行はモーノへと戻っていた。
モーノに帰った頃には朝になっており、酒場の受付を通して領主へと事の顛末を報告した。
報告を受けた領主は慌ててトラペゾン達の元に駆け付けて事情を詳しく聞いた。ロックの報告にも《真偽判定》の反応は無く、【ノーグレイブ】の特典武具を見せたのも有り、〈UBM〉の存在を信じた領主はトラペゾン達に礼を言い討伐の報酬も払ってくれた。
そして、今トラペゾン一行はロックと向かい合いモーノの街から出て行く前の挨拶をしていた。
「本当に世話になった。ありがとう、トラペゾン。あんたがいなかったらこの街は今頃〈UBM〉に襲われていたろう」
「気にするな。俺達には俺達の目的があってここに来たんだ」
トラペゾンが笑いながら言った。
「そうか……しかし、良いのか?討伐報酬まで俺が貰って?」
トラペゾンは領主から受け取った討伐報酬を全てロックに渡していた。
その報酬は死んだロックの仲間達の家族であるティアンにそれぞれ分けて渡されるのだ。
「俺の報酬はお前から貰っているからな。それに特典も得たし、人々に仇なすモンスターも消えた。それで充分だよ」
無欲なトラペゾンの言葉にロックは深々と頭を下げる。
「ロック……これからどうするんだ?仲間達は皆死んでしまったんだろう?」
トラペゾンが心配そうに聞いた。
「まだ、決めてはいないんだ。ただ、この街の戦力は今激減している。それが解消されるまでは俺が頑張らないとな」
無理して笑うロックの覚悟にトラペゾンは敬意を示すと、仲間達と共に連れ立って行った。
その背中が見えなくなるまで、ロックは手を振り続けたのだった……。
モーノの街が見えなくなるまで歩いて来たトラペゾン一行に爆速で近付いて来る人影が見えた。
「居たーーーーーーーっ!!」
叫び声を上げた人影は更に速度を上げて迫る。
トラペゾン達はその人物を警戒する事もなくどこか呆れた様な微笑ましい雰囲気で見ていた。
「みんなのアイドルッ♪トラペゾンパーティのプリティジャンパー♪アールちゃん、登場っスゥゥゥゥッ♪」
その人物はトラペゾン達の仲間でリーダーであるトラペゾンを除いて唯一の〈マスター〉である人物だった。
白黒の大きめな帽子を被り、緑色の髪を束ねた、軽めのコートを羽織った明るい雰囲気の少女。
「いやーーー用を済ませて急いで来たんすよっ!トラペゾンさん♪ボクが居ないと寂しかったっすよね?もう大丈夫っス!さあ、目的の〈
「「「「「……」」」」」
どこまでも明るい雰囲気を放つアールに対して目的はもう討伐済みな事を、どう説明したものかと思案に暮れるトラペゾン一行頭上の空は何処までも蒼天が広がっていた……。
FIN
【正義魔王】トラペゾ・H・ルーラーは何を求め、<Infinite Dendrogram>を始めたのか?今それが解き明かされる。
それは彼が“彼自身”を求めた事から始まったのだ
次回、【正義魔王】の“正義”について第3話『【正義魔王】の始まりについて』乞うご期待!
今回の素敵な挿絵【刻死無葬 ノーグレイブ】は@nun95487991
が描いてくれたのじゃ♪感謝♪
↓
(・ω・)ノやあ、作者のピッグマンじゃよ♪
また、原作の割烹に習って設定を軽く説明してくのじゃ♪
【正義魔王】
とうとう固有スキルを開示したトラペゾンのメインジョブ。
デンドロファンは何となく察すると思うが《審議制裁》はレベル版《破壊権限》。
レベルを上げて物理で殴れどころか、全てで殴れる様にするチートスキル。
【破壊王】がSTRに特化したステータスを持つように、【正義魔王】もレベルを上がり易くする補正を実は持っていたりする。
《破壊権限》は直接攻撃にしか作用しないが、《審議制裁》は【正義魔王】が使用する全ての攻撃やスキルに作用する事が出来る。
ただし、アクティブスキルの為に【正義魔王】が自身の意思で発動させねばならないし、SP消費もそれなりにする。
【冒険家】
原作にも未登場のジョブ。
詳細が不明な為に言葉から能力を推定して設定した。
万能系に近いステータスを持つと思われる。
【転害廻強 ミストルティン】TYPE:エルダーアームズ
上級エンブリオなのにふざけた上昇率の攻撃性能を持っているオリジナルエンブリオ。
この能力には理由があって、それは一極特化型のエンブリオである為。
必殺スキルを含んでもスキルが三つしか無い為に出力を単純化している事から可能な性能である。
デメリットとして一回使用したらクールタイムが12時間必要な上に途中でターゲットの変更も出来ないと言う制限がある。
【刻死無葬 ノーグレイブ】
伝説級最上位のUBM。
伝説級の癖に盛り過ぎだろうと思われるが、作中でも説明した通りにほぼ古代伝説級である上にリソース貯蔵型の能力から可能にしている。
クソ能力の1カウント【死呪宣告】は【即死】と違って掛けやすいのにほぼ【即死】みたいな反則性能。普通の相手なら【高位霊水】を飲んでる隙を突いて責めたりもする。
アンデッド作成も作中では書かなかったが、グレイブを突き刺して怨念を流し込む事で簡単に作り出せる。操作はセミオート。