【正義魔王】の“正義”について   作:利月十

3 / 8
今、明かされるトラペゾンの過去!

その願い、それより産まれし〈エンブリオ〉の正体とは?


【正義魔王】の始まりについて

 御条正義(ごじょうまさよし)にとって漫画やテレビで見るヒーロー(正義の味方)は彼にとっての確かな憧れであり、目指すべき理想そのものであった。

 

 知性や知識がある程度身についた6歳くらいの頃に父に聞いた自身の名前の意味もそれに拍車を掛けていたのかも知れない。

 

『お父さん。僕の名前の由来って何?僕は正義の味方なの?』

 

 それは子供ならでの素朴な疑問であったが、それに彼の父親、御条正孝(ごじょうまさたか)は真摯に答えた。

 

『正義はヒーローになりたいのかい?』

『うん♪』

 

 正義は逡巡する事無く答えた。

 

『そうか……けどな、正義。正義のヒーローは正義の味方ではあっても()()では無いんだよ?』

 

 父はまるで謎かけ問答の様な答えを正義に真面目な顔で返した。

 

『???どういう事?』

 

 正義は不思議そうな顔で父の顔を正面から見返す。

 

 そんな正義に困った様に笑いながら父は告げる。

 

『自分を正義と思って行動すれば、それはもし間違いであっても止まれなくなるんだ。ヒーローは正義の味方を志すべきではあるが、正義そのものには成れない。成ってはいけないんだ』

 

 父の返答は真面目ではあったが、幼い息子には難し過ぎる話であった。

 いや、大人になってからも理解するに難い内容ではあったが……。

 

『僕、良く分からないよ』

 

 幼いながらに必死に考えて首を傾げる息子の頭を優しく撫でて父は微笑んだ。

 

『これはあくまで私の答えだからね。正義もきっといつか、自分の答えを見つけられるさ』

 

 正義が読む漫画や映像は父が趣味で集めたものが沢山あった。

 仮面を被り悪の秘密結社と戦うバイクに乗ったヒーロー。

 宇宙を舞台にした巨大な人型ロボットで戦うアニメ。

 カラフルな衣装に身を包み、コンビネーションを駆使して戦う戦隊ヒーロー。

 巨大な怪獣と地球の平和を守るために自身も巨大化して戦う異星人のヒーロー等々。

 

 正義の名前の由来もそんな父の趣味から来たのかも知れない。

 

 そんな生い立ち故か、御条正義は真っ直ぐな心の正義感に満ちた少年として育っていった。

 

 裕福な資産家の家に生まれながら決して驕らず、困っている人を見捨てられない優しい彼は近所の子供達からも慕われるリーダー的な存在になっていた。

 

 自分より他者の苦しみに心を痛めるような少年。

 運動神経も抜群であり、頭も良い彼はその心の片隅にいつも憧れのヒーロー像を抱き、それに恥じない生き方を志していた。

 

 故に、それ故に、そんな彼、故に……。

 

 その悲劇は必然として訪れたのかも知れない。

 

 それは正義が8歳になった頃、2歳年下の自分を慕う少女が不注意によって車に撥ねられそうになった時に起きた。

 

 彼は持ち前の正義感から少女を助けた。

 しかし、その代償として自身が車に撥ねられる事になってしまった。

 

 彼は正義のヒーローを目指していたが、当たり前の様にその体はそれらと比べるも無く脆弱だった。

 

 ()()が有る頃の彼が最後に見た風景は真っ赤に染まる世界と、泣きじゃくる自分が助けた少女の顔であった……。

 

 本来ならここで彼の命は間違い無く断たれていただろうが、幾つかの幸運と偶然が彼を生かした。

 

 それが真冬の出来事だった事、父親が理事を務める病院が近かった事、そして……正義の父が()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一命を取り留めた彼はその代償として脳と脊髄の一部以外の全てを失った。

 

 本来なら正義は死んだのと同じ事であったが、彼の父親はその状態でも彼を生かす事を選んだのだ。

 

 時は2027年。

 医学も日進月歩で進化し続け、脳さえ有れば特殊な条件の元、生かす事が可能になっていた。

 

 後は身体さえ何とかすれば、御条正義はその人生を取り戻せるのだ。

 

 しかし、それこそが難しい問題だった。

 息子のクローンを培養しそれが成長したら脳髄を取り替える手段も考えたが、それは自身の良心と、何より息子自身が拒んだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 そして、脳医学の権威、御条正孝が選んだ方法は何としてでも息子を脳髄のまま生かし続ける事だった。

 

 このまま医学が発展していけば、全身の代替手段であるクローンに頼らない機械や肉体の製造が可能になるかも知れない。

 

 幸いにも脳と言う器官は他の臓器と比べると単体で見るならば遥かに長生き出来るという事実があった。

 

 仮に自分が死ぬまでに肉体が用意出来なくても、息子の脳を半分医学発展の実験体として生かし続ける事が出来ればいつかは肉体を与えてやる事が出来る、とその為の準備も完璧に整える事が出来たのだ。

 

 後は脳髄だけの息子をその時までどうするか?という問題だけだった。

 

 御条正義は脳髄だけの存在になったが、その意識は失われた訳ではない。

 むしろ、意識だけの状態で生き続け無ければいけないのだ。

 それはいっそ死んだ方が人によってはマシに思える程の退屈という地獄だったろう。

 

 御条正孝は父として、医者として、息子の退屈を紛らわせる事が出来るように力の限り配慮した。

 

 口や声帯が無くても話せるように、機械音声と接続して喋れる様にしたり。

 擬似的な視覚を作り出し、息子が居る部屋や世界中に繋がれたカメラと同期して、風景を見れる様にした。

 更には思考情報を介してネットを好きなだけ見れる様にまでした。

 

 それは動く事の出来ない息子に対する最大限の愛情から来る行動であったろう。

 

 御条正義自身もそれは理解していたし父に感謝もしていた。

 しかし、身体が欲しいという願いは、焦がれる程の思いは決して無くなる事は無かった……。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 そんな彼の脳髄だけで過ごした人生は、凧形二十四面体の液体槽の中で16年を過ごした頃に転機を迎える事になる。

 

 <Infinite Dendrogram>の発売である。

 

『新世界と貴方だけの可能性を提供する』

 

 その文言は脳髄だけの彼の精神に不思議と染み渡った。

 今迄もフルダイブ型のVRゲームに一縷の望みを託した事もあったが、それらのゲームは五体が揃った人間を対象にした物。

 肉体の無い彼が出来る様な代物では当然無かった。

 

 <Infinite Dendrogram>もそうかも知れない。

 いや、そうなのが当然だろうが、御条正義は自身が置いてある部屋に来た父親に珍しくねだった。

 

 不憫な境遇の息子を愛していた父親は出来るだけその願いを叶えてやろうと普段から気を割いていた。

 

 そして『息子の願いなら』と半ば無駄だろうと思いつつも<Infinite Dendrogram>の制作会社に連絡を取ってくれたのだ。

 

 そして、彼がやって来た。

 

 ネットの映像を介して見た<Infinite Dendrogram>の宣伝者、ルイス・キャロルと名乗る男が専用機器を携えて。

 

 肉体が無いと言う説明を父から受けて来た為か、そう言った人物でもプレイ可能にする為のセッティングまでしてくれるサービス付きであった。

 父との会話を聞いたら、そういう境遇のプレイヤーは正義だけでは無かったらしい。

 

 そして、父親とルイス・キャロルに心の底から感謝しつつ御条正義は<Infinite Dendrogram>を始めたのだ。

 

 ゲームを始めた彼は研究室の様な場所に居た。

 いや、肉体を持たない正義はまるで意識だけが飛ばされて来たような曖昧な感覚を持ってそこに在った。

 

「来たか……」

 

 そんな正義を認識して語りかけて来た男。

 

 人ならざる異形のパーツを無数に持った悪魔と言うような形容詞が似合う男。

 ただし、掛けている眼鏡のせいか知性と言うものを不思議と感じさせた。

 

「ようこそ。<Infinite Dendrogram>へ。私は君のアバターメイキングを担当する管理AI四号ジャバウォックだ。早速だがアバター作成を始めようか」

 

『アバター作成?』

 

「そうだ。君が<Infinite Dendrogram>をプレイするに辺り、その世界で使用する身体を用意する事が必要だ。例え君が()()()()()()()()()()()()()()()()()()問題は無い』

 

 その言葉は御条正義が問題無く<Infinite Dendrogram>を始めれると言う証明だった。

 

 正義はその言葉に僅かに動揺を見せたが意を決して告げた。

 

『僕の……いや、俺が肉体を失う事無く普通に育っていたなら手に入れた筈の肉体の再現は可能か?』

 

 その切実な言葉は聞いたジャバウォックは暫し考える素振りを見せた。

 

「ふむ……可能だ。今、用意してみよう」

 

 そう言ったジャバウォックは中空で何かを操作する様な素振りを見せると瞬く間に御条正義の望んだ肉体を形成してみせた。

 

「取り敢えずはこんな所だろう。私の演算結果に問題が無ければ合っている筈だ。自身でも見て確認すると良い」

 

 そう言って肉体を得た御条正義の眼前に、今の彼自身を映し出したモニターが現れた。

 

 そこには肉体を失ったまま16年を過ごした男の……8歳の少年だった頃の面影を残した24歳と思わしき青年が写っていた。

 

 それを確認した正義の目から知らずと涙が流れ出していた。

 

「その肉体で構わないかね?」

 

 ジャバウォックが感動に打ち震える正義に特に構う事無く確認してくる。

 

「ああ……ありがとう……。これで良い……いや、()()()()()

 

「そうか。では次に名前を決めてくれ」

 

「名前?」

 

「そうだ。君がこれからプレイする<Infinite Dendrogram>はゲームだ。個人情報の観点からも本名でプレイする事はお勧めしない。ただ、どうしてもと言うならそれは君の()()なのだが」

 

 ジャバウォックの言葉に、正確にはゲームという言葉に少しだけ心が冷めるのを感じる正義。

 

 (そうだ。いくら肉体が在ると言っても所詮は仮初の体……俺の真実はあの部屋の水槽の中にしか無いんだ……)

 

「どうするかね?名前は決めたかな?」

 

「俺は……俺の名前は……」

 

 ジャバウォックの質問に静かに正義は口を開いた。

 

「トラペゾへドロン……いやトラペゾ・H(へドロン)・ルーラーだ」

 

 その名前は自身に対する戒めでもある現実の境遇、凧形二十四面体(トラペゾへドロン)型の水槽の支配者(ルーラー)に過ぎないという自重を含むモノだった。

 

「了解した。ではトラペゾ・H・ルーラー。君に〈エンブリオ〉を移植する」

 

 ジャバウォックはトラペゾンの左手に宝石を埋め込んだ。

 

「〈エンブリオ〉?確か、これが貴方だけの可能性の土台になるとか?」

 

「そうだ。これこそが私の、いや()()の提供する可能性そのものだ。君にはこれから望むだけの自由が待っているが、その()()だ。もしかしたら、生まれる〈エンブリオ〉は君の()()()()()()()()()()()()()()。しかし、〈エンブリオ〉が君を裏切る事は無い。それだけは信じると良いだろう。では、行って来たまえ」

 

 そう言って送り出された御条正義、いや〈マスター〉トラペゾ・H・ルーラーは自身が選んだ国、アルター王国の首都に落下して行ったのだ……。

 

 暫くして、正義……トラペゾンの姿は地上にあった。

 目の前にあるアルター王国の王都アルテアの勇壮、大地の匂い、吹き抜ける風の爽やかさ、そして自身の耳にから聞こえる音にこそ彼の意識は持っていかれた。

 

 トラペゾンは自覚も出来ずにその双眸から涙を流していた。

 彼の願いは今、()()()()()()()

 

 草原で涙を流したまま世界を感じていたトラペゾンだったが、その彼に恐る恐る近付いて来る人物があった。

 

「な、なあ、兄さん?大丈夫か?こんな場所に佇んでどうした?ボーっとしてたらモンスターに襲われるぞ」

 

 トラペゾンは声をかけてきた人物に振り返る。

 その人物は見るからにゲームとかで見かける商人といった服装を着た人物であった。

 

 (ああ、()()()()()()()()N()P()C()())

 

 <Infinite Dendrogram>が楽しみで公開されている情報は事前に全て把握してあったトラペゾンである。

 抽象的過ぎる表現の〈エンブリオ〉だけは良く分からなかったが、それ以外の要素は大体知っている。

 

 話し掛けてきた男の左手をチラッと見て、ティアンである事を確認するトラペゾン。

 マスターは例外なく左手に宝石か紋章がある為に間違い無いだろう。

 

「ああ、心配掛けてすいません。初めたばかりなんだ。お気になさらずに」

 

 自分の口から出た言葉にすらトラペゾンは感動を覚えた。

 そして、そんな変わった返答をした男の左手を商人も見て事情を把握する。

 

「ああ、あんた〈マスター〉さんか。最近、増えているんだってな。それじゃあ、仕方ないか。だが外に居るのは危ないぞ?良かったら私と街に入らないか?」

 

 N()P()C()にしては気が効くな、と考えるトラペゾン。

 いや、ゲームなんだから何すればまだ分からないプレイヤーのチュートリアル用なのかな?

 などと思考して商人の姿をためつすがめつ凝視するトラペゾン。

 

 その造形の細かさや、呼吸などの生態リズムのリアルさに感動と感心が止まらない。

 

「兄さん。こんな所に居たって危険が増すだけさ。私を見たいなら街中でも構わないだろう?」

 

 自分を熱心に見つめるトラペゾンに呆れた感を出しながらも商人はトラペゾンを案じて声を再度かける。

 

 その言葉に流石にトラペゾンも我に返る。

 

「す、すみません。じゃあ、お言葉に甘えます」

 

 商人に促されて王都アルテアの城門まで来たトラペゾン。

 その威容は近くで見ると荘厳であり、遠くに見える王城と合わせると絵画的ですらあった。

 

 門を守る衛兵はトラペゾンと商人をチラリと一瞥だけすると関心を無くしたように職務に戻り、前方を見据え出した。

 

「人物照会とかは大丈夫なのか……?」

 

 ポツリと呟いたトラペゾンの言葉に商人は笑う。

 

「王都は毎日とんでもない数の人が出入りするのさ。一々調べていたらキリが無いよ。大丈夫さ、衛兵の人達は《看破》や《鑑定》を修めているんだ。モンスターとかが紛れ込む心配は無い」

 

 トラペゾンの疑問に答えを返した商人は門から王都に入ると手を広げて歓迎するように言った。

 

「私が言う義理は無いんだが、〈マスター〉さんだからな!ようこそ!アルター王国の首都、アルテアへ!」

 

 この時の一連の出来事と素晴らしい歓迎は後のトラペゾンの心にもしっかりと色褪せぬ風景画の様に残っている。

 

 商人の持ち店に案内される道すがら様々な事を聞いた。

 アルター王国の歴史、ジョブについて、モンスターの恐ろしさ、文化の様々など……。

 

 そうこうしている内に商人……トルネと言う名前の雑貨屋店長の店に到着した。

 

 トルネはしがない商人などと言っていたが、その店は周囲の店と比べても中々に立派な物だった。

 

「この世界に来たばかりなら何かと入り用じゃないか?良かったら私の店で揃えていってくれよ」

 

 最初からそのつもりで案内していたのかも知れないが、どちらにせよ装備を整える必要があると、トラペゾンはトルネの思惑に乗る事にした。

 

 しかし、その時になって気付いた。

 自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事に。

 

 その事をトルネに伝えても困ったような顔をする。

 

「それは兄さんがどういう()()()を選ぶのか分からないとなぁ……。しいて言うなら必須なのは……」

 

 そう言いながらトルネは店からお目当てのアイテムを幾つか探し出してきた。

 

「まずはナイフだな。こいつは安物だが、最低限役目は果たしてくれる筈だ。防具は……まあ、身に付けてるその装備がそこそこの物みたいだし大丈夫だろう。次に【アイテムボックス】だ。こいつが有ると無いとじゃ便利さが違う。取り敢えずは一番安いヤツだが、当分は問題無いと思う。後は保存食と水筒、【レムの実】も二つ付けて2000リルで良いよ」

 

 ナイフは何処でも売っている様な安物だが、どんなジョブでも大体は装備可能なナイフは未だにどんなジョブに就くか決めてないトラペゾンには有難い武器だ。

 

 【アイテムボックス】は一定量、一定数のアイテムや装備を保管しておける小さな箱型アイテムだ。

 これが有るお陰でこの世界の運搬事情は大分助かっている。

 品質の良い物程、丈夫で容量も増えたり、盗難防止スキルが付与されていたりして便利だが同時に高額になっていく。

 トラペゾンに用意された物は最も安いタイプだが今の彼には丁度良い。

 

 【レムの実】とは林檎そっくりの形と味をした木の実だ。大体の街で安定して販売されているメジャーな果物なのだがとても美味で愛好者も多い。

 

 リルとはこの世界での共用通貨の事だ。

 リアル換算で日本円の10倍くらいなので、2000リルだとざっと2万円くらいになる。まあ、わざわざ比べる意味は無いが。

 

 トラペゾンはトルネが商品を探している間に店内を見せて貰っていたが【アイテムボックス】だけでも2000リルに近い値段だった。

 他のアイテムと合わせると赤字に近い筈だ。

 

「ありがとう。しかし、その値段で本当に良いんですか?」

「気にしなさんな。わざわざ別の世界から此処に来た〈マスター〉さんなんだ、サービスくらいさせて貰うよ。良かったら贔屓にしてくれよな」

 

 笑いながら手を気にするなと振るトルネに頭を下げるとトラペゾンは初期費用から2000リルを払ってアイテムを受け取った。

 

「あっ、そうだ!兄さんの名前を聞いて無かったね。すまん、すまん。兄さんさえ良ければ教えてくれないかい?」

 

 商品を渡しながら聞いてくるトルネにトラペゾンは応える。

 

「俺の名前はご……トラペゾ・H・ルーラー。呼び易いように()()()()()て呼んでくれ」

 

 トルネに見送られて店から出たトラペゾンはあてどもなくアルテアを散策していた。

 街の外も歩いてみたいが、モンスターの存在が怖かったのだ。

 普通の〈マスター〉なら、ゲームとして<Infinite Dendrogram>をプレイしているだけのプレイヤーにとってはデスペナルティはリアルで1日過ごすだけで解消される不自由に過ぎない。

 

 だが、トラペゾンにとっては違う。

 

 今、この世界こそが、自身の身体こそが、願いであったトラペゾンにとってデスペナルティは何よりも耐え難い苦痛である。

 人は当たり前のように持っている物は失ってこそ初めて気付けるという。

 ならば、トラペゾンはどれだけの()()()()を失い続けてきたのであろうか?

 

 それを考えたなら到底、危険を冒すなんて事はしたくない。

 何だったら危険なんて無いこの王都内で暮らせば良いじゃないか、そうトラペゾンは考える程であった。

 

 もっとも街中なら()()()()なんて事は<Infinite Dendrogram>というゲームにとってあり得ない事だが、今のトラペゾンには知るよしは無かった。

 

 それに外に行くのはジョブに就いてからにした方が良いと言うのも理解していた。

 〈エンブリオ〉も発現せずジョブにも就いてないトラペゾンは脆弱な存在だ。

 力が無ければその行動の代償は自らに払いきれない形でくると言うのをトラペゾンは誰よりも知っていたからだ。

 

 しばらく散策を続ける内にトラペゾンは王都内に有る公園に来ていた。

 小さな公園であり、少し見回せば全体が分かる程度。

 

 (少し疲れたな……喉も渇いたし、休んでいくか)

 

 公園のベンチに腰掛けるトラペゾン。

 アイテムボックスから水筒を出し、もう片方の手にとった【レムの実】を見つめ……かぶりついた。

 

 トラペゾンにとっては16年ぶりの食事だった。

 リアルでの生存に必要な栄養素はトラペゾンが浮かぶ水槽に直接送られて管から注入されるのみ。

 当たり前だが、それに食事の満足感などありはしない。

 父はトラペゾンに擬似的な視覚や聴覚は用意してくれたが、嗅覚、味覚、触覚は技術的に不可能だった。

 

 林檎に似た【レムの実】の皮に歯を突き立てて果肉ごと口内に運び、咀嚼し、嚥下する。

 

 普通の人には何て事の無い単なる食事。

 しかし、その感覚にトラペゾンは今日何度目になるか分からない涙を流していた。

 

 その味はトラペゾンの生涯において間違い無く、一番美味しかった。

 林檎の味すら朧気にしか思い出せない彼の味覚を満たすその美味さは表現する事が出来なかった。

 トラペゾンはこの時食べた【レムの実】の美味さは自身が久しぶりに食事をマトモに取った事に起因すると考えていたが、実際には<Infinite Dendrogram>内の食事はリアルのそれより美味い事が多いと言う事実があった。

 それはアイテムの質による旨味の向上や味覚がスキル適用により引き上げられるからなのだが、この時のトラペゾンには知る良しも無い。

 

 【レムの実】をあっという間に食べ尽くして、水筒から水を飲み喉を潤したトラペゾンは一息吐く。

 

 その顔には感動の涙の跡が残りながらも爽やかな笑顔が浮かんでいた。

 

「おにいちゃん、大丈夫?」

 

 そんなトラペゾンに近くに居た少女が話しかけて来た。

 側からみたら涙を流しながら必死に食事を食べるティアンでは無い青年だ。

 煽りとかでは無く、純粋にトラペゾンを心配して声を掛けてきてくれたのだろう。

 

 そんな5歳程と思わしきティアンの少女にトラペゾンは優しく微笑んだ。

 

「ああ、心配してくれてありがとう。久しぶりの食事だったから感動していただけなんだよ」

 

 リアルで健全に育っていたら?と言う仮想ではあるが御条正義、本人を完璧に模した全身を<Infinite Dendrogram>で手に入れていたトラペゾンはこの世界基準でも美形であった。

 

 そんな僅かに陰を感じる青年に微笑みかけられた少女の頬が僅かに赤らむ。

 

「嬉しかったの?」

「……無くなっていたモノを取り戻せたんだ。嬉しくて仕方ないさ」

 

 トラペゾンの言葉の意味は幼い少女にはよく分からなかったが青年が問題無いならそれで良かった。

 

「わたしもね、お仕事でアルテアから出ていたお父さんが今日帰ってくるから嬉しいんだ♪」

「それは良かったな、お嬢ちゃん」

 

 父と言う言葉を聞いてトラペゾンの脳裏に自身の父が思い浮かぶ。

 トラペゾンが<Infinite Dendrogram>で仮初ながらも肉体を手に入れて自由を満喫していると教えたらどんな反応をしてくれるだろうか?

 少なくとも好意的な反応の筈だ。

 もう暫く<Infinite Dendrogram>を楽しんだら一回リアルに戻って父に報告しようと決めたトラペゾン。

 

 ……リアルの脳髄だけの身体に僅かな間だけでも戻ると考えたら正直気が重くなるが、父親が喜んでくれるかも知れないと考えたら帳消しだろう。

 

 そろそろそろ行くか、と思いベンチを立ったトラペゾンは【レムの実】がもう一つあった事を思い出し、自分を心配してくれた心優しい少女にプレゼントしようと思い立った。

 

「お嬢ちゃん、【レムの実】がもう一つあるんだけど良かったら食べるかい?」

 

 トラペゾンの申し出に少女が嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうおにいちゃん♪わたし、【レムの実】大好き♪」

 

 そう言って両手を差し出してきた少女に【アイテムボックス】から【レムの実】を出して渡そうとするトラペゾン。

 

 その左手に付いた宝石が(にわか)に輝き出していた。

 〈エンブリオ〉の誕生である。

 

「何だ?」

 

 突然の現象に戸惑うトラペゾン。

 

「おにいちゃん?」

 

 少女が心配そうに聞いてくる。

 【レムの実】を差し出した姿勢のまま、トラペゾンは俯いた。

 

 その左手の甲に嵌め込まれた宝石が輝き、そこから産まれ出た()()()()彼の体に纏わりついた。

 

 〈エンブリオ〉の誕生……しかし、その異常さは〈マスター〉の中でも滅多に見れない種類のモノであった。

 

 ここで、ある変わったケースの〈エンブリオ〉に関するパーソナルを説明する。

 

 それは〈マスター〉の願いが()()()叶った為に産まれる〈エンブリオ〉の事だ。

 

 〈エンブリオ〉とは〈マスター〉の願いや望み、したい事を心から読み取りそのパーソナルに相応しい形として発現する。

 その為に〈エンブリオ〉の形や能力は好き嫌いはある程度あれ、ほぼ全ての〈マスター〉が納得する様になっているのだが……。

 

 これより未来の話だ。

 

 レイレイ……アルター王国に所属する〈超級〉の一人である“酒池肉林”と言う異名を持つ女性〈マスター〉がいた。

 

 彼女はリアル世界に置いて世界的に有名な歌手であった。

 芸能の世界で生きる者達や趣味にしている人達は勿論、音楽に然程興味が無い人でもその名前に聞き覚えがあるだろう高名な世界的歌姫。

 

 そんな彼女にはある悩みがあった。

 

『言語の隔たりによって、人々に自身の思いが正しく伝わらず、心に歌が届かず、響かない』

 

 歌手として自らの歌に誇りを持つ彼女の切実ながらもリアルでは解決する事が難しい問題。

 

 そんな彼女の悩みを<Infinite Dendrogram>は簡単に叶えてしまった。

 完璧な言語翻訳機能によって。

 それは世界各国からプレイしている〈マスター〉全員にとって当たり前に与えられる基本仕様。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女のパーソナルを読み取った〈エンブリオ〉はその願いを歪んだ形で出力した。

 本来ならば『言葉の隔たりを消す〈エンブリオ〉』として発現する筈だった彼女の〈エンブリオ〉はその能力を変質させた。

 そう────『隔たりを消して伝える<エンブリオ>』その効果範囲内の万物に対して、本来持ち得るあらゆる自己耐性すら除去するアルター王国最恐最悪の〈超級エンブリオ〉【エデン】として……。

 

 もう一つの例。

 

 レジェンダリアの闇、犯罪者〈超級〉達の同盟〈デザイア〉の一員“睡眠欲”、【怠惰魔王】(ロード・アケディア)ZZZ(ズィー・ゼー・ゾー)

 

 彼は幼い頃に自身に起きた事故の後遺症である脳障害のせいでリアルでは眠る事が出来無いと言う障害を抱えていた。

 それでも睡眠をしないと生きてはいけない為に無理矢理薬で意識を絶って生活をしていたのだが、それは常人のそれとはかけ離れたモノだった。

 

 そんな彼の望みは『眠りたい』と言うそれだけだったが<Infinite Dendrogram>を始めた事で健常なアバターを手に入れ、願いが当たり前に叶えられてしまった。

 

 その為に彼の〈エンブリオ〉もまた変質して産まれる事となった。

『安眠とか悪夢とか、夢の内容なんてどっちでも良いから、眠る自分を絶対に守り、眠りを妨げず、眠らせ続ける』という形無き夢の如き<エンブリオ>、【遊迷夢実(ゆうめいむじつ) ドリームランド】となって……。

 

 そして、今トラペゾンの体に起きている変化ならぬ()()もまたソレであった。

 

 願いの変質。

 

 身体無き青年、御条正義の願い。

『身体が欲しい。身体さえ有れば何でも出来る』

 という願いは<Infinite Dendrogram>を始めてアバターを作り〈マスター〉となった事で叶ってしまった。

 

 それ故に────。

 

 彼のエンブリオはその願いを歪んだ形で叶える事になった。

 

 そう……『何でも出来る身体、何でも出来る様にする(ボディ)』となる事で……。

 

 〈エンブリオ〉はその主である〈マスター〉のパーソナルに影響を受けて誕生する為にその能力こそ千差万別だが、ある程度の系統を持ってその性質は決められる。

 

 TYPE:アームズ

 <Infinite Dendrogram>内でも最も使い手が多いとされる〈エンブリオ〉。

 その形は単なる武器から手持ちの兵器、肉体と同化する身体の一部まで幅広く、その部分に対して様々な特殊能力を付与する事が多い。

 進化していくと本体の基本性能を突き詰めたエルダーアームズや広域に対する効果や未来兵器に近いウェポン、果ては計算や演算に特化したカリキュレーターまでと非常に幅広い。

 

 TYPE:ガードナー

 〈マスター〉を守護するモンスターの〈エンブリオ〉。そのリソース出力によってステータスは様々だが、〈エンブリオ〉と言う特殊枠である為か<Infinite Dendrogram>内に生きるモンスターを使役する為のパーティ枠や従属キャパシティを消費する事無く連れ回せる。

 そして、その上位体の能力は単一の強大な個体を使役するガーディアンや複数の群体を使役するレギオン等に分かれるが同ランク帯の野生モンスターに対して〈UBM〉を除けば圧倒的に強い事が殆どだ。

 

 TYPE:チャリオッツ

 乗り物を始めとした動く兵器等が分類される。

 車や戦車、船や飛行機、果ては手押し車といった物までがここに分けられるが基本的に〈マスター〉自身が乗り込まなけば真価を発揮しない。

 その形と性能を突き詰めたギア、付属品ではあるが単一スキルに特化した結果高出力を誇るアドバンスなどに進化していく。

 

 TYPE:キャッスル

 動かない建造物等が分類されるTYPE群。

 例外は存在するがその大半が自律移動よりも〈マスター〉の紋章に格納して移動した方が速いと言う問題点を持つ代わりに強力な防御能力を持っている。

 上位に進化するとその基本能力を突き詰めたエルダーキャッスル、外部に対する防御性能を更に高めた不落のフォートレス、それとは逆に内部に対しての攻性を高めたラビリンスなどに強化されていく。

 

 TYPE:テリトリー

 形無きスキルとして発現する〈エンブリオ〉。

 テリトリー (領域)の名前通りに一定範囲内に対して直接的に何らかの効果を付与出来る。

 上位カテゴリーには範囲を狭めた結果、より強力に法則やスキルを付与出来る様になったルール、等価交換の法則自体を捻じ曲げるアナザールール、テリトリー に比べて更に広域にその効果を及ぼせる様になったワールドなどが存在する。

 

 TYPE:メイデン

 先に載せたTYPEの特性を合わせ持つ女性体を基本とする〈エンブリオ〉。

 発現するパーソナル条件が『<Infinite Dendrogram>をゲームでは無く世界と認識する事』と言われており使い手は珍しいが、自身より強大な相手を倒すいわゆるジャイアントキリング能力を持つと言う。

 必ず他のTYPEと複合して発現する。

 例えばTYPE:メイデンwithアームズなら普段は女性体として〈マスター〉に付き添い戦闘時には武器に変化すると言うような感じだ。

 

 TYPE:アポストル

 男性体の自律存在であるカテゴリー。

 性別が変わったメイデンとも言えるがその性質や性能はまるで異なる。

 〈マスター〉に対するステータス補正が一切無い代わりに、ある一定の空間や存在に対するスキルの干渉性が極めて高いドミネイター(支配者)と言う力を持つ。

 しかしながら、<Infinite Dendrogram>内でも極めて希少なカテゴリーでありその存在自体を知らない者も多い。

 一説には必要とされるパーソナルが『<Infinite Dendrogram>が嫌い』や『<Infinite Dendrogram>にゲームをプレイする以外の目的で来ている』と言った<Infinite Dendrogram>のプレイヤーの趣旨に反する方向性を持つからと言われている。

 メイデンと同じくメイデン以外のカテゴリーとの複合体で発現する。

 

 そして……最後のカテゴリー。

 

 それは先に書いたアポストルより尚、()()

 

 その〈エンブリオ〉はあろう事か〈マスター〉のステータス成長時にマイナスの補正を掛ける性質を持つ。

 ただし、その性質の代わりにステータス補正から奪った分のリソースを〈マスター〉自身に反則の如き特性やスキルとして与えると言う。

 

 そのカテゴリーの名前は……。

 

 TYPE:ボディ

 身体の一部を置換するのはアームズ系列に入るのだが、これは似て非なるモノ。

 何故ならボディは〈マスター〉の()()()()()()()()()()()()〈エンブリオ〉。

 求められるパーソナルは『自身の身体を全て異質の存在に置換しても気にならない』と言う普通の人間からしたらあまりに有り得ない精神性や境遇。

 

 今より未来にて〈超級〉に至る2人のTYPE:ボディ使いを紹介する。

 

 1人はアルター王国史上最恐最悪の犯罪者。

 “暗黒心”(ダーク・コア)【犯罪王】(キング・オブ・クライム)ゼクス・ヴュルフェル。

 〈超級エンブリオ〉持ちの犯罪者と超級職に就いたティアンを含む準〈超級〉で構成された犯罪組織〈イリーガルフロンティア〉のオーナーである彼の〈エンブリオ〉は【始源万変(しげんばんぺん) ヌン】。

 自らの肉体をスライムへと置換し、変身、変化する事であらゆる超級職とあらゆる〈エンブリオ〉の能力を限定的ながらも行使できる無貌の〈超級〉。

 

 もう1人はカルディナの最多特典武具獲得者。

 オーナーである一名を除き〈超級〉のみで構成された国家最強のクラン〈セフィロト〉の一員であり、狙った獲物は地の果てまでも追跡して撃滅する最強の討伐者“七死変貌”(しちしへんぼう)【殲滅王】(キング・オブ・ターミネーター)アルベルト・シュバルツカイザー。

 その肉体、全身機械の身体に置換した【七星転身(しちせいてんしん) セプテントリオン】は死を迎える度にその死の要因となった攻撃と原因存在に対する絶対的な耐性と攻性を取得するのだ。

 

 そして今此処にやはり未来に於いて〈超級エンブリオ〉と封じられし超級職を得る〈超級〉(スペリオル)の〈エンブリオ〉としてTYPE:ボディが誕生しようとしていた。

 

 しかし、それはスライムでも機械でも無い。

 

 現れたのは()()()()()

 

 〈マスター(主人)〉であるトラペゾ・H・ルーラーの肉体を侵食しその全身を置換する〈エンブリオ〉。

 

 トラペゾンの肉体を包み込み、その全身を飲み込み、一切の痛み無くその転身を済ませた。

 

 トラペゾンは自身に何が起きたのか一切分からなかった。

 そもそも、今は<Infinite Dendrogram>がサービス開始したばかりの時期。

 いずれは呆れる程大量に語られる〈エンブリオ〉や超級職に関するデータが殆ど無い時代の事だ。

 カテゴリー分類すら定かで無く、〈エンブリオ〉と言うのが具体的にどう誕生するかさえも分からない。

 

 トラペゾン自身も自分に異常が起きたのは分かるがそれが〈エンブリオ〉由来とは理解していない。

 ただ、自分が<Infinite Dendrogram>を始めた事で念願叶って手に入れた肉体に何かが起こった事だけは理解出来た。

 

 〈エンブリオ〉はその能力や名前にモチーフを必ず持つ、それは神話や物語、概念、土地、妖怪や現象と様々だが例外は無い。

 

 トラペゾ・H・ルーラーの〈エンブリオ〉はある神話の神性をモチーフとしたモノだった。

 

 ただし、それは邪悪なる神。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 秩序だった世界を冒涜する混沌たるモノ達の長。

 

 それこそがトラペゾンの〈エンブリオ〉。

 TYPE:ボディ【然治全脳(ぜんちぜんのう) アザトース】。

 

 全身の置換を済ませたトラペゾンは〈エンブリオ〉が孵化する前に取っていた体勢のままに固まっていた。

 

 (い、一体何が……?俺はどう)

 

「きゃあぁぁぁぁっっ!!!」

 

 トラペゾンの思考は目の前から上がった絶叫の如き悲鳴により中断された。

 

 トラペゾンが【レムの実】を渡してあげようとした少女に先程までの笑顔は無く、恐怖に全身を震わせて涙すら流していた。

 

 少女はトラペゾン以上に何が起きたかは理解していなかったが、すぐ目の前で見てしまったのだ。

 

 自分に【レムの実】をくれようとした優しい青年が変貌する様子を。

 

 今、少女の目の前に居るのは青年では無い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったからだ。

 

 少女の悲鳴を聞いた周りの人物の喧騒が聞こえてくる。

 それはまるで、耳では無く()()()()()()()()()トラペゾンには感じられた……。

 

 それから暫くした後、同じ公園の同じベンチにトラペゾンの姿はあった。

 しかし、その座った姿は公園に初めて来たばかりの時と違い疲れた様に項垂れていた。

 そして、一番の違いはその頭から全身を隠す様にローブを羽織っている事だった。

 

 トラペゾンの全身が【アザトース】に代わって直ぐの事だ。

 誰かが通報したのであろう、騎士達を引き連れた【聖騎士】がやって来てトラペゾンを取り囲み剣を抜いたのだ。

 

 トラペゾンは何も罪を犯してなどいないが、周りの住人には人間が突然モンスターに変化した様に見えたのだろう。

 ましてや目の前に居た少女の様子を見れば今にも襲い掛かろうとしている様にしか見えない。

 勇敢なティアンの青年が少女を抱き抱えてトラペゾンから距離を取り、戦闘職に就いているであろう何人かが臨戦体勢でトラペゾンに対峙してきた。

 トラペゾンとしては何をする気も無いが警戒されていて動く事も出来ない。

 

 その内に通報を聞いて駆け付けた【聖騎士】達はモンスターに対処する様にトラペゾンに対して攻撃に出ようとしたが、トラペゾンは必死に抵抗の意思は無いと示す様に両手を上げて左手の紋章を彼らに見せて難を逃れた。

 

 それは紛れも無き異邦人たる〈マスター〉の証。

 そして、この世の物とは思えない異形を為す事もあると言う証明そのもの。

 

 そうして敵意が無い事を示した後も様々な質問をされてそれに答える事でやっと解放して貰えたのだ。

 《真偽判定》や《看破》を持つ兵士や騎士がトラペゾンの無実を証明してくれた。

 しかし、それらが終わった後も【聖騎士】や騎士達はトラペゾンを厄介者としか見ていなかった。

 

 人騒がせな〈マスター〉。

 

 トラペゾンにして見れば自身の〈エンブリオ〉が原因とは言えまったくの濡れ衣だ。

 そもそも〈エンブリオ〉がどういうTYPEになるかなど本人にすら分からないのだ。

 

 このゲームを世界だと考えている〈マスター〉の〈エンブリオ〉が必ずメイデンになるとは限らないし、ゲームとは別の目的で<Infinite Dendrogram>を始めた者がアポストルを得るとも決まってはいない。

 両者共に他のTYPEで発現する事の方が圧倒的に多いのだ。

 

 トラペゾンにしてみれば自身の願いは<Infinite Dendrogram>を始めた時点で叶っているのだからこんな肉体を得たのは有難迷惑に他ならない。

 

 しかし、そんな事情を知らない、知った事ではないティアンの騎士達はトラペゾンにその姿のままでいる事は迷惑だからやめろと言う。

 

 トラペゾン自身も元の姿に戻りたいのだが、戻す方法など分からないし知りもしない。

 しかし、それは当たり前なのだ。

 【然治全脳 アザトース】は人の姿に擬態する様なスキルをそもそも持ってはいない。

 進化していけば取得する可能性は高いが、今の第一形態では望むべくも無い機能なのだ。

 

 騎士達にそれを話すと、しょうがないからと彼等の付き添い有りでトルネの雑貨店を再び訪問して全身を覆えるローブを購入してそれで全身を隠して公園に戻ってきたのだ。

 

 トルネは変わり果てた姿のトラペゾンを見て最初は驚愕して恐怖していたのだが、騎士達の付き添いとトラペゾン自身の説明により事情を納得してくれた。

 

『災難だったなぁ、トラペゾンさん。まあ、元気出しなよ』

 

 ある意味他人事だから言えるような台詞だったかも知れないが、トルネの言葉に少し救われた気分になったトラペゾンだった。

 

 装備自体が変わった訳では無いが、今もローブの下に人間用の服を着た触手の固まりがトラペゾンとして蠢いているのだ。

 

 『どうして、こうなった……』

 

 人間だった時と違い響きがくぐもって聞こえる声でトラペゾンは1人ごちる。

 

 <Infinite Dendrogram>を始め、アバターとは言え自身の身体を手に入れた時点でトラペゾンは満足だったのだ。

 こんな不気味な肉体はまったくの余計だ。

 

 そう文句を言いたくなるトラペゾンだったが……その心とは裏腹に彼の身体の感覚自体はすこぶる好調であった。

 

 最初に肉体を得たのは良いが、ずっと何処か感覚が乖離したような違和感を覚えていたのだ。

 久しぶりの肉体だからだろうと思い、その内に慣れればと思っている時に【アザトース】への置換が行われてしまった。

 

 そして今、トラペゾンは違和感の一切が無くなった完璧な感覚を覚えてたのだ。

 

 例えるなら肉体と言うパズルに欠けていたピースの一欠片が完全に一致して嵌まった状態。

 それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その事からも自身の不気味な肉体にも嫌悪感は然程覚えてない。

 それに、肉体を得る事自体が願いであり自身の肉体として扱えるなら構わないと言うトラペゾンの寛容な精神が作用していたのかも知れない。

 

 トラペゾン自身も気を取り直して【然治全脳 アザトース】となった自分のステータスを確認しようとしたが……ある光景に操作の手を止めた。

 

 それはほんの少しの気紛れにしか感じられ無いような違和感。

 それはトラペゾンの見つめる方向に遠く見える、ある人物達が原因だった。

 

 公園で自身が【レムの実】を渡そうとして泣かせてしまった少女とその父親らしき人物。

 

 いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トラペゾンは言いようの無い違和感に起因する不快感を覚えて思わず駆け出していた。

 

 少女と父親らしき者を追って……。

 

 これより少し前にある事件……いや、ある()()()()が起きていた。

 

 それは、ティアン達が住む小さな村々で起きていた事だ。

 ある日、その村にある一家が突然に何の前触れも無く失踪すると言う事件。

 捜査しようにも痕跡が殆ど無く、何が起きたか全く分からない事から領内の騎士達や警備を悩ませていた不気味な事件。

 これが村の外で起きた事件ならモンスター等の仕業だと判断も出来るが、生憎と村の中で突然起きる行方不明事件なのだ。

 近隣の住民達に《真偽判定》込みで事情聴取しても全く反応が無い上に行方不明になった一家はそのことごとくが善良で仲睦まじい家族ばかり、家庭内問題も無い。

 

 殺人や誘拐の証拠も無い事から綿密な捜査も見送られていたのだが、その様な事件は村から村へ、街から街へ徐々にだが王都アルテアへと近付きつつあった。

 

 アルター王国とレジェンダリアの国境に近い山林地帯に【ストールン・モンキー】と呼ばれる魔獣種のモンスターがいた。

 

 山林地帯に群れで生息するそのモンスターは有り体に言えば嫌われ者だった。

 この世界をゲームとして見て効率を重視する〈マスター〉は勿論、ティアンからも嫌われる厄介なモンスター。

 

 その理由は彼等の能力や生態に起因する。

 まず、個体が持っている経験値が少ないのだ。

 討伐の適正レベルは10〜30と低いのに同レベル帯のモンスターに比べてAGI(素早さ)DEX(器用さ)が高い上に、樹上を自在に移動する為に狩りにくい。

 そして、そのスキル。

 ジョブ【盗賊】が持つ《スティール》に似た、対象の持っているアイテムを盗むスキルはそのステータス故に適正レベル帯の者達にとって成功率も高く面倒。

 更にはドロップするアイテムすらしょぼいと言う三重苦。

 狩り易さ、経験値、ドロップのどれか一つでもマシなら良かったろうが倒す旨味が極めて低いスルー推奨のモンスターが【ストールン・モンキー】であった。

 ただ、唯一の救いがあるとすれば人間範疇生物を積極的に襲う様なタイプのアクティブなモンスターでは無かったと言う事だろうか。

 

 ……()()()()()()()()()

 

 その個体は【ストールン・モンキー】の中でも特別に能力が優れた個体であった。

 

 ステータスも高く、頭も良い。

 他の同族が精々ティアンの隙を突いて盗むのがやっとの中、ティアンを罠に嵌めてその命を奪う事さえやってのける邪悪さと優秀さを持っていた。

 

 その反面、他者を見下す性質を持ち、その性格故に同族からの信頼などは無かった。

 

 そんな彼に転機がある時訪れた。

 管理AI四号、〈UBM〉の作成、管理担当のジャバウォックが世界各地に〈UBM〉作成の為にばら撒いた■■■■■を捕食した事だ。

 

 それからの彼は自身が元から持っていた能力と〈UBM〉として手に入れた能力の合わせ技によって()()()()の大敵となった。

 

 そして、その力を元にして【ストールン・モンキー】の群れの長に自身がならんとした。

 

『自分がこの群れを率いる。そして、【ストールン・モンキー】という種族の地位を弱小モンスターから引き上げる』

 

 そうスローガンを掲げた彼に長から返された返事は『否』だった。

 

 例え力があろうとも群れからの人望は無く、その()()()は【ストールン・モンキー】からかけ離れており、何より既にその存在は〈UBM(ユニーク・ボス・モンスター)〉。

 【()()()()()()()()()()】というモンスターでは無い。

 

 これが仮に〈UBM〉とは言えその種類の竜種族を率いる王が認定される【竜王】等なら話は違っただろうが、一地方に存在するだけの弱小魔獣種族でしか無い【ストールン・モンキー】にそう言った区分は無い。

 

 そして、自身が属していた集団の長にそう返答された

 彼は────。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 長も、知り合いも、家族も、幼子も区別無く全て鏖殺して、自身のリソースにした。

 

 そう、彼の在り方は既に元となったモンスターに在らず。

 その〈UBM〉の名は【エテネータ】。

 逸話級〈UBM〉【変人邪猿 エテネータ】と言った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 同族()()()モンスター達を殺戮して山林地帯から抜け出した〈UBM〉は自分が狙うべき獲物……人間範疇生物(ティアン)達が住む場所へと向かった。

 

 〈UBM〉となる前に自分の罠で仕留めたティアンの肉体を喰らった時に自ずと理解した。

 この()()は自分を強くするリソース(経験値)に溢れている、と。

 

 実際にモンスターや〈マスター〉の撃破に比べて経験値の取得効率が良いのはティアンの殺傷である。

 これは死んでリソースの光の塵に変わり消える前者達と違ってティアンはその肉体を残して死ぬ為だと言われている。

 

 その事に本能的に気付いた【エテネータ】は【ストールン・モンキー】達にもそれを教えてティアンを捕食対象にするべきだと主張したのだが、それは認められ無かった。

 

 死んだ長はティアンの中には超級職に就く様な強者が居る事を知っていた。

 せいぜい物を盗むぐらいだから今は見逃されているが、ティアンを獲物として付け狙う様になれば脅威と見做された弱小モンスターである自分達は瞬く間に駆逐されるであろう事は明白だったからだ。

 

 しかし、そんな事を斟酌する【エテネータ】では無かった。

 そもそも、【エテネータ】はその固有スキルにおいてティアンに対する絶対的な優位性を保持していたからだ。

 

 そのスキルは《変人》。

 高位のモンスターは《人化の術》と言う人間範疇生物に化けるスキルを得る事があるがそれに似て非なるスキル。

 捕食した人間範疇生物の脳髄より記憶さえも読み取り、その性格や性質さえ再現してその人物に()()()()()スキル。

 高位の《看破》すら効果を発揮させずに無効化する隠蔽との複合スキルであり、化けた人物の知り合いだろうとその正体は見破れない。

 

 この能力と、奇襲に特化した攻撃スキルによってティアンに対する天敵と化した【エテネータ】は旅をしながら捕食を続けていた。

 

 そして、その行為に悦びを見出した。

 

 ある時は友人に、ある時は恋人に、ある時は家族に化けて犠牲者を襲い殺す。

 

 その生の最期に見せる犠牲者達の表情は正に千差万別であり【エテネータ】を飽きさせる事は無かった。

 

 驚愕、戸惑い、疑問、絶望、憤怒、悲哀……。

 

 その顔を思い出しながら脳髄を啜り、次なる犠牲者への思いを馳せると言うドス黒い悦びに取り憑かれた邪悪なる〈UBM〉が【変人邪猿 エテネータ】であった。

 

 その獲物は今、正に父親に化けた自分に狙われていると露ほども考えていないティアンの少女であった。

 

 街中、それも夕方にも差し掛かっていない時間帯に事に及ぼうとするのは愚行極まるが、相手はジョブにすら就いていない少女。

 更にはその少女が信頼する父親に化けているのだから、間違っても失敗は無い。

 その弱さ故にリソース量は期待出来ず、腹の足しくらいにしかならないが、【エテネータ】が正体を明かして捕食する際の絶望顔を拝む悦びは抗い難い。

 

 家路に近い、しかしそれとは明らかに違う道を先導して少女を最期の場所へと誘う【エテネータ】。

 

 少女は【エテネータ】を父親と信じきっている為にその変わった足取りを疑問にも思わずに付いて行く。

 

 そして、1人のティアンと一匹のモンスターは路地裏の突き当たりへと到着する。

 

 困惑する少女は父親を見上げたがそこにはいつもの優しい笑顔では無く、愚かな獲物を嘲笑う醜い笑顔をした父親と同じ顔があった。

 

「お、お父さん……?」

「Kiyahooootu!!」

 

父親の顔が崩れながら、その腕が自分に振ってくるのを少女は見た。

 同時に石が父親の頭に高速でぶつかるのも。

 

「Gii!?」

 

『こっちだ化け物!!』

 

 トラペゾンは手に持った石を少女の父親に化けた何かにぶつけて注意を引いた。

 

 突然のトラペゾンの奇襲に困惑して、動きが止まる【エテネータ】。

 

 その隙にトラペゾンは少女の手を強引に引いて父親から距離を取り逃げる。

 

「あ、あなたは公園の化け物!?い、いやっ!?離して!!助けて!お父さーーーんっ!!」

 

 少女はトラペゾンを察して悲鳴を上げながら暴れる。

 その際にトラペゾンが全身を覆っていたローブも剥ぎとられてしまったがトラペゾンは意に介さずに少女を強引に連れてその場から逃げ出した。

 

『アレは君のお父さんじゃない!!』

 

 少女を連れたトラペゾンは大通りに出ると同時に大声で叫んだ。

 

『モンスターが出たぞぉ!!誰か衛兵を呼んでくれぇ!!』

 

 そう叫ぶトラペゾンを街行く人々は思わず見るが、見てから困惑する。

 

 頭上にモンスター名表示こそされてないが叫んだ当人がモンスターとしか見えない見た目をしているからだ。

 

「離してぇ!化け物ぉ!!」

 

 その手の中で暴れて泣き叫ぶ少女の存在もあり、周囲の人々の耳目を集めたトラペゾンは近くに居た青年に少女を委ねると再び路地裏に単身突入して行った。

 

【エテネータ】は困惑していた。

 自分の固有スキルが見破られるなどとは夢にも思わなかったからだ。

 

 しかし、その非常事態に際して【エテネータ】はまだ冷静だった。

 虚を突かれて獲物に逃げられてしまったが、まだ自身の安全は確保出来るからだ。

 街中の衛兵を呼ばれるまでは時間も有るし、人々に紛れ込めば逃げる事も可能だ。

 

 超級職に狙われ無ければ上級職程度なら何とかなるとの算段もあった。

 

 自身の変身が見破られたのも事を急ぎ過ぎたせいだろうと納得して、記憶していた別のティアン(犠牲者)の姿に変わり、その場を離れる事にした。

 先程、獲物を連れ去った得体の知れない人物が戻って来る気配を感じたからだ。

 

 路地裏に戻って来たトラペゾンは少女の父親に化けていた何かが逃げた事を悟り、その後を追跡していた。

 幸いにも現場に残されていたローブを回収して再び身に纏いながら。

 

 路地裏から自分が来た道以外で出れる場所は限られている為にその場所に赴いて、()()

 

 ……居た。

 

 その人物は若い女性ティアンであり、1人で買い物をしている様な様子であったがトラペゾンの感覚は誤魔化せ無い。

 

 他のティアン達の手前、不自然過ぎない程度に接近して不意を突いて装備していたナイフで斬りかかり首筋に一撃を見舞った。

 

「Gii!ya!?」

 

 街中で突然行われた凶行に周囲のティアン達が困惑するが、攻撃を受けた事でティアンへの擬装が外れて凶悪な面相を現した【エテネータ】に悲鳴が上がった。

 

『モンスターだっ!!皆、衛兵を呼んでくれ!!』

 

 トラペゾンはそう叫びつつ、正体を現して建物を駆け登り逃げ出した【エテネータ】を追跡する。

 

 ティアンへの《変人》が完全に剥がれた【エテネータ】の頭上には〈UBM〉の証である【変人邪猿 エテネータ】の表記が現れていた。

 

 【エテネータ】は屋根から屋根に飛び移りながらも困惑を隠せない。

 最初の時は少女に我慢出来ずに襲い掛かった為にボロが出たのかと思っていたが、二度目にナイフを刺された時は完璧にティアンに化けていた筈だ。

 自分に落ち度は無かったのだ。

 

 その【エテネータ】の認識は正しい。

 最初も含めてトラペゾンが【エテネータ】の《変人》を見破れたのは【エテネータ】が原因では無くトラペゾン自身の()()()の為だ。

 

 トラペゾンの全身置換型〈エンブリオ〉である【然治全脳 アザトース】は触手状の肉体の集合体である。

 

 そこには人間の感覚器官である部分は触覚以外は無い。

 しかし、トラペゾン自身の感覚は普通の人間、いや普通以上の感覚で世界を捉えている。

 

 それは彼の全身を構成する無数の触手体全てが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 普通の人間ならばその感覚の異常さ故に発狂しかね無いが、トラペゾンにとっては問題無い。

 

 何故なら彼はリアルに於いて、脳髄だけで世界を見て、聴いてきたからだ。

 視覚も無しに見て、聴覚も無しに聞くその感覚に似た形でこの世界の身体(【アザトース】)はトラペゾンにピッタリとアジャストしていた。

 

 全身で持って世界を感じるトラペゾンには【エテネータ】と言うティアンであってティアンで無い異物を感じる事は造作も無い事であった。

 

 人にどう違うのか?と聞かれてもその感覚を教える事は出来ない。

 仮に教えるとしたら、聞いた人も脳髄だけの姿になって貰わなければ到底理解不能なその感覚はトラペゾンの確かなセンススキルとなって世界を見通していたのだ。

 

 つまりはトラペゾンに【エテネータ】の誇る固有スキルである《変人》は通用しない。

 トラペゾンこそが【エテネータ】という()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、スキルの上で有利を取れたとしてもトラペゾンと【エテネータ】の上にはどうしようも無い格差があった。

 

 それはステータスである。

 

 触手の体を器用に動かして【エテネータ】の後を追うべく屋根に登ったトラペゾンの視界に屋根から屋根に飛び移り逃げる【エテネータ】の姿が見えた。

 

 未だにジョブにも就いていないトラペゾンの肉体のステータスはリアルにおける人間の身体能力と大差無い。

 

 【ストールン・モンキー】と言う猿型魔獣モンスターの突然変異である【エテネータ】との身体能力は正しくリアルにおける人と猿程に隔たりがあった。

 

 リアルでも、どんなパルクールの達人であってもその身体能力をフルに活用し逃げる猿に機動性で勝つ事は出来はしない。

 

 それくらいの絶望的な運動能力の差があったが、それはトラペゾンが足を止める理由になりはしない。

 

 果敢にその肉体を活用して屋根から屋根を飛び移り【エテネータ】を追うトラペゾン。

 その脳裏にはリアルにおける、ある記憶がよぎっていた。

 

 それは脳髄だけの彼が世界中に設置されているストリートビューの映像を見ていた時に起きた事。

 外国の映像で街中で人々が突然起きた事件に巻き込まれて死ぬ映像を幾度も見た。

 

 そんな映像を見てもトラペゾンに出来る事は無い。

 リアルに於いて肉体が仮に存在していたとしても出来る事など無かっただろう。

 

 しかし、その映像の中で泣き叫ぶ人々の悲痛な声を聞くたびに彼は心を痛めていた。

 

 そして、そんな悲劇に自身が行き当たったなら恐らく自分は非力だろうと体を動かさずにはいられないだろうと。

 

 そんな性分故にリアルに於いて肉体を失ったと言うのにトラペゾンに迷いは無かった。

 それは彼にとって当たり前の事だからだ。

 例え、代償として自分の肉体が失われてしまったとしてもあの時に少女を庇った事を反省こそすれ、()()した事は一度も無い。

 

 しかし、そんな覚悟のトラペゾンの必死の追跡も虚しく【エテネータ】との距離はどんどん離されていく。

 

 そして、そんな事態に焦りを感じたトラペゾンは屋根から屋根に飛び移る時に誤って足を踏み外してしまった。

 

 落ちていく自身。

 遠く離れていく空を見上げながら必死に手を伸ばすトラペゾン。

 しかして、その腕は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 《エキスパンド・リーチ》。

 【然治全脳 アザトース】が持つ固有スキル。

 触手であるが故にその伸縮性を利用して身体そのものの射程(リーチ)を文字通りに伸ばすスキル。

 

 伸ばせば伸ばす程にSTR()END(丈夫さ)は落ちるが先端部分の運動能力は損なわれる事無く、しっかりと屋根を捉えていた。

 

 その伸縮性を利用して身体の全身を跳ね上げさせたトラペゾンは屋根の上に再び戻っていた。

 そして、その身体の使い方を本当の意味で理解した。

 

 人間であって人の身では無い利点を最大限に活かす。

 

 屋根から屋根に飛び移る際にその肉体の伸縮性を利用して身体を安定させつつ移動する。

 

 そして、着地と同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()S()T()R()()()()()()身体全体に付いた勢いを殺す事無く移動する事で【エテネータ】との距離を少しずつ縮めていく。

 

 《フレキシブル・ワーム》。

 【然治全脳 アザトース】が持つ固有スキルにして肉体的特徴をスキルとして発露させたモノ。

 肉体を構成する触手を自在に移動させるスキル。

 全身が触手の集合体で構成された【アザトース】はその総体によってHPやMP、SPを含むステータスを保持している。

 故に、その肉体を構成する触手の位置を含めて上手く組み替えて凝縮させたりする事で擬似的に本来持つステータス以上の数値を発揮する事が可能なのだ。

 

 しかし、その組み替えた分の触手が保持していた部分のステータスは減る事になるしSPも少しではあるが消費する為にあまり乱用は出来ない。

 

 このスキルと《エキスパンド・リーチ》の併用によって【エテネータ】に追い縋るトラペゾン。

 

 【エテネータ】はそんなトラペゾンを確認しつつ、郊外の方へと逃げて行く。

 

 そこはある上級貴族の元邸宅であった。

 王都アルテアの郊外に有り、それなりに広い敷地面積を持つが持ち主の事情であり半分手放す様に放置されたそな屋敷は偶に維持管理の為の職人や役人が通うくらいで今日も人気がまるで無かった。

 

 鐘楼が付いた高さ40メテル程の尖塔が聳える白亜の屋敷の屋根でトラペゾンと【エテネータ】は対峙した。

 

 トラペゾンから逃げる最中に完全に人の姿を捨てた【エテネータ】は今や猿顔のその凶相に明確な殺意を漲らせてトラペゾンを見据えている。

 

 【エテネータ】は考え無しに此処に来た訳では無い。

 トラペゾンに対する処刑場として相応しい場所を犠牲者達の記憶からピックアップしてこの屋敷を選んだのだ。

 

 街中で騒いだ為に【聖騎士】達が間もなく駆け付けて来るだろう。

 今すぐと言う訳では無かろうが、時間的な余裕はあまり無い。

 直ぐにでも去って市中に紛れ込みたいがトラペゾンがいてはそれも不可能。

 

 【エテネータ】にとってトラペゾンという存在を始末する事はマストなのだ。

 

 それとは逆にトラペゾンにとって【エテネータ】を倒す事は重要では無い。

 正確にはトラペゾン()【エテネータ】を倒す事が重要では無いのだ。

 このモンスターを逃げられない様に見張りながら【聖騎士】の到着を待てば良い。

 【エテネータ】にこれ以上の凶行を行わせない事こそがトラペゾンにとっての最重要課題なのだ。

 

 状況としては追い詰められた者と追い詰めた者になるが、その内実はまるで真逆。

 

 今から始まるのはまさしく進退極まった際に行われる死闘なのだ。

 

 トラペゾンは恐怖を抑えながら【エテネータ】と対峙している。

 【エテネータ】の思惑を悟りながらもここまで来る事を選んだのはトラペゾン自身なのだ。

 ゲームとは言えリアル極まる映像で見る殺意に満ち満ちたモンスターの姿。

 

 怖くないと言えば嘘になる。

 

 しかし、逃げる事は出来ない。

 引くなどと言う選択肢をトラペゾンは選ばない。そのような()も持っていない。

 

 ここでトラペゾンが居なくなれば【エテネータ】は再び市井に紛れてティアンを襲うだろう。

 今日や明日では無いかも知れないが、遠くは無いだろう。

 その時にトラペゾンが居るとは限らないし、今日の様に見分けられる保証も無い。

 

 何とか今日、今を持って【エテネータ】を仕留めなければいけないのだ。

 

 トラペゾンの悲壮な覚悟とは別に【エテネータ】の心中は余裕に満ちていた。

 

 それは【エテネータ】の特性にこそあった。

 人間範疇生物を専門に狙う性質上、【エテネータ】は獲物が人間範疇生物か正確に見極められるセンススキル(才能)があった。

 

 そのセンスによればトラペゾンは間違い無く人間範疇生物。

 その異形にこそ最初は面食らったが冷静に分析してみれば間違い無く自分の獲物に過ぎないと分かる。

 

 ジョブにも就いていないし、ステータスも貧弱だ。

 真っ当な戦闘型〈UBM〉とはお世辞にも言えない【エテネータ】であるが少なくとも目の前に居る人間範疇生物とはステータスにおいて雲泥の差がある。

 

 正面切って戦っても負ける要素は無い。

 その推察こそが【エテネータ】に余裕を持たせていた。

 

『来い!モンスター!』

 

 トラペゾンの掛け声に反応して【エテネータ】が爪を振りかぶり突っ込んで来た。

 

 その速度はトラペゾンのAGIでは影すら見る事が出来ない程。

 あわやデスペナルティ、と言った所でトラペゾンはその攻撃を回避していた。

 

「!?!?」

『!?!?』

 

 【エテネータ】、トラペゾン共に今起きた事実に驚愕する。

 【エテネータ】は貧弱なステータスしか持たない者に攻撃を避けられた事に。

 トラペゾンは今の攻撃を避けた事……正確には攻撃を見切れた事に対してだ。

 

 攻撃が当たる直前にまるで()()()()が遅くなったかの様に感じて回避に成功したのだ。

 

 それはリアルに於ける、人が死の間際に見ると言う走馬灯と同じ原理の超集中力が為せた離れ技だった。

 

 遊戯派は勿論、世界派と呼ばれる<Infinite Dendrogram>を世界と認識している者達ですらまず出来ない力。

 

 その理由は偏にトラペゾン自身の境遇に有る。

 <Infinite Dendrogram>を既に世界と認識し、今有る肉体を自身の肉体と考えているトラペゾンにとって死は紛れも無くリアルに於ける死と全くの同一だったのだ。

 

 例え、デスペナルティに落ちるだけだったとしてもその感覚は無くならない。

 

 故にリアルと同じ死の間際の集中力を発揮する事でトラペゾンはその脅威から逃れたのだ。

 

 第一形態の〈エンブリオ〉しか持たないジョブにさえ就いて無い〈マスター〉と逸話級とは言え〈UBM〉の戦い。

 

 後の世においてどちらが勝つか〈マスター〉に質問したなら一笑にふして返されるだろう。

『〈マスター〉が勝てる要素はほぼ無い。速攻で始末されてデスペナルティだ』と。

 

 その認識は概ね正しい。

 例えジャイアントキリングに適したTYPE:メイデンの〈エンブリオ〉であったとしても第一形態では出来る事などたかが知れている。

 ましてやジョブにも就いて無い脆弱極まるステータスでは異論を挟む余地はまず無い。

 

 それなのに、トラペゾンと【エテネータ】の戦闘はギリギリながらも成立している。

 

 それは何故なのか?

 

 その理由は【エテネータ】の側に大部分が有った。

 

 先の世に置いて、〈UBM〉として【群狼王 ロボータ】と名付けられる魔獣のモンスターが存在した。

 

 メジャーな雑魚モンスターである【ティールウルフ】の一匹であった彼はある日森でジャバウォックが配置した■■■■■を食べた事で〈UBM〉として覚醒する事となる。

 

 そんな彼のステータスは脆弱の一言。

 SPとLUC()を除いてステータス一桁代の彼はまともに戦えば下手すればそこらのティアンの子供にさえ負ける弱さ。

 見た目もリアルで言うポメラニアンであり、とてもではないが〈UBM〉に初見では見えない。

 

 しかし、そんな彼もジョブで言う所の【将軍】系に近い配下を強化する固有スキルの強力さによって〈UBM〉としての存在感を示している。

 

 〈UBM〉とはその固有スキルによる特異性でもって認められるモノだからだ。

 

 それでは〈UBM〉としての【変人邪猿 エテネータ】の強さとは何なのか?

 それはジョブで言う所の【暗殺者】や【奇襲者】に近しい強さであった。

 隠れ、騙し、不意を打ち獲物に死を与える者達。

 

 そう言った【エテネータ】固有の強さはトラペゾンとの相性によって全てが封殺されていたのだ。

 

 《ビハインド・スラッシャー》。

 【エテネータ】の持つ対人殺傷スキル。

 対象の背後から攻撃する事でスキル以外の防御能力や【救命のブローチ】の効果すら無効にし、通常攻撃の十倍もの倍率で更には致命ダメージを与える必殺のスキル。

 このスキルで【エテネータ】は上級職持ちのティアンさえ容易く葬ってきたのだ。

 

 しかし、この攻撃能力はトラペゾンとの戦闘においてまるで役に立たなかった。

 

 高いAGIを活かしてトラペゾンの背後に周り込んで攻撃を仕掛けても発動しないのだ。

 

 これはトラペゾンの身体の特異性故だった。

 武器を向ける方向や防具を着る方向によって前方の様な感覚は存在するが、彼は()()でもって世界を見ているのだ。

 そこには本来存在する筈の前方や後方といった感覚や概念は存在しない。

 言ってみれば常に全方向を向いている様なモノであり、背後からの攻撃と言う条件など成立しようが無いのだ。

 

 しかし、その戦闘はやはり【エテネータ】にとって圧倒的な有利なモノであった。

 

 脳髄のまま蓄えた知識や技能を、そのまま特異なる身体でストレートに発揮して【エテネータ】の猛攻を凌ぐトラペゾン。

 ナイフで反撃する際も攻撃直前に《フレキシブル・ワーム》でSTRを増加させる事により何とか【エテネータ】のENDを上回ってダメージを与えているのだが、その負荷にナイフが耐え切れずに暫くして破損。

 

 回避や防御も完璧では無く、少しずつだがダメージが蓄積して触手体の総量も減っていってしまっている。

 全身を構成する触手の数でステータスを作っているトラペゾンはダメージを受け、触手が破損して光の塵に還る度に僅かずつだがステータスも減少していってしまっているのだ。

 

 このまま戦闘を続ければ先に力尽きるのはトラペゾンであった。

 

 しかし、先に焦れたのは【エテネータ】であった。

 最初こそすぐに始末出来ると踏んでいたが、蓋を開けてみれば今の今まで粘られてあろう事か反撃まで食らっている。

 

 このまま仕留められずにズルズルと先延ばしにすれば援軍が来て始末されるのはモンスターである自分だ。

 

 その事から【エテネータ】は早期に決着を付けるべく勝負に出る事にした。

 

 【エテネータ】はトラペゾンに背を向けて、逃走を図ろうとする。

 トラペゾンは慌てて、《エキスパンド・リーチ》で触手を伸ばして追い縋るべく準備するが、それは【エテネータ】の罠だった。

 

 横目でトラペゾンの腕が伸びて来たのを確認するや否や、その腕をがっしりと片手で掴み、鐘楼が付いた尖塔を駆け登って行く。

 

 【エテネータ】の意図を読み取ったトラペゾンは必死に殴打を加えるも貧弱なステータスから繰り出される破れかぶれの攻撃は【エテネータ】にとってまるで痛痒にならない。

 

『くそッ!!』

「Kya a a a a a a tu!!」

 

塔の天辺に瞬く間に到着した【エテネータ】はトラペゾンを両手で掴むと地面に向かって叩きつける様に投げた。

 

 40メテルの高さから落ちれば特殊なトラペゾンの身体と言えどもなすすべなく死亡すると推察しての行動だった。

 

 事実、トラペゾンもこの高さから落ちれば助かる術は無い。

 五点着地等の受身術を可能とする技量はあったが、もはやそれを実行するだけのステータスをトラペゾンの体は保持していないのだ。

 

 早期決着を狙って落下死を狙った【エテネータ】の判断は間違ってはいなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

トラペゾンを思い切り投げた塔上の不安定な体勢の【エテネータ】の足に触手が巻きつき思い切り引っ張った。

 

 空中で触手を伸ばして【エテネータ】の足と塔の縁部を掴んだトラペゾンは落下する自身の勢いを利用して空中に有る【エテネータ】の身体バランスを崩して自身諸共に落下させたのだ。

 

「!?!?!?」

 

 突然の事に混乱する【エテネータ】だが、バランスを崩した身体は空中落下以外の選択肢を選べない。

 

 だが、【エテネータ】は驚愕しながらも同時に余裕を持っていた。

 実際に死ぬ寸前のトラペゾンと違い、【エテネータ】にはまだHPに余裕が有る。

 この高所からの落下は【エテネータ】と言えども大ダメージを免れないであろうが、死ぬ程のダメージでは無いのだ。

 

 共に落下するトラペゾンを見ながらも【エテネータ】の表情は余裕に満ちており……そして、地表寸前で受けた衝撃に歪んだ。

 

「Gatu!?」

 

 地表に激突する寸前だった【エテネータ】は地上3メテル程の高さで止まっていた、いや()()()()()()()()()

 

 仰向けになった【エテネータ】の胸部から鋭い金属の光沢が覗いている。

 

 それは、この屋敷の中庭に忘れられるように飾られていた石像が天に向かって掲げていた長剣だった。

 

 【エテネータ】とトラペゾンの違いはステータスに始まり数え切れぬ程にあったが、今回の結果を算出するに辺り最も違った要因は()()()であった。

 

 圧倒的強者である【エテネータ】と圧倒的弱者であるトラペゾンでは気を配る所が違った。

 

 【エテネータ】はトラペゾンと戦闘するに辺り、トラペゾンの能力を見極めようとその一挙手一投足に気を割いていたが、トラペゾンは【エテネータ】に対するそれに加えて、地形や環境までも自身に利するかどうかを必死に考えていたのだ。

 

 その一つこそが、今【エテネータ】を空中で刺し貫いている長剣を掲げた騎士の像だった。

 

 【エテネータ】は勿論、トラペゾンも知らない事であったがこの石像はその昔、上級職でありながら人々を脅かす〈UBM〉をその生命と引き換えに討った英雄を讃える為に造られた像であった。

 

 その一番の特徴は掲げられた剣。

 その刃の部分は【逸話級金属(ミスリル)】によって構成されていたのだ。

 

 この金属の硬度などトラペゾンは知りもしなかったが、ここに刺せれば少なくとも地面に落とすよりは【エテネータ】に深刻なダメージを負わす事が出来ると考えて上手く誘導した結果だった。

 

 そして、その目論みは成功して【エテネータ】を正に空中で百舌鳥の早贄の如くに貫いて大ダメージを負わせていた。

 

「Gatu aaa aaa aaa!!」

 

 しかし、腐っても〈UBM〉。

 剣に落とせたは良いが、急所を外してしまった為に【エテネータ】は剣の貫通によって傷痍系状態異常の継続ダメージを負いながらももがいて生きている。

 

 その手は胸を貫通した剣を器用に掴んで自身の身体を引き抜こうとしている。

 

 トラペゾンは止めを差しに行きたいが、それは不可能だった。

 

 落ちる時に《エキスパンド・リーチ》によって屋敷の窓縁を掴んだは良いが、辛うじて落ちない様にしがみつくので精一杯。

 彼の肉体(【アザトース】)はもはや限界なのだ。

 自身を維持する為の最低限のステータスしか持って無かったその肉体は、度重なるダメージによって総体を減らした為に更にそのステータスを脆弱なモノにしてしまっている。

 

 ここから降りて【エテネータ】に向かう前に落下ダメージで確実に死に至るであろう。

 《エキスパンド・リーチ》で伸ばしたところで【エテネータ】に直接物理の致命ダメージを負わす事はもはや不可能だ。

 

 ならば、トラペゾンに出来る事は【エテネータ】がこのまま力尽きるのを祈って待つ事だけなのか?

 その答えは()である。

 

 【エテネータ】は自身に起きた事を正しく把握した事でその危機から逃れようと必死になっていた。

 

 単なる【ストールン・モンキー】の一個体でしか無かった頃。

 【変人邪猿 エテネータ】となってからも勿論、これ程の危機的状況に陥った事は無かった。

 

 そんな非常事態に遭って【エテネータ】は敵であるトラペゾンの存在すら忘れ去り、自身の生存の為に最適解のみを考える生物になっていた。

 

 自身の肉体から刻一刻と流れ落ちる血と生命。

 助かる為には細心の注意を払って、胸から生えている剣を抜き去りここから逃げ去るしかない。

 

 そう判断した【エテネータ】の行動はAGI(速度)に次いで高いDEX(器用さ)を活かした速く正確なモノであった。

 

 しかし、集中する【エテネータ】に声が聞こえた。

 

『お前はもう助からない』

 

「!?!?」

 

 頭上から降ってきた突然の言葉に【エテネータ】は思わずそちらを見上げた。

 

 必死にもがく【エテネータ】を触手塊が……トラペゾンが窓辺に掴まりながらも見下ろして呟いた。

 

『その像は、お前が()()()()()()()()()()()人間範疇生物(ティアン)が造った物だ。お前は見下していた存在が創りし物によって滅びるんだ』

 

「KiiieeeeGaaaaa!!!」

 

 トラペゾンの放った言葉は【エテネータ】の胸に物理的に刺さって剣と同じくらいに、その精神に刺さった。

 

 ティアン達は【エテネータ】にとって餌。

 捕食者と被捕食者という絶対の関係に他ならない。

 そんな存在が作った物に自身(【エテネータ】)が滅ぼされるなどあってはならない事なのだ。

 

 死に体のトラペゾンが放った挑発の如き煽り。

 その言葉に対するあまりの怒りに視界が自身の血とは別の赤に満たされる程の錯覚を【エテネータ】は覚えた。

 

 『この存在だけは絶対に許さない!こいつが守ろうとしていたガキを目の前で無惨に喰い殺して、無力さを存分に味合わせてから殺す!』と誓わせる程に。

 

 そして、その怒りは【エテネータ】の全身に力を漲らせ、その生への渇望と共に膂力を復活させた結果……

 

 【エテネータ】は自身が掴む筈だった未来を、()()()()()()()()()()()

 

「Gaatu!?!?」

 

 怒りに駆られて冷静さを失い、ミスリルの刃を思い切り握ってしまった【エテネータ】はそのENDの低さもあり、繊細な指はミスリル刃の鋭さに耐えられ無かったのだ。

 

「G i i i i e e e e!?」

 

 混乱する【エテネータ】を静かに見下ろすトラペゾン。

 そう、トラペゾンはこれを狙って【エテネータ】を煽り、挑発したのだ。

 【エテネータ】とまともに言葉などは交わしていないが、生死を文字通りに掛けて戦った強敵をトラペゾンは観察して理解していた。

 

 人間を捕食対象としか見なしていない傲慢な行動、人間を見下して嬲る精神性、そしてモンスターでありながら門番の《看破》を素通りして街中まで侵入してくる能力。

 

 それら全てが【エテネータ】という〈UBM〉が高い知能を持つ存在で言葉が通じるであろうと言う事実を指し示していた。

 

 故にトラペゾンは確実に【エテネータ】を葬る為に、ここから逃がさない為に言葉でもって行動を縛り、その生命を刺し貫いたのだ。

 

 そして、指を無くした驚愕と反動で剣は更に【エテネータ】に深く突き刺さり……。

 

「Katuaaaaatu a a a……」

 

 やがて【エテネータ】の身体から力が完全に抜けて光の塵に還った。

 

 トラペゾンの脳内にアナウンスが流れてくる。

 

【<UBM>【変人邪猿 エテネータ】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【トラペゾ・H・ルーラー】がMVPに選出されました】

 【【トラペゾ・H・ルーラー】にMVP特典【転人奇面 エテネータ】を贈与します】

 

『……』

 

 邪悪なモンスターとは言え、自身の行動で最後は煽って嵌める様な真似をして討伐したトラペゾン。

 

 その心は達成感と共に少しの罪悪感を持っていた。

 そして、自身も既に限界を迎えている。

 

 屋敷の壁に引っかかっていた触手から力が抜けて、その全身は落下した。

 

 水っぽい音と衝撃と強い痛みを感じたトラペゾン。

 

 溶けて消え去る身体と意識の中で、流れるアナウンスを聞きながらトラペゾンの精神は闇に沈んでいった……。

 

 

 ◇◆◇

 

 暫くして、気付けばトラペゾンは不思議な空間にいた。

 そこでは先程まで感じていた痛みや疲れも無く過ごす事が出来た。

 デスペナルティになった際の処理待ちか?と考えたトラペゾンは処理を待つ間に様々な思考を巡らしていたが……。

 

 やがて、世界は形を取り戻した。

 この時のトラペゾンには知る由も無かったのだが、それは気絶してる〈マスター〉に与えられるゲーム内における精神の隔離部屋の様なモノだった。

 

 しかし、目覚めた世界はトラペゾンの目にはあまりに巨大に映った。

 

 (いや……これは……!)

 

 目ならぬ目にて周囲を見渡し確信を得るトラペゾン。

 それはトラペゾン自身が縮小していると言う事実だった。

 

 地面に叩きつけられた大部分は粉砕されて死に、光の塵へと還ったが、その前に分離していた一欠片の触手が彼の体になっていたのだ。

 

 元々の触手の集合体だった身体の大きさからは程遠い小さな小さな一片の触手。

 

 《セパレーション・ライフ》。

 それがトラペゾンをデスペナルティから救った能力の名だ。

 

 自身の肉体たる触手を分離させて()()()スキル。

 本体……と言うよりは最大体積を持つ集合体から離れ過ぎれば機能を失い、生命活動を停止して光の塵へと還る脆弱なパーツ。

 そのサイズ通りの矮小なステータスしか持たずに自身でまともに動く事すら難しい肉体。

 モンスターどころか、ティアンの子供に踏み潰されるだけで簡単に死ぬだろう。

 

 しかし、その欠片は最大集合体が死滅した今、()()()()()()()として機能していた。

 

 トラペゾンの最大の願い、『身体が欲しい』に続く『もう身体を失いたくない』と言う願いに即した形のスキル。

 

 そして、それに付随してもう一つのスキルが発動していた。

 

 少しずつ……本当に少しずつではあるが、トラペゾンの肉体である触手の体積が増えていた。

 

 《リボーン・ボディ》。

 トラペゾンの肉体である触手体を再生させるスキルである。

 

 回復特化の〈エンブリオ〉と比較すれば〈下級エンブリオ〉の第一形態同士と言う条件で比べても馬鹿らしく成る程遅い速度と効果しか持たない貧弱な自己再生スキルだ。

 

 しかし、この《リボーン・ボディ》と《セパレーション・ライフ》のお陰でトラペゾンは〈下級エンブリオ〉では本当に稀に見るスタイル、個人生存型を成立させていたのだ。

 

 再生していく自身を見つめながら、色々思考を重ねていくトラペゾン。

 結局、彼が完全な肉体に戻るまでデンドロ時間内にして24時間もかかってしまった。

 

 完全に復元した身体に戻ったトラペゾンは自分の手に持っている()()()()()()を見つめていた。

 

 【転人奇面 エテネータ】と表記されたデータが浮かぶ小さな猿の顔が付いた小さなアクセサリーだ。

 

 トラペゾンが<Infinite Dendrogram>初日にして手に入れた逸話級特典武具。

 

 その固有スキルはシンプルに一つだけ。

 《転人》:アクティブスキル。

 所有者が出会った人間範疇生物の姿を自身に写し取る。ステータスやスキルは反映されない。《偽装》能力有り。所有者自身が解除しない限りは効果が持続する。解除後のスキル再使用までのクールタイムは2時間。

 装備補正:AGI+50%、AGI+300

 

 その説明を読んだトラペゾンは早速装備してスキルを行使してみた。

 

「《転人》」

 

 トラペゾンの呟くようなスキル使用発声に応じて【転人奇面 エテネータ】が反応して光る。

 その光がトラペゾンの全身を包み込み、その姿を変えていく。

 光が収まった後に立っていたのは触手の集合体としてのトラペゾンでは無く、<Infinite Dendrogram>を始めて手に入れたアバター姿のトラペゾンだった。

 

 (出会った人物、と書いてあったから()()()()が反映されるかどうかは分からなかったが問題無かったようで良かった)

 

 トラペゾンは安堵しながら、自分の手を見つめた。

 先程まで触手が蠢いて形成していた黒赤の掌は既に人間の掌だ。

 服装も見た目だけ再現可能らしく街を歩くに問題無い姿になっている。

 

「一応は最初に戻った感じかな……」

 

 トラペゾンが持っていたアイテムや装備は【アイテムボックス】に入っていた分も含めて【エテネータ】との戦闘の際に全て破壊されてしまった。

 

 今のトラペゾンは特典武具を除けば着の身着のままの<Infinite Dendrogram>を始めた瞬間に姿を含めて戻った様なものだ。

 

 トラペゾンは自身の身体を見つめる。

 

 逸話級特典武具【転人奇面 エテネータ】の固有スキルによって変身し、最初に手に入れた肉体に戻ったトラペゾン。

 

 表面こそは戻った様に見えるが内部は〈エンブリオ〉【然治全脳 アザトース】のまま。

 即ち、一皮剥けば触手の集合体が蠢いている人型の異形そのものだ。

 

 しかし、トラペゾンはこの身体になったばかりの時の様な嫌悪感は感じてない。

 

 この身体だったからこそ、【変人邪猿 エテネータ】を撃破出来たのだ。

 <Infinite Dendrogram>を始める時に手に入れた念願だった人間の身体のままでは到底勝ち目が無かっただろう。

 

 それに、トラペゾンは普通の人間程にはこのボディを嫌ってはいなかった。

 触手の集合体という造形には人並みな嫌悪感こそ最初は覚えたがそれだけだ。

 

 トラペゾンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 例え、それが人からかけ離れた異形であろうともトラペゾンがトラペゾン(御条正義)である事は変わりない。

 その精神は人間『御条正義』である。

 そんな彼だからこそ、〈エンブリオ〉はTYPE:ボディとして発現したのかも知れなかった。

 

 人ならざる感覚で【変人邪猿 エテネータ】の正体を看破し、常人を超えたボディコントロールの技巧でステータスで自身を遥かに上回る〈UBM〉と渡り合い、《エキスパンド・リーチ》で追いすがり、《フレキシブル・ワーム》で攻めて耐え、命を投げ捨てる覚悟で相討ちに持ち込んだのを《セパレーション・ライフ》で救われ、《リボーン・ボディ》で自分の身体を取り戻してくれた。

 

 トラペゾンは自分自身の身体に感謝する。

 

 (ありがとう、俺の〈エンブリオ〉……【然治全脳 アザトース】)

 

 自分の身体に感謝するとはトラペゾン自身も不思議な感銘を覚えたがその心の呟きに応える様にトラペゾンの内部で一際強く【アザトース】が蠢いた気がした。

 

 しかしトラペゾ・H・ルーラーは《エンブリオ〉を進化させて行った結果の果てに、やがては知る事になる。

 

 “何でも出来る身体”としてトラペゾンのパーソナルを読み取った自身の〈エンブリオ〉【然治全脳 アザトース】の()()()()……。

 

 人間としての姿を再び手に入れたトラペゾンはトルネの店を再三訪れてアイテム類を購入しようとした。

 

 人間の姿を取り戻したトラペゾンに驚くトルネに事情を説明すると納得してくれた。

 特典武具を見せる事が証明にもなった。

 

 今は持ち合わせが無いからリルが手に入り次第払いにくると頼むトラペゾンに笑いながら最初に売ってくれたセットを用意までしてくれて代金も必要無いと言った。

 

 戸惑うトラペゾンにトルネは英雄から代金は受け取れ無いという。

 

 これより先の未来には〈マスター〉もどんどん増加して超級職取得者も増える為に〈UBM〉の討伐もさして珍しくは無くなるが、今の世界にとって〈UBM〉の討伐とは国の英雄が行う様な偉業だった。

 

 アルター王国なら近衛騎士団長の【【天騎士】(ナイト・オブ・セレスティアル)ラングレイ・グランドリアや【大賢者】(アーチ・ワイズマン)、国民には秘されているが特殊超級職に就いている第一王女である【聖剣姫】(セイクリッド・プリンセス)アルティミア・A・アルターなどの一部の超級職か、運の良い上級職持ちが〈UBM〉を討伐して特典武具を手に入れる程度。

 

 一般人からしたら憧れの、そう言った一部の英雄が行うのみの偉業をトラペゾンは達成したのだ。

 そんな人物が贔屓にしてくれる店だと言う事実はこの上無い宣伝になる、と。

 

 トルネに再三お礼を言い見送られたトラペゾンを見つけて駆け寄って来るティアン達がいた。

 

 それは〈エンブリオ〉が生まれたばかりのトラペゾンを連行しようとした【聖騎士】達だった。

 彼等は少女からの通報や、街中で起きた出来事を受けてトラペゾンと〈UBM〉をずっと探していたのだった。

 

 人間の姿に戻ったトラペゾンを名前で本人と認識しながらも不可思議な様子の【聖騎士】達にトラペゾンは自身が手に入れた特典武具を見せながら【エテネータ】について話した。

 

 人間に化けるモンスターで《看破》すら抜ける能力を持っていた事。

 高い知性を持ち、人間範疇生物に対して強力な害意を抱いていた事。

 そして、それを自分が何とか撃破して特典武具を手に入れた事等……。

 

 ほぼ一日が経ってから姿を現したのは〈マスター〉としての事情と説明したので何とか理解された。

 何より世界に一つしかない討伐証明そのものと言って良い特典武具が事件解決の証拠になったのだ。

 

 ジョブにも就かずに〈UBM〉を撃破したトラペゾンに驚愕しながらも討伐の礼を言う【聖騎士】達。

 

 【聖騎士】はパルゼンと名乗り初日の無礼を、トラペゾンという人物を誤解していた事を真摯に謝って来た。

 

 それに対してトラペゾンは気にしていないと返して、快く謝罪を受け取ったのだ。

 それに感銘を受けたのかパルゼンは『自分に出来る事だったら出来る限り力になる』と言って連絡先を教えてくれた。

 後に分かる事であったがパルゼンは近衛騎士団の部隊長を務める人物であった。

 

 そのパルゼンに連れられて、安否を確認する為に少女とその母親にトラペゾンは会わせてもらった。

 父の死を受け止め切れずに泣きじゃくる娘を宥めながら夫を殺したモンスターを倒して仇を討ってくれたトラペゾンに涙を流してお礼を言う母親。

 そして、少し落ち着いたのか泣き腫らした目で少女はトラペゾンに「お父さんの仇を討ってくれて、ありがとう」と告げた。

 

 そんな少女にトラペゾンは悲しげに微笑んで初日に渡す事が出来なかった【レムの実】を改めて渡してあげたのだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 研究室の様な場所で管理AI四号ジャバウォックは〈UBM〉に関する情報を眺めていた。

 

 情報を眺め精査する表情には一切の感情が感じられず眈々と事務的にこなすのみだったがある情報を読んだ時、その表情に僅かな動揺が見られた。

 

 【変人邪猿 エテネータ】

 最終到達レベル:18

 討伐MVP:トラペゾ・H・ルーラー Lv0(合計レベル:0)

 <エンブリオ>:【然治全脳 アザトース】

 MVP特典:逸話級【転人奇面 エテネータ】

 

「…………まさか、開始して初日にジョブに就かぬまま〈UBM〉を撃破するとはな」

 

 ジャバウォックはあらゆる〈UBM〉のデザインや認定、情報管理を担当している。

 彼の元にはそれに関連したあらゆるデータが集められるのだ。

 

 そこには今日、偶々手が空いていた自分が<Infinite Dendrogram>の初期設定を担当したある〈マスター〉の情報が載っていた。

 

 <Infinite Dendrogram>の()()()()()()までにも〈UBM〉がティアンに討伐される事は有り、その詳細情報が届いていたが、まさかサービス開始してすぐに、ジョブにも就かず、〈エンブリオ〉も生まれたばかりの第一形態で撃破する〈マスター〉が出るとは流石の彼も想定していなかった。

 

 トラペゾンが【エテネータ】を撃破するまでの詳細情報を戦闘ログで確認したジャバウォックの表情に僅かな笑みが浮かんでいた。

 

 管理AI四号〈UBM〉の製造、管理担当のジャバウォックに限らずに全ての管理AIは〈超級エンブリオ〉所持者を増やす為にその業務を行なっている。

 正直、【変人邪猿 エテネータ】にジャバウォックはさして期待していなかったのだが、早速その仕事を果たしてくれた事に満足していた。

 

 〈UBM〉と言う強力ではあるが明確なリターンも返してくれる脅威は〈マスター〉に対して刺激を与える為に存在する。

 開始初日の〈マスター〉に撃破されるなどとは思っていなかったが、その存在はトラペゾンの脳裏に深く刻まれた筈だ。

 それは彼が力を求めるに値する程に……。

 そして、それは彼の〈エンブリオ〉の進化を着実に促してくれるであろう。

 

 〈マスター〉トラペゾ・H・ルーラーの境遇やデータを元に形作られた稀少なTYPE:ボディの〈エンブリオ〉【然治全脳 アザトース】、その存在もジャバウォックの興味を引いた。

 必要とするパーソナルの稀少さ故に〈エンブリオ〉としての稀少さも高いTYPE:ボディは過去のデータを参照しても高い確率で〈超級エンブリオ〉に届く可能性が有る。

 

 「何にしても、喜ばしい。新たな力が伸びなければ、百の<超級>は揃わず……<“無限(インフィニット)”>にも届かないからな」

 

 ジャバウォックは独りでコクコクと頷いた後、もう一度トラペゾンの戦闘記録に視線を戻して言葉を紡ぐ。

 

「この調子で自らの為すべき“自由”をすると良い」

 

 彼は未来を想像して、わずかに口元を緩める。

 

「何にしても、楽しみながら強くなればいい。この世界(ワールド)君達にとっては・・・・・・・最初から最後まで、遊戯(ゲーム)なのだから」

 

 ◇◆◇

 

 <Infinite Dendrogram>を開始した日から数日後、トラペゾンの見た目はアルター王国に相応しい“正しく騎士”といった装いになっていた。

 【聖騎士】パルゼンの推薦もあり【聖騎士】に就く事が出来たトラペゾンの姿は王都アルテアに存在する神造ダンジョン〈墳墓迷宮〉の前にあった。

 【聖騎士】に就いた事〈マスター〉でありながら騎士団に所属したトラペゾンはパルゼンにアドバイスを貰い、まずはそのジョブレベルを上げる為に〈墓標迷宮〉に潜るところだ。

 

 〈墓標迷宮〉は通常の〈マスター〉なら【墓標迷宮探索許可証】が無ければ入る事が出来ないが【聖騎士】に就いた者はティアンも〈マスター〉も通行を許可されているのだ。

 

 どんよりとした何処か不気味なダンジョンの前に立つトラペゾンの表情は場所の雰囲気とは裏腹に希望に溢れていた。

 

「父さん……俺はまだ正義がなんなのかは分からないし、自分が正義だとも思ってないよ」

 

 1人呟くトラペゾンは空を見上げて、拳を固く握り締める。

 その脳裏には〈UBM〉に家族を奪われた少女とその母親の姿が鮮明に残っていた。

 

「けど、自分がこの世界でやりたい事は決まった」

 

 それは決意表明。

 強く無ければやりたい事もできないし、護りたいものも護れないのだ。

 

 「俺のやりたいクエストは……()()()だ」

 

 それは管理者から与えられるクエスト名では無い。

 この世界に於ける御条正義、トラペゾ・H・ルーラーが自身に課した使()()としてのクエストだった。

 

 「期限は()()()。クエスト、開始だ!」

 

 こうして(のち)に『決して倒れぬ者』『決して死なぬ者』と一部に言われ“不撓”(アンウェアリング)の二つ名を戴き、歴史の最初から忘れ去られし伝説すら無き超級職【正義魔王】(ロード・ユースティア)に就き、〈超級エンブリオ〉の所持者、即ち〈超級〉(スペリオル)に至る〈マスター〉トラペゾ・H・ルーラーことトラペゾンの<Infinite Dendrogram>は始まったのだ。

 

FIN




ウィース♪

今回はとうとうトラペゾンの〈エンブリオ〉のお披露目だったのじゃ♪

しかし、ここで皆様ある事実に気が付いたじゃろうか?
そう!
トラペゾン、一話と二話では殆ど〈エンブリオ〉のスキル使って無いのじゃ!
精々、二話の左手再生くらいじゃ。
……ギストリー君メチャクチャ舐めプされてたって事じゃな。

【然治全脳 アザトース】
とうとう御披露目されたトラペゾ・H・ルーラーの〈超級エンブリオ〉。
TYPEボディならではの反則級の能力は第一形態では発揮されていない。
第一形態としては破格の数のスキルを持つが、これは肉体の特性をスキルとして区分してるに過ぎない為でありリソースが多い訳では無い。
言ってみれば感覚器官が全身に有ると言う“仕様”をスキルにして表示している様なモノである。

【変人邪猿 エテネータ】
逸話級〈UBM〉としてもメチャクチャ弱いステータスの固有スキルのみに特化したタイプ。亜竜級にすら届かないステータスは〈UBM〉化したリソースを全て隠蔽や奇襲に注ぎ込んでいる為。
器自体も小さいが一応、順調に進化していけば古代伝説級までは行けたかも知れない。そこまで行ったなら隠蔽能力もトラペゾンを誤魔化せる程に到達出来たろうと推察される。

【転人奇面 エテネータ】
トラペゾンが開始初日にして手に入れた特典武具のアクセサリー。
これを手に入れた事で〈エンブリオ〉による自身への変身能力を付ける必要が無くなった為に【アザトース】の出力向上に繋がっている。
あくまで人間範疇生物にしか化けれないし、触ればすぐにバレてしまう表面だけの偽装である。例えるならドッキリテクスチャー。

取り敢えず本日の投稿はここまで!
デンドロファンに楽しんでいただけたら幸いじゃ♪
良かったら感想や評価よろしく〜♪

続きはノベプラにあるからハーメルンで待てない人はそちらで読んでね♪
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。