【正義魔王】の“正義”について   作:利月十

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私は休暇を楽しむだけさ?

優しく鬱ろう、この世界で───

【憂鬱魔王】アルブレヒト・グルーミー


【正義魔王】と【憂鬱魔王】について、あるいは【憂鬱魔王】の“憂鬱”について

 ()()は黒い森の中を堂々と闊歩(かっぽ)していた。

 いや、闊歩と言うには些か語弊があるかも知れない。

 

 ソレの下半身はほぼ腐り切り、僅かな肉片が残るのみ、骨髄が剥き出しになっていて脚部は完全に無い。

 

 しかし、ソレは生者への……いや、己以外の存在への絶える事の無い怨念を振り撒いて黒い森を往く。

 

 稀に純竜級以上の強力なモンスターが襲い掛かるもソレに近付く前に全身を腐り果てさせて生き絶える。

 ソレが纏うオーラは近付く者に例外無く〈腐敗〉の状態異常デバフを発生させて速やかにソレの仲間に変えてしまう。

 ソレとの違いはアンデッドに成る事も無く土塊に変わり光の塵となり、ソレと世界のリソースに変わると言った事だけだ。

 

 腐った肉体を引きづり憎悪と怨嗟に満ちた赤黒い目を爛々と光らせて森を往く腐敗し怨念を撒き散らす大魔獣。

 

 ソレは【生害腐敗(しょうがいふはい) ガルロトン】と管理AIより命名された〈UBM〉であった……。

 

 

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 ◇◆◇

 

 【正義魔王】トラペゾ・H・ルーラーことトラペゾンの姿はある森林地帯に近い街にあった。

 場所としてはドライフ皇国に近いアルター王国の僻地に存在するこれと言った特徴の無い街である。

 

 トラペゾンは〈四司士〉とアールに自身の野暮用が済むまでこの街に滞在する様に指示を出していた。

 

「トラペゾン様、御用はどれくらいかかりそうでしょうか?」

 

 仲間を代表してメルマリアが聞く。

 

()()()()()()次第だな。早ければ今日中に帰るが、長くても恐らく2、3日程だろう。それまで街でゆっくりしていてくれ」

 

 トラペゾンはある人物に会いに行く為にこの街に来ているのだが、その人物は基本的にトラペゾンにしか会わないのだ。

 その為にアールを含む〈四司士〉の5人はこの街で待機する様に命じられている。

 

 この事に対して不満がある者もいるがリーダーであるトラペゾンの指示であるし、何よりそれが自分達が知り得る限り()()の〈マスター〉である()()()()()()()()()()()()との取り決めであると言うなら、それに従わざるおえない。

 

「ああ……伝え忘れていた。すまないが、アールだけは同行してくれ」

「ほえ?ボクだけっすか?」

 

 トラペゾンに突然言われたアールが困惑する。

 

「ああ……念の為にお前も会わせておきたい。以前会った時に許可はとっておいたから問題は無い」

 

「トラペゾンさんがそう言うなら……。けど、大丈夫っすか?気難しいって聞いてますよ?【憂鬱魔王】」

 

 そう、これからトラペゾンが会いに行く相手こそトラペゾンと同じく魔王シリーズという超級職に就いた者。

 

 〈超級〉(スペリオル)の1人、【憂鬱魔王】(ロード・メランコリア)である。

 

「敵対すれば面倒極まりない相手だが、()()()()をこちらがしなければ大丈夫だ。俺の方から確認は取ってある」

 

 トラペゾンからそう言われればアールとしても否はない。

 トラペゾンと共に【憂鬱魔王】に会いに行く事を了解した。

 

 2人は漆黒の森を超音速機動で駆けて行く。

 AGI(速度)()()トラペゾンの方が早い為にアールに合わせる形になってるがそれでもかなりの速度で森を踏破(とうは)していく。

 

 昼間だと言うのに薄暗いのは針葉樹が大量に密集して生えているせいだ。

 アールはこの何処か不気味な森をトラペゾンと共に駆けている内に違和感を覚えた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 正確には()()()()()の気配だ。

 無害な生物はある程度いるのだが、害意を持ったモンスターの気配が一切無い。

 

 こう言った森林地帯でモンスターが全くいないと言うのは<Infinite Dendrogram>というゲームの環境において異常に過ぎる。

 モンスターとて生物や環境の一種として配置されている存在故だ。

 そんな存在がまるで居ないのは自分達にとって確かに安全でははあるのだがアールには不気味な感覚を覚えさせた。

 

「ここら一帯にいる危険なモンスターは間引かれている。それに、こんな森の中なのに移動しやすいだろう?()()してくれてるのさ。()()()等が」

 

 アールの疑問に答える様にトラペゾンが教えてくれる。そして、その指先が指し示した場所には奇妙な存在が居た。

 

 目玉だけの存在が無数にトラペゾン達を見つめていた。

 

 モンスターなら頭上に名前が表示される事から、アール自身もあまり気にしてはいなかった存在達だ。

 

()()が【憂鬱魔王】の……?」

「そうだ。()()が【憂鬱魔王】の〈エンブリオ〉……【ウボ・サスラ】だ」

 

 特に意志の様なモノを感じさずにトラペゾンとアールをジッと見つめているだけの目玉達の間を駆け抜けて行く2人はやがて小さな家に辿り着いた。

 

 此処こそが【憂鬱魔王】の住処(アトリエ)だ。

 

 小屋と言うには大きいが、家と呼ぶには小さい気がする庭と小さな池が付いている敷地内にある小さな家。

 それが【憂鬱魔王】の居城ならぬ居家である。

 

 ただし、ある異様な光景が此処に住む人物のただなら無さを示していた。

 

 それは、ある()の存在だ。

 

 全高15メテルを超える巨大な顔だけの金属体が鎮座しており、威圧感を放っている。

 わざわざ鑑定しなくても、尋常ではないリソースを保有しているのが見てとれた。

 

 その左右に小さな蛙型の像と蜂型の像が置かれているのだが、巨大な顔の像に勝さるとも劣らない威圧感を感じる。

 精緻な技巧で持って掘り上げられたであろう像、蛙の像からはその台座からほんの少しずつ()()()()らしきものが雫の様に溢れて台座に掘られた溝を伝って何処かへと運ばれている。

 

 像達の、その威圧感に我知らず気圧されるアールを尻目にトラペゾンは家のドアを軽くノックする。

 

()()、開けてくれ」

 

 するとトラペゾンの言葉に反応したかの様にドアが一人でに開いた。

 

「行くぞ、アール」

 

 トラペゾンに声をかけられてアールは像の観察を切り上げて共に【魔王】の住処へ入って行った。

 

 家の見た目通りに小じんまりとした室内だったが、普段から丁寧に掃除されてるのであろう事が分かる程に小物等が綺麗に整頓されている。

 

「アル。頼まれてた品を持って来たぞ」

 

 トラペゾンが室内に入るなりソファーに横になっていた男性に話しかける。

 

 ソファーに寝そべり目を閉じてこちらを見ようともしない男の態度を気にした素振りも見せずにトラペゾンが男に向かって【アイテムボックス】を投げた。

 

 投げられた【アイテムボックス】は男に当たる直前に器用に手で受け止められる。

 

「うぅん……」

 

 

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 呻き声を出しながら気怠げに起き上がった男は眠たげな目をしたままにトラペゾンとアールに向き合った。

 

「フゥ……久しぶりだね、トラ」

「ああ、久しぶりだな、アル」

 

 生真面目な顔で双方共に愛称で呼び合う2人の雰囲気にアールは気圧されそうになったが、これが2人なりの友人とのコミュニケーションなのだ。

 

 正しく魔法使い、と言った風情の長い帽子を被り無地の白シャツを着崩しジーンズを履いた気怠げな色白の青年。

 

 それが〈超級〉(スペリオル)不満(アンニュイ)”【憂鬱魔王】アルブレヒト・グルーミーである。

 

 彼の側に控える黒銀の人型が彼にタバコを差し出し、それを優雅な手付きで取ると吸い出した。

 

「タバコをやるようになったのか、アル?」

「こちらの世界で吸う分には健康に支障は無いからね。まあ、気晴らし程度さ。それより、そちらのレディが?」

 

 アルブレヒトの冷めた目線がアールを捉える。

 

 その視線の感情と言う温度の無さに軽く恐怖を覚えながらも、アールは必死に挨拶した。

 

「は、初めまして!トラペゾンさんの一の子分をやらせて貰ってる【跳躍姫】(ジャンピング・プリンセス)アール・スタンディーっス!よろしくお願いします!」

 

 〈四司士〉筆頭のメルマリアが聞いたら激怒しそうな挨拶をするアールを冷めた目で見ながらアルブレヒトが挨拶を返す。

 

「こちらこそ……初めましてレディ。私の名前はアルブレヒト。【憂鬱魔王】(ロード・メランコリア)アルブレヒト・グルーミーだ。愛称のアルで呼んでくれ。発音が少なくて済むからね。アールとアル……親近感が湧く名前だね……。じゃあ、お休み」

 

 そう言うや否や帽子を顔に被せソファに寝転がりアルブレヒトは寝息を立て始めた。とんでもない早業だが、高いAGIによりなせる技なのだろう。

 

「えーーーーーっ!?」

 

 挨拶を済ませた途端に寝息を立て始めたアルブレヒトの奇行に大声を上げて驚くアール。

 

 アルブレヒトの行動に呆れた様子でありながらも特に驚かないトラペゾンがアールを見る。

 

「アール。アルブレヒト……アルはこういう奴なんだ。この程度で驚いていたらキリが無いよ。慣れろ」

 

 驚愕して動きを止めているアールに参考になりそうもない助言をするトラペゾン。

 そんな2人に近付いてくる奇形の人形?があった。

 

 片方は三脚を器用に動かして滑る様に歩く赤い一つ目と大きな口が付いただけの黒銀色の人形。

 

 もう片方は4つの腕を持った黒銀色のメイドの様な服装をした美しい人形だった。ただ、ヘッドドレスに赤い眼球が付いている事を除けばだが。

 

「【トーク】と【サービス】か」

 

 この2体の異形に特に驚きもしないトラペゾンはその名称らしきモノを呟いた。

 

「【トーク】と【サービス】……?」

『そう、【トーク】が私の代わりに話してくれる』

 

 アールの言葉に反応する様にして【トーク】と呼ばれた人形の大きな口から流暢にアルブレヒトと同じ声色で言葉が流れてきた。

 

「いや……あなた、そこに居るじゃ無いっすか?わざわざ〈エンブリオ〉?に話させる必要あります?」

 

 そう言って呆れた顔でアールはソファに寝転んでいるアルブレヒトを指差す。

 

『【トーク】は私の思考を読み取り発声してくれる優秀な代弁者だ。わざわざ口を開くより手間が無いんだよ。話すと私が疲れるしね』

 

 そのアルブレヒトからのやる気ない返答にイマイチ納得出来ずに不満顔をしているアールに【サービス】がクッキーと紅茶を差し出してきた。

 

『ドウゾ、オキャクサマ』

 

 作り立てと淹れ立てであろうそれらをズズいと差し出してくる【サービス】に気圧されたアールは席に付いて大人しくそれらを口にするが……。

 

「旨っ!?」

 

 茶菓子として出された、見た目は何も変わった事無いクッキーを考えずに口にしてアールは思わず声を出す。

 

 あまりにも旨過ぎるのだ。

 

 デンドロの世界ではリアルのそれよりも食事が美味な傾向がある。

 

 それは様々なスキルの効果や食材自体にリソースが豊富な為にリアルよりも美味しく作り出せるからに他ならない。

 

 アールもアルター王国最高の料理人【天上料理人(スターシェフ)】の作る料理や菓子を口にする機会があったが、それに勝るとも劣らない美味さだった。

 

「相変わらず美味いな、いや前よりも上か?【コック】の()()()()()()()をしたのか?」

 

「【コック】?」

「ここには姿を見せてないが、厨房で調理全般を担当している【()()()()()()】だ」

 

 トラペゾンの説明に頷きながらも【トーク】が返答を返す。

 

『熱量操作に優れた能力を持っていた〈UBM〉から中々良い特典武具を手に入れてね。それを使ったおかげか火入れ技術が更に向上したみたいだよ』

 

「ブッ!?」

 

 その会話を聞いていたアールは危うく紅茶を口から噴き出しかけた。

 

 〈UBM〉を撃破して得られる特典武具は能力の差こそあれ殆どの〈マスター〉にとっては垂涎の的だ。

 〈マスター〉個人個人の能力に合わせてアジャストした形で得られるその世界に一つしかない専用装備や専用アイテムはまず間違いなく〈マスター〉の能力の底上げに役立つ物であるからだ。

 

 それを美味しい食べ物を作る為だけに消費する?

 〈マスター〉どころかティアンさえも場合によっては激怒し、嘆くだろう。

 

 〈マスター〉としては割とまともな感性の持ち主のアールは呆れてしまった。

 

 そんなアールの様子から心情を察したトラペゾンはアールが口を開く前に喋った。

 

「アール。言いたい事は分かるが、手に入れた特典武具をどうするか〈マスター〉の自由だし、そもそも本人しか使えない以上はどうしようもない事だ」

 

 アールが知る限り、全〈マスター〉中最多の特典武具を獲得し、なおかつその()()()()()()使()()()トラペゾンがそう言ってきたならアールが言える言葉はもはや無い。

 

 微妙に不満そうな顔を隠さないままに美味いクッキーと、これ以上無い程にそれ(クッキー)に合う香り立つ美味い紅茶を口にして黙る。

 

「相変わらず、特典武具は遺骸系素材ばかりか?」

『私としては都合が良いのだけどね。遺骸素材以外の特典武具は表の像の2()()以外は【()()()()()()】とソファーくらいだよ』

 

 「ああ、そう言えば像が1体増えていたな。()()()()()を倒したのか?面倒臭がりのお前にしては珍しいな」

 

 ブウーーーッ!?

 

 今度こそアールは紅茶を噴き出した。

 それを見た【サービス】は優れたAGIによってその紅茶をお盆で受け止め、被害を最小限にした上に咳き込むアールの介助までしている。

 中々に高性能である。

 

『アールちゃん、大丈夫かい?』

「アール、行儀が悪いぞ」

 

 片や心配、片や呆れて声を掛けてくる2人にアールは怒鳴りつける。

 

「何でも無い事の様に言う事じゃないっスよ!!神話級ですよ!神話級!出会おうと思ってもそもそも出会えないし、出会ったとしても討伐なんて簡単に出来ないっスよ!!」

 

 アールの意見は一般的な〈マスター〉達の常識的な意見だろう。

 神話級〈UBM〉の戦闘力と言うのは俗に戦闘系超級職に就いた〈超級エンブリオ〉の持ち主、即ち〈超級〉とほぼ互角と言われている。

 

 アールの様な超級職に就いてはいるが〈上級エンブリオ〉止まりの〈マスター〉、即ち準〈超級〉では非常に厳しい相手なのだ。

 ただ、準〈超級〉でも相性で神話級〈UBM〉を撃破している猛者も少ないながらもいるのだが。

 

「アール、俺もアルも〈超級〉なんだぞ?俺だって神話級は三体撃破しているし……」

 

 アールに真顔で返すトラペゾンに対してアールは首を振る。

 

「戦闘力の問題じゃないっす!トラペゾンさんはそもそも()U()B()M()()の討伐が基本ロールじゃないっすか!そんな人でも今迄で三体しか倒してない神話級をこのものぐさな奇人が二体倒してるんすよ!驚くでしょう!」

 

 アールのあまりにも明け透けな言葉にトラペゾンは呆れ、アルブレヒト……【トーク】は苦笑にも似たニュアンスのため息を返す。

 

『そこら辺は偶々、()()()()()()としか言いようがないね。私も出会いたくて出会っている訳ではないんだよ』

 

 アールの持つ相手の嘘を看破するスキル〈真偽判定〉に反応は無い。

 アルブレヒトの言葉は本気なのだろう。

 ()()()()()()()()()

 〈UBM〉退治の専門家たるトラペゾンと共に行動しているからこそ、アールは〈UBM(ユニーク・ボス・モンスター)〉と言う存在の脅威を良くも悪くも知っている。

 〈UBM〉の強さはその強大なステータスもあるが、本当に恐ろしいのはこの世界の歴史において唯一そのモンスター……〈UBM〉だけが持つに至った固有スキルだ。

 相性はあれど、スペック差をひっくり返す初見殺し能力も少なくない。

 トラペゾンは彼が持つ複数の強みで〈UBM〉に対して勝利を盤石にしているが、それは彼が()()()()()()()と俗に言われる強者中の強者に他ならないからだ。

 

 しかし、そんな(トラペゾン)でも神話級〈UBM〉と言う存在は容易な相手ではない。

 今迄撃破してきた神話級〈UBM〉とは程度の差こそあれ、どちらが負けてもおかしくはない死闘を演じ【正義魔王】トラペゾンと言えども()()()()()()()()()を行使した上での勝利だったのだ。

 

 そんな相手に運悪く会って撃破している?

 それはつまり、特に入念な準備しなくても強敵を撃破しえるのがアルブレヒト・グルーミーという人物だと言う証明に他ならないのだ。

 

 目の前にいるのは奇妙だが紛れも無き強者たる〈超級〉だと再認識してアールは緊張を再び覚えた。

 

 そんな気配を感じとったのか、アルブレヒトは話題を少し変える。

 

『そう言えば知っているかいトラ?()()()も最近神話級を撃破したらしいよ?」

 

 アルブレヒトならぬ【トーク】が放ったその言葉に今度はトラペゾンが緊張を浮かべる。

 

「……知らなかったな。また()()に迷惑をかける特典武具じゃなければ良いんだがな」

『そいつは無理だよ、トラ。彼女は存在からしてそう言う人だろう?彼女自身が持つ〈エンブリオ〉の能力を考えれば分かる筈さ』

 

 アルブレヒトからの若干の呆れを含ませたニュアンスの言葉にトラペゾンは軽くため息をついた。

 

「あ、あの〜すいません。ロロロって人……まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()の事っすか?」

 

 アールは恐る恐る2人に問う。

 

 その人物はかなり有名なPK……()()()()()()()()として名を馳せた人物だ。

 

『その通りだよ。トラ?ロロロの事を彼女に伝えてないのかい?』

 

 アルブレヒトが問う様にトラペゾンに聞くと、問われた本人は珍しく苦虫を噛み潰した様な顔をして首肯した。

 

「ロロロ……ローリング・ローランド・ロングゴーンこと【虚飾魔王】は()()、俺達の友人だ」

 

「えええっ!?初めて聞いたっすよ!言葉が通じない!〈マスター〉嫌いのPK……“理不尽(アンリーズナブル)”【虚飾魔王(ロード・ヴァニティ)】が友人!?!?どうやって意思疎通したんすか!?」

 

 アールが伝え聞く【虚飾魔王】は天災の様な〈マスター〉だ。

 

 相手から仕掛けられた時以外ではティアンには決して手を出さず、その代わりに善人悪人問わず〈マスター〉には一切の容赦が無いという〈マスター〉にとってはまさしく理不尽の体現者。

 

 それが【虚飾魔王(ロード・ヴァニティ)】、その存在そのものを表す二つ名“理不尽(アンリーズナブル)”で呼ばれる狂女、ローリング・ローランド・ロングゴーンだ。

 

「まあ、偶々だよ」

『そう、()()()()()があってね。話してあげたい所だけど、もうそろそろ本題に入ろう。機会があればトラから聞くと良い』

 

「ええっ?そんなぁ……」

 

 興味深い話題にお預けを食らったアールは落胆するが、そんな彼女を置いておいて【トーク】はトラペゾンに向き直り依頼を話し出した。

 

『この付近に〈UBM〉が迫っていてね……はぁ……面倒くさい……。()()だけど始末しなければならない。その討伐の補助をお願いしたいんだよ』

 

「補助?討伐では無いのか?」

 

 アルブレヒトからの依頼内容を聞き返すトラペゾン。

 

『ああ、補助だよ。正確に言うと私の【ウボ・サスラ】達が敗北した場合の後始末をお願いしたいんだ。君なら問題無く撃破出来るだろうからね』

 

 アルブレヒトの言葉を特に否定はしないが、トラペゾンは【トーク】を真剣に見つめてから口を開いた。

 

「……脅威度は?」

『推定で古代伝説級。アンデッドの〈UBM〉だ。()()()にも何体かの上位純竜級のモンスターとやり合っていたがロクに勝負にもならずに一方的に腐らせていたよ』

 

「腐らせていた?と言う事は固有スキルは状態異常系のデバフか?なら、なおさら()()()()()()()()()()()()()()?」

『何事にも絶対は無いさ。ステータスもそれなりに有るみたいでね。まあ、君に損は無い筈だよ?君が手を出す出さないに関わらず私への貸しを作れるし、古代伝説級特典武具が得られるチャンスも出来るんだ。如何かな?』

 

 アルブレヒトからの提案をトラペゾンは暫し吟味してから了承した。

 

「……分かったよ、受けよう。場所は?」

『ここから()()()()()の移動速度を加味して1日以内の場所さ。君達には悪いがパーティーに速度を合わせてもらう事になるけどね』

 

「ち、ちょっと!貴方は行かないんすか?」

『私の代わりにパーティーが行くさ、もう準備は完了している』

 

 そう言って家の外を指し示した【トーク】に導かれる様に2人は家の外に向かった。

 

 家から出たトラペゾンとアールの前には6()()の異形が並んでいた。

 

 いずれも鈍い銀色に輝く身体と黒い間接部を持っており、デザインに【トーク】や【サービス】との関連性が見られる。

 

「こ、これが?」

「ああ、アルブレヒトの代わりに俺達が同行する【ウボ・サスラ】だ」

 

 〈超級エンブリオ〉【千使万行(せんしばんこう) ウボ・サスラ】TYPE:レギオン・カリキュレーター・フォートレス。

 オンリーワン・カテゴリー(世界に一つしか確認されてない複合型)のトリプルハイブリッドエンブリオだ。

 

 【憂鬱魔王(ロード・メランコリア)】アルブレヒト・グルーミーの願いを叶える為だけに生まれた〈エンブリオ〉。

 

 〈エンブリオ〉はその存在そのものが〈マスター〉の意に沿い、その願いを叶えるべく能力を決めるモノだが、ここまで忠実にその〈エンブリオ〉の本分に従い続けるタイプは極めて珍しい。

 

 意思疎通が可能なTYPE:ガードナーのハイエンドカテゴリーのTYPE:レギオンが入っているとしても異質。

 

 アルブレヒト・グルーミーの願いはただ一つ。

 『ゆっくり休みたい』。

 ただ、それだけである。

 

 リアル世界のアメリカにおいて無数の企業を経営するCEOであると共に、有能な投資家である彼は多忙を極める存在だ。

 

 平日はおろか休日すらロクにゆっくり出来ない彼は<Infinite Dendrogram>の中にその安寧(あんねい)を求めた。

 

 <Infinite Dendrogram>と言うVRゲームの売りの一つに3倍時間と言うのがある。

 これはリアルに置いて1時間経過する間に<Infinite Dendrogram>内の時間は3時間も経過すると言う常識を超えたシステムなのだ。

 

 これを利用すればリアルの3時間が<Infinite Dendrogram>内では9時間にもなる。リアルに於ける肉体的な疲れはともかく、精神的な疲れを取るのにはその時間の違いは大いに有用なのだ。

 

 それに目を付けたアルブレヒトは休みを少しでも多く取る為にこのゲームを始めた。

 

 このまま(くだん)の〈UBM〉を放置すればアルブレヒトの元に辿り着き、その安寧を脅かす可能性が高い。

 その為に先手を取って駆逐する事を合理的に選んだのだ。

 

 トラペゾンとアールを見送る為に家から出てきた【トーク】と並んでいる6体の【ウボ・サスラ】を見比べると確かに意匠が似通っており、同類であるのが見てとれる。

 

 とれるが……【トーク】との違いも、また明白。

 

 それは6体の【ウボ・サスラ】から発せられるリソース圧とも言えるものだ。

 【トーク】がアルブレヒトの、文字通りの手足だけならぬ口とまでなって働く執事的存在であるなら、この6体はアルブレヒトの武器や護衛となって働く戦闘用の存在そのものだ。

 

 アールとてトラペゾンとそれなりに長い付き合いになる。

 その同行の過程で、ありとあらゆる〈UBM〉を含む強力なモンスターや敵対する超級職、〈マスター〉等と出会ってきたがその邂逅経験によるものか、相対するものからの威圧である程度にはその実力が分かるように、センススキルらしきものが鍛えられている。

 

 そのセンススキルを信じるなら、この6体はいずれもが強力。

 一般的な逸話級〈UBM〉や超級職と比べても見劣りしない強さを持っているように感じられた。

 

 TYPE:レギオンというのは基本TYPEであるガードナー系列から発展、進化した〈エンブリオ〉だ。

 ガードナー系列として同じハイエンドカテゴリーでも個体としての強さを追求したガーディアンに対して群れとしての強さを追求したもの。

 強みは明確に違うが、その性能は基本的に個体としては大分劣るものとなる。

 レギオンとして6体……名前の出た【トーク】【サービス】【コック】も含めると9体はこのタイプにしては少数精鋭になるだろうが、それでもその殆どが〈UBM〉に匹敵する強さというのはレギオンとしては破格だ。

 

 俗に〈上級エンブリオ〉のガーディアンの性能が、固有スキル諸々を含めて上位純竜クラスのステータスを誇ると言われているが、それと一体一体を比べても見劣りしないどころか上回ってさえいる。

 

 〈上級エンブリオ〉と〈超級エンブリオ〉の出力差は一千倍とも言われているが、それを考えても……。

 

 人知れずに高いAGIを活かして考察を進めているアールだったが、それを気に止める事無くトラペゾンは【トーク】に見送られて【ウボ・サスラ】達と共に出発しようとしていた。

 

「今回は【()()()()】は出撃させないのか?」

 

 庭に鎮座する巨大な石頭を眺めながらトラペゾンは【トーク】に質問した。

 

 【トーク】はその質問に対して首を横に振る。

 

『君達が居なかったら出していたかも知れないが丁度来てくれた事でその必要性も無くなったし、私の護衛に専念していて貰うよ』

 

「そうか、了解した。さてアール、そろそろ出発するぞ」

 

 ああでも無い、こうでも無いと1人で悩んでいたアールはトラペゾンの言葉にハッとすると頭を振った。

 

「り、了解っす!では行きましょう!」

 

 こうして6体の 【ウボ・サスラ】と共にトラペゾンとアールは〈UBM〉討伐に出発したのだ。

 

 ◇◆◇

 

 その頃、街に残った〈四司士〉は観光を楽しんでいた。

 

 リーダー格であるメルマリアを先頭にパーティーは散策をしているが、小さい街だ。

 メルマリアは顔を隠しているが、いずれも美しい女性ティアンの〈四司士〉は良くも悪くも目立つ。

 

 好奇心旺盛な子供ティアン達に群がられてしまった。

 

「なあなあ姉ちゃん達。何処から来たの?この辺の人じゃないよね?」

「紋章無いから〈マスター〉じゃないよね?」

「外の話を聞かせてよ!」

 

 コミュ力が高いメルマリアやツィーリンが子供達の相手をする。

 

 自分達が〈超級〉の付き添いである事や超級職である事などは言わないが、教えても問題ない話題を出して相手をしてあげてる時に子供達の1人が自慢気に出した話題は〈四司士〉全員の耳目を集めた。その話題とは……。

 

「魔王様?」

 

「そう!魔王様♪」

「この街を護ってくれてるんだ!」

 

 魔王と言う禍々し響きの言葉を子供達が明るく声に出す。

 

「魔王様はスゴいんだ!街の近くに居着いた怖い〈UBM〉を倒してくれたんだぜ!」

「魔王様は優しいんだよ?森で遊んだりした後にお家に行くと美味しいお菓子やご飯くれたりするの♪」

 

 子供達が無邪気に自慢する魔王様とやらが現在トラペゾンが会っている【憂鬱魔王】ことアルブレヒトの事を示している事は明白だろう。

 

 トラペゾンとの付き合いが最も長いメルマリアはともかく、それ以外の3人はその人物像に違和感を禁じえなかった。

 

 魔王シリーズとも呼ばれる超級職【魔王(ロード)】はこの世界において実際に就けるかどうかはともかくとして()()就職条件が有名なジョブである。

 

 条件は唯一つ。

 その【魔王】に転職する為のジョブクリスタルが最奥に置かれている〈神造ダンジョン〉を攻略する。

 それだけである。

 

 世界に秘されていた【魔王】である【正義魔王(ロード・ユースティア)】ですら例外では無く、トラペゾンはその実力でもって〈独善の神殿(どくぜん しんでん)〉と言う狂った難易度の魔王転職用ダンジョンをソロで攻略している。

 ソロだったのは魔王転職用ダンジョンは複数パーティーで挑むとおよそ攻略可能なレベルでは無くなる程に難易度が跳ね上がるからである。

 これもまた魔王転職用ダンジョンに共通する事柄だ。

 

 死しても3日後には復活し〈エンブリオ〉と言う超常の力を持つ〈マスター〉の優位性でもってして現在は次々と攻略されてしまっているが、過去にティアンの身でそのダンジョンを踏破した者達はいずれも例外無く紛れも無き化け物達である。

 

 最も有名なのは西方各国で劇にすらなっている昔の【憤怒魔王(ロード・イラ)】であろう。

 最終奥義である《憤怒の終焉(ジ・エンド・オブ・ラース)》を持ってして世界を滅ぼし尽くそうとし、当時の【勇者(ヒーロー)】に討たれたが、その暴威は各国に確かな伝説として語られている。

 

 【憂鬱魔王】と【虚飾魔王】も詳細は知らないが、恐らく就職条件の例外では無いだろう。

 

 昨今の〈マスター〉による魔王シリーズの取得とその大半が犯罪者という事実が〈マスター〉の間では取り沙汰にされる事も多いが、ここのティアン達には忌避感はあまり無いようだ。

 

 サブカル等で魔王という概念に触れ易いリアル出身の〈マスター〉に対して、ティアン達の認識としては強力ではあるがあくまで超級職の一種に過ぎない、と言ったところか。

 

 しかしながら、レジェンダリア最悪の犯罪同盟〈デザイア(欲望)〉に【嫉妬魔王】、【怠惰魔王】、【暴食魔王】の3名もの〈超級〉犯罪者が入っている事実も含めてやはり〈マスター〉やティアン達の【魔王】という超級職に対する視線は厳しいものがあるのは確かだ。

 

 善良なる【正義魔王】トラペゾンとてレジェンダリアで指名手配を受けてる事実がある為に実物を知らない者達からの扱いは厳しい。

 

 そんな中、ティアンである事を考えても子供達の語る【憂鬱魔王】に畏怖のニュアンスは微塵も無い。

 

 しかし、トラペゾンが友人と語る人物ならさもありなん。

 あの良識の〈世界派〉が友と呼ぶ人物がティアン達に自分から害なす悪党な訳は無いだろう。

 

 その事実を子供達からの話によって噛み締めながら〈四司士〉はトラペゾンとアールはどうしているのか?と2人に思いを馳せた。

 

 ◇◆◇

 

 その頃、トラペゾンとアールは【ウボ・サスラ】達と連れ立って〈UBM〉が居ると思しき場所を目指して移動していた。

 

 その速度は【ウボ・サスラ】達の中で最も遅い大柄な一体。名称、【コマンダー】に合わせたAGIでの速度だ。

 

 【コマンダー】は文字通りに()である為に【ウボ・サスラ】達の運用に必須。

 決して離せないのだ。

 

 そして時間こそ掛かったがトラペゾン達はアルブレヒトから聞いた程度の場所に差し掛かっていた。

 

 此処は【憂鬱魔王】のアトリエがある黒い森とは植生がかなり変わってきており比較的開けた広葉樹が広がる森ではあるが、雰囲気の陰鬱さではそれに勝るとも劣らない。

 

 いや、おかしいのは雰囲気などと言う曖昧な情報では無かった。

 

 ()()()

 

 マトモな人間範疇生物なら本能的に吐き気を催す異臭が何処からか漂って来ている。

 

 アールは吐き気を抑える為に片手で口を必死に押さえる。

 トラペゾンと【ウボ・サスラ】達は匂い自体は平気そうだが、匂いの元凶たる〈UBM〉の存在を警戒して臨戦体制を取っていた。

 

 アールも戦闘の準備をしようとするが、この臭気に慣れない為に難儀する。

 

 トラペゾンと共に様々な環境に赴く為にマスクを始めたとした装備は所有しているが、今回は不幸にも持ってきていなかった。

 まさか、アルブレヒトからの依頼があるなんて思っていなかったから軽装にする為にメルマリア達に【アイテムボックス】ごと預けてしまっていたのだ。

 

 その事を苦い顔をしながら後悔するアールにトラペゾンがそっと寄り添うと、その背中に羽織っているマントが淡く輝いた。

 

 その途端にアールを苦しめていた臭気があっという間に和らぎ、やがては完全に消えてしまった。

 

「す、すいません、トラペゾンさん。【サイレントート】まで態々(わざわざ)使わせてしまって」

 

「気にするな。匂いを遮断するだけなら大したコストはかからない」

 

 アールを苦しめていた臭気を遮断したのはトラペゾンが持つ、マント型特典武具の力である。

 

 ()()()()()()()【虚静装衣 サイレントート】。

 

 果てなき知識を求めた末にティアンからモンスターに成り、その末に神話級〈UBM〉にまでなった古の【死霊王】、その成れ果てたる特典武具である。

 

 神話級〈UBM〉【永虚静髄 サイレントート】の主な能力は周辺空間の把握、制圧、法則改変であった。

 その能力を色濃く残して特典武具でありながらある程度の万能性を保持する事に成功した【虚静装衣 サイレントート】は燃費こそ劣悪なれど、空気改変により臭気を完全に無効化していたのだ。

 

 いくら臭いと言っても匂いを防ぐ為だけに神話級特典武具を使用する事に異論はあるかも知れない。

 しかし、たかが臭気……と侮るなかれ。

 匂いとはそもそも、その物質が微量の粒子となって嗅覚に届く事で感覚される現象である。

 

 そして何より問題なのは、その臭気の元となったのは〈U()B()M()〉であると言う事実。

 

 《臭末施解(しゅうまつせかい)》。

 【生害腐敗 ガルロトン】の固有スキルの一つである。

 その腐った肉体から放たれる腐臭を感覚した者のデバフ耐性を減衰させ、匂いを嗅ぎ続けた者を生きながらにして〈腐敗〉させるスキル。

 

 もしトラペゾンが【サイレントート】を使用せずに、アールがその効果圏内に留まり続けていたならば遠からず彼女は生きたまま腐り果てデスペナルティとなっていたろう。

 

 トラペゾンはそこまで予想していた訳では無かったが、数多の〈UBM〉との戦闘経験から嫌な予感に似たものは感じていた。

 

 そうこうしている内にトラペゾン達は目的の〈UBM〉に接敵した。

 

 あまりの臭気に常人ならば瞬く間にその肉体を朽ちさせ、周囲一体の樹木させ立ったまま枯れ腐っている異常な空間の中心にその〈UBM〉は存在した。

 

 理性を感じさせない赤黒く濁り切った眼をトラペゾン達に向け、腐敗の障気と憎悪と怨念を振り撒く一体の死せる魔獣の〈UBM〉。

 その頭上には、その在り方そのものを表したネーム表記が浮かんでいる。

 

 古代伝説級〈UBM〉【生害腐敗(しょうがいふはい) ガルロトン】。

 

「VOMOOOOO!!」

 

 腐った体液を撒き散らし地面を腐らせながら邪悪な咆哮を上げた魔獣は、その腐り欠けた肉体から想像も出来ない速度でもってトラペゾン達に肉迫して来る。

 

 アールは即座に対応しようと構えるが……。

 

「大丈夫だアール。先ずはアイツらに任せよう」

 

 激突音が周囲に響き、その衝撃波は地面をヒビ割らせたが、〈UBM〉はその激突地点から一歩たりとも動けていなかった。

 

 そこには自身の身の丈以上の盾を構えて〈UBM〉の突撃を真っ向から受け止めた【ウボ・サスラ】が居た。

 その個体は無数の金属を重層構造にした重鎧を隙間無く纏い、立派な兜の奥から赤い単眼を光らせて【ガルロトン】を睨め付けていた。

 

 ()()の【ウボ・サスラ】パーティーの盾役であるタンクの【ナイト】である。

 

 【タンク】は攻撃能力を犠牲にして防御、防衛に特化した構築のステータスとスキルを持つ【ウボ・サスラ】。

 今回の敵である【ガルロトン】の能力を考慮した上で用意されたタンク役は簡単には打ち破れない。

 

「VOMOOOBoooO!!!」

 

 自らの突進を受け止められた【ガルロトン】は困惑と共に激怒してそのSTRを更に強めた。

 脚が無いと言うのにどうやって馬力を出しているかは不明だが、その力は確かに強まり【ナイト】を徐々に押し出す。

 

 そんな【ガルロトン】の腹部に突然、矢が数本突き立った。

 

 「VOMO!?」

 

 それを成したのはいつの間にか【ガルロトン】の背後に音も無く回り込んでいた細身の【ウボ・サスラ】。

 

 斥候、遊撃手の【スカウト】である。

 【ナイト】とは真逆の徹底的に軽量化を施された細身の身体はAGIとDEXに特化している。

 その両椀には鋭いブレードが装備されており、小型の弓を両手でつがえていた。

 ()()の特典武具を素材として組み込まれた【スカウト】は低めのSTR(筋力)なのに見事に【ガルロトン】の高いEND(耐久力)を突破して矢を体に突き立てる事に成功している。

 

 DEX(器用さ)を威力算出に使う銃器類と違って力で引く弓矢はSTR(筋力)で威力算出する為に、本来ならば【スカウト】のSTRで放たれる矢は【ガルロトン】に有効打とはならない。

 

 そう、()()()()()ならば。

 

 【スカウト】に仕込まれた逸話級特典武具【実朸硬矢(じつりょくこうし)圧縮遺骸 アロースピルナ】は弓矢でありながらDEX基準の威力を算出して発揮するスキルを持たせる事に成功していた。

 

 高いAGIで【ガルロトン】を翻弄しながら弓矢でハリネズミの様にしていく【スカウト】。

 

 しかし、生物系のモンスターと違ってアンデッド系モンスターは部位破損や肉体損壊には強い特徴がある。

 

 ステータスを見ても古代伝説級〈UBM〉としては高い方の【ガルロトン】を【スカウト】が倒すにはそれこそ数え切れない程の数の矢を浴びせなければならない。

 倒し切る前に矢が切れる可能性の方が高いかも知れない。

 

 しかし、そんな心配はない。

 何故なら【スカウト】はあくまで遊撃手。

 

 ()()()は他にいる。

 

 【ナイト】の後方から刺々しい鎧を纏った【ウボ・サスラ】が近付いて来る。

 

 その鎧の意匠は重装騎士としてのデザインを見せる【ナイト】とは似て非なる攻撃的なデザインをしていた。

 それはさながら重戦士。

 【ナイト】とは見る者に真逆の印象を覚えさせるが、頭部に宿す輝きは変わらない赤を光らせて重戦士が前に出た。

 

その【ウボ・サスラ】は【ウォリアー】と名付けられたパーティーの主力攻撃を担う個体であった。

 

 両手にそれぞれ巨大な大剣と鎚を持ちながらまるでその重さを感じさせない軽快さで縦横無尽に【ガルロトン】を刻み潰していく。

 

 その横から《クリムゾン・スフィア》が飛んで、更に【ガルロトン】の負傷を爆炎で深めていく。

 

 《クリムゾン・スフィア》を放った個体は魔術師の様な意匠の【ウボ・サスラ】であった。

 

 その名前はまさしく【ウィザード】と言う。

 【ウィザード】はMP貯蔵機能を持たせた魔法戦特化仕様の【ウボ・サスラ】。

 防御性能こそ軽装の【スカウト】よりも更に脆弱だが、遠距離攻勢時の火力はすこぶる高い。

 

 更に攻撃を激化させる様に更に後方から銃撃ならぬ砲撃が飛んでくる。

 

 【ナイト】を凌ぐ程の最重装を施された【ウボ・サスラ】が遠距離射撃を行なっていた。

 【ナイト】の重装は防御を考えた仕様だが、この【ウボ・サスラ】の重装は武装そのものの重さを表す。

 

 その名も【アーティラリー】。

 砲撃精度を高める為の最低限のAGIを残して他のステータスはパーティー最低値を記録しながらもその砲火はパーティー内における最大火力を持つ。

 

 無数の攻撃に晒されて瞬く間にHP(体力)を削られていく【ガルロトン】。

 しかし、その瞳が憤怒の赤と黒にこれまで以上に染まった時、ある変化が起こった。

 

「BBVOMOOOOON!!!」

 

 激怒の咆哮と共にその全身からドス黒い障気が噴き上げて周囲一帯を包み込む。

 周囲からの視界が遮られる中で起きた事象。

 

 最初は【ガルロトン】に無数に突き立っていた矢の溶解であった。

 その現象は突き立っている矢だけでは無く、飛んでくる矢や砲弾にすら起きていた。

 矢も弾も【ガルロトン】の肉体に届く頃にはグズグズに()()()()()その用を成さなくなってしまっていた。

 

 【ガルロトン】の切り札の()()である固有スキル。

 《全害腐敗》。

 〈腐敗〉というデバフは<Infinite Dendrogram>内では決して珍しい状態異常では無い。

 勿論、生物に生きたまま適用させるのは強大な出力ありきの結果ではあるが〈腐敗〉自体は食物を放置させておけば誰でも簡単に見れるメジャーな異常だろう。

 リアルとその現象は変わる事は無い。

 

 しかし、【ガルロトン】の《全害腐敗》は違う。

 本来なら有機物全般に適用されるその効果を一時的にだが無機物にさえ適用する事で生きとし生ける者どころか全ての物質に適用する超スキルである。

 

 全身金属体である【ウボ・サスラ】を【ガルロトン】はゴーレム系統の存在だと当たりを付けていた。

 成る程。呼吸しない、腐る事も無い。無機物で基本的に構成されるゴーレムは【ガルロトン】には容易な相手では無い。

 

 しかし、容易では無いだけで勝てない相手では無い。

 

 《全害腐敗》はその出力故に古代伝説級〈UBM〉の【ガルロトン】であっても短時間しか使用出来ないスキル。

 

 しかし、短時間でも効果範囲内に居る対象にとっては致命的に過ぎる力を持っている。

 

 ゴーレムの仲間と言えど瞬く間に錆び付き、朽ち果てて地面に塵としてばら撒かれるのだ。

 

 今迄戦ってきたゴーレム系統のモンスターもそうだった。

 例外は無い。

 

 今も【ウボ・サスラ】達からの攻撃は続いているが、最後の足掻きに過ぎない。

 戦闘に参加してない最後方の一体も含めて間違い無く《全害腐敗》の適用圏内だった。

 

 もう少しで抵抗も無くなり、攻撃も止み……止み……止まない!?!?

 

 今迄ならとっくに朽ち果て生き絶えているであろう敵性存在は何事も無かったかの様に攻撃を続けてくる。

 

「VOMO!?VOMO!?」

 

 初めての事象に混乱した【ガルロトン】はスキル使用を続けながらも腐った肉体を暴れさせて周囲を確認する。

 

 そこには《全害腐敗》から()()()()()()()()()()()【ウボ・サスラ】達の姿が存在した。

 

 いや全くではない。

 少なくとも放つ矢弾には効いている。

 本体にだけ効いてないのだ。

 

「VOMOOONNNN!?!?!?」

 

 いよいよ【ガルロトン】の混乱は頂点に達した。

 その頭で幾ら考えようとも答えなど出ない。

 しかし、それは仕方の無い事である。

 【ガルロトン】には到底知り得ない()()()の効果であり、分からないのは当たり前なのだ。

 

 そう、これは〈エンブリオ〉由来の力などでは無い。

 

 ここには居ない【千使万行 ウボ・サスラ】の〈マスター〉、アルブレヒト・グルーミーの力。

 

 正確には彼が就いている超級職。

 【()()()()】に起因する力なのだから。

 

 その能力を説明するには()ず【憂鬱魔王(ロード・メランコリア)】と言う超級職について説明せねばならないだろう。

 

 【憂鬱魔王】とは端的に説明するならば()()()()()である。

 

 これは【憂鬱魔王】に限らず旧魔王シリーズとも呼ばれる【正義魔王】【虚飾魔王】にそれぞれ内情は違えど共通した事実である。

 

 【正義魔王】はあるスキルの存在そのものが許されず、【虚飾魔王】はスキル自体がまるで役に立たない、そして【憂鬱魔王】は……その()()()()()()()()()()()()()()

 

 【憂鬱魔王】の基本スキルにして奥義。

 常に自身に掛かるパッシブスキルである、その名も《憂鬱な世界(メランコリー・ワールド)》。

 同名の状態異常である〈憂鬱〉を誘発するこのスキルは簡単に言えば自身のステータス異常枠を全てこれで占める()()()()()なのだ。

 

 この〈憂鬱〉に掛かっている限りは傷痍系状態異常を除くあらゆる状態異常をバフ、デバフ共に無効化するのだ。

 

 それだけ聞くならば、状態異常に対してほぼ無敵の強力なスキルに思えるかも知れない。

 しかし、問題はこのスキルは【憂鬱魔王】自身に対しても恐ろしい効果を及ぼしてしまうと言う事だ。

 

 それは文字通りに【憂鬱魔王】自身を()()()()()()()にしてしまうというもの。

 

 過去に【憂鬱魔王】に就いた数少ないティアン達は全員がこの状態異常のせいで()()している。

 

 才気溢れる天才も、世界を守るべく戦った英雄も、野望を秘めた独裁者も、例外無く【憂鬱魔王】に就いてから3日以内に自殺を選んで死んでいるのだ。

 

 そのメリットを帳消しして余りあるデメリットを持つ欠陥超級職。

 それが【憂鬱魔王】という超級職(スペリオルジョブ)の正体である。

 

 しかし、今の時代において例外が発生した。

 そう、今代の【憂鬱魔王】。

 “不満”ことアルブレヒト・グルーミーその人である。

 

 彼が自殺などせずに無事な理由。

 それは彼の精神が強力だから……などでは無い。

 

 それは〈マスター〉全員に例外無く適用される()()()()()()のお陰である。

 

 この精神保護機能と言うシステムはゲーム内で発生した精神系状態異常を〈マスター〉の肉体自体には適用させるが精神には適用させないと言う一種のセーフティである。

 

 例として〈誘惑〉の状態異常に掛かっても肉体はともかく精神自体にはまるで影響が無くなったりするのだ。

 

 その適用は超精神系状態異常とも言える〈憂鬱〉にも効いた。

 〈憂鬱〉、それ自体は精神系状態異常であっても肉体には全く影響を与えないタイプだった故に精神保護機能はすこぶる効いた。

 

 その結果、【憂鬱魔王】のデメリットを踏み倒してメリットのみを享受する脅威の〈マスター〉【憂鬱魔王】アルブレヒト・グルーミーが誕生したのだ。

 

 そして勿論、アルブレヒトの()()たる【ウボ・サスラ】達にもこのメリットは与えられる。

 

 〈腐敗〉はあくまで結果として起きる事象であって〈欠損〉や〈破壊〉と言った直接的なダメージで起きる傷痍系状態異常とは違う。

 それ故に【ウボ・サスラ】自身ではない矢弾にこそ影響はあったが【ウボ・サスラ】達自身には全く影響が無かったのだ。

 

 〈マスター〉という存在が無かった時代、古代伝説級や神話級といった高位〈UBM〉を撃破する為には超級職同士でパーティーを組んだ上で命懸けで挑まねばならなかったと言われている。

 

 【ガルロトン】と戦う【ウボ・サスラ】の分体で構成されたパーティーはそれぞれが戦闘系超級職に匹敵するステータスとスキルを持つ。

 

 しかも、あらゆるデバフを無効化するオマケ付きで完璧な連携を当たり前にする能力を持っているのだ。

 

 【ガルロトン】にはもはや勝ち目は無いと思われた。

 

 しかし、それで終わるなら()()()()()〈UBM〉などと認められない。

 

 【ガルロトン】は怨念と憎悪に思考を支配されながらも自身の存在意義を果たす為に最適解を導こうとする。

 

「B o o o o o o!!」

 

 腐った吐息と共に不気味な大音量の咆哮を上げながら禍々しいオーラを纏い【ガルロトン】がタンク役の【ナイト】に再び突進を仕掛けた。

 

 轟音が鳴り響き、衝撃波で地面が割れるがそれは最初の突撃の時とは規模がまるで違う巨大なものになった。

 

【ガルロトン】の最終固有スキル《腐退転(ふたいてん)》。

 【ガルロトン】の肉体自身を消費して、そのステータスを爆増させる諸刃の剣の如き切り札である。

 その力の代償は見た目ですぐに理解出来るだろう。

 【ガルロトン】の腐った肉体が腐り切り、溶け落ち、端から汚れた骨を晒し始めている。

 アンデッドである【ガルロトン】にとっても肉体の変容は無視出来ない代償だ。

 仮にこのスキルを限界まで使って全身の肉そのものを無くし、骨だけの存在に成り果てても自身(ガルロトン)は自身で居られるのか?

 そんな疑問を腐った脳髄で考えもするが、すぐに頭から溶けて無くなった。

 今、自身が相対している敵は力を温存して勝ち得る様な生温い相手では無い。

 今現在は遠くから見ているだけの二体も含めて勝ち切る力が必要なのだ。

 

その二体も生者と思わしいのにマスク等を付けずに自身のスキル範囲内で無事で居る事から並々ならぬ手合いだと【ガルロトン】は判断していた。

 もはや、先を見据えての余裕など持てない。

 

 【ナイト】はその突撃を何とか受け止めているが、ジリジリと体勢を崩しつつある。

 

 そんな【ナイト】をフォローしようと【ウォリアー】が【ガルロトン】の背後から攻撃を試みるが、その身体を【ガルロトン】の内部から不気味な腐りかけの腸が無数に伸びて拘束する。

 

 【スカウト】が超音速機動で接近して腕の左右に備え付けられたブレードで【ウォリアー】を拘束する触手を切断しようと試みる。

 

 【ガルロトン】は腐りながらも知能を残した脳味噌で持って、狙い通りの展開になった事に喜びを感じた。

 

 先程までの攻防から、この腸触手があの【スカウト】に切れる様な強度では無いと判断していたからだ。

 

 しかし、その喜びも一瞬だけだった。

 

 切断される筈が無かった触手が千切れて飛んでいた。

 

 このブレード、と言うよりは【スカウト】の素材となった特典武具の能力である。

 

 伝説級特典武具【裂竜王圧縮遺骸 ドラグスラッシュ】。固有能力は切断する存在の指定と、指定した存在の物理防御カットである。

 

生前はその固有能力で持ってしてあらゆる標的を仕留めてきた高AGIを持つ地竜種の竜王【裂竜王 ドラグスラッシュ】の能力を色濃く残した一対の爪牙の如きブレードはその冷たい輝きを増して、触手を切り刻んでいく。

 

 【スカウト】の活躍によって拘束から脱出した【ウォリアー】は巨大な戦鎚を取り出すと高速で【ガルロトン】に叩き付けた。

 

 【鎚竜王圧縮遺骸 ドラグメイス】を素材にされた【ウォリアー】は自身の重量を増加して超重の一撃を放つ事が可能なのだ。

 

「VOMOOOOO!!!」

 

 その超重の一撃を頭蓋に喰らいながらも【ガルロトン】は強化されたステータスでもって【ナイト】と【ウォリアー】を弾き飛ばし【コマンダー】に肉迫する。

 

 【ガルロトン】は本能的に、この最後方に控えながらも攻撃に一切参加しない個体がこのパーティーの弱点だと判断していたのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 【ウボ・サスラ】パーティーのリーダーである【コマンダー】はその名の通りにチームの指令頭であり、パーティーの司令塔である個体だ。

 〈マスター〉であるアルブレヒトが存在せず、距離を離していても問題無く高度な判断や連携を【ウボ・サスラ】が行えるのはカリキュレーターの側面が強く出ているこの個体が存在しているからに他ならない。

 

 無数の【ウボ・サスラ】を自在に指揮する【コマンダー】が居なくなれば完璧な連携と臨機応変な対応力は失われ【ウボ・サスラ】達の戦力は半減するだろう。

 

 【コマンダー】の撃破は【ウボ・サスラ】達の敗北を意味していた。

 

 超々音速で突撃する【ガルロトン】を赤い目で見据えながら、超高速思考演算を行う【コマンダー】は【()()()()()() ()()()()】に指示と指令を放っていた。

 

「zzz……」

 

 ソファーでだらしなく寝そべるアルブレヒトに意識は無い。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 アルブレヒトが休暇を過ごす家の屋根に巨大な一つの赤い瞳が現れた。

 そう、この家こそが【ウボ・サスラ】の本体にして()()()()()()である【ウボ・サスラ オリジン】なのだ。

 

 【オリジン】は屋内で寝るアルブレヒトを監視用の目で確認してから専用シーケンスを発動させる。

 

『〈マスター〉アルブレヒト・グルーミーノ休眠ヲ確認。コレヨリ事前ノ指揮系統移譲指示ニヨリ、【オリジン】ト【コマンダー】ノ判断ニオイテ神話級特典武具【蜂星頭旗 マイドミニティ】ヲ使用』

 

 【オリジン】の超高速判断により使用を決断された神話級特典武具は家のすぐ上に現れた。

 

 それは(はた)だった。

 星の様な意匠を持つ、蜂が描かれた旗。

 

 それがアルブレヒトの持つ神話級特典武具の一つ【蜂星頭旗(ほうせいとうき) マイドミニティ】である。

 

 使用すると同時に寝ているアルブレヒトから大量のMPとSPが吸い取られていくが、取られている本人は気にせずに眠り続けている。

 

 この旗の効果は単純。

 

 使用スパンは6()()

 旗を掲げて使用している時のみ、MPとSPを大量に消費するが効果の影響化にある()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うもの。

 

 【ガルロトン】は自身の突撃を阻む強力な結界らしき存在を知覚した。

 それは【ウボ・サスラ】において【コマンダー】だけが持つ固有スキル。

 古代伝説級特典武具由来の防御能力だった。

 

 本来持つ性能では超強化されている今の【ガルロトン】の一撃で容易に砕かれていたろうが、こちらも【マイドミニティ】による超スキル強化を受けている今では流石に一撃では破壊されない。

 

 そうこうしている内に()()()()()()()()強化した【ウボ・サスラ】達が【ガルロトン】に群がる様にしてその全身を破砕していった。

 

「GUMUVOMOOOOOooooooNNNN!!!」

 

 古代伝説級〈UBM〉【生害腐敗 ガルロトン】はこうして何一つ自身の強みを活かせずに撃破されたのだ……。

 

「……理不尽っすねぇ。〈超級〉パネエっす……」

 

 今しがた見た光景に対して心からの意見を吐露するアール。

 

「アレで理不尽って言うなら、“理不尽”の二つ名を持つロロロと会ったらどんな反応するんだろうな?」

 

「【虚飾魔王】ってアレよりエグいんすか!?」

「下手したら戦いの形にすらならないだろうな。まあ、相手にもよるけど」

 

 そんな会話をする2人の脳内にアナウンスが聴こえてきた。

 

 【〈UBM〉【生害腐敗 ガルロトン】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【アルブレヒト・グルーミー】がMVPに選出されました】

 【【アルブレヒト・グルーミー】にMVP特典【生害腐敗完全遺骸 ガルロトン】を贈与します】

 

 当然だが此処から離れた場所にいるアルブレヒトにもアナウンスされているのだろう。

 戦闘に於いて活躍したのは【ウボ・サスラ】達でありトラペゾンとアールはスキル影響圏内にいたから特典取得の選別判定に引っ掛かっただけのほぼ部外者だ。

 

「残念っすか?トラペゾンさん?」

 

 【正義魔王】トラペゾンが〈UBM〉との戦闘に関与しておきながら特典武具を取得出来ないのは稀だ。

 トラペゾンとの共闘で何度かアールが特典武具を得る事が出来たケースはあるが、それはトラペゾン自身がアールに譲ってくれたパターンだ。

 こう言ったケースは極めて珍しい。

 その事実にトラペゾンの反応が気になって興味津々な顔をして覗き込んでくるアール。

 

「当然の結果だし、気にしないさ。まあ、俺が横槍を入れてMVPを取ってたとしてもアルは気にもしないだろうがね」

「えっ!?」

 

 特典武具を得る事は〈マスター〉にとっての勲章に近い。

 世界に一つだけの自分だけが持つ【アイテム】に憧れぬ〈マスター〉など稀だろう。

 時と場合によっては戦闘に参加した〈マスター〉同士の喧嘩にさえ発展しかねない事例だ。

 それなのに、それを気にしないとでも言うような論理にアールは驚いた。

 

 アールの反応を見て、まだコイツは分かっていなかったのか?と言いたげにトラペゾンは説明する。

 

「だって、あの〈UBM〉から得られる特典武具はどう見てもアルの()()()()()()()()()()()()では無いだろう?」

 

 トラペゾンからの身も蓋も無い説明にアールは心の底から納得した。

 

「さて、帰るか。後は頼んだ」

「はい、行きますか。じゃあね〜【ウボ・サスラ】さん達」

 

 トラペゾンとアールは戦闘後の後始末をする【ウボ・サスラ】達に手を振って帰路についたのだった。

 

「お帰り。トラ、アールちゃん」

 

 気怠げにしながらも自身で2人を迎えてくれたアルブレヒトが2人に帰宅の挨拶する。

 

 戻って来たトラペゾンとアールの目の前に先程【ウボ・サスラ】達と死闘を繰り広げていた〈UBM〉が鎮座していた。

 

 いや、見た目こそそのものなのだがこれは実際には別物だ。

 オリジナルが放っていた耐え難い程の腐臭が無く、さながら精巧に作られた実物大フィギュアの様。

 

 今回の戦闘でMVPを取った【ウボ・サスラ】の〈マスター〉であるアルブレヒトが取得した古代伝説級特典武具【生害腐敗完全遺骸 ガルロトン】である。

 

「今回は【圧縮遺骸】では無く【完全遺骸】なのか。アルの特典武具としては珍しいな?」

 

 トラペゾンがアルブレヒトに言う。

 

 武器やアイテムと違って特典武具を取得した〈マスター〉やその関係者による加工、もしくはスキル使用を前提とした形にアジャストする特典武具を【完全遺骸】【圧縮遺骸】等と言う。

 

 普通の装備型特典武具との違いは加工の手間が掛かる分、その能力に拡張性や発展性が付与出来る事だ。

 デメリットとしては加工した者の技術等が足りなかった場合に特典武具がほぼ共通して持つ完全修復機能等が無くなるケースもある事だ。

 

 【完全遺骸】は【圧縮遺骸】と違って完全な形をほぼ保っている分、能力の基本となるリソース等も【圧縮遺骸】より多く遺している事がメリットだが、加工した際にほぼそのサイズを落とせないデメリットも抱えてしまっているのが特徴だ。

 

 トラペゾンが知る限りはアルブレヒトが取得している【遺骸】系特典武具はほぼ全てが【圧縮遺骸】の筈だった。

 

「……確かに珍しいかもね。けど、考えていた()に使えそうだから丁度良かったかも知れない」

「そいつは重畳だ」

 

 友人2人の互いに分かり合ってる感がある会話を傍で聞いているアールは何とも言えない表情でそれを見つめていた。

 

「じゃあな。アル」

「さよならです。アルさん」

 

「2人共、助かったよ。また、会う日まで」

 

 トラペゾンとアールを見送ってアルブレヒトはそのまま家に入ると暖炉の前に立った。

 すると、暖炉が奇妙に歪み始めてまるで奈落への道の如く、一切の光が見えない穴が開いた。

 

 アルブレヒトはその光景に恐怖するでも無く【生害腐敗完全遺骸 ガルロトン】を()()()()()()()()()()()()()()()穴に放り込むとまるで()()()()()()()()()()()()自身の身も投げ出した。

 

「ー全ては(イア)ー」

 

 穴の内部は妖しく輝き──

 

「ー帰する(イア)ー」

 

 その最奥部には【ウボ・サスラ】のコアたる石板が見えた──

 

「ーー《自存する源へ(ウボ・サスラ)》」

 

 そして、自らの必殺スキルを発動すると同時にアルブレヒトの身体は光の塵へと変わった。

 

 【千使万行 ウボ・サスラ】の必殺スキル、《自存する源へ》は世にも珍しき〈マスター〉本人の死をトリガーとして発動するアクティブスキルである。

 

 1週間の内、多くても土日の2日しかログインしないアルブレヒトの不在時にも〈エンブリオ〉自身を〈Infinite Dendrogram〉の中に保持して、主の不在中に新しい【ウボ・サスラ(分体)】を産み出す為の保持、開発、生産を担う為の条件付きスキル。

 〈マスター〉が居なければ真価を発揮しない〈エンブリオ〉は数あれど、それとは真逆の〈マスター〉が存在しない事が条件となる異質極まる必殺スキルだ。

 

 友人であるトラペゾンにも話していない必殺スキル。

 トラペゾンも必殺スキルが【ウボ・サスラ】の作成である事に気付いてはいるだろうが、まさかアルブレヒトの自死自体が条件だとは流石に考えもしていないだろう。

 

 アルブレヒトの不在時にも最低限の分体達の機能を保持し、新しい配下たる分体を開発し、創り出す。

 制限として一週間に一度しか使用出来ないのと、創り出す分体が高性能になればなるほどに生産後の機能低下等が起きるが、一週間に一度しか使用出来ないデメリットはアルブレヒトが一週間後にしかログインしない為に実質踏み倒せるも同然だ。

 

 【ウボ・サスラ】は〈マスター〉の為に新しき力を用意しながら静かに時を刻む。

 

 クトゥルフ神話に語られる神性、ウボ・サスラそのものの様に、文字通り()()()()()としてアルブレヒトの帰還を待つのだ……。

 

 ◇◆◇

 

 男は屋敷の一室に設られたフルダイブ型VRゲーム機器が置かれているキングサイズのベッドから起き上がった。

 

 その傍らには見目麗しいメイドが控えており、起床した主人に頭を下げて挨拶した。

 

「おはよう御座います、旦那様」

「ああ……おはよう」

 

 衣服を手渡してくるメイドに挨拶をしつつ出掛ける準備をする。

 

 これから5日間、場合によっては6日間は確実に帰って来れないだろう。

 どんな時でも日曜日の休みだけは死守しているが、当分は眠る時は会社のCEO室のソファーだ。

 最高級の家具を選んでいる為に座り心地や寝心地は最高だが、あくまで身体を休める為の物であり、デンドロ内で寛ぐ為に使っている特典武具のソファーには気分的にも物理的にも及びはしない。

 

 これから始まる1週間は寝る時ですらある意味戦いと言って良い、リアルでのアルブレヒトことアルバートにとっての日常なのだ。

 

アルバートは運転手付きの高級車に乗り込むとオフィス街へ向かう様に指示を出す。

 指示を受けた運転手は巧みな運転技術を持ってアルバートを速やかに仕事場へと運んで行くだろう。

 

 高級車の後部座席で会社に到着するまでの僅かな時間を精一杯にくつろぎながらもアルバートは呟いた。

 

「ああ……まったく……週の始まりはいつも()()なモノだね」

 

 そう言ってから苦笑を浮かべる若き経営者を乗せた高級車はオフィス街へと向かって走り去って行った……。

 

FIN




今回は【正義魔王】の番外編じゃ♪

本編には然程絡まない【憂鬱魔王】と言う人物についてのエピソードじゃ♪

【憂鬱魔王】
【正義魔王】と同じく旧式【魔王】の一つ。
常に自身に掛かる〈憂鬱〉のデバフの為に〈傷痍系状態異常〉を除くあらゆる状態異常系デバフをカットできるというデバフに対して無敵に近い防御性能を持つが、同時に〈憂鬱〉の自身への影響の為に今迄就いた者は例外無く自分自身の手によって命を絶っている。
超級職としてはほぼ失敗作の為に長らくロストジョブと化していた。
先々期文明の超級職一覧にすら載っていなかった幻の超級職。
〈マスター〉であるアルブレヒトは管理AIの施す精神保護によって〈憂鬱〉の影響を一切受けない為に問題無く就けている。
就けばまず死ぬという特大のリスクの為か全ステータスの伸びが異様に良い。
最終奥義である《憂鬱の終焉》は自身の命だけをコストに使用出来る〈マスター〉にとっては比較的軽いタイプの最終奥義。
過去に神話級〈UBM〉との戦闘に使用して2体を撃破している。

【千使万行 ウボ・サスラ】
【憂鬱魔王】アルブレヒト・グルーミーの〈超級エンブリオ〉。
アルブレヒトの願いを叶え続ける最も勤勉な〈エンブリオ〉とも言われている。
本体であり、アルブレヒトを内部に収納している【ウボ・サスラ オリジン】がアルブレヒトの意を汲んであらゆるリソースを元にしてレギオンとしての分体を産み出し続ける。
万能性保持の為にマトモなリソースが無ければ産み出す分体の質は同格のレギオンどころか下級エンブリオのガードナーにすら劣るが、逆に言えばリソースさえ確保出来れば作り出すレギオンの質は大幅に跳ね上がる質重視な作成型レギオンである。
フランクリンの【パンデモニウム】に似ているが、あちらは【大教授】であるフランクリンがしっかり設計や素材を確保してモンスターを作り出されなければいけないのに対して、【ウボ・サスラ】は設定や設計は【ウボ・サスラ】自身が全て行っておりアルブレヒトの意志はこういうレギオンが欲しい、という願望だけで行っている事。
その為に高度な設計演算を行う必要が有り、カリキュレーターが混じっている。
フォートレスとしての性能は最低限であり移動も出来ない、大量生産にも向いていないがその分のリソースを使って《パンデモニウム》とほぼ同じ出力の高性能レギオンを産み出す《ウボ・サスラ》を行使出来る。
必殺スキルの条件としてアルブレヒトの命が必要になっているが、これはリソースの為では無く(はっきり言って〈マスター〉という存在にはリソースとしての価値は少ない)自傷性の極致として〈エンブリオ〉自体への負荷トリガーとして行っているに過ぎない。

【生害腐敗 ガルロトン】
古代伝説級〈UBM〉。モデルは悪魔城シリーズの『ベヒーモス』ともののけ姫の『タタリ神』。
自身の干渉可能な領域内の存在を〈腐敗〉させ滅ぼす、対生物に特化した強力な〈UBM〉。
相性的な問題でほぼ完封されたが、絡め手が無い自身の肉体を武器に戦うタイプの〈超級〉なら圧倒的に有利に戦える能力を持っていた。

【ウボ・サスラ アヘッド】
アルブレヒトが所有する最高傑作にして最強の一体。
素の状態で古代伝説級最上位の〈UBM〉に匹敵する戦闘力を持っており、庭に鎮座する様にしてアルブレヒトの守護をしている。
無数の特典武具と良質なリソースを持った素材から作られている。
普段は巨大な頭部の待機形態、戦闘時には人型に変形して全高15メテルから全高24メテルの戦闘形態になりアルブレヒトと共に戦う。
2体の神話級〈UBM〉との戦闘においても活躍している。
今も様々な強化を施され続けているようだ。
モデルは魔導王グランゾート。

【永虚静髄 サイレントート】
トラペゾンが撃破した神話級〈UBM〉の一体。
先々期文明以前の【死霊王】に就いた一人だったエルフ種のティアン。
知識を求める為に不死を求め、行き過ぎた力の果てにモンスターと化した。
大量の書物と共に地下古代遺跡に棲んでいたが、トラペゾンと邂逅し戦闘に発展した。
多重技巧型の〈UBM〉であり、超級職にかつて就いただけあってスキルを扱う技量も高かった。
人型の骨である第一形態と、人型を完全に捨て去って殲滅能力に特化した第二形態を持っていた。
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